一成ちゃんがここに来て三ヶ月ぐらいの時間が経ちました。
「じゃあいくよ!いくよー!」
最初から、一成ちゃんに私たちを警戒する様子とかはまったくなかったと言っても間違ってはいないほどでしたけど、
だとしても、あの頃一成ちゃんが親しく思っていたのは、私と朱里ちゃん、百合お姉さん以外には水鏡先生ぐらいでした。
その他の塾に通っている子たちとはあまり目を合わせていませんでした。
実際、この塾は元々は女の子のための私塾であるため、男の子が入ってきていいところではありません。
けど、水鏡先生の遠い親戚から預かっている子だという言い訳をして、何とかこうして塾に居させることができました。
今は、塾の皆も大部一成ちゃんのことを解っています。
「えぇいっ!」
だけど、この塾には、男の子が苦手な人もやや居るもので、一成ちゃんの存在は一部の子たちにとってはそんなに愉快なものではありませんでした。
実際、あの時初めに私が一成ちゃんを見ていなかったら私もそういう子たちと一緒だっただろうと思いますけど。
「ふえっ!ちょっと!ちょっと待って!そんな思いっきり投げたら…ひゃっ!!」
「!朱里ちゃん!」
ガチャン!!
「「「あ」」」
「朱里ちゃーん?」
「ごめんなさいでしゅ!」
「孔明お姉ちゃんは悪くないよ!私がボールを強く投げすぎたから…」
一成ちゃんは、こんなところにはいるものの、本来ならもっと男の子らしく活発的な行動をしないと駄目な年頃です。
だから、たまには机の前で本ばかり読んでいるよりは、一緒に遊んであげたほうがいいかと思って、朱里ちゃんと二人で一成ちゃんと遊んであげようと思ったんですが、
キャッチボールというボールを投げ合う遊びをしている最中、一成ちゃんが投げたボールが朱里ちゃんの顔に正面に当たってしまいそうなところを、朱里ちゃんがしゃがんでギリギリ避けたのですが、
その代わりにその後ろにいた部屋の瑠璃を見事に割ってしまいました。
結局、はわあわしているとこをを百合お姉さんに見つかってしまって、こうして叱られています。
「考えたことはわからなくもないけれど、危ないじゃないの」
「ごめんなさい」
「怪我はなかったから良いものの、気をつけないと駄目よ。もしも部屋の中に人がいたりしたら大変なことになったのだから」
「……」
「一成ちゃん?」
「はい…」
「遊ぶのを駄目だとは言わないから、もう少し安全なものにしなさい」
「ごめんなさい」
「そして、部屋を使っている生徒に謝りにいくこと」
「はい」
「でも、その部屋って、確か誰も使っていなかったはずでは?」
あの部屋は確かに空いているはずだけど…
「あぁ、雛里ちゃんは知らなかったね」
「朱里ちゃんは知っているの、あの部屋、誰が使っているか?」
「うん…実はね。この前私、水鏡先生と一緒にちょっと遠い町に出かけたでしょ?」
そうでした。
先週、朱里ちゃんは水鏡先生と一緒に特殊な地方でしか得られない薬草を購入するため、外出していたのでした。
「あの時、通りすぎた村で騒ぎがあって…」
「騒ぎ?」
「うん…えっと…」
朱里ちゃんは少し口を挟みました。
少し、言いにくい話のようです。
「とにかく、あの村でちょっとわけがあって、私たちぐらいの年頃の女の子一人を連れてきたんだ」
「あれ?でも、孔明お姉ちゃんが帰ってきた時、水鏡先生と二人きりにしかいなかったよ?」
一成ちゃんの言う通り、あの時は二人しかいなかった気がするけど。
「途中で、具合が悪くなって町の医院のところに預かってもらってたの。それで、この前お姉さまがここまで連れてきた」
「そうだったんだ」
「で、そのお姉ちゃんはどこにいるの?」
「確か、たまたま水鏡先生と一緒にいたと思うわ。どうも体が弱っていて、先生も心配だったみたい」
そう言いながら百合お姉さんは、少し心配そうな顔をしてました。
それほど体が悪い子なのかな?
