No.135394

リリカルなのはstrikers if ―ティアナ・ランスターの闇― act.3

リリカルなのは のifモノ。ティアナを主人公に、strikersのラストから5年後のストーリー。ティアナが執務官の道に進まなかったとしたら? 放映当初の、他人を寄せ付けない彼女のまま成長したら? という仮定の下に妄想される話です。

 いよいよディスティアナがミッドチルダに帰ってくる。物語本格始動の回です。なのははティアナと再会できるのか? スバルはティアナと再会できるのか? 本編でご確認ください。

2010-04-09 23:25:21 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:14102   閲覧ユーザー数:12784

 時空管理局、第4技術部主任、マリエル=アテンザ。

 

 

 魔法組織の技術屋である彼女は、さまざまな部署で活躍し、伝説の機動六課にも出向経験がある。

 それゆえに出奔したティアナとも面識があり、彼女からの通信を受ける理由にもなった。

 5年間 音信不通であったティアナからの通信に、彼女もまた一様に驚きを隠せずにいたが、開口一番ティアナから発せられた問いが、彼女を更なる混乱に陥れた。

 

ティアナ「スカリエッティのデータの解析は、どれぐらい進んでいますか?」

 

 結論から言って、本局内におけるジェイル=スカリエッティの研究データ、通称J資料の研究解析は、ほぼ実用段階に至っていた。戦闘機人データを転用した、人体再生や魔力回路に関する治療技術も。

 この辺り、野に下りながら本局の内部事情を正確に看破したモグリ医者の観察眼に舌を巻かざるをえないが、ともかく救いの道は開けた。

 

 

 ティアナ=ランスターは、ほぼ5年ぶりに、二度と踏まぬと思っていた故郷の土を踏む。

 

 

   *

 

 

 数え切れないほど多くの足が、床を叩く。

 

 

 ミッドチルダ次元港。

 ここを通って中央世界ミッドチルダに入る者は、まず入国管理局の審査を受けなければいけない。

 ミッドチルダにおいて所持自体が犯罪となるものを隠し持っていないか、また入国する本人が指名手配犯ではないか。恐ろしい伝染病のキャリアではないか。ミッドチルダ国内の安全と平和を守るために、厳しいチェックが ここで行われる。

 

審査官「…と、いうワケですので、ご協力お願いします」

 

 いかにも入社二年目といった風の若々しい審査官が、営業スマイルを浮かべる。続いてマニュアルどおりに、提出されたパスポートに目を通し……。

 

審査官「ええと、入国者はティアナ=ランスターさん、新暦59年生まれ、ミッドチルダ西部エルセア出身……と。間違いありませんか?」

 

ティアナ「はい」

 

 ティアナは無機質に答える。

 

審査官「渡航歴は……、5年前に出国記録が一件と……。随分と本国を離れてらしたんですね? 今回のご旅行は、里帰りか何かですか?」

 

ティアナ「い、いえ……」

 

 それ以前に、ビザなしで どうして他国に五年間もいられたのか? とか気にするべきことはあるだろうに、大丈夫か この審査官。ティアナは元管理局員として この世界の危機管理意識が心配になってきたが、あえて黙っていた。指摘したら確実に面倒なことになるし。

 本来ならば、5年間の旅暮らしで世の中の酸いも甘いも噛み分けたティアナである。その気になれば、その筋から偽造パスポートを入手し、身分を偽って入国することもできるのだが、今回は それをしなかった。

 これからミッドチルダで会う人のことを考えれば、5年間旅行カバンの底に眠っていたパスポートを、引っ張り出さざるをえまい。

 

審査官「5年も帰っていないと、ミッドチルダも随分変わったってビックリなさいますよー。管理局もJS事件のときから体制も変わりましたし、よければ観光名所を記載したパンフレットなど お配りしますが……」

 

ティアナ「いえ、いーですから そーいうの。それより、入国審査はコレで全部ですか?」

 

審査官「あっ、いえ ですね、最後にデバイスの確認をさせていただきたいんですが……」

 

ティアナ「デバイスの?」

 

審査官「はい! 一応魔導師として登録されてある方には全員に義務づけられてますので……」

 

 こういうのがあるから面倒なんだよなあ…、とティアナは内心で顔を顰める。偽造パスポートで身分を一般人と偽称すれば こんな手間もなかったはずだが、そんなことを言っても後の祭りだ。

 

審査官「デバイスは、使いようによっては強力な武器にもなるものですので……、どうか ご理解を……」

 

 審査官の釈明に従い、机の上に置かれたものがあった。

 

 

 ゴトリ、と。

 

 

 ありえない質量感をもって禍々しき姿を現したソレに、若い審査官は絶句する。

審査官「これは……ッ?」

 

ティアナ「私のデバイスですが」

 

