〝子連れ狼〟
徐州に着いた俺たちは、まずこの街のことを知るために内政に力を注ぐことにした。
朱里や雛里は、資料を探し生産・産業のことを知るために到着して次の日から、忙しく動いていた。
俺や桃香も朱里たちほどでもないが、足手まといにならないように内政に打ち込んでいる。
愛紗、星、鈴々、恋は軍の強化・編成など、赴任したてのところを攻められないように、頑張ってくれていた。
月や詠は侍女という仕事がありながらも、手が開いたときに少し手伝ってもらい、ねねも何だかんだ言いながら
俺たちを助けてくれている。
そうしながら俺たちは、互いを庇いながら仲間として助け合いながら、この徐州を纏めようとしていた。
そんな日が数日たったある日、俺は少しできた休みに街に繰り出し、散策していた。
「平原と違っていろいろな店があるなぁ」
店が立ち並ぶ商店街のようなところを歩きながら、左右に首を動かし見ていた。
そうしてしばらく歩いていると、
――――ドンッ!
「キャ!?」
「おっと」
前方をあまり見ていなかったので人とぶつかってしまい、相手が転びそうになる。
転びそうになる瞬間に手を伸ばし掴み挙げなんとか転ばせずにすんだ俺は、ホッと胸をなでおろす。
「大丈夫ですか?すいません。余所見をしていたもので」
「い、いえ。・・・大丈夫です」
「?」
俺はこの人のことが不思議だった。外套(マント)を頭からかぶり、顔をかくしているようにも見える。
それに、なにか腕に抱えていて、後ろに誰か来ているのか?後ろを気にしまくっている。
「・・・!。・・・ごめんなさい!」
「え!?あ、あの!ちょっと!」
ぶつかった人は俺に抱えていた何かを渡すと、さっさと行ってしまった。・・・声からして女の人だ。
「あう~」
「・・・・・・・え?」
俺は走っていった女の人の方角を見ていると、聞こえてきた声におそるおそる首を向けると、
俺の腕の中の何かはモゾモゾと動いている。布で包まれていて、そして・・・顔だけが見えていた。
「・・・・ベイビー?」
「うい~」
「・・・・・・・」
俺はその天使のような笑顔を見ながら、変な汗が体から噴出しそうになっていた。
「と、ととととと、とりあえず、おおおおおおお、おち、おち、落ち着けっ!」
心の中で落ち着けを何十回も言いながら、この赤ん坊を渡した女の人が逃げていったほうを見たが、
もう居るわけもなく、俺は赤ん坊を抱えながらその方向に走り始めた。
そして――――・・・。見つかるはずもなく、俺はとりあえず城に戻ることにする。
「・・・・・・みんなに相談しよう」
・
・
・
・
・
・
・
先に結果だけ言っておこう。・・・無念だ。
城に戻ってきた俺は、相談できそうな人を頭の中で思い浮かべ、まず朱里と雛里を探す。
しばらく探していると、さして時間も掛からず二人を見つけることができた。
「朱里ー!雛里ー!」
「あ!ご主人様!。雛里ちゃん。ご主人様がこっちに・・・・・・はわーーーーーー!?」
「え?どうしたの?朱里ちゃん。そんな大きな声をだし・・・・・て・・・・あわーーーーー!?」
朱里が俺に気づき、雛里を呼んでいるときに俺が抱えているものを見て絶叫。
雛里は朱里に言われて俺に気づき、同じく抱えているものを見て絶叫。
「え?・・・あ!いや!?違う!この子は・・・誤解なんだ!?」
最初なんで叫ぶのか一瞬わからなかったが、赤ん坊を俺が抱えていたらそれは・・・ねぇ。
「ご、ご主人様のバカーーーーっ!」
「ご、極悪非道ーーーーーっ!」
「あ!朱里ーーーーっ!?雛里ーーーーっ!?カムバッーーーーク!?」
二人俺から離れていった。それも、ものすごい速さで・・・。・・・っていうか、これってやばくないか?。
二人がこの子の事を、みんなに言ったら・・・・・・・ぎゃーーーーーー!?。想像しただけで恐ろしい・・・。
・・・こうなったら仕方ない。俺一人で解決しよう。そうと決まればまずは、部屋に行って一応刀を持ってこよう。
そう思い、部屋にさっさと取りに行き、刀一本を腰に差し、部屋にあった布で赤ん坊を背中に背負うように巻きつけ、前で結び目を作り縛る。
「準備完了!・・・さてと、とりあえずさっきのぶつかったところまで行くか」
「あい~~」
「よし。いい返事だぞ。・・・コホン。・・・だ、大五郎」
言ってしまった!?ああ、恥ずかしい!?でも・・・なんかいい。
・・・あ。そういえば男の子か、女の子か知らないんだった・・・。
ま、その事は後にして。・・・行くか。
俺は自分の頬をパチンと叩き気合を入れ、自室を後にする。
そして、事の始まりの場所に戻る。
しかし戻ったからといって何がどうなるものでもなかった。だから俺はもう一度始まりの場所から
女の人が走っていったほうに歩きながら、誰かその人をみていないか聞き込みをする。
だが・・・それも、あまりうまくいかず日が傾き始めていた。
「はぁ・・・。ここまで探して見つからないとなると、もうこの街にはいないのかな」
「う~」
「よしよし。・・・お前の母親は一体どこに行ったんだろうなぁ」
しかし、何であの人は俺に赤ん坊を渡していったんだ。それにあのオドオドした様子。誰かに追われてるみたいだった。
う~ん・・・。・・・今、考えていても仕方ないか。とにかくもう少し探して目撃情報がなかったら、城に戻ろう。
俺はそう考え、歩き出す。だが意外にもこの後すぐに目撃情報が見つかる。
「なぁ、おっちゃん。この辺りで外套を頭から被った人通らなかった?」
「そうだな・・・。う~ん・・・。・・・そういえば通ったようなぁ・・・」
「え!?ほんと!?その人はどこに向かっていった?」
「確か四、五人の男達に囲まれながら、この街を出て行ったなぁ」
「四、五人の男たちか・・・・」
それってつまり、追われてる人に捕まったってことか・・・。
「ん?兄ちゃん・・・。その背中に背負ってる赤ん坊、もしかして・・・」
「え?おっちゃん、この赤ん坊のこと知ってるの?」
「ああ。まちがいない。隣街の富豪のお子さんだ。その富豪の家に商売に行ったときに見たことがある。
・・・贔屓にして貰っていて、いつも出入りしてたから、間違いねぇ」
「・・・隣街か。・・・行くしかないかなぁ。・・・ありがとう、おっちゃん!これはお礼だ」
俺は呉服屋のおっちゃんに情報料にお金を渡し、店を出る。
おっちゃんは俺を呼び止めていたが、完全に日が落ちる前に、この街を出たかったので無視する。
「桃香たちに黙って行くのは申し訳ないけど。・・・この赤ん坊のためだ。わかってくれるだろ」
