No.165430

とある科学の幻曲奏者~シンフォニスト~Ⅲ

ゆーたんさん

総人口230万人の8割が学生の学園都市。そこでは学生全員を対象にした超能力開発実験が行われており、全ての学生はレベル0(無能力者)からレベル5(超能力者)の6段階に分けられた、超能力が科学的に証明された世界。その学園都市のとある学校兼研究機関にて、AIM拡散力場を刺激・反応変化させる能力者が現れた。三橋エレナ・・それが彼女の名前である。彼女の担当者の死、逃げ出した彼女が出会ったのは一人の無能力者だった。

調子に乗って2作品目(汗)
最終巻(笑)

2010-08-13 10:07:46 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:717   閲覧ユーザー数:699

第2章 エピソードプロローグ

 

 

天成拘束から数日後――

 

「おはようございます。作磨様」

 

幼さを残す顔に、似つかわしくない大人びたスタイルの少女。ベットから起き上がり床に乱雑に置かれた服を取り、それに少女は袖を通す。

藍色の襟の部分に細かいフリルがついたブラウス、真っ白いフリル付きのエプロン、藍色の左右にスリットの入ったスカート、そのスリットから見える2段のパニエ、これが作磨と言う男の趣味なのかはわからないが、作磨と寝食を共にする際は常に着るように義務とされている。少女は異を唱える事無くただそれにしたがう。共に寝具の上にいるとき意外、彼女の声は抑揚が無い。まるで機械の様な、ただ彼に命令されるまま、彼女はただ行動する。

 

「ああ、おはよう。本当に、エレナ・・・君はいい女だ」

「ありがとうございます。作磨様にそう言って頂けて嬉しいです」

 

そう言ってエレナはベットの上で上体を起こした作磨の首に手を回し、まるでそれが当たり前かのように作磨の唇に自分の唇を重ねる。何度も何度も重ね合わせ、やがて舌を絡ませる。一筋の輝く糸が唇を離した二人の間を繋いでいる。

 

「さあ、今日も君を・・いじらせてもらおうか」

「はい・・喜んで。隅々まで私を弄り回してください」

「ふふふ、いい返事だなぁ」

 

そう言ってエレナが差し出した手を取り立ち上がると、彼女の腰に手を回し寝室を後にした。

 

 

 

「はぁ~い」

 

明るいマイペースな女性の声が携帯のスピーカーから聞こえる。それに彼は答える。

 

「やあ麦のん、特定できたのかな?」

「麦のんて呼ぶな」

「はっはっは、気にしない気にしない」

「電話きるぞ」

「ほんとすいませんでした」

「ったく」

 

少しイライラしたような呆れた声がスピーカーから聞こえる。同じく彼の横に立っている少女も呆れた表情を浮かべる。

「探してるやつの居場所特定したから、電話切ったらデータ転送しとくわ」

「ありがとう麦野」

「いいえ~、こちらも仕事手伝ってもらって楽できたしね。あいつに、今度こそ勝つって伝えときなさい」

「おぉ怖い怖い・・たしかに伝言伝えるよ」

「・・・ま、こっちも仕事があって手伝えないけどさ。あいつに負けっぱなしは癪に障るから・・それじゃ」

 

そう言って通話を切った彼の携帯にはデータが転送されて来る。

 

 

作磨《さくま》 義嗣《よしつぐ》

居住区:第十七学区

住居構造:地上2階地下1階

1年前より家を新築、地下への入り口は建築資料に記載なし。

 

 

 

「未確定・・・自宅に招かれた能力者が帰宅していない・・・」

「まさか・・エレナちゃんの能力で実験を?」

「急ごう・・・、すべては天成さんを助けてからだ」

「ええ」

「まずは天成さんに関する情報を集めよう・・・。まずは一七七支部へ」

 

 

 

 

地下室から男性が階段を上りドアを開ける。それを彼女はただ見送るだけ、決して階段を登ろうとはしない。

 

「いってくる・・・。いい子でまってるんだよ・・エレナ」

「はい・・・作磨様。いってらっしゃいませ」

 

エレナが深くお辞儀する。その姿に卑しい笑みを浮かべて作磨はドアを閉める。窓など一切無い人工的な明かりの空間が、今の彼女が住む場所。

 

彼女は決して口に出さない。

たまに見る、ここでは無い風景、暮らし。

脳が見せる電気的信号が生み出す幻にも似たもの。

言葉で表せば―――

 

 

知識では知っている月という明るい大きな衛星。

そこで笑う自分に、知らない男性。その横で同じように男性と女性が二人をからかうように笑っている。

そこに今の自分がした事無いような、見たこと無いような笑顔で男性に抱きつく。

それは作磨ではない・・・他の人・・・

 

顔は見えない、声も見えない・・・・。

 

だが彼女は立ち止まらない。いつもと同じ、作磨を迎える支度をする。

 

 

なぜならそれが・・・今の彼女のすべて・・・

 

 

今の彼女の・・・なのだから。

 

S16 二人の襲撃者

 

 

天成拘束から数日後――

 

 

 

「容態の方はどうなんじゃん」

 

わりと厳重な警備の病室の前で黄泉川と蛙に似た医者は備え付けの長いすに座っていた。医者はカルテを捲りそれを黄泉川へと手渡す。

 

「両足の銃弾は貫通していたし、治れば後遺症もなく元通りだよ」

「そうか」

 

それを聞いて安堵した黄泉川は、ほっと背中を壁に預ける。

 

 

部屋のプレートには『最上天成』と書かれていた。部屋中央のベットには上半身を拘束服に身を包み鼻下まで完全に覆われている。手術後の足は包帯をまかれベットの端と鎖で繋がれている。シュー・・シューと呼吸音が室内に響く。

 

「術後の経過も安定しているし、搬送しても大丈夫なんだね」

「わかったじゃん」

 

そういって医者は席を立ちその場を去って行った。黄泉川は煮え切らない曇った表情を浮かべていたが、医者からの搬送可能と言われたため、被疑者はすぐに施設へと搬送せねばならない。

 

「・・・っく」

 

しばらくその場にいた黄泉川は、ふらふらと立ち上がり本部に連絡を取った。そして今夜極秘に病院から搬送、拘留施設へと移される事となった。

 

 

 

黄泉川が本部へ連絡してから2時間後・・・・

 

「これでスキルアウト襲撃事件も収束に向かいますね」

 

