No.143392

【BL】賢者の確信

魔界の王子様シヴァは超偏食症。主食はなんとえっち中の相手の精気! そんな王子をトリコにしたのは「極上の精気」を持つ人間、深雪(♂)だった。
そんな魔界王子×人間のいちゃラブ(似非)ファンタジー『LET'S EAT!!』
魔界王子の友人である賢者さま視点で、魔界のバカップルの様子などを、シリーズで時折書いています。
この作品は、2005年冬発行の同人誌に掲載したものを、加筆修正したものです。

2010-05-16 01:31:49 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:832   閲覧ユーザー数:825

 魔界の王子様の名前はシヴァ・F・ジャヴェロット。

 王子様の伴侶殿の名前は桃鳴深雪。

 ちょっと普通と違う二人は、人間界でばったり出会い、うっかり恋に落ち、異文化の壁をひょっこり飛び越えて、いつまでも一緒にいることを決めました。

 そう。

 二人がちょっと普通と違うところは、王子様は超絶偏食症。

 ついでに言うなら、好物は性交渉中の伴侶殿の精気だったのです!

 

 

*  *

 

 

 ここは魔界現国王の王弟陛下の居住区、左牙宮(最上階)。

 そこには、生まれながらにして破格の魔力を持った王弟陛下(通称第一王子)と美人な伴侶(元人間)が住んでいる。

 実はこの魔界では、異種族である人間を伴侶にするということに対してまったく前例がなかった。それどころか、魔力を持たない人間をどちらかというと軽視する傾向にある。

 それはもちろん王族の伴侶であっても同じこと。

 おかげで第一王子の連れてきた伴侶はまだ国内にも周知されておらず、なんと左牙宮に閉じ込められて『秘密の伴侶様』として扱われていた。

 そんな中、先日左牙宮の上層部に新しく庭園が作られた。

 そこは四季折々の花々が咲き乱れ、幾種類もの樹木と大きな池、それから散策用に遊歩道までついている。

 これは自由の少ない伴侶を慮った王子が、その心を慰めるために造り与えたものだ、という美談が牙城内でまことしやかに流れていた。

 本日その件の庭園で、伴侶の深雪と第一王子シヴァの乳兄弟で大賢者のサガ・ラズールが、のんびりとティータイムを楽しんでいた。

 

 

*  *

 

 

「深雪ちゃんも魔界に慣れたもんだよね~」

 のほほんとサガが告げる言葉に、向ける視線もなく深雪はそれはもう真剣に、ティーカップに花茶を注いでいた。

 ここには余計なメイドも護衛の騎士もいないので、給仕は大抵深雪の役目になっている。

「……まあ、ね……いろんな意味で」

 ティーポットの注ぎ口を持ち上げながら、ふぃと深雪は息を吐きながら返した。

 そうとも。

 今まで生きてきた人間界とは違ういろんな事実に、深雪はもう驚かされることはあまりない。

 朝、鶏の変わりにドラゴンが鳴くことも、食用の鶏には足が三本あることも、怖いメイド長さんに教わる伴侶マナーのレッスンも、花茶の淹れ方も。

「もちろん、俺が美味しいらしいってことにもね」

 そう告げると深雪はにっこり笑って、椅子に腰を下ろした。

 最初はいろんなことに驚かされたけれど、生きて行こうと決めたなら受け入れることはそんなに難しいことではない。

 いろんなことに驚かされたけれど、愛の交歓だと思っていた行為が、実は食事だったという事実に比べたら、驚くことは少ないのではないかとすら思う。

「慣れたなら良かったよ~。ホント、深雪ちゃんを連れてくるのに、俺苦労したんだよ~」

 サガは過去を思い出すかのように遠い目をしてため息をついた。

「……司馬のせいで?」

 司馬、というのはシヴァ王子の人間界での名前だ。

 深雪は呼びなれた日本名を今でもずっと呼び続けている。

「そうそう~。最初に人間を連れて帰りたいと言い出したときには、トウフ、だっけ? のカドに頭ぶつけたかと思ったね」

 しみじみと告げたサガの言葉は、先日深雪が『豆腐の角に頭をぶつけて~』について教えたことを自分なりに使用しているらしい。

 少々使い方を間違えているようだが、深雪は敢えて突っ込みを入れずにいると、サガは当時を思い出しながら話し出した。

 

 

 忘れもしない、あれは女王陛下から花玉(国家機密)の精製について詳しく調べて欲しいと、極秘で依頼がきた直後で、取っ掛かりが見つからないかどうか、真面目に自室で古い文献を調べている時だった。

