「俺の名前はミカン大臣。地球をミカン植民地にしてくれるわ!」
『きゃー! たすけてー! きゅぴるーーーーん!!』
紺の洗脳によって、疑問を抱くことなくきゅぴるんを受け入れた民衆が、助けを叫ぶ。
「無駄だー! 俺は無敵のミカン大臣だぞ! きゅぴるんなんぞ一捻りだわーい!!」
戦えきゅぴるん!
負けるなきゅぴるん!
さぁ、お前の出番だ!!
魔法少女☆きゅぴるん!
第3夜 『恐怖、ミカン大臣!!』
地球は平和だった。
犬人間が残したクレーターは、紺の洗脳によって虚ろな目になった人々が不眠不休で復興させた。あれから一月、街はすっかり元通りだ。
どれほどの人間をムシケラのように酷使すれば、あの街が一月で復興するというのだろか。小僧のボクにはまったく理解できないし、したくない。間違いなくただの地獄だろうから。
この一月の間、魔界とかいう怪しい世界から、再び怪物が現れることはなかった。世界はとても平和だったのだ。
なので、このボクの油断は誰も責めることはできないだろう。
朝、テレビをつけると、街でミカンの化物が暴れていた。大量のミカンが集合して、人の姿を形作っている。間違いない、あれは紺の知り合いだろう。
「なぁ、あれってやっぱり……」
「言うな。分かっておる」
やっぱりコイツの知り合いだったか。こめかみを押さえて、溜息をつく紺。哀れな背中である。
犬の次はミカンか。ロクな知り合いがいないなこいつ。この調子じゃまともな知り合いはいないんだろう。残念な交友関係だ。
「キタロウ。貴様、今、妾を哀れんだだろう?」
「いや、まさか。しゃべるミカンと知り合いだなんて尊敬しちまうぜ」
「怒らないからお姉さんに正直に言ってごらんなさいな」
「お前の人生終わってるよな」
しまった。これは誘導尋問だ!
気づいたときには遅かった。木刀がボクの鼻先を掠めていく。よかった、さすがに木刀で顔面を殴打するなんて非常識なことはしなかった!
瞬間、鼻血が噴出した。まるで華厳の滝のような、雄大な景観がそこには広がっていることだろう。残念ながらボクには見えないが。
「うぼああああああアアアアアアアアァァァァァァ!!」
「おやおや、妾の艶姿に欲情したか? やはりおヌシはサルよのう」
その時ボクには、間違いなく殺意が目覚めていた。今ならこのロリババァを瞬獄殺できるかもしれない。まさに殺意の波動である。
「ははは、ごめんごめん、仲直りをしよう。ほら、握手」
キラキラと星の舞うような笑顔で、左手を差し出すボク。もちろん鼻血を撒き散らしながら。これ、止まらなかったら死ぬんじゃないのか?
「うむ……妾も少しやりすぎたかもしれぬ……」
殊勝にもそんなことを呟いて、左手を握ろうとする紺。コイツも根はいいやつなんだよな。人間界に来たばかりで、ちょっと戸惑ってるだけなんだ。
そして、硬い握手を笑顔で交わすボクら。
もちろん、その眩しい笑顔に向けて、二人は同時に右ストレートを放っていた。
ビルの屋上に、ボクは立っていた。鼻に大量のティッシュを詰めた情けない姿がそこにはあった。肉体言語の使用により、傷はさらに深まっている。
そして、目の前には巨大なミカン。
「みかんみかんみか~~んみかん?」
「みみみかん。みかんみかんみかんみん」
これがミカン語なのだろうか。たぶん言葉をなぞるだけならボクにも出来るだろうが、その意味を理解することは永遠にできないだろう。宇宙の深遠を覗いた気分である。
「キタロウ、だめだった。奴は完全に正気をなくしているようじゃ」
真顔で紺が言う。よく考えればテレビで見たときあのミカンは日本語をしゃべっていた。ならミカン語じゃなくてもいいんじゃん。日本語でいいじゃん。ボクにも分かるように話せよ。
「こうなっては仕方あるまい。殺そう」
とても幼女とは思えない判断の早さだった。本当にあのミカンは正気をなくしているのだろうか。この幼女が、自分に都合の悪いものを消そうとしているだけなのではないだろうか。
ボクの邪推を打ち消そうとするかのように、紺は杖を振り上げ叫んだ。
「暗殺! 滅殺! 大☆喝☆采!! へ~~~~んし~~~~~ん!!」
そして紺は光に包まれた。
「シュワッチ!」
ビルを超えんばかりの巨人になった紺。有無を言わさずボクを鷲掴みにして空に放り投げる。
