No.143363

ミレニアム・アンデットデビル下7

キャラ崩壊? セーフかな?

2010-05-16 00:13:33 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:531   閲覧ユーザー数:527

 六章『二回目の羞恥』〜柳 双葉編

 午前の授業が終わり、そこでようやく柳双葉が目を覚ました。

「・・・・・・ん。」

 寝起きはまだ脳が活性化されていない。双葉は少しボーーっとして起きたばかりの余韻(よいん)を楽しんでいた。

 授業に出なければあの罰を受けるらしいが、双葉は教師一人一人に「教室にはいるから出席を付けろ」と脅迫したので、今では午前中は天国である。ただ、この昼食の時間は正直面倒くさい。妃子と一緒に飯なんて食べたくないし、夕飯一緒に食べている欄と昼まで食事を採るなんてそれこそ罰ゲームである。一般人は論外。不本意ながらも、妃子を誘うしか選択肢は無いらしい。

「・・・・・・あ?」

 窓から妃子がグラウンドを渡り、黒の高級車へと乗り込む姿があった。そして、その隣には例の上月隆がいた。ちなみに双葉が座る窓際の一番後ろの席。そこは高校生の中で一番競争率が高いのだが、双葉のリクエストでクラスの満場一致で手に入れることに成功したのだったりする。

「・・・・・・今日は退屈しないですみそうだな。」

 双葉は窓を開け、身を乗り出す。

「ちょ、ちょっと柳君、早まらないで!」

「・・・・・・あ?」

 双葉の異変な態度を気にした川口が声をかける。この男子生徒は一般人の中で双葉と一番関わりがあるとも言える。

「ああ、今日はミルクは買いに行かなくていいぞ。」

「じゃなくて、落ちたら危ないよ!」

 なるほど、この俺を自殺志望者と間違えてんのか。・・・・・・はっ、こりゃ一般人らしい発想ご苦労様。

「靴は履いてるから大丈夫だ。てめえみたいな一般人は死ぬかもしれないから飛ばねえ方がいいぞ。」

「お前はその一般人を窓から投げたがな。(ぼそっ)」

 ぼそっと、本当に小さな声を、双葉は聞き逃さなかった。

「一般人じゃなくても危ないよ!」

「・・・・・・おい、そこの豚、顔覚えたから明日は命が無いと思え。」

 双葉は川口のことよりも嫌味を言われた男子生徒の方が気になって仕方がなかった。

 そして、双葉は一瞬でこの教室から消えた。

「きゃあああああ!」

「うわあああ!」

 だん!双葉でなくてもこの程度の高さでは怪我なんて負うことはない。上の人間が叫んでいるのに興味を持たず、目の前にいる上月という男と対峙 (たいじ)する。

「おい、何おもしろいことやってんだ?」

 まだ上月とは100メートルぐらい距離がある。かろうじで声が届く範囲だ。

「・・・・・・。」

 上月は何も答えず車に乗り込む。もしかしたら何か言っていたかもしれないが、どちらにせよ聞こえなければ意味がない。

「・・・・・・双葉さん!もしかしてこれは!愛の力なんでしょうか!?」

「・・・・・・。」

 足元にある石を拾い、それを投げつけた。

「グヘエ!」

 不細工な声だけはここまで聞こえてきた。

 がっくりと気を失う妃子を掴み、車の中へと入れる。もしかしてももしかしなくても誘拐だろう。

「・・・・・・。」

 正直、双葉は追うかどうか迷っていた。

 ・・・・・・これは間違いなく誘拐、拉致だな。だが、この件に俊さんが絡んでないとは言えない。ここでもし行ったら、笑いものになるしな。この情報はまだ知れ渡っていないはずだ。それに欄が同じチームにいるから部外にあの女の存在が知られる恐れも無い。・・・・・・よし、決めた。

「あの女が死のうと知ったこっちゃねえ。」

 だが、それでも走りだそうとする車に向けて蛍光ペンに似たスティックを持ち、それを車に向ける。その先端から赤い光が放たれると、車は何事もなく走り出していった。

 双葉は180度振り返り、妃子の代わりに一緒に昼食を採るやつを探すことに決めた。「双葉。」

「うわっ!」

 タイミング良く振り返った時に声をかけられ、不本意ながらも驚いてしまった。

「なんだてめえ、死にてえ・・・・・・って、あれ?」

 双葉に声をかけた人物をみて動きが静止した。

「双葉、大変だ。」

 俊は黒一色で統一された戦闘服を纏っている。その姿は言葉通り、大変なことが起きなければ決して着用することはない。

「しゅ、俊さん?なんでここに・・・・・・ってことは今連れて行かれたのはっ!」

「ああ、最悪だ。欄が誘拐された。」

 ・・・・・・は?