 机の上に置かれたのは、拳銃。

 しかもトンでもなく大きな拳銃。銃身は棍棒のように太く、こんな筒から吐き出される銃弾の破壊力は どれくらいだろうか? かつては銀色に光り輝いていた思われる その身は、細かい傷を いくつも浴びて くすみ、このデバイスが経験してきた戦闘の量と質をうかがわせる。まさに百戦錬磨。

 そんな、ハンドガンと括られる他の拳銃が すべてオモチャに見えてしまうようなハンドキャノンを目の当たりにし、平和な都市部に住む審査官は、生唾を飲んだ。

 

ティアナ「これが私のデバイスです、登録名は、ファントムレイザー」

 

 ファントムレイザー。

 非人格型のアームドデバイスで、機動六課にクロスミラージュを置き去りにしてきたティアナが代わりに振るってきた亡霊の刃だった。

 

審査官「あっ…、あの、通常待機モードで結構ですので、わざわざ展開していただかなくても……」

 

ティアナ「これが通常待機モードです」

 

審査官「えっ?」

 

 審査官は耳を疑った。

 通常 魔導師が愛用するデバイスであれば、ネックレスや髪飾り、ブレスレットなどの通常待機モードをもち、日常生活で支障をきたさぬよう工夫が凝らされているはずだ。

 

ティアナ「そういう機構はオミットしました。変形機能が少なければ それだけ複雑さも減り、耐久性や信頼性が増しますから」

 

 コレだけ物騒な外観をしながら、まだ実用性に拘っているというのか このデバイスは。

 審査官はタジタジになりながら、この奇妙なデバイスと入国者を交互に凝視した。

 

審査官「ざ…、残念ながら、このデバイスは所持入国を認められません。あまりに、武器そのものですから……」

 

ティアナ「護身用です」

 

 ダメ元で言ってみた。

 

審査官「しかし、護身用にしても あまりに物騒ですので……。ご理解してください、最近は国内でもテロ事件が多発して、不安が高まっていますので……」

 

ティアナ「テロ事件?」

 

審査官「ハイ、何と言いますか、“黄昏教団”とかいうカルト宗教が活発化しておりまして、そういう時節なので……、すみません、お願いしますッ!」

 

 

   *

 

 

 結局ファントムレイザーは、ティアナの手から取り上げてしまった。

 ティアナの滞在中は入国管理室にて厳重保管されるそうであり、出国する際か、もしくは強力なセキュリティクリアランスを取得して再申請しない限りはティアナの元へ戻ってこない。

 

ティアナ「(……ちょっと不安だけど、タバコを取り上げられるよりまだマシか)」

 

 ティアナは到着ゲートを出ると早速タバコに火をつける。…看板に、『港内 終日禁煙』と書いてあった。知らん。

 5年ぶりに戻った故郷で、最初にティアナを出迎えた景色は、小奇麗な次元港の床と天井と、それらを埋め尽くす人の群れだった。感慨もヘッタクレもない景色だったが、それで良いと思った。何かを思うために ここへ帰ってきたわけではない。

 

ティアナ「さーってと…、アレクタと ひなフェリは………、あ、いたいた!」

 

 到着ロビーを見回すと、先に入国審査を終えて待っていたアレクタを すぐに発見する。さすがに彼女と同行している赤い鳥は、人種の坩堝であるミッドチルダ港でも よく目立った。

 

アレクタ「……あ、お姉ちゃん」

 

“不死鳥の祝福の地”から ここまで移動してきたアレクタは、進んだ病状のために車椅子に乗り、目に優しい若草色のワンピースを着て、日よけの麦藁帽子を被っていた。

 

アレクタ「…お姉ちゃんの入国審査、随分かかったね?」

 

ティアナ「審査官からセクハラされてたのよ」

 

 さりげなく公務員の評判を落とすことに余念のないティアナ。

 合流したティアナとアレクタは、とりあえず次元港の出口を求めて歩き出す。アレクタの乗る車椅子をティアナが後ろから押し、ひなフェリは そんなティアナの肩に留まった。

 薄氷のように儚い少女と、それを保護する妖艶な美女の組み合わせは、人だらけの次元港でも ちょっとした注目を浴びるほどだ。

 

ティアナ「……アレクタ大丈夫? 疲れてない?」

 

アレクタ「んー、…ダイジョブ」

 

ティアナ「ゴメンね、こんな急な移動になっちゃったから、アレクタも戸惑ったでしょ? でも、ここならアンタのことを治せる お医者さんが いるから、もう少し我慢して?」

 

アレクタ「私、あの白いバイザーの お医者さんでも よかった……」

 

ティアナ「モグリ医者にも出来ないことは けっこーあるのよ。特に施設面ではね、アイツ貧乏だから……」

 

 二人が後にした“不死鳥の祝福の地”では、既に別れは済ませてあった。ティアナは、ちょうど新たな旅に出る頃合だったので、『アレクタを都会の病院に送り届けて、そのまま別の世界へ行く』と言っておいた。住人たちは一様に彼女との別れを惜しんでくれた。

