「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ
第10話 京の都の甘味処
最悪の思い出を作った京都御苑から逃れ、オレたちは甘味処へまっしぐら。
警察から逃亡、半ば走るような早足で京都御苑を離れていった。
特に甘党の夙夜と相澤のテンションはすごい。そして、二人の姿はまるで十年来の親友かのようだ……身長もほとんど変わらない、同じ目線で話しているのが不自然なくらいに自然だ。
――オレはアイツの非日常性を知っているから
あの二人の間にある、消える事のない絶対的な断絶を知っているから。
多少有名だという甘味処も、こんな平日の昼間には空いている。裏の道に入った場所にあるのも理由だろうが。
夙夜と白根、それから運動部コンビの矢島に相澤、大坂井、黒田に土方。最後にオレ。総勢8人の大所帯だったがすぐに席につく事が出来た。さすがに8人が一緒に座れる席はないので、オレと大坂井だけ少し離れたテーブル。
うう、大坂井の視線が痛い……
「やっぱり京都に来たらあんみつ食べなくっちゃね~」
「そうだね~」
少し隔てたテーブルでへらへら笑う夙夜と相澤。
大きな隔たりなどどこにもないかのように。
なぜだろうか、心の奥底がざわついて仕方がない……もちろん、オレが夙夜に恋していて、相澤に嫉妬しているのならば話は別だが、これはそんな感覚じゃない。
ああ、キモチワルイ。
「大丈夫? 柊くん」
「ん? ああ」
オレの様子を見とって心配そうな顔をした大坂井に返答しようと口を開いた。
刹那。
「しんどそうな顔してんなぁ、マモルちゃん。ケモノが普通に会話しとるんがそんなに可笑《オカ》しいコトかいな」
オレの背筋を貫く悪寒。
この独特のイントネーション。人を小馬鹿にしたような響きを含む軽いもの言い。
じっとりと額に汗がにじむ。
声の主は、隣の席で抹茶パフェにスプーンを突っ込んでる男。黒髪ストレートを細く後ろに束ね、胡散臭い眼鏡をかけて。
「――望月桂樹《もちづきけいき》」
思わず喉が渇く。
「ああ、そんな警戒せんといてぇや。ボクがキミの命を狙《ネロ》とるわけやあるまいし」
「柊くん、誰?」
大坂井が首を傾げる。
「マモルちゃんと葵とケモノくんの知り合いや」
「……もともと白根の知り合いで、昨日、オレと夙夜は偶然会ったんだ」
心臓の鼓動が速い。
「偶然? ちゃうで、『必然』や。ほれ、ユーコさんがゆっとったやろ? 『この世に偶然はない、あるのは必然だけ』ってな」
「あ、それ! 私もその漫画好きです!」
「そうか? おおきに~。可愛いお嬢ちゃんやなあ」
なんだコイツ、意外にも少女マンガ好きか。
そして大坂井、こんなヤツと喋るな。
「さっきの珪素生命体《シリカ》を呼んだのもキミやな。罪な男やなあ、マモルちゃん」
望月という名の研究員は、トンボを捕まえる時のようにくるくるとスプーンを回して、オレにぴっとつきつけた。
「あのウサギ、ここんとこ京都市内を賑わしとる強盗の正体や。強盗やゆうんに、それもこんな真昼間に何で街のど真ん中に来たと思う?」
楽しそうに微笑《ワラ》う、研究員。
「キミがおったからやで、マモルちゃん」
クラスメイトの視線が、オレに刺さっている。
――ヤメロ。
オレの日常に、踏み込むな。
「ボクの行きつけの舗《ミセ》に、マモルちゃんたちが来たのもまた必然《ヒツゼン》……なあ、そうやろ、ケモノくん?」
スプーンを向ける先を変えて、夙夜につきつけた望月。
向こうのテーブルが一瞬だけすっと静かになる。もっとも、『ケモノ』が夙夜を指していると分かったのは、本人と白根だけだろうが。
ヤメロ。
「んー、でも俺はケーキさんがここにいるって知ってたからねぇ」
ああ、そう言えばさっきコイツは望月に関して何かしら言おうとしてたな……今の今まで忘れていたが。
そして、白根は眉一つ動かさず淡々と望月に告げた。
