No.167196

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol04

黒帽子さん

シン・アスカが見つかった。喜べるはずだったルナマリアは過去に抱いた違和感を直視させられる。ターミナルに従うまま、そしてシンを追うまま彼女はロドニアへ到達する。
 大規模なテロリスト鎮圧を始めたキラにアスランは心のつながり方を考えさせられる。
15~19話掲載。

2010-08-21 15:10:42 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1954   閲覧ユーザー数:1845

SEED Spiritual PHASE-15 再会を喜べない

 

 ――軍の戦闘はあくまでもその力を示し、敵の戦意を失わせて驚異を取り除くものでなければならない。それ以下ではこちらが敗れ、それ以上ではまたひずみを生む。

 戦場にはそれを理解するモノしないモノ両方がいる――

 アスラン・ザラがアカデミーで特別講師をした際、このように語ったらしい。だが、何をどうしようとひずみは生まれると、クロは考える。勝てば仲間から尊ばれ敵からは憎まれる。ルールを決めたスポーツですら憎しみと暴動を停められずにいる。

 

 それ以下ではこちらが破れ、中途半端では反乱の芽が残る。

 

 そう信じている。それが自分の理解である。

(あの〝フリーダム〟のパイロットだって、今はそう思ってるよ。思い知れキラ・ヤマト)

 クロは重苦しく歩きながらへと歩み出、アスラン・ザラの「それ以上」を具現化せしめる存在を見上げた。

 世界を導く正しき運命。

 惑う人々に差し出される未来へのレール。

 創造のための破壊を行う神の如き裁定者すなわち〝ルインデスティニー〟。

「あ、クロさん。整備はもう終わってますよ。遊んでるわけじゃありませんよ」

 茶をやっつけていたフレデリカ・ライトが言い訳がましく言ってくる。同席していたディアナ・スークもそう感じたかティーカップを摘んだまま苦笑した。ヴィーノとヨウランとオートメンテナンスハロは作業している様を見ると、休憩時間だとしても気が引けると言うことなのだろう。クロはそんな彼女らを掠め見ながら自分の機体へと視線を戻す。彼女らは、彼の視線をどう感じたか。

「あぁ。金かかってますよねコレ…ったくなんて組織なんでしょーねー…」

 レアメタルとフェイズシフトの混合材で剛性を増した対艦刀〝メナスカリバー〟

 ビームライフルとの連結機構を追加し、陽電子リフレクターを崩壊させるほどの圧縮エネルギーを撃ち出せる長射程砲〝ゾァイスター〟

 アンチビームコーティングシールドにビームシールド発生装置を付け加え、更にサーベルラックも備えたことで攻勢兵器としても運用できるシールド。

 ビーム砲を備えたマニピュレータに至ってはアンチビームコート対策として指関節にインパクトバイスが仕込まれており、繊細な機構ながら装甲圧壊が可能な力が出せると聞く。

 それら全ての過剰な武装、機動出力を支える。現行唯一の吸収機関――星流炉。

 ほとんどは旧〝デスティニー〟の戦闘データから弱点を補完する目的で設計されたものばかりだ。ざっと扱える武装を思い描きクロは思わず苦笑した。

「〝デスティニー〟を製作する際、デュランダル議長は『持てる技術の全て』をつぎ込むよう命令した。だが叶わなかったのさ。彼にも枷があったのか、技術陣が妥協したのかは知らないがな」

 女達は笑った。妥協のない環境とは、どういうものなのだろう。自分は今に妥協はないと言えるが、果たして言い続けられるだろうか。

「クロさん。また眉間に皺よってますよー。任務無い時くらい羽伸ばさないと」

「そぉそぉ。潰れるよ」

 心の平安に妥協が絶対必要だというのなら、やはりヒトは失敗作だと言うことか。

 

 

 ウチの組織には母艦がない。ティニは宇宙艦を用意しているようないないようなことを言っていたが、大気圏内航行出来る母艦がなければ現状全く意味がない。モビルスーツは弾薬、推進剤以上にバッテリーの補給が必要であるため母艦から遠く離れて活動するには無理がある。現に核動力のモビルスーツでもなければ長期間の戦線維持は不可能であるし、デュートリオンビーム対応機でもただ着艦の手間が省けると言うだけ。母艦がなければ意味を成さない。

「面倒だけど……意外と大丈夫なものね……」

 故に、戦争一つ潜り抜けた経歴を持つルナマリア・ホークは初のモビルスーツ単独長距離強行軍を経験し、先日ようやく馴れたところだった。新たに与えられた機体、〝ストライクノワール〟は専用のフライトユニットを装備する〝フォースインパルス〟程の空中旋回性はないものの、〝ノワールストライカー〟が充分な揚力を生み出すため長距離航行ではこちらに分がある。正規軍ではない以上高望みをすることは出来ない。あらゆるレンジに対応するよう設計はされているものの基本的に近接戦闘用たる機体に、空中戦を主眼に置くべきではない。ルナマリアは現状にとりあえず満足すると〝ターミナル〟から与えられたナビゲーションデータに目をやった。

「えー…、あぁディオキア近く。ここなら行ったことあるわ。へぇ…あるのねぇそこかしこに」

 ゴビ砂漠より、予備のパワーパックは持ってきたものの、いざ戦闘になったときにバッテリーが危険域では目も当てられない。現状のエネルギー効率でさえ気が気ではないのだから、C.E.71時点でこんなことをしていた奴の気が知れない。そんな想いに行き当たると急に気持ちが沈んでいった。

(あぁ……わたしは敗残兵とかジャンク屋みたいなことしてるんだ……)

 ザフトの赤。トップガンだったというプライドが、やはり自分にもあったのだろう。正規軍では有り得なかった行動が、鬱陶しい敗北感じみた羞恥心となって彼女にのし掛かる。

 砂漠は遙か彼方。視界の中には青い海が大きく広がり始めた。この辺りに来ると思い出すのはかつての上官だったハイネ・ヴェステンフルス、彼の搭乗したパーソナルカラーの〝グフイグナイテッド〟、纏まり始めた〝ミネルバ〟のパイロット達……。

(あの時が、一番良かったかな……)

 自身を正義と信じ、命を賭け得るだけの信念を持っていられた。ルナマリアは口元をほころばせるが、アスランを連想した途端ピンクの女とピンクの〝ザク〟が脳裏に浮かび、そう良き時代でもなかったかと憮然となる。

 港を行き交う人々が突然翳った頭上に振り仰げば黒い機体が迫り来る。熱い風を纏いながら飛び去った翼ある人型は離れていても海を揺らした。

「〝ストライクE〟? どこの機体だ……」

「ちょっと、そんなことより早く戻らないとまた倒れるよ」

「うっさいな……おれはよってく所があるんだよ…!」

「よる所って、どこさ?」

 飛び去った黒い機体はすぐに見えなくなった。見上げていた青年はしばらく脇の少女に急かされていたがやがて身体を二つに折り呻く。少女が慌てて肩を支えるが、その必要もなく彼は上体を起こした。

「ちょっと、大丈夫?」

 揺すられながらも彼は上の空と言った感で遠くを眺め、声をかける少女もいつものことなのか心底心配している様子はなかった。

「……なんか、あの岩のところで…女の子が踊ってなかったか?」

「見えないよ……あたしはコーディネイターじゃないんだから…」

 少女はうんざりした面持ちで彼の手を引く。彼は抵抗することなくそれに引かれて街の方へと消えていく。当然ルナマリアの位置からは見えない。やがて空中で制動をかけた〝ストライクノワール〟は目的の〝ターミナル〟施設に乗り付ける。その場所は意外と狭く、〝ストライクノワール〟は片膝をついた。

「連絡来てるかと思いますけど?」

 機体に乗ったまま通信モニタに認識票を見せると整備員らしき男が笑顔を返してくれた。

〈ああ、待っていました。ルナマリアさん、でしたか?〉

「はい。補給…っつってもバッテリーだけもらえればいいんですけどー……」

 彼の笑顔が少しばかり曇る。若い整備士は頭を掻きながら申し訳なさそうに会釈した。

〈あぁ、すみません……モルゲンレーテ製のパワーパック、この間やたらと出撃あったせいで在庫きらしちゃいまして……〉

「え? 充電も出来ないの? えーと、これ確かアクタイオン社製よ。そっちのは?」

〈あぁ…どっちにしろバッテリー関係はダメです。充電はできますが、少し時間が……〉

「ん……まぁ、かまいません。調査ついでに街に出ますし。その間コレ、預かっててください」

〈分かりました。お任せ下さい〉

 ハッチを開けば薄暗い格納庫が眼下に広がっている。ルナマリアはメットを外しコクピットの隅にあったトランクケースを手にとった。

 自分たちのものと比べ、狭苦しい空間で働く彼らに哀れみなど感じながら笑顔を振りまきラダーを降りる。女は得だと感じるべきか。手が空いてそうな者達が挙って出口へ案内してくれる。

「おーい、ちょっと、着替えられる場所ありませんかー?」

「おお、それは気がつきませんで……」

 機械油に塗れた方々だが、意外と紳士が多かった。

 

 

 コニール・アルメタはこの奇妙な同棲を説明する術を持っていない。親は昨年、地球連合軍による暴虐の影響で他界しており、説明できずとも叱られるような心配はないが……。

(そぉ言えば故郷(ガルナハン)、最近事件あったんだよね……みんな大丈夫かな?)