『サガ』

 不意に鏡の向こうから、聞き覚えのある乳兄弟で幼馴染のシヴァ王子の声がした。

 シヴァは現在人間界に長期出張中であり、サガも久しく顔を見ていない。

 魔力の強い王子は、鏡を媒体とした移動や通信の手段を持っており、通常からなにかあるとサガに難問を依頼する。

 ここ最近は(出張中だから)静かだったのに、と思いながら王子とのラインが繋がっている鏡へと向った。

「やあ、王子。人間界から珍しい……おや、今日は血色がいいようだ」

 鏡の向こうにいる相手の顔とその背景を見るなり、サガは軽口を叩く。

 相手が王子とはいえ、二人のときは立場を超えている。怯むことはなにもないのだ。

 シヴァの向こうに簡素な寝室らしい室内と、誰かの剥き出しの肩が見えた。

 おおかた、食事でも済ませてからのホットラインなんだろうことは予想がつく。

『……ああ。食事を済ませた』

「魔界にいるよりも、ソッチの方が食べる物(精気)がいっぱいあっていいんじゃないの~?」

『人間界も魔界も同じようなものだ。ところで、頼みがある』

 鏡の向こうのシヴァは、表情一つ変えることなく淡々とそう告げた。

 嫌だと拒否したところで聞く耳を持つはずもない。

 聞くだけはタダだからとサガが黙って聞いていると、シヴァはとんでもないことを、あっさりと告げた。

 

「はあ? シヴァ、自分で何を言ってるかわかってる? 無理。ドラゴン拾ってくるのとは訳が違うんだよ??!」

 

 開口一番、眉間を人差し指で押さえつつ、呆れたようにサガは告げた。

 

 サガが無理だと喚いたシヴァの頼みとは……。

 実は、人間界で極上の精気を持った人間(男)を発見した。

 伴侶として一生、来世まで傍に置きたいが、どうすればいいのかすぐに調べろ、というものだったのだ。

 

 ぽりぽりと頬を人差し指で掻きながら、サガはまず諦めさせる方向で口を開く。

「あのねえ、人間と魔族じゃ寿命も違うし、前例もないし。魔族の王族が、人間を伴侶にするなんて、荒唐無稽もいいとこだよ。無理」

『無理も、前例がないのも承知』

 シヴァもシヴァなりに、無理無茶を言っていることはわかっているらしい。

 次にサガは代替案を出してみた。

「いくら美味しいって言ったって……食べたくなったら人間界に通えばいいんじゃ……」

『だめだ。俺のものにする。連れて帰りたい』

 諦めろと遠まわしに告げた言葉も一蹴された。

 いつもならサガが言う前に状況を判断して諦めるシヴァが、ここまで譲らないのは珍しい。

 付き合いも長いので、そう理解したサガは、マントに包まれた方を僅かに落とした。

 それでも、すぐに折れてやるのは悔しいので、もう一度諌める口調でシヴァに告げる。

「というか王子、俺の話をちゃんと聞いてるかい? 伴侶っていうのは、魂を共有する大切な存在なのはご存知で? その相手に人間を選ぶって、王族という立場ではまずいと思うんだけど~?」

 そもそも魔界に人間を連れてくる、なんて話は伝説レベルでしか聞いたことがない。

 しかも、それなりの人気と信用を持つ第一王子は、何よりも国を愛していて、同様に国の民からも愛されている。その伴侶が魔力を持たない人間である、という事実を民が納得するまい。

 最悪、伴侶を連れてきたところでシヴァごと魔界を追われる可能性だってあるのだ。

 しかし、シヴァの返答はそんなサガの懸念をまったく無視したものだった。

『立場なんかどうでもいい。アレは俺のものだから傍に置きたい。

 ただ、さすがに人間をそのまま連れて帰っても、魔界では長くは生きることは出来ない。それでは意味がないから、何とかする方法を探してくれ、と頼んでいる』

 真剣なシヴァの瞳は穏やかな藍紫を湛えている。

『頼む、サガ』

 そもそも『伴侶契約』とは人間界で言うところの結婚と同じような儀式のことだ。

 しかも魂を共有するため、生死をともにすることになる。王族ともなると寿命もそれなりに長くなるし、それに耐えうるだけの相手を選ばなければならないはず。

 それなのに、この王子は人間を娶ると言う。挙句の果てに命令でもなく『頼む』と頭を下げられている。長いこと一緒にいるけれど、こんな風にシヴァから頭を下げられることは、初めてだった。

