「夏がきたよ」
毎度おなじみ大型書店の離れ小島文具カウンター。
レジ当番で親機の前に座っている遠野さんが唐突に呟いた。
「ねー、毎日暑いですねぇ。やんなっちゃう」
大橋嬢の声は届かなかったらしい。
「夏がきたよ。夏がきたよ。夏が……ヒッヒッヒッヒッヒッ」
「かちょーかちょー。遠野さんが壊れましたぁー」
「暑さで脳がわいたんちゃうか」
「七月といえば、クリスマスカード発注時期。悪魔の季節にございます」
「ばーか」
うつろな目をして遠くを見る遠野さんの頭を村田君がボカンとはたいた。
「痛いな、何をする」
「お前が自分で自分の首を絞めてんだよ。自業自得ともいう」
「正論を言う男って嫌いよ。もう泣いちゃうんだから」
「頼むからそのしゃべり方と嘘泣きをやめてくれ。本当に気色悪い」
カード業界の一番の売上時、それはクリスマスカード。私製年賀も合わせて大々的な見本市を各会社が行う。そこに遠野さんは各卸業者と出かけて大量に発注しなければならないのだ。
「支払う必要のないカードで買い物しているような感じでね。そりゃもう最初は調子こいた」
さあ、お好きなものをお好きなだけどうぞ!!
展示場いっぱいに並べられたカードは各社趣向を凝らして定番物からはやりのキラキラ系。
業者も商売である。おだてられのせられ、猛烈な勢いで木に登った遠野さん、
「じゃあ、この棚右から左まで全部♡」
「各20枚で、あ、いや40枚で♡」
どーせ余っても返品きくんだ、いっとけいっとけヒィアウィーゴオウ!!
とばかりに一社に限らず各社でかました。かましまくった。
展示会以外でも、カタログを渡されて発注するものもある。
クリスマスカードだけでもキャパオーバーなのに、私製年賀とぽち袋もトリプルでお見舞いされてもう何が何だか分からない状態。
勿論、それらはすぐに納品されるわけではない。
10月下旬。
「なんじゃこりゃーーーー!!!」
仕分け場(という名の通路)に積み上げられているのは、己が発注したカードたち。
何パッキンあるのねえこれ、誰がこんなに発注したのねえこれ。
段ボール10までは数えたが、それ以上は怖くなってやめた。
「かちょーかちょー、どうしましょう。置く所がありません」
「遠野、お前、もうここで暮したら? いい感じに囲まれているぞ」
取りあえずB4(一応倉庫。店内事務所と密やかな場所取り合戦が繰り広げられている)にぶち込んでおこうというわけで、ボテ車(台車のでかい版。別名ミドリのガラガラ)で
「……何往復したかなあ……」
11月上旬。
再び遠野さんに地獄が待ちうける。
立ち上げ当日。狂ったようにパッキンを開けて、鬼のように棚に突っ込んでゆく。
「明らかに1日で2キロは減った」
クリスマスが近づくにつれて、カードの回転も速くなる。それでも在庫は大量にありストックに上げたものの、邪魔者扱いされている。
繁忙期、大量にストックを抱えているのは遠野さんだけじゃないのだ。
ある日、遠野さんはふと思い立ってB4の倉庫へといった。迷路のようなダンジョンをポテポテと進み、倉庫の片隅にある宝箱(否段ボール)を開けてみると。
宝箱はミミックだった!
「ぎゃーーーー!!」
クリスマスカードぉーーーー!!
こんな所に忘れられたクリスマスカードがーーー!!
慌ててふたを閉めて逃げ帰った遠野さん。
でも無かったことには出来ない、翌日早朝出勤した。
クリスマスが終われば今度は返品作業が待ち受けている。同時進行で私製年賀とぽち袋の拡大。ちなみに官製年賀(切手付いている方)は郵便局の兼ね合いあるので遠野さんの担当ではない。これ、毎年換金目的でよくパクられる為、警備の人が付いています。一度、10万以上やられたことがありました。捕まったけどね。
遠野さんにも学習能力はある。
2回3回と繰り返している内にコツの様なものも掴んできた。
ただ、相変わらず調子に乗って展示会で大量発注するクセだけは健在のようで。
「一昨日、ホールマー○の展示会行ってきたんだよ……」
「またやったのか」
「てへッ☆ やっちゃった♡」
「だからきしょい。むしろ怖いからやめれ」
10月下旬。今年も遠野さんは叫ぶだろう。
「これがバイトの仕事かあああ!! 時給上げろや紀伊○屋!!」
「クリスマスなんか大嫌いだーー!! 誰だこんな概念作った奴は!!」
魂のシャウトを。
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季節外れじゃないさ。業界はここいらが正念場。
大型書店内の離れ小島、文具売り場で働くアルバイトの遠野さんの話。
この話はフィクションです。実在の会社、人物、他諸々とは一切関係ありません。ないんだってば。