これは祭りか。祭りだろう。
木刀を片手にうんざりしたため息をつく。
庭園に設置された特設会場の右手には、ボケを中心にしてボンクラ二人、そしてスズが座っている。背後にはカイドウ、リンドウが控えていた。
真っ赤な衣をまとったスズは、高貴さまで感じさせる。中々に美しいではないかと思わず鼻の下を伸ばした(それどころではないというのに)。
左手には呑気に、そりゃあもう呑気に臣下や貴族の者がわらわらと群がっている。一様に好奇と興味をあふれさせた目をしていた。もし、一度に人を殺せる兵器(大砲でもいい)でもあれば、躊躇いもなく奴らに向けてぶっぱなしていただろう。
そして、目の前では師が立っている。
年寄りとは思えない精悍な姿であった。
「勝負は三本」
下段に構える。対しジュズは中段。
「始め!」
圧倒的な勢いで襲いかかる木刀を、音を立てて打ち止める。
なんて力だ、本当に老女か。皮を剥いだら厳ついおっさんがでてくるんじゃないか。
止める、止める、なぎ払う。
攻める、攻める、止められる。
流す、跳ねる、振り下ろす。
頭は空になり、無となり意識を消し去る。
時間の経過も分からない。
そして。
弾けるような衝撃が右腕に走った。
木刀が手から落ちた。
「ジュズさまに一本!」
真っ白だった景色がいきなり色を付けて蘇り、ドオウと歓声が聞こえた。
腕は未だ痺れたままである。
あと一本取られたら、この勝負は終わってしまう。スズが…。
「二本目」
次は中段に構えた。ジュズは上段。
「始め!」
地を蹴って仕掛ける。流れる汗がうっとおしくて堪らない。
ただただ攻撃した。ジュズは余裕の表情でかわしてゆく。
その内、態勢が変わってきた。
ただただ身を守るようにかわす。ジュズは余裕の表情で突きを繰り出す。
やばいな。
非常にやばい。
小柄な師が、まるで山のように大きく見える。
一瞬の間を開けたジュズが、猛烈な気を放ちながら渾身の一撃をなぎ払った時。
目の前が真っ赤になった。
死んだかと思った。
違った。
悲鳴を上げて、したたか地に打ちつけられたのは、スズだった。
「スズッ!」
木刀を放り投げて、慌ててスズを抱き起こす。
体を折り曲げて痙攣していた。
この娘は。
何度もスズの名を呼びながら愕然とした。
この娘は身を呈してわたしを守ろうとしたのか。
「見事!」
国王の声がする。
「なにが見事なものか! 早く医師を!」
顔を上げ、荒げた声で怒鳴るとざわざわしていた場がしんと静まった。
「冷やすものを持って来い!」
呆然としていたジュズも真っ青な顔をしてしゃがんだ。
「急所は外れています、ただ打身が…」
よかった、とスズが鳴いた。
痛みに顔を上げることもできないスズが。
――あなたが無事でよかった。
そのまま意識を失った。
「スズ! スズ! この馬鹿ネコ…」
小さな体を支えている腕が震えた。
赤い衣に水滴が落ちてゆく。
わたしの涙だった。
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ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。
「この馬鹿ネコ…」