第六話 ~~微笑(わら)う覇王~~
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「隊を小さくまとめて、敵の突出している部分に一気に突撃してください! 敵に打撃を与えた後はすぐに後退! これを繰り返して敵の外側を少しずつ削っていってください!」
「はっ!」
陣には朱里の指示が響き、伝令兵がそれを聞いてすぐに戦場へと走り出す。
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戦場を駆けている愛紗に、伝令兵から作戦が伝えられた。
「鈴々、星、聞いた通りだ!兵を固めて一気に突くぞ!」
「承知!」
「了解なのだ!」
愛紗の号令で、兵士たちはひとつの槍となって黄巾党にぶつかった。
先頭を行く愛紗に続いて、兵士たちは次々に賊を斬り倒していく。
「よし、いったん退けぇ!」
素早い突撃のあと、すぐに隊を退く。
そして体勢を立て直しては、もう一度ぶつかる。
これを繰り返すことで、味方にはほとんど損害を出さずに、少しずつだが確実に黄巾党の数を減らしていった。
―――――――――――――――――――
「戦況はどんな感じ?」
一刀は指示を出している朱里と雛里に尋ねる。
「・・・どうやら孫策さんの軍がかなり奮闘しているようです。 愛紗さんたちも指示通り上手く戦ってくれています・・・・ただ、一つ気になることが・・・」
「気になること?」
「はい。 実は先ほどから、曹操さんの軍だけ陣から動こうとしないんです。」
「曹操が?」
――――――――――――――――――黄巾党と諸侯たちの戦いを、曹操は陣からただじっと見つめていた。
「桂花、状況は?」
曹操に問われ、傍にいた少女、筍彧が答える。
「はい、やはり孫策の軍が圧倒しているようです。 あとは袁紹の軍も、数にモノを言わせて相手を圧しています。」
「そう。 まぁあの高飛車女は相変わらずね・・・孫策の方は、さすがは江東の虎の娘、といったところかしら・・・他の群はどう?」
「他に目立つような活躍をしているのは、西涼の馬騰・・・それから、劉備の軍くらいです。」
「劉備・・・?最近天の御遣いが傍に付いたという噂の?」
「はい。 少ない兵数ながら、うまく立ち回っています。 よほど優れた軍師がいるのか、それとも天の御遣いとやらの力なのか・・・」
「ふ~ん・・・天の御遣い、ね。 面白いじゃない。」
曹操は口の端に笑みを浮かべる。
「それから、作戦の方はどうなっているのかしら?」
「ご安心ください。 秋蘭の部隊が上手くやっているはずです。」
「そう、ならいいわ。」
「華琳様ぁ、私はいつになったら戦えるのですか?」
筍彧の反対側に立っていた夏候惇がすがるような声で曹操に言った。
「言ったでしょう春蘭。 この戦い、私たちは表立っては参加しないわ。 あなたはそこで大人しく見ていなさい。」
「そ、そんなぁ~・・・・」
「まったく、これだから脳みそまで筋肉でできてる戦バカは困るのよ。」
そんな夏侯惇を横目に見ながら、筍彧は意地の悪い笑みを浮かべる。
「な、なんだとぉ!? お前の方こそ、頭にばかり栄養が行って体はちんちくりんではないか!」
「なんですってぇ~!?」
「二人ともやめなさい! 騒がしいわよ!」
「うぅ・・・」
「・・・申し訳ありません。」
曹操の一言でにらみ合っていた二人はすぐに大人しくなった。
そして曹操は戦場の方へと視線を戻す。
「フフ・・・孫策も天の御遣いも、せいぜい賊相手に暴れているがいいわ。 最後に笑うのはこの曹孟徳なのだから。」
遠く前方の戦場を見つめながら、再び曹操は笑みを浮かべた。
――――――――――――――曹操の見つめる先、大軍ひしめく戦場の中に夏候淵はいた。
しかし彼女は決して周りの軍に交じって賊と戦っているわけではない。
むしろその逆である。
「はぁ・・・華琳様のご命令とはいえ、こんなみすぼらしい格好をせねばならんとは・・・」
自分の体を見下ろし、小さく呟く。
彼女は周りにいる賊たちと同じボロボロの服を着て、黄色い布を身に着けていた。
つまり彼女は、変装して黄巾党に潜入しているのだ。
まわりには同じように変装した部下が十人ほどついている。
その格好はとても一軍を率いる将のものとは思えず、何度もため息が出た。
その直後、横からどこかの軍の兵士が斬りかかってきた。
「覚悟ぉ!」
「ちぃ・・・っ」
振り下ろされた剣を夏候淵は難なくかわした。
「・・・剣術はあまり得意ではないのだがな。」
“グサッ!”