 想いは赤茶けた故郷に飛びかけるが直ぐさま現実に引き戻された。同棲相手が窓から世界を覗きながら惚けたようにぽつりと呟く。

「おれは…なにやってるんだろうな……」

 シン・アスカ。コニールが知る限り最強のモビルスーツ乗りだ。

「そーだね。〝プラント〟、帰らなくていいの?」

「なんか、な……」

 初めて彼に会ったとき、彼はザフトの赤だった。もっとも受けた印象は自分以上にガキっぽく感じ、信頼など欠片も持てなかったわけだが。

「今の体勢、キライなの?」

「……………………」

 その印象は直ぐさま特大の感謝に取って代わった。彼が自分たちに自由を与えてくれたのだから。自分の心が〝プラント〟よりになったのも、元はと言えば彼がいたからだ。

「あたしは今のザフト、キライだな。ってゆーか、もう以前のザフトじゃないわけだしね……」

 自分を救ってくれた組織の敗北は大きなトラウマとなっている。

「でも、あんたは今もザフトでしょ? ほんっっっとーに帰らなくていいの?」

 何度も投げかけた問いだが彼が答えを返したことはない。彼が応え、今のザフトに戻っていったら恐らく軽蔑してしまうのだろうが……ずっと問うことをやめられない。

「なぁコニール……おれは、どうしてこんなに落ち着かないんだ?」

 彼が、彼らしくないのだ。落ち着かないのはむしろこちらだ。第一印象は自己中心的なまでに自身の正義を持ち、上官にすら口答えして我を曲げなかった男。無論彼を識る程長くつき合ったわけではないが、彼が自分の中に拠り所とする芯を持っていたのは確かだ。

 しかし今のシンからはそれが感じられない。自ら道を選び、突き進んでいたはずの彼が、こちらに道を聞いている。

「わかんねぇって…。あんた、あのオーブの軍神とかと仲良くなったんじゃなかったの? あたしアレ聞いたときは会ったら殴ったろーって考えてたんだよ!」

 軍神。〝プラント〟の歌姫を守護する究極存在。まるで絵に描いたような英雄だと、会ったことのないコニールは嗤うがシンはひたすら問うことを繰り返している。

「全く……アスランは超えようと思ったのに……おれはどうしてあの人を超えようとか思わないのかな……」

 彼はふらりと立ち上がるとまた部屋から外へ出ようとする。コニールはうんざりする想いを何とか押さえ込んだ。今度はあの奇岩連なる静かな場所にでも行くつもりだろう。シンはここに来てから周囲を点々とし、記憶が混乱しているとしか思えない言動を繰り返している。放り出すにはあまりに懸念材料が多すぎる。

「今度はどこ行くのよー!」

「一々ついてくんなよ…」

「何かアブナイのよ今のあんた!」

「〝ミネルバ〟に帰るんだよ。おれも――」

「その言動が既にアブナイっ! 〝ミネルバ〟は去年撃沈されてる!」

「知ってるよっ! おれはその場にいたんだから!」

「うああああああ! なんであたしが怒られなきゃならねーのぉっ!?」

 ばりばり頭掻いて転げ回ったコニールはだんだん相手をするのが面倒になってきた。如何にも自分が正論を言ったとばかりに腕を組んで自分を見下すシンを見ていると保護者をするのことさえ馬鹿らしく思え勢いよく立ち上がる。

「ぅあ――――――――っ!」

「な、なんだよ…っ?」

 後ずさるシンを睨め付けたコニールはしばし言葉に迷ったが、

「昼飯買ってくるよっ!」

 ぴしゃりと言葉を叩き付けドアに思い切り八つ当たって外出。頭を冷やす意味も込めてとりあえず街に出ることにした。

 石畳みの通りを歩き、食欲そそる臭いに誘われるまま歩いていけば商店街にパンが並ぶ。自分がレジスタンスやってたガルナハンと比べこのディオキアは裕福で、去年の自分が今の自分を眼にしたのならきっと贅沢していると罵るだろう。パン一つ取っても種類は豊富だが、生憎パンは朝食べたばかりである。少し趣向を変えようかと方向転換したコニールは聞き覚えのある声に呼び止められた。

「あれ? ちょっとちょっと、そこの! ガルナハンでレジスタンスしてなかった?」

 振り返れば、赤い髪の姉ちゃんがいる。コニールは人の過去を往来で無遠慮にほじくり返した彼女の名前を思い出せずに眉をひそめた。

「ほら、〝ミネルバ〟に乗ってきたことあったでしょ?」

 再会を喜び合う図式を想像していたルナマリアは彼女の反応に少し調子を狂わせた。記憶にあるより背はかなり高くても多分間違いないと思うのだが、シンが同レベルで喧嘩していた様がしっかり記憶に残っている。えー、名前、なんて言ったか…

「はぁ……お姉さんも、ザフトだったヒト? ローエングリンゲート、通ったとか?」

 過去形にされると何かぐさっと来るが、あの時のあの子に間違いないようだ。それにしてもそんなに記憶に残ってないか? わたしもパーソナルカラーの機体に乗ってた身なんだけど……。

 あちらもなにやら言葉を探しているが自分も二の句が継げずにいる。せめて名前を思い出せれば話も続くのだろうが、肝心の名前が思い出せない。アスランが呼んでいたではないか。ミスなんたらと。

「えっと、その…」

「あー、んーと…」

 互いの名前が思い出せない二人は徐々に通路の中央から脇へと流れ、ちらちら跡切れ跡切れに見つめ合い、所作なく立ちつくす。

「えー」

「うー」

 群衆さえも眼を向け始めた奇妙さに羞恥心が耐えられなくなり、ルナマリアは社交辞令を全てすっ飛ばすことに決めた。

『シン・アスカ――』

 二人同時に同じ単語を口に互いに目を丸くする。群衆は小さな円陣を造り始めていたが二人は気にする余裕すら失っていた。

 

SEED Spiritual PHASE-16 超激怒の世話係

 

「グゥゥゥゥ――」

 両腕の砲を連結させるとアクセラレイターの値が驚愕の数値を叩き出した。ディアッカ・エルスマンはその数値に笑みすら浮かべながら破壊活動を続行する。

「――レィトォオオオォゥッ!!」

 先日受領した機体は思いの外『合う』

 GAT‐X103AP〝ヴェルデバスター〟

 イザーク・ジュール隊長殿が同時期に受け取ったGAT‐X1022〝ブルデュエル〟と同様に、過去を知る『上』が気を利かせてくれた機体、ということなのだろう。この辺は統合国家との同盟ならではの役得だ。

 ともあれ〝バスター〟の放った超高インパルス砲は過たずコロニーの外壁に炸裂し、爆散させた。この〝ヴェルデバスター〟は長距離砲を好むディアッカの要望により両肩のハードポイントに設置されるはずの高エネルギーライフルと散弾砲を手持ちにし、M9009B複合バヨネット装備型ビームライフルを両肩に設置している。チマチマやるのは流儀に合わない。一発大火力で蹴散らしてこそ砲撃機だ。近接戦闘? そんなものは頼れる同僚のような上官(イザーク)に任せておくさ。

「ちぃぃっ! かなりの数だな。行けるかディアッカ?」

「任せなって。――しっかし、テロリストも考えるもんだよな。楯には持ってこいだぜコレは」

 しばらく前に〝プラント〟は異常な軍事力を有した所属不明の部隊に強襲された。現在のザフト軍がその防衛に当たったものの、何か一つ間違っていれば〝プラント〟自体が撃ち抜かれる大惨事となるところだった。そのため現在、評議会の命を受けたイザークの部隊はその追撃の任に付いている。

 逃亡を図ったその部隊を追跡し、たどり着いた場所は旧地球連合が用いた長距離戦略砲〝レクイエム〟に用いられたビーム屈曲点の一つだった。現在視界を占めるのは巨大なコロニーが二つに割られた残骸だが、〝レクイエム〟システムはこれらをエネルギー偏向装甲(ゲシュマイディッヒパンツァー)の機能を付加させビームを屈曲させていた。まだこの残骸にもその機能が残っているのだろう。この構造体は時折、ビームを反射する。テロリスト共がこれを基地として使っているか、もしくは拠点の一つなのかなどは調べようがないが先刻の残党が逃げ込んだのは確実。任務は脅威の排除、つまりは敵の殲滅だ。

「俺達が出るよりもあいつらに任せた方が良かったんじゃないか? 〝ミーティア〟じゃないとたまんねぇ――ぜっ!」

 ディアッカの一撃に次いで〝ガナーザクウォーリア〟隊のビーム放射がコロニー構造体をぶち破る。

「仕方無かろう! あいつらは地上だっ!」

 迫り来る所属不明の纏まりないモビルスーツ達。イザークと白兵戦部隊が砲撃隊を完全にガードする。殴りかかる〝グフイグナイテッド〟にイザークがMk315スティレット投擲噴進対装甲貫入弾をまとめて投げつけ装甲を砕く。仰け反った〝グフイグナイテッド〟を睨め付けながら〝デュエル〟がビームサーベルを抜きはなった。

「シグナルをしっかり確認しろ! 目視で機体間違えて同士討ちなどするなよっ!」

 指示を飛ばしながら自身も刹那センサー群に目を通す。ビームサーベルを操りながら各種状況確認が可能なのはコーディネイターならではの特性だ。敵機が体勢を立て直すより速く煌めいた光刃は〝グフイグナイテッド〟を両断する。次いで両腕のM7G2リトラクタブルビームガンで弾幕を張りつつ次なる接近機影へ躍りかかる。

「いい加減に墜ちろっ!」

 ガンランチャーと3つのビームライフルを乱射する。有象無象はその光に貫かれ脱落していくが何機かはゲシュマイディッヒパンツァーを巧く楯にし凌いでいく。その内の何機かはコロニーの一部を引きはがし、身に纏いながら迫り来る。どうやらただの廃材利用ではなく転用も利くように造り替えてあるらしい。後ろ盾のないただの宙賊(かいぞく)に出来ることではない。

 リトラクタブルビームガンの連射に切り刻まれ〝ダガー〟の群れが砕かれていく。無力化して宙に漂う鉄屑の隙間を駆け抜け照準を合わせる端からぶちのめしていった。ガナー隊に襲いかかる大半はイザークの手にかかり散っていく。ディアッカは僚機の活躍をデータで追いながらその全てを逐一スキャンして母艦に送ったが、やはりこのテロリストが扱うモビルスーツには統一性がない。そしてその腕前さえまちまちである。ある者は学徒兵にも劣りかねない移動が精一杯の敵が現れたかと思えば、ザフトレッドをも凌駕しかねない機動性を見せつける奴までいる。戦いにくいことこの上ない。アトランダムに襲ってくる差のある脅威。緊張の糸を張りつめ続ける無駄な苦労が上乗せされる。常にイライラしているイザークはより一層イライラが増していく。

「ディアッカまだかぁっ!?」

〈落ち着きなって。――さァお前ら! 一点を狙えよォッ!〉

 再度の爆光がコロニーの残骸に叩き付けられ黒の世界を白く彩る。亀裂の入っていた構造体が大きく避けて分解する。

 ビーム偏向ステーションが一度大きく明滅した。残っていたミラージュコロイドの定着が不能となったか電源そのものが完全に落ちたかコロニーにまといついていた電飾が全滅する。楯として使えなくなったか、敵のモビルスーツ達が散り散りになっていった。

