No.145151

雨とタバコと犬と少女

chuuさん

ルパン三世の二次創作。
現在ブログにのせはじめているものの最初の部分です

2010-05-23 23:30:16 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1012   閲覧ユーザー数:997

 雨の日だった。

 この町は人通りが少ない。

 彼の相棒がアパートを借りたのは数日前。

 出勤と帰宅以外には閑散としたもので、近所の人間はあまりいない無人駅沿いの駅前通りである。

  沿線ぞいをしばらく歩くと、人通りの多い病院前につくのだが、その間の通りは、道路舗装も不便な場所であり、閉鎖された商店街が物寂しそうにひっそりとたたずんでいた。

 道を挟んで自動販売機の並びがある敷地があり、ちょうどその影に隠れて次元大介は雨宿りをしていた。

 突然の振り出しがずっと続いてしまい、駆け抜けるにも卸したてのスーツを濡らしてしまうのには雨の量が多すぎる。

 幸い、彼の相棒に約束している時間にはまだ早い。だからこうやって雨宿りをしているのだが、いかんせん、時間もどんどんすぎてきていた。

 さて、どうしたものやら。このぶんだと雨はまだ止みそうにない。

 六本目のタバコを足下に落としてすりつぶして、次元大介はため息をついた。

 

 ここは日本だ。彼の出生地である。だが、何故か異邦人の気分になってしまうのは、外国での渡り暮らしが長かったせいだろうか?

 トロピカルグレーのスーツに帽子、長髪と顎髭。

 この特徴的な姿は、今、平和ボケしているこの国からは異質にみえる。

 見捨てられた犬みたいなもんだな、と軒下に逃れて足下をみた。

 感傷的になったのはこいつの所為かもしれない。

(いつの時代も、どこの場所でも捨て犬なんてそんなもんだ)

 ダンボールに仔犬。

 おきまりの『ひろってください』の書き置きと、その場しのぎのエサの残骸が点々と残っている。

 空腹と寂しさに、仔犬は次元の僅かな自分への注意に気付き、懸命に小さな体からか細い声を出していた。

「悪いな、チビ。俺は子供とか動物は好きじゃないんだ」

 そう言って仔犬から軒、垂れる雨の雫へ視線を移して、七本目のタバコに火をつけた。

 

 ふと、激しい雨音の奥から靴音がかすかに聞こえた。

 雨の中に目を凝らしてみると、住宅地のほうからセーラー服の少女がこちらにやって来るのがみえる。

 おしとやかが服をきたような歩き方で、自分とは縁遠い世界の娘なのだと次元は帽子を目深にかぶって思った。

 雨は降っている。

 高校生らしき少女はふと足をとめてこちらをみた。

 いや、正確にはこちらにあるダンボールに入っていた黒い仔犬を見ているようだ。

 近寄って、しゃがみこむと仔犬に手を差し伸ばして抱き上げる。

 物好きな事だ。どうやら拾ってやるらしい。

 次元の加えていたタバコから灰が落ちて地面に散った。

「どうぞ」

 心地良いソプラノの声が自分に向かって聞こえた。

 少しだけ帽子の鍔を上げてみる。

 綺麗な顔立ちだが、どちらかというと可愛いといわれたほうがまだ通がいいだろう。十七歳くらいか、みるからに清楚な顔立ちであり、世間知らずのお嬢さんだ。

「どうぞ」

 もう一度、少女が傘を差し出してくる。

 片手にはしっかり仔犬を抱きしめていた。次元は少しだけ眉を潜めると、

「…俺に、か?」

くぐもった声で尋ねた。

 少女は傘をもつ手から次元の足下に視線をずらして

「困っていらっしゃるみたいですから」

 と、そう言った。

 なるほど、時間をもてあましているのはバレているというわけか。

 転がっていたタバコの残骸を足で跳ねて咳払いをする。

 少女は晴れやかな笑顔で次元に傘をおしつけると、ペコリと頭を下げて駆け足で駅のある方向に向かって走っていった。

 呆然と次元はその少女の後ろ姿を見ていた。

 

 不思議だった。

 こんな日のこんな時間に高校生が歩いてきたのも驚きだが、怪しい風体の自分に情けをかける一般人がいるのはもっと驚きだ。

 次元は傘をじっとみた。

 女性がもつには少し大きめの傘である。

 絵柄もかわっていて、特注品だとひとめでわかる代物だ。

 傘の柄は手触りが良い。よくみると漆細工で名前がほってあった。

 どうやら本当にいいところのお嬢さんだったようだ。

 傘を返すにも、次に会えるかどうかわからない。

 いや、そもそも返してもらうつもりで自分に傘を差し出した訳でもないだろう。

 次元は7本目のタバコを吸い終わると同時に、傘を広げた。

 

 自分には縁のない綺麗な思い出だ。

 自分が若かったら、こんな家業ではなかったのなら、それなりに良いシェチュエーションとなりえたのかもしれない。

 ふとそう考えて、苦虫を潰したような顔になる。

 どうやら雨にやられて考えなくてもいいことまで考えてきているようだ。

「この傘を見れば、俺の相棒は大笑いか…ま、それもまた退屈しのぎにはもってこいかもな」

 ひとりごちて、少女とは反対方向に足を向けた。

 

 数年前の雨の日の事である。

 


 
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