俺は少しの食べ物を買い、この街を出る。馬は赤ん坊が入るので乗れないから歩きだ。
そうしてしばらく歩いていると、隣街に行くための小さい森が見えてくる。
「日は・・・まだ大丈夫か。一気に通り抜けるか」
足を止めずに俺は森の中へと入っていく。しかし、
「まいったなぁ。あと少しで抜けられるのに、完全に夜になってしまった」
仕方ないので俺は、ここで焚き火を焚き、野宿することにする。
「あう・・・」
「ん?おなか減ったのか?・・・これでもしゃぶってくれ」
乳児用調製粉乳のようなものを、飲み水をぬるま湯にし溶かしたものを、薄い布のようなものに
染み込ませ、口に運ぶ。
「(チュパ・・・チュパ・・・)」
「(おお!飲んでる。・・・なんか言いがたい感動がわいてくるなぁ)」
赤ん坊は嫌な顔をせず、俺が作ったミルクもどきを飲んでくれた。
「・・・女の子だった」
「・・・・・」
食事が終わった後、おしめを変えるため、代わりの布を巻いているときに、わかってしまった。
気のせいか。赤ん坊の頬が少し赤かったのは、焚き火のせいだと信じたい。
「・・・大五郎は無理になったなぁ」
「うう~」
「そうだな。・・・そろそろ寝るか」
赤ん坊が痛くないように、胸の上に乗せ、俺たちは眠りに落ちていった。
そして、次の日・・・。
「さてと、あと少しだ。今日の昼頃には着けるだろう」
「あ~」
「ああ。頑張ろうな」
赤ん坊を背中に背負い、森を抜けるために歩き出す。そして、そんなに時間が経たないうちに森の出口へと着く。
「よし。抜けたな。・・・ここからでも街が見える。・・・・ん?」
森を抜けて街のほうを見ていると、馬の乗った誰かがこちらにやってくる。・・・数は6人。
「なんだ?あんたらは?」
「その赤ん坊を渡してもらおう。・・・はむかえば殺す」
一人一人馬から降りて俺の周りを囲みながら言う。
・・・なんてべたべたなセリフを言うんだ。
「・・・誰に頼まれたんだ?あんたら見たところ、傭兵だろ?」
囲んでいる男達の格好はどう見ても、そこいらのチンピラみたいな格好じゃなかった。
どこかの軍に所属しているような、そんな格好だった。
「誰に頼まれたのは言えない。・・・だが、我々は昔、軍に所属していた軍人だ。・・・はむかっても命はないぞ」
男たちのリーダー的みたいな人が話してくる。
「なるほど。確かに強そうだけど・・・。はいそうですかって渡すわけにもいかないんだよなぁ」
「・・・・なら貴様を殺して奪うだけだ」
その言葉とともに囲んでいた男達が一斉に剣を抜く。
「・・・赤ん坊を巻き込みたくないだろ?・・・ちょっと待ってろっ!」
俺は巻きついてる布を外し、上に赤ん坊を投げる。
「なっ!?」
その行動に全員の目線が赤ん坊のほうへと向く。その隙を、
「天叢流〝梵天〟」
鞘のついた状態で、6人全員に突きを放つ。ただ突くのではなく、チョンと触る程度に当てる。
そして上から赤ん坊が落ちてくるのをキャッチする。
「な、何を・・・?。―――――!?。がはっ!!」
吹っ飛んだ当の本人はわからないだろう。梵天は突いたところに氣の塊を残し破裂させる技。
その衝撃は内臓にとどく。・・・普通にやったなら死んでしまうが、俺は力を抑え放った。
「ぐっ・・・。はぁ・・・はぁ・・・」
「・・・通してくれないか?この赤ん坊の母親に会いに行きたいんだ」
「な、なら。俺たちを殺して行け・・・!」
リーダー格の男が立ち上がる。他の男たちは気を失っていた。
「・・・断る。殺しはしない。・・・たとえあんたが俺を殺そうとしても俺はあんたを殺さない」
「・・・なんだと!?俺に情けをかけるのか!?・・・バカにしやがって!」
・・・はぁ。またこれかよ。なんでこの世界の人っていうか、軍人は死にたがるんだ。
「死にたいのなら自害すればいいだろう。・・・だけど、それでなんになる?あんたはここで死んで良いのか?生きて・・・明日を生きれば何か楽しいことが待っているかもしれないのに。・・・命を粗末にするな」
「・・・甘い。お前は甘い。・・・俺は戦場で戦って死んでいったもの達を見てきたが、そんな考えではお前いつか死ぬぞ。それだけの強さだ。・・・お前も戦場に出たことぐらいあるだろう」
「・・・ああ。俺たちのために死んでいった兵士がいる。だからこそだ。・・・生き残った俺たちはその人の分まで生きなきゃいけないんだ。それを、情けだの、なんだの言って死にたがるなよ」
「あう~」
「ほら。赤ん坊も死んだらダメだって言ってるぞ」
言いたいことは言った。・・・そろそろ行くか。
そう考え俺は歩き出すが、男がそれを止める。
「待て。・・・命を助けてくれた、お礼ぐらいさせろ」
「ん?お礼?」
「なぜ俺たちが雇われたか。それを話してやる。・・・そしてその赤ん坊についてだ」
「・・・頼む」
俺は話を聞くために、相手の前に座る。
「俺もたまたま聞いただけで、全部知っているわけじゃないからな」
「・・・ああ」
男は話し始めた。その内容は、この赤ん坊の母親がどこぞの男と駆け落ちして、家を飛び出したとこから始まった。
母親は富豪の娘で、駆け落ちした相手と赤ん坊を授かったそうだ。・・・その子が俺の背中にいる子だ。
母親の父親はそれに激怒し、娘を連れ戻すために、この人達を雇ったらしい。
そして、男のほうはすぐに捕まったが、その際に母親と赤ん坊を逃がした。
んで、俺と母親がぶつかり、刀を持ち歩いていた俺に目をつけ赤ん坊を渡したそうだ。
まぁ普通の人は腰に刀なんてぶら下げてないからなぁ。納得。
その後に母親が捕まり、赤ん坊を取り上げようとしたが、いないことを知り、探したってわけか。
「・・・昼ドラのような展開だ」
「ひるどら?・・・何を言っているのだ?」
「ん、ああ。気にしないでくれ。なんでもない。・・・さて、これで訳もわかったし、俺はいくわ」
俺は立ち上がり、男に背を向け歩く。
「おい!お前、名前はなんていう?」
「・・・北郷一刀だ。・・・じゃあな~」
〝リーダー的男〟
「北郷・・・どこかで聞いたようなぁ・・・」
男は考える。そして、
「・・・・!。そういえば、徐州に新しい太守が来るって。・・・その名前が劉備。そして、劉備の傍には
〝天の御遣い〟が居るって聞いたことがある。・・・名前は確か、北郷一刀」
男はもう見えないその北郷一刀の歩いていったほうを見つめていた。
〝一刀〟
「この家か。・・・確かに富豪と言うだけあってでかい」
街に着いた俺は赤ん坊のことを聞きまわった。さして時間も掛からず、情報が手に入る。
どうやらこの街では富豪の事件は有名らしく、誰に聞いても赤ん坊のことは知っていた。