「逃がすなぁっ! 捕らえて所属を吐かせるんだっ!」

〈おぉよっ!〉

 〝バスター〟の砲撃が手近な獲物を狙い撃つ。カメラと武装を弾き飛ばすつもりでも全てが成功するわけではなくキラの腕前が思い起こされ、ディアッカは造ってしまった棺桶をすり抜けながらイザークに通信を送った。

「意外と巧いぜこいつら」

〈下手くそもいるっ!〉

「そんな奴捕まえても何か知ってるかねぇ……」

 〝デュエル〟と〝バスター〟の二機は立ち位置を巧みに変えながら逃げる敵機を撃ち抜いていく。そのあまりに華麗な殺戮の舞踏に味方からは感嘆が、相手からは悲鳴が漏れる。信念を持って走り抜ける輩であっても眼前に迫った死に抗う胆力など生まれるはずもなくイザークを、ディアッカをその想像だけでも打ちのめす。

〈一機たりとも逃がすなぁっ!〉

(頑張るなぁ…ウチの隊長は)

 既にテロリスト共は軍団から群衆にまで落ちぶれている。カメラの隅には武装解除され、僚機達に抱えられていく敵機の様が映っている。逃げ行く奴らもいるにはいるが、九分九厘勝利を手にした戦闘は終わったと言える。ディアッカはセンサー系に注意を払いながらも両腕の武装を降ろした。

「イザーク! 本気で全滅させるつもりか?」

〈無論だっ! あんなことをするよーな奴らに遠慮することはないっ!〉

 そりゃまぁそうだがそれはそれで不毛ではないだろうか。うんざりする思いを抱くがこれが戦争なのだろう。バルトフェルド隊長も悩んでいたではないか。始め方は分かる。だが、戦争の終わらせ方は? 敵であるものを、全て滅ぼせばいいわけか?

 隊長(イザーク)の指示に従い同僚達が掃討を行っていく。これが自分たちの仕事なのだが、どうにもやるせない。

 仲間達に追い抜かれながら大きく溜息をついたディアッカだが――その時センサーが熱紋を感知した。

「!? イザークっ!」

 通信機方飛び込んだディアッカの絶叫にイザークが慌てて操縦桿を押し込めば装甲をかすめてビームが通り過ぎた。

〈なんだっ? どこからの攻撃だっ!〉

 コンピュータの類はおろか、自分の目も敵影らしきものを認識しない。そんな最中にも無数のビームが宇宙を灼く。唐突すぎる光の格子に鉄の棺桶運搬中の友軍が撃ち抜かれて散った。

「ちっ! 分離式統合制御高速機動兵装群情報網機構(ドラグーン)かよっ!」

 舌打ちしながらセンサーの感度を跳ね上げる。周囲のデブリ等無駄なものまで拾い上げるもその中に意味あるデータが還ってきた。

 宙を舞う小型のビーム砲塔。ドラグーンシステムの攻撃端末だ。

「イザーク! 近くにモビルスーツはないか!?」

〈見えん! ――いや、奴か!〉

 黒い世界に黒い機体。〝ブルデュエル〟の背後に陣取った〝ヴェルデバスター〟も見やる先には舞い戻ったビーム砲塔を接続する人型兵器の姿が確認できた。ライブラリの照合結果はアンノウン。そう言えばこの機体、受領後ソフトウェアのアップデートが不十分だったかもしれない。

「シホ!この熱紋、データにあるか?」

〈お待ち下さい……。えー…該当1。データ送信します」

 歯切れの悪い解答と共にナスカ級母艦〝ボルテール〟より送信されたデータにイザークは絶句した。

「ZGMF‐X666Sだと? 冗談を言ってる場合かっ!」

〈66%とか出てるだろうが。だからシホも言葉濁して――ってよォ!〉

 悠長に話し込んでいる暇すら与えられない。再び母機より分離したドラグーン端末がイザークとディアッカを圧し包む。

「ディアッカぁっ!」

 シールドのない自機をイザークが押しのけ受け止める。エース二機の動きが止まった瞬間更なるドラグーンが宙を舞い、自分たちを追い抜き進んでいく。

 ZGMF‐X666S 〝レジェンド〟。〝デスティニー〟と双璧を成すデュランダルの切り札であり、その戦闘力はイザーク達も身に染みている。〝メサイア攻防戦〟では結果としてザフトを裏切った自分たちだが、あの時この機体とまみえていたら、果たして生き残れたかどうか。だがそんな存在が眼前に在るはずがない。〝メサイア〟と共に月に沈んだはずである。

(そんな機体が、何故ここに?)

〝レジェンド〟と思しき存在は微動だにせぬまま次手を放った。

〈しまったっ!〉

 叫んだときにはもう遅い。縦横に空間を支配する無数の閃光が敵機を抱えた友軍を狙い次々に討ち滅ぼしていく。怒号を叫んで〝デュエル〟がとって返すも更なる砲塔がその進路を阻む。

 ディアッカは息を飲んだ。単機で戦場を完全支配する。ディアッカの脳裏に一度対峙しボコボコにされた〝プロヴィデンス〟の偉容が思い起こされ震えが来る。

〈ちっ! きぃいさぁぁまあぁあぁあっ!〉

「! よ、よせイザーク!」

 イザークの意志を受け〝デュエル〟が黒い機体へと肉薄する。

 舞い戻る6機のドラグーン。

 本体は微動だにせぬままその両眼が〝デュエル〟を捉え再び放たれた光の格子が機体を捕らえる。

〈ぐっ……!〉

「イザークっっ!?」

 息を飲むディアッカの視界内では〝デュエル〟が完全に捕らえられたかに思えた。しかし小刻みな回避を見せたイザークは死角のない地獄を辛うじて潜り抜ける。

 だがレールガンを初めとした装甲突出部が灼き抜かれ所々から白煙を上げている。

「戻れイザーク!」

 逃げ腰ながらも両肩のビームライフルを連射するが〝レジェンド〟と思しき敵機はそれでも動かぬままビームシールドを発生させ全てをいなした。その間にも全身のドラグーンを操り友軍を次々と爆破していく。

ディアッカは戦慄する。

〈うるさいディアッカぁ! こいつは俺がぁあああっ!〉

 しかしイザークは激していく。ビームの死海を泳ぎ抜き、眼前に迫ったビームをシールドで受けながら銃器の壊れた両腕の装甲を分離(パージ)した。本来の〝ブルデュエル〟はフェイズシフト有効域を増加装甲(アサルトシュラウド)にまで及ばせるため分離可能な装甲ではなく固定装備化していたが、格闘戦の際デッドウエイトになりかねないとのパイロットの意見から着脱可能なものに戻されている。内蔵電源により分離可能でありながらフェイズシフトする他、近距離なら無線誘導で脱着も可能となっている。

 更に迫るビームを分離した胸部装甲で相打たせ、両足のアーマーからビームサーベルを取り出すとその装甲も斬り捨てる。

 カメラアイが光り輝く。

 機動性を上げた〝デュエル〟が遠く離れたドラグーンが帰投するより遙かに早く敵機に肉薄する。それでも〝レジェンド〟は動かない。

 吐き出される光刃、生まれた光盾、受け止められたその勢いのまま弾き飛ばし黒い機体の体を崩す。

〈もらったぁああぁっ!〉

 横薙ぎに繰り出される左のビームサーベルが情け容赦なくコクピットに吸い込まれる。

 炸薬の弾ける音が聞こえたような気がした。ここは無音の真空間。そんなものが聞こえるはずがないのに。

 ドッキングアウト。

〈なんだとぉぅッ!?〉

 フロントカメラ一杯に広がっていた黒いモビルスーツはどこへっ!? 一点のみを凝視していたイザークはいきなり眼前に広がった星空にいたく驚愕し、戦闘意識が完全に吹き飛んだ。

 ディアッカは上下半身に分離した〝レジェンド〟の異形に66%を納得する。もしかしたらフレーム構造は〝インパルス〟と同様なのかもしれない。

 慌てて振り返る〝デュエル〟だがその右腕にビームが降り注ぐ。辛うじて身を引いたもののビームサーベルが持って行かれる。

〈ちぃっ! なめるなぁっ!〉

 呻きながら振り抜いた左のサーベルが相手の右腕を吹き飛ばした。

「おおっ!」

「ふん!」

 快哉を上げる二人だが、その表情が瞬時に凍り付く。切り離された腕は宙を漂い離れることなくいきなり鋭角な軌跡を描き、グリップしたライフルからビームを放つ。

〈なんだとぉうっ!〉

 更に左手、両足まで機体から分離し脚部などは膝を畳んで大口径のビーム砲と化す。その全てがドラグーン、のみならずシルエットシステムでコントロールされた四肢はを含めた17もの砲塔が都合30もの光条を解き放つ。

 取り囲まれる〝デュエル〟。掲げたシールドが連続してビームを受け止め加熱する。その脅威が冷めやらぬ内に盾にぶち当たる衝撃が一変した。

 瞬間より連続の方が、衝撃威力は圧倒的に高い。シールドが見る間に赤変し、スラスターに火を入れなければ留まってさえいられなくなる。視界が火花に侵され紅に輝く世界ははっきりと恐怖だった。

 飛来したGDU-X7より出力されたビームスパイクが瞬時の停滞を跳び越えてシールドを微塵に砕く。

 通信機からのイザークの悲鳴がディアッカの鼓膜を劈いた。

「イザーク! 畜生っ!」

 狙撃用FCSに切り替え、砲を連結させる。照準は――宙に浮かぶカメラとコクピット――ボディ。

「落ちろ!」

 コンピュータの照準制御完了と寸分狂わずトリガーを引き絞る。ビームの減衰など無いに等しい宇宙を激烈な衝撃光が駆け抜ける。モビルスーツは愚か戦艦すら一撃で鎮める極太の閃光が一直線に胴部のみとなったモビルスーツに迫った瞬間虹色の光が張り巡らされる。

「おいおいおいおいおいおいそんなのありかよ!?」

 陽電子リフレクターなのか!? 頭部一点と胸部二点のクリスタルから出力されたビームシールドが〝バスター〟の最強威力を苦もなく掻き消す。ディアッカが自失から立ち直ったとき、サイドモニタに空飛ぶビームライフルが突き付けられていた。

(死ぬっ!?)