 モグリ医者は元々ティアナが呼んだ部外者だったが、彼女なき後も残ることになった。異世界からやってきた医者の評判目当てにやってくる患者がひきもきらないらしい。

 

『もう少し落ち着くまで、ここを離れるとか言ったら殺されかねないテンションだヨ……』

 

 と弱り果てていたが、それでも無理して逃げ出さない辺り、口では悪ぶっていながら良い医者だとティアナは思う。

 などと物思いに ふけっていると、彼女の押す車椅子から か細い声。

 

アレクタ「お姉ちゃんて、やっぱり管理局の人だったんだね?」

 

ティアナ「え、どゆこと?」

 

 アレクタの探るような口調に、ティアナはドキリとする。

 

アレクタ「これから会いに行く お医者さんて、時空管理局の人なんでしょ? 前にも言ったけど、やっぱり お姉ちゃん管理局の捜査官だったんだ?」

 

ティアナ「元よ、も・と」

 

 ティアナは冗談めかして言った。

 

ティアナ「三千世界を渡り歩いた お姉ちゃんの職歴を舐めんじゃないわよ。王様から乞食まで、主だったものは一通り体験したわ!」

 

アレクタ「その中に、管理局員もあるってこと?」

 

ティアナ「イグザクトリィ」

 

アレクタ「お姉ちゃんが言うと冗談に聞こえない………」

 

ティアナ「正義のヒーローから悪の女幹部まで、一通り体験したわ!」

 

アレクタ「ホントに冗談に聞こえない…。でも、なら どうして辞めちゃったの、管理局員?」

 

ティアナ「練習がキツかったから」

 

アレクタ「そんな部活みたいな……」

 

 相変わらず口調は飄々として、重要なことは何一つ明かさないティアナだった。

 などと とりとめもないことを話しつつ、都心までメトロで行くかタクシーを捕まえるか悩んでいた矢先、ティアナの視線の先に見知った顔が映った。

 とても、とても懐かしい顔だった。

 

ティアナ「うそ、病院で待っててくれって言ったのに……」

 

 戸惑うティアナの下へ、その懐かしい顔は こちらを見つけて駆け寄ってくる、人影は二つ、一つはティアナが直接連絡を取った技術部のマリエル=アテンザだった。

 メガネをかけた、年齢に見合わぬ童顔が、5年経った今も変わらない。

 

マリエル「ティアナちゃん!」

 

 ガッシリとティアナの手を取るマリエル。その勢いに驚いて、彼女の肩の ひなフェリがバサバサと飛び上がる。

 

マリエル「ティアナちゃん、ティアナちゃん! ……あ~ッ、ホントにティアナちゃんだ、今まで何処に行ってたのよホントに!」

 

 と抱きすくめてくるマリエルに、ティアナは苦笑するばかりだった。

 5年に及ぶ不在、それが かつての仲間の心に、このような現れ方をしている。

 

ティアナ「ご無沙汰しています、マリーさん。………それから」

 

 ティアナは、マリエルに並んでいたもう一人の出迎えに目を向けた。ティアナが最初連絡を取ったのはマリエル一人だったが、彼女に付き添い、現れたのは……、

 

シャマル「……本当に、お久しぶりね、ティアナちゃん」

 

 元機動六課、医務官シャマル。

 本部長 八神はやての懐刀、守護騎士ヴォルゲンリッターの一人だった。六課時代は医療技者として仲間たちのサポートに当たり、ティアナもまた彼女から、健康面で大きく支えられてきた。

 彼女ともまた、顔を合わせるのは5年ぶりのティアナである。あの頃と変わらぬ清流のように爽やかな笑顔に、ティアナは大層バツの悪そうに応えた。

 

ティアナ「あの…、ご無沙汰しています、シャマル先生」

 

シャマル「いいえ、アナタは随分 大人っぽくなったわねティアナちゃん」

 

 旅の空ではミステリアス美女を演じきっていたティアナも、この二人の前では立つ瀬がない。

 

ティアナ「あ、あのマリーさん……?」

 

マリエル「だって、たしかに他の人にはティアナちゃんのこと言わないって約束だったけど。用件を考えたらシャマル先生には言わないわけはいかないでしょ?」

 

 マリエル技師はプンプンと抗弁する。

 

マリエル「たしかにJ資料の解析は私に お鉢が回ってきて、研究も沢山したけどさ。私は所詮 技術屋だから、研究成果を いざ人様に転用するとなったら、どうしても本職の お医者さんが必要になる。そして私が一番 信頼している医者って言ったら……」

 

ティアナ「シャマル先生、と…」

 

 二人の視線が、シャマルへと向かう。湖の騎士と呼ばれる この女性は、その仇名通りの深い微笑みを見せて、

 

シャマル「心配しないで、アナタのことは、はやてちゃんにもヴィータちゃんにも言ってないから。患者のプライベートを守るのが医者の義務だもの、その辺の公私はわきまえてるわ」

