〝反董卓連合・弐〟
出発の準備が完了し、平原を出たのが一週間前。
俺達はようやく、反董卓連合との合流地点に到着した。
「うおぉぉ~・・・壮大だなぁ、こりゃ」
陣地の中は至る所に天幕が張られ、その周辺には諸侯の旗がところ狭しと並び、色とりどりの軍装に
身を固めた兵士たちがあちらこちらにたむろしていた。
「ほわ~・・・たくさんの兵隊さんたちがいるねぇ~」
「さすが諸侯連合・・・といったところでしょうか。こうやって一同に会すると壮観ですね」
「ふむ・・・陣地中央の大天幕の位置になびく旗が、河北の雄、袁紹の旗か」
「その横に荊州・南陽の太守にして、袁紹の従妹にあたる袁術の旗・・・」
「曹操お姉ちゃんの旗もあるのだ!」
「その奥には・・・江東の麒麟児、孫策さんの旗もみえますね」
「西涼の馬謄さんや官軍に所属していた方の旗も、いくつか見受けられますね」
俺は辺りを見渡しながら思っていた。
(改めて思ったけど俺、凄いところにきたんだな・・・)、と。
「あ!あっちにあるのは白連ちゃんの旗だー!」
白連って確か桃香達が世話になった公孫賛のことだよな。
「まさに諸侯の集う武の競演って感じだな・・・」
心の中に沸き立つ、子供じみたワクワク感。
英雄たちと同じ場所に立っているんだと考えると、ドキドキしてしまう。
「なんか・・・ドキドキしたりワクワクしたり、落ち着かなくなるな~」
そう言うと愛紗が微笑みながら、
「ふふっ、子供のようですね、ご主人様」
と言ってきた。
「お兄ちゃんってばまだまだガキなのだ」
り、鈴々に言われてしまった・・・。
「でもご主人様の気持ちもわかるなぁ。いつも噂でしか聞いたことが無い人たちに逢えるんだもん
このワクワク感は異常だよね」
や、桃香も英雄の一人なんだけどって言おうとしたがやめた。
本人には悪いがとても英雄に見えませんです。
「しかしワクワクしてばかりも居られますまい・・・曹操に孫策。いずれも侮りがたい英傑。
そして袁紹も袁術も、本人の能力は凡庸なれど、その財力、兵力は脅威の一言。
そして尤も心配なのは・・・」
ぼ、凡庸・・・そうなのか?。袁家、二人揃って凡庸なのか。
「・・・伯珪殿の人の良さです。諸侯に付けいられる様なことが無いと良いのですが・・・。
ああ・・・心配だ心配だ・・・」
「私たちは白連ちゃんに恩があるんだから、何かあったら絶対助けようね!」
その言葉にみんなが返事する中、俺は、
(・・・公孫賛ってどんな人?)
と考えていた。すると、向こうから金色の鎧を着た兵士がやってきて、
「長の行軍、お疲れ様でございました!貴殿の名前と兵数をお聞かせ下さいますでしょうか!」
筆記用具を持ちながら聞いてきた。・・・兵士でこの装備ってどんだけ~!ゴールドアーマーだ!
「平原の相、劉備です。兵を率いてただいま参陣しましたー。連合軍の大将さんへ、取り次ぎをお願いできますか?」
「はっ!しかし恐れながら現在、連合軍の総大将は決まっておらぬのです・・・」
「なに?総大将がまだ決まってないだと?」
「ということは、この場所に駐屯し、いったい何をしているのだ?」
みんなが思ったであろう疑問を星が代表して兵士に聞いたとき、
「総大将を決める軍儀をしているのさ」
俺たちの背後から、聞き慣れない声が飛んできた。
「白連ちゃん!」
桃香が名前を呼びながら振り返る。
この人が・・・公孫賛か。
「よ、桃香。久しぶりだなぁ」
「お久しぶりだねー♪元気だった?」
「お蔭で、無病息災さ。・・・星も久しぶりだな。元気にしていたか?」
「ええ。あれからあちこち放浪し、今は桃香様、一刀様の下にお仕えしております。・・・伯珪殿も
お元気そうで何よりですな」
「ま、おまえが抜けたあとの穴を埋めるのは大変だったけどな」
「おお。厭味を言われるなどと、伯珪殿も成長されたようですなぁ」
「ほざくな、バカ」
口ではきつく言いつつも、微笑を浮かべて星と話す姿に、二人の間にある友情が見える。
「ところで、その男が桃香たちの言っていた北郷一刀か?」
星との話に一段落ついたころに、俺のほうに向いてきた。
「そうだよ♪私たちのご主人様で、天の御遣いの北郷一刀さん」
「ふーん・・・」
紹介された俺は公孫賛にジロジロと見られていた。
「な、なに・・・?」