少しだけ声色を上げた初春はカタカタとリズミカルにキーボードを叩く。腰の高さくらいの棚を挟み、向き合った机にそれぞれ白井と固法が初春と同じようにキーボードを叩く。今回の事件の報告書を三人はそれぞれ作成している。しかし初春と違い二人はキーを叩く速度が遅い。もともと情報処理スキルは初春に劣ってはいるが、明らかに入力が進まない。ふぅ、と重い息を吐き固法はキーボードから指を離し、椅子の背もたれへと寄りかかった。

 

「やはり気が進みませんの?」

 

同じように白井もキーボードから指を離し、目線を固法へと向けた。

 

「ええ」

 

そういってカップに入った牛乳を一口だけ口にする。ゆっくりとカップをまた机の上に置く。

 

「二人ともどうし―」

 

ドォォン

 

突然の爆発音。ドアからではなく横の壁に見事に大きな穴が空いている。衝撃で吹き飛ばされた棚、粉塵が室内に舞う。固法と白井近くにいた為床へ倒れこんでいる。近寄ってきた初春も部屋置くまで吹き飛ばされていた。幸いな事に吹き飛んだ壁の破片がほとんど無い。あっても小さい破片が散らばっていた。

 

「一体なんですの」

 

片手を頭に当てながら視線を上げる。大穴が空いた壁には2つの影が見える。

 

「あ、あなたたちは」

 

体を起こした固法は二人の人物に気づいた。

 

「最上君の・・・」

 

そこまで行った所で一人が固法の首に左腕をまわし、赤黒く発光した右手を固法の顔の横に添える。それを確認した白井と初春は身動きを封じられた。壁を壊したのがどちらの仕業なのか、さらに能力を使ったものなのか、相手の手の内がわからない。以前の経験から手の内がわからないうちは下手に動かない・・・それを固法は白井に教えていた。いつもであれば白井の空間移動(テレポート)で対処できても、今は固法が人質となっている。下手に能力を使用した際には、固法の安全に保障が無い。白井は歯痒く奥歯をギリっと噛締めた。風紀委員の支部を襲撃すると言うのは前例が無いが、セキュリティが反応している為警備員や他の支部から救援が駆けつける手はずである。が、ここまで距離があるためまだ時間がかかる。最悪な事に今日は3人しかここにはいない。

 

「い、一ノ瀬先輩?」

 

初春は視界がはっきりしてきた室内、壁の入り口にたつもう一人の人影は初春が知っている人物。親友である佐天が唯一慕っている男性。

 

「初春の知っている方ですの?」

 

白井が初春の方へ振り返る。その表情は真剣そのもの。しかし焦っているのか緊張の色が見える。そして珍しく頬を、一筋の汗が流れ落ちた。

 

「はい。私と同じ柵川中学3年・・・一ノ瀬(いちのせ)煌(煌)・・・先輩です」

 

一歩、また一歩と煌は初春の方へと歩み寄ってくる。鬼気とした何かに圧されるように、初春は体を少し震えさせる。それに気づいていた白井は二人の間に入り込むように立ちはだかった。

 

「こんなことして、どういうおつもりですの・・・・う」

 

紫電に輝く煌の瞳を見つめ・・そのままバタリと崩れ落ちた。まるで昏睡しているようにピクリとも反応せず、規則正しく呼吸している。

 

「し、白井さん?白井さん!!」

 

声量を強め呼びかけるも白井は反応を示さない。キッと睨みつけるように鋭くさせためで、煌に対して怒りを露わにする。

 

「一ノ瀬先輩・・・白井さんに何をしたんですか!」

 

煌に感じる恐怖で体や膝をガクガクさせるも、それを怒りで必死に押さえ込み立ち上がる。親友が慕う人のこの行為に戸惑いと怒りを感じつつ、初春は目に涙をためて必死に煌へ抗う。

 

「あ、あなたたち・・こんなことして」

 

固法は彼らに訴えようとするも、

 

「わかっているさ・・・。初春さん、あなたの力をお借りしたい」

 

刺すような視線で煌は初春を見つめる。

 

「嫌だといっても」

「その時はあの女の頭を吹き飛ばす」

 

煌は視線を固法へ向ける。

 

「頼む・・・・」

「う、初春さん・・・言う通りに」

 

固法の言葉に一度頷き、初春は複数台モニタのある席へと座った。

 

「何をすればいいんですか?」

「2日前拘束された最上天成の搬送の病院先、それと拘留施設への搬送の予定スケジュールと搬送経路を調べて欲しい」

 

先ほど入ってきたときの威圧感は感じず、言葉にも殺気を感じない。そのままキーボードを叩きネットへアクセスする。並々ならぬ速度で複数の画面を操作しさまざまな経路でアクセスして行く。

 

(進入経路がわからないように処置しながらこの速度・・・・守護神(ゴールキーパー)と言われているだけの事はあるな)

 

煌はそんな事を思いながら彼女の後ろからモニタを眺めている。

 

「わかりました、ここの病院です」

 

初春は病院の地図をモニタに映し出す。

 

「本日19:30に搬送スケジュールとあります。経路はこのマップに線を引いた経路です」

「印刷してくれ」

「・・・はい・・・」

 

ガーガガーとPCの横のプリンタから紙が打ち出される。でてきた数枚の用紙を手に取り確認をする。モニタに表示された情報すべての記載を確認し、初春にお礼を述べた。

 

「お礼より、白井さんを起こし・・・」

 

初春も白井と同じように意識が薄れていき机の上に体を預けた。天成はおもむろにPCの電源をとLANケーブルを抜きネットから強制的に遮断させる。共犯者と固法の方へ歩み寄り、紫電に輝かせた瞳で固法を幻覚(ゆめ)へと誘った。

 

「夏菜実ちゃん・・これ」

 

そういって手に持った用紙を手渡す。それを受け取り夏菜実は目を通す。

 

「狙うならここにしましょう。極秘だからおそらく1台だけで行動するはずよ。警備が厚いのは病院・・・移動中なら意表をつけるわ」

 

煌は頷き二人は空けた壁穴から外へと向かうが、そこに先ほどまで無かった人影が一つ。煌にはよく見知った相手。

 

「一体・・・何が・・って煌ちゃん」

「涙子・・・」

 

