世にバタフライ効果というものがある。
オレも詳しいことはよくわからないのだけれど、力学の中の一つの考え方で、ある場所での蝶の羽ばたきが、そこから離れた場所の将来の天候に影響を及ぼすという風が吹けば桶屋が儲かる理論というような気がする考えであるけど、カオス理論としてまとめられて、物理学や数学の一分野として立派に研究されている理論の考え方である。
小難しく内容を説明すると“初期条件のわずかな差が時間とともに拡大し、そのため未来においての結果に大きな違いをもたらす。このため小さな変化だとしても何が起こるか予測は不可能である”ということになる。
端的に言ってしまえば、小さな要素の組み合わせでも未来に影響を与えるから、未来を予測することなんてできるわけがないということで……すでにこの世界にオレや、多分一刀もいることが小さな変化なわけがなく、大きな変化であるのだから未来なんてとっくに変わっていて、オレの知識なんて役に立たない、そういうことがいえるはずなんだけどな。
オレがこの世界に来てから起こったこと。
国が乱れて黄巾党の叛乱が起こった。
劉宏が死んで霊帝と諡号が付けられ、後継者争いが生まれた。そして一旦は何進が勝って劉弁が擁立されるけど、何進が暗殺されて失脚。このとき董卓が洛陽に上洛して劉協を擁立。
本当にオレと一刀の存在って大きな変化要素なんだろうか?
黄巾党の張角、張宝、張梁がいっぺんに倒されたり、張譲が未だに生きていて劉協の世話をしていたりと小さな違いがあるけれど、大きな流れは三国志演義とさしたる違いがない。
有名武将が女性化していることは大きな違いだろうと言われれば大きな違いではあるけれど、オレたちが来たことによる変化なのか、もともとこの世界はこうだったのかどちらかわからないから、オレたちの起こした変化とは決して言えるものじゃない。
バタフライ効果の説明として時間とともに差が拡大してとあるから、この僅かな差がどんどん大きくなっていくのだろうか? そして大きな三国志演義という流れが変化してまったく違う物語になってしまうのだろうか? そのときオレたちはこ世界から元の世界に戻れるのか? それともこの世界に居続けることができるのだろうか? 三国志演義という物語になるように、その流れからずれないように行動するべきなのか? 次から次へと疑問が沸き起こってくるけど、その答えを答えられるような知識がオレにあるはずもなく、またこの世界の誰に聞いても答えなんて持っているわけがない。
オレがこんなことを考えているのも、今回の袁家からの使者が持ってきた檄文にある。
使者によれば袁家が宦官を追い出し洛陽を平和にしたにもかかわらず、董卓が張譲を連れ戻した。しかも張譲は董卓の軍事力を背景に民を蔑ろにして、搾取を繰り返し洛陽は今暴虐の嵐に見舞われている。だから袁家は諸侯に董卓と張譲を討伐し洛陽を解放しようという呼びかけをしているというものだった。
「袁本初様は民の現状を憂い、この呼びかけを行いました。ぜひ公孫伯珪様にもこの連合に参加していただき、そのお力を民のためにお使いしていただくようお願いいたします」
使者は拱手し最敬礼しているけれども、その慇懃無礼ぶりは閉口する。
伯珪さんは返事は後日として使者を謁見の間から下げた。
「従姉様、このお話どういたしますか?」
使者を下げても目を瞑ったまま黙っている伯珪さんだが、越ちゃんの呼びかけにため息をついて目を開いた。
「麗羽の話だから話半分としても、この話は今後の情勢に大きな影響があると思う」
ため息の後に出てきた言葉は重々しいものだった。
伯珪さんの言うとおり、黄巾党の乱で群雄割拠の時代に活躍する英雄たちが名を上げ、この反董卓連合で本格的な群雄割拠の時代の幕開けに三国志演義ではなっている。
オレとしてはこの連合が三国志の通りになれば、その目的を達成することなく崩壊することになるので参加することは賛成ではない。
「ですな。袁紹自身がわかっているかどうかはわかりませぬが、皇帝の勅なしに連合ができる。このことは大きなことではありますな」
