No.154241

機動戦士Zガンダム -宇宙の女帝- 5

もう少しでラストです。
ジオン独立戦争、ソロモンの悲劇がふたたび……。

2010-06-29 23:09:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1180   閲覧ユーザー数:1161

 チャプター5『サラ』

 

 

 クワトロの演説で、ティターンズは大打撃を受けた。その五日後に行われた緊急議会においてティターンズが非公認とされたのである。

 グリプス2をはじめとするサイド7の明け渡し。ジャミトフ・ハイマン大将、バスク・オム大佐はじめティターンズ幹部数十名の連邦議会に証人喚問への出頭。

 立て続けの法整備と連邦政府による命令により、ティターンズは一夜にして賊軍となりはててしまった。

 士気の低下は免れず、離反者も続出した。離反者を見つけ出し粛正するという動きもおこり、組織として成立しているのがやっとという常態になっていた。

 エゥーゴにも悪い影響は出た。懸念のとおりに一部のジオン残党が離反をはじめたのである。しかし、このまま勝ち馬に乗って発言権を得ようという残党の方が多かったために、まさにさざ波ていどの影響ですみはした。

 むしろ好転した面もあり、エゥーゴの後方支援に地球連邦軍がついた。グリプスに集結せずに月面都市に駐留し警備に当たっていたティターンズ艦隊は連邦艦隊にたちまち包囲されることとなり、小競り合いはあったもののすべてが降伏した。

 グリプス包囲網の形成は、連邦軍小惑星基地ルナ2の艦隊が一役かうことになった。

 エゥーゴは、一晩にして正規軍としての錦旗をいただいたのである。反地球連邦と名乗っていようとも、それが士気を高めずにはいられなかった。

 

 

 「二十回目の出撃になるな」

 《ガンダムマーク2》のコックピットで、カミーユはこの頭痛のようなものはなんだろうと思っていた。それは、長期にわたっている作戦の疲れからだろうと思っていた。すでに一ヶ月近くになるのだ。辺境守備隊にいたときこそ攻城作戦の方が多かったのだが、ここまで長期化することなどなかったからである。食糧事情の所為で本物の果物を食べていないことが原因かも知れないとも思っていた。旧世紀の攻城戦というのは数年に及ぶものこそ普通だったというが、宇宙世紀になってから攻城戦といえば一週間を超えるものの方が珍しい。

 もっとも、これほどまでにバックアップ体制がしっかりしている攻城作戦も体験のないことで、連邦軍の底力を思い知らされてもいた。

 現在グリーンノア1の内壁の半数はエゥーゴが抑さえている。まだ半数とはいえ、外壁のすべてはこちらが抑さえているのだから、今日にでも陥落するだろう。そうすれば、この作戦も終了するに違いあるまい。

 

 ブリッジから発進命令を受けたカミーユは、途中からその命令を聞いていなかった。いや、聞くことができなくなっていた。頭痛がひどくなって、どうにも我慢できなくなってしまったのである。

 それをみとめたデッキコンダクターが医務室に行けと進言をした瞬間、カミーユは眉間に火花が飛び散ったような気がした。それは頭蓋をとおり抜けて直接まがまがしいイメージが津波のようになだれ込んできた瞬間でもあった。

 「いけない!」

 背後から迫り来るような絶望感に、カミーユは総毛立った。

 怨嗟の呻き!

 悲痛の号泣!

 恐怖の悲鳴!

