※この物語は『北郷 一刀』に対し、オリジナルの設定を含んでいます。
基本的に蜀ルートです。
それでも大丈夫という方のみ、どうぞ。
照り付ける太陽。
何処までも広がる青い海。
熱い砂浜。
北郷 来刀はビーチパラソルの下、サングラスをかけてアロハシャツを着て何故かウクレレを弾いて暢気に歌っていた。
「冷たい~現実嘆き~孤独を~♪」
尤も、そのサングラスの下ではしっかりと他の水着の女性達を追っている。
「おお! 素晴らしきかな、ハワイ! ビバ! 金髪水着美女!! おふぅ!」
しかし、いきなり後ろから蹴られて砂浜に顔面から突っ込む。
彼の後ろでは、緑色のビキニを着た愛が立っていた。
とても(ピーッ)歳を超えているとは思えぬ引き締まった体は、本場の金髪美女達に勝るとも劣らない。
「旦那様。いきなりハワイに行こうなんて言い出したと思ったら・・・此処に来てまでナンパですか?」
「違う! 間違ってるぞ愛! 私がしているのはナンパではない! せいぜい視姦だ!」
「殺しますよ?」
とびっきりの笑顔でゴキッと指を鳴らす妻に、来刀はダラダラと冷や汗を垂れ流す。
まるで彼女の背後には、逆鱗に触れた龍が見えるようだった。
が、彼はサングラスを取り、フッと穏やかに微笑んで愛の顎をクイッと持ち上げて見つめる。
「冗談だよ、マイスイートハニー。私がこの世で最も愛している女性は君だけさ」
「だ、旦那様・・・」
ポッと愛は、頬を染めて目を潤ませる。
こんなので誤魔化せる辺り、どうも彼女はその辺が鈍かった。
「愛。こういう時は何と呼ぶんだい?」
「だ、だーりん・・・」
恥ずかしそうに、とてつもなく恥ずかしい台詞を吐く愛。
「そうさ」
そう言って、んちゅーと唇を突き出す来刀。
しかし、愛はクルッと反転して彼をかわして空を見上げる。
来刀は、そのまま地面に再び顔から突っ込んで倒れた。
「しかし、一刀君は大丈夫でしょうか?」
「お、お前、この場面でそういう台詞を吐くか?」
「いえ、人の目もありますので」
苦笑いを浮かべて答える愛に、来刀はハァと溜息を零し、ウクレレを手に取る。
「何。確かにアイツは卑屈で捻くれ者で意気地がなくて優柔不断な奴だが・・・」
(誰がそういう風に育てたんだか・・・)
「アレでも私の弟だ。しっかりとやってるさ・・・それは愛も良く知ってるだろう?」
「はぁ・・・まぁ一応」
「さあ愛! 共に歌おう!」
「はぁ・・・」
来刀は眩しい太陽を指差し、再びウクレレを弾き出した。
「誰かに捧ぐ命なら~自分の境界も越えて~♪」
「あれ? 旦那様、その歌知ってましたっけ?」
公孫賛の許へ向かう一刀達四人。
その途中だった。
丘を越えた所で、一刀達は壮大な光景を目にする。
そこは一面桃色の世界―――桃の木と花が生い茂る桃園だった。
「これが桃園かー・・・すごいねー♪」
「美しい・・・まさに桃園という名に相応しき美しさです」
「・・・・・・まるで日本の桜だな」
日本ではまず見られない桃の花ではあるが、その光景は桜ととても良く似ていた。
「ほお。ご主人様の居た天にも、やはりこれほどの美しい場所があったのですか」
「まぁな」
「雅だねー」
と劉備は言うが、一刀はそこまで感動していない。
美しい、とは思うが、胸が躍る事は余りなかった。
と、その時、張飛が一刀の持っていた酒瓶を取り、高々と掲げた。
「さぁ酒なのだー!」
「って、おい。お前、子供のくせに酒飲むな」
「む! 鈴々はもうお酒が飲める歳なのだ!」
「いや、お前どう見てもみせ・・・」
「ご主人様。鈴々ちゃんは、本当にお酒が飲める歳なんだよ」
一刀の言葉を遮り、劉備がニコニコと笑顔で言う。
「いや、けど・・・」
「飲める歳なんだよ」
「・・・・・・・」
「飲める歳なんだよ」
「・・・・・・・そうか・・・」
何だか一刀もそれ以上は突っ込んではいけないような気がした。
大宇宙の定理というか、神の御業というか、ぶっちゃけ大人の事情である。
「おい、鈴々。折角の雅な場所なのに、そんな・・・」
「あはは、鈴々ちゃんらしいねー」
と、和やかに笑いながら劉備達は杯に酒を注いでいく。
しかし、一刀は酒を飲む気配を見せず、桃の木にもたれかかって座り込んでいるので、張飛が尋ねて来た。
「お兄ちゃん、飲まないのかー?」
「飲まないんじゃなくて、飲めないの」
「ご主人様、下戸なのですか?」
