プロローグ
気がつけば、いつも僕の後ろをついてくる一匹の野良猫が居た。
最初は気にしていなかったが、毎日付け回してくるので次第に気にするようになった。
その日は見かけなかったので、ストーキングにも飽きたんだなと思った。
翌日、他の猫に襲われ傷ついてボロボロになっているソイツがいた。
いつも僕の後ろをついてきてた野良猫だ。
頼りない足取りで必死に僕の後をつけ回してくるが、可哀想だとかは思わなかった。
冷たいようだが「こいつはこういう運命だったんだ」と思うことにし、家に帰って家業の食堂の手伝いをした。
うちの店は常連さんも減っていて、夕食時でもテーブルが空くようになってきたので明日にでも潰れてもおかしくないと思ってしまう程だ。
その日の仕事は、あの野良猫の事が気になってしまって仕事中もずっと上の空で、失敗も連発してしまった。
その翌日、あの野良猫は更に衰弱していて、もう助からないんじゃないかと思った。
「ここでいつもみたいに無視をする」を選択すると仕事に支障が出そうな気がした。たったそれだけの理由で野良を抱きかかえ、近所の獣医の元へ駆け込んだ。
獣医の話では傷口が化膿しており、なんでもっと早く連れてこなかったのかと叱られた。なんで「いつもストーキングしてくるヤツを助けたのに僕が叱られなくちゃいけないんだ」と思うと同時に、罪悪感で胸が押し潰されそうになり、「もっと構ってやっても良かったかも」と思った。
二、三日通院してみたが、結局は化膿した場所から体内に侵入した雑菌が暴れ回ったらしく、野良猫はそのままタンパク質の塊になった。
近所の公園に穴を掘り、手頃な医師で墓標を仕立てた。その時も、「もっと優しくしてやってたら」と後悔した。
――数日後
猫耳を付けた可愛らしい少女にストーキングされるようになった。
短い黒髪、切れ長の瞳、痩せ形で背丈は百四十センチぐらい。よく見れば、凄く可愛いのだが怪しい行動を取る不思議ちゃんだった。
たとえば、僕が突然後ろを振り向いて目が合うとニコリと微笑んだり、あるときは後ろを見たとたん電柱の影に隠れたり。また、ある時は匍匐前進していたりと何がしたいのかわからなかった。
あまりにも落ち着かないので声を掛けてみることにした。
「あの、僕に何か用ですか?」
「私、あなたの役に立ちたいんです」
「へ? どこかで会いましたっけ?」と素っ頓狂な返事を返してしまった。
「私の事を助けようとしてくれました」
全く身に覚えのないことを言われて戸惑う。
「あの、誰かと勘違いしていませんか?」
「怪我をしている私を病院に連れて行ってくれましたよね? 私が猫だったときに」
……とんでもない電波を受信されておりました。確かに数日前に猫を助けた。そして、前世は猫だという。どこで”あの野良猫”の事を調べたかは知らないが趣味が悪すぎる。お引き取り願おう。
「あなたの家って食堂ですよね?」
「はい」と答えることしか出来なかった。さすがストーカー様の情報網。……怖すぎる。
「私を働かせて下さい」
「えーと、僕の一存じゃどうも出来ないんだけど」と、さりげなく断ろうとしたが次の一言で考えることを放置した。
「いいから、私をあんたの家で働かせなさいっ! 私に恩返しさせろって言ってんの!!」な? まじめに考えるのがアホらしくなるだろ? これだから変な電波を受信している人種は嫌いなんだ。
「母さん、この子がうちでバイトしたいって言ってるんだけど?」
「あら、可愛い娘ね。お名前は?」
「そういやお前、名前はなんて言うんだ?」
「名前はない」
「記憶喪失かしら。それじゃ住所とかも?」
「どこで生まれたかもわかんない。気がついたら薄暗くじめじめした所にいたの」
「どこかで聞いたような話だねぇ。記憶を失ってからはどうしてたんだい?」
「記憶は失ってない。ただ、その辺で適当に雨風をしのいでた。」
そこまで聞くと母親は涙を流してこう言った。
「それならうちに泊まりなさい。面倒を見てあげるから」