そして、今。・・・この子の母親は富豪の家にいることもわかった。
「なんか乗り込む形になっちゃったけど、いいよな?」
「とうー」
「わかった。お前の許しも出たし、いくか」
「うー!」
「ごめんくださーーーい!!」
叫びながら扉を蹴破る。そして、入り口からズカズカと入り込んでいく。
少しすると、中の人たちが一斉に出てきた。
「なんだ!?兄ちゃん。ここが誰の家かわかって乗り込んできてるのか!?」
「ここはこの街を裏から仕切る富豪の家なんだぞ!」
「はいはい。わかったから。俺はあんたらには用はないよ。・・・この家に居るはずのこの子の母親を探しにきただけだから」
親指を立て後ろに背負っている、赤ん坊を指差す。
「なっ!?その子は・・・!」
「わかったなら、早く通してくれない?」
「なるほど。なら話は早い。・・・お前は死ね」
やっぱりそうなるよね。・・・仕方ないか。あまり手荒くしたくなかったけど。
「いくぞぉぉ!!」
「(来た!)」
全員で俺に斬りかかってくるが、俺は一旦外に飛び出す。すると、扉を通れる人数を超えているため、詰まる。
そこを鞘のついたまま、横一閃に攻撃する。
「「「がああああっ!?」」」
詰まっていた人たちはそれでノックアウト。家の中まで吹っ飛ばす。
「よし!このまま一気にいくぞぉ!」
「ういー!」
そこからは戦闘ではなくただの侵略だった。この家は三階まであり、一階の奴らはさっさと片付け二階へ。
二階も大した奴らは居らず、すぐに三階へ。そして・・・。
「やっと見つけたよ」
「あうー」
母親とこの子の父親が縛られていた。母親の父親は俺がここまで来たことに驚いているのか、腰を抜かしていた。
「な、ななな、なんだ!?お前は!?」
「ん?俺か?・・・おれは、子連れ狼だ!」
「ちゃーん・・・」
おお!?言ってくれたよ!
「ふ、ふざけるなぁ!何訳のわからんことを言っている!?」
「ちょっと黙ってて」
「ぐっ・・・!?」
鳩尾に鞘を当て、気を失わせる。
「ごめんな。・・・さて」
俺は縛られている二人に近づき、縄を解く。
「あ、ありがとうございます!」
二人は縄を得や否や、すぐに俺に土下座してきた。
「頭を上げてくれよ。この子のためにやっただけなんだから」
「いえ!見ず知らずの私達の事を助けていただきとても感謝しています。本当にありがとうございます」
「その言葉はありがたく受け取っておくよ。・・・それよりも。はい、預かっていたこの子」
背中に手を回し、二人に渡す。
「あぁ、ごめんね。怖い思いをさせて。もう絶対に離さないからね!」
母親は涙を流しながら、赤ん坊を抱いていた。
その時父親が、
「あの、貴方様のお名前はなんて言うのでしょうか?」
「北郷一刀って言うんだけど。・・・それがどうかしましたか?」
「・・・やっぱり。あの時あなたにぶつかったときに、服を見てそうなんじゃないかって思っていました」
「服?」
「はい。陽光を反射するその眩いばかりの白色の服。天の御遣いと呼ばれている人も、確かそんな服を着ている事を聞いたことがありましたので、貴方様にこの娘を渡したのです」
「・・・なるほど。渡されたときは驚いたけど、期待に応えれれてよかったです」
その後、俺とこの親子は家を出た。
母親の父親は目を覚ましたが、俺が天の御遣いだと知ると、手の平返したように、この親子のことを応援し始めた。
『これも何かのお導き。天の御遣いであるあなたが、この子を守ったというならば私はもう何も言いません』だそうだ。
そして、今。俺は親子に別れを告げていた。
「なにもお礼ができなくて申し訳ないのですが・・・」
「いや。いいですよ。お礼目当てでここまできたわけじゃないですから」
「父まで納得させていただきありがとうございます」
「・・・よかったですね。父親が納得してくれて」
これは俺の力じゃないが、二人が幸せそうならいいだろう。無理に否定しなくても。
「それじゃ、俺はいきますから。二人で幸せな日々を過ごしてください」
最後に赤ん坊の頭を撫で、親子に背中を向け歩き始める。すると、
「かか~」
「!?・・・この子、今私のこと、カカって・・・!」
「とと~」
「・・・俺のことも、トトって・・・!」
「うう~」
二人は泣きながら、笑顔になっている。
「(最後にいいものがみれたなぁ)」
振り返っていた俺はふたたび歩き出す。
「かうと~」
「・・・・・・」
母親と父親は気づかない。俺の名前を呼んだことに。
俺は少し立ち止まってしまった。しかし、すぐにまた歩を進める。
「(・・・元気に育てよ)」
いつのまにか俺の目にも涙が溜まっていた。
それから、一日かけて城にもどった俺に困難が待ち受けていた。
「あれは・・・誰だ?」
今俺は中庭の草むらの中に隠れている。理由は簡単。桃香が別人になっていた。
いや。別人になっていたっていうよりも、別人のようなオーラを発していた。
桃香は鎧を身に纏い、中庭中央に陣を構えていた。その隣には、愛紗、鈴々、朱里、雛里。
後ろには、月と詠とねねがいた。
月はオロオロとしている。詠は腰に手を当て、ため息まじりに立っていた。そして、ねねは・・・寝ている。
「(この様子だと、俺が赤ん坊を抱いていたことが皆に知れ渡っているなぁ。出るに出ないじゃないか!)」
このままではいけないとわかりつつも、どうしても桃香たちのところに行けない俺って。
そんなことを考えていると、
「・・・・見つけた」
「れ、恋っ!?」
恋に見つかってしまい、逃げる。そのときに音を立ててしまい、桃香たちが気づく。
「いたーーー!ご主人様ーーー!」
「待つのだ!お兄ちゃん!」
「桃香さま!鈴々!絶対に捕まえるぞ!」
逃げる俺に対して、追ってくるのは、愛紗、鈴々、桃香、恋の四人だ。あれ?・・・星がいない。
星は一体・・・?。
「主。ここにおりますぞ」
「うお!?」
星はいつの間にか俺の後ろに居た。そして、星を探すためにキョロキョロと辺りを見渡していた所為か。
恋が俺の前に廻りこんでいるのに、気づかず、前方から捕まえられてしまう。
「うまいぞ、恋」
「・・・肉まん食べ放題」
「愛紗、食べ物で恋を誘うとは・・・!」
「愛紗よ、私のメンマも忘れるなよ」
「星もかよっ!?」
「・・・ご~主~人~様~。聞きたいことが山ほどあるので、いいですかぁ~?」
「桃香っ!?・・・怖い。いい、今まで見たことのない桃香だ」
俺は桃香に恐怖を覚えていた。
「他のみんなも聞きたいことが、い~っぱいあるから、今日は寝させないからね~」
笑顔が!?その笑顔が怖いー!?