その夜、私たちは私たちが部屋の窓を割ってしまったところに戻ってきました。
「ごめん、元なら私が悪いのに、私一人で謝ってきたらいいよ」
「こういう時は連帯責任だよ。ね?雛里ちゃん」
「うん、それに、一成ちゃんが悪いわけじゃないよ」
「そうね…私がそこでちゃんと球を捕まっていたら……(ぶつぶつ)」
へっ!?
「ち、違うの。そういう意味で言ったんじゃなくて…」
「そうだよ、孔明お姉ちゃん。悪いのはそんな割れそうなところにあった窓がいけないんだよ」
一成ちゃん、それも違うの。
がらり
「「「ひゃっ!!」」」
いきなり向こうから門が開いてきて、私たち三人は皆びっくりしてしまいました。
「……」
出てきたのは、薄い緑色の髪をした、私たちと同じ年ぐらいの女の子でした。
視線が少し下を向いていたので、顔が良く見えませんでした。
「あ、あの……」
「…人の部屋の前ではしゃがないでください」
「ご、ごめんなさい」
「………」
がらり
自分が言いたい話だけして、彼女はまた門を閉じてしまいました。
「…何か、ちょっと変なお姉ちゃんだね」
「一成ちゃん、そう言っちゃ失礼だよ」
「何でもいいけど、二人とも私の後ろに隠れないで」
「あう」
「あわわ」
次の日
一成side
「うぅん、昨日は雰囲気に圧倒されて謝ることができなかったけど、今日こそは絶対に…」
ちょっと朝早い気はするけど、ここに居る人たちって、皆朝早くから起きて色々してるから多分大丈夫だよね。
コンコン
しーん
「あれぇ?おかしいな。この時間なら皆起きてるはずだけど……部屋にいないのかな」
コンコン
もう一度叩いてみたけど、返事はない。
中には誰もいないようだ。
「うーん…仕方ない。帰ってくるまで部屋の前で待とう」
そう思った私は部屋の側に立って、部屋の主が来ることを待つことにした。
一時間、…えっと、半刻ぐらい過ぎたかな。
「うーん…」
でも、未だに昨日の薄緑のお姉ちゃんの姿は見当たらず。
「あら、一成ちゃん」
「あ、百合お姉さん、おはよう」
「おはよう、どうしたの?こんなところでじっと立っていて…」
「実は…」
・・・
「あらあら、そうだったの?」
「うん、でもずっと来ないから…出直した方がいいかな」
「うーん、そうね……」
コンコン
「元直ちゃん、中にいないの?」
…………
……
がらり
「うわっ!」
中に居たの?!
「…何ですか?」
「この子があなたに言いたいことがあるってね」
「あ、あの、その…」
「…何ですか?」
薄緑髪のお姉ちゃんはあまり関心なさげな声でこちらの話を催促しました。
「えっと…この前部屋の窓を割ってしまってごめんなさい!」
頭を下げて私はこの前のことを謝りました。
「……」
「……」
「…で?」
「え?」
「そんな話をしようと奏を呼んだの?」
「え?ああ…うん、いや、はい」
「……じゃあ、もういいわよね」
「は、はい」
「……」
がらり
お姉ちゃんはそのまま部屋の門を閉じてしまいました。
何だか、怖いお姉ちゃんです。
……
「あ、ああらあら…」
隣で見ていた百合お姉さんも困ったように苦笑しながら私を見ました。
「ごめんなさいね。まだ来てあまり経ってないから、まだ人と接するに違和感があるのよ」
「うぅん…」
…そっか。
うん、そうだよね。
「そうだね。私も最初の時はそうだったから」
「ううん、一成ちゃんの場合、どっちかと言うとあまり親しくしすぎだったかと思うけど」
「へ?」
雛里side
水鏡先生のところに資料をお届けするに廊下を歩いていたら一成ちゃんがぼっつりと立っていました。
「一成ちゃん」
「うん?ああ、鳳統お姉ちゃん」
「どうしたの?こんなところで。今日は確か朱里ちゃんんとお勉強が…」
「もう終わったよ。…何?鳳統お姉ちゃん、私がお勉強もサボってこんなところでウロチョロしているのだと思ったの?」
「ううん、そういうことじゃないけど」
確かに、今まで一成ちゃんがそんなことしたことはないよね。
「でも、本当にどうしたの?」
普段なら勉強が終わった後も、朱里ちゃんか私にずっと構っているのだけれど。
「うん、最近ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「うん」
何だろう。