「本当に天の御遣いなのか?なんかそれっぽくないなぁと思って」
「そんなことないよ。私には見えてるもん。ご主人様の背後に光り輝く後光が!」
ご、後光・・・そんなこと言われたの初めてだよ。
「・・・ま、まぁ後光があるか無いかは別にして、桃香たちと行動を共にしている北郷一刀だ
宜しく、公孫賛さん」
そう言って手を前に差し出す。
「そうか。桃香が真名を許しているのは聞いてるし、黄巾の乱の時の活躍も噂で聞いている。
一角の人物なのだろう。・・・ならば私のことも白連でいい。友の友なら、私にとっても友だからな」
屈託なくそう言って、公孫賛・・・いや、白連は爽やかな笑顔で手を重ねてくれた。・・・いい人だぁ。
挨拶もいい感じで終わったとき、愛紗が、
「ところで伯珪殿。・・・・総大将がまだ決まっていないというのは本当のことなのですか?」
「ああ。残念ながら事実だ・・・」
「どういうことなんでしょう?やはり諸侯の主導権争いが泥沼化しているのでしょうか?」
「それがなぁ。・・・実はそれの逆なんだよ」
嘆息ともに眉間を抑え、白連は心底困った様子で話を続ける。
「一部を除いて、総大将なんて面倒な仕事ごめんだ・・・という人間が殆どでな。軍儀が進まん」
「面倒なのはやだーって言ってるなら、やりたいヤツにやらせればいいのだ。・・・違うのか?」
「いや、実際そうなのだが、やりたそうにしている人間が自分から言い出さなくてなぁ」
「・・・つまり、やりたそうにしている人間に押し付けるつもりなのに、やりたそうにしている
人間が立候補せず、また他の諸侯も発言に対して責任を負いたくないから薦めない・・・
ということですか?」
雛里が会話をまとめて話してくれる。
「ぴったりその通り。・・・腹の探りあいで疲れるよホント・・・」
嘆息をしながらがっくりと肩を落とす白連。
「あまりにも疲れるから、軍儀を抜け出して気分転換をしようと思ってな。そしたら桃香たちが
ちょうど到着したってわけだ」
「なるほどねぇ。しかし、なんつーか・・・みんなマジメにやっててそれ?」
華琳も軍儀に参加しているはずだよな?そんな状態なら真っ先に何か言うはずなのに、何やってんだ?
華琳より偉いやつでもいるんだろうか?
「それは大真面目だと思いますよ。・・・権力争いなんですから」
「朱里ちゃんの言ってたことが、ぴったりと当たっちゃったねぇ~・・・」
「この間にも董卓軍が軍備を整えていると考えると、ちょっとやりきれないかもです・・・」
「全く。英傑と呼ばれる人間が揃っていてこれか」
「船頭を多くして船が港でおねんね、なのだな」
「それぞれの利益を優先すればさもなろう。・・・軍儀に乗り込むか」
「こうしている間にも、もしかしたら庶人のみんなが悲しい思いをしているかもしれないんだから・・・そうするしかないよね」
桃香は少し怒った感じにズンズンと足音を響かせながら歩き始めた。
「お、おい、桃香」
俺はみんなに待っててと伝えて、桃香の後を追いかけていった。
・
・
・
・
・
・
「本気で軍儀に乗り込むつもりなのか?」
「当然だよ。戦争を遊び感覚でやっている人たちに、ビシーッと一言言ってやるんだから」
「待て待て。桃香の気持ちも分かるけど、俺達が文句を言ったところで事が決すとは思えないぞ
・・・もうちょっと冷静になろう」
「・・・むー」
頬を剥れさせてしまう桃香。
「朱里だって言ってただろ?・・・これは諸侯の権力争いだって」
「権力争いってのは、どんだけ発言力があるかが重要だろ?この場合の発言力っていうのは、
単純に兵力だよ。・・・弱小でしかない俺達が軍儀で何か言っても、取り合ってもらえないさ」
自分で言ってて気づいた。ということは華琳より兵力がある諸侯があるってことだ。
たとえば、袁家とか。・・・兵力すごくて凡庸ってどうよ?
「でも・・・じゃあどうすれば良いの?このままじゃ徒らに時間だけが過ぎちゃうよ・・・」
「確かにね。・・・だったら一つ提案」
「なになに?ご主人様、何か良い手でも思いついたの?」
「良い手ってほどのものでもないよ。ただの正攻法。・・・軍儀に行って、はやく決めてって言えば良い」
「・・・それだけぇ?」
「こういう直球なのが案外効いたりするんだよ。・・・だって、よく考えて見ろよ?
