No.142534

こっち向いてよ!猫耳軍師様! 18

komanariさん

こんにちわ。どうにか18話が出来ました。

今回は、華琳さま、桂花さん、一刀くんが、それぞれ自分の信じた事をしようとしています。
色々と足りないところが多いかとは思いますが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。

続きを表示

2010-05-11 23:31:59 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:25775   閲覧ユーザー数:22278

一刀視点

 

「あなたの政策案、とても面白かったわ。けど、いくつか気になる所があるのよね」

 曹操さまはそう言いながら、取り出した書簡を広げた。

(あ、あれは!)

 書簡の文字は、蝋燭の灯りでははっきり読みとることができなかったけど、広げられた書簡に書かれている図を見ることはできた。そして、その図は俺が自分の政策案に書いたろ過装置の図で、そのことが示す絶望的な状況に、俺の顔から血の気が引いていった。

「ねぇ、説明してもらえないかしら? あなたはどこでこんなことを知ったの? 故郷? それとも……」

 そう話す曹操さまの顔を見ることは出来なかった。見てしまえば、全てを話してしまいそうだったから。自分自身のことも、荀彧の行動についても。

(どこまで。どこまで解っているんだ……。それによっては、この後の対応を――)

 動揺しながらも、必死に頭を働かせていると、曹操さまが俺に尋ねかけた。けれど、その言葉は尋ねると言うよりも、追い打ちをかけるようなものだった。

「未来?」

 そう尋ねる曹操さまの視線は、俺の心の奥底を見透かすように鋭かった。曹操さまの言葉に思わず顔を上げてしまった俺は、その視線が俺の隠そうとしていることを、全て見抜いているような気がした。

「……」

 何かを言うこともできず、俺は茫然としてしまっていた。

(あの書簡を説明するのに、未来の事を言う以外に方法がない。曹操さまは、俺が未来の知識を持っていることに確信があったんだ!)

 ここに連れてこられてから考えていた、曹操さまへの対応策も、ここまで明らかな証拠を出されては使いようがない。俺はまた床に視線をおろして、考え込んだ。

(どうするべきだ? 俺が未来の知識を持っていると言う確信があったとして、それじゃあ俺はどう対応すればいい? どうすれば、一番荀彧に迷惑がかからない……?)

 必死に対応を考えていると、ふと曹操さまが話しかけた。

「北郷、どうしたの? 何か答えにくいことでも聞いてしまったかしら?」

 少し微笑みながらそう尋ねる曹操さまは、俺がなんと答えるかを楽しみにしているかのようで、俺に考え込んでいる時間がないことを、示しているように思えた。

(これ以上考え込んでも、曹操さまが俺に書けている疑い、いや確信を覆す説明は出来そうにない。……そうなれば、荀彧への疑いを晴らすことだけでも)

 荀彧の疑いを晴らすためには、曹操さまが荀彧にどんな疑念を持っているかをはっきりさせないといけない。ここまで来たら、それを探り出すこともできない。それなら、俺に出来る事は一つしかない。

「……曹操さま」

 俺がそう言うと、曹操さまはゆっくりと答えた。

「なに?」

 その返答を聞いてから、俺は顔を上げて曹操さまを見据えた。

「お答えする前に、一つお聞きしたいことがございます」

 俺の目をじっと見つめる曹操さまの瞳は、俺が何を聞こうとしているのかを探っているようだった。

「……なにかしら?」

 視線をそらさずそう言った曹操さまに、俺は尋ねた。

 

「曹操さまは、荀彧にどんな疑念を抱いていらっしゃるのですか?」

 

 俺は静かに曹操さまの答えを待った。

 

 

 

「桂花への疑念……ねぇ」

 軽く息をつきながら、曹操さまはそう呟いた。

「……」

 俺は黙ったまま、曹操さまを見つめた。

「北郷。私がそのことについて答えなかったら、あなたはどうするの?」

 曹操さまがそう聞いてきたから、俺はゆっくりと答えた。

「何も、話しません」

「その結果、あなたの首が飛ぶことになっても?」

 曹操さまの視線は先ほどまでの、何かを探るようなものから、俺の首を刎ね飛ばすかのように鋭利で、冷たい視線に変わっていた。これが俗に言う殺気のこもった目なのだろう。

(きっと曹操さまは、俺を殺すことに躊躇をしないだろう。それに、せっかく荀彧に助けてもらった命を無駄にするなんて、あんまりしたくはない)

