No.157975

太平の世が実現していることに気がつかない蜀魏

 書いていて何ですが、百合的な絡みは限りがあるような気がしてきました。愛紗と華琳とか、朱里と雛里とか。
 他には何がありますでしょう。検討しなければいけませぬな。ムムム。

2010-07-15 22:17:00 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:2605   閲覧ユーザー数:2377

 注意

 成都大宴会とかのシリーズとは全く関係はありません。短編ですので、周りの話とも全く繋がりはありません。また一つの外史としてお楽しみください。

 北郷一刀様は出てきません。登場人物の大体は女で、百合です。作者の趣味です。アニメ版に近いです。

 百合が嫌いな方、また許容できない方は素早く戻るをクリックして下され。

 百合が好き、という同士、または「あんまり好きじゃねぇけど、仕方ねぇから見てやるよ」という方は神様です。ありがとうござる。

 それではどうぞ。

 

 

 

 久しぶりに人を殴った。本当に、久しぶりに。

 

「ひ、酷いわぁ。使者を何やと思てんねん」

「お前が悪い、お前が」

 

 愛紗は肩で息をしながら、床で涙目になっている霞を睨んだ。そりゃあ思わず殴りたくもなる。いきなり熱い口付けをされれば。

 

「一体何しに来たんだ、お前は。嫌がらせに来たのか」

「そんなぁ。ウチはただ、関羽に会いたくて」

「会うどころか、人の唇まで奪いおって」

「西洋ではな、これが普通って聞いたんや」

「舌を入れることもか」

「勢いって重要や思うけど」

 

 霞は「イタタ」とつぶやくと赤くなった頬を撫でた。

 

「ウチ、関羽のことメッチャ好きやねん。ウチのモノになってぇな」

「敵同士だろうが」

「好きに敵も見方もあらへん」

 

 愛紗は玉座に座っている桃香を見た。桃香は一人いい笑顔でぱちぱちと拍手をしている。

 

「凄いね。これだけ人が見てる中で、こんな事を出来る人は中々いないよ。ね、朱里ちゃん」

「は、はい」

 

 我に返った朱里が慌てて相槌を打つ。集まっている諸将たちは朱里のように顔を赤くしているか、額に血管を浮かばせているかのどちらかである。

 

「無礼な! いくら魏の使者とは言え、将軍に淫らな振る舞いをするとは!」

 

 そう叫んだのは周倉である。自称関羽の嫁を語っている山賊少女だ。続いて「そうだ! そうだ!」という声が方々で上がった。言うまでもないが、全員額に血管組である。

 桃香はそれらの声を手で制して、言った。

 

「それで、要件はなんでしょう」

「お、忘れるところやったわ。華琳ちゃんからな、書簡を預かってん」

 

 霞は竹簡を懐から取り出して兵に渡した。

 桃香はそれを受け取って、開いた。真面目な表情で「ふむふむ」と頷きながら目を通すと、それを朱里に渡した。

 

「よくわかりました。検討したいと思います」

 

 桃香は笑顔で言った。朱里は急いで書簡を読んで、「ふぇっ」と素っ頓狂な声を上げた。

 

「桃香さん! なんですか、これ!」

「いいじゃない、面白そうで」

「あとな、これは個人的なことなんやけど、関羽をウチの嫁に頂戴や」

「それも検討します」

「桃香様!」

 

 愛紗は「ほんまかぁ」ときらきらしている霞を差し置いて桃香に詰め寄った。

 

「私は蜀漢の旗の下に忠誠を誓っているのですよ! 魏国になんぞ、行きたくもありません!」

「それよりも桃香さん! これですよこれ!」

 

 朱里が横から書簡を差し出した。それよりもってなんだ、と抗議したくなった愛紗だが、書簡に目を奪われた。

 書いていることは別段特別なことではない。ただお互いの国の親睦を深めよう、という旨を難しい文脈で記してあるだけだ。

 ただ一点、その方法に『互いの将のお見合い』というところが猛烈に引っかかる。

 

「あのな、ウチらの陣営ではな、あんたら人気あんねん。さかい、こういうのも面白い思うて」

「献策したのは誰だ」

「司馬やん」

 

 司馬懿である。朱里並みの頭脳の持ち主で、大陸広しと言ってもここまでの才人は珍しいと評判、なのかは分からないが、ともかくそういう女である。

 

「ウチらからは司馬やんと春ちゃんと、ウチが出るから、そっちは関羽と孔明と、あとは誰か選んで出して。三番勝負や」

「勝負でも何でもないだろう」

 