「たぶん判ってはいないでしょうね。袁家がそのことに気がついていれば、この連合は組まれていないでしょう。判っていればまずは皇帝との接触をはかり救出してから、この連合を組むはずですからね」
子龍さんと越ちゃんが伯珪さんの言葉を受けて、議論を交わしているが、その内容はこの連合の是非というか袁家の今回の檄文についての話題だった。
二人の言うとおりこの連合は皇帝の勅令を得ていない。それでも連合が組まれるということは皇帝の威信を下げることであり、洛陽を解放したとしてもその権威は落ちている。つまり袁家は自ら欲しいものの価値をこの檄文で落としたということだ。
「しかし……この檄文が各諸侯に回り、その場の民衆に広まれば連合に参加しない諸侯は、民衆を考えない人物とされ、その名は地に落ちる可能性がある。だから参加しないことは考えられないが……」
二人の議論が連合を糾弾する方向に進みそうになったところで、伯珪さんが議論の方向を変える。
「なぁ伯珪さん。その檄文の内容って合っているのか?」
オレは三国志の通りである董卓の暴政については疑問に思っていないが、伯珪さんが言った話半分というところが引っかかった。だから聞いてみたのだけれど、その返事は心もとなかった。
袁家が宦官をほとんど一掃したことは本当らしいし、董卓が張譲を連れて洛陽に入ったことも事実らしいが、暴政を敷いているかどうかは未確認らしい。
というか細作を洛陽に放っておらず、情報を収集することをしていなかったようだ。
その話を聞いたとき、気まずそうに言う伯珪さんはおいておいても、越ちゃんならそこらへんしっかりしているかと思って見てみたら、同じく気まずそうな表情で目を逸らされた。子龍さんは口笛を吹いてそっぽ向いているし……大丈夫なのか? ここ。
「ま、まぁ暴政が嘘だろうとも問題はないだろう。問題はいかに今後、我々が立ち回るかが大事だな、うん」
気まずくなった空気を払うように咳払いしてからそう言葉を続けて、無理やり今の事を有耶無耶にしようとしている。
「嘘であればよし、本当であればこの連合にて正せば良しですな、うん」
「それだけではありませんよ。ここでまた名声を得れば、さらなる高みに勇躍することも夢ではありません」
伯珪さんの言葉に続けて、残りの二人も早口に言ってくる。ジト目で見つめ続けるオレには、まるで無理やり言い訳を作って、遅刻をごまかそうとしている及川を思い出させてくれる光景だった。
「それで連合に参加するとして、どう立ち回るんだ? はっきり言ってオレの予想だととりあえず集まって、連合が勝手にバラバラに自壊して、自滅みたいに負けるとおもうんだけどね」
予想というオブラートに包んで、三国志での反董卓連合の行末を言ってみる。
三国志の反董卓連合は前述したように、目的を達成することなく自滅する。董卓の軍勢に恐れをなした諸侯たちは軍営で宴会をするだけで積極的に戦おうとはせず、曹操を含めた一部が董卓を攻撃するが敗れる。その後、いろいろあって董卓が長安に撤退してから孫堅が洛陽を制圧して連合が解散した。
このとき洛陽は董卓が焼き払っていたため、糧食の補給ができなくて連合が解散したという話もある。
だからこそオレはこの連合に参加するなら立ち回りは重要だと思うわけだが、それに必要な情報を集めていないというのだから、お粗末でしかない。
「諏訪……。それは天の知識からの予想というやつか? だとしたらそれは聞きたくなかったな」
オレの予想から真意をあっさりと見抜く伯珪さんに驚き、さらにその聞きたくなかったという言葉にさらに驚いてしまう。
「なぜ聞きたくないかわからないという顔だな。私は、未来の話を聞いてしまうとそれに囚われて、そのときそのときの判断に狂いが生じるような気がするんだ。だから私は聞きたくなかった」
そう言って伯珪さんは目を瞑った。
オレの言ったことが実際に起こるかどうか考えているんだろう。