その後、誤解を解くのに数日かかり、赤ん坊を助けたことは褒められたが、一人で行ったことは
問答無用で怒られ、数日の間、皆がかわりばんこに俺の周りに居たことは言うまでもない。
〝西涼襲撃〟
一刀たちが徐州で過ごしている頃、西涼で大きなことが起ころうとしていた。
〝西涼〟
「はっ!せいっ!」
気合の入った声で鍛錬しているのは、馬超。字は孟起。真名は翠。西涼の太守・馬騰の娘で西涼の姫である。
「くっ!・・・はっ!。うあっ・・・!」
鍛錬の相手をしているのは馬超の従妹、馬岱。真名は蒲公英(たんぽぽ)。馬超のことを「お姉さま」と呼び慕う。
「すぅー・・・・。はっ!」
馬超は溜めた一撃を馬岱にしかける。馬岱はそれに反応できず武器を弾き飛ばされ、十文字槍、銀閃(ぎんせん)を首に突きつけられる。
「はぁ~・・・。また、まけちゃった・・・。やっぱり、翠姉さまは強いなぁ」
「当たり前だ。蒲公英ももっと真剣に鍛錬すれば、強くなれるのに。・・・お前、父上の鍛錬時々さぼっているだろう?」
「それは、その・・・」
馬岱はいいわけを探すがなかなか思いつかない。
「目を泳がせながら言い訳を探そうとするな」
ゴチンと拳骨を振り下ろす。
「いったぁ~い・・・!」
「さ、蒲公英。もう一本いくぞ!」
「ええ!?今日はもういいよぉ~・・・」
「問答無用!」
そうしたやりとりをしながら、しばらくたったその時、空から二つの影が降りてくる。
「ねぇ、翠姉さま。・・・あれはなんだろう?」
「ん?・・・なんだろうな?龍にも見える。・・・その上に乗っかってるのは・・・人か?」
二人は街の中心に降りていく影を見ながら、考えていた。瞬間、その思考は停止する。
降りていく影は炎を吹き出し、街を焼き尽くしていく。そして、その影は街に炎を振りまきながら、馬超たちの城のほうに向かう。
「お姉さまっ!あの影こっちにやってくるよっ!」
「上等!街に火をつけられて黙ってられるかっ!蒲公英!お前は、兵士たちを連れて街のみんなを助けるんだっ!」
「わ、わかった。翠姉さまはっ?」
「私は、あいつ等をぶっとばす!」
馬超は十文字槍を空に浮かびながらこっちにやってくる影に向かって突きつける。
「・・・死なないでね。・・・みんな、街の人たちを助けに行くよっ!」
「「「「おおおおおぉぉぉぉおぉーーーーー!!」」」」
馬岱は兵士たちをまとめ、街へとはしっていった。
「・・・さて。そろそろ降りてきたらどうだ?」
馬超は挑発するように影に誘いかける。
〝影〟
「おい。・・・あの挑発してくる女は誰だ?人間」
「馬超や。反董卓連合にも参加しとったやろ。・・・みいひんかったんか?」
「知らん。人間はどいつもこいつも同じ顔だ。見分けつかん」
「あっそ。・・・それよりもシェイロン。作戦わかっとるやろなぁ?」
「人間に心配されるほど、もの覚えは悪くねぇよっと!」
シェイロンは挑発してくる女の前に降り立つ。
〝馬超〟
「なっ・・・!?」
馬超は驚いていた。降りてきた影がいきなり目の前に立ったからでも、その全身の肌が鱗に覆われていて、頭に角が生えているからでもない。
そのもう一人の方に驚いていた。もう一人の服装は反董卓連合で見た、天の御遣い、北郷一刀と同じものだったからだ。
しかし、顔を見れば本人かどうかわかるはずだった。だが、顔は布みたいなもので隠されていて本人だとは断定できなかった。
だから、馬超は聞く。
「お前、誰だ?」
「・・・・・・」
覆面男は何も話さない。
「お前は、北郷一刀なのか?」
そう馬超が聞くと、覆面男は頷いた。
その答えを聞いたとき、馬超は体が震えてくるのを感じる。
「なんで、こんな、街をめちゃくちゃにするんだっ!?お前は〝天の御遣い〟なんだろ!?」
「・・・・・・」
覆面は答えない。ただ、じっとこちらを見ているだけだった。その布から隙間を作り、目が見えるだけだった。
「なんとか言ったらどうなんだっ!?」
「なにも言うことはねぇよ・・・」
「!?」
それは覆面から発された声ではない。隣の龍から発された声だった。人間と同じ形をし、背中から翼が生えていた。
「〝一刀〟お前は下がっていろ。ここは俺がやる」
「(なんでこいつがこんなことを。連合で見たときはこんなことをする奴じゃないと思っていたのに)」
馬超は軽い混乱に陥っていた。連合で見た、呂布との戦い。武人としてあの戦いを見たら、誰でもすごいと感じる光景だった。
だからいつか会って話してみたいと思っていた矢先のこの襲撃。馬超は近づいてくる龍にも気づかず、覆面男をただ見ていた。
「・・・死ね!」
龍は岩でも粉々にできそうな鱗に覆われた拳を突き出す。その拳は馬超の腹をとらえていたはずだった。が、
―――――ガキィィンン!!。
鉄と鉄がぶつかり合うような音が響いている。拳の先にいた人物は、馬騰だった。
「翠!大丈夫か!?」
「・・・はっ!父上!?」
「ぼーっとしてるでない!お前は蒲公英の手伝いに行け!ここは私にまかせろ!」
「でも、父上!私は・・・!」
「今のお前がここに居たところで足手まといだ!早くしろ!」
「っ!?・・・・わかった!父上!西涼を荒らしたこいつ等をやっつけてください!」
「まかせておけ!」
馬超はその返事を聞いて、街の方へと走っていく。
〝馬騰〟
「逃げられちまったか・・・。まぁ、いいや。代わりがここにいるから」
「〝龍〟か。昔、薬を作るために、龍を退治に行ったことがあるが、ここまで人の形に近い龍は始めて見たぞ」
「・・・なんだと?・・・〝馬〟の名のお前らが、俺たち〝龍〟に立ち向かってんじゃねぇよーーーーっ!」
「ぐうぅうぅう・・・・!!」
拳と槍がぶつかったままの状態でさらに龍は、力を込めて馬騰打ち砕こうとする。
「な、なんという力だ・・・!まさに人間では努力なしに近づけぬ領域の力・・・!」
「はっはー!それに耐えているお前も人間のくせになかなかの力だな!そらぁ!」
「ぐぎぎぎ・・・!ま、まだ上がるのか・・・!」
馬騰の腕の骨が悲鳴を上げていた。もうこれ以上無理だと。そう聞こえてきそうな音だった。
