「…とまあ、こんなことがあったのだ」
そういって話を締める秋蘭に、俺はしばらく言葉を継ぐことができなかった。
何度も何度も口を動かそうとして失敗する。発するべき言葉を見つけられないからだ。
「桃香…が」
ようやく出たのは、そんな言葉ともいえないようなもので。
ただ俺は、ひどく感動していたのだった。
俺は桃香に会ってまだ日が浅いけれど、桃香のことをよく知っているとは口が裂けても言えないけれど――彼女のの悩みの一片くらいは知っているつもりだ。
桃香がどれだけ悩んで、どれだけ苦しんだか、ほんの少しだけは慮れているつもりだ。
だから、うれしい。
俺が何をしたわけじゃない。何をしてあげられたわけでもない。けれど、桃香が自分で考えて、自分で立ち上がれたことが、俺はどうしようもなくうれしかった。
「…わかっているのかな、お前は」
「へっ?」
気づくと、感動にうち震えている俺を、秋蘭がなにやらジト目で睨んでいた。
「どうしたの、秋蘭…?」
「…いや」
言いたくないとばかりに首を振って話を断ち切る秋蘭。
「体調はどうだ?悪くないか」
「ん、あ、ああ…大丈夫。ぴんぴんしてるよ。毒とか本当に信じられないくらいさ」
手を開いたり閉じたりしてみるけれど、全然違和感がない。
刺された腹はもちろんジクジクと痛んでいるけれど、毒がどうとかは正直実感が持てなかった。
「あまり動くな。そういう毒なのかもしれないだろう」
「うーん…」
襲ってきた男のことを思い出す。
刺されたりとか、毒だとか…あいつは一体何者なんだろう?俺は彼に、一体なにをしたんだろうか。
刺されるのも大概だけど、毒とかもう、恨みが半端じゃない感じがするよな…。
「さて、では私は皆にお前が目覚めたことを伝えてこよう」
「ん、わかった。頼むよ」
そういって秋蘭が立ち上がり、俺は座ったまま見送ろうとする…と。
不意に頭を引き寄せられ、唇になにかが触れた。すぐに気づく。触れているのは、秋蘭のそれだ。
「しゅう…らん…」
「お前は本当に、もう…」
「いでっ」
唇を軽く噛まれ、悲鳴を上げる。
それを意に介さないまま、秋蘭は振り向かずに部屋を出て行った。
「…わかっているのかな。桃香殿があんなに頑張ったのは、お前のためだろうに」
そんな声が、聞こえた気がした。
秋蘭が出て行って、俺は手持無沙汰になってしまった。
なにせ病人だ。動いたら傷が痛むし、そもそも何をしても怒られそうな気がする。
かといって何もしないというのもつまらない…。
何か考えようとするのだけど、それもまとまらない。浮かんでも益体のないことばかりで、すぐ消えてしまうのだ。
「うーん…大事なこと…大事なことを考えよう」
大事なことならば考えも長持ちするはずだ。そう、せめて、秋蘭が帰ってくるまで持てばそれでいいのだから…。
「あ…」
と、不意に浮かんできたものがあった。
決して忘れない、忘れるはずがない、大事なひとたちのこと…。
「…あ、れ?」
頭が重くなる。視界が暗くなって…靄が、かかる、みたいに。
「…俺、今なに考えてたんだっけ…」
わからない。
頭が霞んで、思考が回らなかった。
なにかを考えていたのに…大事なことを、考えていたはずなのに。
ぞくり、と背筋が震えた。
何かはわからない。でも確かに俺は何かを恐れている。何かが嫌で仕方がない。何かは…わからないのだけど。
胸になにかがつかえているからか。
体調が悪いから?なら、少しでも寝たほうがいいかな…××が戻ってくるまで。
「んん…?」
また、違和感。
自分の考えたことに自信が持てないこの感じ。
「やばいなー…やっぱ寝よ。起きたらきっと…」
きっと治っているだろうから。
この違和感も、胸につかえているなにかも、消えてくれるだろうから…。
「なに、一刀が起きたと?」
外で待機していた面々が、秋蘭のその言葉に顔をほころばせた。
「ああ、体調は悪くないらしい。それもある意味不安ではあるがな…」
「意識が戻らないより、ずっといいわ」
「そうですねっ、もう会っても大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だと思う」
皆がぞろぞろと一刀の部屋を目指して歩いていく。と、秋蘭はひとりだけ身動きしない人間がいるのに気がついた。
「祭殿…?」
「ん」
呼びかけて、ようやく気づいたように面を上げる祭。
「なにか…?」
「ああ、いや。ちいとばかし、嫌な気がしただけじゃ」
「嫌な気?」
肩をすくめて見せる。
「気持ちの整理…ついたと思っておったんじゃがなあ。我ながら情けない。まだしこっておるのかな」
守れなかったこと。みすみす傷つけられたこと。
「…あまり、気に病まれないほうが。土から出てくるなどと、そんな妖しげな術を使われては…」
「ああ、わかっておる。行こうか。一刀にも、気を抜くなと説教してやらんとな」
ふたり、連れだって歩きだす。
祭はそれでもまだ…心にひっかかっている不安を取り除けずにいた。
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…えー、お久しぶりです。生きてます、Rocketです。
一か月近く投稿拒否ですみませんでした。
一度書いてから、「あれ?なんか違う」と思ってデータを自ら消したのが運の尽き。そこからさっぱり思いつかずに時間が経ってしまったのです。なんかイマイチ祭さんが出ませんが、まあラストに向けての前フリってことで…。
楽しんでもらえたら幸いです、ではでは!