「あっちぃ……」
もう何度目になるかもわからない呟きは、蝉の鳴き声が淡々と響き続ける自室の暑さに溶け込んでいく。
早朝から三国合同議会を済ませ、割り振られた仕事に着手したのが今から三時間前。すでに太陽は天高く昇り、外の気温は恐ろしいことになっている。
窓を全開にしていても、今日は風が全然吹いておらずその恩恵は得られない。
故に、ただでさえ一人では手に負えない、机に高々と重ねられた書類の山に悪戦苦闘を強いられているにも関わらず、逃げ場のない灼熱の陽気が一刀に追い討ちをかけていた。
「な、なんで俺だけがこんなめに……」
本来であれば、この書類の山の処理を一緒に手伝ってくれる心強い仲間―主に月と詠、その他各国の軍師たち―がいるのだが、どうしたことか今日は皆それぞれ急務に迫られた案件の処理に回っている。
よりにもよって、俺一人じゃ采配しきれない各国の市場の状況や人口推移の変化なんかが主な内容となっているときにだ。
ただでさえこの暑さで頭は回らず、額から滲み出る汗を拭きながらの作業。効率がいい訳が無かった。
「だぁあああっ! やってられん!」
いくら叫んだところで仕事がなくなる訳でもないが、叫ばずには居られなかった。
こうなったら適当に判子だけ押していって際どい案件を後回しにしてさっさと仕事を終わらせようかなぁ……。
「……でも、みんながんばって仕事してるときに、俺だけ休む訳にもいかないよな……。そうだな、夕方までにこの仕事を終わらせて市で何か美味しいものでも買って、みんなを労ってやろう!」
急にやる気を取り戻した一刀は、先程までの倍の速度で書類に目を通していく。
夏の暑さにも負けない、別の熱さが一刀の心を燃やしていた。
……結局、女の子が絡んでくるときだけこの天の御使いは本気になるのであった。
「ふぅ、やっと終わったぁ……さすがに休みなしでぶっ続けで作業するのはキツイな……」
あれから三時間後、極めて重要な案件以外をどうにか今まで学んだ知識をフル活用して解決させ、残りを後日軍師と共に考えることにして仕事を終えた一刀は、すでに日が暮れ始めた時刻に市へと出ていた。
一刀がやってきたのは、市の中でも少し特別な場所。『特産市』と呼ばれる場所で、その名の通り各地で取れる特産物をまとめて取り扱っている場所である。珍しい食物などがたまに並べられており、一刀も時々季衣や琉流たちと一緒に視察―という名の食材探し―に来ていたりする。
今日わざわざこうして足を運んだのには理由がある。
「えぇっと……確かこの辺に……おっ、あったあった」
一刀は店先に並んでいた大きくて丸い縞模様がウリの球を手に取った。
「天の御使い様は、それが何かお知りで?」
「あぁ、スイカだろこれ」
農業関連収支の書類を見ていて偶然見つけただけだったのだが、まさか本当にあるとは思いもしなかった。
スイカが中国に広まったのは十一世紀頃だったと言われていて、本来この時代のこんな場所にある訳がないのだが、やはりこれも俺がこの世界に関わった所為なのだろうか。三国の統一自体、本来起こり得なかったことだし。
「すいか? これは西瓜(しいぐわ)って言うらしいんだがねぇ……」
「へぇ、そんな名前だったんだ」
「でも、なんだかそっちの方が響きがいいね。天の国の言葉で売れば売り上げが伸びそうだし」
「ははは。そうするといいよ。食べてみれば絶対名前に納得してくれると思うし」
あの果肉の瑞々しさと相まって、スイカという名前から清涼感を感じるはずだ。
「それにしても、天の国にもこのすいかはあるんですね」
「あぁ、ちょうどこの暑い時期が丁度旬な野菜なんだ。果肉の瑞々しさは暑気避けにも重宝するんだ」
