段々と小川が狭まり、苔が生えゴツゴツした岩が顔を出し始め、
道が道で無くなってきた。山中に流れる道ならぬ小川の岩場。
岩から岩へと飛び移り、よじ登り…あっ! 余計な事を考えていた所為か、
苔で滑りよじ登る途中で、下の岩に落ちてしまった。
幸い大した高さでも無いのだが…岩の上から苦笑いして見下ろしてくる
リフィルの視線が打ち付けた尻より痛い。 彼女は軽く溜息をつき休憩すると
言ってくれて助かった。もう、足が限界にきていたんだよ。
歩き難いわ遠いわで…問題のアンシュパイクまではどれくらいかかるのか。
休憩がてら尋ねるとこの山越え最短ルートを通っても、ニ十日はかかるとの事。
「に…にじゅう…」
余りの遠さに眩暈がしたのか、がっくりと首を落とす。 それを横目で見たのか、
また溜息を一つ吐き、途中に村があるのでそこで馬を借りれば半分で済むと。
思わず喜びが顔に出てしまった俺。時間が半分になり、
尚且つその半分が馬での移動。村が楽しみで仕方無い…ん?
「顔に出ているぞ。君は嘘がつけないようだな」
猪娘にそれを言われたく無いな。全く…ん? てことは全滅したとか嘘とバレて。
また溜息を吐かれた。そして、彼女が一撃でガイアスに倒された事。
アリア達から頼まれた事。まぁ…一部こっちの勝手な解釈だが、逆にそれが
真実味があると納得してくれた様だ。 話ながらも彼女は周囲の警戒を怠って
おらず、どっちが守られてるのか判らないこの現状。
休憩がてら、こちらの好奇心を満たさせて貰おうかと、隻眼の女王について
もう少し彼女に詳しく尋ねてみた。
「はぁ…。子供でも知っているこの大陸の女傑だぞ?」
溜息が癖なのか、事あるごとに溜息を吐くなこの子は。まぁいいか。
更に詳しく聞くと、高熱を発する剣フランヴェール。
退治した鉄の獣は、小さい山程ある大きさの犬の様な姿だったらしい。
山程ってどれだけ大きいんだ。然しリザードといいヒュドラといい。
地球上だろうに、見たことの無い物がこんもりと出てくる。
腑に落ちない事が沢山だ。そもそも、そんな力のある剣やら、
アーサー王のエクスカリバーとかもそうだが、ただの創り話だろう?
考えれば考える程に判らない。…考古学者は常にこんな悩みなんだろうな。
古きを知る為に遺跡を掘り返して、石碑解読したりと…それが正しいのかは
さておきとして、ふむ。少し興味が沸いてきたな。
恐らくは、隻眼の女王様とやらに会えば、全てとはいんずとも、ある程度教えて
くれる筈だ。関わってしまってるからな…殺されるという可能性もあるが。
それは考えないでおこうか。 俺は重い腰を上げて、そろそろ行こうかと
周囲を見張っているリフィルにいうと、彼女は頷いて先へと急いだ。
それから山道を進む事、5日程。ようやく小川が少し大きくなり道が開けてきた。
途中、木の実を取ったり食料の調達に苦労したが、なんとか次の村が見えてくる。
軽く、右手で日光を遮りつつ遠くを見ると、まだ結構歩く必要ある様だが…。
目的地の見えないまま歩くより遥かにマシ!である。
然し、このリフィルは全く喋らない。常に周囲に気を配っているのか口数が少ない。
笑い話の一つでもしようかと、アリアのちょっとマヌケな話を一つした所。
溜息を漏らして聞き流された。 …この子の性格いまだに判らないな。
俺が気楽過ぎるのか、そうなんだろうな。そのまま進む事二日程、ようやく村の
入り口へと辿り着いた。活気があるわけでもないが、寂れているわけでも無い。
至って普通の村の様だ。左右を確認してみると、木製の家に同じような家畜に
畑と…おお、馬がいる馬が。白と黒と…茶色というか赤毛というのだろうか。
三色の馬が小屋から顔を出して餌を食べている。 これで移動が楽になりそうだ。
俺よりも先に、リフィルが馬小屋の傍に居た飼い主だろう、人物。