 

ティアナ「そ、そうですか……」

 

 聞いてティアナはホッと一息、どうやら最大のメンドくさい事態には ならずに済みそうだ。

 

シャマル「でも、個人の私としては、大空に向かって このことを叫びたい気分だけどね♪」

 

ティアナ「しゃ、シャマル先生ッ?」

 

シャマル「皆がアナタのこと、どれだけ心配したと思ってるの? アナタが無事だって一言聞くだけで、スバルちゃんも なのはさんも どれだけ喜ぶか………」

 

ティアナ「いえ、あの……」

 

シャマル「ミッドチルダまで来たんだから、二人には会っていくんでしょ? 会っていきなさい、ね♪ 私が『ティアナちゃん お帰りなさいパーティー』を開いてあげる、私が ご馳走 沢山作ってあげる!」

 

ティアナ「不安要素が多すぎる そのパーティー!」

 

 5年経って帰ってきても、ティアナは機動六課の先輩たちに 全然敵う気がしない。そうしてティアナが、相手のペースに巻き込まれてタジタジになっているところへ――、

 

アレクタ「周りの人の………」

 

 大人たちが一様に訝る、「へ?」「は?」「あら?」と。

 

アレクタ「………迷惑になってますよ、ここ、人通り多いから」

 

 車椅子に乗ったアレクタは、冷静に言う。

 たしかに ここは、次元港から都心へ移動するために沢山の人が行き来する道。こんなところに多人数が固まっていたら たしかに邪魔であろう。

 彼女に同意するかのように、ひなフェリもクエッと鳴いた。

 シャマルは、車椅子の少女を見下ろしてから、

 

シャマル「うーん、そうね、私ったらティアナ ちゃんに再会した喜びで すっかり公衆道徳を忘れていたわ。失敗、テヘ♪」

 

マリエル「とりあえず、車で来たから二人とも乗って、それで病院に直行しましょ?」

 

 出迎え組の二人は、すぐに気持ちを切り替えて、ティアナらを駐車場へ案内する。

 はて、私は もしやアレクタに助けられたのか? と首を捻るティアナに………、

 

アレクタ「ティアナ、って言うんだ、お姉ちゃん」

 

ティアナ「はい?」

 

アレクタ「あっちじゃ皆、お姉ちゃんを“クィーン”て呼んで、誰も本名知らなかったから……」

 

ティアナ「ま、そういう人もいたね、って話よ」

 

 淡々と車椅子を押すティアナ。ひなフェリが、人間どもの騒ぎも収まったと見えて、再びティアナの肩に留まった。

 

   *

 

 

 4人と1羽を乗せたスポーツタイプの車が、ハイウェイをぐんぐん進んでいく。

 運転しているのはシャマル、しかし車そのものの持ち主はマリエルの方らしく、出発の際「車庫入れは絶対 私にさせてくださいね、まだローン残ってるんですからね、ね!」と しつこく食い下がっていた。

 

ティアナ「しかし、次元港と都心がハイウェイで一直線とは、住みやすい世の中になりましたね」

 

シャマル「そりゃ5年も離れてりゃ そう思うのも当然だけど…、あ、ティアナちゃんタバコはやめてね?」

 

 シガレットケースを取り出したティアナを、シャマルが目ざとく止める。

 

シャマル「おととしぐらいに条例が改正されてね。外じゃ ほとんどタバコはダメになってるわよ?」

 

ティアナ「うう、住みにくい世の中になった……」

 

 ティアナが断腸の思いでシガレットケースを仕舞う。

 そして、出迎え二人の気遣いは、もう一人の来訪者へ…。

 

マリエル「えっと、アレクタちゃんだっけ? ミッドチルダは初めて? 高層ビルとかスゴイでしょ?」

 

アレクタ「……いえ、私 元々ここ出身ですから、戻ってきたのは7年ぐらいぶりです」

 

 アレクタが、子供とは思えない しっかりした受け答えをする。

 

ティアナ「え? そうなの?」

 

アレクタ「そういえば お姉ちゃんにも言ってなかった……」

 

 そんな来訪者二人の やりとりに、出迎え組の二人は 戸惑いつつ……。

 

シャマル「あの……、差し支えなければだけど、二人はどのような関係…?」

 

ティアナ「シャマル先生、なんです その男女の仲を勘ぐるような言い方……」

 

シャマル「だんじょッ? いえ、そういうことじゃないのよ? 私が言いたいのは……ッ!」

 

マリエル「シャマル先生、とりあえず運転に集中してください!」

 

 動揺でハンドルさばきが怪しくなるシャマルに、助手席のマリエルは肝を冷やす。

 そこへ、

 

アレクタ「もう、ダメでしょ、お姉ちゃん。また そうやって煙に巻いて……」

 

 咎めるように少女が言うのだった。

 

