No.168700

真・恋姫無双 刀香譚 ~双天王記~ 第三十五話

狭乃 狼さん

刀香譚、三十五話をお送りします。

新野における、一刀と華琳の戦いに、ついに決着がつきます。

その結末は、果たして?

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2010-08-28 11:56:17 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:13615   閲覧ユーザー数:11707

 新野における荊州軍と魏軍の戦いは、開始からすでに半刻(約一時間)が経過していた。

 

 「なかなかやるわね。この戦力差で、よく耐える」

 

 本陣で馬上から戦況を見つめていた曹操が、荊州軍の戦いぶりに感心して言う。

 

 「そうですね。ただ、気になるのはその戦い方です」

 

 「戦い方?」

 

 荀彧の言葉に、その視線を彼女にやる曹操。

 

 「荊州のものたちを構成するのは、元々騎馬隊を主戦力とする、幽州や涼州の者たちです」

 

 言葉を紡いでいく荀彧。

 

 「つまりは、機動力を生かした戦いこそが、彼らの本来の形のはずです。ですが」

 

 「完全に正反対の戦い方ですね。それどころか、少しづつ下がって行っています」

 

 荀彧に続く郭嘉。

 

 「そうね。莉流と流莉に、あまり前に出ないように伝令を。誘いの可能性もあるからと」

 

 「御意」

 

 両翼でそれぞれに指揮を執る二人の妹、曹仁と曹洪に伝令を出すよう、荀彧に命じる曹操。

 

 その命令を受けた右翼の曹仁は、

 

 「姉上にはわかったと伝えてくれ。……とはいえ、誘いも何もないと思うけどね」

 

 右側だけを、姉のようにクルクル巻きにした少女、曹仁が馬上でそうぼやく。

 

 「ですな。伏兵なぞしようもないでしょうに」

 

 その隣で曹仁にそういうのは、牛金という男。六十斤の大斧を自在に振るう、怪力自慢の男である。

 

 「けど、姉上の命を無視するわけにもいくまい。牛金、兵たちを抑えておくようにね」

 

 「……御意」

 

 不承不承といった感じの牛金。

 

 一方、左翼の曹洪。

 

 「姉様も心配性だな。伏兵なぞいるわけもなかろうに。なあ、張燕」

 

 「ですな。子廉さま、姉君の言葉はお気になさらず、このまま荊州軍を叩きましょう。なに、戦果さえ出せば姉君も文句は言いますまい」

 

 曹仁とは逆に、左側だけをクルクル巻きにした少女、曹洪にそう促す張燕。

 

 「そういうことだな。公なんたら如き、この私の敵ではない!」

 

 

 その頃、荊州軍の左翼。

 

 「ちょっと向こうの動きが鈍くなりましたね、紫苑さん」

 

 「そうね。けど、それにこちらが合わせることはないわ。予定通り、このまま退がりましょう、月ちゃん」

 

 そう言葉を交わす、黄忠と董卓。

 

 「はい。皆さん!後もう少しの辛抱です!頑張ってください!」

 

 へうう~~~~~!!

 

 そんな叫びで、董卓に答える兵士たち。

 

 (……え~っと。あれって、掛け声、……なのかしら?)

 

 ちょっと引き気味の黄忠であった。

 

 

 一方、右翼では。

 

 「見事なまでに釣られてくれているな」

 

 「そうだな。けど、馬で退がりながら戦うっていうのも、結構難儀なもんだな」

 

 そんな風にぼやく公孫越。

 

 「ぼやいても仕方ないだろう?いまは耐えるしかない。一刀の策を信じて、だ」

 

 妹をそう諭す、公孫賛。

 

 「そうだな。姉貴の愛しい人の策を、な」

 

 ニヤニヤしながらそう返す、公孫越。

 

 「ば!馬鹿なこと言ってないで、兵士たちをもっと鼓舞しろ!」

 

 「へいへい」

 

 真っ赤な顔で怒鳴る公孫賛であった。

 

 

 そして、同軍本隊では。

 

