真なる世界へ 第3話
――そして夜。
万が一に備え、俺たちは外套を羽織って城へと向かった。
正面からの侵入は愚策。ならば城壁を上るしかない。
「・・・神星刀・・・朱雀」
腰に下げている刀、神星刀に手を添える。
・・・思ったとおり。
神星刀にある絵柄の一つが鈍く輝き、紅き羽を顕現(けんげん)させた。
「・・・クゥ?」
「・・・・・(ぽー)」
あぁ、羽根を見るのは初めてか。
とりあえず軽く放心しているクゥを持ち上げて飛ぶ。
ふわりと浮いた体は重力の檻から離れ、高く舞い上がる。
「うし・・・とりあえず隠れる場所が欲しいから・・・・そうだな。庭に下りるぞ?」
「・・・・・・・・・・。 ―――っ!(こくこく!)」
「まだ放心してたのか・・・」
少し、苦笑い。
このまま本殿の方まで飛んでいくと羽根の光で見つかりそうなので、一度庭の木陰で隠さなくちゃな。
木の高さを利用して、なるべく光が遮られるようにして地に下りる。
降りると同時に羽根は消え、神星刀の光も消えた。
「・・・・お疲れ様」
『・・・・・』
労いの意を込めて神星刀を軽く撫でると、感謝の言葉が返ってきた・・・気がした。
「・・・・(じー)」
・・・・・・・なんかすっごく睨まれてる。
頬に突き刺さる視線が痛い・・・・・。
「こほん・・・。 まぁコレはおいおい説明してやるから・・・。
その・・・・突き刺すような視線はやめてくれないか・・・・」
「・・・・・・・・・」
沈黙が痛いが・・・・まぁ一応わかってくれただろう。
「・・・・・さて」
改めて周りを見渡す。草木から覗いた光景はハッキリいって見えにくいが・・・・まぁ、慣れればもう少しはまともになるだろう。
んー・・・・・とりあえず周りに人影なし・・・か。
「じゃ、静かに行くぞ?」
「(こくん)」
外套はそのままにして本殿へ向かう。
・・・・・もし人に見つかったらどうしよ。
そんな不安を抱きつつも、隠密行動を続ける。
基本的には渡り廊下を歩くだけだが、万が一人の気配がしたならばすぐどこかに隠れる・・・・・。
「しかし・・・」
これって隠密行動・・・・なのか?
周りがあまりにも静かなので思わず自分たちがしている行動に疑問を感じる。
「―――――」
静かすぎる? ・・・・気のせいか?
試しに身近にある扉に身をよせて耳を澄ます。
・・・・聞こえない。
鼾どころか呼吸音さえしない。どういうことだ?
「・・・・・(くいっくい)」
「・・・どうした?」
クゥが奥の方を指差した。どうやら人がいるらしい。
念のため腰に佩いた、頼りになる相棒を手に添える。
じっ・・・・と奥の方へと目を凝らす。
人・・・にしては形が小さい・・・・。
「(来々・・・白虎)」
神星刀の中に眠る四霊・・・・麟・鳳・亀・龍の中の信義の象徴である麒麟を顕現させる。
柄の先端を見ると・・・・碧色に薄く光っていた。
「・・・・・・・」
麒麟(白虎)の力を借りて暗闇の中を見据える。
高貴な衣服を纏った小柄の人影が見えた。
はて・・・どこかでみた事があるような・・・・
「・・・・!」
・・・あの子は。
「そうか・・・そうだったな」
まだここが戦火に呑まれてない頃の洛陽だ。
でも周りを見る限り、従者がいないな・・・詠の姿さえない。
「・・・・・・・・・?」
「・・・なんでもない。確認は終わった・・・帰るぞ」
「・・・(こくん)」
・・・とりあえず、彼女の無事な姿を確認できただけでも良しとするかな。
しかし妙だ・・・。なぜ城に誰もいないんだ? 前回は白装束のヤツらのせいで人がまっいたくいなかったのは知っているが・・・・。
「・・・(ぐいぐい)」
「おぉ!?わかったからひっぱるなって!」
何故か拗ねているクゥに思いっきりひっぱられ、考えていたことが頭から抜けてしまった・・・・。
「・・・・ここまでくれば大丈夫か。 来々、鳳凰」
再び神星刀の力をかりて城壁から飛び降り――――て・・・・・お?