「貴方はどうしても私の命題の邪魔をしたいのですか。先ほどの柊護さんの助言を応用し、この場で貴方には話しかける必要がないと判断したのですが、それは間違いだったと言わざるを得ないようです」
「うわあ、葵。まさかキミがそない長い文章を話すとは思わんかったわ」
「命題の証明が私の目的です。何人たりとも邪魔は許しません」
ヤメロ。
ヤメロ。
オレの日常を破壊するな。
「柊くん、白根さんは何を言ってるの? 命題って? 珪素生命体《シリカ》を呼んだって、どういう事?」
大坂井の声のトーンがほんの少しだけ下がる。
ヤメロ。
ヤメロ。
――オ レ ヲ 壊 ス ナ
気づけばオレは、テーブルを拳で叩きつけていた。
耳に残る音の残滓と、拳に残る痛みがじわりと滲みだしてくる。
「マモルさん、突然そんなことしたら、みんなびっくりしちゃうよ」
「……あ、ああ、すまない」
夙夜ののんびりした声で、オレははっとする。
「ボク、えらい嫌われてもうたなあ」
かちゃかちゃと最後まで残していた一掬いをスプーンで口に運び、望月は笑った。
「まあ、ボクに命題が与えられるのも時間の問題なんやから、これからもよろしゅうって事になるんやけど……」
がたり、と席を立つ望月。手にはひらひらと勘定を3枚、ひらひらとさせている。
「お詫びにここは奢ったるさかい、堪忍な」
オレたちのテーブルの分の勘定をすべて一括、カードで済ませた望月は、店ののれんを押しながら肩越しに振り返って、その漆黒の瞳でオレを射抜いた。
「またな、マモルちゃん」
再びオレをその場に釘付けにして。
静まり返った店内で最初に沈黙を破ったのは矢島だった。
「な、なんだ今の無礼な輩は。知り合いなのか? 白根」
「知りあい……以前に遭遇した事があるかと聞かれれば、肯定せざるをえません」
感情をあまり見せない白根にしては珍しく不機嫌なトーンで答えた。
「俺とマモルさんも、昨日伏見稲荷で会ったよ」
「その割に、柊の事を気に入ってたように見えたけど?」
相澤の言葉で、オレは思わず吐き捨てるように言っていた。
「知るか……アイツが勝手にオレを構いたがるだけだ」
そう言うと、大坂井はくすくすと笑った。
「柊くん、本当に嫌ってるみたいだね。そんな悪い人には見えなかったけど?」
「ここの勘定もすべて払ってくれたようだしな」
「それに、美形だったじゃん」
「アイちゃん面食い~」
相澤と大坂井が顔を見合せて笑う。
ようやく場の雰囲気が和んだ。
そこへ、ようやく注文したあんみつが運ばれてきた。
相澤は店内を騒がせた事を店員に詫び、全員の前に注文の品がならんだところで、みな一斉にスプーンを動かし始めた。
「おいしいね、柊くん」
「あ、ああ、そうだな……」
大坂井の無邪気な笑顔には笑い返せなかったが。
オレは、ただ怖かったんだ。
自分だけが普通で、それなのに周囲では普通じゃない事件が起きて、そしてオレがどんどん巻き込まれて。
夙夜や先輩は、白根は当たり前のように生活しているその事件の渦中に何のとりえもない、参加証を持たないオレが一人だけ間違って参加している事をいつか誰かに見破られるのが怖くて。
オレは日常を壊されたくなかった。
今までのように、大人しく暮らしていきたい。
でも、オレの願望は裏腹に加速していた。
知りたい。もっと知りたい。
オレが属していない、白根や夙夜がいる世界を知りたい。
何もかもを知りたい。
こうして道化師は、坂を転がり落ちていく。
マイナスの加速度を全身に感じながら。
そして、道化師は世界を閉じる。
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
次→http://www.tinami.com/view/151734
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