 「桃香さま!予定の位置まで、もう間もなく到達します!!」

 

 劉備にそう報告する陳到。

 

 「わかったよ、蘭ちゃん。こっちの今の被害は?」

 

 「思ったほども出ておりません。いまだ九割の兵が健在です」

 

 「そう。なら、後曲の命ちゃんに、合図の用意をしてもらって。……華琳ちゃん、あなたの覚悟はよく分かったよ。けど、お兄ちゃんにも、そしてあたしにも、決して譲れない覚悟があるの。そのために、ここは勝たせてもらうからね」

 

 陳到に指示を出した後、普段ののほほんとした表情は一切ない、真剣なまなざしで、そう一人ごつ劉備。

 

 そして、ついにその時が訪れる。

 

 

 

 「莉流も流莉も何をやってるの?!全然勢いが止まらないじゃない!」

 

 魏陣営にて、ほとんど勢いの変わらない両翼の動きに、曹操は苛立っていた。

 

 「まずいですね~。両翼とも完全に、本隊から離れてしまっていますね~」

 

 相も変らぬのんびりとした口調で、程昱が不安そうに言う。

 

 「華琳様、ここはわれらも前に出るべきでは?」

 

 「……そう、ね。後ろには霞もいるし、不測の事態にも対処はできるわね。秋蘭!本隊を前に出しな」

 

 そこまで言ったときだった。

 

 ひゅるるるるる……どおおおおん!!

 

 「な!何!?」

 

 突如として響く轟音。そして、空を照らす輝き。

 

 「……綺麗……」

 

 「……本当ですね~。何でしょうか、あれは?」

 

 思わずうっとりとする、魏の面々。それは魏軍の兵士たちも同様だったらしく、その動きがわずかに止まる。

 

 その時だった。

 

 うおおおーーーー!!

 

 『え?』

 

 魏軍の左右から、突如巻き起こる叫びと土煙。そして、

 

 「全騎!決して立ち止まるな!何があっても駆け抜けろ!」

 

 「突撃!粉砕!勝利なのだー!」

 

 おおーーー!!

 

 「向かってこない奴は相手にするな!向かってくる奴は跳ね飛ばせ!」

 

 「……行く!」

 

 おおーーー!!

 

 左右から、魏軍の両翼に一気に突っ込む騎馬の群れ。

 

 「一刀!?い、一体どこから出てきたの!?」

 

 突如現れた一刀たちに動揺する曹操。そして夏侯淵がふと気づく。一刀たちの後方に、大きな穴が開いていることに。

 

 「……まさか、地面を掘って、そこに馬ごと隠れていた?」

 

 『!!』

 

 夏侯淵の言葉に、驚愕する一同。

 

 

 つまりはそういうことである。

 

 わずかな傾斜をつけた穴を地面に掘り、そこに馬ごと入り、そして地面と同じ色に塗った布を、上からかぶせる。

 

 近くで見ればすぐにばれるような代物ではあるが、遠目で、しかも戦の最中のうえ、さらに劉備の変装と劉封の登場という二つの要素が、完全なスケープゴートになった。

 

 合図として使われた”モノ”も、目くらましのひとつとして絡み、魏軍はこれ以上ないほどの、完全な奇襲を受けることとなった。

 

 両翼から突っ込んだ一刀たちは、そのまま横に突っ切り、中央で合流。今度は一塊となって、左翼へと突撃。そして敵陣を突き抜けては、再度突入、を繰り返した。

 

 その結果、左翼は完全に瓦解し、そこに、陣形を夆矢陣に変えた劉備たち本隊が突撃。大将である曹洪を捕縛。副将の張燕は、乱戦の中味方の誤射で頭を射抜かれ、戦死した。

 

 それを後方から見た張遼は。

 

 「く!こうなったら、孟ちゃんだけでも助けな!全軍!本隊の援護に向かうで!」

 

 張遼隊一万が、本隊を目指して動き出した、その時だった。

 

 「悪いが、そうはいかんぞ、霞!」

 

 「華雄か!いつの間にこっちにきたんや!?」

 