アレクタ「あの、シャマル先生に、マリーさん、ですよね? 私とお姉ちゃんは、出会ったのが一ヶ月ぐらい前で、その時は元々 敵同士だったんです」

 

マリエル「敵同士…?」

 

 いきなり出てきた物騒な単語に、マリエルらは眉を潜めた。

 

 

アレクタ「私は、元“黄昏教団”のメンバーです」

 

 

ティアナ「―――アレクタッ?」

 

 ティアナの声に、これまでにない切迫さが帯びる。

 シャマルもマリエルも、バックミラー越しに、この儚げな少女を当惑の思いで見詰めた。

 

マリエル「黄昏教団って、あのテロ組織の…ッ?」

 

ティアナ「アレクタッ、アンタそんなこと わざわざ言わなくても…ッ!」

 

 ティアナが咎めるような視線をアレクタに向ける、しかし少女は、少女とは思えないほど決然と、首を左右に振った。

 

アレクタ「いいの、お姉ちゃん。この人たちは、私の命を救ってくれようとしてるんでしょ? なら この人たちには すべて話しておくべきだと思うの。隠し事をしたまま、助けてもらうわけにはいかない……」

 

 後部席に留まっている赤い鳥が、クアッと鳴いた。

 フェリックスも認めている、これではティアナも引き下がる他なかった。

 

アレクタ「シャマルさん、マリーさん、聞いてください………」

 

 少女は言った。これは、私が不死鳥に出会って、悪魔に出会って、そして正義のヒーローに出会った話です、と。

 

   *

 

 

 少女の両親は、幻獣フェリックスに殺された。

 だからアレクタにとってフェリックスは、恨んでも恨みきれない仇敵だった。

 少女の両親は、双方共に高名な自然学者で、様々な世界を飛び回り、自然の移り変わりや動植物を研究することを生業としていた。その娘であるアレクタが生まれてからは、彼女も旅に加わった。幼いアレクタにとって両親に連れられていく世界たちは、雄大で、豪快で、想像もできないほどの驚きを提供してくれる夢の世界だった。

 その途上で、両親は死んだ。

 二人の死地は、第156管理外異世界、現地名“不死鳥の祝福の地”。

 フィールドワーク中、突然の火山噴火で起きた火砕流に巻き込まれて死亡。生き残ったのはアレクタ一人だった。

 現地の人々はそれを『フェリックスの怒りだ』と言った。

 しきたりを守らず、聖地に土足で踏み入った余所者に、不死鳥が神の裁きを下したのだと言った。

 だから生き残ったアレクタは、フェリックスを大いに恨んだ。両親が死んだのも、そんな両親と折り合いの悪かった叔父夫婦に自分が預けられ、厄介者扱いされるのも、すべて神気取りの幻獣のせいだと、年齢と共に、恨みを重ねた。

 

アレクタ「それが、私と不死鳥との出会い。…そして次に出会ったのが悪魔でした」

 

 ある日、少女の親権が叔父夫婦から、別の者に移った。

 新しい保護者は おかしな服を着て、集団でアレクタを叔父の家から連れ出し、アレクタに こう囁いた。

 

 ―――我々が、キミの敵討ちを手伝ってあげようと。

 

 アレクタを引き取った人々は、どうやら何かの宗教組織のようだった。

 彼らは、幻獣が神を名乗るとは おこがましいと憤慨し、幻獣フェリックスを口汚く罵った。それが当時のアレクタの耳には、それはそれは甘く響いた。

 アレクタは、教団の勧めに従って自分の体を改造し、生まれつきもっていたという幻獣との感応適正を さらに強化した。

 そして満を持しての復讐は開始された。

 教団の者たちは、異教徒征伐の騎士と称して、アレクタは教団の巫女として、“不死鳥の祝福の地”に乗り込んだ。

 もう後戻りはできないと思った。

 自分のすべてが、復讐に塗りつぶされる感覚を、少女は覚えた。

 

アレクタ「そして、最後に出会ったのが、正義のヒーロー……」

 

 おかしいと思ったのは、いつからだろうか?

 教団の者たちが、フェリックス信仰とはまったく関係ない街にまで襲撃をかけたときか? 教団の者が、サバンナの保護動物を虐殺し、その毛皮や角を本部へ送り出してからか? 教団の幹部がアレクタを指して『不死鳥のリモコン』と言ったのを盗み聞きしてからか?