 とても処理しきれない量の情報が、まるでテレビを見ているように、しかし目を閉じていてもカミーユのなかにどっと押し寄せてきた。

 かろうじてノーマルスーツのヘルメットを取ることは間に合ったが、嘔吐感を抑さえることはできず、カミーユはコックピットに胃の中身をぶちまけていた。

 

 

 グリプス2、大口径のレーザーが発射されたのだった。

 《アーガマ》のブリッジでは、デッキコンダクターが絶叫でブライトにそれを伝える。

 そんなことは言われなくても判ると叫びたかったが、網膜を焼き、失明しそうなほどのその光を見た瞬間、ブライトは息を飲むことしかできなかった。

 彼が一年戦争の時にも見た光景だった。

 最悪の事態を避けるために、エゥーゴ艦隊はグリプスの正面には展開してはいなかった。完成しているのかいないのか判らないレーザー砲の前に居座ることなど、まさに自殺行為だからだ。死者は出ているに違いないが、艦隊の損傷は最小限に抑さえられたはずである。

 しかしあの角度は、

 「サイド4の三バンチ、直撃です!」

 《アーガマ》ブリッジのデッキコンダクターは悲鳴をあげた。

 推定では五十五パーセントの出力だが、三バンチには風穴があいてしまっただろう。一千万人の安否は絶望的だった。

 ティターンズ、バスク・オム大佐としては恫喝のつもりなのだろう。これいじょう攻撃を続ければ、次のコロニーを餌食にするという意思表示である。

 エゥーゴ側はこのことで浮き足立ち、出撃していたモビルスーツは一時撤退して遠巻きに様子をうかがうことになる。コロニーレーザーの性格上、次の発射まで時間が必要であるから発射直後の今こそが好機ではある。だが、兵の動揺を読み取れば今は静観するしかなかった。

 

 この一時間後、サイド4自治政府はティターンズ支持を公式に発表した。

 連邦政府の承認を取り消されたティターンズの前に屈するサイドがでてきてしまったのである。

 このままでは他のサイド、月面都市もどのような態度にでてくるのか判らなくなる。最悪の場合、各サイドがティターンズを支持すればいかに連邦政府といえどもそれを受け入れないわけにはいかず、再びエゥーゴの方が賊軍になる可能性もでてきた。「ティターンズは力だ!」とその将兵は口癖のように言うのだが、まさにそれを具現化しのだと言えよう。

 事実、このレーザー砲の発射がエゥーゴの責任であるというのがサイド4の公式見解だった。

 ティターンズを刺激しなければレーザー砲など発射しなかったはずだ、というのである。力のある者に、唯々諾々と従えば最小限の生活は保障されるという理論である。

 それを聞いたブライトは、憤慨した。

 コロニーレーザーを発射した責任などエゥーゴにあるわけがない。調子に乗りすぎたエゥーゴも、慎重になるべきだったという反省点はあっても、責任を追及されるいわれなどない。エゥーゴ支持の連邦議員のひとりは「この戦争が終わったら、結果にかかわらず最小限の生活が保障できるぎりぎりにまでサイド4製品への関税を引き上げてやる」と言ったという。

 

 

 グリプス2が発射した直後に一度、サイド4の公式発言の直後にもう一度、バスク・オム大佐はグリプス1の管制室で哄笑した。

 まさにティターンズは力であり、その力で地球圏を統治するべきなのである、と。

 そこに、蒼白とした顔のパプテマス・シロッコが飛び込んできた。

 「大佐。なんてことをしてくれたのですか」

 「エゥーゴの包囲を突破する他の方法があれば、教えてほしかったものだな」

 バスクは白々と言ってのけた。

 たしかに、あの状況でエゥーゴを退ける方策など無かった。グリプス2の発射はシロッコも考えていたが、その標的は連邦小惑星基地のルナ2だ。わざわざ遠い、それも民間コロニーを標的にする必要はないのである。民間施設への攻撃は国際法違反である。何より、武装をしていない民間人に攻撃することなど人道的に大問題である。しかし、グリプス2のチャージには最低でも三日はかかる。それでも二十パーセントの出力であるから、少ない発射回数で効力を得ようとすればコロニーを攻撃する方が適当なのはたしかなことだった。軍事施設を攻撃したところで、サイド4はティターンズ支持の表明はしないだろう。サイド4の表明は、他サイドのティターンズ支持を引き出す最短の策だったのではある。

