(黄巾騒乱 其の五)
都を出発して五日。
一刀と恋、霞は安全圏を抜けて今、黄巾党の中に紛れ込んでいた。
服も用意した薄汚れた物に着替え、黄色い頭巾を頭に巻いているため誰からも疑われることなく今のところは順調に進んでいた。
「しかし、凄い数の人だよな」
黄巾党の数の多さに驚く一刀。
改めて何十万という民が三人の扇動者によって動き、この国に大混乱を招いていることを実感していた。
「それだけ今の境遇に満足してないってことやな」
霞も驚きはしたものの、一刀よりまだ冷静だった。
「でも、こんなことをしてもどうにかなるわけじゃない」
「せや。どうにもならん。でもな、こうせんとあかんって思うほど追い込まれたらなんでもするもんやで?」
「そうだな」
ある意味では一番の被害者でしかない彼らを一方的に悪いと決め付けることなど出来なかった。
だからこそ一刀は早くこの反乱を鎮圧する必要があった。
「それにしても一刀のその姿見てると、ホンマに天の御遣いなんかって思うほど似合っとるで」
「そういう霞も似合っていると思うけど?」
袴姿とは違ってどこか盗賊のように見えてしまうその姿に一刀がそう言うと、霞はニヤリとした。
「ウチよりも恋の方が似合っとるで?」
「うん?」
二人が横を見ると黙々と食べ物を食べている黄色い頭巾をかぶった恋の姿があった。
その食べている姿に一刀と霞は思わずほわっとしてしまうが、いつまでもそういう風にはしていられなかった。
「まぁなんかあってもウチらがおるから安心しいや」
「それは期待しているよ」
彼の知っている二人であれば多少の問題は大丈夫だろうが、何十万人を相手するとなるとさすがに無理があるだろうと思った。
「一応確認しておくけど、争うためにきたわけじゃないから」
「まぁそやな」
「今はとにかく張角達がどこにいるかを知ることが最優先だから」
今のところ、天和達がどこにいるのかまったくわからなかった。
そればかりか意味不明な言葉を発しているためまともな会話ができずにいた。
「せやけど、なんかこいつ等見てたらなんか不気味な気がするんやけど」
「霞も気づいていたか」
よく見ると誰もがまるで正気を失っているかのように見えた。
「そういえば歌で扇動していたんだっけ?」
「そうなん?」
「本当かどうかはまだわからない。でも、もしそうならそれと何か関係があるんじゃないかな」
一刀は黄巾党を見ていると一つ思い当たる節があった 。
現実には考えづらいが歌による催眠効果。
霞や恋にそのことを話したところで本気にされることはないと思い黙っているが、一刀はどうしてもその考えを捨てることができなかった。
「まぁ何にしても張角達に会えばわかるってことでええんちゃう?」
「そうだな。とりあえず今は会うことだけを考えよう」
そう締めくくると三人は程なくして眠りについた。
夜も深くなっていった頃、木を背にして眠っている一刀に近づく者達がいた。
数にして二十人。
月明かりからして黄巾党に参加している者達に見えたが、その表情は殺気に満ちていた。
「殺れ」
短くはき捨てるように言うと一斉に剣を抜き放った。
「なんや、やっぱりきたんかいな」
「!?」
男達は声のする方を見るとそこには同じ服装をしている者が月明かりを背にして木の枝の上に立っていた。
「よっと」
木の枝から飛び降りたのは霞であり、男達に向って手に持っていた飛龍堰月刀を突きつけた。
「あんたら、張譲の手のもんか?」
「……」
三人ほどの男は答えることなく霞に斬りかかっていく。
だがそれに臆する気持ちなど霞には微塵も無かった。
両手で飛龍偃月刀の柄を握って勢いよく振り回した。
霞からすれば本気とは程遠い力で男達をなぎ払ったつもりだったが、飛龍堰月刀に当たった男達はそれぞれ別々の木に身体を叩きつけられていた。
「なんや、寝込みを襲ってくるからもう少し手ごたえがあると思ったんやけどな」
続けて四人が四方から一斉に襲い掛かっていくが、霞は一人目を柄でなぎ払うとそのまま逆方向に腕を動かして鳩尾を突いた。
それでもまだ二人残っており、霞の背中目掛けて剣を振り下ろしていく。
「甘いっちゅうねん」