「でもさ、母さん。泊める場所あるの?」
「うーん、そうねえ。私たちの部屋じゃ教育に悪いから……。修司、あなたの部屋をわけてあげなさい?」
「ちょっ、待ってよ。僕はどうしたらいいんだよ?」
「もちろん一緒の部屋で過ごすのよ。それに、あんたなら安心して任せられるし」
「どういう意味だよっ?」
「今まで可愛い娘を連れてきても彼女に出来なかったくせに何を言うかねぇ」
「あれはただの友達だって!」
「でも、一人ぐらいは好きな娘居たでしょ? 知ってるわよ。あさ……」
「ちょっと待って、なんで知ってるの?」
「自分の息子の事だもの、それぐらいわかるわよ」
「うっ」さすが母さん。よく見てるな、怖いぐらいに……。
「だから、あなたの部屋で寝泊まりさせるの」
「その前に母さんたちが教育に悪いことをしなけりゃいいんじゃないの?」
「そこはほらぁ、ねえ? 母さんもまだ若いし女のよろこ」
「自重しろよ」と、母さんの声を遮って抵抗する。
「無理よ。我慢できないもの」
駄目だ、この母親。早く何とかしないと……。
僕は渋々承諾することにした。とほほ……。
「そういえば、名前何にしようかしら」
「は? 誰の?」
「やあねぇ、その女の娘よ」
そうだった、こいつに名前を付けてやらないと色々不便だな。
「美弥子でいいか」
「うん、それでいい」
「それじゃ今日からお前は美弥子だ」
「みゃーこちゃんね、覚えたわ」
「みゃーこじゃないよ。美弥子だって」
「あら、いいじゃん。その方が可愛いわよ」
「何のために名前を付けたんだか」
「一緒に暮らすんだから、砕けた感じで良いのよ」
「あー、はいはい。そうですかーっと」
はあ、疲れる……
翌日から早速手伝うようになった。
最初の数日は失敗こそ多かったが次第に失敗もしなくなってきて、そこそこ良い仕事をしてくれるようになった。みゃーこが働いてくれるようになって、店が繁盛するようになった。だが最初に出会ったときの小動物のような可愛さはなくなり、ツンとした態度も増えてきていた。
おい、だんだん態度が図々しくなていってないか? 僕の役に立ちたくて来たんだよな?
その夜、部屋に戻った僕は、同じく部屋に戻ってきたみゃーこに思ったことを質問することにした。
「ねえ、みゃーこ」
「ん? 何よ、どうしたの?」
「みゃーこが猫だったって言うならさ、猫の時は何で僕の後を付けてきてたの?」
「あ、あんただったら餌とかくれそうな気がしたのよ」
顔を真っ赤にして答えるのが可愛いと思った。
「一目惚……た、なんて言……わけ」
「ん? 何か言った?」
「何も言ってないわよ。とっとと寝なさいよね」
「はぁ……。まだ十時じゃないか」
「ん? なんか文句でもあんの?」
「いいや、何でもない」
そう言えば、 もう一つ聞きたいことがあったな。
「どうして僕の役に立ちたいと思ったの?」
「それは私が猫だった時、最後の最後に助けようとしてくれたのが嬉しかっただけよ」
「そっか」
相変わらずの電波発言なので、僕はもう諦めて追求しないことにした。
こういうのには、何を言っても無駄だと言うことを理解したからだ。もちろん今回の件で学んだことではないが、それは追々説明するとしよう。機会があればだけど。
そう言えば、幼なじみのあいつにはなんて説明しようか。何かある度に報告しないとキレるからな、あいつ。全く、めんどくさい。
こんなアニメのような展開、絶対信じてくれないんだろうな、あいつ。どうなるんだろう、これからの僕の人生は……。
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ある日突然、子猫にストーキングされるようになる主人公。
最初は無視していたが、気になりだしたとたん猫の身に事件が。
その事件が元で子猫が死んだと思ったら、人間の姿になって恩返しをさせろと言ってきた。
ところが、その後様々なトラブルに巻き込まれることに。
修司の生活は今後どうなるのか。