 言葉も出せなかった。

「欄も・・・・・・ですか?」

「・・・・・・ん?まさか・・・・・・」

 それだけで、二人はすぐにその場から離れた。ここで雑談しても時間の無駄ということがすぐに分かっているのだった。

 とりあえず二人は屋敷へと向かう。タクシー等では話にならない。自宅にヘリコプターを所持しているので、それを活用するつもりであろう。

「双葉!お前は川越さんの救出に向かってくれ。俺は欄の方にいく!」

「はい!あの女を乗せた車に探知機を仕掛けたので、ある程度的は絞れています。」

 この時代では、わざわざ探知機を取り付けなくても、先程の赤色の光を当てるだけで情報を得られるのだ。・・・・・・とは言っても、まだまだ値段は高く、一般に普及するのはもう少し先と見られる。

「よし、何か状況が変わり次第こちらに連絡してくれ。それと、車で行ける範囲といってもたかが知れている。お前は家には帰らず携帯パソコンで位置を確認してそのまま向かってくれ。」

「分かりました。」

 町の一角で弾けるように二手に別れ、妃子を浚(さら)った車を追う。とは言ってもまだ詳しい場所が分からないので、大雑把な方向に走りながら携帯パソコンを開いた。ちなみに欄に壊された数時間後に新しい機種を渡されている。

「・・・・・・っち、」

 地図に書かれた場所を見て舌打ちする。車は高速道路を使い、もう大分離れている。  ・・・・・・走っていったところで追いつけないな。これは・・・・・・どうするか。

 前もって分かっていれば追跡の専門者でも呼べるのだが、それでもさらに時間がかかる。・・・・・・いや、相手がこのまま数百キロも走ってくれれば話は変わるが、恐らくそれはないだろう。となれば、方法は一つ。

「タクシー!」

 双葉の目の前で急ブレーキをかけて止まる。乗車拒否をしていたら間違いなくこの男に殺されていただろう。

 後ろのドアが開き、すぐに飛び込む。

「高速に出ろ!今すぐだ!」

「え・・・・・・何だあ?兄ちゃん急いでんのか?」

 間抜けそうなことを言いながらも、すぐにトップスピードで発進する。仕事はきちんとできるらしい。

「かなりな。金はやる。とりあえず俺の指示通り動け。」

「警察に追われてる、とかかい?」

 スピードは既に80キロを出しているが、それでは離されるばかりである。

 双葉は運転手の首元にナイフを当てる。

「もし警察に掴まったら俺は強盗ということにでもしてろ。・・・・・・だから、急げっつってんだろ!」  

 運転手は一瞬だけ怯み、すぐに笑みを漏らした。

「おらぁ、兄ちゃんみたいな性格は好きだぜぃ。」

 ギアを5に入れ、車は更に速度を上げる。

「指示を間違えんなよ!それと、どこかにつかまっとけ!」

「上等。」

 こういうオヤジは、案外オレと気が合うのかもしれないな。

 

 高速道路に出て、ついにスピードはMAXの180キロを超えている。・・・・・・だが、それでも差がほんの少しずつしか埋まらないのは双葉の機嫌を悪くさせる。

「・・・・・・おい、離されてるぞ!もっとスピードを上げろ!」

 携帯パソコンを見て叫ぶ双葉をバックミラーで見ながら運転手は言う。

「・・・・・・兄ちゃん、その車は今どこぉを走ってるんだぃ?」

「もう玖珠茄(くすなす)だ。くそっ、もう7キロは離れてるぜ!」

 悔しがってる双葉に優しく声をかける。

「玖珠茄は直線経由だ。カーブが多いこの道と比べりゃあ、楽なもんよぉ。・・・・・・だからな、後ろの連中どうにかしてくれねえか?」

「・・・・・・?」

 背後を振り向くと、今まで気付かなかったのが不思議なくらいパトカーがけたたましいサイレンを鳴らしながら追ってきていた。

《前のタクシー、速やかに速度を落として次の出口に下りなさい》

「・・・・・・っは、」

 双葉は学ランに収納してあるS&W/M500を抜く。その大きさは禍々(まがまが)しく、その見た目以上の威力を誇るS&W 社の強力な銃の一つである。20世紀前後に開発され、今もなおトップクラスの威力を誇るということは、武器会社ではそう簡単なことではない。

 背後に迫るパトカーに向け、標準を合わせる。

「おい、・・・・・・兄ちゃん、おめえまさか・・・・・・」

「金は払う。窓ガラスは割る。公務執行妨害もオレ。てめえは前見て早く目的地目指して走れ。」

《繰り返す、前のタクシー・・・・・・・・・》

 ッボン!

