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『舞い踊る季節の中で』 第68話

うたまるさん

『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。

ついに、袁家の老人を初めとする袁術達の処遇が決まる。
だけど明命と翡翠にとって、そんな事より一刀の状態が気がかりで仕方がなかった。
一刀のおかしな様子に、二人はただ見守る事しかできず歯噛みする。

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2010-07-29 23:14:41 投稿 / 全13ページ    総閲覧数:18632   閲覧ユーザー数:12216

真・恋姫無双 二次創作小説 明命√

『 舞い踊る季節の中で 』 -寿春城編-

   第68話 ~ 解き放たれた鳥は、誰がために舞う ~

 

 

(はじめに)

 キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助

 かります。

 この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。

 

北郷一刀:

     姓 :北郷    名 :一刀   字 :なし    真名:なし(敢えて言うなら"一刀")

     武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇

       :鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋

     得意:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)

        気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)

        神の手のマッサージ(若い女性には危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術

  (今後順次公開)

 

明命視点:

 

孫呉が独立した日より、十日が経ちました。

今の処、表だった反抗は起きていません。

袁家の老人達と呼ばれた重臣達については、袁術の日記と、張勲が照らし合わせれば分かるように書き記してきた政策や支出に関する記録は、あの人達の不正を暴き出して行きました。

その課程で、不正だけではなく人身売買、御禁制の品の売買、自分達にとって不都合のある者達への暗殺等の裏工作の証拠や証言が、もう言い逃れが出来ない程、多くとる事が出来ました。

その事を突き付けても、あの人達は諦めずに喚き続けましたが、どう言い繕うと極刑は免れる事は出来ません。

そして、刑の執行も昨日執り行われ。 少ないですが、罪の無い一族の者達は、最低限の財産を残して、開拓地へと移住させられ、其処で一民として、新たに土地を開拓する事で、一族の罪を償う事を命じられました。

 

街の有力者も、明らかに私利私欲のために、あの人達に進んで荷担した一族以外は、今後の働き次第で、不問とすると言う雪蓮様の明言と、袁術が張勲と共に口添えした事が効いたのか、さしたる抵抗を見せず帰属してくれそうな流れになっています。 むろん罪のある一族の者達も、当事者以外は、財産の三分の二を没収した上、国内の袁家所縁の土地以外に移り住むのなら、それ以上罪に問う事はしないし、その者達への無用な迫害を禁ずる令を出したおかげで、一族の中で内部分裂を引き起こさせ、私達に都合のよい形で収まる事が出来ました。

 

本来、一族郎党処刑という刑罰が相応しい程の罪ですが、其処には多くの思惑があるようです。

むろん、私達に協力してくれる各一族の者達からは、袁術を助ける事はもちろん、それらの事に猛反対を受けました。

ですが、

 

『 恨みある袁家に組する者達を皆殺しにするのは簡単よ。

  でも、この地を完全に平定するための時間や労力、そして、そのために無駄に流される同胞の血の事を

  思えば、私は、恨みより同胞の血を取るわ。 それとも、今生きている同胞の血より、もうなんの力も

  ないお子様と、その付き人の首を獲る事の方が、大切だとでも言うの? 』

 

と言う雪蓮様の発言で、会議の場では、声を上げて反対する者はいなくなりました。

むろんその後で、裏で雪蓮様を始め、蓮華様や冥琳様、そして翡翠様の辛抱強い説得を行っていました。

その甲斐あってか、渋々ながらも、何とか賛同を得る事が出来ました。

そして、賀家の旧当主であるものの、実質の当主である賀斉さんが、新当主と一緒になって、皆を説得して廻ってくれた事が、大きな助けになったのも事実です。

ですが、本当に賛同せざる得なかった理由、………それは一刀さん、『 天の御遣い 』の存在です。

 

『 天の御遣い 』である一刀さんの天の知識、そしてあの時見せた天罰とさえ思わせるような圧倒的な"武力"

その一刀さんが、袁家の当主を生かし利用する事を強く勧めた。 そう言い含まれれば、『 天の御遣い 』と言う存在に疑念を持つ者も、強固に反対すれば、次はその力が自分に向いてくるかもしれない、と恐れてしまうのも無理ありません。