不敵な笑みを浮かべ霞は膝を右足を軸にして勢いよく身体を回転させてそのまま二人の男を柄で吹き飛ばしていく。
「グァ」
「ガッ」
濁音交じりの短い悲鳴が聞こえたが霞は気にすることなく残りの男達の方を見た。
「ウチを舐めとったら痛い目あうで?」
数では勝っている男達だが、一瞬にして七人が倒されてしまったことに動揺が広がっていた。
それでも逃げようとする者はいなかった。
「このまま逃げ帰るなら見逃してもええと思ったんやけど、そのつもりはないみたいやな」
飛龍堰月刀を構える霞に対して頭らしき男が他の男達に何か合図をした。
するとバラバラに前に進んでいく。
「あ、きたな!」
霞を相手するのではなく、バラバラになって彼女を通り抜けようとしたのだった。
すぐに霞は動いて三人を叩き伏せたが残りの九人は間に合わず突破されてしまった。
「しもた!」
慌てて追いかけようとしたが、残った頭の男が攻撃してきたため身動きを封じられてしまった。
「一刀!」
眠っている一刀の近くにたどり着いた男が無言で剣を突き下ろした。
確実に刃が一刀の身体を貫いた、かに見えた。
だが実際に貫かれたのは男の身体だった。
「……」
木の陰から伸びているのは恋の武器である方天画戟だった。
予想しなかった所から反撃されただけに貫かれた男は理解できずに後ろへ倒れていった。
ゆっくりと木の陰から出てきた恋は周りで武器を手にしたまま止まってしまった男達を見た。
「あんたら、助かりたいんやったら素直に逃げた方がええで」
「な……に?」
「ウチとあの子がおる以上、あんたらに勝ち目はないで」
霞の表情からして戦うことに喜びを感じているのか、それともあまりにも手ごたえがないために興ざめしているのか男にはわからなかった。
そうしているうちにも男の仲間は恋によって全滅していた。
「どうする?ウチかてそんな気が長いわけじゃあないねん」
飛龍堰月刀を突きつける霞に男は恐怖を感じたのか何も言わずに逃げていった。
「やれやれ、ホンマに襲ってくるとは思わんかったわ」
「ご苦労さん」
霞の独り言に答えるように眠っていたはずの一刀も起き上がって不器用に火をつけていく。
「なんや、寝てたんやないんか?」
「寝ていたよ。でも、騒がしかったから目が覚めたよ」
「それは堪忍や」
笑顔で戻ってくる霞と周囲を観察してから気配がなくなったことを確認して恋も座った。
火が大きくなっていくにつれて二人の表情が照らされていくと、返り血を浴びたのか二人の顔が汚れていた。
それを気にしてか一刀は布を取り出して二人の間に移動した。
「なんや?」
「じっとしてくれよ」
「……?」
二人は言われたとおりに動かずにしていると、一刀は恋の頬についている汚れを拭き取っていく。
「……?」
「どんなに強くても女の子が血で汚れるのは嫌だからね」
丁寧に優しく拭き取っていく一刀を恋はじっと見ていた。
「何?」
「(フルフル)」
「さすがに湯は無理だから無事に戻れたら入ろうな」
「……(コクッ)」
一刀の言葉をそのまま聞いた恋は素直に頷いた。
それを見て霞は意地の悪そうな笑みを浮かべていた。
「これでよしっと。次は霞……ってなんだよその笑顔?」
「いや、なんでもないで。ただちょっと面白いことになるやろうなって思っただけや」
「面白いこと?」
何が面白いのかさっぱりわからない一刀に霞は笑顔を崩さなかった。
「ほらほらはようウチにもしてや」
「はいはい」
「そんでウチも無事に戻れたら湯に入れてや」
「わかったよ。ほら、動くな」
「くすぐったいやんか」
「すぐ終わるから我慢してくれ」
一刀に顔を拭かれる心地よさに霞はさらに笑顔になっていく。
そんな彼らを他所に逃げ出した男は途中で別の者に捕まり、拷問された挙句、誰によって襲ったかまで吐いてしまい、最後には自決してしまったことなど知る由もなかった。
一刀達がそうしている一方で曹操率いる官軍は黄巾党と各地で戦いを開始していた。
今まで連戦連勝だった黄巾党も訓練の行き届いた軍隊と戦うと一方的に蹴散らされていった。
それでも主力と思われる部隊とぶつかると一進一退の攻防を繰り広げていた。