「なるほど!それは素晴らしい食べ物ですな!」
「ところで、店主はどこでスイカなんて手に入れたんだ?」
「知り合いの商人から譲り受けた種を栽培してみたんですよ。これが見事にこんなに育ってくれたんですよ」
彼の口ぶりは、我が子を誇らしげに語る親のそれだった。
その知り合いがこの地にスイカをもたらした根源だというのは間違いないだろう。
「どうだい北郷様。今ならお安くしときますよ。何といってもこの時期が旬なんでしょう?」
「そうだな。じゃあ、五つぐらい買おうかな」
「はい、それでは御代はこちらに……」
御代を払いスイカを詰めた箱ごと受け取り商人に別れを告げた後、城に向けて歩き出す。
見たこともない食べ物に対して、みんな驚くだろうなぁ。
大好きな仲間たちの驚いた顔とその後に見られるであろう笑顔を想像すると、思わずにやけ顔になってしまう。
「そうだ! どうせならあれをしよう!」
急に道の真ん中で大声を上げる一刀に対し、民はその緩みきった顔を少し離れた場所から怪訝そうに眺めながら通り過ぎていた。
そんなことは露知らず、一刀はなおも笑みを浮かべたまま。城に付いた後も、寝るまでその緩んだ顔が引き締まることはなかった。
――突如思いついた一刀の妙案であったが、その妙案が恐ろしく実現不可能だということに一刀はまだ気づいていなかった。
―翌日―
『すい、か割り……?』
「そう! みんなでスイカ割りをやろう!」
昨日と変わらない炎天下の中、蜀の屋敷の庭には一部の武将たちと一刀の姿があった。
「ご主人様……その、すいか割り? って一体何なんですか?」
「よくぞ聞いてくれた桃香! では、皆にわかりやすく説明しようではないか!」
「……なんかご主人さまって、時々一人だけ異様に活気付いてるときがあるよね……」
蒲公英の密かなツッコミに武将たちは同時に首肯するが、当の本人である一刀はお構いなしに説明を始める。
「簡単に言えばだな、このスイカを棒で割る! それだけだ」
一同硬直。そんな説明で何もわかるわけもなく、たまらず愛紗が手を上げて質問する。
「あ、あのぉ……ご主人様。できればもう少し具体的に教えてた頂きたいのですが……」
「あたしはそもそも、そのすいかっていうのを初めて見たんだが何なんだそれ?」
「これは食べ物だぞ、翠。最近市で発見したもので、今はまだすごく珍しい食べ物なんだ」
「じゃ、じゃあそんな食べ物を叩いて割っちゃうんですか!?」
「あわわ……勿体ないですぅ」
朱里と雛里が恐ろしそうにはわわ、あわわと震えている。
「違うんだ朱里、雛里! これは俺の世界である列記とした由緒正しき行いなんだ!」
「そ、そんな……食べ物を粗末にするのが由緒正しい行いだなんて……」
「だから誤解だ! 割ると言っても元々スイカってのは固いもので、割ってから食べるものなんだよ」
「な、なるほど……」
「そういうことなら納得ですぅ」
ふぅ……。どうやら朱里と雛里は理解してくれたようだ。
まさか食べ物を粗末にしていると思われるとは思ってもみなかったぜ。
「だがしかし、そんな食べるための仕込みをわざわざ我等を招いて皆でやろうなどと、どういったつもりですかな、主」
「ふふふっ。その通りだ星。スイカ割りというのは、ただ割るだけじゃなく楽しく遊びながら割るものなんだ」
「食べ物で遊ぶのは……」
「そこ! それは言わないお約束なの!」
「は、はいっ!」
桃香のたまな常識力を無理やり抑えると、愛紗がだから具体的に教えて欲しいのだと訴えかけてくる。
「では、説明しよう。スイカ割りはまず割る人を決めるんだ。割る人は目隠しをして、その場で何回か回転させられる。その後周りの人たちがスイカの場所を声だけで教えて、割る人に正確に叩かせるという遊びだ」