「っ・・・とと」
「・・・・っ!?」
ふらつきかけた体をクゥが支えてくれた。
ありがとうの意味を込め、頭をなでてやると、すこし泣きそうな顔ながらも笑っていた。
・・・む。しかし、力の使いすぎか。すこし自重せねば。
「ちょいと力を使いすぎたかもな。今日は早くねるぞー」
努めて平坦な声で言う。
・・・といっても、それほど疲れてはいないが、だるい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・(こくん)」
やや非難じみた視線を向けられたがクゥは相変わらず無言で頷いた。
とりあえず・・・・早く帰るかな・・・・。
翌日
洛陽、南口前。
「うぁー・・・・・よく寝たぁ」
ぐっと体を伸ばすとこきこきと体がなった。
まだ靄が掛かっていて肌寒いが、朝日が気持ちいい。
「・・・・・(ぼぉー・・・)」
くしくしと未だに眠たげな表情で目をこするクゥの姿は大変愛らしい。
何時もが無表情に近いかんじなだけに、新鮮だ。
「蒼」
俺が呼びかけると一鳴きした紅の馬が現れた。
蒼の上にこっくりと船をこいでいるクゥを乗せ、門へと歩き出す。
門の手前で一度城の方へと振り返り・・・・もう一度歩き出した。
――――願わくば彼女に幸あらんことを。
「・・・・・あー」
昼時、森に入った俺たちは偶然見つけた川で一息ついていた。
蒼は身近にあった草を食べている。
クゥは・・・疲れたのか俺の膝を枕に眠っている。
「・・・・長閑だなぁ。今が乱世だとは思えないぐらい静かだ」
クゥに倣って少し目を閉じる。木々間から零れる光が温かく、また湖から吹く風が涼しくそれらが相まって気持ちのいい風が肌を撫でる。
「ふあぁ・・・・」
あー・・・なんか眠く・・・・なってきたな。
寝ちゃいけないんだけど・・・・・ちょっとだけならいいかな・・・・?
ちょっと・・・・・・だ・・・・・・け・・・・・・・・。
………
……
…
『――――!! ―――!!』
「!?」
「・・・っ!?」
遠くで響いた叫びに眠りかけた頭が一気に覚醒する。
戦か?と自分に問いただすが周りを見れば木々、どこも煙くさくない。
ならばと思い、すこし思いとどまる。
ふと腰を見れば剣が鈍く光っていた。
・・・なるほど、どうやら自然と眠りに対しての無防備さを神星刀はカバーしてくれたらしい。
全く、有能な剣だ。 そう思いながら剣を眺めていたらクゥが頭を押さえて蹲っていた。
「・・・・あー」
そういえば、吃驚して起き上がったもんでクゥの存在をすっかり忘れてたからなぁ・・・・。
「・・・・・・大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(こくん)」
凄く痛そうではあったが大丈夫のようだ。
さておき、麒麟の力を借りながら五感をフル活用し、戦の元を探し出す。
(紅・・・血と炎、か)
嫌なものだ、本来見えるはずのないものまでも見えてくる。
こういった意味では短所と言えるべきところか。
思わず吐き気がこみ上げてくるが、自分の本来の役目を心強く思い、耐える。
「っ。 南東だ。 蒼!!」
俺が呼びかけると紅の馬は静かに頭を下げ、乗りやすくしてくれた。
先にクゥを乗せた後、クゥを後ろから抱き締める形で蒼に乗り、駆ける。
『確かこの先は村があった気がするが・・・・。 いったい何が・・・・』
少し、嫌な予感がする・・・・。
「急ぐぞ、蒼!!」
「――――!!!!!」
俺の掛声と共に蒼はさらに駆けた。
蒼で駆けている時、ふと蒼の燃えるような肌が目に入った。
今まで気にしなかったが・・・・・。
『赤・・・褐色・・・・真紅』
普通の馬にはない・・・特徴のある褐色・・・。