「まったく数だけはいくらでもおるの」
休息の為に戻ってきた丁原は呆れた表情を曹操に向けていた。
「まぁ勝つつもりならいくらでも方法はあるわ。でも、今回は殲滅が目的じゃないのだから仕方ないわ」
曹操も苦笑いを浮かべていた。
あくまでも一刀の策を成功させるために動いているだけで本腰を入れて攻撃はしていなかった。
「やれやれ。天の御遣い様も無茶なことを考えるものだの」
「それを了承したのは私達なのだから文句は言えないはずよ」
「そうじゃの」
年の差は離れていても二人は対等な会話をしていた。
その辺りは別に気にするほどでもないため二人は会話を進めていた。
「それで指揮権を委ねられたお主としてはどう考えておるのか聞いてもよいか?」
「別にたいしたことは考えていないわ。考える必要もあるとは思えないしね」
言われたままに動く。
曹操からすれば他人に命令されるのは不愉快この上なかったが、『お願い』をされたとあれば不思議と不愉快さはなかった。
「しかし天の御遣いというものはほんに不思議なものだの」
「そうね。少なくとも私達とは何かが確実に違っているわ。だからこそ」
「興味が持てるか?」
丁原の言葉に笑みを浮かべる曹操。
「普通では考えられないと思わない?」
「まあの。普通は地位の高さを利用して他人を動かすことを望むからの。しかし、あの男はそうしなかった」
あくまでも対等、もしくは自分を下にして他人と付き合おうとしている。
天の御遣いであり漢の大将軍ならば威張っても問題ないはずだが、一刀はそういった素振りを一度も見せていない。
「権力に執着していないのかしら」
「お主もそう見えたか」
「そうじゃないとこんな馬鹿げたことなんてしないわよ」
自分達に同伴してきている長年、都を守備していた将軍達を思い出した二人。
権力に執着しすぎているように見え、安全なところで威張っているだけの無用な存在としか曹操の目には映っていなかった。
「まぁ皇帝もこの機に宦官に対して全面対決をするみたいだし、その膿を出しておきたいのかもしれないわ」
そのために董卓軍を都の守備に回して元々の守備隊を前線に出した。
大胆すぎる方針だがこれまで蝕んでいた物を一掃するには丁度良いかもしれないと曹操と丁原は思っていた。
「そういえば真名を授けようとしたそうだが、結局どうなったのじゃ?」
「今回の一件が終わるまで保留にされたわ。この私が授けてもいいといったのにもかかわらずにね」
神聖な真名を授けられることは名誉なことのはずなのに一刀はそれを受け取らなかった。
真名よりも今回の反乱鎮圧を優先している一刀の態度を曹操は薄っすらと笑みを浮かべて丁原に話した。
「なかなか面白い男じゃの」
そう言いながらも自分の可愛がっている娘二人を護衛に付けた丁原はひどくおかしそうに笑った。
そうしていると天幕の外が騒がしくなった。
「曹操様」
「何事かしら?」
「楽進様が参られました」
「そう」
短く答えて曹操は席を立ち天幕の外に出た。
彼女に少しばかり遅れて天幕を出るとそこには見覚えのある顔が三人ほど縄で締め付けられ地面に座らされていた。
それは不平不満を隠そうとしていなかった都の守備隊を任されていた将軍達だった。
「お言いつけ通りに連行してきました」
両手をあわせて礼をとる楽進。
「ご苦労様。やっぱり予想していた通りね」
「曹操、何ゆえこの者達は縄をうたれておるのだ?」
事情が飲み込めない丁原に曹操は冷たい視線を男達に向けた。
「華琳さん、皆さんを連れてきて差し上げましたわよ」
袁紹に伴われて討伐軍の主だった将が集まってきた。
いったい何事なのだろうかといった面持ちで集まると、曹操こと真名を華琳はゆっくりと口を開いた。
「この者達は恐れ多くも皇帝陛下の代理である天の御遣いを手にかけようとした不届き者達よ。私は皇帝陛下の命により密かに天の御遣いの身を守るためにこの者達に監視をつけていた」
華琳は公然と天の御遣いに対する暗殺未遂を知らせた。
無論、百花から直接命令を受けたわけではなく、詠からそれとなく知らされていた。
華琳としては一刀がくだらないことで命を落とすのは面白みにかけるとして詠の知らせを十分に活用していた。