 愛紗が声を荒げる。

 桃香は両手をぽん、と合わせた。

 

「今日のところは、これでお終いにしましょう。さぁ解散、解散。張遼さんは特別に部屋を設けてあるので、話がまとまり次第報告します」

「おおきに」

「ちなみに、愛紗ちゃんの部屋は二階の右奥の部屋だよ」

「何故それを言う必要があるのですか!」

「そんならむしろ、ウチの世話役につこてぇな」

「図々しいぞ! お前は!」

 

 桃香は「ふむ」と頷いた。愛紗がまさかと危機感を覚えると、桃香は言った。

 

「よきにはからいます」

 

 愛紗の「桃香様ァ!」という叫び声がこだまする、麗らかな晴れの日の午後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 案は反対派があまりにも多かったため、多数決で決めることになった。それに希望を見た愛紗だったが、そのあとにつけられた「私の投票は百人分です」という桃香の言葉に、クイズとかで最終問題は百点分でーすみたいな「じゃあ今までの問題はなんだったの?」的バランス崩壊必死の条件付けで絶望した。そして絶望した通り、案は電光石火で可決し、今に至る。

 

「夏侯惇さんが好きな人は、手を挙げて」

 

 この一言により、何人か諸将たちが手を挙げた。春蘭は蜀でも人気の武将なのである。しかしメンツがぱっとしない上に全員が「一度お話をしてみたい」だけの妻子持ちだったので、結局適当なくじ引きで星に決まった。星も嫌そうではなかったが。

 

「まぁ、面白いではないか」

「お前は気楽だな」

 

 愛紗はここ数日ですっかり寝不足になってしまった。体が痛い。主に腰と背中が。毎晩夜這いをかけられればそうなる。

 

「お盛んなのはいいが、あまり大きな声を出すものではないな」

「やかましい」

 

 背中や腹に吸われた跡が残るので、気軽な服が着れない。げんなりである。朱里が隣で指をもじもじと動かしている。落ち着かないのだろう。

 

「はわわ、私お見合いは初めてで」

「私だって初めてだ。してみたいとも思わん」

 

 乗り気なのは星だけだ。愛紗は一刻もはやくこの珍事を終わらせてもとの生活に戻りたいと思っていた。そうすればあの、起き抜けの体中のベタベタや下敷のぐっしょりとした湿り気からも開放される。ついでに愛紗の腕を枕に眠っている霞の寝顔からも開放される。そればかりは少し残念な気もするが。

 

「準備が整いましてございます」

 

 愛紗たちが待たされていた一室に、兵がやってきて屹立した。霞の訪問から五日目である。どうにも対応が速すぎる。絶対どこかに潜んでいるだろう、魏軍。

 先導されるままに、愛紗たちは部屋に向かった。使っているのは成都内の屋敷である。

 

「前の部屋に関将軍、次の部屋に諸葛丞相、奥の部屋に趙将軍、でございます」

「おう」

 

 愛紗たちはそれぞれ戸を開けて、部屋に入った。まぁそうだろうが、愛紗の部屋には霞が待っていた。

 

「おはよ、愛紗。昨日は忙しくて寝れんかったわ」

 

 ここ数日の濃密な関係で、すっかり真名で呼び合うようになってしまった。

 愛紗は黙って戸を閉めて、霞の向かいの座布団に座った。

 

「昨日は会えんかったさかい、寂しかったわ。今晩はしような」

「ところでだが」

 

 愛紗はここ数日で疑問に思っていたことを口にした。

 

「お前と私が、今更かしこまって話すことなどあるのか?」

 

 霞の「はぇ?」という気の抜けた呟きを聞いて、愛紗はため息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 一方、朱里が入った部屋には、小柄の少女がいた。朱里よりも少しだけ背が高い、というくらいの体格だ。

 

「あの、司馬懿さんですか?」

 

 不安気に聞いてみると、少女はコクリと頷いた。

 

「はい。魏国西涼太守、司馬懿仲達です。お初にお目にかかります、孔明殿」

 

 深々と頭を下げて、司馬懿はそう言った。朱里は司馬懿と書簡を交換しているが、顔を合わせたのは初めてであった。

 聞いた話によれば、曹操も恐れる戦才と郭嘉が絶賛するほどの知略を持ち、軍の統率力は夏侯惇にも劣らず、政務をさせれば荀彧に並ぶ超人という話だ。文面からもその非才は感じられたが、もっと怖い相貌をした人だと思っていたので、目の前で柔らかく微笑んでいる少女になんだか拍子抜けしてしまった。