白連から聞いた軍儀の様子って、総じて腹の探りだろ?」
「それはそうだけど・・・」
「皆、本心を見せたくないから腹の探りあいをして、時間を無駄にしている。・・・ここまで時間を
費やした以上、自らの発言で軍儀が集結してしまえば、すべての責任を被る事になるからね」
「だから皆、何も言えなくなっているんだ。そこで俺たちの登場。訳もわからず、空気も読めない
ってふりして、直球で早く、というと」
「でも、それだと私たちが発言の責任を取らなくちゃならなくなるんじゃないのかな?」
「当然そうなるよ。・・・だけど、今のこの訳のわからない膠着状態よりは、少しは桃香が望む
状況になるだろ?」
「う~ん・・・大丈夫かなぁ~・・・」
もし俺達が責任を取らなければいけなくなったら・・・。
その最悪の事態を考え、自分についてきてくれる兵士たちのことを心配しているのだろう。
桃香は心配そうな顔をしていた。
「もし俺達が責任を取らなくちゃいけなくなったら、俺がなんとかするから」
桃香を安心させようと言ったけど、桃香は
「それはダメ。ご主人様一人に押し付けられないよ」
「・・・桃香」
「私たちにはみんなが居るんだから。・・・もしそうなったらみんなで考えて
なんとかしよう。私たちは仲間なんだから」
そう言って笑顔を向けてくる桃香。逆に俺が安心させられてしまった。
「・・・そうだな。みんながいればなんとかなるさ」
「うん!」
お互いに気合が入り、軍儀に参加した俺達だったが、すぐさま滑稽な絶望感があふれていた。
・・・え?原因?・・・原因はこれだ。
「おーほっほっほっほっ!」
この高笑い人物のせいで俺達は絶望していた。
「さて皆さん。何度も言いますけれど、我々連合軍が効率よく兵を動かすにあたって、
たった一つ、足りないものがありますの」
金ぴかの兵装を身に纏い、天を衝くほどのクルクルドリルヘアーをなびかせた少女が、
沈黙する軍儀の中で一人、喋りに喋り捲っていた。
「兵力、軍資金、そして装備・・・すべてにおいて完璧な我ら連合軍。而してただ一つ
足りないもの。・・・さてそれは何でしょう~?」
タカビーお嬢様っぽく、口元に手を当てて不敵な笑みをうかべるこの少女が、河北の雄、袁紹。
・・・星の言っていたことがわかる気がする。凡庸という二文字が俺の頭をよぎる。
さっきから同じやりとりの繰り返しだ。物の言い方に接してみれば、袁紹が総大将に
なりたがっているのは馬鹿で無ければ誰にだってわかる。
自分からなりたいと言えばいいのに、誰かに推薦してもらいたいのが雰囲気から
にじみ出ている。
「まず第一に、これほど名誉ある目的を持った軍を率いるには、相応の家格というものが必要ですわ」
「そして次に能力。気高く、誇り高く、そして優雅に敵を殲滅できる、素晴らしい能力を持った
人材こそが相応しいでしょう」
「そして最後に、天に愛されているかのような美しさと、誰しもが嘆息を漏らす
可憐さを兼ね備えた人物。・・・そんな人物こそがこの連合軍を率いるに足る
総大将だと思うのですが、如何かしら?」
とりあえずお前ではないとツッコんでいいですか?
そしてあのドリルヘアー・・・斬っていい!?ねぇ!?斬っていい!?
見ているとなんだか斬りたくなってくるんだけど・・・。
そう思っていたら軍儀に参加していた華琳が、
「なら私は天の御遣いである北郷一刀を推させてもらうわ」
その言葉にこの場にいたみんながガヤガヤと騒ぎ始める。
「天の御遣い?どこのどなたですの?」
袁紹がすこし苛ついた感じに華琳に聞いていた。
「そこに座っている男よ」
と華琳は言ってくる。そして眼で何かを言っているかのように俺を見てきた。
(・・・ん?・・・なんだ?どうしておれ――――あ)
華琳が何を考えているか気づいたおれは、その場で立って一礼をする。
「彼が天の御遣いの北郷一刀よ。貴方の挙げた条件にはあまり当てはまっていないけれど
私は彼でいいと思うのだけれど、皆、どうかしら?」
華琳は淡々と話、皆に意見を求める。
「わ、私は反対させてもらいますわ!そんな天の御遣いなどという胡散臭い――――」
「私は賛成だ」
「童も別によいぞ」
「なっ!?」
その言葉に袁紹は驚いていた。賛成をしてくれた人物は黒い髪に褐色の肌をした胸の大きな女の人と
袁紹の従妹にあたる袁術だった。・・・袁術は総大将に興味がなさそうだった。
「どうやら周瑜、袁術は賛成みたいね」
周瑜・・・彼女がそうなのか。・・・どうやら彼女も華琳の考えていることがわかったらしく俺を推してくれていた。
その後は、袁紹と双璧をなす華琳の発言力のおかげか、流れる感じに俺を推してくれる人が出てきた。
「袁紹、貴方以外は全員一致で彼に決まったのだけれど。・・・いいのかしら?」
「良くありませんわ!こうなったら、私も総大将に立候補させていただきます!」
「あら?今さら?」
「そんなどこの馬の骨ともしれない男にやらせるより、私が総大将をやったほうがいいに決まっていますわ!」
「そう。・・・なら、あなたが総大将をやりなさい」
「ええ!そうさせてもらいますわ!おーっほっほっほっほっ!」
うわー・・・気持ちいいくらい引っかかってくれたな。まぁこれでやっと軍儀ができるな。
「むー・・・」
ひと段落して席に腰を下ろしていると隣から不機嫌な声が聞こえてきた。
「ど、どうしたんだ?桃香」
「ご主人様、華琳さんと息ぴったりだね・・・」
「そうか?でも、これでやっと前に進められるだろう」
「それはそうだけど・・・なんか悔しい」
「え?最後何て言ったの?」
声が小さくて最後の方は聞き取れなかった。
だから聞いてみたんだが、桃香は「なんでもない」と言って拗ねてしまった。
・・・なんか悪いことしたかな?
桃香と話していると、
「ではこの私・・・三国一の名家の当主であるこの私が、連合軍の総大将になってさしあげます♪」
え?迷家?
