「マスター!? さっき、大学の講義のときに一緒にいた女の子、だれ!?」
カジュアルな服に身を包んだブラック・マジシャン・ガールの怒声に宮元小次郎は困った顔で頭の後ろをかいた。
「彼女とは、たまたま、講義で一緒になっただけの関係だよ?」
「うそ! だって、昼食のときも一緒に食べてたじゃない!?」
バンバンッと丸いちゃぶ台を叩かれ、小次郎は小声でいった。
「その前にここがどこだか、わかってる?」
「誤魔化さない!?」
また、ちゃぶ台をバンッと叩かれ、小次郎は大声を上げ怒鳴りだした。
「ここは大学の広場だ!?」
怒鳴り返す小次郎の態度に周りの目が冷たくなった。
「いやだわ~~……あんな可愛い精霊の女の子に逆切れしてる?」
「よく見たら、あの娘、ブラマジガールじゃないか!? なんで、あんな冴えない男と!?」
「くぅ~~……カジュアルなブラマジガールもマジ萌え!」
周りからの冷たい反応に小次郎は泣き出したくなる思いを抑え、四年前の出来事を思い出した。
それは高校に入学したての日、恋に部活にデュエルにと青春を謳歌しようと期待に胸を膨らませている日のことだった。
「ああ~~……ち、違うの!? 彼はただの友達!? 本気なのはあなただけだよ!?」
「……」
中学時代からの恋人だった女の子に裏切られ、浮気されていたことがわかった。
いや、正確には自分が浮気相手で、相手は大学でプロのライセンスも持つボクサーだった。
俺の女に手を出すなといわれ、顔を何度も殴り飛ばされ、ゴミのように捨てられると、小次郎は失意のどん底で気を失った。
信じていた彼女に裏切られた。
しかも、それだけでなく、男は小次郎が大切にしていた〝ブラック・マジシャン〟のカードを詫び料だといい、奪っていったのだ。
大切なものをいっぺんに二つも失い死ぬ思いを味わった小次郎はさまようまま、夜の街を出歩いていた。
「……」
ドンッ……
「キャッ……ちょっと、どこ見てある……」
小次郎に突き飛ばされた女性は彼の目を見てなにも言わず、そそくさと去っていった。
それだけ、今の小次郎の目は尋常でなく生きた心地のないものであった。
「……そこそこ? なんて顔をしている?」
「……?」
虚ろな目のまま声のかけられたほうを向くと、カードショップ屋と書かれた屋台の親父が愛嬌のある笑顔で手招きしていた。
「人生に絶望した青年におじさんからのプレゼントだ」
そっと裏向きに並べた二枚のカードを見て、男はニヤッと笑った。
「右手の復讐か、左手の未来かを差し上げよう?」
「……」
意味がわからず、言葉を詰まらせる小次郎に男は笑顔を絶やさないままいった。
「一枚は神のカードに匹敵するといわれる邪神のカードを贈呈。もぅ一枚は君の未来を支えてくれる運命のカードを……さぁ、どっちにする?」
グイッと差し出される二枚のカードを見て、小次郎は虚ろな目のまま首を横に振った。
「俺……金、ない……」
小次郎の言葉に男はニコッと笑い、いった。
「なら、ゲームをして勝てたら、どっちか一枚を贈呈しよう?」
「ゲーム?」
「そぅ。ゲームは単純。おじさんが指定した指以外動かず、このショップの中で正しい商品を取ること……さぁ、やってみるかい?」
「……」
からかわれてるのだと思い、また怒りがこみ上げ、背を向けると男の言葉が返ってきた。
「どっちか片方が精霊のカードだといったらどぅする?」
「……!?」
バッと振り返り、男は闇にいざなう悪魔のような顔で二枚のカードを見つめた。
「邪神のカードなら、君を裏切った人間達に復讐できる。未来のカードなら、君に希望を与えてくれる。最後のチャンスだ。どぅする……」
しばらく考えた後、小次郎は黒い感情に支配されるまま、ゲームに乗った。
「……やるだけなら、タダか?」
「承諾したね……じゃあ、動かす指を指定しよう。動かす指は君の左手の人差し指だ!」
「ッ……!?」
ここまで来て、小次郎は男のいってる意味がようやくわかった。
このショップで正しい商品とは、目の前の二枚のカードだ。
そして、小次郎はこのカードの中の一枚をもらえる。
人差し指でただ、一枚のカードを自分のところに手繰り寄せれば言いだけの話。
簡単な話だ。そして、邪神のカードが精霊なら、自分を裏切った彼女も自分から大切なものを奪った大学生からも、仕返しが出来る。でも……
「……」