たしかに伯珪さんの言ったことはわかる。オレも未来のことがこれですと言われれば、それに外れないように行動して、本当にそれ以外に行動することがないか考えることはしないと思う。バタフライ効果の事を考えれば、オレは元の世界の知識を活用するべきではないのかもしれない。
「しかし、諏訪の言いたいこともわかります。董卓についてほとんど何もわかっていない状況。それぞれ集まってくる諸侯は一筋縄ではいかない。ゆえに連合が何もせずバラバラに崩壊するということは十分考えられるかと……」
越ちゃんがオレの言葉を後押しするような発言をしてくれる。
「だが、そうであると決め付けることもまた危険ではありませぬかな? 伯珪殿はその決め付けることこそを危惧しているのでしょう」
子龍さんは伯珪さんの支持に回ったようだ。
「オレが軽率だったかもしれない。確かにさっきの予想はオレの世界での知識を言ったものだ。だけど、ここではその知識と若干のズレが出てきているから、違った結末を迎えるかもしれないしな」
援護してくれた越ちゃんには悪いけど、ここはオレの非を認めておく。前にも感じたとおり、ここはオレの知っている歴史と違う道を歩んでいる世界だ。今までが極小の差異できているからといって今回もそうとは限らないしな。
「ふぅ……今回の連合に関しては麗羽の権力闘争が一番の原因だろうから諏訪の言い分も強ち間違いではないと思う。だが、私は曹操の存在が黄巾討伐の時から気になっているんだ。曹操が裏でこの連合に咬んでいた場合、奴は天の知識から連合の欠点を虱潰しにしているんではないか……とね」
沈思黙考していた伯珪さんがため息とともにその考えを言った。
曹操のところの天の御遣い、一刀の存在について警戒する発言だった。たしかに黄巾党の本隊を倒したときの曹操の策は、オレたちの世界の知識がなければできない策で、曹操がその知識を積極的に用いていることがわかる。
「それはそれでよいのではないですかな? 連合は組まれているのです。それが自壊することなく活動するのであるなら、利用しない手はないですぞ」
この後もどの勢力が参加するのか、董卓の勢力はどれくらいまであるのかなどいろいろと話し合われたが、結局は連合に参加することで落ち着いた。
子龍さんは各諸侯を見ることができると頷き、越ちゃんは部隊編成と残留部隊の選出に頭を悩ませている。
伯珪さんは窓から遠くを見つめ、なにやらまだ悩んでいるようだった。
「伯珪さん、さっきは本当にすまなかった。碌に考えず発言して」
「あぁ、かまわないさ。諏訪なりに私たちのことを思っての発言だったろうしな」
オレの謝罪を受けてくれた伯珪さんだが、その表情は晴れていない。いぶかしむように見ていたのがわかったのだろう。伯珪さんが苦笑しつつ答えてくれた。
「いや……うちの心配をしているんじゃないんだ。桃香……劉備はこの話を受けて間違った判断をしていないだろうかと思ったら、心配になってな。諸葛亮や鳳統がいるから心配はないだろうが、どうしてもな」
言われてみれば伯珪さんの見ていた方角には平原郡がある方向だった。
オレも劉備さんたち三人の姿を考える。暴走する三人の姿がありありと浮かんでしまった。そして一生懸命それを止めるカミカミ少女二人の姿も確かに容易に想像がついた。
「な……心配だろ?」
伯珪さんの言葉にオレは頷くしかなかった。
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双天第十五話です。
今回は状況説明のような感じの回?よく原作変えているんだからバタフライ効果で云々という時がありますが、バタフライ効果自体の意味は本文中でも書いてある通り"未来なんて予測するなど不可能!”ということで、ここを変えたんだからここも変えないとおかしいだろうという話の理屈ではないと、大筋の流れが原作と変わらない言い訳をば……。
はぁ……戦闘が連続しそうな反董卓連合。人称を変えるか、このままでどうにかするか悩み中。すこし時間がかかるかも?