そして一気に騒がしくなる陣内。
「私は大将軍でもある天の御遣いから全軍の指揮権を委ねられている。その権限をもってこの者達の刑を執り行うことにする」
事情を知ってざわめくばかりの諸将。
その一方で縄で縛られている男達は華琳の方に殺気がこもった視線を向けていた。
「あら、何か言いたいことがあるなら聞いてあげるわ」
「……」
「それとも言えない理由でもあるのかしら。たとえば張譲に命令されたとか」
宦官の長である張譲の名前が出ると三人の男の表情は一瞬、引き攣ったのを華琳は見逃さなかった。
「張譲じゃと?」
さすがの丁原も華琳に確認を求めるように顔を向けた。
「今更、隠し事などしても手遅れよ。そのために陛下は天の御遣いと董卓を重要な地位につけたのだから」
出陣前に百花が明言したことの真の意味を知ることになった丁原達。
まったくざわめきが収まらない中で華琳は一歩前に出ていく。
「まさかこんなに早く尻尾を出すなんて思いもしなかったわ。それともよほど焦っていたのかしら?」
男達を見下ろす華琳は手に愛用の絶を持った。
「命乞いなどをしてもいいわよ。もっともらしい言い訳が出来れば助けてあげなくもないわ。ただし、軍権を握っているのは私だということを忘れないで欲しいわね」
「小娘が……」
「あら、なにかしら?」
「小娘がいい気になりやがって」
「貴様とて宦官の孫娘だろうが」
男達は華琳に向かって罵声を浴びせ始めた。
「陛下もあのような男に軍の全権を与えるなどどうかしている」
「身分が高い我々が全軍を指揮をして当たり前のことなのに、貴様のような卑しき小娘に指揮権を与えるなど天の御遣いといえども、所詮軍事を知らぬ愚か者だ」
堰を切ったように批判を口にする三人の男達。
まるで無駄な抵抗をしているようにしか華琳には見えなかった。
そこまでなら冷笑で済ませるつもりだったが、次の一言でそれは一変した。
「それとも貴様は自分のその未熟な身体で天の御遣いを篭絡したんだろう」
嬉々してそう叫んだ男だったがそれを言い終わると同時に身体が転がるように地面に倒れていった。
赤く染まった絶を残った二人に向けた。
何が起こったのかすぐには理解できなかった二人だが、さっきまで罵声を浴びせていた男だった「もの」を見ると一転、命乞いを始めた。
「慈悲など必要あるのかしら?」
ここにもし一刀がいれば止めることが可能だったかもしれないが、今、この場を仕切っているのは華琳だった。
「私は天の御遣いから全権を委任されていると言ったはずよ。つまり貴方達の殺生与奪も私次第ということ」
さっきまでのざわめきが嘘のように静けさが広がっていく。
華琳は絶を軽く振って残りの二人の前にその刃を突きつけた。
「貴方達は三つの過ちを侵したわ。一つ、陛下よりも張譲を主としたこと。二つ、天の御遣いを狙ったこと。三つ、この曹孟徳を愚弄したこと」
言い終わると同時に残った二人も地面に倒れていった。
「さあ、まだ卑しい考えをしている者がいれば今後、どうするか無い知恵を絞って考えなさい」
そう言い終わると華琳は天幕の中に入っていく。
残された者達は目の前で起こった出来事に対処できずにいたが、楽進だけは配下に命じて亡骸を処分していった。
「恐ろしい娘じゃな」
丁原は華琳に対して恐怖よりもさらに深い何かを感じていた。
おそらくそれを感じた者は見渡す限り、丁原以外で誰もいなかった。
「丁原殿」
そこへやってきたのは彼女の軍で軍師を務めている陳宮だった。
「なんじゃ、お主にはちと惨い光景じゃぞ?」
「ねねはこれぐらいで怖気などしませんぞ」
「それは頼もしい。で、何かあったのか?」
見た目はどう見ても子供にしか見えない陳宮こと真名を音々音は丁原を見上げるように顔を上げた。
「恋殿はご無事でしょうか?」
「まぁ大丈夫じゃろう。恋が本気になれば万人が相手になろうとも負けることはあるまい」
音々音にとって恋は丁原以上に敬愛しており、今回の一件でも随分と不満をぶつけていた。
それだけに心配する度合いは丁原以上だった。
「まぁ恋と霞なら問題あるまい。それに天の加護もあるしの」