「め、目隠ししちゃうの……っ?」
桃香が心配そうな声を上げる。
「大丈夫だって。周りの人が声で誘導してくれるから、結構簡単にできたりするんだよ」
「でもでも、回転までさせられちゃったら、どっちが前でどっちが後ろかもわからなくなっちゃうよ……」
「だから、それも誘導にしたがえば大丈夫だって!」
「ご主人様、説明は理解したのですが……その、これは楽しいものなのでしょうか?」
愛紗は今の説明を聞いて、この遊びが楽しいものとは到底思えなかった。むしろ何かの鍛錬の一種なのではないかと思ったほどだ。
「みんなでやれば楽しいって! ほら、実際にやってみようよ」
一刀のテンションに背中を押され、皆仕方なくやるだけやってみようという空気になっていた。
「ほんとに大丈夫かなぁ……嫌な予感しまくりなんですけど……」
ただ一人、蒲公英だけが最後まで不安そうな顔をしていた。
「ご、ご主人様……これ本当に何も見えないよぉ……」
「透けて見えたりしたら意味無いだろ」
微妙に布をずらしてチラ見しようと試みる桃香を制しつつ、少しキツめに布を後頭部の辺りで結ぶ。
「うぅ……なんだか、怖いよぉ……」
両手をわたわたさせおろおろする桃香。
こ、これは……何やらイケナイコトをしているのではないだろうか……。
「ご主人様どこぉ~……」
少し涙ぐんだような甘い声で桃香が俺を求める。
い、いかん……なんだか興奮してき――。
「な、何を、やって、いるのですかッ!」
「へぶッ!」
愛紗は少し頬を赤らめつつも、容赦なく青龍偃月刀で俺の後頭部を殴打した。
「す、スマン……つい、桃香が可愛くて」
「な、何言ってるのご主人さまぁっ!」
「ぶふっッ!」
何も見えていないはずの桃香のビンタが頬に直撃した。実は見えているんじゃないだろうか……。
「……あぁ、ごほん。夫婦漫才はそれぐらいにして、いい加減初めて欲しいのだが」
「誰が夫婦漫才だよっ!」
『め、夫婦だなんてそんな……っ』
「ふ、二人してなに照れてるんですかぁっ!」
「あわわ……不順ですぅ……」
「ご主人さまが変なこと考えてるからだぞ!」
「べ、別に考えてないよ!」
なんでわかったの!? もしかして翠って出来る子!?
「図星つかれて動揺してるところ悪いんだけどさぁ、そろそろ話を本筋に戻そうよ、ご主人さま」
蒲公英の奴、何気に楽しんでるだろ……。
だが言うとおり、さすがにそろそろ軌道修正しないとまずいか。
「それじゃあ桃香、これを持って」
「……えっと、これですいかを叩けばいいんだよね?」
「そうそう。ある程度力を込めて振り下ろせばいいだけだから、非力な桃香でもできるよ」
「うぅ……非力だなんてはっきり言わなくても……」
はっ、しまった。つい本音が出てしまった!
「いいもん……どうせ私はこんな棒を振るぐらいが関の山な頼りない王様ですよーだ……」
「誰もそこまで言ってないよ!?」
桃香はすすり泣きながら手にした棒を可愛がるように撫でる。
……こ、これはまた、何とも言えないイケナイ感じが……。
黒くて太い棒を、目隠した女の子が愛しそうに撫でている……ごくり。
「ご、しゅ、じ、ん、さ、ま~っ?」
「な、何でもない!何でもないからッ!! だから愛紗さん、その手に握った相棒を振り上げるのはやめていただけないでしょうか!」
米上をヒクヒクさせながら青龍偃月刀を振りかぶる愛紗を全力で説得する。説得に失敗した場合、待っているのは恐らく気絶。そして目が覚めたあとも恐らく数時間……いや、数日間頭痛に悩まされ続けることに……っ!