 復讐心に迷いが生ずる最中、現れたのは、亡霊の刃を携えた戦士だった。

 その女性は、驚異的な強さで教団の尖兵を打ち倒していった。精妙な魔法技術で、無敵と呼ばれた教団幹部を撃破した。

 ついに邂逅し、復讐をなさんとしたアレクタと完全体フェリックスとの対決に乱入したのも彼女だった。

 

 

―――ティアナ『頭を冷やせコノヤロウッ!』

 

 と。

 

 

   *

 

 

アレクタ「一番 頭が冷えてないのは この人だって、何故か思っちゃいました」

 

 アレクタは、どこかおかしげに当時を語る。

 その隣でティアナは気恥ずかしさで顔を覆っていた。

 

アレクタ「すべては私の誤解だったんです」

 

シャマル「誤解って……?」

 

 シャマルがハンドルを握ったまま、話に食い入る。

 

アレクタ「フェリは、お父さんや お母さんの仇じゃなかった。むしろ命の恩人だった。あの時、火山噴火が起きたのは まったくの偶然で、両親が死んだのに、私だけ生き残ったのは、実はフェリが助けてくれたからだって…」

 

 後部席で、赤い鳥が寂しげに鳴く。

 それは、少女と不死鳥がラインを繋げ合わせたことで判明した事実。地脈のすべてを司る偉大な幻獣は、情け深く、賢い人々を救おうとした。

 しかし助けられたのは少女一人。

 その両親まで救うことはできなかった。

 ごめんよ、ごめんよ、という声がラインを通じてアレクタに入ってくる。まったく予想していなかった悲壮な声。アレクタは、そのとき鬱積したもの すべてが崩壊し、裏返った。

 

アレクタ「その間、ずっと私を守ってくれたのが、お姉ちゃん」

 

 アレクタの復讐心に影響され、暴走したフェリックスに正面から立ち向かい、奇跡の善戦を演じたのもティアナ。

 その暴走で起こった火山噴火に、アレクタを抱えてマグマから逃げ切ったのもティアナ。

 信じていた復讐心が崩壊し、自暴自棄になったアレクタを叱咤したのもティアナだった。

 

アレクタ「あのとき お姉ちゃんは言いました。『アンタが親御さんをおいて生き残ったんなら、親御さんのためにも生きなきゃダメだろ! フェリックスがアンタを助けたんなら、フェリックスのために生きなきゃダメだろ!』って」

 ティアナは、いつも自分のことをダメ人間だと言って、実際その通りの生活をしている。だらしないし、ヘビースモーカーだし、宿無しだ。

 

アレクタ「でも私にとって お姉ちゃんは、やっぱり正義のヒーローなんです。颯爽と現れて、強くて、謎だらけで、昔 出てきたヒーローそのものでしょう? だから私は、そんなカッコいい お姉ちゃんが大好き」

 

 一方そのヒーローは、後部座席でテレ死にしていた。両手で顔を覆い、ひなフェリがクチバシでつついてもピクリともしない。

 

マリエル「……だってよ、ヒーローさん?」

 

シャマル「ティアナちゃんたら、外でも立派に活躍してたのね。スバルちゃん辺りが聞いたら大喜びしそうな お話だわ♪」

 

ティアナ「殺せ! いっそ殺せよ!」

 

 ヒーローは乱心した。

 

 

   *

 

 

シャマル「……賢い子ね、アレクタちゃんて」

 

 病院に到着し、検査が完了してからシャマルは感想めいたことを言った。

 ミッドチルダ医界初の試みとなるリンカーコアへの直接医療措置である。これまで肉体を介した投薬治療ぐらいしか手段のない この分野への革新行為に、検査は念入りなまでに繰り返され、気付けば すっかり日も暮れていた。

 

シャマル「アレクタちゃんは、空気を読んで わかってたようね。大好きな お姉ちゃんが、私たちから責められてるって。だから あんな話をしてティアナちゃんのことを弁護したんだわ。おかげでティアナちゃんを叱れなくなっちゃった」

 

 そのティアナは今、シャマルの眼前でタバコをふかしていた。場所は屋上、病院の敷地内では ここ以外に喫煙できる場所がなかったからだ。

 都会の地上光に荒らされた薄っぺらい夜空に、月だけが力強く輝いていた。

 

ティアナ「…………アレクタ、どうなります?」

 

 ティアナは煙を吐いた。アレクタを死の淵から救いたい、そのために彼女は古巣に戻ってきたのだ。

 

シャマル「…検査の結果だけど、思った以上に いいわ」

 

 ティアナのが紫煙と共に、安堵の溜息を吐き出す。

 

シャマル「たしかにアレは民間レベルじゃ どうしようもない状態だけど。本局技術部と医療部が合同で開発した新療法を施術すれば、かなりの希望がもてるわ。そもそも症状の原因であるフェリックスさんが彼女を助けたがっているんだもん。フェリックスさんの協力を得られれば、当初の見込みより 遙かに高い安定性で施術に望めると思う」

 

ティアナ「…ありがとうございます」

 

 ティアナは本心から そう言った。

 

ティアナ「でも、本当によかったんですか? その技術、スカリエッティのデータを元に試行錯誤を繰り返して、やっと実用化できた技術なんでしょう? それを世間への発表前に部外者に使用してしまって……。それに治療費だって……」

 

シャマル「正義のヒーローは そんなこと気にしないの♪」

 