「そういう訳じゃないけどな・・・単に好き嫌いの問題だ。後、ついでに興味が少し」
「興味?」
そう言って一刀は桃の花の下、杯を持つ三人を見る。
劉備、関羽、張飛、そして桃園。
この組み合わせといえば、三国志演義において最も有名なシーンの一つ『桃園の誓い』に他ならない。
本来なら、桃園の誓いは、張飛の家の近くで行われた筈だが、その辺は劉備達の性別が違うので、一刀の知る三国志演義とは違うのだと理解している。
「で? これから公孫賛の所に行って、どうするんだ?」
一刀が尋ねると、関羽は杯を持つ手を止めて答える。
「前を向いて一歩一歩歩くしかないでしょうね」
「立ち止まって考えても、物事は何も進展しやしないのだ」
屈託のない笑顔で答える張飛に一刀は目を閉じる。
「関羽と張飛の言う通り・・・ではあるな」
確かに彼女達の言う事は正論だ。
だが、人間は前ばかり見ていられない。
時に巨大な壁にぶつかり、立ち止まってしまう。
それを乗り越えられるかが夢や理想を叶えられるかどうかの分かれ目だった。
自分は、とうの昔に何よりも高く、分厚い壁にぶつかり、それを諦めた。
そしてこれから彼女達が目指すものは、自分のよりも更に大きな壁が待ち構えているだろうと一刀は考える。
「そうそうなのだ! それよりお兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんは鈴々達のご主人様になったのだから、ちゃんと真名で呼んで欲しいのだ!」
「真名って何だ?」
怪訝な表情を浮かべる一刀に関羽が説明する。
「我らの持つ本当の名前です。家族や親しき者にしか呼ぶ事を許さない、神聖なる名」
更に劉備が続ける。
「その名を持つ人の本質を包み込んだ言葉なの。だから親しい人以外は、例え知っていても口に出してはいけない本当の名前」
「ああ・・・それでか」
一刀は彼女達が、劉備や関羽などではなく、名や字などではなく、全く違う名前で呼び合っていたのに合点が言った。
「だけど、お兄ちゃんになら呼んで欲しいのだ!」
「いいのか?」
一刀は確認する。
親しい人以外は決して呼んではいけない神聖な名前を、神輿にしか過ぎない自分が呼んでいいものかと思った。
しかし、彼の問いかけに劉備は「勿論」と笑顔で頷いた。
「貴方は私達のご主人様なんだから」
「・・・・・・分かった」
一刀が頷くと、関羽が自分の胸に手を当てて言った。
「我が真名は愛紗」
「鈴々は鈴々!」
「私は桃香!」
「愛紗、鈴々、桃香・・・だな」
一刀は真名を口にし、改めて彼女達に自分が期待されているのだろ思う。
そして彼は立ち上がり、彼女等を真っ直ぐな目で見て言った。
「言っておく。俺は天の御遣いって事になってるけど、この世界の人間じゃない。苦しむ人々を幸福にしたいっていうのがアンタ達の理想なら、それを叶えるのは、アンタ達の役目だ」
無論、出来うる限りの協力はするが、あくまでもそれは彼女達の背中を押し、時には支えてやる事ぐらいだ。
自分はあくまでも異邦者。
これから先、彼女等の属する事になる国は、史実では最も早く滅んでしまう。
数々の苦難や、強大な二国が彼女等を待ち受ける。
史実を捻じ曲げ、生き残り、理想を叶えられるかどうか・・・それは彼女達がやっていかなければならない。
そして何より自分は夢を諦めた者。
志半ばで果てた者は、夢を追う者と共に歩む事など出来ない。
一刀の言葉を聞いて、愛紗が表情を引き締めて頷く。
「無論です。その為に私達は立ち上がったのですから」
「じゃあさ、此処で三人改めて誓いを立てる、って言うのはどうかな?」
「賛成なのだ!」
「それは良い」
桃香の提案に、鈴々、愛紗の二人は強く同意する。
三人は杯を置いて立ち上がり、それぞれの武器を掲げ、その先を合わせた。
「我ら三人っ!」
「姓は違えども、姉妹の結びを契りしからは!」
「心を同じくして助け合い、皆で力無き人々を救うのだ!」
「同年、同月、同日に生まれる事を得ずとも!」
「願わくば同年、同月、同日に死せん事を!」
世にも有名な『桃園の誓い』を目の前で行われ、一刀はこの時は少しばかり感動した。
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今回はちょっと短めですが、これでプロローグ的なものは終了です。次回から戦闘などもありになります。