◆
バニラ、チョコレート、ストロベリー、宇治抹茶。
色とりどりのアイスたち
目移りしそうなそれらを見ながら私、水橋パルスィは少々不機嫌だった。
そんな私を尻目に「う~どれにしようかなぁ」と大きな瞳をキラキラさせながら火焔猫燐がアイスを選んでいる。
すごく変わった組み合わせだと思った人も居るかもしれない。実はこれには深い理由があるのだ。
そう、地底よりも深い深~い理由が…
◆
「少しお使いを頼まれてくれないかしら?」
「は?」
古明地さとり特製の杏仁豆腐を頂いていた私に彼女は買い物のメモをさも当たり前かのように差し出した。
私はいつも通り橋の監視の定時連絡のため地霊殿に赴き、いつも通り甘いものをたかり、いつも通りだだっぴろい客間で至福の時を堪能していたのである。
「毎日のように甘い物をたかりにくる人がいるのだけど、最近ご飯までたかってくるから食材がすぐ無くなってしまって」
耳が痛い。
さとりから目線をはずすと、白く輝く宝石のような杏仁豆腐が目に入る。もう半分くらいいただいてしまった。
「その杏仁豆腐も安くないのよ?」
ふむ。確かに、それは人里にでも出店して1杯400円くらいつけても全然売れそうなくらい、とても上品かつさわやかな甘さと、一口、口に含むだけで口の中に楽園が広がるようなきめ細かさと滑らかさを併せ持っていた。きっと材料からこだわってるに違いない。
こんな美味しい杏仁豆腐が安いわけがない!
そう思うとここは大人しくさとりに従って置いたほうが今までのツケ(?)も払えるし、後々ご飯をたかり易いだろうってものだ
「何がなんでもたかるつもりなのね…まぁいいわ。はいお金。荷物が多くなると思うからお燐を連れて行って。余ったら自由に使っていいわよ」
私の考えを覚ったのかさとりは返事を待たずにがま口の財布を渡した。
あぁ…マジックテープじゃなくて良かった…
余ったお金で何買おうかしら?とか考えていたらころころとカートを引きながらお燐がやってきた。
こうして私はさとりのペット、お燐と一緒に買出しに出かけたのである。
◆
「全然余らないじゃない!」
メモに記された物を全て買い揃えた私は開口一番そう叫んだ。
がま口に入ったお金はびた一文として余らなかっのだ。計算し尽くされている。流石、地底とはいえ大きな旧地獄を管理しているだけのことはある。それどころかどこの店のどの商品が何円でどれだけ買えば割引されるかとかそういうことまで完全に把握されていた。
「何よ。駄菓子の一つ分くらい余裕持たせてくれればいいのに…」
「さとり様、そういうところシビアだから」
そう言いながらお燐が苦笑してみせる。その表情からなんとなくこの子も苦労してるのかなぁなんて同情しそうになった。ダメダメ!相手は地霊殿で毎日さとりの美味しいご飯を食べてるんだ。妬まなきゃ妬まなきゃ…
そんなことを考えてると隣にいたお燐が居なくなっていた。さっきまでうんしょうんしょとカート(買出しだから猫車ではないらしい)を引いていたのにそのカートごといなくなっている。よく見ると何やら色鮮やかなお店で足を止めていた。
そのお店を私はよく知っている。いや、よく利用していると言ったほうがいいだろう。ピンク色の看板にジェラートの文字。甘いものが妬むくらい好きな私がそのお店を知らないはずがなかった。
「何?食べたいの?」
「あ、いや。そんなつもりじゃ…」
「じゃあどういうつもりで足止めたのよ…」
「あはは…」
耳を下げながら照れ笑いをしてみせるお燐を見て、「あぁ動物耳って結構表情出るのね。可愛くて妬ましいわ」なんてことを考えていた私に彼女は寂しげにこうつぶやいた
「いつもここを通るときに気になってはいるんだけど、さとり様は『こういう物は添加物が入っていて体に悪いから食べてはダメ』って…」
まるでお母さんだ。いや、飼主だから似たようなもんか。まぁ確かに体にいいとは言い切れないだろうけど、こういうお店で食べるのは家で食べるのとはまた違った味わいがあって美味しいのだ。それを体に悪いからってだけで…
そうだ、この子だってもう二足歩行する妖怪、そういう楽しみを知っていたっていいはずだ。しかしさとりから受け取ったがま口には領収書しか入っていない。ということは、だ。
「うんしょ」と再度カートを引き始めたお燐に私は意を決した。
「ねぇ、せっかくだし。買い食いしちゃおうか?」
「え、でもお金が…」
「だ、大丈夫!私が出すわ!」
お燐の瞳が今日一番の輝きを見せた
◆
こうして、今に至るわけだが、自分で決断しておいて不機嫌なのは、やはりそのアイスの値段だ、コーンで350円、カップで300円、ダブルにしようものならさらにプラス100円!トッピングなんてあわせていくと平気で500円を超えてしまう。一体どこにお金がかかってるのだろうか…、私は深く深呼吸をして機嫌を取り戻そうとした。そう、甘い物を食べるときは心が救われてないとダメだ、私は常々そう考えている。純粋でよどみなく穏やかな気持ちでそれに挑まないと、真のスイーティスト(笑)とは言えない。
「あれも美味しそうだし、あれもきれいだぁ。あれってどんな味がするんだろう。う~ん悩むぅ」