 ティアナは押し黙った。

 

シャマル「まあ、たしかに発表前に試験運用――、悪く言えば人体実験だってことは否定できないけど……。私、それとは抜きに あの子を助けたいの、あの子、昔の はやてちゃんに似ているから」

 

ティアナ「はやて部隊長に?」

 

シャマル「はやてちゃんもね、昔 死病に侵されてたの。あの子と同じ、魔力回路への侵食症状」

 

 そこでティアナは、初めて『闇の書事件』の全容を聞くことになる。八神はやてと その騎士たちが、深く魔法に関わる きっかけの事件に。

 

シャマル「内容が内容だけに、大っぴらに触れ回れないしね」

 

 シャマルは舌を出して笑った。

 

シャマル「はやてちゃんを救うために初代リーンフォースは、みずからの消滅を選んだわ。私たち四騎士も、主のためとはいえ随分暴力的なことをやった。あの時は それしか方法がなかった。………でも、もし あのとき、今完成した魔力回路を治療できる技術があったら、もっと円満な方法で はやてちゃんを救えたかもしれない、初代リーンフォースを死なせなくてよかったかもしれない」

 

 そう思うと。

 

シャマル「今目の前にいるアレクタちゃんは、絶対に救おうって思えるの」

 

 力に満ちた笑みを浮かべるシャマルを見て、ティアナは思った、私の周りには、いい医者が多いわね、と。

シャマル「新療法で、アレクタちゃんの魔力回路を多少イジるわ。それで、アレクタちゃんの体内で一方向へ向いているフェリックスさんの魔力を、上手く循環するように整え直す。それで問題は解決するはずだわ。私を信じて」

 

ティアナ「アナタを信じます、シャマル先生」

 

 ティアナは深々と、ティアナへ頭を下げた。

 

シャマル「それで、次の問題はアナタよねティアナちゃん?」

 

ティアナ「?」

 

 下げた頭をすぐ立てる。

 

シャマル「さっきはアレクタちゃんの機転で あれ以上追求できなかったけど、でも私は機動六課の一員として、かつてのアナタの仲間として、どうしても聞かなきゃならないわ」

 

 

 どうして機動六課を去ったのか?

 

 

 誰にも言わず、何も言わず、忽然と逃げるように。

 あのとき誰もが その事実を理解できなかった。ティアナの上司である はやても、ティアナの教師である なのはも、ティアナの親友であるスバルも。

 彼女は執務官になるつもりではなかったのか? 長年の夢を掴むために進むのではなかったのか? 自分たちは彼女の仲間ではなかったのか?

 

シャマル「アナタの失踪で、すべてが否定された気分になったわ。特にスバルちゃんと なのはさんが酷かった、二人とも ティアナちゃんが ああなったのは自分のせいだって自分を責めて……」

 

 他者から聞く、自分が消え去った後の惨状、それをティアナは暗い目で聞いていた。アレクタがヒーローだと憧れるティアナとは、まるで別人のような目の色で。

 

シャマル「スバルちゃんは、アナタのことを友だちだって思ってるわ。あの子はね、今でもアナタを探すのを やめてないのよ。ハードな特別救助隊の激務を縫って、噂だけを頼りに アナタのいそうな場所へ飛び込んで……。なのはさんだって、アナタのことを高く評価してた。アナタに指揮官訓練を受けさせようとしたのは、スバルちゃんよりアナタの方を自分の後継者にしたいからって………!」

 

ティアナ「そういう押し付けがましさがイヤで……」

 

 紫煙を夜空に吐く。

 

ティアナ「…飛び出したんですよ、私は」

 

シャマル「それ、本気で言っているの?」

 

 シャマルが不快げに問いかける。

 煙は ただ上へ向けて昇っていく、そこしか居場所がないとでも言うかのように。

 

ティアナ「皆は勘違いしているみたいですけどね、私は凡人なんです。なのはさんやフェイトさんみたいな天才とは違うんですよ」

 

 彼女は言った。

 新人フォワードの四人の中で、誰が一番ポテンシャルが低いかといえば間違いなく自分だった。

 戦闘機人として生み出されただけに、先天的な戦闘資質もつスバル。

 生まれながらに魔力変換資質をもつエリオ。

 古の真竜を召還する資格をもつキャロ。

 その中で何も持っていないのは自分だけ、資質も、魔力も、十人並みしかない自分に、天才の集まりである機動六課は あまりにも居心地が悪すぎる。

 元々自分はスバルの おまけで機動六課に入ったようなものだ。

 これ以上この天才の群れの中にいて、自分のアラが見え出すのはイヤだった。だから その前に逃げよう、他人から烙印を押される前に、自分でドロップアウトしよう。

 

ティアナ「それが全部です、負け犬が尻尾を巻いて逃げた、それだけです」

 

シャマル「それならそれで、何故何も言わずに逃げたの? なのはさんでもスバルちゃんでも、誰でもいいから一言相談してくれれば………」

 