「愛紗、本気で主を殴り倒しては話が進まん。ここは抑えろ。主が変態なのは今に始まったことではないだろう」
「……それもそうだな」
「え、そんな説明であっさり納得しちゃうの!?」
俺ってどう思われてるんだ……。
『三国一の種馬』
「心の中を読んでまでトドメを刺すのはやめて……」
一体どれだけ俺の心を傷つけるんだ……。すでに傷だらけだし、その通りだから否定もできないんだけどさ……。
「ちょっとみんな。ご主人様と遊んでないで、早く話を進めてよぉ~」
「ご、ごめん桃香……そ、それじゃあ今から回転させるからな。目が回りそうになるぐらいめいっぱい回すからな」
「え、ちょっと……まっ――」
「それじゃあ、ぐるぐるぐるぐる~」
桃香の静止の声を遮るように、桃香の身体を回転させていく。 それはもう、足元が覚束なくなるぐらい全力で。
「ご、ごしゅ、ご主人様ぁあ! も、もう……と、止めてぇええッ!」
「ご主人さま! それ以上やったら桃香様死んじゃうよぉ!」
「そ、そうか……? そんなに回してないんだが……」
桃香の悲鳴と蒲公英の説得により回転停止。
精々10回転と少しぐらいしかしてないんだが、予想以上に桃香はふらふらだった。や、やりすぎたか……?
「うぅっ、気持ち悪いかも……」
今にも倒れそうな桃香だが、スイカ割りはここからが本番。ちょっと可哀想な気がしないでもないが、少し離れた場所から桃香に指示を出す。
「桃香! スイカを割るんだ! 誘導するぞ!」
「え、えぇ……む、無理……そんな、まっすぐ歩けないよぉ~……」
「頑張れ桃香! ほらまずそのまま前に五歩進んで」
みんなが心配そうに見守る中、桃香はふらついた足つきで五歩前進した。
「よし、そこから右に90度ぐらい向きを変えて、再び五歩進むんだ」
「うぅ……みぎ? ……みぎって、どっちだっけ?」
「み、右はお箸を持つ手ですよ桃香さま!」
「……お箸を持つ手は……こっちだね……」
「と、桃香! そっちは左だ!」
「えぇっ!? あ、あれ……じゃあこっち?」
もうほとんど俺の指示など聞いておらず、まっすぐに進んですらいない。ふらついた足取りで直進している気になっているだけだ。
って、ヤバ……こっちは……っ!
「と、桃香待て! そのまま進んだら……!」
「へ? ……って、キャァアアアアッ!!」
スイカとは反対側に居た俺の方へと向かってきた桃香は、そのまま止まることなく俺に体当たりする形でぶつかり、二人して倒れこんだ。倒れる拍子に思わず桃香を抱き抱える形となり、思いっきり後頭部を強打してしまった。
「イッテェ……だ、大丈夫かとう、んむぅッ!」
「あいたたた……な、なんとか大丈夫……ぁんっ、ちょ……ご、ご主人様……動いちゃ、ダメぇ……っ」
「そ、そんなこと言われても……ふがっ!」
抱き合ったまま倒れこんでしまったために、桃香の胸が一刀の顔に押し付けられている格好となってしまっていた。しかもこけた拍子に足を絡めてしまい、桃香はなかなか動けないでいた。
「い、いいから桃香……早く起き上がって……っ!」
「だ、だからしゃべっちゃダメぇっ!」
お互い体勢を変えようと動けば動くほど密接する身体の部分が増え、さらにより密着する形に。桃香が目隠しをしている所為で、余計にイケナイコトをやっている気分になってきてしまった。
ま、マズイ……このままでは……っ!
み、みんな助け……っ。
「ご主人様……そうまでして桃香様とイチャイチャしたかっただなんて……」
な、何を言っているんだ翠!? 俺は純粋にみんなを楽しませようと……っ!
「はわわわわぁ……っ。見損ないましたご主人さま……。いくらご主人さまが変態と言っても、超えてはいけない一線というものがあったはずなのに……」
「あわわわあぁ……ご主人さまがそんなお人だったなんて……」
超えてはいけない一線ってなんだよ朱里!? 雛里も、そんな冷たい眼差しで見つめないで助けてくれよ!
「これはさすがにあたしでも引いちゃうなぁ」
蒲公英、お前そう言いながら口元ニヤけてるじゃないか! 楽しんでるだろこの状況を!
「それでこそ、主ですぞ」
だからってそこで親指立てて肯定するのも結構ショックなんだが星っ!?