そして、こうして袁術を治めていた土地の平定が順調である今、『 天の御遣い 』に、先を見る目と智もあると、認めざる得ないでしょう。

『 天の御遣い 』と言う存在は、既に一刀さんを離れ、雪蓮様と冥琳様が当初画策されたように、天と言う畏怖を込めて、その『 天の御遣い 』を保護する孫家は、その力と発言力をこの地において確かなものにしました。

そうして人々は、本当の事など知らずに、『 天の御遣い 』を、恐れ、敬う存在へと祭り上げて行きます。

 

………そう、一刀さんの事など、何も知らずに、勝手なものへと祭り上げます

 

 

 

 

あの翡翠様と一刀さんの庵での休息、

次の朝には、一刀さんは、まだ酷い顔をしていたものの、前日に比べだいぶ良くなっていたのは確かでした。

それに、鎮魂の儀も、今まで以上に想いと力の入ったものでした。

霞さんは、

 

『 汜水関や虎牢関で逝ったあいつらも、こうやって、鎮魂してもろうたんなら、迷わずあの世へ行けた

  やろうな 』

 

そう、悲しげに、だけど確かに微笑んで言ってくれました。

ですが、私にはそんな一刀さんに何処か違和感を感じてしかたありません。

そして、翡翠様もその事に気が付かれていました。

翡翠様は、その理由の一つとして、一刀さんの夜の魘され方を挙げました。

今までは、魘されていても、一刀さんの部屋に入って、手を繋いであげれば、それも収まっていくのですが、

今は部屋に近づくだけで、正常な時の様に、一刀さんは目を覚ましてしまいます。

まるで甘える事を拒絶するように……、

 

そして、私も違和感の正体に気が付きました。

 

 

 

数日前、

 

 

雪蓮様に呼ばれて、孫呉の主だった者が集められ、袁術と張勲の処遇について決まった事を聞かされました。

民の笑顔の為に生涯を尽くして行く、それを大前提として、

 

『 地位の剥奪と財産の没収 』

『 生涯隷とし、人権を剥奪する 』

 

の二つでした。

 

「これで何とか、一族達を納得させる事が出来たわ」

 

そう雪蓮様は、肩を竦めながら、自信気に報告しました。

その事に、一刀さんは、辛そうな顔をしましたが、この話には続きがありました。

 

「もう決まった事よ。 一刀が幾ら言っても、もう変えられないわ」

「だけど、それでは二人があまりにも浮かばれ・」

「北郷、話しは最後まで聞いてくれ」

「冥琳…………分かった」

「北郷、彼女達の罪は、幾らお前が庇おうと、我等やこの地の民にとって、それだけ許し難いと言う事だ。

 それは、その受けた苦しみを知らぬお前が口を挟める事ではない。 これは分かるな?」

「……あぁ」

「だが、この決定は雪蓮も言ったが、誰にも変えられない。

 一族の代表全ての総意を持って、決まった事だからな。 それを私達は狙っていた」

「どう言う事だ?」

 

一刀さんの問いに、冥琳様は雪蓮様の様に悪戯っぽい笑みを浮かべ、

 

「忘れている者が多いが、奴隷と言うのは、その所有者の庇護下に入ると言う事だ」

「あっ……そう言う事か」

「そうだ。 お前が二人の所有者になれば、二人は・」

「ちょ・ちょっと待て、何で俺なんだ? 俺なんかより孫策達の方がよっぽど安全だろう。

 そもそも、俺には何の権力だってないぞ」

 

そんな一刀さんの驚く言葉に、冥琳様は溜息を吐き、

雪蓮様が代わりに、

 

「私達だって、大勢で来られれば意見を聞かない訳には行かないし、頭の上がらない人間だっているわ。

 それに一刀は勘違いしているけど、貴方は今や軍師で将軍、と言う立派な身分と権力を持っているし、

 貴方に二人の所有者になれと言ったのは、『 天の御遣い 』と言う名の畏怖があるからよ。

 一刀が二人の所有者になると言えば、誰もそれを反対できないし、二人を傷つければ『 天の御遣い 』を

 敵に回すと言う事、そしてそれは『 天の御遣い 』を保護していると言う形を取っている孫家に、弓引く

 事を意味しているのよ」

 

「北郷、お前は否定するかもしれないが、世における『 天の御遣い 』と言うのはそう言う事だ」

 

