黄巾党の分隊との戦闘はさほど大きな被害は無かった。
雪蓮と祭の『部隊』の突貫により敵の『集団』は容易に押し負け、
まるでビリヤードのブレイクショットの如く散り散りになり始める。
しかし、既にその先に逃げ場など無かった。
雪蓮と祭の部隊の突貫を見送った直後、冥琳の指示により黄巾党分隊の包囲が開始されていたのである。
周囲を完全に包囲され、背後には自分達を駆逐し続ける存在。
蟻地獄の巣に放り込まれた蟻のように、
刻々と迫るタイムリミットをただただ待つのみであった。
そして悠々と本陣へと戻る雪蓮達を待ち構えていたのは、
その表情にひしひしと怒りを露わにする冥琳であった。
「雪蓮っ!」
「うわっ、怖っ!?」
その剣幕に押され、雪蓮は白夜の背中に隠れる。
「総大将自ら軍の先頭に立って突撃?項王の真似事でもしている積もりかしら?」
冥琳は眉間に皺を寄せ、睨みつけるように問う。
「御免なさい。・・・・でもさ、やっぱり兵士達には私の勇敢な姿を見せないといけないじゃない?」
「時と場合に寄るわよ。いくら強大とはいえ、黄巾党は所詮賊でしかない。そんな相手に勇敢ぶった所で、それはただの蛮勇でしかない。・・・・それくらい解るでしょう」
「・・・・はい、気をつけます」
流石に返す言葉もないのか、雪蓮は気まずそうに呟く。
「よろしい。じゃあ次からは私の指示に従って貰います。良いわね?」
「・・・・はぁ~い」
返す返事は渋々。
(これは間違いなく約束を守る気はありませんね・・・・)
「はぁ・・・・」
「む。何よ白夜、溜息なんか吐いちゃって」
「・・・・別に、何でもありませんよ」
完全に『仕方ないなぁ』という顔に雪蓮は何処か納得がいかないらしく、ぶぅと頬を膨らませる。
そんな二人を尻目に、
「穏。一隊を黄巾党の陣地に向かわせ、物資を確保しておけ。その他の部隊は蓮華様達との合流地点に向かう」
「は~い♪」
「黄蓋殿は部隊を纏め、被害の報告を。・・・・その報告の後、雪蓮を止められなかった言い訳をして戴きましょう」
「うぐっ・・・・解った。はぁ・・・・」
ジトっとした目での言葉に祭もまた顔を顰めさせる。
「どのような言い訳を聞かせて戴けるのか、楽しみにしておりますよ・・・・?」
その会話を耳にして、
(まさに『まな板の上の鯉』ですね・・・・)
白夜は呆れ混じりに苦笑を溢すのであった。
「ふぅ・・・・」
荒野の真ん中で、一つの人影が空を仰ぐ。
空の如き蒼の瞳。
踵にまで届きそうな長い髪は鮮やかな桜色。
その顔は美しさの中に何処か幼さを残す、そんな印象を受けた。
『少女』から『女性』へと変わり始めている、そうともとれるだろう。
「どうかされましたか?」
その傍らで尋ねるのは、やはり見目麗しい者であった。
切れ長の双眸は淡い紫に凛と輝き、
団子状に束ねられた僅かに色素の薄い黒髪は、長きに渡り潮風に揉まれた証。
纏う衣服は最小限。
それは、ただ『速さ』を求めた果ての姿。
「軟禁状態となって早二年。まさか袁術公認で出陣出来るようになるとは思いませんでしたね」
「そうね、袁術が馬鹿で良かったわ」
「御意」
「でも、愚かだったお陰で姉様と合流出来る。・・・・いよいよ孫呉独立に向けての戦いが始まるのね」
「はい。もう間もなく雪蓮様に合流出来るでしょう。・・・・そこからが正念場です」
「そうね。心して掛からないと」
その言葉と共に細められた碧眼に静かなる意志が灯り、
「御意。・・・・しかし蓮華様。肩に力が入り過ぎるのも良くはありませんよ?」
「え?・・・・そんな風に見える?」
しかしその諌めの言葉に瞳は和らぎ、見え隠れしていた年相応の幼さがふいに表に現れる。
「蓮華様の癖、とでも言うのでしょうか。立場がありますから気楽にとは言えませんが・・・・時には肩の力を抜くのも良い事かと」
「その言葉、肝に銘じておくわ。・・・・有難う、思春」
「はっ・・・・」
「姉様、お元気かしらね?」
「雪蓮様の事です。必ずやお元気でいらっしゃる事でしょう」
「・・・・冥琳に迷惑を掛けっ放しでしょうけどね」
言って、小さな溜息を一つ。
「その自由闊達さこそ、雪蓮様です」
