No.146403

真・恋姫無双 EP.17 胎動編

元素猫さん

恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。

2010-05-29 22:55:57 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6266   閲覧ユーザー数:5234

 報告を聞いた華琳は、楽しそうに笑って横に居た秋蘭に訊く。

 

「秋蘭はどう思うかしら?」

「はい。少なくとも朝廷と敵対する我々には、士気向上に繋がるので悪いことではないかと」

「そうね」

 

 部下からもたらされた報告は、先日の洛陽の事件より華琳の統治する街や村に広まった、天の遣い北郷一刀の噂のことだった。

 

「しかし華琳様も、人々から天の遣いと呼ばれておるではありませんか」

 

 春蘭が自分の事のように胸を張って言うと、華琳は諭すように言った。

 

「私の『死天使』という呼び名は、朝廷の兵士に死をもたらすという皮肉を込めたものに過ぎないわ。本気で私を天使だなんて思っている者はいない。でも北郷一刀は違う。庶人の多くは、本気で彼を天の遣いと信じ、そして希望を見いだしている。その違いは、大きいわ」

 

 華琳の言葉に、それでもまだ春蘭は納得がいかないという顔をしていた。

 

「ですが、私が聞いた話では洛陽より民を長安に誘導したのは、袁紹ではありませんか。その北郷とかいう男が行ったわけではありません」

「そうね。洛陽を鎮圧したのも、董卓の部下という話だし、確かに北郷一刀が直接何かをしたわけではないわ。でもだからこそ、天の遣いたる素質があるのだと、私は思っているわ」

「どういうことでしょうか?」

 

 秋蘭が問う。

 

「己の力のみで何かを成すことが、すべてではないのよ。彼の存在が周囲に働き掛けることで、物事が動き出す。すべてを手助けすることは、必ずしも救いになるわけではないわ。己の足で立つことを知る者こそ、真に救世主たる価値があると私は思う。そういう意味では、北郷一刀という人物は合格というわけね」

「……なるほど」

「ん? なあ、秋蘭、つまりどういうことだ?」

「つまりだ、姉者の手柄は華琳様の名声に繋がる、ということだよ。華琳様が直接、何かをしたわけではなくともな」

「おお! なるほど」

 

 夏侯姉妹のやりとりを、微笑みを浮かべて眺めていた華琳は、不意に遠くを見るような眼差しで北郷一刀のことを考えた。

 

(なぜかしらね、会ったこともない男のことを、懐かしいと思う。それにどんなことをしても、手に入れたい。その欲求を抑えられない……)

 

 心が渇く。苦しいほどに、心が渇いた。しかし同時に、溢れるほどの喜びがある。それは楽しいおもちゃを見つけた子供のような、純粋な歓喜だった。

 抑えきれない想いに、華琳は自然と笑みを浮かべる。姉をからかいながら横目でそれを見た秋蘭は、思わず息を呑んだ。それは、彼女が華琳に仕えて初めて見る、少女の笑みだったから――。

 

 

 筆を置き、肩の力を抜いてほっと息を吐く。したためた手紙をもう一度読み直し、間違いがないことを確認して折りたたむ。そして椅子の背もたれに身を預け、正面の窓から夜空を眺めた。

 

「ずいぶんと遅くなってしまったわね」

 

 ぽつりと呟いた蓮華は、さきほどまで書いていた手紙に視線を落とす。姉の元にいる周瑜と、こうして情報交換を頻繁に行っている。すべては、来るべき袁術からの独立のためだった。

 今回の手紙には、巷で噂になっている天の遣いという男のことを記した。

 

(北郷一刀……天より民を救うべく遣わされた男)

 

 初めてその話を聞いたとき、胡散臭いと蓮華は思った。だが、自分と同じくらいの少女たちが北郷一刀に恋心を抱き、様々な妄想を膨らませているのを聞くと、なぜか胸が痛んだ。そして、ふと思う。

 

(自分も普通の少女なら、彼女たちのように胸をときめかせていたのだろうか……)

 

 自分が好きになる男は、誠実であって欲しい。腕が立つ必要はない。優しさと寛容さがあれば、好ましいだろう。いずれ王となる自分を補佐し、時に導いてくれる強さがあるとなお良い。

 

(天の遣いと言われるくらいだから、きっと真面目な人だろう……)

 

 優しく手をとって、腰を抱く。男の力強さを感じる瞬間だ。身を預け、伝わる温もりに心が溶けてしまう。

 

(蓮華……)

 

 ずっと小さい頃に亡くした父親以外、男性に呼ばれたことのない真名。囁くように耳元で呼ぶその声に、蓮華の胸は熱くなった。うっとりとした眼差しで、自分の唇に触れる。

 今はまだ、誰にも触れられていない唇を、いつか誰かに捧げるのだろうか。

 

(手を繋いで街を歩く。私が疲れていないか気に掛けてくれて、丁度良いくらいにお店に入るの。お茶を楽しんだ後は、お買い物もいいわね。私に似合う服を選んでくれて、高台から夕日を眺める。いい雰囲気になって、きっと優しく肩を抱き、そっと私の唇を――)

 

