No.154709

秋風オポチュニスト

去年の文化祭であげたものを加筆修正したもの。
青春のようなそうでないような。
部誌のほうと名前が違いますが同じ人ですよ。

2010-07-02 01:33:34 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:504   閲覧ユーザー数:491

 

 9月。新しい学期の始まり。まだ夏の暑さが残る頃。私立城本高等学校1年2組に転校生がやってきた。

 名前は新島。赤いフレームの眼鏡に、胸元まであるまっすぐの黒髪。とりわけ美人ではないが、とりわけ目立たないという訳でもない普通の女の子だ。

 そんな子がやってくれば同じクラスの女子は、彼女と仲良くしようと声をかける。前の学校についてとか、これからの学校生活についての話題を振ってくる。

「新島さんってさ、何部に入るつもり?」

 1人の女子が問う。何の変哲のない質問。

「んー、前の学校ではオカルト研究部に入ってたし……。ここでもそうしようかな」

 新島からしたら普通のことを言ったつもり。オカルト研究部とは確かに変だが、前の学校でその部に入っていたのは理由があった。尊敬する先輩がオカルト研究部で活躍していたのだ。だから後を追いかけた。たったそれだけの理由。新しい学校でも素敵な出会いに期待しただけの話。

 しかし、この学校においてオカルト研究部とは特別な意味があったようだ。クラス中がざわめく。

「え、え……やっぱオカ研は変かな?」

「新島さん、前の学校はどうだったか知らないけど……ここのオカ研だけはぜーったい、やめときなよ」

 1人の女子が忠告する。近くにいた男子も同じように言ってくる。

「そうそう、楽しい青春をドブにフルスイングするようなもんだ」

「ふ、ふるすいんぐ……?」

 オカルト研究部のあまりのボコボコぶりに、新島の心にどうしようもない不安が芽生える。訳を問わねば。

「どうしてオカ研、ボコボコなの?」

 恐る恐る聞いてみると、クラスメイトがあっさり答えてくれた。犯人がこのクラスにいることを。犯人がたまたま欠席していたから、みんながそのことについて包み隠さず教えてくれた。

 犯人の名前は古近江 悟(こおうみ さとる)。現在唯一のオカルト研究部員であり、近年稀に見る超変人。学校の近くのアパートで一人暮らしをしているらしい。普段はおとなしいが、オカルトなことが関わってくると相当の変人になるという。最近では『取材』の名目で学校の近くの廃屋に侵入し、たまたまそこに潜伏していた連続空き巣犯を捕まえたとか。そういう奇行のせいで学校では浮いているらしく、それがオカルト研究部の悪評にもつながっているようだ。

「……新島さんは、オカ研入らないよね」

 入る部を聞いてきた女子が、苦笑いしながら新島に問う。まわりのクラスメイトも同じような顔をしていた。新島も彼らと同じ顔をして、きっぱり答えた。

「入る訳ないじゃない」

 

 

 

 

 

 新島が城本高校にやってきて2日目。噂の古近江はやってきた。

 ぼさぼさで、やたらと前髪が長い髪。意志の強そうな瞳にきゅっと締められた口。髪さえ整えて黙っていればそれなりに人気の出そうな容姿。新島から見た古近江の第一印象はこんな感じであった。もっとぶくぶく太った気持ち悪い男か、がりがりに痩せた不気味な男を想定していたので少し拍子抜けした。

 古近江は、登校してきてすぐに自分の席に座る。かばんから教科書と共に一冊の本を出し読み始める。タイトルは『突撃!隣の幽霊屋敷!』だ。まわりの目を気にせず、一心不乱に読んでいる。彼の席の近くで談笑していたグループは、特に彼を気に留めずに話を続ける。これがこのクラスのいつもの風景らしい。

 広いクラスでたった1人。自分なら耐えられないなぁ、と思いつつ、新島は新しくできた友人達と談笑にふけっていた。

 