二股の尻尾を楽しそうにゆらゆらゆらゆらと揺らして必死にアイスを見比べている。その様子はまるで子供(子猫?)のようだ。
「ちょっと待ってくださいね。ちょっと待ってくださいね。今、二つまで絞りましたから」
真剣すぎて口調が変わっている。
「…食べたかったらダブル頼んでもいいのよ?」
「本当ですか!?」
ゆらゆらしていた尻尾がピン!と立った。今にも小躍りしそうに「じゃあじゃあ」とアイスを選ぶ
「ストロベリーとラムレーズン!を・・・えっとカップで…」
猫ってレーズン食べても平気なのかしら?カップを選んだのは彼女なりの遠慮なのだろう。しかし甘いものは妥協してはいけない。
「本当にカップでいいの?本当はワッフルボウルがいいんじゃないの?」
「だ、大丈夫です!カップで…」
「あらそう、美味しいわよ。ワッフルボウル。アイスを楽しみながら周りのサクサクを少しずつ食べるの。割ってスプーンのようにアイスを乗せて一緒に口に運ぶの、ほ~ら、想像してごらんなさい」
ごくん。とつばを飲む音がした。ふふふ、落ちたな。
って私は何をしてるのだろうか。まぁ折角食べるなら楽しまないと♪というわけで結局、お燐はストロベリー&ラムレーズンをワッフルボウルで、私はチョコミントをコーンで頼んだ。
◆
「ん~あまぁい♪」
喜色満面、彼女の表情を見ると450円くらい安い買い物だなと思わせる。私もここまで喜んでもらえると気分がいい。何より笑顔が可愛い。可愛いって正義ね。妬ましい。
私も自分が頼んだチョコミントを口に運び、その甘さを体いっぱいに感じた。口の中に広がるチョコレートの甘さとすーっと抜けるミントのさわやかな香り、私はこれが二番目にお気に入りだった。ちなみに一番のお気に入りは当然、宇治抹茶だ。
私がチョコミントを堪能していると横からとても強い視線を感じた。無論その熱視線の主はお燐だ。どうやらチョコミントも食べてみたいらしい。あるよね、人が食べてる物って妙に美味しそうに見えるの。隣の芝生は青いみたいな。
「少し食べる?」
そう言ってアイスを差し出すと、お燐はコクコクと勢いよく首を縦に振った。そのしぐさがすごく子供っぽくてなんか意地悪したくなってきた。「あ~」とアイスに顔を近づけくる…私はタイミングを計ってひゅっと手を戻した。ん!と空振りするお燐、一瞬きょっとんとしたあと非難の目を私に向けて。なんか顔がニヤけてしまう。
「冗談よ。ほら」
お燐はまたやられないかと警戒しながら、今度は舌を伸ばしてアイスをチロチロっとなめた。そのしぐさが猫っぽくて可愛い。いや、猫なんだけどね。今度は大丈夫だろうと踏んだお燐はがぶっとチョコミントを口に含んだ。先ほどの仕返しのつもりだったのだろうか、本当にがぶっといった。だけどミント系を一気にいくと…
「ん~…くしゅん!」
と、こうなる。鼻からミントが抜けたのだろう盛大にくしゃみをしてしまった。
「あはははは」
非難の目を私に向けるお燐。いやいや、私は悪くない。
「はい。口の周り拭いて」
持っていたナプキンで口の周りを拭いてあげる。なんかできの悪い妹を持ったような気分だ。こんなのも悪くない。
「ありがとう。お姉さん優しいんだねぇ」
お姉さんかぁ…そう呼ばれるのも悪くないものね…
そして私たちは暮れ行く地底でゆっくりとアイスを楽しみながら、他愛もない話をした、甘味の話、外の話、そして、さとりの話…
「あぁそうそうお燐?」
「はい?」
「このことはさとりには内緒ね?」
「…うん!」
赤く反射するその笑顔はとても無邪気なものだった。
まぁ内緒になんてできないだろうけど…
◆
「ただいまぁ~疲れたわぁ」
「おかえりなさい。えらく遅かったわね」
さとりがエプロン姿で私たちを出迎えてくれた。どうやら晩御飯の準備をしていたらしい。
「ただいま戻りました。さとり様」
「おかえり、あら…そう」
お燐から何かを覚ったのだろう、それだけ言うとさとりは優しい笑顔を向けたまま彼女に買ってきたものを片付けるように指示した。
「なるほどねぇ…」
さとりの表情が変わる。まるで新たなおもちゃを見つけたかのような、そんなドス黒い笑顔だ
「なによぅ」
「へぇ。お燐とアイスをしかもパルスィのおごりと…一つのアイスをたべっこねぇ、口の周りを拭いてあげて?なるほどなるほど…そうですか。妹ができたような気分ですか。そうですか。二人きりの内緒ですかぁ。仲良くなっちゃって妬いちゃいますねぇ」
顔が真っ赤になっていくのがわかる。この展開はまずい何かまずい。すごく嫌な予感がする
「あ、あのさとりさん…?」
「あそこのアイスは美味しいのね。それは一度食べてみたいわねぇ。えぇ!実は隠しメニュートリプルがあるですって。それは体験してみたいですねぇ。私も連れて行ってくれるわよね?もちろんあなたの奢りで」
当分このネタでゆすられそうな、そんな気がした。
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例大祭に出した合同誌に入れたやつ。ページ数制限が厳しくて大変だった