 閉じそうになる目蓋を意志の力で固めるのが精一杯。そんな無能を晒している内に大口径の一射がこちらの砲を撃ち抜いていた。

「ぐ!」

 逃げ腰のままミサイルをばらまき弾幕を張るも空飛ぶ右腕は高速で遠くへ帰って行ってしまう。無力化された〝デュエル〟の目の前で謎のモビルスーツは結合し、一体の〝レジェンド〟に似た異形へと姿を変える。

「こ、こいつ……っ!」

〈なんなんだよ……っ!〉

 生き残った僚機達も遠巻きに見るだけ。あまりの戦闘力に近づくことすら躊躇っている。捕獲できた機体は? 恐らく全て消されたのだろう。敵機が背を向けたのがその証拠だと確信させられる。

〈待……くっっっそぉぉおぅッッ!〉

「イザーク……」

〈なんなんだあいつはあッ!?〉

 隊長の激怒とコンソールぶん殴る音が痛々しくこちらまで届いてくる。〝デュエル〟はスラスターもやられてしまったと言うことだろう。そうでなければ直情径行のイザークが敵を追わないはずがない。

「落ち着けイザーク」

〈これが落ち着いていられるくわぁっ!〉

「隊長がそんなんでどうすんだっ! おいシホ、今の〝レジェンド〟もどき、データは取ったか?」

〈あ、はい!一通りの交戦記録は〉

「よし。――ってことだイザーク。調査は諜報の方に任せて……」

〈なにを言ってるうっ! あれは――〉

「いい加減にしろっ!」

 思わず表に出してしまった心に母艦からも僚機からも息を飲む気配が伝わってきてディアッカは頬を掻――こうとしてメットに阻まれた。ガラにもないことをしてしまったと憮然とするも、言うべきことは言っておかなければならない。親友に。

「俺達がすべきことは、守るために勝つことだ。今度やり合うときは負けねぇように、分析しとこうぜ」

〈……………………………わ、わかっているっ! 全軍、帰投するぞ……〉

 全く世話の焼ける。鼻から息を抜いたディアッカは緊張で凝り固まった頚をほぐしながら〝デュエル〟を拾いに近づいていく。しかし、いつまでも笑ってはいられない。

(……得体が知れないな。今の奴も、この間の集団も。一体何と戦ってんだか……)

 守りきれるのか? 〝プラント〟を。

 地球連合を撃てばいいわけではない。ザフトの指揮者を撃てばいいわけではない。それは今まで経験してきた戦争でもそうだった。が、物理的にすら敵が見えないのは、つらい。軍人としてか、人間としてなのかは分からないが。

「イザーク、大丈夫か?」

〈…………平気だ。だがあのモビルスーツ……次は、許さん……!〉

 いい傾向なのかもしれない。〝ヤキン・ドゥーエ〟以降イザークの口からも「あいつらに敵わない」という発言がちらほら見受けられた。それが成長停滞となっていたのなら、イザークの腕は今後上がるかもしれない。

(まぁ、やれることをやるだけだな)

 諦念ではない。楽観思考も持たなければ潰されてしまうと言うだけだ。分析して、訓練して、機体を最良の状態に保って、

(…………なるようになる、じゃ駄目だよな。勝ち続けないとな……)

〈平気だと言っているぅッ!〉

「な、なんだよいきなり?」

〈お前じゃないッ! シホが聞いてきたんだッ!〉

 微笑ましいと思っておこう。重圧を逃れるにはそれしかないのだから。

SEED Spiritual PHASE-17 通わぬ心を追う

 

「わたしルナマリアって言うの」

「あ、あたし、コニール」

 名乗れば良かったのだ。近くの喫茶店に少女を誘ったルナマリアは年上らしく適当なものを奢りながらようやく思いついた突破口に内心呆れていた。

「で、シンについて、何か知ってるの? ちなみにわたしは探してるんだけど」

 その言葉に対し、コニールはジュースをストローで啜りながら警戒心を滲ませた眼を向けてくる。

「ザフトに、連れ戻すため?」

 当然そう思うだろうが、実は違ったりする。だが慎重に言葉を選ぶ必要がありそうだ。彼女は確かザフトに感謝していたと思ったが。

「まぁ…つっても何かやって欲しい仕事があるわけじゃないんだけど……その、いきなり姿眩ませて、心配だったものだから……」

 何を言っているんだわたしは。言葉を選ぶつもりだったというのにだんだん本音しか出なくなった。

「あの、あのね。シンは〝プラント〟でザフトやってたのね。それが本人の希望でオーブの方に降りたんだけど、仕事何一つやんない内に行方不明になって――ああ!でも別に捕まえて銃殺ってのではなくって――」

 コニールに笑われた。言葉を探して継ぎ接ぎしていたルナマリアは羞恥の余り絶句しとりあえずコーヒーを口にする。しかし「黒かった」ためしかめかけた顔を隠し、ミルクと砂糖を追加した。

「別にそんな心配してないよ。ちゃんと会わせるって」

 年下にタメ口きかれた上に宥められてブルーになったルナマリアだが、その感情は彼女の唸り声で覆い隠される。

「ただ……」

「え? なんか、あるの?」

 コニールはテーブルに乗ったままのジュースをストローで吸い上げながら上目遣いにルナマリアを観察する。ルナマリアはそんな心情を読み解く余裕もなく、ただただ言葉を求めてかぶりついた。

「ちょっと、教えなさいよ……!」

「おねーさん、シンと仲良かった?」

 眉を寄せるが動じない。コニールはそれで解を得たのか瞑目しながら次の質問を無遠慮にぶつける。

「シンとつき合ってた?」

「――っ! な、なんでそんなこと聞くのよぅっ!?」

 更にその言葉で解を得たらしい。コニールは笑みさえ浮かべてストローから口を離すと挑戦的な笑みすら浮かべてルナマリアに詰め寄ってきた。

「好きなのぉ~? どこまで行っちゃったかな~?」

「あ、あんたねっ!」

「愛してるってわけー?」

 熱しかけていた頭が冷めた。「あい」とは、どういうものなのだろう? シンの笑顔を思い浮かべるが生まれる感情をそう呼び表していいのか、自信がない。

「あれ? ……いや、なんかあたし突っ込んじゃいけないことやっちゃった?」

 慌て始めたコニールに何かを言い返すこともなく渋面を浮かべる。苦笑で誤魔化そうとするコニールだが茶化した理由はちゃんとある。

「あぁ、まぁ、からかったのは悪かったけど……ただね。ちょっとショック受けないでね」

 彼女の、覚悟が知りたいのだ。

 ルナマリアが渋面は崩さぬまま片眉を持ち上げる。コニールは多少逡巡しながらも自分の頭に人差し指を突き立てた。

「今のあいつ、だいぶオカシイよ」

「…………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………え?」

 年下の言葉が脳細胞へと浸透するのに若干以上の刻を要した。自分達は今シンのことを話していたと記憶している。そこからどうしてこんな話へ派生していくのか?

「や……ま、シンってかなりガキっぽいけど」

「そう言うレベルじゃないってあたしはマジで心配してて……でも病院とか連れてっていいものかわかんないからさ………」

 引きつった嗤いはそのまま化けられずに固まった。コニールの氷をかき混ぜる音を遠くに聞きながらルナマリアはとにかく、とにかく唾液の嚥下に苦心する。コニールはそんな彼女を盗み見たが、ルナマリアはその視線にすら気付きそうにない。言わずにおける事柄ではなかったとは言え後悔覚えずにはいられない。視線を彷徨わせるコニールだが、どこにも打破する方法は見つからず……あっさり耐えられなくなった。

「あーもー! ここで悩んでても何にもなんないよ!とりあえずウチ来る?」

「あー……」

「来なさいッ!とりあえず!あんたに会えばコロッと良くなるかもしんないしっ!」

 放っておけなくなったコニールは惚けるルナマリアの肩を思いっきり叩くとレシート引っ掴んでレジまで駆け込んだ。財布の内を指先でまさぐりながら奢らせる予定だった入店当初を思い返し、何となく泣きたくなる。

「ありがとうございましたー」

「ほら!おねーさんっ!」

「あ、ああ!………………行くわよっ!」

「カバン忘れてるっっ!」

 もう何もかも持ってやった。手も引いてやる。ルナマリアは年下に手を引かれて通りを歩くことにすら抵抗を覚えず内面ばかりに意識を向けていた。

 シンがオカシイ? どういう意味なのか。

 シンはどうしてオーブから離れ、こんな所にいるのか? 自問だけでは答えが出そうにない。

「ほら! おねーさんも入って!」

 鍵を開けたコニールはルナマリアを放り込んで鍵を閉める。

「はいそこでストップ!」

 そのまま歩いていきそうな彼女を制した。

「この奥に、シンがいますっ」

 息を飲むルナマリアを真っ向から見据えたコニールの方こそ緊張させられた。今になって色々浮かぶ。もしかしたらシンの症状が悪化しているかもしれない。そんな彼氏を目の当たりにしたおねーさんは錯乱してしまうかもしれない。その結果、自分にとばっちりが降り掛かるかもしれない。

(……あたしは、ヤバイことしたのか?)

 ノブに手をかけたまま凍り付いていた。それに気付かない程相手は内面に引き籠もっている。奇妙な地獄は永遠に、その実一瞬で消滅。コニールの手が捻られドアが奥へと開けられる。

 唾液嚥下音が耳奥に響く。

 開放された部屋は、至って普通のワンルームだった。綺麗にメイクされたベッドが彼女の容姿と相容れないがそんなことはどうでもいい。

「――し、シン?」

 部屋の隅に見慣れた、しかし久しく見ていなかった黒髪が座り込んでいる。見紛うはずもない、シン・アスカ。アカデミーで見ていた頃と、〝ミネルバ〟で支えあっていた頃と、オーブで最後に見た頃と何も変わらないガキっぽい同級生の姿。

「ちょ……シン!」

 思わず駆け寄る。だが触れるのを躊躇う。大戦の最後は苦悩に満ちていたとは言え元々快活で会った様子は見る影もなく、座り込み黙り込み遠い一点を見つめ続けている。

 ぶつぶつ呟くでもなく、唐突に喚き散らすわけでもなく、瞬きすらせずに動かない。

「……………!」

 確かに異常な姿だ。それでもルナマリアの心に去来したのは懸念や驚嘆ではなく恐怖だった。だが人の心など読めはしないコニールは、立ちすくむルナマリアの姿をそのまま捉え、しどろもどろに弁明する。

「あー…っと、別にいつも塞ぎ込んでんじゃないよ。あたしが出てくるときとかフツーに話してたわけだし……」

 コニールの的外れな慰めを聞いている場合ではない。ルナマリアの手は小刻みに震えだし、押さえつけるため拳がきつく握られる。コーディネイターは理性的に調整されていると言われているが、そんな理性を信じられない。遠く深い穴の中に封じ込めたはずの記憶が墓の奥より涌き出て心を引っ掻く。

 

「おれは、どうして、こんな所に立ってるんだ…………?」

 

 医者に診せた方がいいのか? キラ・ヤマトと違い、彼はそれほどメディアには出ていないとは言え統合国家から捜索願でも出てたら連れ戻される可能性がある。そんなことを冷静に考え始めた自分が怖くなる。

「こ、これ、いつからこんななの?」

「んー……あたしが見つけたときはもうこんなだったな…って、大丈夫だって。泊まってきなよ。多分少し待つと喋るようになるから!」

「どこで見つけたの?」

「まず座んなって!」

「――で、どこで会ったのシンと?」

 ベッドに座らせたルナマリアの真ん前にあぐらを掻いたコニールは背後で沈むシンにも気遣わしげな視線を送りつつ、困り顔のまま応えていく。

「ガルナハンだよ。普通に。

 ディオキアに、会いたい人がいるって言われて、ヒマだったあたしが連れてきたんだけど」

「……会いたい人?」

「聞かれても、あたしもわかんないよ。シンも探してんだかどうなんだか……」

 ルナマリアは黙考したが、シンの会いたい人に心当たりがない。

(別に保護者を気取るわけじゃないけど……シンのことで分からないことがあると――)

「〝ミネルバ〟って、ここ来たんでしょ? おねーさん、その時出歩いたとかなかったの?」

(――なんかムカツクわね……!)