紺色の厚手の服に、やや白髪の混じった中年に声をかけ、馬を借りようとしている。
馬主の人が良いのか? それとも国の名前を出したのか…判らないが。
馬小屋から二頭の馬を連れ出し、俺の方を見て手招きしている。
どうやらOKの様だな。安心して傍に駆け寄ると、
これはまた逞しい馬が二頭並んでいる。早速、馬に跨ったリフィルを見て俺も俺も
と…。乗り方が全く判らない事を忘れていた。確かこの…鐙だったか。
足をひっかけて乗るんだよな。 早速試した所…案の定、尻から落ちた。
いかん、いかんぞ。周囲の視線が痛い。軽く笑われた俺は、馬主から馬の乗り方
を軽く教わり、手綱を左手に集めて、左足を鐙にかけて右足で地面を蹴る。
…その間、後ろで馬主さんにお尻を押して貰っていたのは秘密だ。
さて、乗ったのはいいが…どうやったら走ってくれる? まさかアクセルやブレーキ
なんて付いてる筈もないような、馬に。あれこれと暫く馬主が俺にかわり、
蔵やら手綱やら点検や調整でもしてくれているのだろうか。それを行いつつ、
乗馬の仕方から走らせ方から止まり方まで丁寧に教えてくれた。
リフィルは呆れた顔で、またしても溜息を吐いてこちらを見ている。
畜生…いまに見返してやるぞ。 そして、なんとか馬を走らせるまでに至った
俺はそのまま村を出る。馬の両脇には馬主から頂いた水と食料。
勿論、タダでは無く。リフィルが持っていた金貨か何かと交換していたようだ。
村から出ると、今までは森が広がる地域に居た所為か、距離感が狂いそうになる
程の平原だった。正直、水平線は見たことあるが…地面に立って地平線を見る
のは初めてだ。陽も半分沈みかけ、片方が暗く片方が朱に染まっている。
なんとも見応えのある景色を両脇に従えつつ、俺は慣れない乗り方でリフィルの後
をついていった。
馬に乗り、身を切る様な凍て付く風が吹く草原を駆け抜ける事4昼夜ぐらいだろう。
ようやく街らしき影が地平線の彼方に見えてきたようだ。 然し城らしきものが
見えないな…。いや、それよりも…尻が痛い! 馬に乗るのがこんなに最悪だと
は思わなかったぞ! 馬が地を蹴る度に、蔵か何かに叩きつけられて尻が痛い!
恐らくお猿のお尻の様に真っ赤だぞ俺の尻。 痛みを必死で抑えてリフィルの後を
ついていく事、更に一昼夜。ようやく街の入り口に俺達は馬から下りて立っていた。
「…はぁ。情けない奴だ」
うわー…溜息を吐きながら、尻を押さえて中腰になっている俺を苦笑いしてみている。
良い所無いな本当に。…いや、それよりも白い家…恐らく石か何かだろうか。
所々に木製の家も立ち並んでるが…赤茶色のレンガの家もあるな。
レンガといえば、街に入ると足元にレンガが敷き詰められている。
建物に統一性は無く、住んでいる者の趣味で様々な様だ。…それはいいとして、だ。
城はどこにある? 女王と言うからには城があるだろう?普通。
周囲をキョロキョロと見渡しながら、街中へと入っていくリフィルを追うと、
これまた活気のある街だな、見た感じこの街の住人とは違う格好をした行商人だろう
そんな者達が、様々な交易品を道に並べて声を上げ、新鮮そうな野菜や果物を
屋台の様なものに乗せ、両手に野菜を持って笑顔で売りさばいているオバサン。
子供は何か木の棒か何かで、懐かしいなよくやったわ…チャンバラごっこみたいな事
をしている。 余りの活気のある街に俺は呆然と見て歩いている。
「この国の王がどれだけの人物か、伺えるだろう」
その通りだ。王がすさんでたら街もすさんでいく。街はその国の王の映し鏡みたいな
ものだろうしな。こりゃ会うのが楽しみだな。賢王という類の人物なのだろうか。
…にしても城が無いが。どうしたことか。
「城でも探しているのか?」
リフィルに見抜かれたついでに、その疑問に答えて貰った所。アンシュバイクに城は
