No.153753

水と祈りと信仰と

シェングさん

祈りによって存在を許されるラウドという国。水を作り出す精霊ウンディーネ達はどういった経路を辿るのか。

2010-06-27 17:58:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1124   閲覧ユーザー数:1118

「お姉さま!」

 宮殿の中に甲高い声が響き渡る。

「そんな大きな声を出してどうしたの?」

「いえ……今日も祈りが届きました!」

 黄金の椅子に腰を掛けている風格のある女性は、報告をした元気ハツラツな少女に指示を出す。

「それでは東の国に雫をこぼしなさい」

「はいっ!」

 ここ、雲の上の国――ラウド――では妖精たちが飛び交っている。国と言っても数は二十数名程度で規模としてはそこまで大きくはない。しかし、彼女たちがもたらすものは地球の生物にとって切っても切り離せない水である。

 古き時代。人々は雨ごいによって雨を降らせてきた。祈り・信仰と言ったものがこの国ラウドまで届き、それを受けて女王が決断を下して雨を降らせるというシステムだった。

 水を創り出すことができるのは限られた素質の持つ者しかできず、ラウドでは女王のみがその力を持っていた。

 ……水の精ウンディーネの存在を信じる者はいるだろうか。絶えずその疑問を女王は考えていた。仮に信じる者たちがいなくなれば私たちは……ふっ、と一息をつく。例えどれだけ考えたところで、意味のないことである。雲の上の宮殿から下の世界を見て祈りがあることを確認した。

「適当に雨でも降らせましょうか」

 気まぐれの妖精。それは春の天気のようなものであった。

 

 

女王の命を受けてはりきる少女。ふよふよと飛んでいる妖精が目に入ったので、少女は反射的につい声をかけてしまった。

「ルインおねーさまー! 一緒に雨を降らせよーっ!」

「……誰にでもお姉さまっていう癖やめなさいな」

 叫んできた少女――アウラ――の頭をこつんと小突く。そんなに強くは叩いていないのに大げさに頭を押さえてこちらを恨めしそうに見ている姿が、何だか可愛いとルインは思ってしまった。

 基本的にウンディーネ達の容貌はそこまで大差がない。性格に違いはあれど、大体は鏡で自分を見ているようなものである。

容姿の水準が高く整った顔立ちに、太陽の光を反射する鮮やかな金髪。水に濡れたような碧眼。しっとりとした唇。骨格などの作りは人間とさほど変わりはしていない。ただ、大きな違いとして背中に四枚の羽根が二枚ずつ左右対称に生えているのである。

 だが、どこの世界にでも例外と言うものは存在する。アウラと言うウンディーネは、顔に締まりがないのだ。いつも笑っていて元気なことはいいのだが、空気が読めないことでラウドでは評判なのである。

「ほら、ぴっと背筋を伸ばしなさい」

「やだー疲れる」

 この駄々っ子が……ルインはまた小突いてやろうかと思ったが、泣かれると面倒なので威圧するような視線でアウラを見つめた。

 その視線を感じていても屈託のない笑顔で、アウラはルインを見つめ返した。ルインはその笑顔を見て、にこやかにでこぴんをした。

「いたっ! すっごく痛い!」

「はいはい、馬鹿なことはやってないで雨を降らせに行きましょうか」

 その言葉を聞いて単純な少女は歓喜の表情を浮かべ、くるりとその場で回転をして雨を降らす場所へと二人は向かった。

 

 

 

 飛行して数分、目的地に辿り着いた。

「うわぁ……広い……」

「ここは相変わらずの広さねぇ」

 宮殿から少し離れた場所に、雲の上に無造作に置かれた扉がある。そこを開けると青い空が二人の目に目に飛び込んできて、爽やかな気分にさせてくれる憩いの場所である。そして、それと同時に重要な役割を持っている場所で、地面には縮小化された世界が平面に敷き詰められている。

「ほら、アウラ。女王様が言っていたでしょう? 早くやりなさいな」

「ルインおねーさまはせっかちだなぁ」

 ぷっくりと頬を膨らませ、渋々と如雨露を傾けているアウラ。ただルインも本気で言っているわけではないので、自然とアウラの動作は緩慢なものになる。正直なところルインもこの場所でゆっくりしていたいのだ。如雨露で水をかけることを見ているだけである。