 医者には診せるべきだろう。解を求めるルナマリアは、会話に加わらず座ったままのシンを見つめて決心した。街のどこに統合国家の眼があるか分からないなら、〝ターミナル〟を使うまでだ。

「おねーさん?」

「コニール、ちょっとシンを借りてっていいかな?」

「え? あぁ…いいけど、こいつ時々頑固にどっか行きたがるからあんまり遠距離はやめた方がいいよ」

 そうなると、先に相談だの予約だのを終わらせるべきか? 思案を始めたルナマリアの真横でシンがすっくと立ち上がった。

『ぉうっ!?』

 思わず同時に仰け反った女二人を無視。彼はタンスに引っかかっていたパーカーを引ったくると歩きながら被り――

「ちょっと、シ――」

 ドアを開けて出て行った。

(わたし、無視?)

 何でも3人で切り抜けてきたと言う思いが打ち消され、レイに監視されているように感じ始めてから、

 メイリンに、アスランに裏切られたと信じ込まされてから、

 彼に守ると言われた瞬間から、

 心が通じ合っていると思っていた。

 成り行きだったかもしれない。

 傷をなめ合っただけなのかもしれない。

 そうだとしても、自分はシンを信じたかった。

「ちょっと、おねーさん、追っかけるよ!」

「あ、う、うん!」

 悩んでも無駄だ。追うしかない。とにかく、会って話す。決意した瞬間通信機が自分を呼んだ。

「あぁん!? もぉ、ナニよ!」

 ティニ。

「うげぇ…」

「何よおねーさん! シン行っちゃうよ!」

「ち!ちょ! わたし行けない! 先に追って――はいこちらルナマリア――」

〈おう。探し人は見つかったか?〉

 足踏みしながらコニールを先行させ、通信に出れば、クロだった。

「あぁ!? 何よアンタいきなり!」

〈な、なんだよあんた呼ばわりって……〉

「用があるなら早くっ!」

〈ロドニアの研究所(ラボ)って、お前知ってるんだよな?〉

「知ってるからナニ?」

 年長者を怯えさせることなど意にも介さず怒号を隠さず打ちつける。意外にも彼は怒鳴り返さず気遣ったように任務内容を告げてきた。

〈〝ターミナル〟からの情報でな。大規模な軍事行動が何とか……いや、ちょっと違ったかもしれないがデータは〝ノワール〟に送るから調べてくれ。ヤバイと判断するなら呼んでくれて構わない。じゃ。手間取らせて悪かったな〉

「ぐー! ううう…わかった!行く。じゃあね!」

〈……公私混同すんなよ。任務を後回しにしてマイナス要素呼び込むなよ〉

 返事はせずに切ってやったが表情で不従順はばれてしまっただろう。自ら立場を危うくした事実に渋面を浮かべながらもシンを優先して走る。

 軍人コーディネイターの足がナチュラルに劣るはずもなく、通信切って少し走れば直ぐさまコニールに追いつけた。手招きする彼女に張り付いたが肝心のシンの姿は見あたらない。

「どこ!?」

「い、いや、盗ったのかよくわかんないけど、あの辺のバイクに乗ってあっちの方に――」

 コニールの指さす先にはもうシンの姿は見られない。人垣すら切れているこの通りで後ろ姿も確認できないとなるとどこに行ったか。

「コニール…行き先に心当たりは?」

「う……幾つかあるけど、うろうろし出すと――」

「どこよっ!?」

 振り向いたルナマリアのあまりの剣幕にコニールはのけぞり後ろのヒトにぶつかって謝り倒すはめにあった。おっさんは毒突いていたがそのしつこさに食って掛かることすら思いつけない。

「お、おねーさん?」

「心当たり! とりあえず近いトコから――」

 ボディランゲージで宥めるも彼女の息は荒くなる一方で、コニールはその必死さに恐怖すら覚える。

「落ち着いて! 行き違いになるだけだよ。大丈夫だって。夜中になっても日付変わる前には戻ってくるから」

 ルナマリアは年下の必死さに自身の冷静を掻き集めたが、指の隙間から零れて熔けていく。そんな纏まらない心のまま考えついたことは如何にシンを追うか。それだけである。

「コニール……」

「な、なに?」

「シン、帰ってきたら連絡頂戴。家、戻ってて」

 モビルスーツの、〝ストライクノワール〟のセンサーならば周辺の一個人探すことも出来るのではないか。シンのフィジカルデータなら、恐らく手に入るはず。

「わたし、ちょっと探してくる。そうね、日付変わる頃には一度戻るわ!」

 ちょっとと引き留める暇すら与えられず、ルナマリアは猛スピードで走っていった。コニールは突き出していた掌を引き寄せそのまま頭に乗っけるととりあえず爪で髪の中がりがりやる。

「おねーさんの連絡先、あたし知らないよ……」

 

 

 ルナマリアは全力疾走と停滞回復を繰り返しながらそれでも人目ははばかった。ディオキア。確かシンが休暇中にエマージェンシーやらかしたときアスランが探しに行った岩場があったはずだ。あの辺りから――

 ――などと思い返せば副長からの間延びした自由行動のアナウンス、「アスランさん」を取っていく妹、ショッキングピンクの〝ザクウォーリア〟と様々なことが思い返され笑みすら零れた。シンと会える。そんな楽観思考が心に楽しさを流し込んでいくが、カモフラージュのドアを越え、セキュリティをパスし隠された〝ターミナル〟の格納庫(ハンガー)に踏み込むなり硬化した。

 ロックボルトで拘束された〝ストライクノワール〟。それは別に整備に当然のことなのでどうでもいい。

 何故自分は、銃を向けられている?

「あんた、反クライン派なんですってね?」

「な、なによそれ?」

 整備紳士が先刻とは打って変わった冷たい声色で話しかけて。問い返したはしたものの、ルナマリアはその一言で銃口の意味を悟らされた。情報に間違いがあったか、自分が変なトコに紛れ込んでしまったか。こちらはまっとうな(・・・・・)クライン派の〝ターミナル〟であったようだ。ルナマリアは唇に流れ込んだ冷たい汗を飲み込みながら服の隙間を密かに探る。

「こんな脅迫めいた方法は採りたくありませんが、一つ聞きます。『考えを改める気はありませんか?』」

 一拍おいた彼の言葉。ルナマリアの脳裏には正しく意味が浸透した。

(今いる組織を見限って、クライン派に入りなさい。そうすれば『命まではとらない』……ってこと?)

 冷たい汗が拭えず落ちる。突きつけられた銃口は揺れもせず、ただただ自分を見つめ続けた。

「あ、モビルスーツの方は整備できてますよ。あと一時間程度で満充電です」

「……どぉも」

 紳士的な笑みと対応が、今度は癇に障った。慇懃と慇懃無礼にどれほどの差があるものか。おそらく受け取り手の問題なのだろう。嫌味を態度に乗せたとて、相手がそれに気づかなければ心に善人が認識される。

「考える場所は提供できませんが……時間ならいくらでも。色よい返事をもらえるのなら一両日このままでも、私はかまいません」

 時間をくれる、か。時を惜しむわたしに向かって? 足踏みさせるお前たちが!?

 ルナマリアは笑おうとしてそれができない自分に更に苛立つ。人の時を無断で奪っておいて提供するなどと嘯く輩に遠慮することは無い。奪ってやるだけ。

「悪いけど変事はノーよ!」

 銃持つ人から微笑が消えた。

 見下していた赤い髪はもういない。それを恐怖が認識したころには右後方でうめき声。

「おぐ!?」

 ルナマリアは一跳躍で眼前にまで迫られ、目を見開く男を転かして踏みつける。骨の無い部位を貫かれる苦悶を聞きながら宙に浮いた銃を視認。セーフティが切られていることを瞬時に判断するとそのグリップを蹴り飛ばした。

 暴発。

 跳弾。

 その一撃が誰かを傷つけるには至らなかったが、驚愕覚めやらぬ男の眼下にはすでに少女が一人いる。癖毛が跳ねた。自分も跳ねる。顎を真下から蹴り抜かれたと認識できたのは隣の男。唾を飲みながら銃を構えれば少女は倒れた男を踏みつける。

 赤髪の奥に隠れた双眸が自分を射抜いた気がした。

 発砲。

 自身の真上からも発砲。

 腹に響く銃声の中でも彼女は揺らがず立ち続けている。否、と二人以外の一人は気づいた。敵は二つの銃口を確認し、共に直線を描かない場所へ一歩逃げ込んでいたのだ。人間業ではない。その驚愕がトリガーにかかった指を固める間に敵はライフルを拾い上げ、乾いた音を二発轟かせた。

 男二人がまっすぐに倒れ、再び銃声。キャットウォークから誰かが落ち、視線を戻した時には化け物はいない。

「う!?」

 こめかみに突きつけられた冷たい黒が心に敗北を焼き付けた。

「ザフトの赤を舐めないでほしいわねー」

 間違いなく明るい少女の声。だが数時間前と同じ印象は抱けなかった。引きつった呻きを漏らしながら初めて〝ブルーコスモス〟の思想が理解できたような気がした。

「モビルスーツ、返してもらいたいけど、いいかな?」

「ど、――」

 思わず首肯しそうになり思いとどまる。

「ざ、ザフトレッド… そこまでの力を持ちながら、なぜラクス様に協力しない? ま、まさか傭兵や〝ロゴス〟のように戦える場所が欲しいなどというつもりですか?」

 戦闘を意識し、心と切り離していた行動が再び繋がった。ルナマリアは頬を掻きながらどう答えたものかと思案する。人質は眼球だけでこちらの表情を舐めながら何かを得たらしく、質問を変えた。

「今の指導者、裏表の無い彼女たちを信じていれば平和でいられると、思いませんか?」

「いや絶対思わないけど」

 思わず即答してしまって、投げかけられるであろう疑問に辟易する。言葉にできないわけではないが、思い知らせるのが面倒くさい。

「なぜ!?」

「んー、やっぱりそうくるんだろうけど。ゴメンわたし時間が惜しいの。欲しいんじゃなくて惜しいんだからもう行くわよ!」

 後頭部の一点を狙って銃把を振り落とす。ほぐ?とか言って男が果てた。念のため脇腹にもう一撃蹴りくれてから、見上げた。

「あぁ……」

 バッテリーは、恐らく充分だろう。武装が取り払われるような意地悪はされていないようだ。問題は両肩と胸部を縛るロックボルトだが…………。

 シンは今どこにいるのだろう?

