No.159864

夏の終わりに来たメール

黒梅さん

電撃MAGAZINの読者投稿コーナーに一年前投稿した作品です。二千文字以内が条件なので文字数減らすのに苦労したのは言うまでもないですw

あとがき
一年前は3D映画なんてやってなかった(はず)ですし、テレビの3Dも知らなかったですが、読み直してみて今ならこの携帯も結構現実的だなぁなんて思ったりw

2010-07-22 21:55:07 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:324   閲覧ユーザー数:313

 
 

「――っしゃぁぁぁ!」

 

 道の真ん中で昼間からけたたましく鳴く蝉の声に負けないほどの大声を上げても通行人や周囲の

人は誰も不思議に思わない。むしろ小さな箱を持って立ち去る僕に拍手をしてくれる。そんな異様

な空気に包まれるここは……携帯電話のショップだ。

 

 夏も終盤に差し掛かったが大学生の夏休みはまだ半分残っている。

 

その日は近ごろ話題沸騰の次世代携帯電話の発売日で、僕は朝早く起きてその携帯を買いに来ていた。

 

 なんでもその携帯は今までにないほど小型化されているにも関わらずパソコン並のスペックと多様性があり画面が立体的に見えるだとか……とにかく革命的なほどハイテクなのだ。

 

とはいえ極度の新しい物好きな僕はいつも一年も使わずに解約するので今回は一年契約にした。

 

 帰り道、早速弄りたいという煩悩が頭に蔓延していた。

 

 結局僕は欲望に負けて箱を開けて携帯を弄り始めた。新品だからか電池の残量は1を示していた。

 

 しばらく弄っていると着信音1が鳴り一通のメールが届いた。どうせ製造会社からの無駄に長々しいお買い上げありがとうございますメールだろうなと察しながらも、メールを開けてみた。しかし、意外にもそこに書いてあった文章は短かった。

 

『あなたがマスターですか?』

 

「……どうゆうことだ?」

 

 そしてその瞬間

 

「――!」

 ――ぶちっ

 

 一瞬画面の上に人影が浮かび上がりすぐに電源が切れた。

「あ、電池切れた……つーか今のなんだ?」

 

 今のもこの携帯の機能だろうか。

 

 とにかく家に帰って落ち着いて弄ろうとその場は落ち着いた。

 

 家に帰って充電を始め、電源を入れると急に画面の上に少女が浮かび上がってきた。

 

「おはようございます! マスター!」しかも喋った。普通に挨拶もしてきた。

「え……あーどうも……」

「冴えないマスターですねぇ、もっとしゃきっとして下さい」

 

 ――僕は夏の終わりに口うるさい少女と出会った。

 

 結論から言うと彼女はこの携帯の機能でもなんでもなかった。むしろバグらしい。しかも自我を持った特別製。

 

この携帯の開発中に偶然が幾重にも重なり生まれ、開発が終わるまでは開発者のパソコンのデータフォルダの隅に身を潜めて、完成した携帯の初出荷にまぎれて外に出てきた。そして外に出るとき隠れ蓑にしたのがこの携帯。と言うのが彼女の説明。

 

 彼女は三年もの間身を潜めていたらしい。まるで蝉だ。うるさいし。

 

 因みに立体になって顕現すると電池を相当消費するらしい。なるほど、あのとき一瞬で電池がなくなったのも納得できた。

 

 そして僕は彼女にフォンと言う名前を付けた。自分のセンスの無さに落胆した。すると追い討ちをかけるように言う。

 

「電話だからフォンですかぁ? センスが――」

「う、うるさい! 自分でもセンスが無いことくらい分かっているよ。あんまり言うと充電してあげないぞ」

「あ、脅迫。ふーん……じゃあマスターのユーザーフォルダに入っている二次元画像集を添付してアドレス帳全員に送信しますから。件名はハァハァでいいですか?」

「うわっ! フォンなんで知っているんだ!」

「家に居る間はいつも充電すること」

 

 完全に主従関係が反転した瞬間だった。

 

「今月の電気料金が心配だ……」

「マスター、それと」

「……フォン、まだ強請る気か」

「いえ、名前つけてくれてありがとうございます」

 

 フォンは小さな瞳で僕を見つめていた。自分の鼓動が加速するのが分かった。

 

「どういたしまして、フォン」

 

僕は彼女を段々と携帯としてではなくフォンとして見るようになっていった。そして、いつしか携帯電話に対してありえない感情が生まれていた。

 フォンが家に来てから十日ほどたったある日、日没の近づいた夕方に黒服強面のお兄さんが来た。

 

 簡潔に述べればフォンの回収に来たらしい。フォンの存在、脱走は開発者にばれていたようだ。

 

玄関で睨み合い対峙する僕とお兄さん。

 

別れの時間を五分やると言われ、僕は自分の部屋に向かった。

 

 そのときお兄さんは「逃げても無駄だぞ。電源を入れている限り探知してどこにいるかすぐ分かるからな」と言った。嫌なヤツだ。

 

部屋に戻るとずっと黙っていたフォンが口を開いた。

「マスター、ここでお別れです。電源を切ってもうこの携帯は解約してください……」

 

 僕の心の中で渡すなんて選択は無かった。

 

電源を入れていると追いかけてくる、だけど電源を切るとフォンに会えない。決断を下す時間は刻一刻と迫っていた。

 

外で一匹の蝉がジジッと息絶えた。

 

「フォン……解約するよ」

 

 フォンは瞼を閉じて少し寂しそうな顔をした。

 

「そしてもう一回契約する。次は一年契約じゃなくて無期限の契約だ」

「マスター!」

 

 息絶えたと思った蝉はジーッジーッと再びうるさく鳴き始めた。

 

 僕たちは窓から外に逃げ、日が暮れて暗くなった道を走った。走る手に握った携帯から小さな声で「ありがとう」と聞こえた気がした。

 

 僕の眼下を染める暗闇と、この先の不安を明るく照らすのは携帯電話の液晶画面だった。

 

 
 

 
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