「(シェイロンの奴テンションあがっとるなー。無理もないか。久々の戦闘だし)」
覆面男(及川)は二人の戦いを遠くから見ていた。
「街の方は・・・いい感じに混乱しとるな」
「ほらほら!潰れちまえよ!」
「く、くそ!――――――うぁあああああああ!」
馬騰は力一杯に声を上げ、全身を使い、なんとか押しつぶそうとしていた拳を地面へと流す。
その瞬間、地面に普通の人間では決してできないような大穴ができる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」
「・・・ふーん。逸らしたか」
「(翠にはこいつ等を倒すと言ったが、これは私では無理だ!力が違いすぎる!)」
馬騰はたった龍の一撃を受け止めただけで、半分の戦意を喪失していた。
「・・・顔から戦う意志が感じられなくなってるぞ。・・・それでいいのか?」
「!?・・・。そうだ。なにを弱気になっているのだ、私は!ここは我らの土地!恐れるものなど何も無いじゃないか!」
さっきよりも大きな戦意を体から発し、槍を構える。
「そうこなくっちゃ、おもしろくない。俺はもっと戦いたいんだよっ!」
「(あーあ・・・。いつもめんどくさい言ってる奴が完全にスイッチは言ってもうたなぁ)」
「行くぞ!龍!」
「来いっ!馬!」
「「はあああああああぁぁぁああぁぁーーーーっ!!」」
〝馬超・馬岱〟
「馬超様!全員の移動完了しました!」
「よし!そのまま、その人たちの警護に回れ!」
「はっ!」
「翠姉さまーーー!こっちも終わったよーーー!」
「蒲公英!なら、父上の所へ行くぞ!」
「うん!・・・聞け!各員は街の消火および、まだ残っているかもしれない人たちを捜索。この西涼を守りきれ!いいなー!」
「「「おおおおおおぉぉぉぉーーーーっ!!」
「行くぞ、蒲公英!」
「はい!」
「(父上!どうかご無事でっ!)」
〝馬騰〟
―――――グシャ、ボキィィイ!!
「がああああっ!?」
「もろいな。人間は」
馬騰は折れた両腕をプラプラさせながら叫び声をあげる。
「はぁ・・・・がはっ・・・・はぁ・・・」
「その状態で立っていることは、人間うんぬん無しにお前を認めてやるよ」
「ま、まだ・・・・まだだ!」
全身血だらけになり、両腕も使えない状態でもなお、馬騰は戦おうとする。
「私は西涼の太守・馬騰!貴様らに負けるわけには、ごぼっ!・・・はぁ・・・いかんのだ」
「しつこい。・・・死ね!」
とどめとばかりに龍は馬騰に大振りの拳を振るう。しかし、大振りすぎたせいもあって、避けられる。
「なにっ!?」
「今だっ!」
馬騰は避けた後、最後の力を振り絞って、覆面男の方へと向かう。
「・・・・!?」
覆面男もまさかこっちに来るとは思わずに怯む。
「その布の下を拝ませてもらう!――――はぁっ!!」
足蹴りを顔面付近まで繰り出し、布を剥ぎ取る。その布の下の顔は・・・。
「お、お前は・・・・北郷一刀じゃない!?」
布の下の顔は連合で見た北郷一刀じゃなかった。
「・・・死ね!〝幻龍の――〟」
「がっ!?・・・・」
後ろからの攻撃に馬騰は何もできず、直撃する。
その技を直撃した馬騰は、ついに力つき崩れるように倒れる。
「・・・油断してんじゃねぇよ。・・・・人間」
「いや、すまん。こっちに来る力が残ってるとは思わんかったわ」
「早く顔を隠せ。・・・誰かに見られたら作戦が」
その時、後ろに馬超と馬岱がやってくる。
〝馬超・馬岱〟
「・・・・・」
目の前の光景が現実だとは信じたくなかった。父上は横たわり、傍にはもうだれも居なかった。
「・・・・・・」
ここから見ただけでもわかる。父上は死んでいる。
「ぐ・・・・父上ーーーーーっ!」
「父上ーーーーーっ!」
私と蒲公英は子供のように声を上げ、父上の傍に近づいていく。
両腕は折れていて、全身は血まみれで、地面には血の足跡が残っていた。
これを見ただけで、わかる。父上は最後の最後まで戦っていたんだ。どんな傷を負おうと。決してひるまずに。
蒲公英は泣いている。私も、涙が止まらない。今朝まで元気だった父上は今、血まみれの姿で横たわっている。
その現実は時間とともに私の心を揺さぶり、そして、
「うああああああぁぁぁぁぁぁ!!??」
声が二度と出なくてもいいくらいの叫び声をあげて泣いた。
「絶対に許さない!・・・・北郷一刀!」
そして、馬超は復讐を誓う。
〝西涼上空〟
「ふう・・・。あぶなかったなぁ。もう少しで顔がばれるところやった」
「・・・さっさと帰るぞ。・・・あいつ等もうまくやってるといいがな」
シェイロンと及川は五胡へと帰って行った。
〝魏の戦い〟
西涼襲撃同時刻。
〝魏〟
「報告!袁紹軍、国境を超えなおも進軍中!」
一人の兵士が魏の主要人物が集まる軍儀室に入り、通達する。
その報告に全員が顔を見合わせる。
「まさか、麗羽の軍がここまで強くなっているとはね・・・。侮りすぎたかしら」
曹操は少し自傷ぎみに笑う。
戦いは数日前に始まった。反董卓連合が終わってから、袁紹は河北四州を勢力下におき、勢力を拡大していった。
そして、北にはこれ以上進めない所まで行き、今度は南へと進行してきた。
南には、海沿いの徐州が劉備の領。そこから内陸部が曹操の領土になっている。
袁紹軍は三万の兵たちを連れ、曹操たちの領に戦いを仕掛けた。
最初は、馬鹿な袁紹のおかげもあってか、曹操たちは袁紹軍の侵攻をなんなく食い止めていた。
しかし昨日、事態は急変する。
昨日まで、弱かったはずの兵士たちが急に強くなったり、策が通じなくなったりと、異変が起き始める。
曹操たちは、その急な異変にすぐさまに対応できずに苦戦。結果、国境まで越えられてしまう。
「・・・しかし、なんで急にあれほどに統率できた動きができるのだ?」
「最初の方はわざと手を抜いて、私達の力を図っていたんでしょうか?」
「そんな器用なこと、麗羽ができるはずないわ」
「そやなー、袁紹やもんなぁ」
「・・・あの、華琳様」
「ん?なに?凪」
「先日戦ったときに、妙な格好をした人がいたのですが・・・」
「妙・・・?」
「はい。その者、人間ではないかもしれません・・・」