「・・・・・」
「・・・・・」
華琳も周瑜も呆れた感じに袁紹を見ていた。とそんなとき、
「・・・おぉーい、まだ軍儀は進んでないのかー?」
気分転換を終えたらしく、朗らかな笑顔で白連が軍儀の席に戻ってきた。
「いい加減、さっさと大将を決めないと、董卓軍が万全の態勢を敷いちまうぞ~・・・って、あれ?」
・・・なんつータイミングで入ってくるんだ白連は・・・。
そこまで言った後、白連は気まずそうな表情で俺たちに説明を求めてきた。
「どうなってんだ?これ・・・」
「今、総大将が決まったとこなんだ。袁紹が率いることになったから」
「おっ?そうなんだ。・・・これでやっと本題に戻ることができるな」
「その本題も、総大将である人が決めてくれることでしょうね。・・・私は陣に戻る。決定事項は後ほど伝えてくれればいいわ」
「私も陣に戻らしてもらう。曹操殿と同様、作戦は後ほど通達してくれればそれでいい」
華琳・周瑜はそう言い残すと俺たちに背を向け軍儀の場から立ち去っていった。
その時、華琳がチラッとこちらを見たような気がしたが、よくわからなかった。
「何じゃあの二人は。身勝手にもほどがある」
「あーあ・・・。どうするんだ、本初」
「ふんっ。私に任せると言った以上、私の指示に従ってもらいますわ」
不満で頬を膨らませながら捨て台詞を呟いた袁紹が、俺たちのほうを見る。
「さて、天の御遣いさん。あなたのおかげで私が連合軍の総大将という重い責任を
することになったのですけれど・・・」
なりたかったくせに・・・と心の中で呟く。
「洛陽を不法占拠している董卓軍の数は私たち連合軍とほぼ同等規模。・・・となれば、如何に総大将が優れた人物であっても苦戦は必死でしょう」
「そ・こ・で。あなたと、あなたと行動を共にしている劉備さんに一つお願いがあるのだけれど・・・」
「お願い?」
「簡単なことですわ。連合軍の先頭で勇敢に戦っていただければ良いのです。あ、もちろんその後ろには私たち袁家の軍勢が控えているので、何も危険なことはありませんわ」
「ちょっと待て。それは俺たちに先陣で戦えって言っているのか?」
「先陣は武人にとって栄誉ある持ち場。ならば喜んで受けるのが当然でしょう?
これは私からのささやかなお礼ですわ」
「お礼、ねぇ・・・」
これは完全に俺たちを捨石にしようと考えているな。
だけど、申し出を断ればどんな報復がくるかわからないし・・・。
「ご主人様・・・」
大丈夫・・・。その思いを伝えようと、桃香の肩に手を乗せる。
「・・・わかった。俺たちが先陣に立とう。ただしいくつか条件を飲んで欲しい」
「条件?・・・聞くだけは聞いてあげましょう」
「実行してもらわなくちゃ困るけどな。まず一点目。・・・俺たちに兵糧を分けてくれ。とりあえず一月分でいい」
「兵糧を?なぜですの?自分たちの食事くらい自分達でなんとかしたらどうです?」
「なら俺たちは先陣に立たないよ。袁紹が総大将として先陣に立てばいいさ。それか曹操や孫策に命令してみれば」
「(くっ・・・足元みますわね、この男)」
「どうする?」
「・・・分かりましたわ。兵糧ぐらい、唸るほどありますもの。恵んで差し上げますわ」
「ありがと。次に二点目。兵士を貸してくれ。数は・・・五千でいいかな」
その言葉をきいて袁紹が驚く。
「ご、五千!?どうしてこの私がそこまでしなくてはいけないのです。あなた方の兵だけで
戦えば良いではありませんの」
「あれ?先陣って名誉な役目なんだろ?俺たちで独り占めしても良いのかな?」
「どういう意味です?」
「先陣をみごと勤め上げた劉備軍。しかし、その中心には袁紹の精鋭部隊がいたのだ!・・・ってなれば、袁紹軍の評判はうなぎ登りになると思うんだけどなぁ~・・・」
えさを垂らして待ってみる、すると
「良いでしょう。貸して差し上げましょう。五千ですわね」
みごとヒットした!
「うん。とりあえずそれだけでいいよ。・・・さすがは総大将、器がでかいね」
「当たり前でしょう。三国一の名家の当主であるこの私の器は、それこそ三国一というものですわ♪
おーっほっほっほっほっほ!」
え?迷家?と思っていると、
「ねぇねぇ、ご主人様」
「ん?」
「袁紹さんって扱いやすい人だねー。・・・びっくりしちゃったよ」
と小声で言ってきた。
「だなぁ。まぁその方が楽でいいんだけど」
とは言うものの、袁紹の財力、兵力っていうのは今の俺達にとっては脅威でしかない。
さすがに俺でも十万単位は相手にできないからな。
せめて今は利用するだけ利用させてもらおう。
「じゃあ袁紹さん。先陣は受けるけど、作戦はどうするの?それを示してくれないと動きようが無いと思うんだけど・・・」
「作戦?そのようなものありませんわ」
なにを言っているんですの、この人たちは?みたいな表情をしながら、袁紹の口からありえない言葉が返ってきた。
「・・・へっ?」
「作戦・・・考えてないんですか!?」
「な、何ですの。何でそんなに驚くんですの?」
・・・ダメだこの人。俺は心底そうおもった。
「だ、だって・・普通、軍を動かす場合は作戦に沿って動かすじゃないですか?作戦がないんじゃ、どうやって進軍すればいいか・・・」
「ああ。それならば決まっていますわ」
・・・なんかいや~な予感しかしないんですが。
「もうビックリさせないでくださいよ、あはははは♪」
桃香は冗談と受け取り笑っていた。俺は不安で聞いてみる。
「それで作戦は?」
「〝雄雄しく〟〝勇ましく〟〝華麗に進軍〟ですわ♪」
・・・・・・・・・・・・・・え?