 曹操さまの視線と、その言葉に俺は少しためらいを覚えていた。荀彧が救ってくれた俺の命を、自分から投げ出すなんてことをしたら、きっと彼女は怒るだろうと思った。

(でも。……それでも、俺は荀彧を守りたいんだ。自分の命をかけてでも、せっかく荀彧が助けてくれた命であってでも、荀彧を守りたいんだ)

 俺はそう考えてから一度目を閉じて、大きく息を吸い込み、それから曹操さまの瞳を見据えた。

「……はい」

(何も話さないことが、荀彧のためになるのかは解らない。けど、曹操さまが荀彧にどんな疑念を持っているのかを確かめないまま、対応を決めるぐらいなら、何も話さないでいた方が荀彧のためになる。それで俺が死んでも、きっと荀彧ならどうにかできるだろう)

 その思いを“はい”という言葉に込めて、俺が静かに答えると、曹操さまは一度息をついてから、スッと天井を見上げた。

 

 

華琳視点

 

「北郷」

 少ししてから、私は口を開いた。

「はい」

「……私があなたの質問に答えたら、あなたは全て話してくれるの?」

 北郷が答えてから、私はそう尋ねた。

 こいつが桂花と関係がなさそうなら、私はこんな取引なんかしなかっただろう。

(でも、こいつは桂花に姓ではなく名を呼ばれている男。そして、私が抱いている疑問を解くための鍵を握っているのは、桂花を除けばこの北郷と言う男だけなのよ)

 “首を刎ねる”と、殺気をこめた視線とともに北郷に告げた時、こいつはそれを良しとした。私が桂花に対してどんな疑念を持っているか言わなければ、何も話さないし、その結果死ぬこともいとわないと言った。

 北郷にそう決意させるものは何なのか。それを知るためにも、私は北郷の質問に答えることにした。そうすることが、今回の出来ごとの全てを知るために必要なことだと思った。

「……はい」

 北郷がそう答えた。

 

 

 

桂花視点

 

 華琳さまが直接会いに行ける距離にあって、北郷を閉じ込めておけるような所となると、ご自室近くの離れ2か所、それと執務室近くの空き部屋ぐらいだろう。その3か所の他では、一刀を監視するための親衛隊を配置すると目立ちすぎる。華琳さまがそんな解りやすいことをするとは思えなかった。

(道順的に考えて、執務室近くから行くのが一番効率的ね)

 頭の中で道順を確認しながら、私は目的の場所に急いだ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……まずは、ここね」

 大した距離でもないけど、走ったりすることになれていない私は、その距離だけでも、息を切らしてしまっていた。

(華琳さまの執務室の近くだけあって、親衛隊がいるわね……。邪魔してくるかしら?)

 執務室の回りに、一定の間隔で配置されている親衛隊を少し気にしながら、私は目的に部屋の前に立った。

(今のところ、邪魔をしそうな雰囲気はないわね。ここじゃないのかしら?)

 きょろきょろとあたりを見回してから、私は扉に手をかけた。

――ギィ

 静かに扉を開くと、廊下と同じように薄暗い室内が見えた。

(……いない。次ね)

 私は室内に誰もいないことを確認すると、次の場所へと急いだ。

 

 次の場所は、華琳さまのご自室がある棟の西隣りにある離れで、華琳さまのご自室と庭を挟んで非常に近くにあるため、日ごろも親衛隊が常駐している離れだ。

「うん? 荀彧さま、どうかされましたか?」

 私がその離れに入ると、親衛隊の一人がそう声をかけてきた。

(嘘を言うべきか。それとも、一刀を探していることを言うべきか……)

 親衛隊の様子を眺めながら、私は考えた。

 もしこの親衛隊に、私が一刀を探している、いえ人を探していることを言って、それが華琳さまに伝わったとしたら、私と一刀はどんな状況におかれるのだろうか。

(でも、華琳さまがあいつを抑えたと言うことは、一刀と私に何かしらの関係性を見出したと言うこと。そうであれば、私と一刀の関係に対する説明はいずれ必要になる。それなら、一刀を探しに来たと言っても、問題はない)

 私を見ながら、どこか不思議そうな顔の親衛隊員を見ながら、私はそう結論を出した。

 

(決断するのよ、桂花。一刀と華琳さまを両立するって決めたんだから!)