 正直、サガの頭の中では『面倒』という言葉が飛び交った。

 自分は女王陛下からの勅命を受けているので、いっそ手が回らないと断ってしまおうかとも思った時だった。

『……ぅん、……しばぁ?』

 鏡の向こう、シヴァの奥のベッドから声がして、衣擦れの音が微かに響いた。

 その声はどこか甘く、眠たそうで。

 おまけにそんなことがあるはずもないのに、鏡越しにサガのもとまで美味しそうな香りが届いたような気がして、驚いた。

『……ああ、なんだ。起こしたか?』

『……誰と話してるんだ? 電話……?』

『すぐ終わる。寝てていいぞ』

『ん~……』

 艶かしく蠢く甘い声の主に、シヴァは『類をみないほど優しげ』(超重要!)に言葉をかけてから、もう一度サガへと向き直った。

「わぉ!」

 振り返りざまのシヴァの表情に、サガは思わず声を漏らして釘付けになった。

『悪い、起きた。……調べておいてくれ。サガ、頼む』

 シヴァはそれだけ言うと、サガの返答など待たずに一方的に回線を切り離したようだった。ぷちん、と軽い音がする。しかしこの通信機代わりの鏡は不思議なもので、画像は切られても音声は暫く届いている。

『深雪、水でも飲むか?』

『……ん、――』

『…………』

『………………』

 だんだんとフェードアウトするようにして音声が消えてゆく。

 それを聞きながら、サガは何度も何度も瞬いた。

 自らの顔を写す鏡を眺めて、今のは夢幻ではないのかと疑ってしまう。

 それほど衝撃的だった。

「……王子? というか……今の優しげな声、誰?」

 シヴァがあんなに優しげな声を出す所など、今まで五百年近く一緒にいるのに一度も聞いたことがない。おまけになんだ、あの顔は。俗に言う『完全に骨抜き』のような、あの表情。

「……なんだ、今のは。ひょっとしてこれは……、シヴァが人間に本気になっちゃった、ってこと?」

 サガは誰からの返事を求めるわけではなく、思わず自問自答する。

「……というか、今のは本当にシヴァ?」

 初めてのお願い、優しさに溢れた声、蕩けるような表情。

 全部サガの知らないものだ。

 だからこそ首を傾げるが、しかし答えが返って来るはずもない。

「…………まあ」

 ぼりぼりと、頭を掻いてサガは大きなため息をついた。

「あんな顔見せられちゃったんじゃ、話しは別、かな。……仕方ないなあ、問題は山積みな気がするけど、なんとかしてやろうかって気にさせてー……あー、シヴァも罪だなあ」

 これまでのシヴァは表情に乏しく、声音に抑揚の少ない、どこか常に空虚感を抱いていた。常に諦めている。生きることも、父親とのことも、なにもかも。

 しかしさっきのシヴァは違った。

 少なくとも、サガには違うように見えた。

 優しい声音と、和やかで満たされたような表情。

 何よりもシヴァにそんな顔をさせた人間に興味があったからかもしれない。

「……大賢者様を舐めるなよ~」

 魔界初のことなら、成し遂げたいと言う気持ちもあったことは否めない。

 それでも友人の幸せが今からの自分の行動にかかっていると感じたことも確かだ。

 どこか楽しそうに、サガは新しい研究の為の調査の手を止め、自室の奥に備え付けてある、膨大な書庫へと姿を消した。

 

*  *

 