い、今なんて言ったの?この人は?
「――――――」
桃香も言葉にならないみたいだ。
「あら?どうかされたのかしら?二人してバカみたいにボケッとして」
お前がバカだってツッこんでいいですかーーー!?
どこのスローガン!?どこの学級目標!?
「え、えーと、あまりにも予想外な作戦だったから思考が停止してしまって・・・」
回復した桃香はなんとか口にしていた。
「私の素晴らしい作戦に絶句してしまっていたのですね。分かりますわ。私もこの作戦を思いついたときは、自分の素晴らしさについつい陶酔してしまいましたから」
ダメだこの人・・・はやく何とかしないと・・・。
「あ、あははー・・・はぁ」
隣から聞こえる、嘆息に心の底からしみじみと同意の念を抱きながら、
「・・・んじゃ、とにかく雄雄しく、勇ましく、華麗に進軍していれば、あとはこっちの好きにやって良いってことだよな?」
「当然でしょう。個々の部隊の作戦を総大将が考える必要など、どこにあります?」
「・・・よし。事に当たっての作戦は、個々の部隊が考えるってのが総大将の命令ということで。了解。じゃあ俺たちは陣に戻る。頼んだもの頼むよ?」
「言われなくてもわかっておりますわ」
俺たちは軍儀の場を後にした。
「はぁ~・・・不安だよぉ、ご主人様ぁ~・・・」
「総大将があれじゃなぁ・・・」
袁紹に総大将をやらせたのは失敗だったかな・・・まさかここまで残念な子とは思わなかった。
「あんなので大丈夫かなぁ・・・?」
「連合軍の他の面子が頼りだろうな。たとえば華琳とか・・・」
「華琳さん?確かに華琳さんなら頼りになりそうだけど・・・」
「でも、華琳もマジメに戦おうとは感じられなかったなぁ」
作戦も何も決めずに去って行ったからな・・・。
「もしかしたら圧制に苦しんでいる人はいないって知ってんじゃないのかな?」
「知っているからこそ、この戦いによって自分たちの有利な評判を作り、成果をあげることに
注力しているのかもしれない」
「それならそれで良いんだけど・・・。でも、じゃあ董卓さんの立場ってどうなるんだろう?」
「・・・ダシにされているだけかもね」
「とにかく皆のところに行こう。事情を説明して、善後策を練ろう。・・・この戦い、激戦になる」
「そうだね。しっかり準備しないと」
今回の戦いは今までの規模とは比べ物にならないものになるだろう。
俺はその中で、ただ一つ・・・皆が無事でいて欲しい。
そんな願いを心に秘めながら、皆のところに向かった。
〝反董卓連合・参〟
軍儀から戻り、皆から事情を説明していたところへ早速袁紹から、約束した軍事物資や兵士の提供が行われた。
「我らの気が変わる前に、既成事実を作っておこうと・・・そういうことですね、これは」
「多分そうだろうねぇ~・・・・与しやすそうだったけど、案外抜け目ないなぁ、袁紹さん」
「それぐらいでなきゃ、大領主にはなれないってことなんだろうな」
完全なダメな娘じゃなかったんだな。
「それにしても、この人数で連合の先陣を切るとなると、かなり厳しいですね」
「伝え聞くところによると董卓の軍勢が約二十万。我ら連合軍が約十五万。・・・我らが二十万の敵軍
すべてを受け止めるというわけではないが、はてさて・・・」
「兵法の基本は敵よりも多くの兵を集めること。そして敵よりも多くの兵で対峙すること。この二点を、
連合は守っていませんから・・・」
「雛里は連合軍が負けると思っているのかー?」
「負けるとは思いませんけど・・・でも、朱里ちゃんの言うと通り、苦戦するだろうなぁ、って」
「絶対苦戦するだろうね。・・・だからこそ、私たちの軍が生き残るために全力を尽くさないと」
「そういうことだな。・・・さて。事情を説明したところで、今後の方針について皆の意見を聞かせてもらいたいんだけど」
「そうだね。朱里ちゃん、予想される戦場の状況を説明してくれるかな?」
「はい。・・・まず洛陽はご存知の通り、河南省西部に位置し、東に虎牢関、西に函谷関を備えた漢王朝の王都です」
「ここは黄河の中流に位置し、渡河点ともなっています。また支流である洛河との分岐点にも当たるため、
非常に水上交通の便の良いところです」
なるほど、いわえる衝地ってやつか。
「今回、私たちが進軍するに際し、道は二つあります。東から虎牢関を抜けて洛陽に向かうか、
西から函谷関を抜けるか、です」
「私たちの居るところからだと、東から進軍した方が手っ取り早いかもしれないね」
・・・虎牢関か。三国志ではかなり有名な関だ。もしかしたら呂布がいるかもしれないな。
「その場合虎牢関を抜けることになりますね」
「難攻不落絶対無敵七転八倒虎牢関を抜くとなると、かなり厳しい戦いになりそうですね・・・」
朱里がなんか呪文みたいな言葉を繰り出してきた。
「・・・なんか物騒な四文字熟語が景気よくならんでるね」
「それほど強大で凶悪な要塞ってことです・・・」
雛里は朱里の言った呪文をウンウンと頷きながら言ってくる。
「うー、そんなところ抜けていくことなんてできるのかなぁ・・・」
桃香の心配ももっともだ。そこまでの長い名がつく関もない。
「・・・西の函谷関はどうなのだ?そちらの方が与しやすいのならば、西から攻めるというのも手だと思うのだが・・・」
「・・・総大将を決めるのに手間取り、董卓さんに余計な時間を与えてしまった以上、これ以上時間を浪費するのは、
得策では無いと思います」
今、頭の中に華琳じゃないもう一人のドリルヘアーが「おーっほっほっほっ!」と言う声が再生されていた。
俺はすぐさま停止ボタンを押してやったぜ!