「……何を、やっておいでなのですか……ご主人様……っ?」
全身から冷や汗がどばっと溢れ出した。汗自体はすでにだらだらとかいていたのだが、それとは違った汗だ。
この声は畏怖や侮蔑の篭った声ではない。明確な怒気を孕んだ殺意に満ちた声。
(あ、愛紗さん……!? こ、これはあくまでも不可抗力と言うやつでして……って人の話聞くきないですよね!?)
桃香の胸に圧迫され、しゃべろうにもしゃべれずふがふがしているだけで、それがさらに愛紗にはイチャついているようにしか見えず――。
「ご主人様……お覚悟をォオオッ!!」
「ぎゃああああああああああああああああああああッ!!」
スイカではなく、俺の頭がかち割られたのであった。
――30分後
愛紗の鉄槌より目を覚ました俺は、閻魔のような形相で俺を怒鳴りつけてくる愛紗をどうにか説得し、なぜかちょっと恍惚とした桃香に謝罪した。
バタバタと手を振って「いえいえっ! た、ただの事故ですから気にしないでご主人様!」と俺を慰めてくれた。うぅ……桃香の優しさが心にできた傷に沁みるよ。
俺を完璧に変態としか見ていないみんなに、今度こそスイカ割りの意義を正確に伝えるために、今度は俺自身が割る側となることにした。誘導はスイカ割りを否定し続ける愛紗に敢えて任せた。
愛紗の指示は的確……というか、正確過ぎた。スイカのある方向を方角で示し、スイカまでの距離を歩幅何歩分かということまで正確に指示してきた。正確すぎるのも難があるなと思いながらも、愛紗の言われた通りにすると、うっすらと何かがある気配を感じた。同時に愛紗が割るよう合図を出したので、剣道の面打ちのようなスタイルで見事にスイカを割ってみせた。成功したとき誰も喜んだのは驚くなかれ、愛紗だった。まるで自分のことかのように「やりましたね!」と言ってきたときは思わず笑ってしまった。釣られてみんなが笑い出すと、顔を真っ赤にして俯いた。やっぱりかわいいなぁ。
割れたスイカを用意しておいた包丁で切り分け、みんなに配った。
「うおっ、なんだこれすっげぇえうめえじゃねえか!」
「ホントだ! こんなに瑞々しいのにしっかり味があって、すっごく美味しい!」
翠と蒲公英は一口食べると、あとは勢いのままがしゅがしゅと食べることに専念している。
「おいおい、種まで食べるなよ」
「ん……種ってこの黒いのか? あたし構わず食べちまったんだが……」
「わ、私も……もしかして体に悪かったりするの!?」
「そんな焦るほど体に悪いって話は聞かないが……」
確か種を食べる調理法みたいなのがあったはずだし。
「でも一応種は食べないようにしようぜ。 種を植えればまた作れるし」
そうすると返事をすると残っていたスイカをまた食べ始めた。
「っておい! それ俺の分だろ!」
「細かいことは気にするなよご主人様! いやぁ、それにしても美味いぜ!」
くぅっ……! 俺だって食べたいのに。でも、スイカの良さをわかってもらえたからよしとするか。
「それならご主人様。私のを半分どうぞ」
「おぉ、ありがとう。どうだ愛紗。スイカ、悪く無いだろ?」
「はい。 こんなに瑞々しい果実は食べたことがないです。世界にはまだまだ未知の食物がたくさんあるのでしょうね」
「実はスイカって果物じゃなくて野菜なんだよ」
「そ、そうなのですか!? それは驚きです……」