「一刀が二人を引き取ると言えば、一刀が人を物扱いする事を嫌うと言う噂を広げてあげれば、表立って二人

 を迫害しようとする人間は居なくなるわ。 むろん本当に恨むべきは袁家の老人達だったと言う噂は、少し

 づつ広めて行くつもりだけどね。 それでも二人が民に受け入れられるかどうかは、二人の努力次第よ」

 

雪蓮様と冥琳様が代わる代わるに、一刀さんに二人の処遇の意図を説明して行きます。

そして、雪蓮が止めを刺すように、

 

「一刀、想像してみて、一刀が二人を引き取らなかった時の二人の未来を、 そして、以前にも言ったけど、

 人が持つ恨みを甘く見ないで頂戴。 人を恨む事でしか心を保てなくなる者もいる、と言う事もね」

「………わかった。 二人の引き取ろう。 だけど俺は二人を奴隷扱いする気なんて無いぞ」

「まぁ一刀ならそう言うと思ったわ。

 別に無理に奴隷として扱う必要はないわ。 一刀付の侍女とか家人と言う事にしておけば良いわ。

 でも、二人の行動の責任は、全て貴方の責任でもある、と言う事は決して忘れないで、もし二人が何かを

 すれば、貴方の手で二人を処分しなければいけないと言う事をね」

「そんな必要はないのじゃ、妾は裏切ったりしないのじゃ」

 

雪蓮様の言葉に、今まで黙っていた袁術が声を上げて抗議してきますが、雪蓮様はそんな袁術に、

 

「貴女達の意思に関係なく、そうなる事があると言う事。 つまり嵌められる危険性はあると言う事よ。

 その事は袁術ちゃんも忘れないで欲しいわ。 張勲、貴方がその辺りを、しっかり気を付けておきなさい。

 貴女達の命なんかどうでも良いけど、一刀を悲しませる事を許さない人間がいる、と言う事を忘れないで

 頂戴」

「う・うむ」「はい、は~い」

 

神妙にだけど何処か分かってなさそうな袁術に、軽い調子で返事をする張勲、

・・・・・・・・はぁ、袁術はともかく、張勲はわざとそう見せているのでしょうが、不安が残ります。

 

 

 

 

そして、冥琳様が二人について細かな注意を一刀さんにしている間、張勲と何やらこそこそ耳打ちされていた袁術が、冥琳様の話が終わったのを見計らって、一刀さんのすぐ目の前に歩み寄るなり、両手を軽く握って揃えた手を、一刀さんの御腹の上に置き、下から覗き込むように、

 

「お・に・い・さ・ま、不束者ですが、どうかよろしくお願いします・のじゃ」

 

ひくっ

 

等と、何かを願う様に言います。

そんな袁術に一刀さんは、

 

「な゛っ、なっ、お兄様って、それに、その言い方はっ」

「うむ、これはお気に召さぬか、ならば」

 

そう言って、今度は、その手を一刀さんを抱きしめるように腰に回して、甘えるように

 

「お・に・ぃ・ちゃん、妾は、お兄ちゃんの言う事なら、な・ん・で・も・聞いてあ・げ・る・のじゃ」

 

ひくっ、ひくっ

 

そんな袁術に、一刀さんは、顔を赤くして、

 

「待て、そういう言い方は不味いっ! 大体、何で、そんな言い回しがこの世界に?

 えーーーいっ、七乃っ、美羽に妙な事吹き込んで遊ぶのは止めてくれ」

「こう言うのお嫌いでしたか?」

「だーーっ、好きも嫌いも関係あるかっ! とにかく、止めてくれっ、何と言うか身の危険を感じる」

 

袁術を引き剥がしながら、顔を赤くして言う一刀さんに、張勲は袁術を引き取る振りをして、

突然一刀さんの腕を抱きしめるなり、

 

「御・主・人・様、こう、呼ばれる方が、御好みでしたかぁ?」

 

そう甘えた声で一刀さんに、艶のある表情で、その無駄に大きな胸を、一刀さんの腕に当てながら言います。

その上、そんな張勲に一刀さんは、

 

「いや・あの、七乃、その当たっていると言うか、一度離れて貰えると助かると言うか」

「御・主・人・様、はっきり言ってくれないと、分かりませんわ」

 

びきりっ!