「凪。こんな時にふざけたらアカンて」
「ふざけてなどいない。見たときに感じた氣が説明できないような・・・なんか・・・こう・・・。
すいません。うまく纏めきれていません」
楽進は自分の発言がこの場に相応しくないと思い、口をとざす。
だが、この発言に曹操は、
「(人間ではない、ねぇ・・・)」
少し気になっていた。いつもの曹操ならこういう話は信じない。けれど、自分の勘が何かを告げていることが感じられていた。
「その話に関係ないかもしれないが、私も顔良と文醜と戦ったときに変な違和感は感じたぞ」
「春蘭。それはどんな違和感だったの?」
「なんといいますか・・・。そう。・・・まるで誰かに操られているような。戦っているのは顔良と文醜なのに、違う誰かと戦っているような
そんな感覚でした。それに、二人の動きは連合の時よりよく、また私と互角の強さでした」
「二人が春蘭と互角やと・・・。確かにそれは変やな」
顔良や文醜も確かに強いが、こと戦闘に関しては、春蘭のほうが一枚や二枚上なので疑問に感じる。
「うーん・・・。これは、凪が見たって言う者を探したほうがよいのではありませんか?華琳さま」
「そうね。・・・秋蘭!春蘭!先の城で籠城している季衣や流流、稟や風と合流して敵の注意を引きつけてくれるかしら?」
「御意!」
「わかりました」
「他のものはその間に、今話しに出ていた人物の捜索。敵の注意が城に集まっている間が勝負よ」
「「「「はっ!」」」」
〝袁紹軍〟
「まさか、ここまで簡単に操れるとはね。・・・本当に大将軍なのか?」
そう一人呟いているのは、幻蜘蛛の茅需。本来人を操ることは、中々できない。だが、どういうわけか袁紹は簡単にできてしまった。
あまりにあっさりできたものだから、術をかけた本人でさえ、困惑したほどだ。
「まぁ、袁紹を媒体にして袁紹軍すべての人間を操れたわけだから、文句はないんだが」
つまらないと感じる自分がいることも確かなこと。
「・・・さっさと攻めて終わらせよう」
〝曹操軍〟
「・・・来たみたいですね」
許緒は前方にあがる砂塵を確認し、皆に声を掛ける。
「風、起きなさい。相手が動き出しましたよ」
「・・・ぐぅ」
「相変わらずだな。風は」
「相手は約三万。こっちは約二万。さて~、どうやって引きつけますかねぇ?」
「いつの間に起きたんだ!?」
「・・・・ぐぅ」
「また寝るな!?」
「姉者、少しうるさいぞ」
「うう・・・。秋蘭~・・・」
「稟、続きを話してくれ」
「はい。まず、相手を引きつけるには、もう少しで勝てそうと思わせることが重要。そこで最初籠城して苦戦している振りをしてください。その間に、華琳様たちが、その謎の人物を探すはずですので、見つかったと合図があると同時に反撃すればどうでしょうか?」
「そんな作戦却下だ!籠城をやめて、野戦で派手に暴れていれば注意など簡単に引けよう」
「確かにそれもいいですけど。・・・春蘭様。・・・謎の人物が見つかるまでずっと暴れているつもりですか?」
「私はそれでも平気だ!」
「ボクも~!」
「春蘭さまや季衣ちゃんはともかく、兵士達にはそれでは持ちません~。何時見つかるかわかりませんから、余力は残しておきませんと~」
「姉者、華琳さまも城に敵の注意を集中させるようにと言っていたではないか。忘れたのか?」
「いや、忘れてはいないぞ。ただ、あまり、籠城というものが好きじゃないだけだ・・・」
「なら、華琳さまのためだ。我慢しろ」
「わかった!華琳様のご期待にそえるように頑張ぞ」
「それでは、私は兵達に籠城するように伝えてきますね」
「ああ。頼んだ、流流」
「はい!いくよ、季衣」
「はーい」
〝袁紹軍〟
「・・・籠城か。早く終わらせたいのに面倒だな」
と考えるが、すぐにやめる。
「(ま、操っている人間なんぞ知ったことじゃないし、常に突撃させておくか)」
茅需のとった作戦は作戦と呼べるものではなかった。ただ単に人間を機械のように突撃させるというものだった。
「これならそう長くは城も持つまい」
茅需は手の指先にある念糸から、袁紹の後頭部についている蜘蛛へと信号を送る。全軍突撃せよ、と。
その信号は袁紹を媒体にし、軍全体へと広がっていった。例えていうならば、感染爆発に近いものだ。
瞬時に広がる信号は、あっという間に3万全員にいきわたり、そして、
「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」」
〝捜索班〟
「姐さん。相手、動き出したみたいやよ」
「どれ。・・・・おお!すごいわ!なんて統率のとれた突撃するねん」
それはまるで30人31脚を何倍にもした光景だった。
「真桜、そろそろ頼む」
「あいよ。―――――地竜螺旋撃!!」
李典は自らの武器、螺旋槍で地面に穴を掘っていく。まるで、モグラのように。
「それでは、私達三人は下から相手の軍の総大将近くまで行き、探してきます」
「・・・あんまり、行きたくない~」
こっちはこっちで作戦を考えていた。これだけ見事に軍を動かすのだから、総大将付近に謎の人物はいるのではないかと。
ただ、それもあくまでなので保険として、張遼、曹操が地上から違う場所を捜索することになった。
「見つけたら、捕縛すること。・・・いいわね?」
「はっ!」
「わかったのー」
「あいよー」
三人の中、二人はテンションが低かった。それもあたりまえ。これから、地面の下を移動するのだから、嫌にもなる。
「それでは」
李典を先頭に、真ん中に于禁、その後ろに楽進という隊列で入っていった。楽進の氣を感知できる能力なら、下から進もうがドンピシャで地上に出られる。茅需の氣は普通の人間と違うので特に判別しやすい。
「それじゃ、霞、桂花。・・・行くわよ」
「おう!」
「はい!」
〝籠城班〟
「おい!この兵士たち何か変だぞ!」
「そんなこと、わかっている!・・・流流!季衣!」
「はい!・・・いくよ!季衣!」
「うん!・・・せーの!はあっ!」
許緒は大鉄球「岩打武反魔(いわだむはんま)」 を典韋は 巨大ヨーヨー「伝磁葉々(でんじようよう)」 を相手の兵の足元目掛けて