 その日の放課後。新島の下駄箱に一通の手紙が入っていた。初めて新島を見たときから話がしたかった。屋上で待っている、といった旨の手紙だ。

「えー、今時ラブレター?」

 一緒に下駄箱まで来ていた友人が笑う。

「ラブレター……かな。アヤシイよね」

 新島も笑う。本当はちょっと嬉しかったのだが。

「ラブレターに見せかけたアヤシイ勧誘だったりして」

「でも……本当にラブレターだったらどうしよう」

 友人は、新島の少し嬉しそうな様子に気づいたようだ。

「行くだけ行ってみたら?あたしも一緒に行きたかったけど、今から部活あるしさぁ」

「それじゃ仕方ないね。1人で行ってくる」

 そこで友人と別れを告げ、新島は屋上へ向かって歩き出す。屋上で待っているのが、前の学校の先輩みたいな人だったらいいなと思いながら。膨らむ夢。期待。妄想。それらは屋上のドアを開けた途端、ガラガラと音を立てて崩れ去った。ドアの向こうで待っていたのは、噂の変人・古近江だったのだ。

「……よく来たな、新島」

「……えと、古近江君だよね。名前覚えててくれてありがとう」

 咄嗟に出たのは社交辞令。平和な学校生活のためには、変人には関わってはいけない。新島の脳に警鐘が響く。まだ熱い風が、不快な汗を流させる。

「お話、何かな?」

「噂で聞いたんだが、俺の部に入るつもりなんだろ?」

「……は?」

 思わず間抜けな声が出他。新島は昨日、きっぱりと否定の意思を示したはずだ。どうやら中途半端な情報が彼の耳に入ったらしい。誤解を解かなければ。

「いやいや……。オカ研には前の学校で入ってただけで、ここでは別の部に入るつもり。ごめんね」

 営業スマイルを浮かべ、やんわり断る。こういう時は下手に物事を誤魔化さず、事実を伝えたほうがお互いのためになるのだ。目立たず隠れず、何事も穏便にやりすごすためにはこうやるのが一番良い。

「……前の学校のオカ研はどうだった?」

 古近江は再び聞いてきた。意志の強そうな瞳が、新島をじっと見つめる。

「た……楽しかったよ。先輩良い人だったしさ」

 思わず怖気づく。気分としては蛇に睨まれた哀れな蛙だ。

「…………ここでオカ研を続けるのは、どうしても無理か?」

 彼の静かな声色から、無理やりイエスと答えさせようとしている訳ではないのは分かる。新島としても、ここはノゥと答えたいと思った。新島の望む穏便な学校生活のためにも、ノゥと答えるべきだった。

「……返事は、また別の日でいいかな」

 ノゥと答えられなかった。理由は簡単。質問する時の古近江が、泣きそうな顔をしていたからだ。そんな彼にノゥと答えるのは新島の良心が許さなかった。

 

  

 

 それからしばらく、2人は放課後に屋上で会話するようになった。入部に関する返事はあいまいなままだったが、それ以外の話題はとても盛り上がった。

「新島、名前はまだ聞いてなかったよなー」

「……言いたくない。名簿見てよ」

「あれは世を忍ぶ仮名で、お前本当はオポチュニティ星雲からやってきた異星人だろ」

 古近江は真顔でそんなことを言う。その度に新島は訂正してやる。

「人を勝手に宇宙人にするな。あれが本名よ……」

「……実々海(みみみ)、みが3つ、ぜーったい仮名だろ」

 古近江はくつくつ笑う。これが仮名ではないことは、充分理解しているのだ。新島もそのことは分かっているが、つっこまずにはいられない。

「だーっ!!親が実り豊かな海みたいな子になりますようにってつけた名前なの!馬鹿にしないでよね!?」

「分かった分かった。新島実々海ちゃん」

「うるさい、フルネームで呼ぶなぁー!」

 こんな風に、ふざけあったりからかいあったりした。

 

 別の日には真面目な話もした。

「古近江ってさ、どうしてオカ研やってるの?」

 新島はさりげなく古近江に聞いてみた。前から気になっていたことだ。聞いておいて損はしないと思った。

 すると、彼は急にきりっとした表情になり、淡々と答えてくれた。

「……俺、小さいときは凄いおじいちゃん子だったんだ。空手とか教えてもらったり、色々してた。でもじいちゃん、俺が5歳の時に死んじまって」

「ふーん……大変だったみたいね」

「……それでさ、俺はじいちゃんが忘れられなくて。幽霊になっても、きっと俺の近くにいてくれるって信じたいんだ。だから、俺は本物の幽霊を見つけて、じいちゃんも見つけたい!」