佐天は立っている煌と倒れている初春達に交互に目をやる。徐々に戸惑いの表情を浮かべ煌へと再び視線を戻す。

「これ・・煌ちゃんが?」

 

恐る恐る口にした佐天だが、頭の中では否定したい事実。

 

「悪い・・・涙子」

紫電に瞳を輝かせる。

 

「煌ちゃん・・だめぇ!」

 

その叫びを最後にゆっくりと重量に導かれる。床に落ちる前に煌は佐天を抱きとめ。ゆっくり奥のソファへと運んだ。

 

「心残りは無い?」

「ある・・・・でも大丈夫」

 

そう言って煌は再び佐天の所へ近づき、頭を数回撫でた。

 

「唇奪っちゃえばいいのに」

 

夏菜実の言葉に顔を少し赤らめ、言葉をどもらせた。

 

「な・・ば、馬鹿いってんじゃねぇ!そんなんじゃない」

「あら・・そう・・・」

 

夏菜実はクスっと笑みを浮かべる。暫く佐天を撫でていた煌は決意したように

 

「さ、夏菜実ちゃん行こう」

「ええ」

 

二人が去った少し後に警備員達が駆けつけた警備員によって4人は病院へと搬送された。

 

 

 

4人が意識を取り戻したのは翌日の事だった。

S17 脱走!!

 

 

『ピー・・只今高速を走行中。あと30mから1hにて施設へ到着予定・・ピー』

『ピー・・ガガガ・・了解。予定通りαルートにて走行されたし・・・ピッ』

 

車内の無線通信を終えて、助手席に乗った警備員は端末から走行ルートの確認、それをナビへ転送している。

 

 

「交通状況に問題なし、もうちょい飛ばしても問題ないだろ」

 

すべての状況を確認し、それを運転席の隊員に伝える。平日の夜という時間帯もあり、高速道路はすいている。見える

 

のは前に数台のテールランプ。反対車線を走っているトラック等しかいない。やがて前の車のテールランプも、高速道

 

路を降りたりし数が減っていく。最終的にはこの車の前には1台のテールランプがなくなっていた。

 

「これ終わったら、一杯やるか?」

「ああ、いいな。旨い居酒屋を」

 

ドン

 

壁にぶつかったかのような衝撃、運転席の二人はシートベルトはしていたため、頭をハンドルやダッシュボードへぶつ

 

かる事はなかったが、シートベルトで体を締め付けられる。

 

「うう・・・痛たた」

 

シートベルトをはずし外へと降りる。痛みで肩を押えていた二人はそれぞれ前に立つ人影に、反応が一瞬遅れる。構え

 

を取るまもなく顎に掌打。ヘルメットに防弾チョッキ等武装しているため、隙間に直接打撃を入れていく。一人は紫電

 

の瞳に幻覚(ゆめ)を見せられ、一人は赤黒く発光した手より瞬間的に発生させた振動によりはじき飛ばされる。武装し

 

ているおかげで受身が取れなくても衝撃はやわらげられる。警備員がまだ生きているのは、彼女(・・)が手加減してい

 

るからなのだが。

 

「何も・・」

 

起き上がろうとした警備員は、隣にいつのまにか立っていた彼に気づかず、紫電の光によって道路へ寝転んだ。

 

 

「よし、夏菜実ちゃん・・ドア宜しくね」

「わかってるわ」

 

そう言って二人は護送者の後部席のドアへと歩いていく。

 

 

護送車の後部座席には、左右対面に数名が座っている。後ろからみて右側には警備員が3名。左側には、真ん中に拘束服を着せられた天成をはさむむように警備員が、天成の左右に1名ずつ座っている。後部座席と運転席部分とは完全に切り離されており、乗り降りできるのは後ろの両開きのドアのみである。もちろん、外から鍵をかけるため内部からは決して開けることはできない。

走行中の車内では無駄な会話は一切発生しない。拘束された人物を不用意に刺激をしないため。能力者の場合であれば下手に暴れられると被害が大きくなる為の措置だ。中はタイヤから伝わる振動音と、車が切る風の音がこだまする。それぞれ警備員には最新鋭のライフルを携帯し、天成が暴れようものならいつでも速射できる体勢である。だからというわけでもないが天成はじっと、目を瞑りそれを待つ(・・)。

 

それ・・とは、タイミングだ。物事にはそれ相応のタイミングというものがある。不用意にタイミングを外せば、手痛いしっぺ返しを喰らうと共に絶対無二の好機すら逃してしまう恐れがある。天成は耐えた・・そして二人も耐えた。唯一の機会はこれ以外にないと把握している。そしてそれ(・・)は訪れる。

 

ドンという衝撃音により、後部座席にいる警備員は全員進行方向へ体が流される。しかしシートベルトをしているため、席から転げ落ちるということは無いのだが。天成はそくざに左足で床を蹴り体を支える杭にする。天成の右に居る警備員が勢いに流されて倒れてくるも、天成の体はまっすぐなまま。

 

前部席の両ドアが開かれる音が聞こえた後の交戦音。乾いた打撃音に人間の苦痛を漏らす声。ドンという音と共に、一つの声が遠くなる。そして外から音は聞こえなくなった。

車内が少しざわつく。誰が騒ぐでも声を出すでもなく、気配が鼓動がそれを感じさせる。接近戦闘、射撃訓練、警備員はそれなりに訓練を積んでいるだろうが今回のはそれとは違う。外が見えず状況もわからない状態での緊迫感。こればかりは訓練ではどうにもならないものでもある。

 

コンコン

 

天成の対面側の車体が鳴る。数名が銃を構え音の鳴った車体の方へ意識を、緊張を走らせる。しかしそれきり音が止む。こんな時は外が見えないこの車体は厄介である外の状況がまるでつかめないのだから。

 

コンコン

 

そして天成側の車体が鳴る。同じように銃口を構えるも、警備員が緊張している事を肌で感じる。天成は首を倒し、勢いよく車体を2度頭突きする。すぐ様警備員が銃口を天成へ向け詰め寄る。

 

「大人しくしろ・・・これは貴様の差し金か?」

 

警備員に問われるも、拘束服のせいで話すことはできない。だが警備員は詰め寄ってくる。つまり・・余裕がない、と言う事を天成に教えてくれる。

 

「おい・・・お前」

 

ドドン

 