 

「こちらこそお会いすることができて嬉しいです。蜀漢丞相の諸葛亮孔明です」

 

 朱里が頭をさげると、司馬懿は茶を朱里に勧めてきた。

 

「粗茶ですが、どうぞ」

「どうも。あの、今回の件なのですが」

「何か?」

「互いの親睦を深めるといいましても、お見合いというのが腑に落ちなくて。実際問題、他国に将を譲れるわけがないですし」

 

 不意にドンッという音が聞こえた。隣の部屋からだ。耳をそばだてると「ウチを汚すだけ汚して捨てる気なんかぁー」「えぇい人聞きが悪い! 離れろ!」という声が聞こえてきた。

 

「……ね?」

 

 朱里が言うと、司馬懿は考えこむようにして、目を伏せた。

 

「孔明殿には、何を言っても真意を見ぬかれてしまうでしょう。だから、はっきりと申します」

 

 司馬懿は目を上げて、じっと朱里を見つめた。

 

「今回の件は、曹操様の暇つぶしです」

「だろうと思いました」

「私が孔明殿にお会いしたい、というのもありましたが」

「これにも何か入っているでしょう」

 

 丞相として、何度も命を狙われた経験がある。その第六感が言っていた。これは危ない、と。

 朱里が湯のみを回すと、司馬懿はコクと頷いた。

 

「実は、媚薬入りです」

「何故」

「大丈夫、しびれ薬も入っています」

 

 何も大丈夫じゃねぇ。

 朱里が湯のみから手を離すと、司馬懿は茶を啜った。

 

「そちらのには何も?」

「もちろん、こっちにも媚薬が入っています」

 

 朱里が「何故飲みたし」と呟くと、司馬懿はけろりとした顔で言った。

 

「安心してください。私、体調の良し悪しが顔に出ないたちなので」

「根本的な解決になってませんよ」

「喉も渇いていました」

 

 司馬懿はすっかりお茶を飲み干した。朱里は逃走し易いように膝を立てた。

 

「孔明殿は私とは初対面と申しましたが、実はもっと前から、私はあなたを見ていたのです」

 

 司馬懿が自分の湯のみに茶を注ぎながら、感慨深そうに語り始めた。

 

「あの時、あなたはもう丞相として魏国を訪れていました。私はただの一官僚です。お目にかけるだけでも、恐れ多い立場でした。初めて見たときは、こんなに小さな子が、と思ったものですが、我が国が誇る論客を次々と論破していく様は、まるで彼の張儀を彷彿させました」

 

 朱里はそういえばそんなこともあった、と思い出した。三国同盟の利点を説き、曹操にそれを発案させるためであった。というのは表向きで、裏では美女を百人程曹操に貢いでいた。ちょっといい理由があれば曹操自身がゴリ押ししてくれる、という計画があったのだ。もちろん、桃香の立案である。いや、腹黒い腹黒い。

 

「その時から、私の淡い恋が始まったのです。どうにかあなたと繋がる機会を持ちたいと思った私は、必死で勉学に励みました。邪魔者は片っ端から讒言と計略で排除していき、この位まで上り詰めることができたのです」

 

 司馬懿の涙で濡れるきらきらとした目を見て、朱里は危機を感じた。この手のタイプは蜀にもいる。姜維がそれである。

 どうも才能溢れる士というのは、危険な思考回路の人が多いようだ。

 

「引っ込み思案で、自分に自信を持てない私です。こんな事でしか、あなたに触れることが出来ないのです」

 

 ふらっと司馬懿が立ち上がった。朱里が後ずさって、出入口の戸を掴んだ。ガタガタと戸を揺らすが、開かない。

 

「ここに来た時点で、あなたの運命は決まってしまったのです。ここから逃がす気はありません。奥の部屋には寝台が用意してあります。さぁ」

「何がさぁですか! 自分が何をやろうとしているのか分かっているのですか! 乱暴は犯罪ですよ!」

「大丈夫。優しくしますから」

「はわわ! 誰か! 誰かいませんか! 誰かぁ!」

 

 いきなり手をつかまれて、ぐいっと引っ張られた。こんな時、非力な自分が嫌になる。

 畳に後頭部がぶつかる衝撃に目を閉じる。再び目を開けたときには、目の前に司馬懿の顔があった。

 