・・・・そこで少し気にかかった。
『・・・・おいで、セキト』
(!!・・・・・そうか。そういうことだったのか)
そう遠くはない過去。天下無双と謳われた少女が自分の友人である紅い犬をそう呼んでいたのを思い出した。
蒼は・・・正真正銘、本物の赤兎馬。自ら認めた主でしか乗せないという孤高で高知なる馬。
正史となる天下無双の人は赤兎馬を操り数々の兵たちを屠ってきた。それゆえに赤兎馬は彼の者の象徴となった。
燃えるような肌にまるで風が駆け抜けるが如く疾風といっても過言ではないその速さ。
まったく・・・俺にはもったいないぐらいの頼もしい相棒だ。
「・・・・頼むぞ、相棒」
ぽんぽんと首筋をすこし叩くと蒼は浅く頷いた。
「・・・・・・これは・・・・」
「・・・・・・・・・っ(ぎゅっ)」
クゥが直視できずに俺の懐に顔をうずめた。
俺たちが辿り着いた所は、小さな町、だった。
・・・そう、"だった" のだ。
あちらこちらに血まみれで屍が転がっていた。
家は焼かれ、畑は・・・米でも作っていたのか、稲は薙ぎ倒され、人々だったモノは体のあちらこちらに切り傷を刻まれ蹂躙されていた。
「・・・・・すまない・・・・・遅れて、すまない」
懺悔するように、許しを請うように、膝を折る。
「っ・・・・・来々、鳳凰・・・・」
神星刀をそっと引き抜き、不死の象徴を顕現させる。
「死者の魂よ、どうか今は安らかに眠れ・・・・」
償いの言葉と共に死体から小さな光る玉がふわりと浮かぶ。
そして、その小さな玉--御霊--は神星刀に吸われるようにして消えていった。
それと同時に村人の肉体は純白の炎に包まれ、土に還っていった。
剣を通して彼らの無念が頭に響く・・・。
仇を、無念を晴らしてくれ、と。
「そろそろ潮時、かな」
当初の目的はクゥ達と供にさまざまな確認のため、戦いは控えてきたが、どうもそう言うワケにもいかなくなってきた。
・・・・その前に、俺個人の決意をしなきゃな。
他人を斬る事の恐れから極力戦いを避けてきた。 そして、それがこの結果を招くものとした。
俺がもう少し戦いに積極的に参加していたら、ここを襲った連中はいなかったかもしれない。
でも、『もしも』なんて今はない。『現実(いま)』があるだけだ。
俺は、この世界に争いのない世界をもつくるために来たんだ。
だから、今までの自分の弱さを捨て、今は死んでいった村人の弔いの為にも、賊を討つ。
「クゥ」
「・・・・・」
「ここからは本当の意味で戦いとなる。・・・それでも来るか?」
「(こくん)」
何時もの沈黙はなく、クゥは力強く頷いた。 最初からそのつもりだったのか・・・どちらにしろ、強いヤツだ。
「ならば追うぞ! 蒼!!」
「―――!」
駆け寄った相棒に跨り、麒麟の力を借りて賊の後を辿る。
「――」
・・・・気配だけでも500はいる。
だけど、退がれない。乱世を治める者として、村人の弔いをする者としても。
「もっと速く。駆けろ!!」
「―――!!」
蒼に激励すると応えるように周りの景色がより一層早く流れる。
「―――見えた!」
蒼を走らすとこ数分、荒野で陣を組んで休んでいる賊を見つけた。
俺は蒼から降り、手頃な岩陰に隠れ、様子を伺う。
・・・・どうやらあの町から奪った食糧や酒で軽い宴会を開いているらしい。
なるほど。彼らは保存と言う事をしないようだ。
基本的に町から奪った食糧で群を養い、なくなったら次の町を襲うという計画性のない行動をするようだ。
だが・・・もうあんなことはさせない。
「クゥと蒼はここにいろ」
「(こくん)」
「・・・・いい子だ」
クゥの頭を撫でた後、神星刀を片手に賊へと向かっていった。
「さて・・・と」
舞台は整った。彼らの無念を今、ここで晴らす!!