反対側の車体の外で衝撃音が走る。ぐらった揺れる車体。側面が沸騰したかのように、ぶくぶくと小さい気泡が次々と表面に現れる。やがて気泡が次々と破裂するように車体に穴が空いていく。警備員達が見たのは赤黒く振動し揺れている空間、そして一人の少女。

 

「お前は何も・・・・」

 

少女ばかりに気を配っていた警備員達は、その背後にいる紫電の輝きに気づく事無く全員そのまま床に倒れた。

 

「遅くなりました、天成さん」

 

そう言って車内に入ってきた煌は、警備員から拘束服に着けられた服の鍵を取り順にはずして行く。口を覆っていた部分をはずし、天成は大きく息を吸い込んだ。

 

「ふー。助かったよ、あー堅苦しかったぜ」

「こりゃぁ、ある意味Mに目覚めちゃいますね」

「あほか・・。それで・・わかったのか?」

「もちろんです」

 

そう言って夏菜実は形態の端末を取り出す。画面に映し出された情報を確認し、天成はそれを夏菜実に返す。

 

「とりあえず服を」

 

そう言うと夏菜実は少し膨らんだバックを天成へ放り投げる。

 

「さて・・・平穏を取り返しに行くか」

「ほーい」

「あとで麦野さんにお礼しないとですよ」

「げ・・・夏菜実、今のは聞かなかった事にする」

 

三人は警備員を車両から全員おろし、その車を発進させる。

 

「あれ?天成さん・・・免許は?」

 

煌が恐る恐る天成に問いかける。

 

「煌、覚えてな。必要なのはカードじゃない・・・技術だ」

「それって・・・・」

「そう、浜さんの教えだ」

「あっはっは、いい言葉だぁ」

「天成さん、とりあえず・・逆そうするの止めましょう」

 

三人の内夏菜実だけは、表情を引きつらせていた。

S18 最悪の再会 最愛の対峙

 

 

手に入れていた情報から第十七学区にある、作磨《さくま》 義嗣《よしつぐ》の自宅はすぐに判明した。

目立ちすぎる車を降り歩いて来たのだが人影が少なすぎて、三人でもかなり目だってしまう。

 

しかし家の電気はついておらずまだ作磨が来たく前だと考えたのだが、こっそり門から中をうかがうと車が止まっている。麦野から手に入れた通りの車とナンバーのため、すでに帰宅していると考えて間違いはない。

 

そして地上部分には居ないと察した。どのように忍び込むかを考え始めた矢先、今は一番聞きたくも無い音が聞こえる。自分たちが乗ってきた車と同じサイレンの音。青い回転灯の光が闇を照らす。

 

 

「まずい、警備員《アンチスキル》だ」

「もう気づいたのね。案外早いわね」

「ならさっさと忍び込むか」

「俺たちは二人で警備員《アンチスキル》を足止めします」

「なので天成さん、エレナちゃんを助けに」

 

 

そういって煌と夏菜実は天成の方を向く。二人の思いを受け取り、天成は「ああ」と頷いた。

 

そして天成が前に拳を突き出し、二人もその拳に自分達の拳をくっつける。

 

 

「やばくなったら引け。すべての責任は俺がとる。万が一の際は、俺に脅されていたといっておけ」

「天成さん」

「ま、俺と夏菜実なら大丈夫ですよ。天成さんが終わる頃には全滅させてますから」

 

 

そう言った煌は不敵に笑う。割とこういうシチュエーションに燃えるタイプの様である。

同じく夏菜実も笑う。煌を鋭く細めた目で見る。

 

 

「あの子に会うまでは、捕まれないもんねぇ」

「ちょ……、夏菜実ちゃんそれは言うなー」

 

 

そう言って二人はサイレンの鳴る方へ走り出した。二人を見送ったあと、天成は家の門へと向き直る。

力を込め最大限にまで隆々とさせた腕で門を殴り飛ばす。拳が当たった箇所がくの字に曲がり門が塀と繋がっている金具ごと飛んだ。

 

 

「さぁて……久々に本気出しますか」

 

 

だが冷静に間取り図を確認する。地下室があるとの事だが間取り図には見当たらない。麦野達が調べに来た時も見つけることが出来なかった。もちろん調査のためなので能力を使ってまではしていないのだが。木製のドアには機械式のロックが付けられている。ロックを無理やり開けたり壊したりすれば、自動的に通報がいくシステムになっている。

 

ただ今の天成にはそれはどうでもいい事だった。軽くドアをノックする。堅さや厚みをなんとなく推測する。走ってくる車をも吹き飛ばす天成の前では、木製のドアは紙にも等しい。一突きでドアをぶち破ると、遠くで銃撃の音が聞こえる。だが天成は振り向かない。彼らには信頼と言う大きな物で繋がっているから。

 

木製のドアをぶち破り中に入ると、室内は明かりがついておらず破壊された入り口から入り込む光だけが、ほのかに廊下を照らす。物音もせず人の気配も感じさせない。完全なジオラマの世界に入り込んだかのような間隔。

 

家財は存在しているのに、そこにあるはずの生活臭めいたものが一切感じされない。壁のスイッチを試しに押しては見たが、カチとスイッチの音がするだけで実際には電気は付かない。

 

意識を耳に集中し研ぎ澄ましてみても、この家には生物の存在を感じられなかった。1階部分を一通り見てまわる。こんな時になんとなく用意していたペンライトが役に立つ。ライトに照らされたごくわずかな部分だけがはっきりと、天成の目に脳に情報をくれる。リビングのソファやテレビ、綺麗に配置されているがどれも使用された癖がない。

 

キッチンも最新式の設備なはずなのに、どれも新品同様……むしろ新品のままで配置されている。学園都市では消音の最新の家電が販売されている。

 

天成は警戒をしつつゆっくり真ん中の冷蔵室の扉を開く。案の定電気は通っていないらしく、開いた際のLEDの点灯も冷蔵機能も働いては居なかった。

 

 

「いったいどこに……

 

 

2階へ向かおうと階段の方へ向かうと、『ガチャ』という何かが外れた音が聞こえた。警戒しつつ歩みを進めると階段の段と段の間から光が零れていた。

 

先ほどは気づかなかった……正確にはなかった隙間がそこに存在していた。かすかに臭う異臭、天成が嗅いだ事のある臭い……血の臭い。それらはその隙間から漂っていた。

 

 

 

 

 

「んふっんふふふふ」

 

 