 人間界から人間を魔界に連れてくる方法は、思っていたよりもあっけなく見つかって、サガは自分の優秀さに驚いた。

 しかもその中で一番適切だと思われた方法について、マニュアルを作成すると、一度魔界に戻ってきたシヴァにそれを手渡した。

「忙しい合間を縫って作成したマニュアルだから、用法と用量をよく守って使ってよ~」

 手渡されたそれにシヴァの口元が満足げに弧を描いた。

 それはサガがあの日、通信先で垣間見た表情と良く似ている。

 虚無感を満たされたような、そんな顔。

「……今、未来の伴侶殿のこと、考えなかった?」

「は?」

「いや、いいよ。なんでもない。とりあえず苦労したから、巧く使ってね~」

「ああ、ありがとう。やはりサガは優秀だな」

「誰に向かって言ってるか、わかってる~?」

「よくわかってるよ、大賢者殿」

 楽しそうに咽喉を鳴らして、シヴァが笑う。お互い、掛け合うようなこんな軽口が嫌いじゃない。

「ところで、王子。ちゃんと本気なんだろうね~?」

 サガは何の事とは言わずに、シヴァに渡したマニュアルに視線を落として問い掛けた。

「半端な気持ちでこんなことを言えるはずがない。人間をこっちに連れてくるリスクも承知の上だ」

 シヴァが不敵に笑った。

 人間を魔界に連れてくるには大きなリスクが付き纏う。

 結局異端者を引きずり込むことに他ならない為、どこで世界が歪むかわからない。

 最悪生態系が狂う可能性すらある。

 それだけではない。

 人間を伴侶にした場合、シヴァの寿命すら人間並みに短くなる可能性もあるのだ。

 正直そのリスクは未知数だった。

「きちんとわかってるならいいんだけど~、それから、ちゃんと了承取るんだよ」

「なにを?」

「魔界に来てもらうこと。人間にだってリスクが伴うんだから、それを知らせなければアンフェアだろ」

「いや、まだだ」

「あら、まあ。なに、弱気?」

 短く告げて首を横に振るシヴァに、サガは茶化すように告げた。

 するとシヴァの唇が苦笑するように引き上げられる。

「ふぅん……まあいいや。やることはいっぱいあるし。とりあえずそこに書いてある書類とか、ちゃんと集めて事に臨んでね~。それから、陛下にもちゃんと……」

 後で俺が怒られるのごめんです、と怒った陛下を想像して、サガは軽く身震いした。

 女王陛下は、美人なだけに怒ると非常に恐ろしいのだ。

「姉王には事後承諾だ。もしも反対されれば、……人間界で暮らすのも一つの方法だと思っている」

 苦々しい表情で、シヴァがそう告げる。

 サガはその言葉で、初めてシヴァの思いの強さを知った。

 本人が気づいているかどうかは知らないが、伴侶にすべき人間を酷く大事に思っていることは確かなようだ。

 そうでなければ、国を愛する王子が国を捨てると言い出すはずがない。

 本音を言えば、儀式の事後処理や周囲の説得など、自分に回ってくるだろうすべてのことに思いを巡らせてサガはげんなりした。

 しかしこれは自分が引き受けるしか仕方がないと、サガはこの時に覚悟を決めたのだった。

 

 

「……なあんてことがあってね~」

 中庭のテーブルで、紅茶を飲みながらサガは遠い目をして話を続ける。

「実際そりゃーもう、大変だった。王子は深雪ちゃんが来てからというもの、食事三昧でさ。妙に浮かれちゃってるし。ただ予想外だったのは陛下や殿下がやたら深雪ちゃんを気に入って、シヴァがそうしたいならってあっさり許したことくらいかなあ」

 のほん、紅茶をすするサガの話を深雪は黙って聞いている。

「人間界から伴侶をもらうって、魔界では伝説レベルだったんだよね。いろいろ不安の種もあったけど、こうして深雪ちゃんが落ち着いてくれたみたいで良かったよ」

 今だから話すけど実は心配だったんだよね、とサガはうんうんと何度も頷いた。

「ちょっと聞きたいんだけど、落ち着かなかった場合、俺どうなってたわけ?」

「ああ、落ち着かないとね。発狂しちゃったり衰弱して体力が持たずに死んでしまったり、挙句人間界に戻さなきゃならないんだけど、人間界に戻っても儀式をやってるから普通の人間じゃないしね。年取らなくなったりしちゃうんだよね~」

「え」

 可能性としては五分五分だった、と告げるサガに心底驚いたように深雪の瞳が見開かれる。

 しかも、深雪はそんなリスクを聞いていない、一言も。

「本当なら魔界に来た時点で、人間界では鬼籍の人になっちゃうんだけど、そこらへんの事後処理については王子は頑張ったと思うよ~」

「きせきのひと?」

「そう、鬼籍。死んだってことになるんだけど、深雪ちゃんがもしも人間界に里帰りした時に、友達なんかに会えないだろ? だから王子は留学ってことにして、いつでも深雪ちゃんが帰れるようにしたんだよ」

「……ふぅん」

 深雪はサガの言葉に、魔界に来たばかりの頃に思いを馳せた。

 深雪が魔界に来てすぐ司馬は一週間くらい人間界に出張に出かけた。

 それが元で結構大きな喧嘩をしたことは、今のところ二人だけの秘密だが、そのときのことは今でも鮮明に思い出せる。

「……ただの食料扱いなら、そんな手の込んだこと王子がするわけないんだよ」

 過去の記憶を辿る深雪に、サガがなんでもないことのように告げた。

 その言葉に深雪はどきりと胸が高鳴る。

「サガくん、そんなの、わかんない、よ」

 だって俺は美味しいからね、と深雪は一瞬動揺しかけたことを隠すように、首を傾げておどけてみせた。

 本当はなんとなくわかっていることでも、他人から言葉にされると素直になれないのだ。

 サガはそれに対して何も言わずに、ただにこにこと深雪を見ているだけだった。

 

