部屋の中に充満する熱気が即席のサウナのように汗を滲ませる。
蒼く澄み渡った空にモコモコとわたあめのような入道雲。
太陽から放たれる強い日射しの下で、夏の間ずっとアンコールに応える蝉時雨のコンサートが開催されている。
そんな中、三国の平和の象徴として奉り上げられた天の御遣いこと北郷一刀は、今日も政務に励む――のではなく、何故か床に正座をしていた。
そして、一刀の目の前で腕を組んで仁王立ちになるのは、戦場では武神として名高い関雲長こと愛紗。
美しく整った顔を怒りに変え、鋭い眼差しを項垂れている一刀に向けている。
「いいですか、ご主人様? あなたはこの国の代表です。故に夏の暑さに負けて政務を滞らせるは、あなたを慕う民達の気持ちを蔑ろにしているに等しい行為となってしまいます。そもそも――」
愛紗の凛とした声が一刀の政務室に蝉の鳴き声と共に響く。
だが、肝心の一刀は愛紗から視線を外してただ、執務室の床を見つめるだけでる。
(……愛紗の言いたいことはわかるんだけど)
一刀の脳裏に浮かぶは先日、三国の代表による会議において魏の代表である華琳の口から放たれた提案であった。
曰く、一刀をそろそろ『帝位』に着けるのはどうかという話の内容である。
これに桃香は喜び、蓮華も賛同の意を示した。
三国の代表から推挙された一刀は、思いもよらなかった話に慌て会議に同席していた各国の参謀達に助けを求めたのだが、朱里も風も冥琳までもが華琳の意見に賛成をしたのである。
思いも寄らない形で窮地に立たされた一刀であったが、華琳もさすがに本人が納得しない状況では話が進まないと判断したのか、会議はそこで打ち切りとなった。
但し、華琳は退席する前に一刀に「次の三国会議までに答えを考えておくように」と釘を刺してきたのである。
「俺が、皇帝……」
一刀は、無意識にボソッとつぶやいた。
だが、怒れる武神こと愛紗に一刀の態度は不真面目と映り、眉が逆立つ。
「ご主人様! 聞いておられるのですか!」
「はいっ! 聞いています!」
愛紗の怒号に条件反射で背をピンと伸ばし、考えていたことを霧散させる一刀。
だが、自分の話を聞いていなかった一刀を彼女が許すわけもない。
くどくどくど――と、愛紗の十八番であるお説教タイムが始まる。
一刀は、同じ轍は踏むまいと今度は、表向き真面目な態度で愛紗の言葉を聞き流すのであった。
そんな一刀の様子を執務室の影に隠れながら窺っていた小柄な少女がひとり。
彼女は一刀の様子がそれ以上変わらないと判断すると、気付かれないようにそっとその場を後にする。
誰もいなくなった廊下に蝉時雨の音のみが響き渡るのであった。
タイトル 『向日葵の少女』
夏の日射しから避けるようにして中庭にある東屋に華琳はひとりでいた。
朝の涼しい間に仕事を済ませた彼女は珍しく暇を持て余していた。
このような時は本来なら、誰かを連れて街を散策するとか、詩を詠んだり兵法書や歴史書の編纂に勤しんだりするのだが浮つく心ではそれらも楽しめないとひとりでこうして東屋で涼んでいるのであった。
東屋の机に片肘を付き、何気なく中庭を眺める華琳。しかし、庭師の手入れした美しい緑に関心を寄せること無く、彼女はあることを考えていた。
それは、一刀に帝位に就くよう薦めた事である。
華琳は、一刀の反応を見て、帝位という絶対唯一の存在の重さではなく、他の何かに対して『怖れ』があるのを感じ取ったのであった。
時機を見誤ったと華琳は自分の判断を反省した。
表向きには三国の共同統治という形で平和にはなっているものの、未だこの地を脅かす外敵五胡の存在や徐福を名乗る煽動者の輩。地方の末端までに未だ行き届いていない治世。問題点は山積みである。