 シロッコは、返事に窮した。それでも、ジャミトフ閣下がこのようなことを望んではいないのは明白だ。しかし、たとえ階級を超えて諫言したところで、この男は歯牙にもかけないであろう。目の前にコロニーレーザーに焼かれる人々の姿が見えたところで、この男は眉ひとつ動かさないだろうということも解っていた。

 『私やサラ准尉の頭のなかには、サイド4の人々の悲鳴が直接流れ込んできたのだぞ!』

 全身に鳥肌が立ったのを思い出したシロッコは、声をかろうじて咽でせき止めた。思わず腰のホルスターに掌をかけるところだった。ここでこの狂気の男を殺すことはわけはない。前戦において士官の死亡率の二十パーセントは部下の謀反だという統計を思い出していた。上官を殺害したことにより軍法会議で有罪になろうとも本望だと思える。しかし、ティターンズは統率を失い、まさにちりぢりになるであろう。それは避けねばならないと思った。今は、これと同じような二発目を避けさせられればそれでいいとするしかあるまい、と自分を無理矢理納得させた。

 踵を反すシロッコに、バスクは命令を下す。

 「敵は完全に浮き足立っている。このチャンスに、貴様の《ドゴス・ギア》隊は、ガディ少佐の機動部隊に合流してグリーンノア1を完全奪還せよ」

 それにシロッコは返事をせずに退出したが、バスクは鼻を鳴らして失笑しただけだった。

 

 

 《ドゴス・ギア》には艦長がいる。

 その単独艦でのドゴス・ギア隊をガディ少佐の機動部隊預けになっている現状ならば、自分はそのモビルアーマー隊の指揮をするだけでいい。下品だと思いつつも、シロッコはこの戦闘でうさを晴らすことを考えていた。どのみち、エゥーゴを退けさせられなければグリプス2があのような使われ方をするだけだ。

 シロッコは、グリーンノア1の外壁にへばりつくエゥーゴ戦力排除のため、サラ准尉と出撃していた。

 

 体調も落ち着き、戦場に《ガンダムマーク2》で出たカミーユは、吹き上げてくる強風を感じて息が止まりそうになった。

 宇宙空間でモビルスーツに搭乗していて風など感じるわけがない。まして、ノーマルスーツをまとっていないかのように風を感じることなど。

 グリーンノア1に進行している途中で二機のモビルアーマーに襲いかかられ、その立て続けのメガ粒子砲と猪突をすべて躱すことができたのは、“風”を感じることができたからだった。レーダーでは既にキャッチできていた機影だったのだが、こちらに敵意をみせている機体か否かを察知できたのは“風”からである。

 『また、シロッコのモビルアーマーか?』

 グラナダ市内で、スイングバイのタイミングで、カミーユたちをおそった巨大なモビルアーマーが再び迫る。この二機に編隊を断ち切られたことで、アポリーたちと合流することはほぼ絶望的になってしまった。ここからひとりで《アーガマ》に帰ることもかなわないのではないかと思えて、カミーユは絶望しはじめた。

 「シロッコやサラならやめろ!」

 カミーユの声が聞こえるはずもなかった。それでも、叫ばずにはいられなかった。何故、ふたりがグリプス2を使うようなティターンズにいるのだ。シロッコならとめることができたのではないのか。

 それは、カミーユの怒りだった。

 

 シロッコは、血を吐くような思いだった。事態というのは、常にままならない。連邦政府は腐敗し、地球は疲弊し、バスクは先走り、カミーユ・ビダンは敵にいる。そして自分の出自は変えられずに永遠に呪われたままだ。この上、無駄にサイド4の民を死なせてしまった。

 「貴様とて、サイド4の悲鳴が聞こえただろう!」

 それは、カミーユに対する詰問というよりもシロッコの悲鳴であった。

 カミーユがサラを受け入れさえすれば、きちがいじみたバスク・オムや夢想家のシャア・アズナブルを退けてとっくに戦争は終結していたはずなのだ。悲劇が広がるのが半ばはカミーユの所為でもあると確信していた。

 