「時間を許せば、今以上に防備を固めるだろうな。全く・・・厄介なことだ」
「つまり選択の余地は無く、虎牢関を抜けるしかないってことか・・・ちなみにさ。虎牢関ってどんなところか分かる?」
名前は有名だが実際見たこと無いので聞いてみる。
「両脇に崖がそびえ立ち、洛陽に向かう一本道に、いくつかの関が存在する・・・これほど防衛に向いた土地は、
他にないと言っても良いほどの場所ですね」
朱里にここまで言わせるとは、虎牢関恐るべし。
「なるほどねぇ・・・それで関っていうのは結局、何個ぐらいあるの?」
「大小あわせて二桁はあります。だけどその殆どが連合軍の進軍を阻むほどではないと思います・・・」
「注意すべきは二つの関」
「虎牢関と氾水関。この二つこそ、私たちの前に立ちはだかる難敵かと・・・」
難敵が二つか・・・これはしんどそうだな。
「敵軍の配備状況など分かるか?」
「ご主人様と桃香様が軍儀にいらっしゃっている間に、前線にむけて斥候を放っておきましたから、
おっつけ情報が集まるかと」
「おっ!さすが朱里だな、ありがとう」
お礼を言いながら頭を撫でる。
「えへへ・・・」
頬を少し染めながら、まんざらでもない様子で笑って朱里が、
「とにかく今はできる限り情報を集めることが肝要かと思います」
「うむ。情報がなければ作戦は決まらんからな。・・・ならば主よ」
「ん?」
「今は勇を鼓して出陣しようでありませんか」
「・・・そうだな。よし、じゃあとりあえず全軍に出陣準備を通達しておいて。愛紗と星は袁紹が提供してくれた
兵士の確認と采配をお願いするな」
言葉を聴いて二人が返事をする。
「朱里と雛里は、袁紹からもらった兵糧を確認しつつ、斥候の人たちが帰ってきたら、すぐに作戦が立てられるように
準備しておいてくれる?」
二人も返事をしてくれる。
「お兄ちゃん、鈴々はどうするのだー?」
「鈴々は桃香の傍に居てくれるとうれしいな。・・・桃香はいつものように」
「うう・・・待機していればいいんだね」
「あまり落ち込まないでくれよ。適材適所ね」
「んじゃ、鈴々は桃香お姉ちゃんの護衛をしていればいいのかー?」
「そういうこと。頼むな、鈴々」
「任せるのだ♪」
「宜しく。・・・じゃあみんな。準備に取り掛かろう。・・・悔いの無いように」
みんなに言った後、俺は歩き出す。
「ご主人様、どこに行くの?」
愛紗達は準備に行ったので、桃香が聞いてくる。
「ちょっと見ておきたい人がいるんだ。だから少しだけ見てくるよ」
桃香に伝えた後、俺は走り出した。
「あ!ご主人様――――。もう、誰を見に行くか聞きたかったのにー。・・・後で愛紗ちゃんに言っちゃうから」
・
・
・
・
・
・
・
・
「さてと、顔見るだけだし早く見て桃香たちのところに戻ろう」
見ておきたいと思った人物は孫策だ。名前は知っているがこの世界ではどのような人なのか。
軍儀で周瑜を見てからなんとなく孫策も見てみたいと思ってしまっている俺が居た。
「・・・ここらへんのはずだよな」
孫策の旗の近くで誰にも見つからないように気配を消しながら、キョロキョロと探し回っていた。
・・・傍から見たら怪しすぎるな俺は。
そうして少し探していると、どこからか話し声が聞こえてきた。
「一年後、我らの天下取りの道のりを邪魔するのは、今のところ曹操のみというところになるな」
この声は・・・周瑜さんか?。・・・こっちの方から聞こえてくるな。
俺は聞こえてくる声のほうにコソコソしながら近寄っていく。
「なるほどね。・・・けど、私はもう一人。気になる子が居るわ」
ん?誰だろう?桜色の髪にスラッとした体、さらに周瑜さんにも負けない胸・・・って、いかんいかん。
どこを見ているんだ俺は!・・・早く孫策を探そう。そう思って離れようとした時、
「劉備か?」
桃香の名前が聞こえてきた。・・・盗み聞きは良くないが気になる。
「そ。義勇軍の大将だったのに、いつのまにか平原の相に成り上がってる。・・・天の時を得ているわね。
そして配下には勇将、知将が揃っている。それに・・・そこのあなたもいるものね」
喋りながらこっちに視線を送ってくる桜色の髪の女の人。・・・ばれてたのね。
ばれているなら隠れてたって仕方ないか・・・それにこの際、孫策に会わせてもらうか。
さっき気づいたが俺、孫策の顔知らないのに探せるわけなかったよ。
「ど、どうも~」
隠れているところから、出ていき二人に近づいていく。
「ん、お前は北郷一刀じゃないか。なぜここに?」
少しジト目でこちらを見てくる周瑜さん。
無理もないか。連絡もしないでこんなところまできちゃったんだからな・・・。
「いや、あの。孫策さんの顔を見ておきたいなぁ~、なんて思いまして」
「・・・私の?」
桜色の髪の女の人が自分を指差しながら言ってくる。
「はい・・・・・って、え?」
俺は驚きながらもう一度確かめる。
「あの、あなたが孫策さんなんですか?」
「そうよ♪。私の名前は孫策、字は伯符。あなたが天の御遣いの北郷一刀なんだ」
気さくな言葉づかいで俺の名前を確かめるように言ってくる。その瞳は射抜くように俺を見つめ、
心の奥底を覗かれているかのような感覚に襲われる。
「はい。改めて北郷一刀です。真名はないので好きなように呼んでください」
「へぇ~、真名がないなんておもしろいわね」
さっきまでの射抜くような瞳を笑顔の顔にあった瞳に変え、俺を見てくる。
「おほんっ、雪蓮。大事な話の途中なのだけれど」
「そんな固いこと言わないでよ冥琳。せっかくおもしろい・・・じゃなかった、一刀が尋ねてきたんだから」
今、面白い事って言おうとしなかった?
