No.151756

幸せすぎた教師と不幸せ過ぎた少女

getashさん

少しだけシリアスです。

2010-06-19 22:00:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:745   閲覧ユーザー数:741

 

あなたは今、幸せを実感できているだろうか?

 

春、卯月、私の心は希望に満ち溢れていた。

天気は驚くほどに快晴、桜の花びらが舞い散る景色。

その景色は幸せそのものだった。

だけど、そんな幸せの日々はある日突然消えてしまう…

私はその事を知っている…

 

 

「糸色先生、最近カウンセリング室に来なくなりましたね」

智恵は感心したように望を見る。

「いやぁ、智恵先生に迷惑をかけるわけにも行かないので」

昔の望は本当に不安定だった…

どうでもいい事に絶望してはカウンセリング室に訪れていた。

「それに近頃、随分調子がいいんですよ」

「あらそれは良かった、先生の相手もあまりしてられませんからね」

智恵はクスリと笑って望を見て言った。

「やはり邪魔でしたか…、でももう大丈夫だと思いますよ」

苦笑いしながら望は言った。

望は変わったのだ、そう誰から見ても。

「一体なにが糸色先生を変えたんでしょうね?」

智恵はすべてをわかりきっているような表情を浮かべ望をからかう。

そんな言葉に少し照れながら望は担任になって初めて出会った笑顔の少女の顔を思い浮かべた。

「それでは智恵先生もう授業が始まるので私は失礼させていただきます」

望は照れた顔を誤魔化すように小走りで教室に向かった。

(糸色先生…あなたのその気持ちは凄く純粋です…でもその恋を叶えるのはとても困難な事…

陰ながら応援しています)

智恵は悲しげな表情をして望の後姿を見つめていた。

 

 

それはごく普通の授業のはずだった。

「では、今日は昔の自分をテーマに作文を書いてもらいます」

いつも通りのざわつく教室、楽しそうに作文を書きあう幼馴染の生徒や、あまり昔の事を覚えていないで

真剣に悩む生徒、人それぞれの思い出を語り合う、今とぜんぜん違う人や変わっていない人、さまざまな

過去がある。

楽しそうな雰囲気の中みんなの笑顔が溢れていた。

ただ一人の少女を除いて…

 

~~~~~放課後~~~~~

 

今日もいつも通り教室に鍵をかけに行くために職員室から鍵を持ってきて人がいないのを確認するため

扉を開ける。

そこにはかつての望を変えた少女がいた。

「おや、風浦さん教室になにか忘れ物ですか?」

望の声に気づいて可符香が振り返った。

その表情は珍しく笑顔ではなかった。

望は何か胸騒ぎを感じた。

「先生、人は過去を捨てるという事はしてはいけないんでしょうか?」

真面目な顔で言う可符香の目はどこか遠いところを見ているようだった。

「ふむ…興味深い質問ですね…」

望は少し考えて答えを出した。

「過去というのはその人が組み立ててきた歴史です…それを捨てるというのは出来ないんじゃないでしょうか?」

それを聞いた可符香は静かに笑った。

「…やはり先生は素晴らしい教師です」

「またそれですか、ほめてもなにも出ませんよ」

どこかいつもの雰囲気とは違う可符香を見て望は言った

「今のあなたはどこか違いますね」

可符香は笑顔を絶やさずしかし悲しそうに言った

「いやだなぁ、そんなことはありませんよ」

そう言った可符香は望に近づいた。

「先生はやっぱり鈍感な方なんですね」

「それはどういう意味ですか?」

「そのまんまの意味です」

そう言った可符香は教室を出ていった。

「さよなら、先生」

「ええ、さようなら風浦さんまた明日」

それを聞いた可符香は小さく笑った。

「先生…さようなら…」

可符香は小さく呟いた。

翌日彼女は学校に来なかった…

 

 

「おや、風浦さんはどうしたんですか?」

「先生それが昨日から誰も可符香ちゃんを見た人がいないんです」

(一体どうしたんでしょう…今まで学校を休んだことなどなかったのに)

「まぁいいでしょう、出席を取ります」

その言葉とは裏腹に望は嫌な予感を感じていた。

 

 ~~~~~~~~~~~~

 

「では、先生は忙しいので全部の時間、自習です」

望は出席を取ったら走って職員室に向かった。

「えっ?…ちょっと先生!」

そんな望の後姿を生徒たちは呆れたように目で追うのだった。

 

望は自分の机の中あるものを探していた。

(たしかこの辺に…あった!)

それは風浦 可符香の身上調査書

住所は不明、両親も不明、名前もP.Nの、何も身上調査書として機能していないそれを見て望はため息をついた

(これではなにも意味がない…)

そう思い机の一番奥へ手を伸ばす。

そこには一枚だけ他の物とは離れた場所にあった身上調査書があった。

「これは…」

見慣れた顔写真に見た事がない名前。

「赤木 杏?」

「これは風浦さんの本名でしょうか?」

望は紙に目を通す。

(っ!?)