 話し終わる頃には、古近江の表情は険しいものではなく無邪気な笑みに変わっていた。彼のそんな笑顔を見て新島は思う。古近江 悟は、電波ゆんゆんの変人である。しかし根本的には幼い子どもなのだ。大好きな祖父のことを思い、有り得ない空想の世界を信じている。それは傍から見ればとても不気味で、それでいていとしい感じがした。

「……幽霊探し、頑張ってね」

 本心からの言葉だった。そのくらいしか言えなかった。

「新島は手伝ってくれないのか?」

 古近江の目が新島を捉える。ずっと保留していた質問に、答えなければいけない。

「……ごめん。友達が、あんまりそういうことに関わるなって……。古近江は大事な友達だとは思う。でも……ごめんなさい」

 ずっと黙っていたこと。最悪な答え。新島は新しく出来た友人より、穏便な生活――というより、自分の身を優先した。まわりから奇妙な目で見られるのがとても怖かった。まわりから浮いてしまって苦しむ人をたくさん見てきたから。自分がそうなるのが怖いから。

 古近江はこういう結果になるものだ、と思っていたようで、苦笑いを浮かべながら静かに答えた。

「……そっか。そうだよな。今まで引き止めて悪かった。幽霊探し頑張るよ」

「うん……応援してる」

 最後にそう言って、新島は屋上を去った。罪悪感はもちろんあった。後悔もした。本当なら、古近江の手助けをしたかった。しかしそれよりも自分の身が可愛かった。新島の友人のうち何人かは、すでに彼女を変人として捉え始めているのだ、そんな目で見られるのは絶対に嫌だ。怖い。耐えられない。

「……ごめんね、古近江」

 屋上から下駄箱までの道のりを、新島は泣きながら歩く。傾き始めた太陽の、橙色の光がガラスから差し込む。その光で新島の影が、長く濃く伸びる。明日、改めて謝ろう。そう思いながらいえへ向かった。

 しかし、次の日から古近江は屋上へ行かなくなった。休み時間もふらふらとどこかへ行ってしまう。新島は、彼と話す機会を無くしてしまった。 

 

 それから更に数日後。古近江は突然呼び出しを食らった。職員室へ向かう彼の後姿を見て、クラスメイトたちがざわめきだす。

「今度は何しでかしたんだろうねぇ?」

「最近は目立った事件は起きてないみたいだけどなー」

 騒ぎ出したクラスメイトたちは、根も葉もない噂や憶測を話し出す。また廃屋で何かしでかした?幽霊探して深夜に徘徊?もしかして本物の幽霊を見つけた?などなど。

「……あんまり言い過ぎると可哀想だよ」

 耐え切れなくなった新島が、ぽつりと呟く。

「えー?新島ちゃん、あいつ庇うの?」

「この間まで仲良かったみたいだしね」

 新島の友人たちは、からかうように言ってくる。ひどく不快だ。古近江をクラスメイトではなくただの奇人とみなしている彼ら。彼を庇おうとする新島も、きっと変人なのだろう。

 本当は古近江を庇いたい。彼は変だが悪いやつではない。それを声高々に主張したかった。それでも、まわりから好奇の目で見られるのが怖かった。

「……仲良くないよ。別に庇わないし」

 精一杯の作り笑顔で答える。そのまま新島は話を続ける。自分の身を守るため、必死で嘘を吐く。

「あんな変なやつと仲良くする訳ないじゃない。この間も仕方なく付き合ってあげたんだよ?もうあんな電波なやつと話したくもない!」

 大きな声で、精一杯の否定。全部嘘だ。新島は自己嫌悪する。まわりから奇人として見られている古近江の方が自分よりずっと良いやつじゃないか。自分は何をしているんだろう。

 気がつくと、教室のドアが開いていた。いつの間にか古近江が帰ってきていたようだ。彼は新島のすぐ傍を通り自分の席へ戻る。そのとき、新島にははっきり見えた。古近江の、泣きそうな顔が。