 ガラスが割れるというか、弾が出た部分のみ刳り貫かれたに近い。一部分のみ楕円ができ、残りの部分は破片一つ残すことない。

 ッッドッバアアアン!

 アクション映画に近い破裂音に、あのスピードだ。安否の確認はするまでもないだろう。

 ・・・・・・これはプライベートの殺しじゃないですよ、俊さん。

 心の中で呟くが、それは確かに俊も認めるだろう。

「・・・・・・おらぁ、兄ちゃんみたいな性格大好きだぜぃ!」

 車は着々と追いついていたが、それでも妃子が生きているという保障はどこにもない。 ・・・・・・それにしても、まさか俊さんが本当に見落としをするとは、やっと穴が一つ見つかったな。

 こんな状況で少し上機嫌になっている自分に気が付いたが、それはそれでいいと自分自身に納得した。

 ・・・・・・いや、まだだ。

 そう、双葉の相手は誘拐犯ではなく、あくまで佐津間俊である。 

 まだ、決め付けるのは早い。・・・・・・仮に俊さんがこの事件の黒幕として、目的は何だ?川越妃子を殺すため?それは、無いな。それならわざわざ今でなくとも幾らでもチャンスはあるはずだ。なら、何か俊さんにとって有益な物を得るためであるとみるのが妥当である・・・・・・が、

 正直言って、それ以上は推測できない。だが、双葉がやることは一つ相手が誰であろうと、妃子を救出すればいいだけである。

 ・・・・・・どちらにせよ、このオレに喧嘩を売った連中は死刑だな。

 くっく、と笑いを漏らす双葉は、以外にも欄と同じであったことを双葉は知らない。だが、そんな双葉と欄の決定的な違いは、その実力である。

 柳双葉を止められる生物は、この地球には存在しないのだから———

 高速を降りたと思うと、今度は今まで来た道の逆ルートを迂回する。それも、大分長い時間をかけて。恐らく向こうはこちらが追っているのを知っていると見て間違いないだろう。

 ッピッピッピ、

 向かってきた警察をことごとく撃破し、少し暇を持て余していると携帯パソコンが鳴った。

「こちら、柳双葉。現在追跡中で現状に異変なし。」

 特にボタンを押したり画面を開いたりと特別な操作をする必要はない。ポケットに入れたままでも会話ができるこの携帯パソコンの機能の一つである。

【そうか、こちらは須藤欄の保護に成功。これからそちらと合流する。場所は欄がいるから大丈夫だ。それと、場所も場所であるから到着時間が定かではない。】

「了解しました。・・・・・・でも、わざわざ俊さんが出向くなんて悪いですから、家で休んでいてもいいですよ。」

【そういうわけにもいかない。人命が第一だが、その次にこのチームに敵に回した組織の崩壊も必須だ。】

「分かりました。現状が変わり次第、連絡します。」

 ピッピッピ。

 通信を切ると、ジッと画面を見つめる。・・・・・・そしてついに車が所定の場所に留まった。その場所はあれだけ走ったのにも関わらず、結局学校から20キロしか離れていないスラム街であった。

「おいオヤジ、スラム街に行け。」

「スラム街ってぇと、なんだぁ?結局あれだけ走った意味やぁねぇのか。」

 どことなく残念そうなオヤジがどこか印象的である。

「おら。」

 そう言って双葉は懐に入れてある札束を一つ取り出し、運転手に投げた。始めは胡散臭そうに見ていたが、それが紙幣と分かると目を輝かせる。

「おらぁ、この経験を一生忘れねぇぞ。」

 現金な奴だ。まあ、そこが一般人のいいところか。扱いやすく、切り捨てやすい。

 だが、この運転手は普通の一般人とは少し違っていた。

「ん〜〜、だが、やっぱこの金は受け取れねえや。」

「・・・・・・あ?」

「結局、おらぁも楽しんだし、罪さえ被らなければなんとかなるはな。・・・・・・ってな感じでかっこつけたが、本当は金を欲しいんだぞぉ。」

「貰えばいいじゃねえか。」

 双葉自身、正直このタクシーに乗って良かったと思っている。仕事が出来る人間は、欄を除いて双葉が嫌うことはあまり無い。

「じゃけん。ダメだ。最近の若い奴は金を大胆に扱うが、それじゃ失敗するんだぁ。いいか、おめぇが本当に困った時にこの金を使うんだ。いいな?」

「・・・・・・。」

 正直、一般人でこんな肝の据わった人間を見たのは初めてだった。

「・・・・・・俺の尊敬する上司が、昔言ったんだ。」

 一呼吸置いて、懐かしむように語った。

「金や名誉は確かに必要だが、それに酔うともう人は腐ってしまう。ならその金で弱者を助けるのがいいのかというと、実はその人間も腐っている。本当に素晴らしい人間は、自分のプライドを貫き通す者。そういうにんげんなんだ。」