その紙には信じられない事が書いてあった。

(両親が共に自殺、そのあと引き取っていた叔父が犯罪を犯し補導ですって!?)

今の彼女には似つかないような過酷な人生…

今までそんな事を言ってはいたが本当の事だとは思っていなかった。

写真の下には智恵の丁寧な字で要経過観察と書かれていた。

(これは智恵先生の筆跡…)

そう思った瞬間に望はカウンセリング室に走り出していた。

「糸色先生、そんなに息をあげてどうしたんですか?」

「智恵先生…これは一体どう言うことですか!」

赤木 杏の身上調査書を見て智恵は真剣な表情をした。

「いつかその子の事でここに訪れる日が来ると思っていました」

「糸色先生には信用して全て話しましょう…」

 

 

智恵から聞いた話は想像していたよりも酷いものだった。

「あの子はそんな過去を消し去るために名前も変えているんです」

「どんな事が引き金になって過去の記憶が蘇ってしまうかわかりません、糸色先生も十分注意してください」

望はその言葉を聞いて自分の手を強く握った。

(あの時の授業…あれが引き金になっていたとしたら…)

いやな予感と共に昨日の可符香との会話を思い出した。

『先生、人は過去を捨てるという事はしてはいけないんでしょうか?』

(今思えば彼女は助けを求めていたのかもしれない…)

自分の勘の鈍さに嫌気がさしてくる。

「智恵先生ありがとうございました…では、私はこれで…」

「えっ?糸色先生!」

望は智恵に礼を言ってすぐに走り出した。

(風浦さん早まるんじゃありませんよ!)

行くあてもないのに走った、走った、ひたすら走った!

不思議と疲れは感じなかった。

自分が向かう先に少女がいると確信していた。

(あなたは私を救ってくれた…今度は私があなたを救いましょう!)

 

 

望はある丘に立っていた。

目の前にいるのはクロスのヘアピンを付けたセーラー服の少女。

「先生、どうして私の居場所がわかったんですか?」

驚いたように可符香は聞いた。

「わかりません、根拠なんてありません、ただあなたの助けを求める声が聞こえたんです」

根拠のない、本当に根拠のない、しかし迷いのない言葉だった。

可符香は笑顔のない顔で望を見つめる。

「なんで私が助けを求めるんですか?」

(その顔だ…親を見失って今にも泣き出しそうな子供のような顔)

「今更誤魔化さないでください!」

「あなたが昔、どんな事があったかは私は全ては知りません…ですが私の生徒としてのあなたの事は

他の誰よりも知っていると胸を張って言えます」

可符香はずっと望の隣にいた、そして望もずっと可符香の隣にいたのだ。

「あなたが私に見せていた笑顔は何も偽りのない笑顔だった」

それはそうだと可符香は思った、望やクラスのみんなと共にいた時の自分は本当に楽しかった。

だがそれは逆に昔の辛かった過去を浮き彫りにする事もあるのだ。

ある日、突然現れる防ぎようのない悪夢…

蘇る両親の倒れた姿…

結局何をしようが無駄なんじゃないか…いくら偽りのポジティブ発言をならべても。

「全部無駄なんですよ、どんな事をしたって消えないんですよこの記憶は!」

望はその言葉を黙って聞いた。

(あなたは自分で目を堅く閉ざしているだけなんです…)

どこまでも不器用な少女に望は冷たく言う

「ええ…消えませんよ」

「昨日言ったじゃないですか歴史を消すことはできない…」

望の非情な言葉に可符香は泣きながら言う

「それじゃあ、私はどうすればいいんですか…」

自分を守るものを失った少女は座り込んで俯く。

その時、可符香の頭に望の手が乗る。

可符香の頭を優しく撫でながら呟く…

「いつもどおりでいいんです…」

「えっ?」

望の言葉に可符香は顔をあげる。

「いつものあなたでいてください…もし辛くなったのなら、一人で悩まないで私に話してください」

「私にできる事は少ないですが、あなたのそばにずっといてあげる事はできます」

望は可符香を優しく抱きしめる。

「私があなたを守ります…」

「せん…せい…」

可符香の体に力が無くなる

「風浦さん!!」

可符香は寝息をたてていた。

「何だ、寝てしまっただけですか…」

望は可符香を抱きしめたまま座り込んだ。

「悪夢を見るのが怖くて安心して眠れてなかったんですね…」

「あなたが今まで不幸せだったのなら…これからは私があなたを幸せにします」

「いまは安心して眠っていてください…」

望は眠る少女を抱いて目の前の夕日を眺めていた。

可符香は昔の頃の夢を見た…

小さい頃にあった一番楽しかった思い出…

大好きだったあるお兄ちゃんと遊ぶ夢を…

 

 

 

 

……『幸せすぎた教師と不幸せ過ぎた少女』……

もう何も恐れる事はありません…

なぜならあなたの不幸せは、もう過ぎてしまったのだから…


 
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