故に華琳は、一刀を皇帝という至高の座に就かせる事により人心の安寧を図ろうとしていたのだ。
だが、困惑する一刀の表情を見て曹孟徳ではなく、ひとりの少女である華琳として心が痛んだのである。
華琳は頭の中に一刀の屈託のない子供のような表情を自分の大好きな彼の笑顔を思い浮かべていた。
「……誰が好きこのんで、あなたの困った表情を見たいと思うわけないでしょ」
少女の本音が中庭に静かに響くのであった。
憂鬱な気分で佇んでいた華琳の耳にガサガサと葉っぱの音が聞こえてきた。
一瞬、間者の類かと考えたがここまで入ってこれる腕の持ち主などそういないと思い出すと華琳は落ち着きを取り戻し、そのままの体勢で待つ。
「ぷはっ!」
そこから出てきたのは、赤髪の小柄な少女であった。
現れた鈴々は身体についた葉っぱをぱんぱんと軽く叩いて落とす。そして、華琳をその視線に映すと笑顔を向けてきた。
華琳は、つい鈴々の笑顔に一刀の笑顔を重ねてしまい苦笑する。
「どうしたの鈴々。私に何かようかしら」
鈴々の表情から自分に何かしら用があるのだろうと推測した華琳が用件を尋ねた。
「うん! 実は華琳お姉ちゃんにお願いがあるのだ!」
「……お願い?」
意外な申し出に華琳は少し驚いていた。鈴々は義姉妹の契りを結んだ桃香や愛紗に母のように慕っている紫苑、そして一刀にお願い事するのが常であり、個人的なお願いをされるとは思っていなかったからだ。
「前にお話して貰ったお花畑の場所を鈴々にもわかるように詳しく教えて欲しいのだ」
鈴々の言うお花畑に眉を顰める華琳。だが、彼女の話がこの都から少し離れた場所に設立した様々な生薬を植えた畑の事だと思い出す。
「あそこに何か用があるの?」
「うん。華琳お姉ちゃんが言っていた『太陽の花』をお兄ちゃんに見せてあげたいのだ」
鈴々の言葉に面喰らい、華琳は驚いた表情を浮かべた。
だが、すぐにいつも通りの表情に戻す。
「どうして一刀にあの花を見せようとしているのかしら?」
華琳の問い掛けに鈴々は、悲しそうな表情を浮かべ少し俯く。
「……お兄ちゃんに元気になって欲しいのだ」
鈴々の言葉に華琳は、ハッと我に返る。
帝位を進めた一件以来、一刀の様子がおかしいとは感じていた。だが、鈴々の姿を見て華琳は、国を想って行動だったとは言え、周りの気持ちを蔑ろにした自分の行動を改めて痛感したのであった。
鈴々がそういった他人の機微にとても敏感である事は華琳も承知している。
華琳は溜め息を吐き、椅子にもたれるように身体を預けて自分の前髪を撫で上げた。
「わかったわ。そう言うことなら場所を教えてあげるわよ……その代わり一刀の事をよろしく頼むわよ」
「りょーかいなのだ!」
鈴々は真っ平らに近い胸を張ってどーんと任せてと言わんばかりの態度をとり、そんな彼女に華琳は苦笑を浮かべる。
そして、誰よりも早く一刀を気遣うこの小さな少女へ素直になれない自分の想いを託しながら、華琳は鈴々に太陽の花を植えた畑の場所を教えるのであった。
「――お兄ちゃん、お兄ちゃん」
夜遅くまで政務を続けた身体を少しでも早く休ませる為に、寝台に倒れ込むような形でうつ伏せになり睡眠を貪っていた一刀は、誰かが呼ぶ声で意識を微睡みの中で起こす。
寝ぼけた瞳をゆっくりと開けるとそこには愛らしい妹分である鈴々の笑顔が映った。
それと同時にはっきりと鈴々の顔が確認出来る現状に燭台の灯りをつけたまま寝てしまったことを少し反省する。
「……どうした鈴々。こんな夜更けに何か用か?」