「パイルダーーーーーオーーーーーーーーン!!」
ボクは抵抗すら出来ずに、再び幼女に食われた。
喉をすべり、食道をすべり、胃へ。そこにはあの現実感のないコクピットがあった。ボクはまた、消化に脅えながらあのシートに座らなければならないのか。ある意味、電気椅子より恐ろしい椅子である。
しかし、ここまで来たら座らないわけにはいかない。なぜなら、それ以外にこの地獄の空間からの脱出方法がないからである。
(準備はいいか小僧。あやつは分裂しての攻撃を得意としておる。惑わされずに核を攻撃するのじゃ)
なんとも難しい注文をつけてくる紺。未だにボクはきゅぴるんをまともに動かすことすら出来ないのだ。核を狙うなど、高等技術ができるはずがない。歩くことさえできるかどうか……。
モニターに映るミカン大臣が弾けた。まるで散弾銃のように、拡散して襲い掛かってくる。初見のボクには、自爆に見えた。ミカン大臣なんてものが初見じゃない地球人はいないと思うが。
しかし困った。まともにきゅぴるんを動かすことも出来ないのに、こんな化物に勝てるわけがない。人類の発展も、今日ここまでか。
無抵抗に棒立ちなきゅぴるんに襲い掛かるミカンの嵐。しかし、きゅぴるんは無傷だった。むしろ、幾つかのミカンが潰れて、きゅぴるんの装甲を汚している。
(バカめ! ミカンごときが妾に傷をつけられるものか!)
分裂を止め、再び巨人の姿に戻るミカン大臣。確かに幾つかのミカンが潰れた程度ではダメージはないらしい。
「やるではないかきゅぴるん! ならば必殺のデススパイラルタイフーーンキックをお見舞いしてくれるわ!!」
なんとも恐ろしさに欠ける技である。呆れるボク達の前で、ミカン大臣が空に飛ぶ。なるほど、上空から蹴りを放つというわけか。スーパーイナズマキックというやつだな。
しかし、阿呆のような名前とは違い威力はありそうなので、このまま黙って直撃をくらうわけにはいかない。
「おい、紺。アイツ飛びやがったぞ! きゅぴるんは飛べないのか!?」
(安心しろ。魔界の女王たる妾が空ごとき飛べんはずがない)
「どうやるんだ? どうやって飛ぶんだ!?」
(まずは左手で首の裏の服のようなパーツを掴む。そして……持ち上げる!)
「ほう、それで?」
(なんということでしょう! 身体が浮くではありませんか!!)
「浮くわけねええええだろおおおおおおおおおおおおおお!!」
そしてボク達はデススパイラルタイフーーンキックを直撃した。衝撃で吹き飛び、ビルを二つほど薙ぎ倒して止まる。正直、死んだと思った。
(ぐう……このままではまずいな。こちらも必殺技を使うか)
「そんなもんあんなら最初から教えろよ!」
(これはとても危険な技なのじゃ)
「そんなにか?」
(無論じゃ。この技はパイロットに負担がかかり、最悪死に至る……)
ゴクリ、と息を呑む。
コイツがこれほど躊躇するということは、それほど危険な技ということか。しかし、このまま何もしなくてもボクは死ぬ。具体的には消化されて死ぬ。
そうであるならば、危険を冒してでも勝利を掴むべきだ。
「教えろ、紺! それはどんな技なんだ!?」
(お前を弾丸として射出する極殺兵器だ)
「最悪どころか間違いなく死ぬだろうがああああああああああああ!!」
(よし、発射準備完了! キタロウ、いつでも逝けるぞ!!)
「や……やめろ……正気に戻れ……神の刃は人類の愛のはずだろ? 話し合えば、きっとわかりあえるはずだ……」
(DA☆MA☆RE)
徐々にコクピットが上昇していく。必死にもがくが、シートベルトがボクの逃走を全力で拒んだ。
そして、コクピットはきゅぴるんの口内まで昇って止まった。
(キタロウ、チャンスは一度じゃ! 外すでないぞ!!)
「チャンスなんかねえよ! 間違いなく死ぬよ!!」
正面には、肉眼で確認できるミカン大臣。
(いっけええええええええええええええええええええええええ!!)
「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」
そして、ボクは星になった。
つづく!
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改ページとかしないほうが読みやすいのかなぁとか思ったけどどうなんだろうか。