不気味な笑いを浮かべた男は、モニタに映し出された侵入者の姿を見ながらグラスに注がれたワインを一気に飲み干した。空のグラスを受け取った少女は、ボトルを傾け再びグラスを満たす。

 

「こいつが最後のテストの相手だ」

「この人が…最後……」

 

少女は少しだけ顔を曇らせたが作磨は気づいていない。

 

そんな事より彼の脳内では下衆な思考で埋め尽くされ、このモニタの男が愛した女に殺される……そんなストーリーを思い描き、またその逆のストーリーも描同時に描く彼は、再び奇怪な笑い声を発した。

 

万が一に記憶を取り戻したとしても、エレナの性格上自責の念にかられさらに心の拠り所の男がいなくなれば、精神は崖っぷちまで追い詰められる。その際に絶望へと手を差し伸べ本当に自分のものにすればいいと、作磨は計算している。

 

彼女に対して人間としての愛情はない。あるのは獣の様な性欲、独占欲、研究欲といったものしかない。彼女に対し注ぎ注がれるという一般的な愛情とは程遠い位置に存在する。

 

モニタをみる作磨の背中をエレナは見つめていた。それは彼に対しての愛情などではなくとまどい。作磨の為に動き、作磨の欲を満たすために存在している状況。

 

学生という記憶はあるものの、それ以外の記憶……香奈の事も天成の事も今は何もわからない。ただわかっているのは自分の脳内のメモリーに、もやが掛かっている部分があるという事。

 

だが、今のエレナは少しばかり動揺していた。睡眠時に脳が発する電気信号……つまり夢に出てくる男の姿がモニタに映る侵入者に重なる。そして彼を思うたびに頭痛が走る。少しその痛みで苦痛の色を浮かべても、作磨はそんなことには気づきはしなかった。

 

 

「では、彼をここに呼ぼうかね」

 

 

そう言って目の前のあるパネル式のキーボードでコードを入力する。決定の為Enterのキーを押すと、部屋の隅の天井からガチャという音がなった。

 

少しだけその部分が浮き上がり空気の流れが変わったのをエレナは感じた。

 

ゆっくりと天井が上に開かれその先の闇の中からゆっくりと足が飛び出てきた。ゆっくりと階段を降りてくるその人物を見た作磨は、卑しい笑みを浮かべ喉の奥で笑い声を発する。

 

 

「久しぶりだねぇ……、立派に脱走してくるとは恐れ入ったよ…クックック」

 

 

地下への侵入者は喉の奥で笑い声を鳴らす作磨ではなく、部屋の奥にこちらを見て立っている一人の少女へ視線を向けていた。階段を降りきった所でその視線を作磨へと向けた。

 

少女へ向けているときと違い殺気だった視線を……。それでも作磨はモニターの前の椅子に座ったまま動じることはない。かすかな光の販社で彼の前には透明な壁があるのを察知し、それの切れ目を捜したが精巧で違和感の無い透明感に見つける事はできなかった。

 

 

「あなたが……最上…天成か?」

 

 

少女が抑揚の無い声で侵入者へ声をかける。作磨にはいつもどおり実験する時となんら変わりない状態と見えている。しかし少女の目だけはいつも通りとは違い、少しだけ感情が波打っていた。

 

戸惑い……天成がこの室内に入ってきた時からずっと、少女は自分の中でわきあがる感情に戸惑っていた。いつもならなんの疑問も感情も抱く事は無かった。

 

抱くとしても自分が手にかけてしまった人間への追悼と後悔と悲しみを、だがそれが命令とあらば従うしかないと彼女は諦めていた。それ以外に術を忘れさせられた彼女には、正しい判断が出来ない状態にある。

 

だが、天成の場合は明らかに心ではなく体が硬直してしまう。唯一つ……『殺したくない』、作磨とずっと一緒に過ごしていると刷り込まれた彼女にとって、初めて作磨の言葉に対し反発している。

 

 

「俺が最上天成だ。わりぃが邪魔をしないでほしい。俺はあの男をぶっ飛ばしに来ただけだから」

 

 

そういってクイっと顔を作磨の方へ動かすが視線は少女から外さない。

 

少女もその視線を正面から受けているが、それよりも今の自分自身との葛藤で視線などどうでもいいことである。

 

 

「さあエレナ。これで最後だ……これが終わったら二人でゆっくりしよう」

「はい……」

 

 

口の端を歪め、まるで女の取り合いに勝ったかのような表情を浮かべた。

 

実際天成は少しも作磨の表情になんの感情も沸く事は無かったが、目の前の少女の姿をみてふつふつと抑えられない感情が溢れては来ていた。ただそれをその原因の相手にぶつけられずに多少イライラを募らせていた。

 

 

「……」

 

 

エレナは無言のまま指で奏で始める。指先で触れるAIM拡散力場を刺激させ、その振動が人の耳に届く際に音色を鳴らす。

 

とても綺麗な音に反し目の前には荒々しくも姿を現す白光の鎧に身を纏った人型のソレ。羽飾りの付いた株とは目元まで隠し晒された口元は微笑すら浮かべず、ただ無表情というマスクを貼られた人形のよう。ソレらから青白く伸びた帯が、エレナの手元に集まりハープの姿を模る。ふわりと髪の毛を揺らしゆっくりと地面に足をつける。

 

 

「久々だなぁ、戦乙女《ヴァルキリー》」

 

 

その言葉に彼女は一瞬体を、思考を停止せざるを得なかった。

 

今まで相手にしてきた能力者は少なからず驚きなりを露にしていた。しかし、目の前の男は動じる事無くさらには自分の能力名までも言い当てた。

 

 

「エレナ……やれ」

 

 

途端に険しくなった作磨の表情。さすがの彼でもエレナが一瞬戸惑っている事は感じられたらしい。

 

その言葉にエレナは体を意識を無理矢理動かせる。綺麗で悲しい音を奏でながら、戦乙女は天成へと飛んでいく。

 

質量が存在していても操るエレナにはそれを感じる事は無い。感じることが出来るのは、それと対峙した相手のみ。腰に帯びた鞘から剣を抜き出し、天成に向かって戦乙女は一気に振り下ろす。寸での距離で刃を避けた天成はそっと戦乙女に触れた。

 

 

「やっぱり……不思議な触感だな」

 

 

床にめり込んだ切っ先、すぐさま刀を持つ右腕を天成のほうへなぎ払おうとしても右手はびくともしない。

 