『・・・・彼の者に屠られた御霊達よ、土塊の力を借りて脹れあがれ・・・・!』
神星刀を地面に突き刺し、鳳凰を顕現させる。
それと同時に神星刀から小さな光の玉が現れ、土へと消えていく・・・・。
神星刀にある四つの絵柄の内、二つが紅と茶色に光り、俺自身の内なる怒りと比例するように光が強くなっていった。
『土の亀、玄武よ、彼の英霊達に敗北を知らぬ肉体を与えよ!』
直後に、精巧な人間のようなカタチで現れた土塊は、人の形をしており、死んでいった村人の顔をしていた。
「お前たちを弔う合戦だ。往くぞ!!」
『―――――!!』
土塊たちは声のない叫びをあげると次々と土で出来た獲物を手に賊へと突っ込んでいく。
「続けぇーーーーー!!」
先陣は俺がきった。襲撃を知って慌てて何もできなかった賊を切り捨てる。
「・・・・・」
剣越しに人を斬る事を実感した。
正直いえば、なれる事はないだろう。 だが、嫌でも慣れなければいけない。
それが俺の役目の一つだから。
「貴様たちが蹂躙した村人の怒り、悲しみをその身をもって知れ!」
土塊たちは、混乱しながらも反撃してくる賊を斬り、化け物と叫びながら逃げ惑う者を斬り、泣きながら懇願するものを斬った。
彼らの表情は変わることはない。 だが・・・泣いているようにも見えた。
死んだ自分が悲しいのか、復讐に燃える事が悲しいと知ったのか・・・・。
ソレをみて俺は酷く心が痛んだ。
戦いは俺たちの圧勝だった。
土に剣や弓矢は効かない時点で勝敗は決まっていた。
『――――』
土塊たちは無表情のままその体を崩していき・・・残ったのは純粋な白い光の玉だけだった。
そして白い光達は空へと昇り、やがて消えた。
彼らは何を思ったのかはわからない。彼らに望まれ体を与え、復讐を行った。
だが、彼ら残ったのはなんだったのか?
恐らく何もない。 だからだろうか、彼らは音のない声で俺に告げた。
『戦いを、復讐を、なくしてほしい、と』
身をもって知ったのだろう。戦いは憎悪を生み、憎悪は復讐に変わる。 これでは負の連鎖しか残らない。
それを断ち切る為に俺は自分の指名を果たさなければならない。
最初に斬った・・・あの感触が未だに手に残っている。
ぐっと手を握り締めると剣の感触とともに底知れぬ恐怖がこみ上げる。
だけど、泣き言なんて言ってられない、か。
「・・・・はぁ」
ため息ひとつ尽き、倒れた賊を見る。
・・・・彼等にも、戸惑いはあったのだろう。
賊の中の少数に息は言った。
皆、痛いと叫びながらも、血を流しながらも生きていた。
彼等は賊を許してはいなかったが・・・・自分等の行いもまた、許せなかったのだろう。
だから賊を殺しきれずにいたのか。 ・・・どちらにせよ、今の俺に出来るのは一つ。
(来々・・・鳳凰)
鳳凰の力を借りて、負傷者に治癒を施す。
正直、少数とはいえ、戦いの後だ。相手にするのは厳しい。
ただえさえ土塊の時も継続して力を行使していたのだから疲れるってものじゃない。
ぶっちゃけ。
今にも倒れそうだ・・・しかし、彼等が許し、残された命。救わねばならない。
この弔いに参加した一人としても。
―――この戦いは俺の『起点』でもあるから。
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相変わらずの不定期更新。
やはり自分には文章表現能力が乏しいなぁ と自覚しつつがんばります。
さて、今回は『起点』です。
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