「怖くは、ありません。身体の力を抜いてください」

 

 元々力では敵わない相手だ。馬乗りにされて、片手まで封じられては抵抗もできない。しかし、見れば見るほど、司馬懿は美少女だ。顔を近づけてみて、良くそれが分かる。綺麗な二重の目が印象的で、粒のそろった白い歯が覗く小さな唇が可愛らしい。

 不意に司馬懿が身体を倒した。心地良い重みの後、甘い匂いが鼻孔を通して全身に回っていく。まるで毒のように。

 かぁっと顔が熱くなるのを感じて、朱里は身体をよじった。服を通して、司馬懿の体温が伝わってくる。ふと視線を動かすと、朱里の手を握っている小さな手が、震えていた。

 

「孔明殿」

 

 耳元で囁かれた言葉に、背筋を駆け上がるぞくりとした感覚を覚える。重なりあった体が、妙に熱い。

 朱里はぎゅっと目を閉じた。ほとんど無意識に、司馬懿の手を握り締める。恐怖とも、緊張とも違う感情が、徐々に朱里を支配していく。

 もう一度、耳元で何かを囁かれた。朱里は薄目を開けて司馬懿を見た。

 

「か、体が動きません」

 

 数秒の沈黙があった。

 朱里は司馬懿が何を言っているのか理解できず、首を傾げた。

 

「は、はい?」

「し、しびれ薬が効いてきました」

 

 変な空気が、部屋を満たした。

 アホだ、こいつ。

 朱里はとっさに司馬懿を横にどかした。司馬懿は抵抗も出来ずにごろりと転がった。

 

「あうう、ここまで来て。無念です」

「何で薬入りの茶を飲んだのですか」

「恥ずかしながら、勇気が出なくて。劣情に任せればなんとか、と」

 

 朱里が戸を無理やり開けようと躍起になると、司馬懿は「ちなみにそれは引き戸です」と呟いた。引くと、あっさり開いた。自分も大概アホだ。

 

「行かないで下さい、孔明殿。体が熱くて、死んでしまいます」

「自業自得ですよ。すぐに解毒薬を持ってきますので、待ってて下さい」

「孔明殿」

 

 哀れを誘う声で呼ばれ、朱里は部屋を出ることが出来ずに司馬懿を覗き込んだ。生理的な涙なのか、本当に残念で泣いているのかはわからないが、率直な好意が嬉しくないわけではなかった。

 

「司馬懿さん。もうこんな事はやめて下さい。友達として、というのはどうですか? 私はあなたのことは嫌いではありません。遊びに行こうと誘われれば参ります。訪ねてもらっても、お茶くらいは出せます。だから、今度からは友達として、お付き合いしましょう」

「孔明殿」

 

 朱里が微笑むと、司馬懿がもう一粒、涙を流した。それを見届けて、部屋を出た。

 こういう無為な優しさが己の災に繋がっているのに、朱里は気がつかないのだった。

 

 

 

 

 星が入った部屋には、当然春蘭がいた。むしゃむしゃと肉まんを頬張って、酒を呑んでいた。

 

「久しいな、夏侯惇」

「おう、趙雲か」

「ところで貴殿はここがどういう場なのか理解しているのか?」

 

 春蘭は星よりも食べ物に夢中だった。星が呆れつつ座布団に座ると、春蘭は首を傾げた。

 

「どうも何も、美味いものが食えると聞いたからここにいるんだが。ほら、お前の分もあるぞ。メンマが好きだったろう」

「むむ、これは中々の品」

 

 星がメンマを口運ぶと、春蘭もまた手を動かし始めた。

 

「そうだろう。ここの料理は何でも美味いぞ」

「ところで、私がメンマ好きなどと、敵国のお前がよく覚えていたな」

「あぁ、癖みたいなものだ」

 

 鶏肉を飲み込んで、春蘭は言った。

 

「私も上に立つ者として、部下には気を使っているのだ。一人ひとりの趣味とか、好きな食べ物とかは出来るだけ覚えるようにしている。一緒に物を食ったとき相手がつまらなそうだと、こっちも面白く無いだろう?」

「うむ、そうか」

「遠慮するな。もっと食え」

 

 ばくばくと爽快に物を頬張る春蘭に、星は何となく、どうして春蘭が才多き魏国の中で、その軍権の頂点に立つことが出来ているのかがわかった。部下に信頼を寄せられる一番の方法とは、突き詰めればそのような細かい気遣いなのかもしれない。

 