おもいっきり振り下ろす。爆音とともに地面は陥没し、そこにいた兵士たちは後方へと吹き飛んでいく。
「なぜあの状態で動けるのだ!?訳がわからん!?」
「少し落ち着け姉者!」
と言う夏侯淵だが、自分も落ち着いてはいなかった。
あの状態・・・それは、体に無数の矢が刺さっていても、手が斬れ落とされていても、なんの痛みを感じていないかのように突き進んでくる。
夏侯惇たちは籠城していたが、あまりの異様な光景に、相手を一度この城から引き剥がすため、一度城の外に出て、先ほどのように吹き飛ばしている。
「これはまずいですねー・・・」
「風。何か作戦は思いつかない?」
「あの兵士さんたちがおかしいのは、見ているだけでわかります。普通なら絶対に歩けるはずもない大怪我を負いながら、歩いてくるんですからー。・・・・こうなったら」
「こうなったら?」
「華琳さまたちがこの人たちを操っている人物探して倒してもらうしかないですねー」
〝捜索班〟
「どうやらあなたが凪の言っていた人物のようね」
「・・・はぁ、こんなことなら兵士全員を行かせんじゃなかった」
曹操たちはこの戦いが始まるとき袁紹たちが立てたであろう無数の天幕がある広場の中心に居る。
この場には曹操、張遼、荀彧。袁紹、顔良、文醜。・・・そして茅需の7人。
「麗羽、聞こえてる?」
「・・・・・・」
袁紹は何の反応もせずに、ただ立ち尽くしていた。
「無駄だ。そいつは俺の手の中にある」
茅需は袁紹を指差し、まるでごみを見るかのような目をしている。
「・・・あなた、むかつくわね。袁紹軍が急にいい動きをするから、どんな人物が袁紹軍に力を貸しているかと思えば」
「力を貸す?・・・なに見当はずれなことを言ってんだ?」
「俺はあんたたち魏に攻め込むためにこいつらを利用しているだけだ。そこんとこ理解しておけ」
曹操は茅需の見下した態度にすごく腹が立っていた。それは張遼や荀彧も同じだった。
「華琳、もうこいつ倒してもええか?」
「ええ。いいわ」
「ほんなら遠慮なくっ!」
張遼はすかさず武器を構え、茅需を斬り殺そうと振りかざす、
「はあああっ!」
張遼本人はその一撃で決まると思った。だが、
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
顔良、文醜がその攻撃を止める。
〝楽進・李典・于禁〟
「真桜、もう少し早く進めないのか?」
「無茶言うなや。人一人が立って歩くほどの穴あけるのにどれだけかかるとおもっとんねん」
「う・・・。それはすまない」
しかし李典が穴を掘る速さは常人で考えれば、不可能といえるほどの速さだった。
「凪ちゃん。まだ上にその謎の人物の氣は見つからないの?」
「ああ。少しは感じるがもう少し先のようだ」
「しかし、なんで地下からいかなあかんねん。華琳様の命令とはいえ、これはきついわ」
「仕方ないだろう。敵に見つからないように接近するにはこれしかないのだから」
楽進はこう言うが敵はすべて籠城している方へむかっているので、別に地下から行かなくてもよかったのだ。
「っと、話している間にも。・・・真桜。この上のようだ」
「あいよ。―――――地竜螺旋撃!」
横へ掘っていった穴を今度は斜め上へと一気に掘り、穴を開ける。
〝捜索班〟
――――――ボコン!!
「やっと外についたで!いやー息苦しかったわ!」
「こら!真桜、声が大きい!―――――!?。真桜っ!?」
「へ?」
次の瞬間、金属音が響き渡る。楽進は穴からすぐさま飛び出すと武器を構え向かって来る袁紹の攻撃を防いだ。
「二人とも早くそこから出るのよ!」
李典、于禁はまだ何がどうなっているのかわからない中、その言葉を頼りに穴から飛び出す。声を掛けてくれたのは荀彧だ。
「ありがとうなのー」
「これは一体なにがどうなって・・・」
「見ての通りよ」
李典は全体の目を奔らせる。曹操は顔良と。張遼は文醜と。楽進は袁紹と戦っている。そして、問題の人物、茅需は手をすばやく動かしながら
三人を操っていた。
「あいつが凪の言っとった奴か・・・」
「ええ。華琳様に危ないことをさせているのはわかっているのだけれど、私じゃ戦えないし、二人とも華琳さまの援護をしてちょうだい」
「わかったのー!」
「まかせとき!ほな、行くでー!」
二人は華琳が戦っている相手顔良に同時に攻撃を仕掛けるが、後ろに飛びのいてそれをかわされる。
「あなた達来たのね!」
「はい、援護しますで。華琳様」
「それはありがとう。けれど、顔良の相手、二人に頼めないかしら?」
「それは別にかまいませんけど・・・一体?」
「私はあのむかつく男を斬り殺したいの。頼めるかしら?」
「わ、わかったの!沙和、一生懸命がんばるの!」
于禁は死神鎌「絶(ぜつ)」を構えて不敵に笑う曹操に少し怖いと感じる。
「それじゃ沙和と真桜ちゃんが顔良さんを足止めしますから、その間に」
「華琳さまは行ってください!」
「ええ!」
二人は曹操の前を駆け出し、顔良に攻撃する。李典は前方から螺旋で突進し、避けさせる。そこへ于禁の双剣「二天(にてん)」が追撃をする。
その攻撃に顔良は反応し、防ぎ押し合いになる。
「今なの!」
曹操は二人に軽く礼をいい、間を通り抜ける。
「華琳様!?」
荀彧はその行動を目にして、声を掛けるが曹操は少し振り返り目で「大丈夫」と伝える。
荀彧は駆け出しそうになる体を必死に押さえ、手を胸の前で組み、無事を祈る。
「ちっ・・・。抜けられたか。しょうがない。――――はああああああああ!」
茅需は大声を張り上げる。すると、さっきまで二本しかなかった腕が四本増え、合計六本になる。
「なっ!?」
「いっ!?」
「うそっ!?」
とそれぞれ戦っていた全員が茅需に注目する。
「・・・ふぅ。いつものことだが元の姿に戻るのは楽じゃない」
「人間じゃない、ねぇ・・・。凪の言っていたことは本当だったようね」
「いくぞ!」
茅需は口をクチャクチャさせると、そこから弓を取り出す。そして、手から念糸と念糸を絡めあわせ矢を作る。
「(矢を作っているようね。ならば今が好機!)」