 

「そ、そんな」

 

 

エレナはハープで命令を奏でるも戦乙女は動く気配が無い。作磨もそれにはあせった様子で、顔には汗を浮かべていた。

 

 

「こいつじゃ俺はたおせねぇぞ」

 

 

そういって力いっぱい握り締めた左拳で、戦乙女の右のわき腹へ叩き込む。ふわりと体を浮かせた戦乙女はそのまま透明な壁へとぶつかった。

 

壁がギシギシとなったが強度が高いのか、壊れる気配は無い。叩き飛ばすことは出来ても不気味な触感の戦乙女。大概ならば本気で天成が殴れば結構な痛みを生むはずだが、人間ではないソレは表情も動きも鈍ることが無い。

 

それに叩き込んだ天成は、今一つ実感を得られない。元はAIM拡散力場、もともと常識とは異なるものなのだから仕方がないといえば仕方がない。

 

 

「何をチンタラしている!!はやく殺せぇぇ!!!」

 

 

声を荒げる作磨だが、エレナの操る戦乙女はいつもと変わらぬ動きで天成に攻撃をしかけている。

 

無能力者である天成だが全ての攻撃を寸ででかわしていく。エレナの手の動きを早め激しく奏でても、ソレに合わせて天成も速度を上げる。焦りを覚える一方でなんとなく懐かしさをエレナは感じていた。

 

でもそれに値する記憶も無く、空白の記憶をいくら探っても今の彼女には何も見えては来ない。

 

 

(ぐっ……こうなったら地下室ごと爆発させるか)

 

 

作磨はゆっくりと気取られないように重い腰を上げた。静かに壁の向こう側への扉の方へ歩き鞄の中に忍ばせた拳銃をこっそり死角になるように、左手で握り締めた。

 

その動きすら気づいていた天成は、エレナの能力の少ない弱点をつき動きを封じる。それに驚くエレナだが、必死にハープを奏でても思った動きをしてはくれない。

 

「ど、どうして?」

「こいつは、AIM拡散力場を刺激して質量を持たせた存在。でもその実は、お前のハープから伸びる帯が振動を伝え動かす操り人形。だからその部分を押さえ振動を少しでも遮断すれば、俺でも簡単に動きをとめらるって事さ。それに各部分を動かす際に、いろいろ指で奏でているがどんな動きをするのかは、特定のパターンがわかっているからある程度は予測できる」

 

 

その言葉に一瞬動きが止まったエレナの距離をすばやく詰め、鎖骨あたりを掌底で天成にしては軽く押す。

 

それでもエレナくらいの女の子なら軽々と後ろの壁と衝突する。

 

 

(まぁ、このパターンも…お前が教えてくれたんだけどな)

「ぐっ……」

 

 

壁と衝突したエレナは苦しそうな声を漏らし床に座り込む。

 

二人のやり取りの間に透明な壁の向こうから出てきた作磨は、左手から右手に持ち替えた拳銃を天成に向けた。

 

少なからず動揺しているのか、銃口がふるふると震えている。向けられた拳銃に臆する事無く天成は、作磨の方へと振り向いた。

 

 

「こいつは返してもらうぜ」

「ヒッヒッヒッヒ」

 

 

人間以上になった君の悪い笑みを浮かべ、執拗に笑い声を上げる。

 

それにうんざりした天成だったが、その笑みの理由に気づいた時にはすでに手遅れだった。不気味な触感が左の背中から皮膚を肉を貫き、左の腹から姿を現す。細く白光した鋭い刀。自分のと思われる赤い液体がその刃に付着していた。冷たくも熱くもない不気味なそれは、そのままゆっくりを引き抜かれてた部分からどっぷりと赤い液体が床へと流れ零れた。

S19 あの日から……

 

 

真っ白な天井。室内がすべて白一色に統一されていて、窓から見える空が青く映える。

 

違和感の覚える右腕を見ると、肘の反対側から管が伸びそれが医療用の点滴の袋へ繋がっていた。どれだけ寝ていたのだろう体をだるさが包むような感覚。体を起こそうにも左わき腹当たりに痛みが走り、その行動をやめ体重をまたベットへ沈ませた。

 

 

記憶を辿ろうにも途中で途切れているため、今のこの状況では何もわからない。記憶に残っているのは、発光する刃に体を貫かれた事。

 

そしてそれを見下ろす、憎らしいまでの歪んだ笑みを浮かべた作磨の表情。そこで天成の次の記憶は今さっき見た白い天井に繋がっている。まるっきりぽっかりと時間が抜けてしまっていた。

 

静寂、病院という事もあり外から入ってくる車の音以外の音はあまりない。備え付けられたテレビはあるものの、特に見たい番組もないがそれより今はあまり身動きがとれないため、テレビを付けられないというのが正解だ。

 

廊下からはたまに、キュッキュやパタパタといったナースや患者のサンダルの音が聞こえてくる。時たま固い革靴のような音も聞こえてくるが、お見舞いか医師のどちらかであろう。

 

一度だけ時計に目をやり、天成はゆっくりと目を閉じた。

 

次に目を覚ましたのはそれから2時間後。部屋のドアが開かれる音で天成は目を開けた。

 

 

「よう」

 

 

天成が声をかけた先には、煌と夏菜実が二人並んでいた。

 

 

「心配しましたよ」

 

 

ほっとしたのか、少しだけ顔の表情を緩めた二人は、ベットのそばにある椅子に腰をおろした。

 

 

「心配かけて悪かったな。それで?見舞いの品は……」

 

 

天成が二人の手元足元をみても、二人の通学用の鞄しか見当たらない。

 

 

「冗談が言えるなら、もう大丈夫そうだね?」

 

 

二人以外の低い声、部屋の入り口から白衣を着た医師が姿を見せる。天成にとっては馴染みの蛙に似た医者。

 

 

「また…あんたの世話になっちまったな」

 

 

天成は自分に対する皮肉を含めて苦笑いを浮かべた。結局エレナは一人では助けられず気づけばベットの上にいる自分に対して……そしてゆっくりと視線を二人に戻した。

 

その視線の意図を察した二人は、あの日の事を話しだした。

 

 

 

 

 

刃が体から引き抜かれ、赤い血が床へと流れこぼれた。それにより体の力があっというまに抜け、天成は前のめりにそのまま床に倒れた。

 