 

等と、顔を更に赤くし、無駄な脂肪の感触に捉われて、はっきりした態度を示しません。

 

「一刀さんっ」「一刀君っ」

「ひぃっ!」

 

私と翡翠様の冷たい声に、一刀さんは、短い悲鳴を上げながら、赤く恥ずかしげにしていた顔を、青くさせます。

袁術と張勲はいつの間にか、冥琳様の所まで下がっていましたが、今は一刀さんです。

 

「一刀君は、ああ言う風に呼ばれるのが、好みだったんですねぇ。御・主・人・様」

「一刀さん、はっきり拒絶しないと言う事は、我慢している振りをしていると言う事ですか?

 どうなんですか? お・に・ぃ・さ・ま」

「ご・誤解だぁぁぁーーーーーっ……」

 

私と翡翠様の詰問に、誤解だと悲鳴を上げる一刀さんですが、この際はっきり聞いておきたいものです。

それは翡翠様も同じ考えのようです。

 

「あらら、失敗だったようですねぇ」

「うむぅ」

「……はぁ、お前達の考えは分かるが、もう少しやり方と言うものがあるだろう」

「え~~、どうせやるなら楽しい方が良いじゃないですか~。

 おかげで、ああ言う美羽様も見られたことですし、私はとっても幸せですよ~」

「………分かっていると思うが、程々にな」

「もちろん分かってますよ~」

「……はぁ~」

 

そんな、冥琳様と張勲の話し声が私達の耳に入ってきました。

 

 

 

 

 

 

そう、いつもなら、そんな二人の態度に苦笑する一刀さんですが、

 

そんな素振りなど、少しも見せる事はありませんでした。

 

一刀さんは、少しも笑おうとしないのです。

 

それが、たとえ苦笑であっても、

 

一刀さんの背負う罪が、それを許さないと、

 

そう考えているのかもしれません。

 

 

 

翡翠視点:

 

 

あの晩、一刀君の心を、何時もの様に解す事が出来たと、あの時は安堵しました。

だけどそれは大きな間違いでした。

一刀君は、ただ歩く力を取り戻しただけです。 間違った方向に歩く力を……、

最初は小さな違和感でした。 だけどそれを確信したのは一刀君の夜の魘され方でした。

 

「翡翠、もう大丈夫だから……」

 

そう、私が一刀君の部屋へ駆け付けた時に、一刀君は憔悴した顔で迎えてくれました。

そして一晩のうちに何度もそれを繰り返した時、私は気が付きました。

一刀君が、悪夢に魘される事を己の罪が課した罰だと、受け入れているのです。

私に甘える事は、許されない事だと………、

一刀君の目を見れば、いくら口で言っても無駄だと言う事は分かりました。

だから、私は一刀君の手を強引に握ります。

 

『 一刀君が寝るまでですから 』

 

そう言って、一刀君の遠慮する言葉を無視して、一刀君が諦めて眠りにつくまで続けます。

だけど、それは時間稼ぎにしかならない事は分かっています。

一刀君が、それが間違いだと受け入れない限り、一刀君の心はゆっくり壊れて行くだけだと言う事は、

 

いったい、どうしたら………、

 

 

 

雪蓮視点:

 

 

ことっ

 

「ふぅ~~」

 

私は、読み終わった竹簡を机上に置き溜息を吐く。

そしてそんな私に親友は、仕事する手を止めずに、

 

「どうした? 問題でもあったか?」

 

そう心配げに聞いてくるのだけど、本当に心配なら、手を止めて此方を向いて欲しいものである。

もっとも、そんな事は口が裂けても言えない。

何せ今冥琳が今やっている仕事と言うのは、私の処理しきれていない仕事を、代わりにやってもらっている

最中なのだから。

だけどそんな私の考えが読めたのか、冥琳は筆を置き、顔を上げてくれる。

 

「一刀の書いた改善提案よ」

「成程、確かに問題だな」

 

私が投げ渡した竹簡に目を通しもせずに、冥琳はそう答える。

 

「問題があると分かってて、此方に廻したんでしょ。

 これで三つめよ、どれもこれも問題が在って使えないわ」

「だが、考え方や方法そのものは素晴らしいものだ」

「ええ、それは認めるわ。 でも……これは使えないわ」

 