「・・・・・・おめぇの上司は、かっこよさそうだな。」

「当たり前だ。」

 ・・・・・・少々度が過ぎるのが傷だけどな。

「なあ、何で弱者を助けると腐るんだぁ?」

「優越感に浸るとか、なんとか・・・・・・元々、難しい人でな。」

 双葉は窓の外を眺める。ご希望のスラム街なので、誘拐犯が待っていると思われる場所を細部まで指示する。

「それじゃ、おらぁ合格か?」

「この俺が合格点をやろう。光栄に思え。」

 無理矢理いつもの調子で語る。これからミッションが始まるとなると、少なからず自分がコントロールできなくなるからだ。

 やがて目的地に着き、タクシーは止まる。今は使われていない古い倉庫である。

 ・・・・・・なるほどな。ここじゃあある程度の銃撃戦には適している。

 周りには当然何もない。少々の音なら問題はないだろう。

「世話になったな。」

 オートで開くドアを降りると、運転手に向けて札束を投げつけた。俊さんの言い付けで常に二百万は携帯しとけという教えが初めて役に立った。

「おい、おらぁこの金受けたらねぇ・・・・・・」

「てめえみたいな汚ねえジジイは残り余命はたかが知れてるんだよ。ここぞと思う時に使えば問題ねえだろ。」

 そんな双葉を見つめ、運転手はほくそえんだ。

「優越感に浸ると腐るんじゃなかったのかぁ?」

 その問いに、少し自嘲しながら答えた。

「腐ることにプライドを持ってるんでな。ある程度大丈夫だろう。」

「・・・・・・大した若者だぁ。・・・・・・せめて、名刺を受け取ってくれねえか?」

 差し出す名刺を素直に受け取り、学生服のポケットに収めた。

「じゃあ、また機会があったら呼んでやる。2秒で来いよ。」

 双葉は背を向け、倉庫へと一歩踏み出した。すると、タクシーもUターンして、双葉に背を向ける。

「兄ちゃん!」

 まるで忘れ物をしたように叫んできた。

「名前、教えてくれねえか?」

 その問いに、少し間を置いてから答えた。

「柳双葉、別名不死王(ふしおう)だ。その足りない頭に刻んでおけ。」

 自分でもナルシストっぽい答え方と思うが、不思議と悪い気分はしなかった。

 それだけ聞くと、タクシーは今度こそ発進していった。

「さて・・・・・・と。」

 目の前に発信機を付けた黒い高級車が置いてあり、そのなかは無人。つまり妃子を連れどこかの建物に入ったと考えよう。

「どうやって探すか・・・・・・。」

 ガラララ。

 その考えを中断させるのように、少し離れた建物から瓦礫が崩れる音が聞こえてきた。

「・・・・・・素人か、罠か。どちらにせよ、迷ってる暇はねえな。」

 一歩で20メートルぐらい飛び、素早く迅速に行動する。どちらにせよこちらは本気で行くしかない。

 考えられるパターンは三つ。一つは俊さんの手の込んだ芝居。・・・・・・意図は分からないが、意味が無いってことは絶対にない。二つ目は同業者が妃子を拉致し、多額の金額を請求。最後は一般人が本当にただレイプ目的で誘拐した。・・・・・・もし最後のやつだったら俊さんに異常無しと言ってから帰ろう。

 妃子達は使われていないビルに立てこもっているようだ。双葉は迅速かつゆっくりと近づき、部屋を一つ一つ調べていく。

「・・・・・・っ!」

「・・・・・・っ!」

「・・・・・・してっ!」

 声が聞こえるめぼしい部屋を前にして双葉はドアに耳をあてた。もう少し情報が欲しかったのだ。

「・・・・・・動くな!」

「おい、本当にこんなんで大丈夫か?こいつただの女子高生だぞ。」

「んんんーーー!」

 妃子は口を塞がれたらしい。

「ああ、とりあえず魔瞬殺に連絡をとってからだ。今はまだこちら側から動くのは得策ではない。」

「分かった。」

 現状は大体把握した。とりあえず、素人のレイプ犯の線は消えたか。敵は最低二人。今はあの女を殺すことは考えていない様だ。

 ・・・・・・窓がない。となれば、このまま正面突破か。銃を使うのは得策ではない。今回の目的は全滅ではなく、救出である。となれば、必要なのはいかに速くあの女を奪還するかが鍵だからな。・・・・・・やはりここは肉弾戦でいくか。