存在しないという事らしい。当の本人がそれを必要としない以上建てる必要も無いと。
一体どういう人物なのか…。 考えている俺の目に一際大きな噴水が入ってきた。
噴水の傍らに竪琴を奏でる吟遊詩人だろう。何かを唄っている。
「ああ、このアンシュパイクの生い立ちの唄だな」
何度も聴いた事があるんだろう、吟遊詩人の方を見てから俺にそう答えた。
これは情報を得るのにまたとない機会。 リフィルに悪いが俺はそこに立ち止まり
その唄に、子供達と一緒に耳を傾ける。
詩は吟遊詩人の口から美しい声色と共に唄われ、ひとしきりそれを聴き終えて纏めると。
相当な人物だと言う事が判った。先ず、例の鉄の獣。それとの戦いの地がここであり、
元々ここも山々に囲まれ、緑に覆われていたが、その戦いの最中、山は消し飛び
森の殆ど焼け焦げ、荒野とはいかなくとも、平原となったらしい。
そして、それを退治した一つの騎士団。隻眼の女王アルヴァ=セティウス。
何処からとも知れず現れた彼女は、とある国から騎士を数十名引き連れ。
仲間の犠牲の上に、ついにその鉄の獣を討伐する。決め手となったのは、
彼女の持っている真紅の剣、フランヴェールで唯一その鉄の獣を傷つけた。
その後、その剣はその獣を倒す為に存在したかの様に、鉄の獣を倒した際に力を失った
という。それからというもの、アルヴァはこの地に留まり、一人で荒れた大地に
赤茶色のレンガを敷き詰め続けたと。…街を起そうとしたのだろうか?
真意は本人にしか判らないのだろうが、まぁ…相当な人物である事は確かな様だ。
感慨に浸っている俺の頭を、突如鈍痛が襲い、右手で頭を押さえてリフィルの方を
向くと、どうやら早く用事を済ませたいらしく苛立ちを顔に出し、剣の収まった鞘
をまた俺に振りかざしていた。 こりゃたまらんと足早に噴水を後にする。
噴水から街中を歩く事、三十分程。一際大きいお屋敷だろうか。それが見えてきた。
リフィルの歩く方向からするとそこにいるんだろうな。
屋敷の入り口に差し掛かると、一際大きな怒鳴り声と、それから必死で逃げる
ほぼ全裸で泥だらけの子供達。 その怒鳴り声の主は、片手に泥だらけの子供服を
抱え込んで逃げる子供達を追いかけている。 なんとも和む光景だが、
一つ気になった…というか、追いかけている女性の片目に、
大きな眼帯がつけられている。…髪も紫…まさかな。いやまさかだろ。
いやいやいや、と肯定と否定を脳内で繰り返しいる内に、リフィルが逃げる子供達を
捕まえて、そのまま眼帯の女性に跪いた。…何か普通に孤児院のオバサンて感じな
のだが、この人が隻眼の女王なの…か? うお~…
かたっくるしいとばかりにリフィルの頭をバンバンと叩いている。豪快そうだなおい。
俺は声が辛うじて聞き取れる位置で見ているだけだったが、
二人が俺の方を見て気が付いた事がある。そういや村の事を伝えられるのは
俺だけだったと。 慌ててかけよって、深く頭を下げると…頭を叩かれた。
どうもこの人、へりくだった姿勢が嫌いな性分の様だ。 頭を上げて彼女を見ると、
そこそこ歳はいっている様だが、まだまだ美人で通るだろう容姿をしている。
と、そんな事を考えている暇は無いな…と、俺は村の事を知りうる限り彼女に話した。
暫く黙り込んだ彼女は、俺達を屋敷の内部へと招き入れる。
どうやら、彼女もザンヴァイクとセイヴァールの動向が気になり偵察を出していたらしく。
その偵察より一足早く情報を得られた事に満足している様だ。
いや、…娘が無事だった事に安心したのだろうか、それは判らないが、
ようやく遺跡の事を含め、様々な事が判るだろうと、俺は期待に胸を膨らませて
屋敷へと招き入れられた。
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