「えぇいっ! 考えてる時間もない!」

 全滅させた人垣を乗り越え垂らされているラダーに足をかけた。スイッチを入れれば静かに登り始め、ゆっくりとした上昇が終わる頃には電源の入っているコクピットが出迎えてくれた。

 再起動させたOSに問題なし。ウィンドウには順次武装名が並んでいく。記憶と食い違わないデータに頷きながらルナマリアはフェイズシフトのキーを押した。

 空間が滲む音が耳に届く。フェイズシフト装甲は実弾の運動エネルギーをずらした位相で受け止め弾き返すとの話を聞いたことがある。まっすぐ飛んできた弾を直角に滑らせるとか。〝ノワール〟に取り付けられている拘束具は座面の摩擦と圧力だけで締め付けているようなのでもしかしたらフェイズシフトするなり弾け飛ぶかとも思ったがモニタで確認する限りそうはいかなかったようだ。

 実弾に対して完全無敵。

「あぁ…。傷つくとヤだけど…謳い文句を信じるしかないか」

 ルナマリアは〝ストライクノワール〟のスラスターに火を入れた。

 軋む。しかし軋んだ音は一瞬。直ぐさま暴虐の音が耳の届きヒト数人を押しつぶせる鉄塊が足下に落ちていく様が見えた。機体状況をチェック。特に胸部肩部が警戒色になるようなこともなかった。

「よしっ! 〝ストライクノワール〟行く――」

〈ルナさんルナさん、ご無事ですか?〉

「ティニ? もぉ勢い潰さないでよっ!」

 腰部に引っかけられていた175mmグレネードランチャー装備57mmビームライフルを取り出し天上を撃ち抜き、左のレバーを思いっきり押し込みながらルナマリアは毒突いた。

〈通信が全然通じないものですから。心配しました〉

 モビルスーツの方は触れるはずもなかったので服の中から通信機を取り出すと、着歴が三つくらい溜まっていた。憮然としながら視線をそらし、空を見上げながら言葉を継ぐ。

「う……ひ、酷いことあったのよっ! 〝ノワール〟に映像データ残ってたら提出するから! で、ナニ?」

〈いえ。モビルスーツを使っていると言うことはクロから伝えられた任務遂行中ということですか? でしたらあとにします〉

「言ってよ! 気になる!」

 足と背から炎を放てば空に手が届いた。

〈…………任務中ならば聞いた方が気が散ると思いますが。そうまで言うのなら聞いて下さい。シン・アスカがディオキアの――〉

 ルナマリアは思いっきり期待して死ぬほど落胆した。

「知ってるっ! 今追ってるの!」

〈……クロはロドニアのデータを送ったと言っていましたが。再送しますか?〉

 絶叫して後悔した。ティニの表情が変わらないので悪い方に想像するしかないが、恐らく怒っている。

「ゴメン行くから! このまま行くから!」

〈……………『ご褒美に』シン・アスカのデータ、送っておきますので。それでは頑張って下さい〉

 閉じたウィンドウには悪いと思いながらも〝ノワール〟のセンサーを起動させた。念のためとティニから送られて来たデータにも目を通すと衛星経由のGPSでここからそれほど離れていないところに光点が灯る。初めはコニールの家が表示されているのかとも思ったが、方角が違う。ルナマリアはディオキアとシンを脳裏で結びつけ、一つの場所を思い浮かべた。

 奇岩連なる自殺の名所みたいなところで、シンが遭難したことがあったか。

 確信じみた想いに突き動かされ機体を転進したが、その光点はすぐに更新された。シンの、持てる全てのフィジカルデータを打ち込みセンサーに探させるが更新されたGPSデータとほぼリンクしている。

「どこ行く気よ……シン!」

SEED Spiritual PHASE-18 殺意以上に苛む恐怖

 

 シン・アスカはバイクを停めた。奇岩連なる灰色の世界。端まで歩けば海が広がる。

 ステラは海が好きだった。

「ステラ!」

 呼ぶが、返事はない。確かこの辺りで一緒に焚き火に当たった記憶があるのだが……

「そう言えば、海に落ちたっけ…?」

 突端に立つ。柔らかそうな金髪は見えない。

「どこ行ったんだステラ……」

 憮然と息を吐きながら反り返って太陽を見上げる。焚き火。そう言えばステラには兄弟がいて、あの辺の道路で返したんだっけ?

 そのあとどうやって会った?

 〝ガイア〟?

 アスランは言った。「爆散させずに倒すんだ」

 ミネルバの医務室。息を潜める自分。レイは言った「どんな命も生きられるなら生きたいだろう…」

 イキタイ?

 シンジャウハダメ……?

「……ステラ?」

 シンは片手で頭を押さえつけ、振り返る。おれは今なにを思い返しているんだ? 〝ミネルバ〟で、ステラに貝を返して――いや、ネオってヒトは信じられると信じて、頭痛。

 シンは痛みに身をすくめた瞬間、なにかを感じたような気がした。アスランに〝デスティニー〟を墜とされ、意識が途切れたあの瞬間が脳髄を駆け抜け、なにかを意識に残していく。

「……ステラ?」

 呼ばれたような気がした。ここではない。あっちだ。シンはバイクへと駆け戻りスロットルを開いた。そうだ。何故忘れていたのだろう。ステラの故郷だと、彼女が来る前に知ったのではなかったか?

 ロドニアの研究所(ラボ)そこに彼女はきっといる。

 

 

 

 このデータは本当なのか? もしかしたらティニが任務そっちのけでシンに走るだろうと見透かし、任務完了せざるを得ない状況に追い込んでいるのではないか? だが、独自に操作したデータも、シンの居場所を同じ場所だと伝えてくる。

「……あ」

 そのデータが、ロストを示した。離れすぎたかどうなのか。センサーの感度を上げようとしたが、やめる。無関係なものを拾われて余計混乱するようではたまらない。

「信じるしかないわけか……」

 消えたデータもティニのデータも行き先はロドニア。クロはそこで大規模な軍事行動が行われるようなことを話していた。気になったルナマリアは航行を自動操縦に切り替え、クロから送られたデータに目を通す。

「軍事演習とか書いて無いじゃない……」

 ロドニアの研究所(ラボ)に未調査の領域があるらしい。当時、ルナマリアは帰ってきてすぐ撤収してしまったため、吸い上げられたデータくらいしか見ていないが、当時のザフトが専門チームを編成していたはずである。この情報を当時のグラディス艦長に見せたら信じるなと怒られていたのだろうか……。

 信頼評価の付けられない情報を何となく頭に入れたルナマリアは見覚えのある風景を眼にし、自動操縦を解除した。以前は小型ジャイロで見下ろした景色。背面以外全てでそこが見渡せるとは言えやはりモビルスーツのコクピットには閉塞感がある。新たな発見に小さく感動しながら近づけば――

 アラートが鳴る。

 ルナマリアは慌てて対象を検索した。センサー感度を上げていたのが幸いしたか、視認できる範囲にはなにもないがライブラリは機体データを返してきた。

 GAT‐04の反応が4つ。〝ウィンダム〟を想像するなり地球連合が思い浮かび身が引き締まるが、違う。今は恐らく統合国家所属の機体なのだろう。ならば自分は隠れる必要はない。ルナマリア・ホークはオーブ軍第二宇宙艦隊所属でもある。認識コードを表示させながら航路を変えずに直進した。通信機に意識を向けていると……いきなりロックされ、レッドアラートが激しく騒ぎ出す。

「は!?」

 慌ててレバーを小刻みに傾け真横に急制動をかければ真横をビームが貫いていった。冷や汗に濡れながら通信機を弄り、

「こら! わたしの認識コード分からないんですか!」

 後ろめたさも感じぬままに怒罵を叩き付けるも返るものは言葉ではなく熱線だった。一発が二発になり、直ぐさま4機からの連射に変わる。ルナマリアは慌てて回避に映りながら〝ノワールストライカーの〟ウィングを前面に張り巡らせた。アンチビームコーティングされた刀身でビームが弾け、背筋の冷たさが否応なく上がっていく。

「こ、いつらっ!」

 統合国家の軍ではない。ましてや今のザフトでも有り得ない。だとすれば、何なのだ? 解の出ない疑問に染められ先程まで信頼性の無かった情報が形を変えた。『ロドニアの研究所(ラボ)には未調査の領域がある』。

 ルナマリアは〝ストライクノワール〟を防御姿勢のまま急降下させ、手近な建造物に身を隠した。向けられるビームは減らず、この地に障壁に使えそうな建造物は少ない。M8F-SB1 ビームライフルショーティー2丁をマニピュレータに握り込ませ、建造物の隙間から連射する。