ますます不思議そうにスイカを見つめる愛紗が、なんだかおかしくてたまらず思わず笑ってしまう。
「鈴々ちゃんや紫音さんたちにも食べさせてあげたいですね」
「……鈴々ちゃんにあげたら、きっと皮まで食べつくしてしまいそうなの」
「ははは。鈴々ならやりかねんだろうな。私としては酒を飲んだあとに酔い覚ましとして食べたいところだな」
「結局酒の摘みにしかならないんだな……」
雪蓮が知ったら本当に酒の摘みにしそうだ。
「ところで主。次は愛紗にすいか割りをさせてはどうかな。なかなか見ものだと思うぞ(目隠し的な意味で)」
「あ、愛紗に?」
星の含みのある言い方が何を意味しているのかわかってしまった自分が好きです。
「どうだ愛紗。やってみないか?」
「わ、私などがやったところで何も面白みなど……」
「おや? 天下の関雲長どのは、すいか一つ割れないと? それでは仕方あるまいなぁ。そういうことなら、どれ私が……」
「誰がそんなことを言った! いいだろう、やってやろうではないか!」
星の安い挑発に乗ってしまった愛紗は、憤怒しながら自ら目隠しをする。
じ、自分から目隠しするっていうのも傍から見るとちょっと卑猥な気がしないでもないな……。ま、まぁ本人がかなりやる気のようだし、俺もスイカを準備してっと。
さっきとは少し変わった場所にスイカを配置し、愛紗をぐるぐると回す。
「………………」
回している間何一つ口には出さず、禍々しい気が溢れ出していた。というか殺気が滲みでていた。
あ、愛紗の奴どれだけ本気なんだ……。
そしてスイカがある方向とは少し違った場所で回転を止める。
「あ、そういえば棒を渡して……」
「ご安心を、ご主人様。私にはこれがあります」
そう言って、手に持つ青龍偃月刀を掲げてみせる。
「え、いや……愛紗? そんなもん使って本気でやったら……」
「なに、すぐに割ってみせますから」
俺が心配してるのはそういうことじゃないだが。巻き込まれるワケにもいかないのでその場を離れる。
すると、即座に愛紗は飛んだ。
まだ何も指示は出しておらず、スイカの場所すらわからないはずなのに、迷うこと無く体を反転させると跳躍。一直線にスイカの頭上へ。
「はぁあああああッ!」
「ちょ、愛紗ッ!? そんな本気でやったら……っ!」
すでに偃月刀を振りかぶり、あとは体重を乗せ振り下ろすだけの愛紗に制止の声など届くはずもなく、スイカは見事に割れた。いや、爆砕した。
バキャンッ! と生々しい破砕音と地鳴りを響かせスイカは粉々に砕け散った。
そう、文字通り、散った。
「うわぁッ!? イテッ」
強烈な一撃によって砕かれたスイカの破片と果汁がものすごい速度で飛び散り、 周りにいた俺たちに襲いかかる。
「よっ、はっ、とっ……」
星や翠に蒲公英は当たる直前に後方へ飛び退き回避に成功。しかし、武官でもない朱里と雛里は為す術も無く、二人仲良くスイカの汁まみれとなったのだった。
「う、うわぁあん……朱里ちゃぁあん、べとべとするよぉ……」
「わ、私も……服が赤く染まっちゃってるよぉ……」
互いを求め合うように手を伸ばす朱里と雛里。
……こ、これは所謂『百合』というやつではないのでしょうか。しかもお互い(赤い)汁まみれ。はわわっ! 二人には申し訳ないけど、愛紗グッジョブ!