そして答えは、僅かな笑みと敬意を込めて。
「ふふっ、そうね。でも・・・・確か天の御遣いとか言っている男を拾ったという話だったわね。そういうのは良くないと思うんだけど・・・・」
「御意。ただ周瑜殿や黄蓋殿もお許しになっているからには、何か事情があるのでしょう」
「そうね。・・・・ただ、私は私自身の目で見て、考えた事のみを信じる。その男がどういった人物なのか・・・・しっかり観察させて貰いましょう」
そう言って、再び意志の込められた瞳を前に向ける。
その先の地平線には、紅の牙門旗が立ち並んでいた。
孫呉軍本陣にて。
「後方に砂塵あり、ですー。どうやら蓮華様達がやって来たみたいですよぉ♪」
穏の言葉に背後に皆が目を向けると、牙門旗と共に兵達の影の塊に気づいた。
もっとも白夜はその行軍による足音と近づく気配によってだが。
「さすが蓮華様だ。蒼天中央に日輪が至る刻に、という合流時間をしっかりと守ってくれているな」
「そういう融通の効かなさが心配ではあるんだけどね・・・・」
「真面目な方なんですね」
「堅物、とも言えるわよ?」
雪蓮にしては珍しい呆れ混じりの言葉に、白夜はきょとんとなる。
「・・・・そうなんですか?」
「まぁ色々と言い方はあるじゃろうが、孫家の人間として頑張っておられる御方じゃよ」
「はぁ・・・・おや?」
感じた気配に、白夜はその方向へと顔を向ける。
皆がそれに釣られてそちらを見ると、迫る牙門旗は既に止まっており、三つの人影がこちらへと走り寄ってきていた。
やがてその人影の一つが徐々に本陣へと近づき、
「お姉様!今報告を聞きました!単騎で敵陣に突入するとはどういう事ですかっ!?」
本陣へ入るや否や雪蓮に詰め寄り捲し立てた。
「うわっ・・・・」
「貴女は孫家の家長にして呉の指導者!それが、こんな戦いで蛮勇を振りかざしてどうするのですか!?」
「ご、御免なさい・・・・」
勢いに押し負けたのか、雪蓮も少々狼狽気味である。
「少しはご自分の立場を考えて下さい・・・・貴女は我等にとって大切な大切な玉なのですから」
「はぁ~~い・・・・」
気の抜けた返事に少女は更に説教を続けている。
「・・・・あれが、孫権さんですか?」
ふと零れた白夜の質問に、まず傍らの藍里が答える。
「ええ、孫策様の妹さんであり、孫呉の後継者です」
「なるほど・・・・納得ですね」
「そういう側面もありますね。でも、私もまだ数える程しか会った事はありませんけど、器で言えば恐らく孫策様以上かもしれませんよ?」
「へぇ・・・・」
「英雄に相応しい器と能力を持っておられる。後は経験だけといった所かの」
「経験不足という点では北条、ある意味お前と同じだな」
「皆に愛されてる、素晴らしい御方ですよ♪」
「ああ言う事を仰るのはご自分の身分を弁え、且つそれを誇りに思っておられるからだろう。・・・・本当の蓮華様はお優しい方だぞ」
「そうですか・・・・」
白夜の呟いた言葉に、祭が呆れ混じりに問う。
「何じゃ、口説き落とす自信が無くなったとでも言うのか?」
「元々そんな自信ありませんよ・・・・まぁ、私なりにやってみますけどね」
「そうか。・・・・お、いらっしゃったぞ」
その祭の言葉の後、足音と共に気配が三つ、こちらに近づいて来るのを感じた。
その気配が白夜の前で止まり、一番前の一人が疑念混じりに訊いて来た。
「貴様が天の遣いと言われている男か」
「ええ、その通りです。まぁ、私自身にそんな自覚はありませんけどね」
「・・・・胡散臭いわね」
「同感ですね、私もそう思います」
白夜は何食わぬ顔で即答する。
そんな白夜が気に食わなかったのか、孫権は軽く嘲笑混じりに、
「ふんっ、最低限の礼儀も知らないなんて、育ちの悪さが良く解るわね」
「・・・・はい?」
その言葉に初めて、白夜の表情が強張った。
「ちょっと蓮華、言い過ぎよ。それに白夜は――――」
「お姉様は黙ってて下さい。人の話を聞く時は相手の目を見るものだ。そんな事も出来ないのでは、余程劣悪な環境で―――――」
――――――黙れ。
その一言で、その場を包んでいた空気が完全に一変した。
「な、何よ・・・・?」
蓮華は完全に気圧されていた。