「ねねとしては天の加護よりも恋殿が無事で帰って来てくださる方が重要なのです」
「まったく、お主はほんに恋が好きなのじゃな」
呆れるほど恋のためなら何でもするといった音々音に丁原は苦笑いを浮かべていた。
恋と霞を一刀の嫁にするなど言えば問答無用で一刀に攻撃をするかもしれないなあと思ったため、そのことについてはあえて黙っていることにした。
それよりも一刀達が上手くいっているだろうか、その方が心配だった。
数日後。
一刀達は黄巾党に参加している者達から天和達の居所を聞きだして、彼女達が今、滞在している屋敷に向かっていた。
その途中、いくつかの村を見たがどこも酷い有様だった。
黄巾党に参加しなかった村などは特に荒らされており、誰もが怯えきっていた。
「なんで同じ民なのに参加しないというだけでこんな酷いことをするんだ」
一刀は怒りを抑えながら本当に苦しんでいる人達を見てそう口にする。
「こんなのは今の世の中ならどこにでも見られるで」
「そうなのか?」
「せや。ウチも恋も飢えで苦しんでいるところを拾われたんや」
「拾われたって丁原さんに?」
「せや」
霞も恋も両親などなく、空腹と戦う毎日を送っていた。
そのとき、二人はそれぞれ違う場所で丁原に拾われ実の娘のように育てられたことを話した。
「ウチはおかんに拾われ生きていく術を教えてもろた。でも、それでも時々、夢を見るんや」
「夢?」
「食べもんもなく飢えて苦しんでる夢や。あれはホンマ、冗談きついで」
歩きながら霞は自分が過去に経験したことが今になっても夢となって苦しめられていることを笑いながら話す。
「なぁ一刀は飢えたことある?」
「俺は……」
「ないやろ?それでも一刀は救おうしているんやろう?」
本当の苦しみを体験したことのない一刀に霞はなぜそこまでして見知らぬ者を救おうとしているのか聞きたかった。
「俺は霞や恋のように飢えたことも、住んでいるところを襲われたこともないから本当の恐怖はわからない。でも、それでも自分の知らないところで苦しんでいる人がいれば救ってあげたい」
この世界にやってきて、この国のことを知れば知るほど天の御遣いとして何ができるか考えていた一刀はその答えが正しいかどうかはわからなかった。
だが、何もしないよりも何かをした方がマシだと思ったため、こうして危険を冒してでも自分で世界を見る必要があった。
「詠には今回のことは無謀すぎるって怒られたけどな」
「まぁ怒るのは普通やで」
「それでも俺が無事にいけるように色々考えてくれたのは嬉しいけどね」
「そんだけ心配してるんやろうな」
百花や月、詠といった者達は一刀が無事に戻ってくることを願っていることを一刀もわかっていた。
「それはそうと、このまま会って話が通じると思う?」」
「そこなんだよな。話が通じるんだったら助かるんだけど、いきなり襲い掛かってこられたら困るよな」
たとえ素手であっても恋と霞なら問題はないだろうが、一刀は数でこられたらどうすることもできない。
話し合いによる解決などどれほど馬鹿げていようとも、一刀はその方法を変えるつもりはまったくなかった。
「なぁ、霞は上手くいくと思うか?」
「どうやろうな。ウチは難しい話は遠慮したいわ。それにウチらはあんたを守ることが役目やし」
「そりゃあそうだけど、一応聞いておきたいなあ」
「まぁ大丈夫ちゃう?」
「あっさりしてるよな?」
「だからいうたやろ。ウチには難しい話は遠慮したいって」
そう言って霞は前を見据えた。
一刀もそれ以上、聞くことなく前をみて進んでいく。
「せやけどどんなして会うつもりなんや?」
何人かから天和達がどこにいるか聞いてようやく本人達が滞在している屋敷の近くまでやってきたとき、霞が不意にそんなことを言い出した。
「正面から……なんてことしたらまずいよな」
話し合いをするまでは決めていてもどうやって会うのかまで考えていなかった一刀。
「あんた、ホンマに天の御遣いなんか?」
「一応ね……」
自分のうかつさに苦笑いを浮かべる一刀に霞は呆れるように息を漏らす。
「どないすんねん」
「どうする?」
「ウチが聞いてるんや」