「うわ……感覚違うわ…」

 短いビームの乱射に翻弄され、〝ウィンダム〟達の統制に綻びが確認出来る。それでもルナマリアは毒突いた。〝ガナーザクウォーリア〟と〝インパルス〟、ミドル、もしくはロングレンジ対応の機体に馴れすぎたようだ。取り回し優先の低威力銃が性に合わない。再度の連射で気を取り直すと側面バーニアを操り敵群の側面へと駆け込んだ。流石に咄嗟の機動性は〝ザク〟とは違う。〝インパルス〟すら凌駕するかもしれない。〝ストライクノワール〟は〝ウィンダム〟の旋回が鈍重に思えるほどのフットワークを見せつけ瞬く間に一機に接近すると大上段から袈裟懸けに斬り捨てる。MR-Q10〝フラガラッハ3〟ビームブレイドは小振りながらも対艦刀の名に恥じぬ剪断力を見せつける。〝ウィンダム〟は腰元で折れ千切れ、程なく爆発する。

 ザフトはユニウス条約に則りセカンドステージシリーズを建造したとき、ナチュラルにここまでのものができはすまいと確信していたものだが、全く愚かな思い上がりだったと思い知らされる。〝ジン〟に対抗するためGAT‐Xを造り上げたのはザフトではないのだ。ルナマリアは連合の技術に舌を巻きながらもこの機体性能に満足した。〝ミネルバ〟の構成上、仕方なく砲撃を任されていた自分だが、〝スラッシュウィザード〟や〝インパルス〟を与えられていればもっと戦果を上げられていただろうと皮肉に口元を歪めながら背後からの一閃を瞬時に回避した。

 

 

 

〈ちっ! とんでもねぇな……〉

 これがコーディネイターと言う奴だ。自分も新兵だった頃は訓練はしっかりしているが故にそこまで腕に差はないとかアホな自負を抱いていたものだ。そして何度も死にかけた。恐らく自分もコーディネイトされて生まれてきていれば〝ストライクダガー〟で〝ジン〟を何機も踏みまくることができたのだろう。

「喋ってないで! 来るよ!」

 ビームは光速で敵機に届く――はずだがそれが信じられなくなる。

「――ったく! どこのゴミ屋さんよ! 〝ファントムペイン〟秘蔵の機体じゃなかったの!?」

 眼前の〝ストライクノワール〟はこちらが全力で叩き付ける殺意をまるで涼風のようにいなしていく。地球連合の技術の粋をコーディネイターに持って行かれる辛酸は4年前だけで充分だと言うのに!

〈こいつっ!――な!?〉

 振り抜いたビームサーベルが空を薙ぎ、背後から振り下ろされたビームブレイドが〝ジェットストライカー〟をぶち壊していった。背後から。それが意味が分からない。

 ビームライフルだけでは埒があかないと翼端のミサイルも全部叩き付けるもそれを見抜かれたと言うことだろう。フェイズシフト装甲と実体弾の関係を熟知していても実際に行動できるものではない。肉を切らせて骨を断つなど正気で出来ることではないのだ。

 右方からの殺意を示すレッドアラート

 それでいてフロントモニタで大写しになる黒の機体。

 長刀をもう一振りバックパックから取り出した敵機は眼前から消えた。

「っ!」

 理解はついていかない。訓練に培われた反射神経に流される。

 アラートランプと直角にレバーを倒せば空間に残されたシールドが刀身に貫かれた。動かなければこれが自分の姿だったということだろう。

 普段は自分も言っている〝ブルーコスモス〟の思想はアホだ。しかしその差別対象に殺されそうになった今は心の底が彼らと同じになってしまう。

「ホントに狙って撃ってんの!?」

〈うるせっ! 当たらねーんだよ!〉

 軽口。そのはずだ。だが切羽詰まった軽口にどんな意味を見いだせばいいのか。モビルスーツのそこかしこにカメラがあるのは当然だが、敵パイロットのそこかしこにも目があるんじゃなかろうかと馬鹿な妄想すら浮かんでくる。〝ストライクノワール〟はたった今、体を崩すほどの勢いでこちらの左手をもぎ取っていった。それなのに同僚から返ってくる言葉は「当たらねー」 この差をどう埋めろと言うのか?

〈なんて奴だよ! こうまで――〉

 再びモニタに映し出される黒い機体。〝ウィンダム〟のシステムが即座にロックオンを掛けるが脳裏には撤退の二文字がちらついた。

(……っ! 冗談じゃない!)

 軍人であることは誇るべき事。怯懦を憤怒が焼き尽くす。突進しながらの一射がなんとか敵機の刀身を打ち据えた。

「逃げるわけには…いかないんだよぉおぉっ!」

 隊長は言った。「キープアウト」と。ならば誰も立ち入らせるわけにはいかないのだ。立ち入った者を生きて帰すもまた然り。防御に回された刀身へと更に数発の連射を浴びせ、隙を作ってライフルを投げ捨てる。停滞することなくビームサーベルを握り、敵が動く前に殺す! 勝利への予定はモニタがいきなり黒くなったことで白紙に戻される。

 決意と使命感に燃えた脳を巨大な鉄塊が貫いていった。

 

 

 

 機体の四肢に仕込まれたアンカーランチャーの一撃は過たず最前の〝ウィンダム〟の頭部を指し貫いていた。ルナマリアはもう一振りのビームブレイドを容赦なく敵機のコクピットへと叩きつける。切り倒すつもりだったが相手の技量も然るものだったと言うことだろう。コクピットを貫かれた〝ウィンダム〟は仰向けに倒れたが爆炎はあげない。一機が一歩後ずさるのを視界の端が捉えていた。

「だからわたしも赤だったんだって!」

 高揚そのままに次の敵へと躍りかかる。この程度、敵ではない。そう言えば自分が初撃墜を噛み締めた相手も〝ウィンダム〟だったか。戦闘中でありながら苦笑が漏れる。負ける要素は見あたらない。さっさと片付けてシンを探さないと。

 駆けだした〝ストライクノワール〟だったがセンサーが地表への注意喚起を促し引き留められる。及び腰の相手から大きく間合いを離し確認すれば研究所跡地に進入する機影が見て取れた。機影と言ってもモビルスーツより遙かに小さい。単車だった。

「あっ!」

 眼前の敵機のことなど忘れてそこをトリミング、大写しにする。すぐさま建物の影に隠れてしまったが間違いない。

「シン!」

 眼前を睨み付ければ敵。ルナマリアは毒づきながらティニへと通信を送った。が、この辺りにNジャマーでもあるのだろうか。先ほどとは違うノイズだらけの音声が返ってくる。

〈ルナマリアか? 悪い。今ティニはちょっと…〉

「ヨウラン? 別にいいわ。ロドニア調査中にシンを見つけて……詳細は後で報告するから医療パックと調査機器、ここに寄越すよう手配して!」

〈医療?〉

「戦闘中なの! 切るわよ!」

 とは言え敵からの殺意はほとんど無く、3機からの散発的な射撃がある程度。殺し合いに対しての緊張感はまるでない。その代わり探求のための焦燥感が緊張以上に心を苛む。

「悪いけど……さっさと終わらせてもらうわよ!」

 飛びかかる。一機がビームブレイドをシールドで受け流す間にシンがどこかの建物に入っていったらしく、またロストした。

(――ったくゥ!)

 わたしはこんなに怒りっぽかったかと気付いた新たな発見を直ぐさま忘却する。剣の腹で叩いて反らした腕部へもう一本の刀身を突き込んでやる。先端がフェイズシフトするブレードが装甲ごと腕部を破壊し、剣は腕に残されたまま空いた掌にライフルが握られる。乱射されるビームライフルショーティに対し、盾を失った〝ウィンダム〟はなすすべ無く切り刻まれる。機械の腸を晒しながら崩れ落ちた無惨な屍さえも、仲間の歩みを停めるには至らなかった。軍人としては尊ぶべきかもしれないが焦る彼女には苛立つことしかできない。数で圧せば勝てる存在が徐々に切り崩されればもうあとはない。

 彼らは使命を叫びながら黒い機体に切り刻まれた。

「……ったく…どこの所属よ?」

〈…………〉

 崩れ落ちた最後の〝ウィンダム〟に問いかけた。コクピットハッチにマニピュレータをかけ、接触回線に恫喝をかけるも返ってくるのは沈黙だけだった。

「……まぁ、言いたくないんならいいわ。もうちょっとすると後始末部隊が来るから、そいつに喋って」

 四肢を潰し、中央が無事なモビルスーツを二つ無視したルナマリアは〝ストライクノワール〟をシンが入ったと思しき建物の前に傅かせたが――

「…………」

 あとのことを考えてしまう。モビルスーツを乗り捨てて侵入しようものならさっき倒した所属不明者に戦闘力を丸ごと奪い取られてしまうかもしれない。

 その間に二つの棺桶は自爆した。

「………」

 やはりコーディネイターは理性的だと言うことだろうか。道理もなにもかもかなぐり捨てて走り出したいというのに指先はハッチ開放操作をどうしてもやろうとしてくれない。もうこの場からは誰もいなくなった。しかし理性が考える。離れている間に、後続が来るかもしれない……。

「……」

 ティニには褒められるだろう。自分の心を無理矢理騙しているようでじりじりするが。

 ルナマリアは外部センサー全部に索敵を押し付け、シートにまで体重を押し付けた。

SEED Spiritual PHASE-19 憤る虚しさ

 

〈今すぐ戦闘を止め、軍を引いて下さい〉

 警告は一度だけだった。背後に無数の軍を控えさせたまま〝ストライクフリーダム〟が天空を駆ける。

 南米はペルー・ブラジル国境付近。所属不明のモビルスーツ群が目的不明飛行中との連絡を受けたキラはアパラチア共和国より預かった戦力を率いここまで攻め入ってきた。

「アスラン…ありがとう」

 アスランがスカンジナビア王国へと赴き〝ターミナル〟からの情報を優先的に渡してもらえた結果だろう。キラの警告に発砲で応えた南米拠点群は予想以上の大軍に怯えることなく銃を構えるも飛来した一機に所々から悲鳴が上がる。

〈〝フリーダム〟……キラ・ヤマト だっ!〉

 瞬く間に数機の〝ダガー〟が武装とカメラを無力化され、アマゾン川へと飲み込まれる。セルバの地域には熱帯雨林が大きく広がり一射で大気を灼熱化させる熱量兵器の使用は大きく制限されている。多大な酸素発生地「地球の肺」を焼き尽くすわけにはいかないからだ。それに乗っ取ってか今は〝ストライクフリーダム〟でさえ両手に〝シグー〟の用いた機銃MMI-M7Sを装備している。それでも、ビームより遙かに弾速の遅い76㎜弾でさえ回避可能にはなり得なかった。

「まさか川に墜落するトコまで計算して撃ったとか言わないよな?」

 軽口に応えてくれる通信は無い。誰もがそれを一笑に付せぬほど眼前の伝説は凄まじすぎる。フライトユニットのないモビルスーツ達が密林から距離を取る中、上空の〝グフイグナイテッド〟、〝ディン〟、〝ダガーL〟達が次々と光を見た。そして視界が無力にされる。墜落を免れてもこれでは戦いようがない。闇の中に浮かぶ棺桶、そこに自分が放り込まれることははっきりとした恐怖だった。

 しかしその恐怖は――長続きしない。

〈警告は一度です〉

 両腕頭部を失いフライトユニットだけで辛うじて浮いていた友軍が次々と打ち倒され、川に落ちていく。

「馬鹿な!」

 今信じられない光景が目の前で展開された。気勢を食い縛りながら〝グフイグナイテッド〟がビームガンを乱射した。例え地上でなくても倫理違反となじられかねない行為も〝フリーダム〟を掠めることも出来ずに終わる。

 二刀のサーベルを抜き放った〝フリーダム〟は弾幕など意にも介さず〝グフイグナイテッド〟を補足、通り過ぎるだけで微塵に切り刻んだ。

「ちっ! か、囲め!」

 無駄。

「全方位から打ち込めば何とかなる!」

 無駄無駄。

「俺らが囮になる! 動き停めてやるからよぉっ!」

 無駄無駄無駄!