私の言葉に、冥琳は苦笑する。

私がこういう反応すると分かって、此方に回してきたのは明らか、

そして目的は、一刀の現状を私に知らせるためでしょうね。

戦の後で忙しくて、城内すらろくに廻れない私に、一刀の様子を知らせるためだと言う事は分かるわ。

一刀はあの後、鎮魂の儀を見事な舞で、逝った者達や、集まった皆の心を癒やしたわ。

慣れない将としての仕事も、翡翠や朱然に聞きながら、何とかこなしてくれているらしいわ。

でも、この竹簡の内容を見る限り、

 

「余裕が無さ過ぎなのよ。 これでは人が廻らないわ」

「ああ、その通りだ。 だから、穏と亞莎にこれを元に再考を命じてある」

 

そう、余裕がない。

多分それは一刀の状況そのままを、現しているのだと思う。

本来天の知識をこの世界で使おうとすれば、この世界の現状に、試行錯誤で合わせて行く必要があるわ。

そういう意味では、たしかに穏と亞莎に再考を命じるのは可笑しな事ではないわ。

でも、以前の一刀なら、こういう書き方はしなかった。

多少なりとも、この世界の民の生活を事を知っている一刀は、前もって自分なりにこの世界の現状に合わせたうえで、それを行う者達の事を考えたものを書いてきた。

最初の二つは、疲れているのだろうと、まだ立ち直り切っていないのだろうと目を瞑ってきた。

だけど、十日も経っていると言うのに、全然変わってないようでは問題だわ。

いったい何のために、翡翠や明命の仕事を減らして、その分を皆で分けてやっていると思っているのか……、

 

「あぁぁーーっ、もう我慢できないわ。 冥琳、一刀は今何処にいるの?」

「そんな物を書いてきたからな、少し考える時間が必要だと思って、理由を付けて家に帰した

 翡翠達にも連絡させたから、直に家に戻るだろう」

「そう、なら少し此処をお願い」

「ああ、任されよう」

 

冥琳の返事に、私は早速出かける準備をして、戸に手をかけてから、ふと違和感を感じた。

 

「仕事さぼって一刀に会いに行くのに、止めないなんて珍しいわね?」

「なんだ、そんな事か、 私はやっと重い尻を上げたと呆れていた所だ」

「だ・誰の尻が重いのよっ。 大体、普通その場合は『腰』でしょ、こ・し・っ、

 ……まったく意地悪なんだから、もう少し分かりやすいと、此方としては助かるんだけどな」

「自分で気が付かなければ、意味の無い事だ」

 

そんな親友の言葉に、私は感謝しながら、執務室を出る。

冥琳が、自分の執務室では無く、ずっと私の執務室で仕事をしていた理由。

最初は、効率と私がサボらないかの見張りだと思っていたけど、

こういう時間を作るためだったと言う訳ね。

 

 

 

 

城の外、少し城から離れた屋敷、

住む者達の身分からしては、小さすぎる屋敷だけど、

人数や、住む人間の性格を考えれば、これでもきっと大きすぎると言うのでしょうね。

私が、一刀達のために用意させた屋敷、元はあの老人達の血筋の者が住んでいた屋敷。

 

「うひゃぁぁぁぁぁーーーーーっ」

 

がしゃっ

ごろっ

だしゃーーーーんっ

ころころころ………

 

私が門を叩こうとした時、

そんな愉快な声と、派手な物音が辺りに響き渡った。

 

「………今のは袁術ちゃんよね。 いったいあの娘、今度は何やらかしたのよ」

 

私は、呆れるように、門を潜り抜け、音がした方へと足を向けると、

 

「はぁーー」

「またですか…」

 

そう、諦めたかのように溜息を吐く明命と翡翠が、

 

「うぅ、ちょっとよろけただけなのじゃ」

「そうですよー、美羽様は今日は、まだ三度しか、大きな失敗をやらかしていません」

「まだあるんですか?」

「そこは三度もと言う所だと思います」

「ぬわぁーーーっ、七乃ばらすなんて酷いのじゃ」

「おやおや駄目ですよ~。 失敗はきちんと報告しておかなければ、それが原因で取り返しがつかない事に

 繋がる事もあるのですからね~」

 