鈴々が部屋に忍び込んだ事を咎めず、一刀は身を起こして寝台に座る形で彼女と向かい合う。
「うん。お兄ちゃんにどうしてもみせたいものがあるのだ」
「みせたいもの?」
鈴々は笑顔のまま頷き、一刀の手を取る。
「このくらいの時間から向かわないとお昼に間に合わないのだ」
「おいおい。いくらなんでもこんな時間に城を抜け出すのはマズイだろ」
一刀は自分の手を引っ張る鈴々に思わず苦笑を浮かべてしまう。
「華琳お姉ちゃんと紫苑の許可は貰ったから、お城の外に出ても大丈夫なのだ」
「華琳と紫苑が?」
普段絡むことのあまり無い組み合わせに一刀は首を少し傾げる。
「もーお兄ちゃん、はやく準備するのだ!」
鈴々は乗り気でない一刀に不満と言わんばかりにフグのようにホッペをぷくーっと膨らませた。
「……いや、しかしこんな事をしたら桃香や愛紗が黙っていないだろうし」
一刀は相も変わらずゴーイングマイウェイな鈴々のテンションについていけず、桃香と愛紗を引き合いに出す。
「そっちも、もーまんたい。鈴々がじじょーを説明した置き手紙をここに置いていくから心配しないでいいのだ」
だが、その言葉も空しく意外に気の利いた鈴々の手はずに一刀の選択肢に『ここに残る』が消えてしまった。
そうとなれば後は、どうにでもなれと一刀は心の中で意気込む。
「わかった。じゃあ、ちょっと着替えるから後ろを向いてくれるか」
「りょーかいなのだ」
素直に言うことを聞いてくれる鈴々に応えるため一刀は手早く着替えて聖フランチェスカ学園の制服に袖を通した。
「よし。じゃあ、行こうか」
「うん!」
手を繋いで部屋を抜け出す一刀と鈴々。
一刀は鈴々にどこへ行くかは聞かずとも、心の中は楽しさで満ちあふれていた。
最近は、統治者としての仕事漬けで桃香や愛紗達の目を盗んでこういった事をするのも久しぶりという事もあるが、何よりも華琳からの進言で悩んでいたこともあり、鈴々の誘いは願ったりかなったりだったのである。
中庭を抜ける際に見上げた満天の夏の星空とこれから体験する出来事に想いを馳せ一刀は心の中が軽くなるのを感じるのであった――
華琳の手はずで用意された一頭の馬に仲良く二人で跨った一刀は都を抜け出して鈴々の案内に従って目的地へと向かう。
「なあ、鈴々。この背嚢には何が入っているんだ?」
馬のお尻の部分にかけられた背嚢袋の中身が気になった一刀は自分の前で鼻歌を歌いながら上機嫌でいる鈴々に話し掛けた。
「にゃはは。それは向こうに着くまでのひみつなのだ!」
一刀の顔を見上げて悪戯小僧のように笑う鈴々。
「そっか。それは楽しみだな」
「うん!」
一刀は馬の手綱を締めて、鈴々の案内する場所へと向かう。
数刻後、すっかり夜の空が明け、太陽の陽が差し込むようになった頃、一刀の腹が空腹でぐぅーと鳴ってしまう。
振り返って見上げる鈴々のキョトンとした視線に一刀は恥ずかしくなり、頬を朱に染めながら「ごめん」と謝罪する。
昨日は余計な事を考えまいと政務に勤しんだおかげで昼を少し食べた後は、月が仕事の合間に淹れてくれたお茶しか口にしていなかった事を今更ながらに一刀は思い出す。
「お兄ちゃん、お腹がすいたの?」
「……恥ずかしながら」
一刀の答えに鈴々は馬の背に足を乗せ立ち上がり、周りをキョロキョロと見渡し始めた。
「鈴々?」
「あっちに小川が見えるのだ。行こっ!」
奇妙な行動をとる鈴々への問い掛けが終わる前に鈴々は再び馬に跨り一刀に背を預け、街道から外れた森を指さすのであった。
鈴々の指示に従い森の中へと向かい少し時間が経った頃、小川のせせらぎの音が一刀の耳に響いてきた。