 

 一度大きく息を吸ってから、私は口を開いた。

「私の部下の北郷と言う者を探しているの。……ここに、いないかしら?」

 ゆっくりと、でも出来るだけはっきりとそう言ってから、私は親衛隊員の様子を窺った。

「北郷殿……ですか? 申し訳ありません。私では解りかねます。上官に聞いてまいりますので、少しお待ちいただけますか?」

「……」

 私は少し考え込んだ。

(一刀の事を知らない感じだったわね。末端の隊員には知らされていないのかしら。それとも、そう演技するように命令されているか……ね。どうであったにしても、今は時間がないわ)

 私はそう考えてから、声を出した。

「いえ。時間がないから、自分で探させてもらうわ。私がここに入ることに問題はないでしょ? それとも私をここに入れるなと言う命令でも受けているの?」

 私がそう聞くと、親衛隊員は少し困ったような顔をしながら、慌てて道を開けた。

「い、いいえ! 荀彧さまがここに入られることに問題はございません。どうぞ、お入りください」

 そう言う親衛隊員を横目で見ながら、私は離れに入った。

(一刀がいるとすれば、その部屋の前には親衛隊がいるはず。その部屋を探すのよ!)

 

 

 

華琳視点

 

 北郷の返答を聞いてから、私は桂花への疑念についての話を始めた。

「私が明らかにしたいのは、なぜ桂花があんなことをしたのかと言うことよ。なぜ桂花は風が吹くことが解ったのか。なぜ伏兵の存在、その場所まで見抜けたのか」

 北郷は私の言葉にじっと耳を傾けていた。

「それらが解っていたなら、それらの予想が付いたのなら、なぜ私に言わなかったのか。なぜそれらを利用して、敵を倒すことをしなかったのか……よ」

 私がそう言うと、北郷は視線を床に落とした。

「そして、私が桂花に抱いている疑念はまさにそのことよ。どのような方法で手に入れたにしろ、風や伏兵の情報を持っていながら、それを私の覇道のために使わなかったのはなぜか。私に反旗を翻そうと思ったのか。謀反までは行かなくても、私に何かしらの不満があるのか。それとも、誰かにそうしろと言われたのか……」

 私はそう言いながら、ずっと北郷を見つめていた。北郷は依然として床を見つめていたから、視線が合うことはなかったけれど、私が話したことで、北郷がどんな反応をするのかを見逃したくはなかった。

 

「これが桂花に抱いている疑念よ。さぁ北郷、私の質問に答えてもらえるかしら?」

 私がそう声をかけると、北郷は少し間をおいてからスッと顔を上げて、私の目を見据えた。

「……先ほどの政策案に使った知識は、私の故郷で知ったものです」

 ゆっくりと、けれどしっかりと話す北郷の声に、嘘のようなものは感じられず、私は言葉の続きを待った。

「私の故郷は、前回の謁見でお話したように、大陸から東にある島国です。ただし……」

 恐らく次に来るだろう言葉を予想しながら、私は北郷を見つめた。

「今からおよそ1800年後の世界。それが私の故郷です」

 北郷の言葉をかみしめながら、私は天を仰いだ。

「やはり……ね」

 北郷の政策案を見たときから感じていた“未来”が、現実のものだった。予想していたことではあったけど、それが本当であったことには、少なくない驚きがあった。

「未来からきたと言うことは、歴史を知っていると言うこと。と言う理解でいいわね?」

 そう言いながら視線を北郷に戻すと、北郷はじっと私を見つめたままだった。

「正確には、違います」

 私は北郷の説明を待った。

「私がいた世界の歴史では、曹操さまや荀彧をはじめ、有名な武将あるいは軍師、文官は全て男性でした。もしかしたら、意図的に男性として書いておいて、本当は女性だったかもしれませんが、世界中の他の国、たとえば私の生まれた国や、もっと他の国の歴史を見ても、文官はまだしも、武官の多くを女性がしていた国など、聞いたことがありません」

 北郷は少し息をついた。

「けれど、歴史上の出来事、たとえば赤壁で起きた戦いなどはそのままだ。と言うこと?」

 北郷の言葉から推測される事を話すと、北郷はうなずいた。

「はい。漢王朝が衰退し、その結果乱世が訪れ、その乱世の中で魏、呉、蜀の三国が力をつけ、覇権を争う。そう言った歴史の流れ自体は、ほぼ同じです」

 そこで私は北郷に尋ねた。

「それじゃあ、あなたの知る歴史で起こる赤壁の戦いは、私たちが風のことを知っていたとしても、勝つことができないものだったの?」

 私の質問を聞いた北郷が、一瞬視線を外した。

「……」

 私は北郷が答えるのを待った。

 