 これが究極の存在。神に愛された人類ということか! 数十のモビルスーツで完全包囲し如何なる所から殺意を叩き付けてもその全てが意味を成さない。フェイズシフト装甲だから実弾が無意味というわけでは断じてない。ビームを織り交ぜたなりふり構わない連撃でさえ〝フリーダム〟の、キラ・ヤマトの前では無力で無意味で無駄だった。宇宙の部隊は一体どうやってこいつと戦った? ほんの少し前、同じ思想を持つはずの誰かがこいつに敗北の辛酸を嘗めさせたと聞いたが、嘘だったのか?

〈あなた達は……どうしてこんなことをッ!〉

「お、お前達は言葉を聞かない!」

 怯懦に塗れたその言葉に彼は何を感じたものか。いきなり〝フリーダム〟のカメラに捉えられ怖ろしく速い斬撃に晒された。

 ボディだけ残した〝グフイグナイテッド〟は〝フリーダム〟の真上へ高々と振り上げられる。近いからか、それとも怨念か、超回転させられる世界の中に隠しようもない怒気を帯びた声が流れ込んでくる。

〈あなたも……あいつと同じかっ…!〉

 再び信じられないことが起きた。だがそれを信じられないと感じられたのは本人ではない。〝フリーダム〟のビームサーベルがバイタルエリアをも両断し、爆炎が周囲の使命感を凍らせる。

〈……あ、あいつは、殺さないんじゃなかったのか?〉

 後続部隊の仕事は掃討だけだった。掃討戦ですらない掃討。改めて軍神の恐ろしさに戦慄する。敵も、味方も。それが『力』の在るべき姿。

 

 アラートが全て沈黙してどれくらいの時が経ったのか。キラは機体の中で思いの外荒くなっていた息を整えられずにいた。

 ピピッ。

 キラは心に何かを注げぬまま反射的に通信に出た。

〈ヤマト中将……新たなテロ行為ですが〉

「行きます」

 そんな通信は数日の内に三度。

〈中将……少し休まれては?〉

「大丈夫です。あと、僕は今〝プラント〟所属ですから准将じゃありませんよ」

〈も、申し訳ありません!〉

 確かに、声に疲労は感じられない。スーパーコーディネイターならではというべきか。

 ――

 ――――

 久しぶりにオーブへと帰ってきたキラは自室に戻りラクスと連絡を取ろうと端末に手を伸ばすが、丁度それを見計らったようにコール。キラが手を伸ばすと

〈キラ! お前今までどこに行っていた!?〉

「アスラン?」

 スカンジナビア王国からの通信だろうか。アスランはどこか焦燥を滲ませながら食って掛かる。

「今まで? アパラチアに行って、南米行って、東南アジアを通り抜けて帰ってきたんだけど」

〈東南……いや、聞いた。だがその全てを鎮圧してきたって言うのかお前は?〉

 非難するような友人の表情。キラはそれを意外な思いで見つめ返していた。その視線に痛いものを感じたアスランは視線を反らしながら別の心配事を投げかける。

〈お前、傷は大丈夫なのか? アパラチアで――〉

「だからだよ」

〈……え?〉

「休んでなんていられない。僕が守らなきゃならないんだ……」

〈キラ…〉

「このままじゃ、また世界は駄目になる……。戦うばかりの。そんなのは嫌なんだ。僕が戦わなきゃでラクス達が話し合いも出来ない。だから――」

〈あ、あぁ……〉

 思い詰めている。映像越しでもそれが分かってしまうほど視線を下に向けたキラは呟くように語っている。呪詛にも似たその決意にアスランは反論と怒罵を飲み込まざるを得なかった。

「アスラン。情報ありがとう。君が戻ってくるまでは僕も地上にいるつもりだよ。また時間が空いたらマルキオさんの所にでも行ってみない?」

〈そうだな……。ああ、……また〝ターミナル〟からの情報を…ラクスの方へ送っておくから。あまり無理をするなよ〉

「うん。アスランも頑張ってね。大規模遠征にでもなれば、アスランの力も必要だから」

 

 

 通信を切ったアスランは我知らず浮かせていた体重を椅子へと押し付けた。過激な鎮圧に対し、非難の声が上がっていると言う世論、とても彼に伝えられなかった。

 キラはこう思っているに違いない。「どうして分かってくれないんだ!?」と。

 決して「思い知らせてやる」という気持ちで戦っているわけではないのだろう。

「だが、言ってやらなければならなかったんだ……」

 振り仰いだ顔面に掌を降らせ、視界を闇の閉ざしても心は更に熱を持つ。かつて〝セイバー〟を控えさせての口論では相手がキラでもカガリでも怒りのままに素直な心を叩き付けることが出来た。だが今は、できなかった。何故か。

「俺は……迷ってでもいるのか?」

 反対側に立てない。立つ必要など無いと思う。共に歩んでいるのだから。――だが、諭すべき所にまで遠慮をしていてはいけないのではないか?

「いや……嫌われるのが怖いだけだな……」

 諭すには、相手に反論しなければならない。相手の意見を全肯定は出来ず、笑顔で話しかけてきた言葉を幾つも斬り捨てなければ、相手のためにならないと解っている。だがその言葉を相手に反駁されれば、それに自分が反論し――結果険悪になる可能性が、確かにある。

「俺は……弱い奴だ……」

 体躯を折って沈み込み掌で顔を押さえつける。視界を薄い闇で覆っても見たくないモノは消えなかった。それは心の中にあるのだから。

 昨年、カガリが重圧に潰され、オーブにいて役に立てるかと自分が迷っているとき、キラは世捨て人かと思えるほどの静けさを湛えて生きていた。それを見るラクス目が痛ましかったことを覚えているほど。だが、今話した彼はどうだった? 感情を剥き出しにして、今にも溢れそう――いや、鎮圧という形で感情を爆発させているではないか。

(あれは、学生でしかなかったあいつが大戦という大きな衝撃で心に傷を負ったためだと思っていたが…………)

 闇に逃げることをあきらめて、身の丈を超える窓へと意識を向ける。血の色をした陽光が溶けながら沈んでいく様が胸をざわつかせた。触れないようにしてきた傷、そう思っていた彼の静けさは、こちらの見当違いなお節介だったのかもしれない。

 あれは、頂点を極めたものの空しさ故の静寂だったのではないか…。

 だからこそ、久方ぶりの『敗北』があれほどまでに火を付けてしまったのではないか。

(俺の方が負けず嫌いだと思っていたんだがな……)

 負けず嫌いなどという微笑ましい言葉で過ぎていけば、口元を綻ばせた感情はいつまでも友に向けることが出来るだろう。しかし、これは一時の迷いが生んだ自嘲に過ぎない。

「だとすれば……俺たちは大きく間違えた」

 ラクスは〝プラント〟よりもキラを選び、結果彼女が作り上げた地位という玉座には別の支配意識が収まった。

 アスランは自分の背負った立場よりも友を選び、結果出来ることが見つからなくなり全ての敵対者、いや対抗者を説得できなかった。

 デュランダルはキラを不幸と一方的に断じた。彼の「機能」が世界に有益たり得なかったことを指して。その言葉に自分は猛烈な反発を覚えたものだが、違う考えに行き着いたとき、そしてこの推測が事実と証明されたとき、どうする?

 開かれていた口元が引き結ばれる。奥歯を強く噛む癖が目元にまで怒りを表した。キラを鬼神にしてしまったのは、黒い〝デスティニー〟を駆るテロリストではなく、自分たちなのかもしれない。

「くそ……」

 国のために、ここまで来た。それは友と国とを秤にかける行動だったのかもしれない。アスランが呻き、髪に爪を立てようとしたその時、

「ザラ補佐官」

 ノックと共に声がかかり、アスランは慌てて居住まいを正した。椅子から身体を引き離し、扉に歩み寄り応える。

「ミリアリア・ハウですけど?」

「あ、ああ。君か。入ってくれ」

 入ってきたのは栗色の髪を肩口で跳ねさせたミリアリアだった。〝ヤキン・ドゥーエ〟、〝メサイア〟では〝アークエンジェル〟の内で何度か顔を合わせた彼女はとりあえずフリーのカメラマンを主な職としているが、アスラン自身は〝ターミナル〟との仲介役をしている姿しか見たことがない。そう言えばフェイスに任ぜられてすぐ彼女と会ったときも、結局この情報網を利用するため相対したかと思い出す。

「国王陛下との謁見は?」

「ああ。今日――」

「そう。流石オーブとは友好的よね……それとも英雄は扱いが違うかな。国王陛下、率先して……」

 時折彼女の言葉から険を感じてしまうのは、やはり自分が彼女の親しい人間を撃墜したと聞かされたからだろうか。

「一応、揃った資料は持ってきたわよ。近日中にもう少し詳しいものが手に入るはずだから、カガリさんも満足するもの……いえ、詳細なものが手に入れば入るほど、怒りそうだけどね……」

 手渡されたプリントアウトの束にはフォトデータも幾つか収められているようだった。


 
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