「復讐したくないかい? 邪神のカードは強力無比。一度手にすれば、後は行動あるのみ。セキュリティーだって、君を止められない」
「……俺は」
彼女に中学の三年間、騙されていた。
それは確かに悔しくって、許せなかった。
自分の大切なカードを奪い、今はどぅしてるかわからない男に復讐したかった。
でも、その後、どぅすればいい。
なにか残るのか。スッキリした気持ちは残っても、今度は自分の大好きなデュエルモンスターズのカードを復讐の道具にした罪悪感が残る。
「俺は……」
引いたカードを見て、男はニヤッと笑った。
「左手の未来を選ぶんだね?」
「あ……?」
いつの間にか引いていたカードを見て、小次郎は驚いた。
「ブラック・……マジシャン・……ガール?」
カードから強い光が放たれ、〝ブラック・マジシャン・ガール〟のイラストから、精霊が飛び出し、抱きついてきた。
「マスター……これから、私が守ってあげる?」
優しく包み込むに抱きしめられ、ブラック・マジシャン・ガールは引かなかったカードを引いた。
「これはマスターに必要ないよ?」
「邪神……アバター?」
デュエルモンスターズ界最強といわれる幻の超レアカード。確かに精霊なら、セキュリティーでも手が出せない。でも……
「そっか。俺は復讐の鬼にならずに済んだんだ?」
ホッとしたのか、突然、めまいが起こり倒れだす小次郎にブラック・マジシャン・ガールは慌てて叫んだ。
「マスター!? しっかりして!? マスター!?」
「ふふ……悪魔には魂を売らないか? また、売れ残ったな、アバター?」
《私を手にするものはきっと、力が必要なときなのだろう。今は、めぐり合えた一人のデュエリストと精霊に祝福しよう?》
カードから響く優しくも強い〝邪神アバター〟の声にブラック・マジシャン・ガールは舌をベーと出し、いった。
「別にマスターなら、絶対に私を選んでくれるって思ったもん!」
《精霊の片想いほど、美しくも滑稽なものはない……幸せになれよ》
必殺技を撃ち放たれ、笑いながら去っていく男とアバターにブラック・マジシャン・ガールは小次郎を抱え、数日前のことを思い出した。
近隣で強い〝ブラック・マジシャン使い〟がいると聞いたブラック・マジシャン・ガールは興味本位で男のそばを離れ、小次郎の顔を見ることにした。
そこには笑顔で勝利を喜び、精霊でもないブラック・マジシャンのカードに語りかける少年がいた。
本当にデュエルモンスターズが大好きなのだとブラック・マジシャン・ガールは一瞬で心から、彼の人間性を理解し、気付いたら、彼だけを見つめ続ける日が続いていた。
そして、もちろん、彼女のことも見ていた。
彼女がいくつも男をキープしていたことはわかっていた。
でも、それを彼に伝える気にはなれなかった。
なんだか、汚い手を使って、彼を手に入れようとしてるみたいで嫌だったからだ。
「ごめんね……マスター?」
「あれから、四年か?」
「マスター?」
いまだに、自分からブラック・マジシャンを奪った男の足取りはわからなかった。
もしかしたら、もぅ、売り飛ばされてるのかもしれない。
それだけは阻止したいが、今は彼女が近くにいてくれるだけでいいかもしれない。
不完全な状態で強化された〝マジシャン師弟デッキ〟を見て、小次郎はクスッと笑った。
ブラック・マジシャン・ガールも宙をふわふわ浮きながら、小次郎の肩に腕を回し、抱きつきながら、そっと、いった。
「大丈夫だよ。絶対にカードは取り返せるから? そぅなったら、このデッキは最強だね?」
「そぅだな……それよりも、次の講義が始まる時間だ? 早く行かないと?」
「あ、マスター……講義なんか休んで一緒に遊ぼうよ?」
「そぅはいかないだろう……しっかり勉強して、将来の糧にしないとな?」
「え……?」
ニッコリ微笑まれ顔を真っ赤にするブラック・マジシャン・ガールに小次郎はハハッと笑い構内へと入っていった。
その様子を怪しい目で見る数人の男達の姿に小次郎もブラック・マジシャン・ガールも気付いていなかった。
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今回はブラマジガールが主役ですが、大して萌えないかも……この話し、少しだけ路線変更の伏線を張ってます。いつ頃、路線を変更するかは未定ですが、気長に待ってください。