 

*  *

 

 庭園のテーブルで和気藹々とサガと深雪が話をしている様子に出張から帰還したシヴァがあからさまに眉を顰めた。

「おや。お帰り、王子~」

 テーブルに近づいてゆくシヴァに気がついたサガが、ひらひらと手を振る。

「なんだい、不機嫌そうだね?」

 シヴァの眉間に、深く刻まれた皺を見て、おどけたようにサガが告げた。

 もちろんサガにはその皺の理由はわかっている。

 十中八九、伴侶がシヴァ以外と楽しそうに談笑しているのが面白くないのだろう。

 そんなサガの言葉に、背中を向けていた深雪も振り返る。

「お帰り、司馬。思ったより、早かったね」

 嬉しそうな笑顔を向ける深雪に、シヴァはすんなりと眉間の皺を解いた。

 そして短く『ただいま』とだけ告げて、テーブルのすぐそばに立ち、深雪の頭を引き寄せてその柔らかな髪に口付けた。

「人前じゃ、やだ」

 深雪は避けるように首を捻るが、シヴァはまったく構う様子がない。

 王子のその変わりように、サガは気づかれないようにひっそりため息をついて、肩を竦めた。

「……さて、それじゃ俺はお邪魔みたいだから、帰ることにするよ。王子、深雪ちゃんまたね」

 ごちそうさまでした、と飲み干したカップをテーブルに置くとサガが立ち上がる。

 ひらひらと手を振って、建物の中に消えようとするサガをシヴァが呼び止めた。

「サガ、深雪の相手をありがとう。それからこれは頼まれていたものだ」

 小脇に抱えていた、分厚い包みをサガに放り投げる。それを受け取り、中味を確認したサガはとたんに嬉しそうな表情を浮かべた。

「ありがとう、王子。また行った時にはお願いするよ」

 あからさまにうきうきと足取りが軽くなったサガは、大事そうに包みを抱えてそのまま去っていった。

「……あれ、なに? 本屋の包みみたいだったけど?」

「ああ、あれは……」

 抱き寄せるシヴァの手に身を任せながら深雪が問いかけると、人間界で有名な少年週刊誌の誌名が帰ってきた。

 その懐かしい名前に深雪は緩く笑う。

「あのさ、司馬」

 深雪が傍に立つシヴァを見上げる。

「今度、俺も連れてってよ」

「そうだな、ティラの了承が出たらな」

 そんなシヴァの言葉に、深雪は綺麗に笑う。

 シヴァの長い指先が顎先を軽く持ち上げるのに、深雪はゆっくりと瞳を閉じる。

 そのまま顔が近づく気配と、柔らかく触れる唇にそっとシヴァの首に腕を回したのだった。

 

 そして――――そのまま、シヴァのお食事タイムへと雪崩れ込んでいった。

 

 

*  *

 

 

 その後、左牙宮の渡り廊下では。

「あーらら、そのまま突入ですか」

 さきほどシヴァから雑誌を受け取ったサガが、楽しそうに中庭を見下ろしていた。

「あんまりがっつくのはどうかと思うなあ、王子」

 独り言のように呟きながら、中庭で行為に及ぶ二人を眺める。

 深雪の服はすっかり肌蹴られていた。

 その上、膝の上にのせられ向き合うような格好だ。

 甘やかな声が響き渡り、すさまじいほどに美味しそうな匂いが、渡り廊下まで届いている。

「……王子が伴侶を想って中庭を造った、なんて美談がどうして流れてるんだろうねえ。あどう考えても人目を憚らず食事できる場所が欲しかったっぽいんだけどな~」

 部屋の中では趣向が限られてしまう、かといって街中に連れ出すには、深雪は極上すぎる。

 その点城の中なら王子の食事中に邪魔をするものはいない。

 趣向を変えて食事をするには、城の中に作るしかない、とシヴァが言い出したに違いないとサガは踏んでいる。

 膝の上に乗せられて、がくがくと揺らされながら快楽に身を委ねている深雪と、大事なものを手にして幸せそうに見えるシヴァを上方から眺めながら、サガは自分の考えが間違っていないことを確信した――。

 

 ……が、サガが事実を知り、読みが甘かったことを知るのはもう少し後のことになる。

(了)

 


 
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