「何か言ったか? 趙雲」

「いや、何も」

 

 星は酒を啜りながら、こいつとはたまに呑むのも面白いかも知れないと思った。

 これは全くの余談だが、お見合いとは美味いものを誰かと食うことだと思っていた春蘭と違い、しっかりと物事を把握していた秋蘭は、春蘭がお見合いに行った旨を聞いて錯乱して「姉者を殺して私も死ぬゥ!」と一隊を率いて突撃をかまそうとして引っ捕えられていた。後に誤解が解けて秋蘭は開放されるのだが、魏の陣中がどこか気まずくなってしまったという。

 

「殺すなら早く殺してくれ。魂になれば容易く姉者の下へ行ける」

 

 獄中で、秋蘭はそう語っていたそうだ。

 

「ただの馬鹿より賢い馬鹿の方がよほど厄介ね」

 

 秋蘭投獄の旨を知らされた華琳はため息をついてそう語ったという。また、秋蘭を閉じ込めた獄の壁を「アネジャ」という文字が一面びっしりと覆っていたので、看守も気味悪がって近づかなくなり、後に「閉じ込められれば不慮の死を遂げる呪われた監獄」の異名を取られるのだが、全くもって無駄な話である。

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言えば、今回の件は完全に失敗なのだろう。三人中誰もが相手側に嫁ぐことはなかったのだ。

 しかし、この一件で両国は友好を重ねた。確実な進歩である。

 一人は半分婚約済みとなり、一人はお友達として友愛を深め、一人はよい飲み友達ができた。

 国は民から。民は一人の人間から。つまるところ国家の調和とは、一人ひとりの友情から出来上がっていくものなのかも知れない。

 

「なんて、いい終わり方が出来ると思っているのですか、桃香様」

「いいじゃない。情熱的で」

 

 納得できない表情で愛紗が呟く。周りは騒がしい。誰がどちらの陣営なのかパッと見わからないくらい混じり合っている。桃香と華琳の思いつきで、いっその事と蜀魏で大宴会をすることになったのだ。丁度、魏軍が蜀漢の山に駐屯していたこともあって、その準備は即効で進んだ。やっぱり潜んでた。油断も隙もないヤツらである。

 華琳は桃香と一緒に酒を飲んでいるし、向こうには春蘭に抱きついている秋蘭と季衣が、そして料理を作っては運ばせている流琉が、それぞれ幸せそうな表情をしている。その対面側の広場は朱里をかけての舌戦の真っ最中である。また、その隣では愛紗をかけての激戦が繰り広げられている。城壁では華蝶仮面と不審な褌筋肉二人がストリートファイト中だ。

 他のメンツも、城を探せばいるのだろう。それぞれが、それぞれの楽しみに没頭している。やがて戦いを勝ち抜いたのであろう霞が木刀を担いで走ってきた。

 

「ウチが勝ったでぇ! やっぱ愛紗はウチのもんやなぁ!」

 

 ぎゅうっと抱きつかれるが、嫌な感じはしない。霞の熱い抱擁にも慣れてしまったのか。

 愛紗は手ぬぐいを取ると霞の手の甲に当てた。

 

「血が出てるぞ」

 

 愛紗は普通に手当をしただけのつもりだったのに、桃香は何故か嬉しそうな顔でにやっと笑った。

 

「みんなー! 愛紗ちゃんがデレたよー! わーい! デレたデレたー! いやっフウウゥゥウウゥゥ!」

「ちょっと! 何を言っているのですか!」

「かんうぅ! 私もぉ、真名で呼んでいいかしらぁ!」

「曹操殿!?」

 

 酒瓶片手に得体のしれぬ歌を歌いだす姉と、べろんべろんになって絡む華琳。

 こいつら酒乱だったんだ、と今更になって愛紗は思い出した。

 

「ウチらも呑もう! 魏国に! 蜀漢に! 乾杯や!」

 

 続いて桃香と華琳が「かんぱーいぃ!」「あんわぁあい!」と酒瓶を振りあげると、それを見ていた諸将や兵が声を上げた。それは波紋のように広がっていき、やがてはドォッと地を揺るがすような大声になった。

 愛紗はそれを見て、国とはやはり、こういうものなのだろうなと考え、取り敢えず杯を差し出している霞に、愛紗も杯を差し出した。

 

「乾杯」

 

 その声は大声援にかき消され、自分の耳にも聞こえなかった。しかし、霞はにこりと笑って、杯を傾けた。

 

 

 

 


 
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