「実はね、私、最近暇がある度にここでこうしているのだけど…」
「ここって?…ああ、そういえば」
ここはこの前、私たちが窓を割って謝りに来てた人の部屋でした。
「ここにいるお姉ちゃんね、まったく外に出て来ないの」
「もう、駄目だよ、一成ちゃん。人の部屋の前でそんなにずっといたら、中に居る人が気になって外に出たくても出られないじゃない」
「あれ?そうなの?」
「そうだよ」
でも、一成ちゃんの話が本当なら、
もうあの時から一週間も経っているのに、この塾でそこまで外に出ることなく、部屋の中に篭っているなんて…
どういうことなのかな。
「とにかく、今日からはもうここで居ちゃ駄目だよ」
「うん、解った」
「いい子ね。いい子の一成ちゃんだから、私と一緒にこの資料運んでくれない?」
「うん♪」
「ありがとう、雛里、一成君も」
「えへへー」
「あの、水鏡先生、少し質問があるのですが…」
「何ですか?」
「この塾で、人の都合を問っていい立場ではないですけど、どうしても気になってしまって…」
「………ああ、あの子のことですか…」
話が見えてきた様子の水鏡先生は、座り方を直して、私たちにも座ってくれるように言いました。
・・・
・・
・
椅子に座って、お茶を淹れてから先生は話を始めました。
「あの子の名前は徐庶、字は元直という子ですの。この前、朱里と一緒にある村で泊まった時、死に掛けていたところを運良く見つけて連れてきたのですわ」
「死に掛けていたって、どういうことですか?」
「…村の人の話では、彼女はお母さんと二人きりで住んでいたようですが……どうやらお母さんが突然、部屋の中で首を絞って自殺してしまったそうです」
「!!」
「そして、どうやら彼女がその場を自分の目で見たらしくて、その後お母さんは村の皆さんが一緒に埋蔵してくれたみたいですが、彼女はその衝撃から立ち直れず、何も食べずに自分のお母さんが死んだあの部屋から出てこなかったそうです」
「そんな……」
「誰も知らなかったんですか?あのお姉ちゃんが死に掛けていたの」
「時々食べものをあげに行く人たちがいたそうですが、本人が食べなくて、どうしようもなかったようです。無理やり部屋から出そうとしたら噛んで掻いて激しく抵抗したようで…」
「「……」」
「結局、私と朱里が偶然そちらを通り過ぎて、倒れているあの子の話を聞いてこちらまで連れてきたのです。でも、まだ心を開くには時間が必要みたいですね……」
「……薄緑髪のお姉ちゃん、大変だね」
水鏡先生の部屋を出てから一成ちゃんはそう言いました。
「そうだね……」
幼い頃に親の死を見るということ。
それは残される子供にはとても辛いこと。
最悪は、もう生きる気を失って、死んでしまう。
もし先生と朱里ちゃんがあの子を見つけていなかったら、あの子もそうなったかも知れません。
「…あのね、鳳統お姉ちゃん」
「うん?」
「私、あのお姉ちゃんのこと慰めてあげたい」
「一成ちゃん……」
一成ちゃんは、誰もいないこの場所に、ご両親と離れて一人でいます。
また両親に会えるかも解りません。
一成ちゃんは、そんな自分の姿とあの子と重ねて見えたのでしょうか。
…そして私も、
「どうすればいいのかな」
「……そうだね。先ずは、お友たちになってあげたらいいと思う」
「友たち?」
「うん、まだここに来てあまり経ってないから、まだ友たちもないはずよ。だから、一成ちゃんが友たちになってあげて」
「そっか…友たちに…うん、私頑張ってあのお姉ちゃんの友たちになってあげる」
「うん、私も手伝ってあげるから」
「うん、ありがとう、鳳統お姉ちゃん」
あとがきという名のお知らせ
徐庶元直の設定は自分の本職(?)の、無真・恋姫無双の奏里こと徐庶の設定を使っています。
どっちかというと、奏の設定はもうここからこちらに細々と書きそうなので、これからの姿を見ていてくださいませ。
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元直ちゃんと登場です。
しかし、こちらの元直ちゃん、
公式の彼女らが言ったほどいい出会いではないようですね。
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