しかし、元凶である当の本人は誇らしげに偃月刀を肩に担いで、
「ふふっ、どうですかご主人様。気配だけを頼りに見事に割って見せましたとも! 少々力を込めすぎてしまいましたかな……って、へ?」
目隠しを外し寄り添いあう朱里と雛里に、大きくその場から退避した星たちが目に入り、一体何があったのか困惑していた。
「あ、あれ……? 朱里と雛里は一体何を……」
俺が説明をする前に、どうやら周りの状況と、飛び散ったスイカを見て状況を察したようだ。
「すすす、すまない朱里、雛里! 大丈夫かッ? す、すぐに着替えをっ!」
「あぅ……」
「はぅ……」
今にも泣き出しそうな二人を愛紗は横から支えながら、屋敷の中へと入っていった。
何もいえず呆然とそれを見送ると、星が腹を抱えて戻ってきた。
「くくくくっ……まさかあそこまで予想通りにいくとは。いや、朱里と雛里の絵を入れるとするならば、予想以上というべきか。なんにしても実に面白い余興だったな主よ。すいか割りとは楽しいものだな」
「こんなことになるなんてちっとも思わなかったがな……」
よく考えたら、結局俺しかまともにスイカ割りしてないし。
「どうする。次は翠にでもやらせてみるか」
「あ、あたし!? あたしはいいよあたしは! あたしなんかより蒲公英やれよ!」
「ちょっとお姉さま! 私に振らないでよ!」
錦馬姉妹が喧嘩をしている間に、俺は一人飛び散ったスイカを片付けることに。
「おや、何をしておいでなのですかご主人様?」
「お館様が一人で掃除、などというワケでもありますまい」
声の主は、属の領土の視察から戻ってきた紫音と桔梗、それに焔耶だった。
「紫音、桔梗。おかえり。どうだった、蜀の領土の方は」
「今のところ大きな問題は見受けられませんが、やはり小さな問題はいくつか……その報告は後日ある三国会議の場で」
「わかったよ。……で、悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれない?」
「はぁ……しかしこの惨状、一体何がおありでしたのですか?」
スイカ割りまでの経緯と、その結果を大雑把に説明する。もちろん、桃香との事故や朱里と雛里のことは伏せて。
「なるほど。そういうことでしたら、後始末は私が引き受けます」
「いやでも、やろうって言い出したのは俺だし、そのぐらいはきっちり俺がやらないと」
「ふふっ、そうですか。ならお手伝い致します」
「よろしく頼むよ……ところで焔耶、何をそんなソワソワしてるんだ?」
「い、いや……そのすいか割り、というものに少し興味が湧いたのだ」
なんと。あの説明で興味をもつとはどういうことだ? しかもこういうことに一番関心がなさそうな
「じゃ、じゃあ試しにやってみるか……?」
冗談で言ったつもりが、焔耶は待ってましたと言わんばかりに頷いた。
「なんだ、焔耶もこういう余興に興味があったのか」
「そ、そういうわけでは……たまにはこういうのも悪くないかなと思いまして」
「なになに、あんたって実は結構子どもっぽいところあるんだ」
焔耶の意外な一面を知って蒲公英がおかしそうにつついた。
「う、うるさいっ! 貴様には関係ないだろ!」
「何よその言い草!」
「まぁまぁ。二人とも抑えろ。まぁ、お前がやりたいようにやれ焔耶」
意気揚々、はいっと元気に返事をする。蒲公英は若干不貞腐れながら何よ脳筋がと毒づいていた。翠は苦笑しながらそれを見守る。
焔耶にもう一度詳しく内容を説明したあとで、目隠しをさせる。微妙にノリ気な桔梗に焔耶を回してもらう―これがまたノリノリである―と……。
「え、焔耶……?」
「ん? どうした館。何か問題でもあったか?」
問題もなにも、俺の渡したはずの棒をどこにやった。そしてなんで……。
「なんで鈍砕骨を持ってんだよ!」
「何でも何も、あんな棒では命中率が落ちるからな。やはりこれが一番だと思ったのだ。威力も高まる」
「威力は高くなくていいんだよ! スイカ割りって言っても、当てればいいようなもんなんだから!」
「それではすいかに負けたことになる。私は完全勝利がいいのだ!」
「何いってんのよこの脳筋が! いいからその武器を置きなさいよ!」
「うるさいッ! お前は黙って見ていろ!」
目隠ししたままなのになんでそんなに強気なんだ。
「では……ゆくぞっ!」
焔耶は初めの位置から一歩も動かずに、その場で鈍砕骨を振り上げた。……ってなんで!?
「お、おい焔耶……一体何を……っ」
「スイカの配置は最初に見えていたからな。回転数と角度から考えるに、恐らくこの方向にすいかがあるはずだ。ならばあとは、全力で粉砕するのみッ!」
し、しまったッ! 焔耶が目隠しを始めたタイミングと同時にスイカを設置したから、ギリギリ見られてたのか! 完全に俺のミスだッ!