「いえ。あの。顔、見に来ただけなんでそろそろ帰りますよ。邪魔しちゃってすいませんでした」
俺は周瑜さんに頭を下げ、この場を離れようとしたが向こうから華琳と春蘭がやってきた。
「孫策!」
「あら。・・・久しぶりね。連絡は来ていたけど、こんなに早く来るとは思わなかったわ。用件は?」
「うむ。我が主が挨拶したいと・・・って北郷!なぜ貴様がここにいる!?」
「えーと・・・なんとなくだ。でももう帰るから―――」
「そこで待っていなさい、一刀」
「え?いや、でも―――」
「・・・待っていなさい」
「う・・・はい」
華琳の力のある言葉に返事をしてしまった俺。
「・・・曹操」
「私の名を知っているのね。光栄だわ」
おお。なんか孫策の雰囲気がさっきまでと全然ちがう。威圧感だしまくりだぞこの二人。
「黄巾の首謀者を討った曹孟徳の名くらいは、さすがに知っているわよ」
「なら、話が早いわ。以前、うちの部下が随分と借りを作ってしまったようね」
「借りねぇ・・・楽させてもらったから別にいいんだけど」
「そうもいかないわこの借りは折をみて、かならず返させてもらう。よく覚えておいて」
「・・・この戦いで?」
「さあ。この戦いか、この先に別の機会か・・・」
「そ。まあ、期待しないで待っておくわ」
「話は以上よ。それじゃお互い頑張りましょ、孫策」
話が終わり孫策に背を向け歩き出す華琳。
「・・・一刀、話が・・・って、一刀は?」
キョロキョロと辺りを見渡す華琳。
「さっきまで私の隣に居たはずなんですが、北郷め!どこに行きおった?」
「北郷一刀なら先ほど私に挨拶して、自分の陣に戻って行ったぞ」
「・・・なんですって?」
華琳は不機嫌な雰囲気になっていた。
「北郷め!華琳様のお言葉を無視するとは、許せん!」
「・・・ええ、そうね春蘭。でも、陣に戻るわよ。これからの行動を決めるために」
「はっ!」
「それじゃ、孫策。騒がしくして悪かったわね」
そう言って自分の陣に帰るために歩き出すが、
「ねぇ、曹操って一刀のこと好きなの?」
その言葉に華琳の足は止まるが、すぐさまスタスタと歩いていく。その後に春蘭が続いていった。
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「ちょっと悪いことしちゃったな」
俺は走りながら呟いていた。華琳の用事も気になるがこれ以上、フラフラとしているわけには
いかないし、華琳には悪いが逃げてきてしまった。
愛紗たちの準備もそろそろ整うころだろう。早く帰らなくちゃ。
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「あ~ぁ、冥琳のせいで一刀が帰っちゃったじゃない」
孫策はワザとらしい不機嫌な態度をとり、周瑜に言っている。
「なんで私のせいなんだ。・・・それよりも北郷がお前によろしくと言っていたわよ」
「ふ~ん。・・・それにしても一刀、良い眼をしていたわね」
「そうなのか?」
「ええ。あの眼を見ているだけでゾクゾクしちゃった♪」
「・・・はぁ~。こんな所でアレにならないでちょうだいよ。こんなところで、できないのだから」
「わ、わかっているわよ、冥琳」
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「華琳様。袁紹より洛陽進行作戦の詳細が通達されました」
「そう。それで内容は?」
「論ずるに術がない・・・と言うところですね」
「何だそれは?それほど素晴らしい作戦を、あの袁紹がたてたとでもいうのか?」
「そんな訳ないでしょ。・・・実際は逆ってことじゃないの?」
「ご明察だ。・・・実際、これほどひどい作戦は姉者でもたてんだろう。・・・華琳様。・・・これに
なります」
そう言いながら作戦内容が書いてある紙を、落胆した顔で華琳に渡す秋蘭。
「ありがとう」
いったいどんな作戦なのだろうと、華琳は考えながら受け取った。紙を開くとそこに書いてあった文字は、
「雄雄しく、勇ましく、華麗に前進。・・・・・・秋蘭。この紙にはそれだけ(・・)しか
書いていないのだけれど?」
「それが作戦・・・ということになるのでしょう」
「な、なによそれ!こんなのが作戦とでも言うの?作戦って言葉に対する冒涜よ、冒涜!」
「それは分かっているが、私に言われても困るな」
華琳、秋蘭、桂花は怒ったり呆れたりと反応していたが一人だけ違う人物が居た。
「雄雄しく前進か。うむ。良い言葉じゃないか」
春蘭だけがこの作戦に好評価だった。
「・・・本気で言っているのかしら、それ?」