 二千ほどの手勢を連れた華雄が、張遼隊の前に立ち塞がった。

 

 「一刀にお前の足止めを任されたんでな。どうだ?今からでも月さまの下に帰ってこんか?わたしからもゆ」

 

 「待った!……気持ちは嬉しいけど、それは出来ひん。うちの矜持が許さへんわ」

 

 華雄に対し、そう言い切る張遼。

 

 「……そうか。ならば、我が武を持って、お前を止める!来い!張文遠!」

 

 金剛爆斧を構える華雄。

 

 「せや。それこそ、武人たる華雄のとるべき行動や。……いくで!華雄!」

 

 飛龍偃月刀を構え、華雄に向ける張遼。

 

 「はああーーー!!」

 

 「おらあーーーーー!!」

 

 激突する両者。

 

 一方、右翼の曹仁軍は。

 

 どがっ!!

 

 「ぐああ!!」

 

 「敵将牛金!関雲長が討ち取った!」

 

 左翼を崩壊させた後、今度は二手に分かれて長蛇の陣を組んだ、劉備率いる四万が右翼へと突撃を慣行。速度で翻弄された曹仁軍は、瞬く間に分断され、各個に撃破されていった。

 

 そして、関羽によって牛金が討たれると、兵士たちは完全に戦意を喪失。曹仁は撤退しようとしたものの、公孫姉妹によって捕縛された。

 

 

 

 「莉流も流莉も負けた、か。三十万の軍がこうもあっさりと敗れるなんてね」

 

 馬上で唇を噛み、そう一人ごつ曹操。

 

 「華琳さま、残念ですが、ここは一度宛まで退くべきかと。もはや戦線の維持は難しいと思われます」

 

 戦況をそう判断した荀彧が、曹操に撤退を進言する。

 

 「仕方ないわね。この汚名は次で晴らさせてもらうとしましょう。霞にも撤退するよう伝えて」

 

 「はい」

 

 「殿は誰にさせますか?」

 

 「そうね……」

 

 「私がやりましょう」

 

 曹操の隣に、一人の女が歩み寄る。

 

 「……なんで貴女がここにいるの?虎豹騎は参戦するなと、私は言ったはずだけど?」

 

 その女をにらみつける曹操。

 

 「お怒りはごもっとも。けど、貴女には無事に許へ戻っていただかないと、困るのよ。さ、とっとと撤退なさいな」

 

 曹操の怒りの視線をものともせず、飄々と言い放つ女。

 

 「……判ったわ。それで、殿の手勢はどれだけ欲しいのかしら?」

 

 「要らないわ。かえって足手まとい。……じゃ、行ってきますかね」

 

 そう行って、てくてくと歩いていく女。

 

 「華琳さま、本当にあの者一人で大丈夫なのでしょうか?」

 

 「本人が要らないといっているんだもの。ならそれでいいじゃない。さ、行くわよ秋蘭。全軍、宛まで撤退する!」

 

 撤退を開始する魏軍。その最中、曹操はちらりと振り返り、

 

 (あの娘が本当に、あの人物と同一人物なら、確かに一兵たりとも要らないでしょうね。……一刀、死ぬんじゃないわよ?)

 

 

 

 「撤退か、しゃーないな。ほな華雄、この勝負は預けるで?」

 

 馬首を翻す張遼。

 

 「霞!……また、な」

 

 張遼にそう声をかける、華雄。

 

 「……ああ。またいつか、な」

 

 撤退していく張遼隊。

 

 「……元気でな、霞。よし!われらも本隊と合流する!」

 

 

 そして、魏軍本隊を追おうとしていた一刀は、その途上、一人の女によってその道を阻まれていた。

 

 「……本気かい?たった一人で俺たちを止めようなんて」

 

 「本気も本気。というより、足止め程度ならあたし一人で十分。……こんなふうに、ね」

 

 ぎろり!