「がぁっ!?」
兵士が二撃目を放つより早く、夏候淵は腰に差していた鉄剣を抜いて兵士の体を貫いた。
剣を抜くと、兵士は力なくその場に倒れこんだ。
倒れた兵士を見下ろし、夏候淵は眉をひそめる。
「まったく・・・作戦のためとはいえ、本来敵対していない相手を殺すというのは少々忍びないな・・・」
黄巾党の姿をしているのだから当然と言えば当然だが、今のように兵士に襲われるのはこれが初めてではなかった。
その度に兵士を返り討ちにしていき、今ので何人目だろうか。
しかし作戦のためと自分に言い聞かせ、夏候淵は非情に徹していた。
「さて、あまり時間はかけられん・・・急ぐぞ。」
周りにいる部下に声をかけ、さらに先へと進んでいった。
曹操から言い遣った作戦を成功させるために・・・・・
―――――――――――――――戦況は誰の目にも明らかだった。
数では勝っている黄巾党だが、これだけの数の正規軍を相手に敵うはずもない。
最初は保たれていた均衡も、孫策軍や北郷軍をはじめとする諸侯の活躍によりすぐに破れ、完全に黄巾党が圧されていた。
そんな黄巾党の最後部、ひときは厚い兵で守られた一帯の中心に、三人の少女が居た。
この黄巾の乱の首謀者とされている張角と二人の妹、張宝と張梁である。
「・・・ねぇ天和姉さん、ちょっとヤバいんじゃないの?」
自軍が圧されている状況を見て、次女の張宝は姉の張角に言う。
「う、うん・・・どうしよう、人和ちゃん・・・」
「どうしようって言われても・・・」
張角は次女からの質問を三女の張梁に振るが、張粱も考えが浮かばずに黙ってしまう。
この反乱の首謀者などと言われている彼女たちだが、自ら望んでそうなったわけではなかった。
もともと、旅の芸人としていろいろな村や町を回って歌を歌っていた彼女たちは、ある日骨董店で『太平洋術』と書かれた古びた本を見つけた。
まるで何かに引きつけられるようにその本を手にし、その本に書かれていた通りに行動していたのだ。
すると次第に自分たちを慕う人々が増えていき、気がついた時には手がつけられないほどの規模になっていた。
「・・・どうして、こんなことになっちゃったんだろうね・・・」
張角はうつむき、小さく呟く。
その言葉を聞いて、二人の妹も表情を暗くした。
別に何か見返りが欲しかったわけでもない。
ただ少しでも多くの人に自分たちの歌を聴いてほしかった。
それだけだったはずなのに、なぜこんな事態になってしまったのか。
三人の頭には後悔ばかりが積み重なっていた。
「・・・ねぇ、やっぱりにげようよ!」
「逃げるって・・・どこに?」
「わからないけど、ここにいるよりましでしょ!?」
このまま戦っても自分たちは必ず負ける。
そうなれば、自分たちはこの大反乱を起こした張本人として殺されるだろう。
それならば、行くあてなどなくてもここを離れた方がいい。
そう考えて、張粱は必死に二人に訴える。
「・・・ちぃ姉さんの言うとおりだわ。」
「人和ちゃん・・・」
張宝の意見に、黙っていた張粱が口を開いた。
「このままここにいても殺されるだけ。 だったら早くここを離れるべきだわ。」
「・・・悪いが、そうはいかんな。」
「誰!?」
三人の会話に割り込むようにして現れたのは、黄巾党の姿をした夏候淵だった。
そして、三人のまわりは彼女の部下の兵士達ですでに囲まれていた。
「なんだ、あなたたち味方でしょ!どうかしたの?」