袁術の失敗の回数を暴露する事で、美羽の慌て振りを楽しむ張勲、……この二人は相変わらずのようね。

もしかしたら、国外追放したとしても、こうやって楽しく毎日を過ごしていたかもしれないわね。

 

「七乃、言っている事は間違いではないけど、絶対趣味がメインだろ?」

「めいん ですか? 言っている事は分かりませんが、私は美羽様に、こうして御教えしているだけで、

 美羽様をからかうだなんて、滅相もないです」

「………どうしてだろう。 分からない言葉のはずなのに、絶対意味が通用していると感じるのは……」

 

一刀は、張勲の言葉に、疲れた様に顔に手を当てて、溜息を吐いた後、

袁術が地面に派手に散らかした洗濯物を、美羽と共に拾い始めようとするが、

 

「ぬわぁ、駄目なのじゃ。 主様は手伝っては駄目なのじゃ。 これは妾達の仕事なのじゃ」

「そうですよー。 それとも、洗濯した美羽様や私の下着を御所望なのですか?

 それなら言ってくだされば脱ぎたて・」

「違うからっ! 確かに女性の下着が混ざった洗濯物を拾うのを、手伝おうとした俺が悪かったのは認める。

 だから、そう言うからかい方は勘弁してくれ」

 

袁術と張勲の言葉に、二人を手伝う事を諦めた一刀に、

 

「二人は相変わらずのようね」

「ああ、おかげさまでね。 色々と心臓に悪い事もあるけど、二人とも元気でやっているよ」

 

そう、額に手を当てながら私の言葉に応えてくれる。

………二人ともね……どうやら翡翠の報告のままのようね。

一刀、ちっとも笑おうとしないわ。

 

ずきんっ

 

その事実に、胸が痛む。

おそらく明命と翡翠はもっと胸を痛めているのでしょうね。

でも、確かにどうしたら良いのか分からないわね。

一刀の心情を考えたら、笑えとも、間違っているとも言えない。

ただ、見守るしか、祈りながら悪戯に時間を過ごすしか、手が打てなかった二人の気持ちが分かるわ。

私にだって、今の一刀を見たら、どうしたら良いのか分からなくなった。

頼みの華佗にしたって、心の病に関しては分からない、と済まなさそうに謝っていたし、

……王と言っても、こういう時、無力よね。

 

 

 

 

「で、今日は一体何の用なんだ?」

「んーー、まぁ袁術ちゃん達の様子を見がてら、一刀をからかいにと思ったんだけど、もう十分からかわれて

 いるみたいね」

「……ああ見ての通りだよ。

 そして孫策は、俺を口実に仕事をサボって来たと言う訳か……、はぁ~~~~~~~っ」

 

庭に設置された小さな東屋、と言っても椅子と小さな机が置かれ、それを申し訳なさそうに藁ぶきの屋根で覆う程度の粗末なモノ。 だけど見る者が見れば風情漂う趣のある場所。

そこで、会話を始めるなり、一刀は机の上においた両手で、その顔を覆い隠すように項垂れてくれる。

横に座る翡翠や明命も、どこか呆れ気味に、だけど我関知せずで他人のふりをしていた。

なんか、一刀が関わると、王である事を忘れそうになるわね。

 

「ちょっと~、盛大に溜息つかなくたっていいじゃない」

「今の孫策の話を聞いて、溜息を吐かなくていい理由を聞かせてくれ」

「こんな美人を目の前にして、溜息を吐く事が間違っているわ」

「………………」

「美羽様~っ、お湯が沸きましたよ~」

「うむっ、今行くのじゃ」

 

洗濯ををし直すために、大桶に水を運んでいた袁術が、張勲の声で水の入った桶をその場に置いて、台所の方に走って行く姿が、一刀の向こう風景の中に見える。

 

「………ちょっと、そこで黙るのは、あまりにも失礼じゃないの?」

「………ああっ、悪かった。

 孫策が凄ぶる美人なのは認める。 だけど何でかな、何故か今の場面では反応したくなかったんだ」

「………相変わらず私に対してだけは、意地悪なのね」

「俺としては、そう言うつもりは無いんだけどなぁ……」

 

ずきっ

 

本当、こういう所は笑う事以外を除けば、以前と同じ様に反応するのに、

それだけに、今の一刀が酷く歪んで見えるわ。

私はそんな感想と胸に痛みを感じながら、一刀達と他愛無い会話を進めていると、

 