 

 一刀たちを一睨みする女。すると、

 

 「ひ!ひぃ!」

 

 「い、いやだ!来ないでくれ!」

 

 兵士たちが次々と、何もない虚空を見て、恐慌状態に陥る。

 

 「なんだ?何をした?」

 

 「……こいつ、何?すごく、危険」

 

 額にうっすらと汗をかき、そうつぶやく呂布。

 

 「(恋が恐怖を感じる、か)……一体何をした?」

 

 「おや、怖い顔。……ちょっと深層心理に働きかけただけよ。押さえ込んでる恐怖に、ね」

 

 くすり、と笑みを浮かべる女。

 

 「さて、足止めはこれでいいけど、このまま帰ったってつまんないし。あんたの首ぐらいはもらっていこうかね」

 

 「……名前ぐらいは聞かせて欲しいね。木石でもなけりゃ、名前ぐらいあるだろ?」

 

 女にそういう一刀。彼自身もまた、額にうっすらと汗がにじんでいた。

 

 「いいだろ。……あたしは司馬仲達が五神将の一人にして、その筆頭。姓は項、名は籍、字を、羽」

 

 「なん……だって?」

 

 

 

 いま、こいつはなんと名乗った?

 

 一刀は自身の耳を疑った。”ありえない”。そう、その名を持つものが、この場にいることなど、決してありえないのだ。ましてや、目の前にいるのは間違いなく女だ。

 

 「……あんたが、項羽だって言うのか?あの、西楚の覇王・項羽だと?」

 

 「信じられないかい?そうだろうね。あたし自身、ここにこうしているあたしが本当のあたしか、それとも、あたし自身が見ている夢なのかはわからない。けどね」

 

 一度言葉を切り、目を閉じる項羽。

 

 「けど、これだけははっきりと言える。あのくそったれの女ったらしが創った王朝なぞ、あたしは断固認めない!あの劉邦が創った漢なんてね!!」

 

 と、目を見開き、怒気とともにすさまじい気を放出する項羽。

 

 「ぐっ!!」

 

 「んんっ!!」

 

 かろうじて、その激しい気の奔流に耐える、一刀と呂布。兵士たちは全員、すでに気をうしなっていた。

 

 「さあ、我が無双の槍、”奉天”の血錆になるがいい!!」

 

 (か、勝て、ない)

 

 あの呂布ですら、完全に足がすくんでいる。一刀も立っているのがやっとだった。

 

 一刀は、生まれてはじめて、自身の死を覚悟した。

 

 その時。

 

 「?……なに?何か用?」

 

 「そこまでにしておけ、籍。流れを変えるつもりか」

 

 項羽の背後から声をかける、ひとりの人物。

 

 「……ふん。興醒めだね」

 

 ふ、と。気を収め、戦闘体制を解く項羽。

 

 「……で、曹操は?」

 

 「逃げ切った。今夜にも宛に入るだろう。それより、なぜ独断で行動した」

 

 「……気まぐれよ。ただの気まぐれ」

 

 「……まあいい。戻るぞ」

 

 「はいはい。……劉翔ちゃん、今度会うときまでには、せめて一合ぐらいは、刃を交えれるようになっててね?……殺し甲斐がないから」

 

 ふ、と。姿の掻き消える項羽たち。

 

 

 

 戦は終わった。荊州軍の勝利で。

 

 だが、一刀の心は晴れなかった。

 

 最後に出てきた、あの項羽と名乗った女。

 

 真偽はともかく、その実力は相当なものだった。いつぞやかやりあった貂蝉が、かわいく思える実力差。

 

 死の恐怖。

 

 それを味わったのは、師から受けた、あの修行の日々ですら、無かったことだ。

 

 そして一刀はこの日、ある決心をする。

 

 それについては、また後日、語ることとなるだろう。

 

 ともかく。

 

 大陸には一時の平穏が訪れた。

 

 曹操は許へ戻り、戦力の回復と再度の増強を開始した。

 

 一刀は東の孫家、南の袁家との同盟を維持しつつ、国力の安定と増強に力を注いだ。

 

 暫くはこの平穏につかり、次なる時に備える。

 

 そのときが訪れるまで、仲間たちの笑顔とともに……。

 

 


 
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