 

 

桂花視点

 

――ガチャン

 何枚目かの扉を開けて、その中に一刀がいないことを確認した私は、またすぐに扉を閉めた。

「荀彧さま? 何をお探しなのですか?」

 そう尋ねてきたのは、この部屋の前に立っていた親衛隊だ。

「……いえ、何でもないわ。邪魔してわるかったわね」

 私はそう告げて、その場を後にした。

(この離れの中で、部屋の前に親衛隊が立っていたのはここで最後ね。そうなれば、一刀はこの離れじゃなくて、もうひとつの方にいるのかしら?)

 華琳さまのご自室がある棟の西隣であるこの離れ、その対となる東隣の離れが、私が候補に上げた最後の場所だった。こちらの離れにいないことが解った以上、私は最後の候補地に向かって走り始めた。

(ここの親衛隊は、皆私を止めようとはしなかった。中に一刀がいることを悟られないようにするためかとも思ったけど、どうやらそう言うわけではなかったらしい。それに、そもそも一刀の事を知らされていない雰囲気だったわ)

 陳羣が語ったように、一刀を連れて行ったのが親衛隊であるなら、少なくとも数人の親衛隊員は一刀の事を知っているはずだ。隊の中で一刀を連れて行ったという情報を共有してないと言うことは、ごく限られた親衛隊員にしか知らされていないと言うことになる。

 そして、華琳さまが親衛隊から少数を選ぶとすれば、出来るだけ信頼のおける隊員を選ぶはずだ。

(華琳さまが信頼を置くだけの親衛隊員となれば、より華琳さまの側近くにいる隊員と言うことになるんじゃないかしら?)

 私は東側の離れへと向かう足を止めて、少し考え込んだ。月はいつの間にか空高くまで上がっていた。

 

(華琳さまのお側仕えをしている親衛隊員といえば、むろん華琳さまのご自室の警護をしている娘たちになるわ。先ほどの離れにいた娘たちも、大まかな意味で言えば側仕えの親衛隊ではあるけど、あの娘たちの中でも、さらに選ばれた娘でなければ、直接華琳さまにお会いするような任務にはつけないはず)

 華琳さまは、多くの刺客に狙われている。そうした刺客から華琳さまをお守りするのは、側仕えの親衛隊の役割だ。そして、その親衛隊、特に華琳さまのすぐ近くで、直接華琳さまをお守りする人物は、それなりの能力と信用がなければならない。そんな人材が、そう多くいるはずがないし、必然的に華琳さまが信用のおける親衛隊の数も限られてくる。

(そうした数少ない親衛隊員を、わざわざ他の棟におくかしら? 第一、そこまで信頼を得ている親衛隊員がそんなところにいたら、逆に怪しく思われるんじゃない?)

 私は華琳さまのご自室に行くことも多かったし、そんな私から一刀を隠そうとした場合、離れに置くことは逆に目立つと考えるかもしれない。そうなると、一刀がいる可能性がある場所が、必然的に一か所に絞られる。

「……まさか、ご自室のある棟にいるの!?」

 私は行き先を変更して、華琳さまのご自室がある棟へと走った。

(待っていなさいよ、一刀!)

 

 

 

一刀視点

 

 曹操さまが荀彧にかけていた疑念は、やはり赤壁での行動についてだった。でも、荀彧を疑っていると言うよりも、なぜ行動をしたのかを知りたいと言う意味合いが強く、そしてその原因が俺にあると思っているようだった。

(荀彧を疑っていると言うよりは、俺を疑っているのか。そうなら、このまま全ての原因が俺にあるとしてしまえば、荀彧への疑念は晴れるはずだ)

 俺はそう思った。例えそうすることで自分が処断されたとしても、それで荀彧を守れるのなら、全てを俺のせいにしてしまおうと思った。

「……」

 曹操さまからの質問を受けて、俺はもう一度心の中で決意をしてから、息を吸った。

「いえ、東南の風が来る事が解っていれば、勝てない戦ではありませんでした。そもそも、気候の違いによる疫病や、船上になれない兵が多いと言う要因があったとしても、風の事を織り込んだ策を用意しておけば、被害は大きかったにせよ、勝つことは出来たと思います」