「ぬわっ、おっ、ふぅーーーっ、無事だったのじゃ」

 

そんな、どこかおっかなびっくりに、慎重にお盆を持つ袁術が、ゆっくり私達の所までやってくると、

私達の前に、危なっかしげな手つきで、お盆に乗った湯呑みと菓子器を置き、そして、

 

「妾が初めて淹れた茶なのじゃ。 ありがたく飲むのじゃ」

 

そう、相変わらずの尊大な言葉で、だけど一刀に対しては、本当に一生懸命に、一番最初に淹れたであろう湯呑を、そっと大切なものを渡すかのように手渡していた。

その光景は、張勲ではないが、確かに微笑ましい小動物の仕草を見守る気分にさせてくれる。

私はその考えに、思い違いだと言わんばかりに軽く首を横に振って、湯呑を傾ける。

 

「……う゛っ」

 

………不味い。

一刀と比べてどうこうではなく、誰と比べても不味い。

淹れ方に問題があったのか、香りは飛んでいる上に、茶葉が多すぎたのか味が濃く、

その上茶葉に付け過ぎているため、苦味が強く出過ぎている。

ある意味、此処まで不味く淹れられる等、普通は出来やしない。

そして袁術の様子から、演技ではなく本当に自信満々なのでしょうね。

賭けても良いわ。 この娘、絶対料理でも味見しない主義ね。

翡翠や明命は、薄情にも、この結果を予想していたのか、湯呑には手を付けずに、張勲が用意したであろう茶菓子に手を伸ばしていた。

そして私と同じく茶を飲んだ一刀は、

 

「初めてにしては、上手く淹れれたね」

「ほ・本当かっ?」

「ああ、今度もっと美味く淹れれる練習を、一緒にしようか」

 

そう、少しも不味そうな顔をせずに、

袁術の頭を撫でながら、優しく言う。

 

ずきんっ、

 

以前なら、一刀は此処で絶対笑顔を見せていた。

なのに…………、

 

 

 

 

そして頭を撫でられていた袁術は、やがてその撫でられていた感触に笑みを浮かべるのを止め、

 

「主様は笑わぬのじゃな」

「………」

 

ちょっ!

袁術は、一刀にそんな事を言ってしまう。

一刀の心の傷を抉るような言葉を、

一刀の背負った罪を指さすような言葉を、

そんな袁術の言葉に、翡翠や明命は目を見開いて驚いた後、不用意な事を言った袁術を本気で睨み付ける。

そして一刀は、そんな袁術に困った顔をして

 

「俺にそんな資格は・」

「主様は、以前茶を淹れて皆を喜ばせていたと聞いたのじゃ。

 じゃから、一生懸命、茶を淹れれば、主様も笑うと思ったのじゃ」

「……」

「妾は主様に、民の笑顔のために尽くすと、誓うたのじゃ。

 だから妾は、まず最初に、主様に笑顔になって貰おうと決めたのじゃ。

 主様も、妾や孫策達にとって、この国の大切な民の一人なのじゃ」

「……」

「だから、妾は絶対主様を笑わかせてみせるのじゃ」

「……」

「美羽様~~っ、水汲みの続き、お願いいたしますねぇ~~」

「うむ、分かったのじゃ」

 

袁術の畳み掛けるような言葉に、

真っ直ぐな瞳と言葉に、一刀は何の反応する事も出来ずに、黙って袁術を呆然と眺めさせていた。

そして、張勲の言葉に、この場を去った袁術の方を、焦点の合っていない目で追いながら、

 

「……俺も、民の一人か」

 

そう小さく呟くのが聞こえた。

だけど、一刀の瞳は強い意志を映し出し、

そして同時に、その目から小さな滴が零れ始める。

そこへ、

 

「にょわぁぁぁぁーーーーーっ」

 

びしゃっ!

