「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ
第12話 破壊意思のオーバチュア
帰り道は、集合時刻まで間がなかったため、よそ見をせずにまっすぐ宿まで帰還した。
ただし、途中でしがない服屋に寄ってオレと夙夜の服だけ揃えた事を付け加えておく。そうしないと、明日から着る服がない。
宿には警官がいるかと思ったが、既に撤収していたようだ。そして、研修旅行もこのまま何事もないかのように続行らしい。
オレと夙夜には昨日とは違う部屋が与えられ、ごろりと転がってすでに一時間。夙夜はほとんどぴくりともせずに布団の上に座り込んでいた。その姿は、まるでリラックスしながら獲物を待つ獣のようで。
修学旅行の時も思ったんだが(あん時も同じ部屋だった)、コイツは一日に何度かこうやって一人の時間を過ごさなくては生きていけないらしい。
しかし、昨日の夙夜の言葉ではないが、このままでは風呂に入りそびれてしまう。
「風呂行くぞ、夙夜」
ぺん、と頭を叩いてやると、夙夜は顔をあげ、分かった、と答えた。
しがない旅館と似合わない広い浴場には、誰もいなかった。
隣で目を閉じたまま髪を洗っている夙夜に、意地悪で桶の湯を一杯かけようとしたけれども、アイツは耳がいいからそんな単純な攻撃は簡単に避けやがった。のでシャワーを直接かけてやると、非難の叫びを上げたので、無視して湯船へ直行した。
夏だからなのか、高校生が何人も入ったからか、少しぬるめの湯につかると、一日の疲れがどっと押し寄せてきた。
今のところ、悩みの元は大きく分けると3つ。
まず一つは組織関連。
昨日伏見稲荷で会った望月とキツネ少女の事だ。夙夜の主張が正しいならば(今までの経験上100パーセントの確率で正しいが)、オレの部屋を荒らしたのはあのキツネ少女という事になる。
いったい、何が目的だ?
望月の指示なのか?
それともあの珪素生命体《シリカ》が単独でやった事?
望月が行きつけだと言った甘味処が京都の街のど真ん中である事を考慮すると、あのクソ眼鏡はここいら周辺に住んでいる事が予想できる。関西弁なのもこの周辺に住んでいるからだろう。
組織の研究員だと言っていたが、もしや組織の施設か何かがこの付近にあるのだろうか。あの二人に関しては、後で白根に聞いてみた方がいいかもしれない。
最も、答えてもらえるとは限らないが。
オレは、組織について何も知らない。組織、という事は国家とはまた別なのだろう。たとえば、夙夜の叔母の香城珂清(こうじょうかすみ)さんは国家組織に属すると言うけれど、白根はどうやらそれと無関係。
オレが知る限りで他に珪素生命体《シリカ》関連の組織というと、民間で珪素生命体《シリカ》の権利を主張する、動物愛護団体関連の組織くらいだったと思うのだが……くそ、もっと社会に目を向けておくべきだった。帰ったら毎日、新聞を読む事にしよう。
そして二つ目は警察。
とうとうオレたちを珪素生命体《シリカ》の囮にするほどまで嗅ぎつけられた。
単純に、『遠目に見た』というならともかく、コミュニケーションをとって名前まで与えて、オレ達が遭遇した珪素生命体の数はめでたく5体を数えた。
オレたちの事が溝内と名乗った女警部の独断か、それとも警察全体に行きわたっていることなのか、オレには見当もつかない。が、今回、偶然とはいえ初日から珪素生命体《シリカ》を呼び寄せてしまったオレたちは、確実にブラックリスト行きだろう。
それは確実に夙夜のせいだと思うのだが、一緒に行動して、同じだけの珪素生命体《シリカ》と遭遇してしまっているオレも同罪になっているのは避けようもない事実だ。
――罪
シリウスの殺人を隠そうとした事。その後、シリウスを消滅させたのはオレだ。
梨鈴と過ごしたこと、それから、イズミというネコ少年が梨鈴を消して――そのイズミを、『夙夜が消した』。
そのどれもが、オレの罪。オレたちの罪。
そうだ、夙夜が覚えているはずの警察資料についても聞いてみなくちゃいけねえ。
これからオレたちがもっと珪素生命体《シリカ》と関わっていくとしたら、必然的に関わっていく気もするが、いったいどうしたらいいのか。ちっぽけな高校生でしかないオレは、いったいこの先どうなっていってしまうのか。
ああ、そうだ、それが問題ってヤツだ。
それから三つ目、今回の盗難事件の犯人であると思われるウサギ少年と子供のこと。
最も軽い問題で、最も差し迫った問題とも言えるコレ。
残念ながら、これに関しては何にも分かっちゃいねえ。
ずっと京都で盗難の罪を重ねているあのウサギがオレたちの前に姿を見せた理由も、あの子供との関係も、それから盗みを重ねる理由さえ。
分からないことだらけ。
分かっていた現状を再確認して、オレは湯船の縁に腕を持たれてため息一つ。
ぴちょん、と湯船に雫が落ちる。
「マモルさん」
「うおっ、びっくりした! 気配消して近寄んな!」
突然の夙夜の声に、驚いて飛び退った。
「俺、気配消すなんてできないよ。マモルさんが考え事してて気づかなかっただけだよ」
いや、オマエはケモノだからな。そのくらい普通にできそうだ。
「マモルさん、今日はたくさんあって疲れたねえ」
「そうだな」
「何から話していいか分かんないや」
「……必要があったら、そんときはオレが聞く。だから、全部覚えとけ」
「はーい」
へらへら笑いやがって。
なんかイラっとしたから湯をかけてやったらかけ返された。
夙夜は水をとばすように頭をふるふる振った後、何でもないように言った。
「ねえ、マモルさん。昼に遭ったウサギさんに、もう一回会ってみる?」
「?!」
コイツはまた、唐突に唐突の輪をかけて、何を言い出すんだ?!
「さっきさ、せっかく見つけたから、近いし、会いたいかと思って聞いてみたんだけど」
見つけた? もしかすると、さっき瞑想しているように見えたのは、珪素生命体《シリカ》を探していたとでも言うのだろうか。
香城夙夜18歳、桜崎高校3年文学部所属。へらへらと気の抜けるような笑顔で人当たり良く、敵は少ない。頭の超のつくマイペース人間で、周囲から天然だと思われている事も多い。
だがその実、その中身は、ヒトから大きく外れたモノだ。
野性のケモノ――その名称が正しいのか、オレには判断できないが。
「……行くか」
浴衣ではなく、昼間買った私服に着替えて。
教師と同級生の目を盗んで、オレたちは宿を抜け出した。
さあ一歩を踏み出そう。
気づいたのならばもう枷はない。
世界の終焉まで転がり落ちよう――伝道師の導きによって道化師は破壊意志を持ち、ケモノは破壊の遂行者に変わる。伯楽は破壊を憂い、観測者は己の無力を嘆く。
災厄の始まり、すべての終わり。
すべてはすでに始まっていたことだから。
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
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