 カミーユ・ビダンがパプテマス大尉をこまらせるなら、部下である自分は全力でこれを排除しなくてはならない。

 スイングバイの接触で撃ち損じたときに抱いた安堵を、サラは猛省していた。知人であれ、敵ならば殺すべきときに殺す。それが軍人というものだ。有史いらい、軍人はそうすることで共同体、国家の維持運営の礎になってきたのだから。カミーユのように、優しさだけでこの世界を維持できるはずだと勘違いしている青年を排除せねば、人類はこの先ずっと甘い毒を飲まされつづけて緩やかに死にむかうだけだ。

 どうしてこんなに戦えるのに、カミーユはエゥーゴにいるのか。

 ティターンズにいて、パプテマス大尉とともにいれば、こうなってしまった地球だって救えたのかも知れないのに。

 「少尉がエゥーゴにいたら、大尉も地球も死ぬ!」

 

 サラのその絶叫は《メッサーラ》の分厚い装甲を突き抜け、宇宙空間に四散する。

 刹那、それを捕らえてしまっていたことにカミーユは驚愕していた。周波数のあっていない無線でサラの声が聞こえてくるはずもない。それでも、サラ・ザビアロフの姿までが見えていた。生身の姿を見せることで敵パイロットを動揺させるティターンズの新兵器かといっしゅん疑ったが、そうではないとそれもすぐに否定できてしまっていた。声が脳髄に直接響く感覚は一度経験がある。スイングバイの時、シロッコに感じたものといっしょだ。

 同じように、サラもカミーユの姿を捕らえてしまっていた。須臾の困惑はあるが、カミーユに声を届けたけたいのだからこういうこともあるのだと、妙に納得できてしまっていた。

 カミーユも叫びかえしていた。

 「非道のティターンズに、今や大義があるのか。エゥーゴはティターンズをとめるためにあるんだ」

 「それが解っていないというのよ。ただ、その場の成り行きでエゥーゴに在籍し、すり込みの一方的な情報だけを信じて思考停止しているのは、滑稽なことだわ」

 そのサラの言葉は、カミーユには辛辣だ。だから、まるで子供のようにぐずるしかできなかった。

 「それが、いけないってのか。理由があれば、民間人虐殺が許されるとでもいうのかよっ!」

 「人は、実力や地位に比例した責任を負わなくてはいけないのよ。こんなに戦えるのに、少尉はそれにみあった志を持たないの?」

 「君がシロッコやジャミトフのために戦うのは、そのためだって言うのか?」

 否定的な訊き方をしたが、それでもカミーユにはサラが傀儡にされているようには見えなかった。そのけなげさを不憫だと思うのはひどく失礼なことだと思えるし、自分こそが哀れにも思えた。

 「世界は、優しさだけではできていないわ。少尉のような人は、人の業につぶされるって解るのよ」

 「じゃあ、何故、僕は君をこうして感じられるんだ!」

 こうして敵と精神の共鳴があっても、何も生み出されはしない。親兄弟や恋人ですら、こうも理解をすることはできないだろう。他人と形容すべきサラ・ザビアロフをこうも近くに感じることができるのは、人同士の関係としては素晴らしいことだ。

 なのにどうして敵として出会ってしまったのか!

 「未来には変わるわ。でも十年前から今も、地球にいる人間はニュータイプを兵器のようにしか理解できないのよ」

 サラは、今カミーユが感じている動揺を既に感じて克服していた。

 そのいかにも軍人らしい割り切り方に、カミーユは絶望を感じた。今、二人で見ている世界はいつか人類も見ることのできる世界だ。それは間違いがない。でも、カミーユはそれを今手に入れられるはずだと信じ、サラは遠い未来だと見限ってしまっている。

 「君だって、ニュータイプだろうに」

 「たとえニュータイプでも、今は私たちのようにしか出会えないのよ。貴方がティターンズにさえいてくれれば。いえ、《ガンダム》を強奪さえしなければ……」

 「……サラ」

 