そして、森を抜けた先には透き通った水が流れる小川が姿を眼前に現れたのである。
「ここで朝ごはんをたべるのだ。用意するからちょっと待っててね」
鈴々は一刀にそう告げると、丈八蛇矛を手にして馬から飛び降りた。
一刀は馬を近くにある木の幹に繋いでから鈴々に視線を向けると彼女は小川の中に入り膝まで水に浸かった状態で目を閉じて蛇矛を手に構えているのが見えた。
鈴々の集中している姿に一刀は邪魔しては悪いと思い声を掛けずにその場に休憩の意味を込めて腰を降ろして見守る。
せせらぎの音に心地よさを感じていた一刀の耳に鈴々が動く気配を捕らえる。
「そこなのだっ!」
鈴々が川面をすくうように蛇矛で一閃した。
一刀の目の前で水が飛び散り、続いて魚が数匹遅れて地面へと落ちてくる。
「お兄ちゃーん! それで足りそう?」
豪快な鈴々の釣りに度肝を抜かれていた一刀だが、彼女の呼びかけに慌てて我を取り戻す。
「ああ、これだけあれば大丈夫だ」
続いて鈴々は獲った魚を一箇所にまとめると、一刀に火打ち石を渡して火をおこすように告げると森の中へと消えていった。
言われた通り枯れ木を集めて風に注意しながら火を熾していると程なくして鈴々が戻ってくる。
「じゃーんなのだ」
鈴々は満面の笑顔で上着を脱いだその中にキノコや野草が入っているのを一刀に拡げて見せてくれた。
「これは食べられるものなのか?」
ひとつキノコを取って不安げな表情を浮かべる一刀。
「キノコは大丈夫なのだ」
「じゃあ、この草は?」
「大丈夫、大丈夫」
一刀をよそに鈴々は小刀を使って魚の内臓を取り出し、キノコと共に木の枝に刺して熾した火で焼き始める。
そして野草はそのまま火で燃やす。
「この草を燃やして出る煙で炙るとお魚とキノコに良い香りがつくのだ」
鈴々は背嚢から粗塩を取って来て、魚とキノコにふりかける作業を行いながら一刀に説明をする。
「へぇ、鈴々はすごいな。こんな事まで知っているなんて」
「えへへ。美以達に美羽と音々音と森や小川で遊んで、みんなから色々教わったのだ」
鈴々は彼女にしては珍しいちょっと照れた笑顔を浮かべて一刀に褒められたことを喜ぶ。
「いやいや大したもんだ。料理に関しては桃香や愛紗も鈴々を見習った方がいいな」
一刀はお互いにしゃがんでいる状態の鈴々の頭を優しく撫でる。
「にゃー」
目を細めて鈴々は一刀の行為に身を委ねるのであった。
鈴々お手製のサバイバル料理を堪能して胃袋を満たした後、再び目的地へ街道に沿って馬でのんびりと向かう。
「着いたのだー!」
そして、陽が頂点に差し掛かる正午前に鈴々の言う『みせたいもの』がある目的地へ辿り着いた。
見渡す限りに拡がって見えるのは、森の木々を境にして様々な植物が植えられている空間であった。
明らかにこの大陸では自生しない物まで植えられており一刀の興味を惹く。
「サボテンまであるし……さながら植物園か?」
「にゃ? しょくぶつえん? お兄ちゃん。ここは、華琳お姉ちゃんが朱里と雛里と一緒につくったおくすりのけんきゅうをする場所って鈴々は聞いているのだ」
「なるほど。華佗が聞いたら喜びそうな場所だな」
一刀は傍に生えている鉢植えの植物を眺めながら納得をする。
「お兄ちゃん。そんなことよりこっち、こっちなのだ」
興味深そうに植物の見学を始めた一刀の手を取り鈴々は奥へと進む。
そして、程なくして一刀もよく見覚えのある植物の前と辿り着いた。
「――あ」
その植物の姿を見て一刀は思わず声を上げた。
空へと向かい一刀の背丈よりも高く力強く伸びる大きな茎。先に咲く日輪を思わせる黄色の花弁が筒状に集まった花。