 俺がそう言うと、曹操さまは少し身を乗り出して訪ねてきた。

「では、なぜ桂花はあんな行動をしたと言うの? 疫病や船酔いなどへの対策は出来ていた。……船を鎖でつなぐのは、敵の策だったようだけど、それでも風が吹くことが解っていれば、対応が出来ていたはずよ。諸将に風が吹いた時の指示をしていたということは、桂花は風の事を知っていたと言うことではないの?」

 曹操さまの質問をしっかりと聞いてから、俺はまた口を開いた。

「曹操さま。その事を説明するためには、少し昔の話をしなければなりません。それでもよろしいですか?」

 俺の質問に、曹操さまがうなずいて答えたのを確認してから、俺はゆっくりと語り始めた。

「荀彧は、私がこの世界に来て初めて出会った人物でした。初めてあった時は、逃げ回られてしまいましたが、それでも行くあてのない俺を、自分の家に連れ帰ってくれました。自分がどこにいるのかよくわかっていない状態だったので、荀彧に未来から来たと言うことを告げたから、家に連れて行ってくれたのだとは思いますが」

 俺はその頃を思い出して、少し笑っていた。初めて荀彧に会った時は、自分がこんな状況におかれるなんて思っていなかった。

「その後、俺は荀彧へと未来の知識を提供する代わりに、荀彧の実家で生活することになりました。荀彧からすれば、男である俺を近くにおきたくはなかったのでしょう。荀彧と俺のやり取りは、手紙でのみ行われるようになりました」

 荀彧の実家では、侍女さんたちに色々と教えてもらいながら、生活していた。今に思えば、この時の侍女さんたちの教育で、俺が荀彧を好きになっていったのかもしれない。そう思った。

「その頃から私は……荀彧に恋焦がれるようになっていました」

 俺がそう言うと、曹操さまがピクリと動いた。けれど、口を挟むことはせずに、そのまま俺の言葉を待っていた。

「もちろん、そうなったからと言って、荀彧がその思いを受け入れてくれるわけではありませんでした。荀彧に送る手紙にいくら、その思いを書いても、荀彧からはその思いに対する返事をもらえませんでした。“あんたなんか、好きでもなんでもない”などとは、良く書かれていましたが」

 そう言って苦笑した後、また俺は話を続けた。

「だから、私は豫州を離れて洛陽に来たのです。手紙では思いが伝わらないのなら、荀彧がいる場所に行こうと思ったのです。そうして洛陽に来てからは、私は警備隊に入りました。はじめは軍に入ろうかと思ったのですが、私には人を殺すことができそうになかったので」

 あの時李典隊長に会わなければ、俺はどういう人生を歩んだのだろうか。軍に入り、どこかの戦いで死んだか、あるいは軍をやめてどこかでのたれ死んだか。どちらにしても、あまりいい人生にはなっていなかったような気がする。

 

 

 

「ですが、しばらくしてから仕事中に怪我をしてしまい、私は警備隊で仕事を続けられない体になってしまいました。怪我をした時は、もうどうしようもないと思い、豫州に戻ろうかとも考えました。でも、警備隊の方たちが支えてくれて、どうにか文官になることが出来ました」

 先輩たちや楽進隊長たちのおかげで、どうにか文官になれた時は、どれほど嬉しかったか。程昱さまが二段階方式の採用基準を設けていなかったら、きっと文官にはなれなかっただろう。

「その後は、自分がもつ知識などを使い、文官の仕事をこなしました。そうしているうちに、荀彧が曹操さまと相思相愛であると言うことを、身にしみて感じるようになりました。自分がいくら荀彧を思っても、荀彧は私の方を振り向いてはくれないのだと」

 荀彧は俺を守ろうとしてくれた、俺を助けようとしてくれた。でも、今はそのことを言うべきではない。

「そう思うと、いっそのこと荀彧を失墜させようという考えが浮かんできたのです。今の段階で自分の方を振り向いてくれないのなら、荀彧の地位を失墜させて、ボロボロになった荀彧に近づこうと思ったのです。我ながら反吐が出る考えですが、その時の私にはそれしかないと思いました。赤壁で不審な行動をとれば、荀彧はきっと曹操さまに疑われる。そうすれば、荀彧はきっと現在の地位を失うと」

