いい加減、飽きるんじゃないかと思うほど、恋は毎日のように一刀の寝顔を眺めていた。月は村の手伝いに出かけ、詠と音々音は隣の部屋でチェス盤を挟んで対戦をしている。
「一刀……」
馬超のおかげで、家族の食事を心配する必要がなくなった代わりに、恋はとても暇になってしまったのだ。しかし山奥の小さな村で、恋に出来ることはない。仕方なく、一刀のそばで時間を過ごすようになった。
一刀の顔を見ていると、恋の心はポカポカする。それが心地よく、何時間でも見ていられた。だが、ずっとこのままなのは正直つまらない。
「一刀、起きない……」
眠っている一刀もいいが、おしゃべりが出来ないのは悲しい。それに、自分と対等に戦える数少ない武人の一人でもある。以前は月の元にいた張遼が相手をしてくれたが、今はいないのだ。
「一刀……」
ぷにっと、一刀の頬を指で突いてみる。すると、嫌がるように顔を背けた。
恋は、今度は反対の頬を指で突く。すると、今度も嫌がるように顔を背ける。
「……」
何だか楽しくなってきた恋は、それを何度か繰り返した。その時、言い争いながら詠と音々音が部屋に入ってきたのだ。
「ふふん、それはねねの負け惜しみね」
「なんですとー! ぐぐぐ……悔しいのです」
どうやらチェスは、音々音の負けのようだった。
「恋、何してるの?」
「……暇だから……突いてる」
詠の質問にそう答えた恋は、飽きることなく一刀の頬を突き続けた。
「恋殿、良い遊びですぞ! ねねもやるのです!」
「おもしろそうね、ボクもやってみるわ」
こうして、三人が一刀の頬を容赦なく突きまくる。もはや、いじめであった。
一刀は夢を見ていた。とても大切な夢のような気がした。けれどそれは、厳重な鍵を掛けられていて、記憶の奥に封じられている。
「今はまだ、知るべきじゃないんだよ」
少年が言った。
「すべてを知ったら、きっと君は一人で決断してしまうからね。だから、鍵を掛けた。三つの鍵……それは三人の王の魂に結ばれている」
三人の王、それは一刀が守るべきものだった。
少年は言うべき事を終えると、その姿を消してゆく。一刀は、手を伸ばして追い掛けた。
「待ってくれ!」
少年に触れる直前、目の前に貂蝉と卑弥呼が突然現れた。
「わあっ!」
驚く一刀に、二人が両側からしなだれかかって来る。
「ご主人様、会いたかったわぁ」
「ふむ、いい男だ」
子羊のように震える一刀を挟んで、二人は唇を突き出す。
「むちゅー!」
「ぶちゅー!」
「ぎゃああああーーー!」
貂蝉と卑弥呼の唇が、一刀の頬に押し当てられる。嫌がるように顔を背けるが、右を押したかと思えば左から押され、左から押されたと思えば右を押してきた。
無限に繰り返されるループに、一刀の心は疲弊する。
「嫌だ、もう嫌だ……助けて」
涙目になりながら、一刀はありったけの力を振り絞って叫んだ。
「お前らなんか、大っ嫌いだーーーー!」
がばっと起き上がった一刀は、ひどい寝汗をかいていた。
「ああ……夢か」
ホッとしてふと見ると、呆然とした顔の三人の姿があった。
「恋に陳宮、賈駆……どうしたんだ?」
一刀が声を掛けると、なぜか三人の目に涙が浮かんだ。
「ちょ、ちょっと、おい?」
「一刀……」
突然、恋が一刀に抱きついてきた。ぷるぷると震え、潤んだ目で一刀を見上げる。
「恋、悪い子……ごめんなさい」
「えっ? あの、恋さん?」
何がどうなっているのか、目覚めたばかりの一刀は混乱していた。状況がわからずに、ぎゅっと抱きつく恋に戸惑いながら視線を彷徨わせていると、詠とねねの様子もおかしくなっていた。
「あの、ボク……ちょっとした悪ふざけで……」
「ぐすっ……ねねは……ねねは……ふえ~ん」
「いや、二人とも、何で泣いているんだよ!」
抱きついたままの恋をそのままにして、一刀は二人を引き寄せるとなだめるように頭を撫でた。
二人のこういう反応は、一刀にとっても本人たちにとっても予想外だった。短い間とはいえそばにいて、一刀の懐の深さを詠も音々音も知っていた。桂花の罵詈雑言にも怒ることなく、笑って済ます。その一刀が感情を露わにして叫んだ事に、二人はビックリしてしまったのである。
「ぐすっ……ボクはほんの出来心で……」
「ねねも……そんなつもりじゃなかったのです……」
「恋は……一刀に起きて欲しかっただけ……」
「ああ、そうだよな。みんなは別に、何もしてないよ。ね?」
ひきつった笑みで、一刀はそれぞれに優しい言葉を囁いた。嘘を言っているつもりはなかったが、何だか自分がとてもダメな男に思えて落ち込んでしまう。
(何なんだ、これ? 新しい嫌がらせか?)
溜息を吐いて一刀がうなだれていると、カランと何かが落ちる音が聞こえた。そちらに視線を向けると、部屋の入口に呆然と佇む少女の姿があった。
(あれ? あの子は確か……)
一刀が思い出そうと頭をひねっていると、その少女の目に涙が溢れた。そして――。
「……ご主人様、不潔です!」
少女はそう叫んで、部屋を飛び出して行ってしまった。
「わかんないけど、きっとそれは誤解だ-!」
一刀の悲痛な叫びが、木霊する。
それから月を見つけ、説得してようやく落ち着いた一刀は、渇いた笑いを漏らした。
「へぅ……てっきり、ご主人様がいやらしいことを強要して、詠ちゃんたちを泣かしているんだと……」
「俺の印象って、そういうのなの?」
「ごめんなさい……うぅ」
「いや、まあ、もういいよ」
しょんぼりとする月を見ると、これ以上は責められない一刀だった。誤解をされるような事をしていたのは、自分の責任でもある。
「本当に、ごめんなさい。ボクが止めるべきだったのに……」
「そのおかげで、こうして目覚めたわけだし、まあ、いいよ」
とりあえず、悪いのはすべて夢に出てきた貂蝉と卑弥呼ということにした。
「でもなんか、董卓さんと初めてちゃんと会うのが、こういう形だっていうのは本当、申し訳なかった」
「いいんです……あの、私のことは月と呼んでください。ご主人様」
「いいの?」
「はい……ご主人様が眠っている間、ずっと考えていたんです。目覚めたら、真名を預けようって」
「わかったよ、月」
「へぅ……」
一刀が真名を呼ぶと、月は嬉しそうは恥ずかしそうな顔でもじもじとする。
「じゃあ、ボクも真名を預けるよ。これからは詠って呼んで」
「ねねだけ仲間はずれは嫌なのです。真名は音々音なのです。ねねと呼ぶのです」
「ああ、ありがとう。詠、ねね」
二人はちょっとだけ頬を染めて、そっぽを向いた。
「ところで、荀彧と明命は?」
「お二人は……」
月が出て行ったことを説明する。
「そうか、まあ、仕方ないな。二人にはやるべきことがあるんだろう」
どこかでまた、会えるだろうか。出来ることなら、それは戦場以外であって欲しい。一刀はそう願い、遠い地に居るかつての仲間を思った。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
感動的な目覚めを考えていたのに、こんな感じになってしまいました。キャラが増えてくると、何だか大変です。
楽しんでもらえれば、幸いです。