 息を潜め、タイミングを確認する。

 3、

「それにしても、こんなに上手くいっていいのか?」

 2、

「まだ仕事は終わってはいない。気をぬくな。例えば・・・・・・」

 1、

「ドアの向こうに敵がいるしな。」

「・・・・・・っ!」

 気付かれたのなら尚更引くわけにはいかない。それに、裏をかけばこれはチャンスなのである。従来なら敵が臨戦態勢なので、こちら側が不利になのは間違いないが、この柳双葉が死ぬ要素がない。人質がいる以上、こちらに注意を引くのは大切なことである。

 バアアアン!

 体当たりでドアを破り、まるで走り幅跳びに近い大胆な着地を見せる。

 敵二人はふざけた骸骨(がいこつ)の覆面を付け同時にこちら側に銃を向ける。かなりの反応の早さだ。

「動くな!」

 動くなと言って動かなければこの地球上で動いている人間はいないだろう。双葉は声を発した男の銃に向け回し蹴りを放つ。双葉の筋力から放たれるその速度は、ノーモーションに加え、残像でも残りそうなぐらいの速さである。

「・・・ッシ!」

 銃を払い落とす軌道から頭部を破壊する双葉の回し蹴りは、銃を弾き落とすどころか寸前のところでかわされてしまう。

 ・・・・・・っな!?これを避けるのか!?

 そう驚くのも無理はない。ノーモーションどころか姿も見せない双葉の攻撃は今までどんな相手だろうと命中し続けた。だが、この相手は銃を狙うフェイントを読んだ上に頭部までの攻撃も当たらない。

 ズキュン!ズキュン!

 相手にしなかったもう一人の相手が双葉に向けトリガーを引く。それを瞬時に交わし、一気に距離を詰める。相手の表情は読み取れないが、もうこの男の末路は見えた。

 腕を少し振りかぶり、そこから肉眼では確認できない速度の右ストレートを放つ。速さに加え、その威力はコンクリートの壁を易々と打ち抜く攻撃力を持つ。だが、身長が180近くはあろう男はそれをぎりぎりで避け、あろうことか銃で頭を叩いてきた。

「・・・・・・っ!」

 こいつ・・・・・・何者だ!?

 そして双葉が倒れそうになると、空いているもう一人の男が後頭部を叩く。それをまともにくらい、膝が折れる。・・・・・・ふりをした。

「・・・・・・ッシ!」

 膝を折った状態で、その反動を使い、今度こそ回し蹴りを放つ。

「うっぐはあ!」

 男は6メートル近い距離にある壁にライナーで激突し、そのまま壁を破りこの部屋から消えた。間違いなく命は奪ったであろう。・・・・・・だが、一つ気になる点といえば、完全に意表を突いたにも関わらず、しっかりと腕をクロスにして防御していたことだった。

「あと、・・・・・・一人!」

 回し蹴りで伸ばした足を上げ、上段蹴りを放つ。だが、180の長身の男は一歩後ろに下がり、射程距離からギリギリ離れる。そして、右手に持つ黒いハンドガン、Walther(ワルサー)をこちらに向け弾を放たれる。

 バン!

 その弾は脳天を突き抜け、双葉を吹き飛ばした。

 だが、すぐに起きると今度は双葉が学生服に閉まってあったS&Wを抜く。

「んなの効くか!」

 しかし、長身の骸骨のお面をつけた男はもう双葉を見てはいなかった。骸骨男が見ていたのは・・・・・・、

「・・・・・・・っ!?」

 骸骨のお面を付けた長身男は、柱に縛られている妃子に向け、手榴弾を投げる。それが何を意味するか、双葉は十分に理解していた。

「ざけんな!」

 双葉は銃を捨ててすぐに妃子に抱きつきに行く。爆発が起きても双葉は死なないが、それ以外の生物ならそうはいかない。この相手は余程の腕で、双葉の攻撃を次々と交わし、勝てないと悟ったらすぐに自爆を試みる。こんなところにいるのが不思議なぐらい有能な人物である。佐津間・風間クラスと言っても過言ではないだろう。

 故(ゆえ)に、手榴弾を投げる前に仕留めるということは不可能である。よって、ここで取る選択肢は一つ。妃子が生存する確率を1%でも上げることしかない。

 ッバアアアアアアアアアアン!