 「准尉! ここは戦場だ!」

 

 それは、カミーユとサラの掌が触れあう直前だった。

 モビルスーツに搭乗していても、カミーユにもサラにもそのように感じられたその刹那、パプテマス・シロッコの思念が二人の間に割り込んだ。

 二人の意志は磁石のように離れ、現実に引き戻された。

 

 シロッコは、今の自分の行動を理解しきれず絶叫した。

 サラとカミーユ・ビダンが手を取り合うことは自分こそ望んでいたはずだ。カミーユをこちらに取り込む好機を躬ら握りつぶしてしまったことに、シロッコは愕然とした。

 そこに隙ができ、現実に引き戻されていたカミーユがそれを見逃すはずもなかった。

 カミーユがビームライフルの照準をシロッコの《メッサーラ》に合わせた時には、シロッコもそれに気付き、そして観念してしまっていた。

 

 「大尉!」

 サラの大喊。

 

 カミーユの放ったメガ粒子は、シロッコをかばったサラの《メッサーラ》のコックピットを貫通していた。

 《メッサーラ》のコックピットの位置が確定できているわけでもないのに、躬らの放ったメガ粒子がサラの肢体を焼いてしまったことがカミーユには判った。そして、メガ粒子の高熱によって一瞬で蒸発してしまったはずの聞こえるはずのないサラの悲鳴がカミーユの耳朶をうった。

 「サラ!」

 カミーユの絶叫は、まるで宇宙に響き渡るようだった。

 

 シロッコにはサラの最期の声が聞こえてしまっていた。それは、シロッコを発狂させるのに充分な声だった。サラは、死ぬその瞬間まで自分のことだけを案じてくれていた。自分の夢を実現するためになら礎になることなど些細なことだと。

 「私をかばったのですか。戦場では、臣下が主君をかばうものだというのに!」

 シロッコは、絶叫でまさに咽をつぶしそうだった。

 ティターンズでは、たしかに自分はサラの上官であった。しかし、彼女が意識してはいなくとも自分は忠実な家臣でいたつもりだった。ジャミトフ閣下と自分が新たな秩序を構築した後、その砂漠のようになりはてる直前のこの世界を導くのはサラ・ザビアロフだったはずなのに。なぜ下僕の身を案じ盾になってしまったのか。夢の為であれば、彼女こそが生き残るべきだったというのに。

 シロッコは、《ガンダムマーク2》を睥睨した。

 

 「なぜ、君はそんなになっても笑っていられるんだ」

 カミーユの自己への呵責は、サラへの理不尽な詰問になっていた。

 「人は報われる為に生きていても、報われないことの方が圧倒的に多いのよ。だから、この身は滅びても本懐の達成ができることは名誉だわ。これで私は、パプテマス様とずっといっしょにいられる。カミーユになら、解ることでしょう」

 サラからの恨み言はなにひとつありはしなかった。

 後悔がないと言えば、それは嘘になる。でも、時として、命よりも大切なものがある。易々と捨てられるのが命ではない。だからこそ、この一瞬にこそ命をかけられたことは女として誇りだと言うのだ。

 フルフェイスのヘルメットのなかを溺れそうなほどに涙でいっぱいにしながら、カミーユは、死んでしまったらおしまいだという安っぽい言葉を飲み込んでいた。サラが笑顔であるが故に心が痛かった。

 「解るなんて言えるもんか。僕は、君を殺してしまったんだ」

 「しっかりなさい、カミーユ・ビダン少尉。これは戦争なのよ。そして、私達は軍人なんだから」

 「ああ、そうだな。君ともこうして解り合えたんだから、少しずつ人は変わってゆくんだと、信じられるよ」

 しかし、それきりサラの声はカミーユに聞こえてはこなかった。

 そうだ、彼女はカミーユいじょうに語りかけなくてはいけない人がいる。

 そのことにこそ忙しいのだ。

 

 刹那、

 《ガンダムマーク2》の機体が大きくひしゃげ、脳が耳からでてきそうな振動がおそう。

 次には機体の右腕がもぎ取られていた。

 “少尉。お前は女帝殺しの大罪人だ。なぜサラ様の気持ちに気付いてさし上げられなかったのか!”