「……助けて~しあえも~ん!」
そう言って男泣きをする一刀は霞に抱きつく。
「な、なにすんや!」
顔を赤くして一刀を引き離そうとする霞だが、しっかりと腰の辺りを抱きしめられており簡単には外れなかった。
「だってそこまで考えてなかったんだもん」
「だからってウチに抱きつく奴がおるかいな。はよう離れな陛下にありのままのこと報告するで?」
「そ、それは……止めてくれ」
百花に後ろめたさを感じたのか一刀は霞から離れて素直に謝った。
その姿を見て霞は、
(ホンマ、ようわからん男やけどおもろい奴やな)
などとさっきまで抱きつかれていたことに対して嫌な感じを受けなかった。
「ここまできて肝心なことを考えてないんはどうかと思うで?」
「反省しています……」
「せやかてこのまま戻ったら、間違いなくおかん達に締め上げられることは間違いないわな」
「……」
目前まで迫って逆に追い詰められているような気分になっていく一刀。
だからといって霞にも良い方法など思いつくはずが無かった。
と、そこへ恋が一刀の腕を引っ張ってきた。
「どうしたんだ、恋?」
「……あれ」
「うん?」
恋が指差した先を見ると大きな箱を荷台に乗せて屋敷に入っていく黄巾党の男の姿があった。
「あれがどうしたって?」
「……入る」
「へ?」
間抜けな声を漏らす一刀に恋は表情を変えることなくどこかへ歩いていく。
「恋?」
「はは~ん、なるほどな。恋にしては良い考えやな」
「霞まで……」
「あ~この屋敷に入る方法が思いついただけや。安心してや、あんたをきちんと張角達の前に連れていくから」
「物凄く不安に思うのは気のせいか?」
「男やったらそんな小さいこと気にしたらあかん」
カラカラと笑う霞に二人が何を考えているのかさっぱりわからない一刀は怪訝そうに屋敷の中に入っていく荷車を見送った。
(で、こうなるわけか……)
真っ暗な中で聖フランチェスカ学園の制服に着替えた一刀は恋と霞の武器と一緒に長方形の箱の中に入れられていた。
恋が発見して霞が理解した作戦は献上品作戦だった。
天和達は献上品などはどんなものでも受け取ると聞いたため、それらしく細工を施して屋敷の中に入るというものだった。
(だからってもう少しマシなのがなかったのか?)
霞が何処からともなく見つけてきた箱をとりあえず開けると人一人ぐらいは十分に入れる大きさだった。
「ちなみにこれ、葬儀に使うやつやで」
「は?」
「これしかなかったんや。男なら我慢しいや」
「ち、ちょっと!?」
葬儀に使うということはつまり棺桶であり、その中に無理やり入れさせられた一刀。
「あとはウチらの武器も入れとくから。あ、変なことはせんといてや」
「するかよ、そんなこと」
素早く突っ込む一刀に笑顔で蓋を閉めていく霞。
「……頑張る」
恋はそんな一刀に励ましているのかそれともただそう言っただけなのか判断に困る表情で言った。
そしてその作戦が成功したのか、献上品だというとあっさり屋敷の中に入ることができた。
「それにしても、なんちゅう数の献上品や」
霞から見れば屋敷のいたるところに献上品と思われる物が入っているであろう箱が置かれていた。
「これやと宦官とやっとることが変わらんのちゃうか?」
霞の声を聞きながら一刀は考えていた。
宦官と通じて今回の反乱を起こしたのならば、私腹を肥やし黄巾党に参加している者達に犠牲を強いるだけで本人達は遊んでいるだけの可能性もあるかもしれなかった。
もしそうならば許せるものではないが、そうと決め付けるにはまだ早かった。
「なぁもし張角らが貧しいもんのために立ち上がったんやなかったらどないするんや?」
私利私欲だけで反乱を起こしたとなると、仮に一刀自身が天和達を許せてもその犠牲になった者達は決して許すことなどない
そればかりか復讐が復讐をよんで収拾がつかなくなることにもなりかねなかった。
それでは何の為にここにきたのか、意味を見失ってしまう。
霞の言うことはある意味で一刀の考えの中で最悪な結末を迎えるようなものだった。
(なんとかしなくちゃな)
最悪の事態を回避するためにここにいる。