一刀もよく知る向日葵が夏の空へ浮かぶ雲を背景に太陽へと向かって咲き誇っていたのである。
「まさかこんな所でひまわりが見られるとは思わなかった」
夏を彩る向日葵を見て一刀は今まで悩んでいたことが軽くなっていくような気持ちになっていた。
「? あれ、そう言えば鈴々はどこに行ったんだ?」
一刀はここに連れてきてくれたはずの鈴々の姿が、向日葵に見惚れている内にいつの間にか消えていた事に気付いた。
「お兄ちゃん」
そんな一刀に彼がよく知る少女の声が届く。
咲いている向日葵の方へ一刀が視線を戻すとそこに居たのは――
「えへへ」
ふわりとスカートを靡かせて麦わら帽子を手にして現れたのは洋服を身に纏った鈴々であった。
夏の青空と向日葵を背景に鈴々の少しおませで大人びた格好が胸の鼓動を高鳴らせる一刀。
「ねぇ……鈴々おかしくない?」
モジモジしながら、恥ずかしそうに麦わら帽子で顔の下半分を隠し上目遣いで一刀に感想を求める鈴々。
「ああ、よく似合っている。そ、そのとても可愛いと思うよ」
一刀は照れて、指で自分の頬を掻きながら鈴々から少し視線をそらしてそう答えた。
「ほんと!」
鈴々は褒められたのが嬉しかったのか、瞳を輝かせて猪のように吶喊して一刀に飛びついた。
「わっ――と、セーフ」
突然、鈴々に飛びつかれた一刀は慌てながらも彼女を何とか抱き抱える。
「鈴々ねこの『太陽の花』をお兄ちゃんにどうしてもみせたかったのだ」
抱き抱えられたことに視線の高さが同じになった鈴々は、笑顔で一刀の首に自分の腕をまわす。
「どうしてまた急にこんな事を考えたんだ?」
一刀は疑問に思ったことを鈴々に尋ねた。
「……最近、お兄ちゃん元気が全くなかったから、どうにかしようって。で、鈴々、前に華琳お姉ちゃんがこのお花の事をお話してくれたのを思い出して、そんなにすごいものならきっとお兄ちゃんが喜んでくれると思ったのだ」
鈴々の気遣いに一刀は吃驚してしまう。
そして、自分の心を見透かされている事に少し恥ずかしくなった。
「でね。紫苑に相談したら、このお洋服と麦わら帽子をくれたの。『ご主人様に鈴々ちゃんがおめかしした姿をみせてあげたらもっと喜んでくれるわよ』って」
「そっか」
「ねぇ、お兄ちゃん元気出た?」
少し心配そうな瞳をこちらに向けてくる鈴々。
一刀は、その姿を見て今、自分が悩んでいる事が何だが馬鹿らしくなった。
鈴々を――大事な女の子を笑顔に出来ないのでは話にならないと。
「ああ、とっても元気が出たぞ。ありがとな鈴々」
心から感謝を込めて一刀は笑顔で鈴々に答えた。
すると鈴々も今日一番の嬉しそうな笑顔を一刀に返してくれた。
目の前で太陽に向かって元気に咲き誇る向日葵のような天使の笑顔。
それは一刀が一番大好きな鈴々の笑顔であった。
(この笑顔を守っていけるのなら、どんな困難にもくじけちゃいけないな)
心の中でそう決意を固める一刀であった。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。元気が出たなら鈴々ごほーびが欲しいのだ」
一刀に元気が戻った事を知ると途端に一刀に甘えておねだりする鈴々。
「ごほうび? うーん、今、これといって手持ちも少ないしなぁ」
「感謝のキモチがあればいいのだ」
その言葉で鈴々が何を求めているのか理解した一刀は苦笑を浮かべる。
「わらうなんてヒドイのだー!」
笑われたことが心外だと言わんばかりに抱きついた腕で一刀の首をギューッと絞める鈴々。