ドン……天成が床に倒れる音を掻き消すように、この部屋への唯一の入り口である階段の部分がぶちやぶられ、破片が階段を転がり落ち床にバウンドした。

 

その異常な状況にすかさず作磨は、視線と手に持つ拳銃の銃口をそちらへ向けた。エレナの方を一瞬確認すると、声に出ない悲痛の叫びを漏らしつつ天成の体に触れていた。

 

作磨がエレナを使えないという答えを見出すには十分な状況であった。しかし次の状況が作磨に最悪の展開を認識させる。完全武装された最新鋭の装備を持つ警備員《アンチスキル》。それら全員が持つ最新鋭のライフルの銃口が作磨を捉える。

 

 

「作磨《さくま》 義嗣《よしつぐ》、拉致監禁……それと」

 

 

ゆっくりと階段から降りてきたのは、長い髪を後ろで一束にまとめている女性。その手には白い紙のようなものを持っており、その紙の上部に黒く太い字で令状と書かれているのがはっきりと作磨の目にも入った。

 

 

「ここにはお前の犯した罪の全て、貴様を連行する」

 

 

その言葉を合図に、ゆっくりと警備員《アンチスキル》が包囲するようにじりじりと間合いを詰める。

 

 

「うがああ!死ねぇ」

 

 

銃口をエレナの方へむけ、一気に人差し指を引く。しかしそれよりも早く赤黒く光る手が拳銃を捉える。ドンという音と共に、物質内部より高温を発しその熱で銃弾に含まれる火薬が反応し、作磨の手の中で暴発した。激痛に身をよじる作磨に対し、黄泉川は「確保」と力強く合図を出した。

 

最後まで抵抗の心を折りはしなかった作磨だが、大人しく両手を差し出し警備員に手錠を掛けられた。その手は固く握り締められており、作磨の感情を代弁していた。ギリギリと骨に響く歯軋りと、感情をあらわにした作磨の目はエレナと天成をじっと睨みつけていた。

 

その視線に気づいた黄泉川はその視線の先にいる二人に目を配る。だがそこで驚いたのは、左わき腹から血を流している天成がゆっくりと立ち上がった姿を見たからだ。ふらふらとした足取り、脳の支配下での動きではない。

 

まずい……

 

そう直感的に判断した黄泉川は、急いで天成に向かって駆け出すと同時に天成も作磨へ向かって駆け出した。

 

ブチブチという音を鳴らし握り締められた拳を振りかぶり、作磨の顔めがけて突き出す。

 

 

「天成!!」

 

 

急いで腕に飛び掛るも完全に威力を止めることは出来ず、ゴツという鈍い音を立てて作磨は壁に顔面を強打した。『ひぃぃ』という悲鳴をあげながら、黄泉川の合図で急いで上の階へと連れ出された。その姿を目の端で追っていた黄泉川は、不意にのしかかる重さで床に体が吸い付けられそうになる。掴んでいる腕の方を見ると、天成は再び力をなくし床に倒れた。その腰元を虚ろな瞳から涙をこぼしている少女が、両手を回し抱きしめていた。

 

 

 

 

 

「そうか……んで、結局黄泉川ちゃんの方で作磨の方の悪事を暴いたって事か」

「そうです。その事を、二人で足止めしようとした時に聞かされたので……」

「最初から、協力してもらえばよかったな」

「まぁ、みんな無事だったから良いじゃないの」

 

 

天成は、喉の奥で『クックッ』と軽く笑いながら窓の方へ視線を向けた。

 

 

「エレナはどうした?」

「ああ、それならね……」

 

 

そう言って蛙に似た医師は、天成に松葉杖を差し出した。

 

 

 

 

 

真っ白い部屋の中心に置かれたベットの上で、少女は上体を起こしたまま窓から外を眺めていた。

 

入院する前の数ヶ月の間の記憶を失っていて、なぜ自分がここに入院しているのかもいまだ謎のままだ。特に薬を飲むわけでもなく、定期的に機械で脳はをチェックするくらい。入院してすでに1週間が経過していた。

 

何をするわけでもなくほとんどをこの病室で過ごしている。入院してから1日1回は家族へ連絡をするために、公衆電話に行くくらい。病院の為さすがに携帯の電源は落としていた。

 

コンコンとドアを叩く音が聞こえ、反射的に『どうぞ』と答えるとスライド式のドアのが開く音が聞こえた。だがドアを叩いた人物の姿が中々見えず、少女はなんかのいたずらかといった考えが一瞬頭をよぎったが、ゆっくりとした動きでその人物が顔を出した。松葉杖を使いゆっくりと。

 

 

「え…と」

「どうも、隣の病室に入ってるので挨拶周りに」

 

 

同じ患者衣を着た男の姿。知らない人から見たら、髪の色や風貌から不良と認識されそうな男だが少女は特に警戒せずベットの横にある椅子を案内した。

 

 

「とりあえず座ります?」

「お、おう。ありがとう」

 

 

ゆっくりと起用に歩いてくる男は、椅子の前まで来ると苦痛を顔に浮かべながら椅子に座った。その表情にクスっと笑った少女を見て男は少しだけ苦笑いを浮かべた。

 

 

「無理しなくてもいいのに」

「ま、まあこれもリハビリってやつ」

 

 

額に浮かぶ汗で彼が相当やせ我慢しているのを感じた少女は、松葉杖をささえる左手にそっと自分の手を添えた。

 

 

「不思議……初めてなのになんだか安心する」

 

 

微笑んだ少女に、同じように微笑を返す。この病室に来る前に蛙似の医師から彼女の症状を聞いていた。

 

一時期間の記憶喪失。薬物による負担と精神的負担により脳がもっとも苦痛を感じた期間を、防衛本能で脳が記憶の奥底へ沈めてしまう。どっかの少年の記憶破壊とは違うため、記憶が戻ることもあるが戻った記憶に少女が耐えられるかどうかが不安と医師は言っていた。

 

気づけば1時間ほど少女の部屋で話し込んでいた青年は、再び苦痛に顔を歪めつつ松葉杖を支えに立ち上がる。

 

 

「これから検診なんだ」

「そうなんだ」

 

 

少女は少し残念そうに表情をすぼめる。そんな少女の頭を掌でそっと撫でた。その青年の手を少女の両手が包む。まっすぐな輝きの瞳で青年を少女は見つめた。青年もその視線を外す事無く少女を見つめ返す。