 視界が、赤に染まり、それがすぐに黒に染まる。そして再び赤色へ。視力が回復したということだ。

「・・・・・・っ!」

 圧し掛かる巨大な瓦礫を腕ではらい、バッと立ち上がる。

 部屋は瓦礫と炎に包まれていて、未だにこの建物が崩れないのが不思議なくらいだ。

「・・・・・・おい、女!返事をしろ!」

 ガラララ。

 まるで双葉を哀れむ様に、瓦礫が天井から落ちてくるが、それを気にも留めない。

「・・・・・・おい!女!」

 ・・・・・・ふざけんなよ。

 心の中には、確かな怒りが生まれていた。だが、それが何に対してのものなのか双葉は分からない。妃子が死んだことに対する怒りなのか?それともあの骸骨のお面を被った二人組みに対してなのか。・・・・・・もしくは、いつも自分が見下している一般人一人助けられない自分自身の不甲斐(ふがい)なさなのか。

「・・・・・・いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

 ・・・・・・早く出て来い。早く出て来い。早く出て来い!あの女が出てくれば丸く収まる!・・・・・・何をやっている!早く出て来い!

 ガラララ。

「・・・・・・っ!」

 天井ではなく、足場の方から音が聞こえる。その音に向かい、双葉はゆっくりと足を運ぶ。

 ・・・・・・まだ生きていやがったのか。・・・・・・図々しい!てめえなんかが生きていい理由なんて一つも無えんだよ!

 双葉は焼けて破れてしまった銃を床に捨てると、拳二つで音の鳴る方へと向かう。銃では、殺した気持ちになれないからである。

「・・・・・・おい。」

 鬼の巨像で迫る15才は、間違いなく人間ではない。そこにいるのは、ただの破壊を楽しむ不死王、アンデットファラオであった。

 だが、

 そんな双葉も、

 一瞬で血の気が引いた。

「・・・・・・お、・・・女・・・・・・・・・っ!」

 炎に包まれるなか、その瓦礫のなかには確かに川越妃子が瓦礫の中に埋もれていた。頭の一部はまるで砕けたスイカに近い割れ方をし、しまいには目玉も一つ失い、この辺り周辺赤い炎一色の中で、まるでこの空間に染められたように紅い血を割れた頭部から流している。

「・・・・・・あ、」

 思考が停止した。

 今まであったドス黒い感情は一気に失せ、しかしその代わりには何もない。ただ、ポッカリと胸に穴が空いた様な、そんな錯覚を覚える。

「・・・・・・。」

 そっと、双葉は妃子の頬に手を当てる。炎に焼かれたのか、その頬はもう人間の体温では無かった。

「・・・・・・よくある、」

 双葉は俯いて顔を伏せながらポツリと呟いた。

「よくある・・・・・・話だ。」

 そう、この世界では、同じ会社の連中や仲間が死ぬなんて日常茶飯事。そう、本当によくある話。俊と欄は完璧に仕事をこなすので今まで忘れていたが、ハプネスでは仲間の死など、よくあるイベントの一つに過ぎない。

「・・・・・・なあ、いいこと教えてやろうか?」

 既に人形と化した妃子に、双葉は語りかけた。

「この俺に、あそこまでちょっかい出した女は、てめえが始めてだ。」

 双葉は、ただ淡々(たんたん)と喋る。双葉の口から響くその言葉は、まるで双葉が喋ってはいないかのように。その無表情な顔は、何かを訴えているのだろう。

「・・・・・・くだらねえ。何言ってんだよ俺は。」

 何も考えられない。頭の中が白くなっていく———

「独り言なんて、てめえの姉しか言わねえよ。・・・・・・おい、なんか答えろよ。この俺が馬鹿みたいだろ。」

「・・・・・・。」

 妃子が答えることは、ない。

 それは必然。そう、そう受け止めないと、この世界では踏ん切りがつけられない。

「・・・・・・俺も、な。」

 ガララララ、ガアアアアアン!

 ついに、炎は建物を飲み込み、このビルを崩壊させる。

「死ねるもんなら、一緒に死にてえよ。」

 ダアアアアアアアアアアン!

 見事に崩壊し、炎も砂埃にまみれて少しは収まった。もう、ここに人間は存在しない。

 

「・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 何で、俺は死なないんだ?