がらっごろっごろっ・・・・・

 

と、再び袁術の騒がしい悲鳴と派手な音が聞こえる。

 

 

 

 

その派手な音の発生源であろう場所に目をやると、

そこには、躓いて転んだのであろう袁術が、自分で運んだ水を頭から被って、びしょ濡れになっていた。

そして、

 

「あは……あはははははっ、………あはははははははっ」

「ぬわぁぁぁぁ、酷いのじゃ、此処で笑う等、幾ら主様でも酷いのじゃっ」

 

そんな一刀のいきなりの笑声に、袁術は今の失敗を腹の底から笑われたと思い、抗議の声を挙げる。

だけど、私達にとっては、そんな事より、目の前の光景が信じられなかった。

あれだけ笑う事を、己が楽しむ事や楽になる事を、罪の意識のあまり拒絶していた一刀が、心の底から笑っている。

 

「そうか、そうだよな。

 人に笑顔を求めておいて、それを望んでおいて、自分の事など考えていなかった。

 いや、自分がその中に入る訳にはいけない、なんて考え、とんでもない想い違いだよな。

 美羽が言ったように、俺が人に望む様に、俺も人に望まれても当然なんだよな。

 俺は、もうこの世界の住人なんだ。

 なら、俺も笑顔でいられる世の中を、目指さなければいけなかったんだ」

 

そう、それが私達が望んでいる事

 

「そうだよな、自分の笑顔から逃げたら、そんなものは償いでもなんでもない。 ただの自己満足だ。

 そんな考えする奴に、笑顔でいられる国を作るなんて事出来やしないし、それこそ、そんな資格は無い。

 みっともなくたって、情けなくたって、俺は這いつくばってでも、前に進むと誓ったじゃないか。

 あーーーーっ、我ながら、とんでもない恥ずかしい勘違いをしていた」

 

そっか、そうよね。

私も勘違いしていた。

ううん、私だけじゃない。

翡翠と明命も勘違いしていた。

二人を見れば、私と同じ気持ちなのか、

自嘲気味な笑みを、

だけど清々しい笑みを浮かべている。

 

そう、真っ直ぐぶつかれば良かったんだ。

あの娘みたいに、真っ直ぐ一刀と向き合えば良かったのよ。

結局、私達は、一刀がこれ以上傷つく事を恐れて、何も出来なかっただけ。

自分が、一刀を傷つけてしまう事を恐れて、何もしなかっただけ、

それは一刀が言う様に、逃げていただけだわ。

本当に、恥ずかしい勘違いだわね。

自分で自分がおかしくて、仕方ないわ。

 

「くすっ」「くくっ」「ふふっ」

「ふふふふふっ、」「くすくすくすっ」「はははははっ」

 

そう、私達三人は、ほぼ同時に笑い出す。

自分達がとんでもない勘違いしていた事が情けなくて、

一刀に笑顔が戻った事が嬉しくて、

そして、そのきっかけが自分達ではなく、あの娘だと言う事が可笑しくて、

私達三人は、一刀の久々に見た笑顔と笑い声に釣られる様に、心の底から笑みを、

そして笑い声を、穏やかな冬の空高くに響かせる。

 

「皆で笑う等、酷いのじゃーーーーーっ」

「あらあら、美羽様、本日四度目の大失敗ですよ~。 くすっ」

「ぬわぁぁぁぁ、七乃まで笑う等、酷いのじゃーーーっ」

 

本当、自分で気が付かなかったら、意味がないわよね。

冥琳、貴女やっぱり最高の親友よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく

 

あとがき みたいなもの

 

 

こんにちは、うたまるです。

 第68話 ~ 解き放たれた鳥は、誰がために舞う ~ を此処にお送りしました。

 

今日の昼間に更新したばかりだと言うのに、早速のスピード更新です。

むしろ、書きたい事の熱が冷めないうちに、と言う思いが強かったのだと思います。

今回の話しの主役は、文句なく袁術だと思っています。

袁術の、一見我儘でしかない言葉と行動。

それが一刀の目を覚ますきっかけとなりました。

そして、それは一刀の苦しみと悲しみに引っ張られた三人にも言える事です。

この話が書きたくて、一刀の弱さを此処まで引っ張ってきた所もあります。

(むろん、それだけではありませんけど)

 

さて、今回の話で、一刀は多くの事に気が付きました(翡翠達の乙女心は相変わらずですが……)

そして、その事は一刀の心を大きく成長させてくれるでしょう。

そんな一刀ですが、そろそろ、もう一つ心が強くなる事に、そろそろ決着をつけて行こうと思います。

この、『 寿春編 』 はまだ続きますが、孫呉の独立と言う意味では、今回の話で区切りがついたと思っています。

 

では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。


 
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