霞や恋を危険と隣り合わせにさせていることに対しても申し訳ない気持ちがあり、それに応えるためにも何が何でも話をする。
箱の中で頷く一刀が見えたわけではないが霞は薄っすらと笑みを浮かべていた。
「よしついたで」
荷台を止めて霞と恋は周囲を警戒しながら天和達が出てくるのを待った。
周りには同じように献上品を持ってきている黄巾党の男達が立っており、その数は霞と恋の十倍はいた。
そのため、念のためにいつでも動けるように体勢を整える霞と恋。
「――――――っ!」
「――――――」
女の子の声がゆっくりと近づいてきた。
いよいよ天和達と対面に一刀は気が引き締まっていく。
そして。
「今日もたくさん届いている♪」
一番に顔を出したのは地和だった。
それに続くように天和、最後に人和が顔を出したが前の二人は嬉しそうにしていた。
一方で人和はどことなく元気さが消えているように見えた。
「見てみて、この箱には綺麗な服が入っているよ」
「こっちは美味しそうな果実がたくさん♪」
「姉さん……」
自分達に献上されたものを嬉々して手にとっていく天和と地和。
「ほら人和もこっちにきなさいよ」
「これなんか人和ちゃんに似合うと思うよ」
どこまでも無邪気に喜ぶ二人に人和はため息しかできなかった。
だが一人だけ素っ気無い態度をとることもないと思い、霞と恋がいる方へ歩いていった。
「貴女達は何を持ってきたのですか?」
「天」
「天?」
何を言っているのかすぐには理解できなかった人和。
そんな彼女を顔を上げて見上げる霞の表情は笑っていた。
「天とは……?」
「そのままの意味や」
「どういうこと……」
言葉を続けようとするとその前に恋が立ち上がって箱を開ける。
「こ、これは……」
「や、やあ」
まさか箱の中に男が入っているとは思いもしなかった人和はハッとなり二人の姉の方を見たがこっちには気づいていなかった。
「貴女達は一体……」
「詳しいことはコレから聞いてや。ウチらはただの護衛やさかい」
コレ扱いされる一刀を見る人和。
白く輝いているように見えるその姿に人和は険しい表情になっていく。
と、天和と地和の方を振り向いた。
「姉さん、他の献上品は全部上げるからこれは私にくれるかしら?」
「それだけでいいの?」
「それって葬儀用の箱よ?いくらなんでもそんなので献上するなんて馬鹿じゃないの」
「文句をいうならもらうから、いい?」
天和も地和も目の前にある献上品の方がよいのかあっさりと了承をした。
「それではこれを私の部屋にもっていってくれますか?」
「お安い御用や」
「(コクッ)」
「それとじっくりと話しする必要もあるようですし」
小声でそう言うと背を向けて歩き出す。
「大丈夫……なのか?」
「知らん。まぁこっからはアンタ次第やってことや。頑張りや」
荷台から箱を恋と一緒に下ろして運んでいく霞はそう答えるだけだった。
「せやけど、さっきの子はあの二人とはなんか違う気がするんはなんでや?」
雰囲気からすれば姉妹、もしくはそれに近いものだったが、明らかに何かが違っているように思えてならない霞。
「まぁ話をするっていうだけでもましだよ。いきなり斬り合いになったらどうしようか困っていたよ」
「でもそうなるかも知れへんで」
「おいおい……」
冗談に聞こえないだけに一刀とすれば人和との話をきっかけに上手くいくことを願うしかなかった。
(あとがき)
ようやく一刀が天和達と接触です。
黄巾編もたぶん今回を含めてあと3~4回で完結すると思います。
今後どうなるかはまだわかりません。
さて話は変わりますがFDが出るようです。
雪蓮や冥琳が幸せになっていることを心から期待しております。
それまでに今作にも彼女達を早く出したいと思っています。
GWで書き溜めできればいいな~と思いつつ、頑張っていきますのでよろしくお願いいたします。
それでは次回もよろしくです。
Tweet |
|
|
162
|
16
|
追加するフォルダを選択
黄巾騒乱編もはや五話目です。
反乱の早期鎮圧のために一刀自身が描いた策を実行するために向った一刀達。
そしてそれを支援するように軍を動かす華琳。
いよいよ天和達との出会いです。
続きを表示