 瓦礫に埋もれながら、今まで考えたこのなかった最大の疑問を見つけた。

「・・・・・・くだらねえ。」

 瓦礫をどかし、柳双葉という生物が出てくる。その目は、既に生気を持ち合わせていない。

「・・・・・・・・・本当、くだらねえ。・・・・・・・・・・・・たかが女一人のために、ここまで動かされるなんてな。」

 そう言うと、ほんの少し笑みを作った自嘲的な、笑みだ。

「双葉!」

 少し離れたところから、見た顔が走ってきた。

「・・・・・・大丈夫、何があったの!?」

 慌てて叫び、近づいてくる欄の顔をまともに見れるはずがない。結果的に、双葉のミッション失敗が妹の命を奪ったことになる。・・・・・・そんな情けない自分が、欄や俊と会話を交わしていいはずがない。

「・・・・・・妃子は、・・・・・・俺の判断ミスで、死んだ。」

「・・・・・・そう。」

 ・・・・・・責任の取り方すら、分かんねえよ。・・・・・・俊さん、教えてくださいよ。どうすれば俺は・・・・・・、・・・・・・・・っは、ここにきて俊さんか。・・・・・・俺は一体、何様のつもりだったんだろうな?

「しょうがないわ。・・・・・・じゃ、ここには用はないかわ早く行くわよ。」

「・・・・・・どこにだ?」

「・・・・・・?妃子は死んだんでしょ。なら、早く家に帰りましょう。」

「・・・・・・・・・・・っ!」

 なんだこの女は?・・・・・・なんなんだ?

 まるで蟻が一匹潰れたかのように、何の心境の変化も見せない欄に殺意を覚えた。

「おい。」

 双葉が声をかけても、欄はまるで何事もないように答える。

「何よ。」

 それはまるで、普段と変わらない日常に生きる返事。いつもと同じ、髪を指で梳かす

仕草を見せる。

「・・・・・・それだけか?」

「それだけよ。何?あなたのせいで妃子が死んだんでしょ?」

 その言葉は、双葉から行動力を全て奪う。

「まあ、気にしなくていいわよ。こういうのはよくあることなんだから。それに、元はといえば妃子は自分で自分のことをこのチームの一員と言ってしまったんだから、早かれ遅かれこうなることは分かっていたわよ。」 

「・・・・・・今、判ったぜ。」

 胸の奥が、ドス黒い感情でいっぱいになる。イライラする。人を、殺したい。・・・・・・いや、目の前にいるこの女を殺したい。

「俺は、てめえのことが大嫌いだ。」

「・・・・・・何?もしかして、あなた妃子に惚れていたの?」

「てめえ・・・・・・っ!」

 俺が生涯で唯一本気で人を殺したいと思っていたこの女。・・・・・・なんで生きてるんだ?こいつが生きていていい理由なんて何一つないだろう。

 双葉が欄に、歩み寄った時だった。

「双葉、大丈夫だったかい?」

「———っ!」

 所々灰が付いている俊が二人の間へと入ってきた。欄を助ける時にも相当苦労したのだろう。・・・・・・だが、今の双葉にとってそんなことどうでもいい。

「どいてください。」

 今まで尊敬と憧れの目で見ていた俊ですら、今はただの障害物に見える。・・・・・・この女を殺す、邪魔な障害物に。

「少し、落ち着け。」

「無理です。このチームはここで終わりです。俺は、この女を殺します。」

 もう、誰にも止められない。それを自分自身で自覚していた。

 俊はいつもの通り狐の様に細いをしながら、喋りかける。

「どうすれば欄を許してもらえる?」

 ここにきて、この人がこんな間抜けなことを口走るとは思ってもいなかった。

「・・・・・・っは、なら、妃子を蘇らせてくださいよ。そしたら俺は誰も殺しませんよ。」

 自分でも無茶苦茶なことを言っているのは知っている。・・・・・・元々、俊は何も悪くない。この人は、俺と欄がいれば、あとはどうでもいいのだ。それはこの人と付き合いだしてから十分承知だ。・・・・・・ただ、今はそれすらも癪(しゃく)に障(さわ)る。

「・・・・・・何だかんだ言って、妃子のことを気にしてたみたいだな。」

「正直、自分でも以外でしたよ。・・・・・・もう、あの女・・・・・・妃子が俺の生活の一部に溶け込んでいることに。・・・・・・愛していた、か。・・・・・・今更ですが、そうかもしれませんね。」

 っていっても、初恋の人はもう死んだがな。

 双葉の答えに、俊はにっこりと微笑んでくれた。双葉の、何かを認めてくれたように。「よし、双葉。この女を殺していいぞ。」

「え・・・・・・?」

 答えてから気付いた。いつのまにか、俊のペースに巻き込まれていると。

「・・・・・・と、言いたいところだが、残念なことにお前はこの女を殺す理由が無くなってしまった。」

「・・・・・・。」

 普段通りの、回りくどい発言。

 ・・・・・・もう、止めても無駄ですよ。

 欄に向け、足を一歩踏み出した時だった。

 俊が、ありえない言葉を口にした。

「川越さん、出ておいでよ。」

「・・・・・・は?」

 その言葉に答えた通り、妃子はビルとビルの間からひょっこりと顔を出した。

「・・・・・・えと、・・・・・・その。あ、ありがとうございます。」

 照れくさそうに頭を下げる。普段の川越妃子の態度とはかなり違うが、それでも制服を着ているこの女は間違いなく川越妃子であった。

 当然、傷は一つも負っていないどころか、汚れ一つない。

「佐津間さん、この辺でお開きですね。」

「ああ。」

 ・・・・・・欄が、佐津間さん?