まさか目の前にいるのが自分たちの敵などとは思いもよらない張宝は、強気な態度で夏候淵を睨みつける。
だが張宝の言葉に、夏候淵は表情を変えることなく答えた。
「・・・すまないな、私たちは残念ながら黄巾党の者ではない。 私の名は夏候妙才。 曹操様に仕える将軍だ。」
「なっ・・・曹操!?」
相手の正体が分かった瞬間、張粱の表情が驚きに変わった。
「逃げよう、二人とも!」
「きゃっ・・・ちぃちゃん!?」
張宝は二人の手をとって振りかえり走り出した。
だが夏候淵の部下によってすぐに行く手を阻まれてしまう。
「くっ・・・!」
逃げ場のない状況に、三人はゆっくりと後ずさる。
「逃がさないと言っただろう?」
背後からゆっくりと夏候淵が歩み寄る。
彼女の声は実に冷静で、張角たちにしてみれば逆にそれが恐怖に感じられた。
「・・・私たちを殺す気?」
張宝は振りかえり、夏候淵を睨みつける。
だが夏候淵は相変わらずその冷静な表情を崩さず、ゆっくりと答えた。
「フフ・・・安心しろ。 お前たちを殺すつもりはない。」
「・・・どういうこと?」
今度は張粱が険しい表情で問いかける。
「私は曹操様の命令で、お前たちを捕えに来たのだ。」
「なっ!?」
「なんですって!?」
「・・・・?」
予想外の返答に、張粱と張宝は再び声を上げた。
その横で、ただ一人話をつかめていない張角は“きょとん”と首をかしげる。
「我が主は、お前たちの力を欲しがっている。 もしおとなしく付いてくるのであれば、何も危害は加えんよ。」
「・・・本当ですか?」
張粱はそう言いながらも、まだ信じていないと言った様子でじっと夏候淵を見つめる。
自分たちはすでにこれほどの騒動を起こしてしまっている。
危害を加えないなどと言われたところで、素直に信じられるはずもなかった。
「あぁ。 まぁ他の群を欺くために表向きはお前たちを討ち取ったということにしておくが、そうすればこの戦いも終わり、これ以上犠牲も出なくて済む。 お前たちにとっても悪い話ではないと思うが?」
この黄巾の乱が、三人の望んだ事ではない事を曹操は知っていた。
だから夏候淵を使い、彼女たちの説得に向かわせたのだ。
「・・・どうする?姉さん。」
夏候淵に対する警戒は緩めないまま、張粱は二人の姉に問いかける。
「そ、そりゃあ・・・助かるんならそれが一番だけど・・・天和姉さんは?」
「へ?私はちぃちゃんと人和ちゃんが一緒ならそれでいいよ?」
長女の張角はこんな状況にも関わらず二人の妹に笑顔を向ける。
この少女はいつもこうだった。
一見何も考えていないような姉のこの笑顔に、妹の二人は何度も救われてきた。
そんな姉の笑顔を見て、張粱は静かに頷いた。
「はぁ・・・分かった。 曹操につきます。」
「そうか。」
半ば諦めたような張粱の返答に夏候淵は笑みを浮かべるでもなく、ただ作戦が成功したことに安堵した。
「では行こう。 あまりここに長居はしていられん。」―――――――――――――――――
~~一応あとがき~~
というわけで華琳さん初登場の六話です。
黄巾党の話をどうやって終わらせようかなと考えたのですが、曹操の一人勝ち的な感じにしてみました。
次回で一応黄巾党編は最終章になります。
また読んでやってくださいww
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六話目です。
今回は曹操初登場ですww