「蓮華様?」

「きゃあっ! し、思春! いつの間に……」

 

 すっかり妄想に浸っていた蓮華は、突然現れた思春に驚いて顔を赤く染めた。

 

「いえ、部屋の明かりが見えたので……」

「そ、そう」

「……そろそろ休まれては?」

「ええ、そうするわ。ありがとう、思春」

「はい、それでは」

 

 部屋を出て行った思春を見送り、蓮華は溜息を吐く。そしてもう一度星空を眺め、北郷一刀を思う。

 

 

 長い行列がようやく途切れ、桃香は疲れた表情で宿屋に戻った。

 

「お疲れ様でした、桃香様」

「大丈夫なのか、お姉ちゃん?」

「……うん、ありがとう二人とも」

 

 三人は旅をしながら困っている人を助けていたのだが、ちょうど立ち寄った村で土砂崩れがあり多くの怪我人が出たのである。当然、桃香がそれを見過ごすことなど出来るはずもなく、診療所の手伝いとしてずっと働いていたのだ。

 しかも桃香の治癒術が近隣で評判となり、わざわざ隣村から訪ねて来る者もいた。

 

「食事はどうしますか?」

「うん、食べるよ」

「鈴々も食べるのだ!」

「鈴々は先程食べただろう……桃香様、少々お待ちください」

 

 愛紗が食事の準備をする間、桃香はベッドで身を休めていた。うとうととしながら、みんなが噂をしていた天の遣いのことを思う。

 

(天の御遣い様か……きっとすごい人なんだろうなあ)

 

 耳にした話だと、自分と同じくらいの若者なのだそうだ。桃香の胸がきゅんとなる。

 

(会いたいなあ。会って、お話してみたい)

 

 パチッと目を開けて、桃香はベッドから起き上がる。そして興奮した様子で姉妹を呼んだ。

 

「ねえ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん! いいこと思いついたよ!」

「どうしたのですか?」

「なんなのだ?」

 

 そばに来た愛紗と鈴々を見て、満面の笑みを浮かべた桃香は言う。

 

「天の御遣い様に、私たちのご主人様になってもらおうよ!」

「な、桃香様!?」

「洛陽の人たちを助けた立派な人だもん。もしもご主人様になってくれたら、きっと今よりも大勢の人を救えるようになる気がするんだ。ねえ、いい考えでしょ?」

「はあ……」

 

 愛紗は困惑し、鈴々はよくわからないという表情で顔を見合わせる。ただ一人、桃香だけが自分の思いつきにはしゃいでいた。

 

 

 山奥の小さな村だった。外界との交流はほとんどなく、月に一回、麓の街から商人が来る程度だった。そのため、まだこの村には天の遣いの噂は届いていない。しかしだからこそ、北郷一刀たちが隠れ潜むには最適とも言えた。

 

「やはり、愛しのご主人様は殺せなかったというわけか」

 

 小さな小屋の外で、朝日を眺めながら卑弥呼が言う。隣にいた貂蝉は、それに対し小さく首を振った。

 

「あの直後までは、私もご主人様の決意に応えようと思ったのよ。でもね、気付いちゃったの。もしここでご主人様が死んだら、世界は救えても『彼女たち』は救えないんだって。だから、加減しちゃったのよねん」

「ふふふ、漢女心というものだな」

 

 笑いあった二人は、小屋に視線を向ける。

 小屋の中では、別れの挨拶が行われていた。

 

「行くのね?」

「ええ」

 

 賈駆の問いかけに、桂花は頷く。その横には、明命もいた。

 

「私は一刀様に、帰ることを伝えてあります。桂花さんはよろしいのですか?」

「仕方ないでしょ? 意識が戻らないんだから」

「だったら、もう少し待ったらどう? 目が覚めたらこいつ、きっと寂しがるわよ」

 

 だが、桂花は首を振る。

 

「私は立ち止まらない。自分のすべきことを、するつもりよ。北郷もそう望むはずだわ」

 

 その時、一刀が寝ている奥の部屋から董卓が出てきた。賈駆とお揃いの、侍女服を着ている。

 

「あの……本当に、ありがとうございます」

「お礼ならもういいわ。それより、あいつのことお願いね。バカで変態だけど……悪い奴じゃないわ」

「はい……」

 

 桂花は荷物を持ち、ドアを開ける。そして奥の部屋をもう一度見て、賈駆に言った。

 

「バカ北郷が目覚めたら、伝えてちょうだい。もし敵対することになったら、容赦しないってね」

「わかったわ」

 

 鼻を鳴らして外に出た桂花に続き、深々と頭を下げた明命も後に続く。北郷一刀は未だ意識がなく、時代はそれでも静かに動き始める。

 

 

あとがき

 

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 とりあえず、ここで一区切りという感じです。

 

 始めた頃は、こんな話に需要なんてあるのか

 正直、不安でいっぱいでしたが、

 大勢の方の応援のおかげで、ここまで続けることが出来ました。

 

 物語はまだ続きます。

 もしもここまで楽しんでいただけたのなら、ぜひ、続きも読んでもらえれば嬉しいです。


 

 
 
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