そんな鈴々に一刀は、精一杯の感謝の気持ちを込めて優しく彼女の柔らかい頬にキスをした。
鈴々はすぐに喜びの表情を浮かべ一刀の行為を受け入れてくれた。
「じゃあ、鈴々からもお礼」
そのお返しに鈴々が一刀の頬に触れるだけのキスを返してくれたのであった。
「来年も一緒にここに来られるといいな」
「うん。来年だけじゃなくて、次も、その次もずっーとお兄ちゃんと一緒にこのお花を見にくるのだ!」
ふたりはお互いに微笑んで言葉を交わした後、一緒に夏の陽射しに照らし出され大輪の花を咲かせる向日葵を心ゆくまで見て楽しむ。
そんな中、一刀は鈴々を抱く腕の力を少し強め、真剣な表情を浮かべる。
何時の日かこの広大な国を向日葵のような笑顔で一杯になるよう努力しようと心に誓うのであった――
おまけ
一方その頃、一刀と鈴々が抜け出した都では――
「捜索部隊の準備を急がせるのだ!」
愛紗の怒号が城の中庭に響き渡る。
その表情は、まさに修羅さながらの怒りを携え、どうやら察するに本気のようであった。
「はわわっ」
「あわわ」
傍では、蜀を代表する軍師である朱里と雛里が指示書を抱えてパタパタと走りながら右往左往している。
「ど、どうしようご主人様と鈴々ちゃんが『かけおち』だなんて~」
蜀の王である桃香が涙目でおろおろとしていた。
桃香の手には一通の文が握られている。
それは、鈴々が用意したという置き手紙であった。
その内容は鈴々らしい豪快な文字で『おにいちゃんとおしろをでます』と書かれていた。それを朝、一刀を起こしに来た専属メイドの月が発見したのである。
この手紙を読んだ桃香は、帝位に就くよう賛同した事が一刀を孤立させ、鈴々がそんな彼と共に出奔してしまったと勘違いしているのだ。
桃香のそんな思考は蜀の者達に瞬く間に波及し、今や後戻り出来ない状態となってしまっている。
「全くなにをやっているのかしら。あの娘達は」
東屋から華琳が桃香達の姿を見て呆れた表情を浮かべていた。
「あら、それだけみんながご主人様と鈴々ちゃんを想っているということじゃないかしら」
華琳の横には事情を知る紫苑がニコニコと笑顔で、桃香達の様子を見守っている。
「はぁ……のんきなものね」
「それでいいんじゃないかしら」
華琳の思わず吐いた言葉に紫苑が続く。
「……どういう意味かしら紫苑」
少し、不機嫌そうな表情をして紫苑に問い詰める華琳。
「色々あるけど、焦らなくても大丈夫。だって、みんなの笑顔があれば、きっとご主人様はわかってくださる日がそう遠くない日にやってきますから」
紫苑は笑顔のままそう答えた。
「……ふん。悠長な考えね――でも、悪くないわねそれも」
華琳は、紫苑に表情を読み取られないように顔を背けた。
そんな態度に少し驚いた紫苑であったが、すぐに穏やかな笑顔に戻る。
「ええ、そうね。私もそう思うわ」
紫苑はお茶のおかわりを華琳の杯に注ぐ。
こうして元覇王と淑女の午後のお茶会は皆の喧騒の中、穏やかに続くのであった。
終劇
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恋姫†夏祭り! まさかの投稿三作目。
自分の書きたい物を欲望のおもむくままに表現してみました。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
この作品のネタは無印で一刀が鈴々の笑顔を「ひまわりのような~」と言っていたのを思い出したのが最初のきっかけです。
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