No.149172

妖精

裕樹さん

箱の中に妖精を飼っている、という男の話。

2010-06-09 09:49:04 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:375   閲覧ユーザー数:375

 

 箱の中に妖精を飼っている、と男は言った。

 男が言うには、妖精には性別はないのだそうだ。

 そんなことを書いている文献もしらない。妖精がどういう姿なのかも知らない。

 男は歌うように言うのだ、妖精には羽がないのだ、と。

 よくあるイラストのように美しい姿ではない、という。

 まるで芋虫のように手足のない形で、ゆっくりと動いているのだという。

「それがすごく美しいんだ」

 と、男はうっとりという。

 見るかい?と聞かれたが、私はそれを丁重に断った。

 

 その夜のことだ。

 私は夢を見た。

 夢の中で男は箱を持って立っていた。

 その箱をやおら床の上に置くと、さあおいで、と手招きをする。

 私を呼ぶのではない、箱の中のものを呼ぶのだ。

 ゆっくりと箱のふたがあき、その中から何かが出てきた。

 それは白い物体であった。

 手のような形をしていると思ったが指はない。

 白い肌のそれがにゅるりと出てくるが、手ではないのらしい。

 指もない。

 指もないのだから爪もないのだ。

 にゅるりとでてきて、ようやく全体が見えてくる。

 それはまるで長く白い袋のようだが、どことなく人間めいた輪郭があった。

 手足首のない、まるで胴体だけのような形のそれは、伸縮しながらゆっくりと箱から出て、男の下にきた。

 男は愛しそうにその塊を抱き上げて、まるで恋人にするかのように口付ける。

 顔などないその塊が艶かしくうごめいた。

 私は、それをじっと見ていた。

 男はただ愛しそうになんどもその塊をなであげ、抱きしめ顔のないそこに口付けるばかりだ。

 時折痙攣するかのようにうごめくその塊を見て、ああ、アレを妖精というのか、と思ったのだ。

 

 そして目覚めたとき、夢か現実か解らない気分に包まれていた。

 

 しばらくののち、男は行方知れずになった。

 どこに行ったのかは解らないが、私は男のことも妖精のことも忘れてしまっていた。

 2ヶ月ほど過ぎたあたりだろうか。

 男から荷物が届いた。

 それは男が持っていた箱よりふた周りほど大きな箱だった。

 箱の中には箱が入っていた。

 男が抱えていた箱よりこれも当然大きく、そうして断然重かった。

 手紙が添えられていた。

 

「大きくなりすぎたので、もらってください」

 

 とだけ書いてあった。

 何を?

 箱を振り返り、私は思う。

 妖精。という文字が頭に浮かぶ。

 私は無意識で夢の中の男のように、そっと箱に手招きをした。

 

 かたり、と音を立ててその中に白い塊を見た気がした。

 

 

 

fin

 

 
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