ティアナ「相談したら、優しいアナタたちは きっと傘にかかって説得してきたでしょう? 自信をもてとか、甘えたことを言うなとか……」

 

 またタバコを口に運ぶ。

 

ティアナ「……それすら面倒だったんですよ、当時の私には」

 

 シャマルの顔に、失望にも似た疲れの色が浮かんでいた。

 神が どれだけ言葉を尽くしても、地獄へ向かう者を諭すことはできない。そんな心持ちだった。

 

シャマル「ティアナちゃん……、アナタは、これから どうするつもりなの?」

 

ティアナ「アレクタの術後の経過を見てから、頃合を計って また旅に出ます。アレクタの身の振り方は、シャマル先生、アナタに お願いしていいですか?」

 

シャマル「アレクタちゃんには何も言わないで去るつもりなの? ちょっと無責任じゃ………」

 

ティアナ「古馴染みから、キミは助けたら助けっぱなしだネって言われましたよ…」

 

 ティアナは苦笑する。

 シャマルは溜息をつき、もう話すことはないとばかりに屋上を後にする。

 

シャマル「ティアナちゃん、アナタはさっき、私のことを信じてくれるって言ったわよね?」

 

 それは最後の希望の言葉だった。

 

シャマル「私もアナタのことを信じているわ。ここにいる間、なのはさんかスバルちゃんに連絡を取りたかったら、いつでも言って」

 

 そして、闇夜の屋上に、ティアナは一人になった。

 気付けばタバコはフィルタだけになっていた。くたびれた気分で新しいタバコに火をつけた。

 

 

   *

 

 

 本当の きっかけはなんだっただろうか?

 墓参りだったか。

 機動六課の訓練に忙殺される昔の日々、その最中の休日に、16歳のティアナは墓参りに行った。

 兄の墓に。

 自分が憧れた兄、自分が執務官を目指す きっかけとなった兄。

 ティアナは墓前に黙祷し、執務官補佐試験に合格したことを伝えた。兄が果たせなかった志半の夢に、今自分は近付いている。希望に満ちた心で 兄に報告した。兄さんの夢に、私は また一歩近付きましたと。

 そのとき、若き日のティアナは ハタと気付いた。

 自分は何のために執務官を目指したのだろう? と。

 兄のため。

 兄のためだ。

 任務中に殉職した兄の無念を晴らすため、あんな事故さえなければ、兄は ちゃんと執務官になれるんだぞ、と、それを妹である自分が証明するために自分は執務官を目指した。

 そして今自分は何になろうとしている?

 執務官だ。

 でも、執務官になったとして証明できるのは自分の力だ。

 兄の力ではない。

 そう思ってティアナは愕然とした。

 兄の墓の前で愕然とした。

 

 

 

 執務官は兄の夢であって、自分の夢ではない。

 

 

 

 自分が執務官になっても、兄の夢が叶うのではない。

 では何故 自分は執務官になるのか。

 兄の望みを叶えるために?

 違う、兄は自分が執務官になりたかったのであって、妹を執務官にしたかったのじゃない。

 では誰の望みだ?

 はやてか?

 なのはか?

 スバルか?

 そうだ、あの人たちは自分の進路のためなら喜んで手を貸してくれる。

 あの人たちの望みのためなら がんばれる。

 そうだ、がんばろう!

 あの人たちのために がんばろう!

 ……………………………。

 ……………………………。

 ……………………………。

 …………………………………………でも待て。

 

 

 

 

 じゃあ、私自身の。ティアナ=ランスターの望みは どこにあるんだ?

 

 

 

 

   *

 

 

ティアナ「変なトコに気づいちゃったよなぁ、昔の私」

 

 昔を思い出し、21歳のティアナは紫煙を夜空に吐いた。まったく苦い、若さの味がした。

 

ティアナ「ホントに青臭かったよなぁ、当時の私」

 

 自分が何を望んでいるのか わからない。

 そんな自分のパラドクスに気づき、何をしていいのかわからなくなって、機動六課から逃げ去ったティアナ。思い出すだけでも火が出るほど恥ずかしい。若かったのだ あの頃は、本当に そう思うティアナだった。

 

ティアナ「私が望む、私か……」

 

 旅を続けていれば それが見えてくる、そう思っていた時期もあった。

 そうして兄が望む自分を捨て、師が望む自分を捨て、親友が望む自分を捨て、何もかも捨てて今、誰も望まなかったティアナがいる。

 アルコールとタバコにまみれ、そのクセ妖艶なまでに美しい21歳のティアナ=ランスター。

 見上げれば丸い月。

 

 あの月は、誰に望まれて あんなに丸くなったのか?

 あの月は、誰に望まれて あんなにも美しいのか?

 

 問うのもバカらしくなって、代わりにタバコの煙を 月に吐いた。

 

 

        to be continued


 
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