 しかし、どこから見てもこの女性は須藤欄である。長身に、殴ってくださいと訴えている整形美人。長い黒髪に、牛みたいな意味のないバスト。どの視線から見てもこの女性は双葉の知る須藤欄である。

「・・・・・・ま、・・・さか・・・・・・」

 言葉になっていなかった。

「上月稔と須藤欄を演じていたハプネスのシングルA、『百面相』の木田恭平でした。」

 どこかの映画に出た俳優の挨拶くらいあっけらかんと、欄は、いや、恭平はスカートの両端を持ち、頭を下げた。

 放心している双葉に、俊はさらに追い討ちをかける。

「この骸骨の仮面、けっこうセンスがあると思わないか?」

「・・・・・・じ、じゃああの二人組みは・・・・・・。」

 双葉が答える前に、目の前にスーツを着けた男が現れる。風間神海。・・・・・・最悪のキャストである。

 確かに、双葉とあれだけ長く戦える人間はこの二人しかいないだろう。そう考えれば納得する点もいくつかはある。だが、見方を変えれば、これはかなり豪華なキャストである。

「私も悪いと思っている。君の為に『俺も、死ねるもんなら一緒に死にてえよ。』」

「・・・・・・。」

 言葉を、失う。

「・・・・・・ふ、ふははははは!何だそれは!?君はいつからそんなに臭い台詞が言えるキャラになった!?ふはははははは!」

 その場に崩れ落ち、膝をつける。視界が、ブラックアウトする。別に身体に異変が起きているわけではない。ただ、これが全て夢であればいいと思っている自分がいるのは間違いない。

 それでも風間は愉快そうに双葉をからかう。

「私の話を聞かないと怒られるぞ。・・・・・・いい加減にしろおおおおおおお!ってな。ふははははは!私の知り合いに映画監督がいてな。主演できるか頼んでみるか?ふははははは!」

「さて・・・・・・恭平。」

 俊は小さく欄の姿をしている恭平の名を呼ぶと、頷いた。

 ダンッ!

 俊は風間の死角からソーコムピストルを抜き、風間の高そうな革靴を貫通させた。

「・・・・・・っぐ!?俊、貴様何を・・・・・・」

「風間さん、あなたの死は無駄にはしない。」

「俺、社長の分までしっかり生きます!」

 そう言って、俊は妃子を抱え、恭平と共に風の様に去っていった。

「ぐ・・・・・・!足が!・・・・・・不意打ちとはいえ、この私に傷をつけるとは・・・・・・!・・・・・・い、いや、そんなことより・・・・・・」

 風間のデコに、白い汗がつつつ、と流れる。

 双葉は瓦礫の中に埋もれた、先程まで妃子だと思い込んでいた人形を眺めていた。その人形は頭が割れ、血が出ていたが、脳の中心の部分はポッカリと空洞ができていた。

「・・・・・・よくできた、人形だな。」

 さっきとは別にドス黒い感情が渦を巻く。いや、正直のところさっきより強い。

「流石はハプネスの社長様。見事に騙されましたよ。」

 双葉は顔をあげ、風間に近づく。その両目には、鬼の涙が流れていた。

「・・・・・・いや、まず落ち着こう。あ、あれはだな。俊の奴と恭平が無理矢理やろうといってだな。と、当然私は断固反対したんだが、言う事を聞かなければ殺されると言われ、強制的に参加させられてだな。な、何だその目は!ほ、本当だぞ。マジよマジ。」

 聞く耳、もたない。

 風間は逃げようにも、俊に打ち抜かれた足の傷で自由が利かない様子である。・・・・・・つまり、風間は俊が逃げるための生贄となったのだ。

「ここまで最悪な出来事はこれで二回目だ。・・・・・・俊さんに何をされても仕方がないと言い聞かせたが、二度は無い。・・・・・・それに、まさかてめえにここまで馬鹿にされるとはな。」

「・・・・・・話合おうマイブラザー。お互いに勘違いしている部分が・・・・・・ごふっ!」

 双葉のショートアッパーが風間の腹を埋める。

「心の底から死ね!」

 その後、風間がどうなったのかは言うまでもない。


 
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