思わず口調も『公』から『私』へと戻ってしまう程に。
軽い挑発の積もりだった。
この『天の御遣い』らしき優男は、先程から一度たりとも瞼を開こうとすらしない。
自分の言葉も全く意に介さず、平然と笑顔のまま。
疑わしい事この上無かった。
まるで『仮面』でもかぶっているかのようで。
そして、咄嗟の一言で僅かにそれが剥がれたような気がして。
その空いた『隙間』を広げてやれば、この男の本性を明かせるような気がして。
――――しかし、いざそうしてみれば
「訂正しろ」
優男が、豹変した。
纏う空気は重苦しく、
心臓を鷲掴みにされたかのように、
四肢に大蛇が絡みついたかのように、
まるで身体が動かない。
「「蓮華様っ!」」
異変に気付いた思春と明命が男に飛びかかる。
思春が水月を、明命が延髄を狙う。
武器は持たず、無手だったのは咄嗟の事だったからだろう。
二人の実力はよく知っていた。
だからこそ、次の出来事が信じられなかった。
その男は白い杖を投げ捨てると、
思春の水月を狙った拳を左手を裏拳気味に当てる事で左へと払い除けつつ、
一気に身体を沈める事で明命の延髄を狙った手刀を躱し、
払い除けた思春の腕を極めて大地に叩きつけ、
直ぐ様立ち上がると明命の胸倉を掴み、
またもや背負うように大地に叩きつけたのである。
二人は意識こそあるものの、叩きつけられた事で一時的に息がし辛くなったらしく、ゴホゴホと咳き込みながら立ち上がろうとしている。
そして悠然と立ち上がった男は真っ直ぐにこちらへ顔を向け、ゆっくりと近づいてくる。
一歩。
また一歩。
その足音が、やけに大きく聞こえて、
ズザッ
知らず知らず、後ずさっていた。
胸倉を掴まれ、思い切り引き寄せられて、
「訂正しろ」
「な、何を――――」
「訂正しろぉ!!」
思わず目を瞑ってしまう。
殴られる。そう思った。
しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。
恐る恐る目を開けてみると、
――――ぽたっ
「・・・・え」
男は、泣いていた。
「『僕』の事は・・・・どう思ってくれても構わない。見下そうが、蔑もうが、馬鹿にしようが一向に構わない」
瞼を開ける事無く、泣いていた。
「でも、『僕』を救ってくれたあの二人を・・・・『僕』に生きる事を教えてくれたあの二人を・・・・少しでも汚すような真似は、例え神だろうと許さない!!」
言葉で殴られているようだった。
身体中にズンと響いていた。
やがてその言葉が終わると、男は糸が切れたように倒れた。
穏や藍里がその男に直ぐ様駆け寄り、
祭が思春と明命に手を貸していた。
冥琳は周囲の兵士達を宥めていて、
そして、姉様が私に近づいてきた。
その表情に、静かな怒りを宿らせて。
「蓮華、ちょっと私の天幕まで来なさい。思春、明命、丁度いいからあなた達も。いいわね?」
私は、頷く事しか出来なかった。
(続)
後書きです、ハイ。
久し振りに短期間で更新出来ました。
今回のシーンはこのSSを書き始める前から考えていたシーンなので思いのほか早く筆が進みましたね。
さて、皆さまお待ちかねの蓮華、思春、明命の三人が初登場であります。
いや~、長かった・・・・
ちょっぴり身体がだるくて今日は結構ベッドの上で横になっていたのですが、ついさっきふと目が覚めてしまいましてね。
体長は大分回復していたし、全然眠くならなかったので、
『もうちょいで完成するし、書いちゃうか』という訳です。
さて、あまり長々と起きていると明日の講義に寝坊してしまいかねないのでここらでまた寝ますね。
あ、そうそう。
前回の作品にも追記しましたが、俺もツイッタ―を始めました。
https://twitter.com/gorio4649
執筆に行き詰ったり、現実逃避に使ったり、基本くだらない事ばかり書き込むと思いますが、良ければ覗いてやって下さいませ。
それでは、次の更新でお会いしましょう。
でわでわノシ
・・・・・・・・荒川UB最高!!
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