 《ガンダムマーク2》はシロッコの《メッサーラ》の太いかいなに捕らえられていた。巨大な《メッサーラ》に、《ガンダムマーク2》はまるで子供に弄ばれるおもちゃのようにされてしまっていた。

 開いた接触回線から、シロッコの怨嗟が聞こえてくる。既に我を失っている者の声だった。

 「やめるんだ、シロッコ。サラの声が聞こえなかったのか!」

 なぜ解らないんだ。お前の近くにサラがいるのだとなぜ気付くことができない。お前こそニュータイプだろうに!

 カミーユの涙は既にかれていた。

 《ガンダムマーク2》は、既にただの金属のかたまりと化しており、機能の大半が死んでいた。

 《ガンダムマーク2》の頭部はもげ、両脚はちぎれ飛び、既にモビルスーツの体裁をなしてはいなかった。

 しかし、怒りにまかせるだけのシロッコの《メッサーラ》の操作は実に稚拙になっており、カミーユはそこに活路を見いだした。

 かろうじて稼働する《ガンダムマーク2》の左腕を操り、《メッサーラ》のコックピットを殴り砕いたのである。

 《ガンダムマーク2》のすべてのシステムはそれを最後に止まってしまった。コックピットハッチがだらしなく開いてしまい、カミーユはそこから宇宙空間に放り出されてしまう。

 シロッコの《メッサーラ》も途端に動きを止めた。今の一撃で死んでしまったのかも知れない。

 しかし、その予想は裏切られた。《ガンダムマーク2》に殴り砕かれた装甲の裂け目から、ティターンズの黒いノーマルスーツが飛び出したのである。だが、それは異様な様だった。ノーマルスーツのヘルメットシールドは既に粉々に砕けていたのである。素肌が宇宙空間に晒され、シロッコの鬼のような形相が判った。普通なら死んでいるはずだった。

 素手で襲いかかってくるそのパプテマス・シロッコであろうノーマルスーツにカミーユは拳銃を撃つ。しかし、いっこうに相手は怯むそぶりもなかった。間違いなく腕なり胴なりに着弾しているはずだ。

 ついに恐怖心が勝り、カミーユは拳銃を投げつけていた。反作用で回転をはじめてしまった体勢を立て直すことができず、カミーユは恐怖の上に焦燥を重ねる。その回る視界のなかで、拳銃を顔面に受けたシロッコがもんどりうって遠ざかってゆくのは見えた。お互いに無重力空間で完璧に姿勢を制御する術をもっていないことがカミーユの危機を救った。

 

 第一の危機は脱したが、このまま漂流者になれば間違いなく数時間後には酸欠で死ぬことになるだろう。救助信号は出続けてはいるが、この広い宇宙空間で、しかも戦場で拾ってもらえる可能性は極めて低いことをカミーユは知っていた。サイド7の宙域だとはいえ、未だ戦闘は続いている。流れ弾に当たることだって考えられるのだ。拾われても、それがティターンズだったら死ぬよりもつらい拷問が待ち受けている。国際法で禁止されていようとも、戦争が始まってからの敵味方の感情を無力な敵兵の前で押さえきることは難しいことだ。

 遠くの爆発音を背景に自分の呼吸音を聞いていると、どんどんネガティブな方へ思考が向かっていくのでカミーユは失笑した。

 それでも宇宙軍の訓練の賜だろう、その恐怖心はしだいにうすれていきカミーユはサラのことを考えるのもやめようと思った。ゆっくりと眠りにはいろう。そうすることが酸素の消費を小さくする最善の手段だ。

 「シロッコよりも先に君のもとへ行くことになっても、許してくれ。サラ……」

 そう呟くと、カミーユはゆっくりと目を閉じた。


 
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