 そこまで俺が話すと、曹操さまがゆっくりと口を開いた。

「だから、桂花に嘘の情報を話したの?」

「……はい。風が吹くことが解っても、曹魏の敗戦は免れない。だから、風が吹いた時は赤壁から逃げることが最善の策だ。そう言いました」

 曹操さまは少し考え込んでから、俺に尋ねた。

「そもそも、桂花はなぜあなたの事を私に伝えなかったの? それに、桂花はなぜあなたを部下にしたのよ」

 曹操さまは、じっと俺を見つめながら俺の返答を持っていた。

「……荀彧が私の事をお伝えしなかったのは、私と言う存在をあまり曹操さまの近づけたくなかったからだと思います。私の事を話して、それが曹操さまのお耳に止まれば、知識欲旺盛な曹操さまのこと、未来の話などを聞くために、私をお呼びになることでしょう。そして、もし曹操さまが私を近くにおきたいとおっしゃったら、曹操さまの側に男がいることになります。荀彧は男嫌いですし、曹操さまに思いを寄せていたのですから、あまり歓迎したい状況ではないでしょう」

 出来るだけつじつまが合うように、俺はそう説明した。

「私を直属の部下にしたのも、そのためでしょう。部下になる前は現在のように、完全に未来の知識を使って政策案をつくっていなかったにしろ、発想などの段階で、そう言った要素を使っていました。私自信は、そこまで出世できるとは思っていませんでしたが、荀彧としてみれば、不安は取り除いておきたかったのでしょう」

 俺の答えを聞き終わると、曹操さまはゆっくりと目を閉じた。

「……」

「……」

 俺も曹操さまも黙った。重い沈黙が部屋の中を包んだ。

 

 

 

「私が桂花に抱いていた疑念は、全てあなたが仕組んだ事だと言うのね?」

「……はい」

 俺は静かに答えた。

「あなたが話した事が真実であるか、それとも嘘であるか、それはまだ確定できないわ。でも、あなたが何者なのか。そして桂花がなぜあんなことをしたのかについて、あなたの説明は筋が通っているように思えた」

 俺を見据えながらはっきりと言う曹操さまの声を、俺はじっと聞いていた。

「北郷一刀」

「はっ」

「貴様を虚偽情報流布と我が軍に敗戦をもたらした容疑者として投獄する。容疑が固まり次第、貴様は斬首となるだろう」

「はっ」

 俺は静かに答えた。こうなることは、荀彧を守ろうと決意した時から解っていた。だからこそ、俺は落ち着いて答えた。

「……北郷」

 曹操さまがもう一度俺に呼びかけた。

「最後に一つだけ聞きたいことがある。なぜあなたは、自分に責任があると言ったの? あなたがそう言わなければ、もしかしたらあなたは助かったかも知れないのに」

 そう聞く曹操さまに、俺は笑って答えた。

「俺は荀彧が好きなんですよ。自分で荀彧を陥れておいてなんですけど、やっぱり荀彧の事が好きなんです。ただ、それだけです」

「……そう」

 そう言ったあと、曹操さまは外にいる親衛隊員を呼んだ。

「この者を牢屋に連れて行きなさい。先の敗戦の重要参考人よ」

「はっ!」

 親衛隊員はそう言うと、俺の腕をとって立ち上がらせた。

「こい!」

 そう言って、俺の腕を引いていく親衛隊員に従って、俺は部屋を出た。

(……ごめんな、荀彧)

 そう思いながら見上げた空には、月が高く昇っていた。

 

 

 

あとがき

 

 

どうもkomanariです。

 

なんとか2週間以内に投稿できました。しかも、いつもより1000字ぐらい字数が多いです。

 

さて、そんな感じなのですが、お楽しみ頂けたでしょうか?

今回は、華琳さまと一刀くんのやり取りと、頑張って一刀くんを見つけようとする桂花さんと言う、三者三様の心情みたいなものを表現出来ればと思って書きました。

前回に引き続き、華琳さまに違和感を覚える方がいらっしゃるかもしれませんが、そう言った方々にはお詫びいたします。

 

予告といたしましては、

一応次の話しで、流れが動く予定です。

 

 

本編に関してはこれくらいにいたしまして、少し私事を……

 

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ちゃんと名前がHPの方に載っていましたww

大好きな作品に、自分の名前が残ると言うのは、とてもうれしい事でしたw

早く発売日にならないかなぁと、今から待ち遠しいです。

 

関係ない話を挟んでしまいましたが、今回はこれくらいで失礼いたします。

 

それでは、また次のお話でお会いできますことを……


 
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