ってそんなことより、まさか焔耶は……っ!
「焔耶よ、すいかは目の前にあるぞ」
「ちょっ、桔梗っ!? 何教えてんだよ! このままじゃ……っ」
「やはりですか! ならば……ッ」
鈍砕骨を握る手に力を込め、一歩足を退くとロケットスタートのごとく体全体で飛び出した。
「オオオオオオオッ!! 破砕撃ッ!!」
「やめろォオオオオオオオオオオッ!!」
大地を揺るがす一撃は、爆音を響かせながら、スイカと共に蜀の屋敷の庭を穿った。
その後、地震かと勘違いしそうな程の地響きを聞きつけてやってきた三国の面々に必死に事情を説明するも、俺の監督不行き届きということになり、焔耶の一撃によってまるで隕石でも墜落したかのようなクレーターとひび割れた地面の補修を言い渡された。さすがに一人では無理だと必死に泣きついたところ、三羽烏こと凪たちにも援軍を要請。一週間昼飯を驕るということで交渉が成立した。はぁ……懐が寒い……。
ちなみに、残りのスイカはその場で振舞った。みんな見知らぬ食べ物に最初は抵抗があったようだが、季衣や春蘭が食べ始めるとみんな美味しいと顔をほころばせていた。
料理上手で珍しい食材にも詳しい華琳ですら驚いていた。あんなに驚いていた華琳はめったに見られない。一緒にいた雪蓮に散々いじられていた。
その雪蓮は雪蓮で、食べるなり「お酒で酔ったあとに食べたいわねぇ」などと星と全く同じことを言っていた。その直後に冥琳に怒られていたのは言うまでもない。
結局、スイカは高級食材のような扱いとなり、採れた量をきっちり管理するよう華琳が言い渡した。
ドタバタしてしまったが、本来の目的であったみんなを労ることはできたから、俺は満足だった。
今度は、実際に海の浜辺で三国一緒にやりたいなぁ。水着姿で目隠しして砂に足を取られてこけたりしてハプニングでポロリっ……、なんてことが起きたら俺の命が危ない……。
またこうしてみんなと遊ぶそためにも、明日からまた仕事を頑張ろう!
待っていろ、真夏の海でのエンジョイライフ!
蛇足だが、鈴々はと言うと……。
「はぁ~。お腹いっぱいなのだ。そろそろ戻るとするのだ」
屋台の食べ歩きをしていた。城に戻ってきたのは陽がすでに沈んでからだった。
その後、桃香たちからスイカの話を聞いて夜遅くまで大暴れしたとか……。
~おしまい~
『萌将伝』発売おめでとうございます!
自分も現在プレイ中です。
プレイ後にこのおはなしを作ろうかとも思ったのですが、気づいたら手が勝手ニィ。
というわけで、前シリーズを放ったらかしにしての「恋姫†夏まつり!」応募作品です。
今回は「夏」ということで、なぜか真っ先にスイカ割りが頭をよぎりました。
真夏の太陽の下、海辺で水着を着たかわいい恋姫の武将たちが目隠しして超絶ボディスタイルでスイカ割り……ぶはっ(吐血)
誰かそんな絵を書いてくれないかなぁ……書いてくれないだろうなぁ……。
にしても、自分が書く一刀はなんだか原作より少しアグレッシブな気が……まぁ、いっか(笑)
話はそれますが、萌将伝において、一部の将の不遇っぷりが問題視されてますね。
自分としても是非ともなんらかの対策を講じて欲しいのですが、難しいでしょうね……。
だからこそ! 無いのなら、作ればいいじゃないか!
という意気込みでこの祭りに参加しようと思っております。
それでは皆様、よい恋姫ライフを。
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炎天下の空のもと、今日も仕事に追われる一刀の耳に飛び込んできたのは、スイカが採れたという話だった。
耳を疑った一刀だったが、実際にスイカを目にするとある妙案が頭をよぎった。
「みんなでスイカ割りをしよう!」
果たして、常識が通じない武将や軍師たちはまともにスイカ割りなどできるのか!?
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