 一粒の水滴が如雨露から零れ落ちる。地図上の東の国に付着した瞬間にそこには大きな雨雲が生まれ大量の水をもたらしていく。

「おねーさまー水ってそんなにいいものなの?」

「そうね。少なくとも下界の人にとっては大切なものだわ」

「ふーん……」

 ウンディーネに取って水や食料と言うものは一切必要ないので、大切なものと言われ不思議な気分にアウラ放った。

 地図に付属されている顕微鏡。これを覗くと下界を見ることができる。顕微鏡越しに見える歓喜の表情。これを見ているとアウラもルインも少しだけいい気分になった。私たちのやっていることはいいことなんだと。そう二人は思っていた。

 

 雷の音がうるさい……騒ぎ出す者もいる。騒ぎ声と言うのは妙に耳触りである。

現在進行形で自然の脅威を体現している。それが雷であり、雨である。自然の力には時として抗いようはない。不条理でいて美しいのが自然。それをいつから軽く見てしまったんだろう。あぁ、なんて理不尽――――

 

 

 ――――世界は時を過ごした。祈りや信仰。そう言ったオカルトめいた物は徹底的に排除され、科学等が台頭する時代へと変わっていった。この煽りを受けたのはもちろん、雲の上の国ラウドである。

 

 

「………………はぁ」

 女王は悩んでいた。元々規模は大きくないのだから維持をすることは簡単だった。だが、前の時代に比べて遥かに出せる力は劣っている。綺麗な雲も、爽やかな青い空も、今はくすんで見えているだけである。

 

 最近ラウド全体は、心なしか活気がない。いや、目をそむけているだけで本当に活気がないのだ。皆薄々と今の状況に気付き始めていた。

「やっほー! ルインおねーさま!」

「アウラか……」

 アウラの姿を見てルインは苦笑する。この非常事態にどうして君は笑っていられるのかと。年々衰えていく力。それがルインには怖かった。アウラは気付いていないのだろうか。そう言った考えがルインによぎった。

「むぎゅっ!」

 アウラに両頬を思い切り引っ張られる。

「いひゃいいひゃい! やめなひゃい!」

 あははっと無邪気に笑っているアウラ。それを追いかけるルイン。色々なことを一瞬で吹き飛ばされた。様々な危惧を吹き飛ばしてくれるアウラ。他愛ないやりとりを見ていたウンディーネ達にその能天気さが伝染したのか、にわかに活気が復活した。

 

「やらなければならないわね」

 長い葛藤の中についにひとつの結論を導き出した。外からは笑い声が聞こえてくる。あぁ、どうして神は私たちに試練を授けたのでしょうか。考えても、悩んでも誰からの返答もあるわけがない。ラウドを守るために、女王は苦渋の選択をせざるを得なかった。

 

 一体、何百年振りだろうか。召集の鐘が重々しくラウドに響き渡った。遊んでいるウンディーネ。仕事をしているウンディーネ。共に宮殿の女王の間に集められた。

「一つの決断を下します」

 一瞬の静寂が訪れる。女王が重々しい口をゆっくりと開いた途端に、時計の針が動きを止めた。急速に場が冷えていく。気温が、体温が、すべてが凍てついていくようだった。誰もが動かなかった。動けなかった。信じられない、嘘だ。繰り返される自己問答。そんな中アウラが小さく呟いた。

「嘘だ……嘘ですよね…………」

 小さな体を小刻みに震わせている。先の言葉を信じることはできなかった。

「なんで……なんで! どうして災害を起こさなきゃならないんですか!」

 女王は言った。災害を起こすと。水難事故やずっと続く雨を降らせれば、祈りや信仰がまた復活すると。それはある意味正しい答えだった。

「私たちが生きるために必要なものです」

 それでも納得をすることはできない。女王ですら苦虫を嚙み潰したような表情である。

「辛いことですが、仕方ありません」

 アウラはルインを見上げた。一人だけ女王の決意を汲み取ったかのように、女王を真っすぐと見つめていた。

 ルインは目を伏せアウラの肩をぽんぽんと叩く。アウラの顔は涙でぐっしょりと濡れていた。水滴がぽたり……ぽたりと流れ、床を水たまりにした。

「解散……これは決定事項よ……」

 女王の一声でウンディーネ達は去っていく。各々が微妙な表情をしていた。アウラはずっと泣いていた。それをルインはずっと見ていた。どれだけの時間が過ぎていったのだろうか。アウラは亡霊のようにふらふらとした足取りで宮殿を出て、いつか雫を落とした場所へと向かった。