曹操は矢を作っているところが隙と考え、絶を振り上げながら近づいていき、振り下ろす。
しかし、その攻撃を袁紹に止められる。
「な・・・麗羽!?」
茅需は六本腕の中二本を使い、三人を巧みに操っている。
そこへさっきまで袁紹と戦っていた楽進がやってくる。
「すいません、華琳さま!」
「いえ、いいのよ凪。それよりも麗羽は私が相手をするから、凪はあいつをお願い」
「え?しかし華琳様はあの者を斬りたいと・・・?」
「だから、その役をあなたに任せるのよ。確か一刀に技を教えてもらってあるんでしょ?それでさっさとあいつを倒しちゃってくれる?」
「は、はっ!」
曹操は今度、茅需ではなく袁紹へと駆け出し食い止める攻撃をする。
「はあっ!」
その間に楽進は氣を拳に集め、茅需へと撃ちだす。
「おっと」
茅需は軽くそれを避ける。
「今だ!」
避けている状態の茅需に対して楽進は一気に詰め寄り、
「はっ!!」
渾身の蹴りを繰り出す。
「がっ!?」
油断していた茅需はそれをもろに食らい、横回転しながら吹き飛んでいく。
「げほっ・・・げほっ・・・!のやろうッ!いてぇだろうがぁ!」
怒りのままにさっき作っておいた矢を弓にかけ、放つ。
「っ!」
矢を避ける楽進。だがすぐに第二、第三、第四と続けさまに矢は飛んでくる。
「ふっ!はっ!」
矢を避ける。避ける。避ける。すべての矢を避けきったに思えたが、
「凪!後ろや!」
「なっ・・・!?」
避けたはずの矢が後方から戻ってくる。
「その矢は俺特製の矢だ。俺のいのままに操ることができる」
「くっ!これでは近づけない!」
四本の矢が楽進の周りを取り囲むように旋回しながら、襲ってくる。
楽進は撃ち落そうと氣弾を作り放つが避けられてしまう。
「さっきも言っただろ。それは俺のいのままに操ることができるって」
「(このまま避け続けていてもただ体力が減っていくだけだ・・・!どうする?)」
一気に突っ切り、相手を倒すのが最善かと考えるが、相手が逃げてたらどうしようもないと考え諦める。
「そろそろ追加の矢を足してやろう。そらっ!」
さらに二本の矢が楽進を殺そうと、飛んでくる。楽進はこれまでかと目を瞑る。
―――――――。
しかし、いつまでたっても矢は飛んでこなかった。
「凪!」
「凪ちゃん!」
とそこには、曹操をはじめ、張遼や李典、于禁、荀彧が楽進の前に立っていた。
「なっ・・・!なんで、貴様らがここに!?」
「どうやら矢を操っていると、こっちの三人の操りはおろそかになるみたいやな」
張遼は縄で縛り上げてある袁紹、顔良、文醜を指差す。
「くそっ!忘れていた!?」
そう茅需は言うが、楽進をさっさと倒さない遊び心の敗因である。
「さっきまで動きのよかったこいつらが急に弱くなるから、楽やったで」
「さあ、観念するのね」
「ちっ・・・!ここは逃げる!」
と後ろを振り向き、駆け出そうとするが、いつのまにか楽進が回りこんでいた。
「行きなさい!凪!」
「いけー!凪ちゃん!」
「いてこましたれ!凪」
「や、やめろぉぉぉぉぉぉ!?」
「はああっ!〝龍形氣功〟〝鍛針功〟!!」
いわゆる発勁と呼ばれる技。つま先から生み出された円運動は力を蓄積しながら肉体上部へ加速し、やがて集約された回転力は氣によって針の様に鍛えられ、円運動から直線運動になった際には凄まじいエネルギーとなる。それを大気を経由して対象に伝達させ、それをもって破壊する。
「ガアアアアアァァァァァァ!!??」
茅需は今まで味わったことのない衝撃を体に感じる。そして、後方へと吹き飛んでいった。
「はあ・・・はあ・・・!で、できました!隊長!」
楽進は天にむかって拳を高らかに上げる。北郷一刀に伝わるように。
〝籠城班〟
「ん?動きが止まったぞ」
さっきまでしつこく城を攻撃していた兵士たちが一斉に止まる。そして重症者たちはそれぞれ倒れていく。
「本当ですね・・・。ということは」
「華琳さまたちがやってくれたということですね~」
「やったーーー!春蘭様!勝ちましたね!」
「ああ!さすがは華琳さま」
「流流、大丈夫か?」
「はい。少し疲れましたけど、大丈夫です」
「秋蘭!華琳さまたちを迎えに行こう!」
「そうだな。そこの者、ここの指揮を頼む」
「はっ!」
夏侯淵たちは副官にここの指揮を任せ、曹操たちを迎えに出る。
〝曹操・張遼・楽進・干禁・李典・荀彧〟
「いやー、それにしてもすごい技やな、今の」
「凪、おつかれさま」
「はっ!」
「さてと、さっさとここから帰りましょう。華琳さま」
「そうね。その前に、麗羽たちをどうにかしないとね」
曹操はそう言って袁紹たちに近づいていく。その時!
―――シュルルルルル!!
後ろから念糸が飛んできて曹操に巻き付いていく。
「ぐっ!?」
曹操は咄嗟のことだったにも拘らず、振りほどこうと暴れる。
しかし、念糸は曹操を完全に包んでしまう。その様は繭のようだった。
「華琳さま!?」
「まさか・・・!あいつか!」
全員が後ろを振り向くとそこには、ズタボロになりながらも茅需が立っていた。
「はあ・・・ぜえ・・・!」
「まだ生きていたのかっ!」
「このまま死んでたまるかっ・・・!全員動くなよ。こいつがどうなっても知らないぞ」
「ちっ・・・!下種が!」
茅需はゆっくりと繭に近づいていき、そして、
「こいつは預かっていく。傷が癒えたころにまた会いに来るからそのときに俺の命令を聞いてもらう。・・・じゃあな」
「華琳さま!?」
荀彧は咄嗟に動き、手を伸ばすがその手は消えていく茅需には届くことはなかった。
「華琳さまーーーーーーーーーーっ!?」
勝ったと思った矢先の出来事だった。その日、魏の大将・曹操はさらわれてしまう。
そして、
「なんで私たちは縛られているの?」
「知りませんよぉ。体があちこち痛いのは何でですか?」
「斗詩。あたい変な夢見ていた気がする・・・」
袁紹たちは誰も居なくなった荒野で、吹き荒れる風に曝されながら、考えていた。
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自分で小説を書いていると小説家や漫画家を尊敬するようになった