「古近江、何があったんだよ?」

 男子のグループが興味本位で質問を投げかける。

「……うちの部、明日までに部員増やさないと廃部って」

 古近江は淡々と答えていく。

「部員は俺だけだし、まぁ仕方ないよな」

 困ったような笑みを浮かべてはいるものの、声は細く震えている。

 彼の幽霊探しは1人でも出来る。だが部活として活動していれば、誰かが手助けしてくれるかもしれない。そういう意味でオカルト研究部は彼の希望だった……。そんな話を屋上でしていた。このままでは彼の希望が途絶えてしまう。『部員を見つけてこい』と言った教師は相当性格が悪いのか。彼が新たな部員を見つけられる訳がない。

 クラスメイトたちもそのような話をしている。とうとうオカ研潰れちゃうね、古近江可哀想。同情、嘲笑。

「新島ちゃん、これで古近江に絡まれなくなるじゃん。良かったね」

 良かったね?ふざけるな。新島の心に言いようのない不快感が募っていく。同時に不思議な気持ちが生まれてくる。こんなやつらのために、自分は古近江を傷付けたのか。穏便な生活?大事なクラスメイトを傷付けるのが穏便な生活か。ふざけるな、ふざけるな!

 そう思った途端、新島は立ち上がっていた。驚く友人を横目で見ながら歩き出す。向かうのは古近江の席。

「……古近江」

 はっきりと、クラス中に聞こえるように、声をかける。

「私……私、新島実々海を、オカルト研究部に入部させてください」

 言い切った。言ってしまった。クラス中に新島の言葉が響き。驚き、ざわめく。しかし新島は後悔なんてしていなかった。

「……分かりました」

 古近江は、笑顔で答えた。

 

 10月。華やかな行事も少なく、何となく気だるい時期。1年2組に賑やかな声が響く。

「実々海ー、カラオケ行こうよ」

「ごめん!今日部活あるから無理!」

 転校生だった新島もクラスに馴染み、楽しい毎日を送っていた。

「新島、今日は隣町の廃屋に行こう!」

 新島のブレザーの袖を引っ張りながら、古近江が言ってくる。顔には遠足を楽しみにする小学生のような笑みが浮かんでいた。

「廃屋は行っちゃ駄目でしょ?今日は図書館行くの」

「ふーむ。図書館なら面白い資料があるし……そうしようか。じゃあ放課後、校門で待ってるからな」

 そう言って彼は自分の席に戻っていく。その後姿を見ながら、新島は深いため息を吐いた。

「……すっかり仲良しだね」

 一緒に話していた友人が、ニヤついた目で見てきている。それは嘲笑ではなく、友人を見守る暖かい笑みだ。

「まあね……」

 新島は嫌な素振りは見せていない。むしろ軽く笑っている。

 

 新島がオカルト研究部に入ってから、色々とあった。先生たちは驚き、約束を守るために部の存続を誓ってくれた。クラスメイトたちもはじめは新島を好奇の目で見たが、彼女の決断を表彰してか前と同じように接している。むしろどんどん仲良くなっているようだ。

 古近江は相変わらずである。しかし新島の監視が加わったからか奇行に走ることは減っていき、まわりの彼を見る目も変わってきている。時々クラスメイトと話すようにもなっているらしい。

 

 その日の授業も終わり、新島は下駄箱までの道のりを歩く。秋の風が心地いい。そんな中新島は少し考える。

 オカルト研究部が無くなりかけたあの時、わが身可愛さで動かなかったならば。新島の学校生活は穏やかではあっただろう。だが古近江は大切な部活を失い、きっと今も一人ぼっちだっただろう。

 彼がそうならなくて良かったと思う。新島はなんだかんだ言いつつも彼が心配だったのだ。オカルト研究部に入ったのもそのためだったのだろう。

 たまには勇気を出して行動してみること。そういうのも悪くない、と思う。

 そんなことを考えているうちに、下駄箱まで着いた。さっさと靴を履き替え、大事な部活仲間の待つ校門へ向かっていく。

 空は、彼女の気分のように爽やかな秋晴れだった。

 


 
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