 

 

「名前……名前はなんていうの?」

「俺は、最上天成だ」

「あたしはエレナ。三橋エレナよ」

 

 

エレナは笑う。

 

 

「また…会える?」

「隣なんだから、遊びに来たっていいぜ」

「……はい」

 

 

エレナは天成の手をそっと離し、少しだけ名残惜しいようなそんな感情を胸に抱く。天成はゆっくりとまたドアの方へと歩みを進めた。その姿を見えなくなるまで追っていたエレナは、ふと窓の外へ視線を移した。少しだけ病院の生活が楽しくなりそうと感じたエレナ。

 

窓の外に見える澄んだ青空のように、少しずつ彼女の記憶も澄みだす様に。脳はゆっくりと記憶を引き上げる。彼女の準備が整え終わるまで、ゆっくりと…ゆっくりと……

S20 始まりの季節

 

 

穏やかな風が街を駆け抜け、桃色の花びらが風に乗って舞い踊る。エスカレータ式の学校以外は、新しい制服に袖を通し新しい学校生活を迎える学生。1年学年をあげた在校生はクラス変えに気持ちを高まらせたり、新入生のチェックを始めたり。

 

最高学年へと進級した彼、最上天成は眠たそうにあくびをひとつすると新しい教室へと入る。風紀委員《ジャッジメント》をしているため、天成の事をほとんどの生徒が知っている事もあり天成は別段浮かれる事は無い。

 

 

 

「よう最上。またよろしくな」

「おう」

 

 

前学年の時同じクラスだった生徒も、数名今年も同じらしく天成の姿を見つけては話しかけてくる。

 

 

「や、天成」

「げ……お前とまた一緒かよ」

「あらぁ、ずいぶんな言い方。照れ隠しって事で受け取っておくよ」

「ったく三津草に関わるとろくな事ねぇからな……」

「へ~。本人を目の前にしてそういうこと」

「さーせん!!」

 

あまりの迫力に即座に謝罪を述べ何とか事なきを得た天成は、ほっとため息を一つ吐いた。

 

 

「おい、新入生見たか?」

「おう見た見た。すげーかわいい子居たな」

「お嬢様っぽい雰囲気だったな」

 

 

クラスの男子がそんな話で盛り上がりを見せるのも、新学期ならではの光景である。新入生の入学式は午前中、在校生の始業式は午後という日程で行う学校の為、わざわざ早めに来て新入生を…主に女子を見に来ている好き者も居る。

 

 

「平和だなぁ」

 

 

そんなのんきな事を考えながら、教室の窓からを空を見上げた。雲が気持ちよさそうに泳ぎ吸い込まれそうな青空を見ながら、一人の少女の事を思う。

 

 

(あいつとまた一緒に暮らすようになって、無事に学校も進学出来たみたいだし……今日帰ったら祝ってやるかな)

 

 

 

 

 

入学式も終わり、新入生達は新しい教室に新しいクラスメイト…そして担任と簡単な自己紹介を行っていた。この時間は在校生が始業式を行っている。午前中に入学式を終えた新入生は、簡単な時間割《カリキュラム》や細かい校内の情報を担任から配布されたプリントを見て確認していた。

 

 

「はい、それじゃあ明日から授業が始まるから、入学早々から遅刻するなよ」

 

 

そういって簡単なHRが終了し担任が教室から出て行った。それと同時に少しずつ各教室のざわめきが少しずつ大きくなる。まだ初めてのクラスで、同じ中学校出身の子もいない少女は静かに席を立ち教室を出た。彼女のいなくなった教室では、彼女事を少しだけ話題に上げた。特に男子のグループでの話題だが。

 

そんな話題など露程も知らない彼女は校舎の階段を上へと登っていく。1年生は1階、2年生と職員室は2階という風に上に上がるごとに学年が上になる。彼女は2階をも通り過ぎ3階へ足を進めた。

 

リボンの色で学年を判別できるこの学校の制服。3年の生徒はその中で一人リボンの色が違う異質な存在を徐々に目で追う。その少女はちらちらと教室のドア付近から教室内を覗く。目的の何かがなかったのか少女は隣のクラスへと移動した。

 

校舎には2つの階段があり、階段の両端に2教室配置され階段と階段の間には3教室配置されている。

 

少女はちょうど真ん中の教室のドアから室内を覗く。そして窓際の列から一つ隣の列の最後尾に、目的の人物を発見した。周りの生徒の視線など気にも留めずその人の傍に歩み寄る。

 

ポチポチと携帯をいじっていた生徒は、クラスのざわめきが少し大きくなったのに気づいたが特に気にする事無く携帯のボタンを操作し、最後に送信を決定するボタンを親指で押した。そこで改めで隣に人が立っている事に気づいた生徒は視線を移す。

 

ミニスカートから伸びるバランスの取れた引き締まった太もも、細いウエストに少しだけ強調感が強い大きさの胸、その胸元には今年の新入生を示す色のリボン…そして……。

 

 

「エ、エレナ?」

 

 

予想もしていなかった人物の登場に彼、天成は顔を引きつらせた。

 

 

「お前……今日入学式って……」

「そうだよ。今日からここの生徒よ」

「そんな話し…聞いてないぞ」

 

 

エレナはにっこりと微笑んだ。

 

 

「知らないのは天成さんだけですよ」

「なんだとぉぉ」

 

 

天成はガタッと勢いよく立ち上がった。このとき初めて周囲を見渡したが、視線が一気にここに集まっていることに気づいた。

 

 

「家でも学校でも……よろしくね」

「おまっ……」

 

 

今のエレナの発言に、クラス内での反応が特に大きくなる。

 

 

「家でもってどーゆーことかなぁ?」

「やっぱ天成は進んでるってことか」

 

 

そして一際嫌な視線を送っているのが、去年も同じクラスだった女子…三津草の視線である。口元に軽く手をあて楽しそうににやついている。

 

 

「天成さん、今夜も……寝かさないぞ♪」

 

 

『ぬぉぉぉおおおおお』という学校中に響き渡った天成の叫びを聞きながら、エレナは小悪魔のような笑みを浮かべた。

 

 

「テヘッ」

 

 

エレナはこれからの学校生活を思い喜び、天成はこれからの学校生活を思い肩を落とした。

 

 

二人はまだ始まったばかり……。


 
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