 あの美しい場所へ。アウラはその一心で扉を開けようとした。しかし扉は固く閉ざされていた。

「女王様から鍵はもらっているわ」

 ルインはアウラがここに行くような気がしていて、女王から鍵を受け取っていたのである。

「ルインおねーさま……」

「どんだけ、あんたと一緒にいたと思ってるのよ」

 こつりと小突く。懐かしい。とても懐かしいやりとりのような気がした。ルインは施錠されていた重々しい扉を開く。長く閉ざされていたせいか、ギギギと鈍い音がする。

 扉を開けると二人の眼前には、何百年前か見たものとは違う世界が飛び込んできた。

 灰色の空。そして平面に敷き詰められていた世界は虫食いのように穴があいていた。

 かつてはあった憩いの場所。それはもうすでに幻想と化していた。そう、だからこそ女王はここの場所を閉ざしていたのだ。

 がっくりとうなだれる二人。アウラの瞳はもう光がない。精神がまだ未熟だった分、多大なダメージを負ってしまったためである。

「ほら、ルイン! しっかりしなさい!」

 そう言っているルインの顔もゆがんでいた。今にも泣き崩れそうである。唯一の憩いの場所さえこのようになっている。ラウドの崩壊もすでに近づいている。頭がいいというのも皮肉なものだ。すでに時は秒読みの段階に入ってしまっていることに気づいてしまったのだから。

 それでも彼女は親友を気付けようと必死になる。大事なのは国よりもアウラなのだから。

「ねぇ……ルイン……」

 おねーさま。と呼ばないのは初めてのこと。初めてルインはアウラに呼び捨てで呼ばれた。

「ルイン……ごめんね」

「アウラ……」

 扉が点滅を繰り返す。ここはすでに幻想の場所。ここにいては幻想にのみ込まれ現実からは姿を消すことになるだろう。

 戻ろう。アウラ。…………とは言えなかった。このまま戻ったとしても目にするのは崩壊。それを知りつつも、このまま消えていくのを見過ごすわけにはいかなかった。

「アウ……」

「ルインおねーさま……」

 アウラに遮られる。眼に力はない。ただ、昏々とはしているが瞳の奥に小さな光が灯っていた。

「アウラっ! あんたは……っ」

 急かすように光り出す扉。ギリッとルインは唇を噛んだ。ルインは願った。一つのことを。

「楽しくやりなさい!」

 ルインはアウラを置いて、虹色に光り出した扉の内側へと入る。崩壊の瞬間ルインが最後に見たものは、アウラの優しい頬笑みだった。

「アウラぁぁぁあああぁああああああぁああーーっ!」

 絶叫がラウドに響く。悲しみが心に満ちる。一つの光と十の雨。それが生み出したものは何か。雲の上の国ラウド。その存在は終焉へと向かい、やがて世界と言う舞台から幕を下ろした。

 

 

 

 ――――というわけでこの話はお終いだよ。

青年は、ぱたりと紙芝居を閉じる。

「えーつまんなーい!」

「よくわかんなーい!」

 色々な文句をぶつけられる。今日の紙芝居は不評だったようだ。もう少しわかりやすい話にするべきだったか。紙芝居を読み終えた青年は聞こえないように軽く舌打ちをする。

「わー! 虹だー!」

 先程の雨はすっかり止んだのか、太陽が雲からひょっこりと顔を出していた。

「帰ろうか。……………………」

 虹を見ている子供たちを尻目に紙芝居道具をたたみ、すっと立ち上がった。それに合わせて肩に軽い重みが乗った。

 

 

 綺麗な虹が見えている。彼女が願ったのはこの虹のように美しいモノだったのだろうか。そしてその願いは叶ったのだろうか。

 

 


 
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