華琳がとても重い声質で春蘭に聞く。
「い、いえ!冗談です!」
「なら良いけど。・・・もし本気で言っていたとしたら、二度と私に顔見せできないように、この世から
追放しているところよ」
「ううっ、すみません・・・」
「ふっ・・・これに懲りたらウソか真か分かりにくい冗談は慎むことだな姉者。・・・ところで華琳様
我らはどのように動きましょうか?」
「基本方針に変更はないわ。この乱を利用して諸侯の軍事力を量る。あわよくば我らの名を天下に示す。
この二点よ」
「御意。では袁紹の指示は無視し、我らは独自で動くことに致しましょう」
「そうしましょう。・・・桂花」
華琳の言葉に桂花が返事をする。
「進軍に関する腹案を示しなさい」
「御意。進軍時の配置によって幾通りか案はあります。・・・秋蘭。連合軍の各軍の配置はどうなっているの?」
「まず、袁紹は総大将として、中軍やや後方に構え、そこを本陣とするようだ」
「ほお。後方に下がらんということか。・・・袁紹にしてはなかなか思い切った布陣だな」
「どこが思い切った布陣よ。前にも出ず、かといって後ろにもつかない。中途半端このうえないじゃない」
桂花の言った事はもっともだ。連合軍中、もっとも兵力の多い袁紹が陣の真ん中にいれば動きの邪魔になる。
「素直に先陣で玉砕するか、逆に後方で縮こまってくれていれば邪魔にならないものを・・・」
桂花が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「その空気の読め無さが袁紹足る所以でしょうね。・・・ところで秋蘭。袁紹軍の先陣は誰が取ると?」
「袁紹軍ではなく、北郷たちが先陣になったそうです」
「なに!?北郷が?大丈夫なのか?」
「あら?春蘭。一刀のこと心配なの?さっきまで一刀のこと怒ってたのに」
「誰があやつの心配など!私はただ、あんな奴らに先陣をまかせて大丈夫かと心配しただけです」
「・・・そう。ならそういうことにしといてあげるわ」
「か、華琳さまぁ~」
「しかし、兵は連合のなかでもっとも少ない。・・・かなり厳しいだろうなぁ」
秋蘭が心配の原因を口にする。
「それならばなぜ先陣を取ったのだ?先陣の誉れに目が眩んだか?」
「・・・一刀がそんな単純な考えをするわけないでしょう」
「・・・だとすれば」
「押し付けられたんでしょ、あのバカ男」
弱小の悲哀・・・その言葉がしっくりくる。
「助けますか?華琳様」
「何を言っているの、秋蘭。これくらい乗り切れないようであれば、私が認めた男ではないわ」
「か、華琳さまぁ~。あのバカを過大評価しすぎです」
「あら。妬いているのかしら?」
「・・・知りません」
「ふふ・・・それでは華琳様。我らは出陣の準備に取り掛かります」
「頼むわね。・・・桂花。いつまでも拗ねてないで、作戦の立案を急ぎなさい」
「むぅ。御意・・・」
「良い作戦を立てれば、閨で可愛がってあげるから・・・」
「御意です!」
「・・・《ジーっ》」
「分かっているわよ。あなたもちゃんと可愛がってあげるから、春蘭・・・」
「はっ!では夏侯元譲、職務に戻ります!」
「はい、頑張ってね」
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俺がみんなのところに戻ったときには、もう準備が完了していた。
勝手に出歩いた俺は愛紗にこっぴどく叱られたが、それだけの収穫はあったと思う・・・たぶん。
それから少し経ったとき、
「さぁ!連合軍総大将、袁本初の号令と共に、雄雄しく、勇ましく、華麗に進軍しようではありませんかっ!」
袁紹の大号令と共に陣地を発し、俺たちは第一の目的地、氾水関へと進軍を開始した。
氾水関・・・三国志演義では、虎牢関と並ぶ難攻不落の要塞として名高い。
朱里が放った斥候の報告によると、氾水関に立て籠もる董卓軍は約5万。
そのうち強敵たり得るのは、猛将として名高い華雄将軍が率いる籠城軍の主力部隊で約3万。
いずれも装備の質、兵の質共に高く、士気も大いに高いらしい。
・・・これは少しでも気を抜いていたら、あっという間にやられるな。頑張んないとなぁ。
俺は移動しながら自分の心に気合をいれていた。大切な仲間が死なないように祈りながら。
――――それぞれの思惑が交差しながら戦いの火蓋が切られようとしていた。
〝汜水関の戦い〟
汜水関の近くまで来た俺たちは汜水関での戦いに勝つために作戦を話合っていた。
「さてと、それじゃあ、まず敵の情報から確認しようか」
「はい。まず華雄将軍です。董卓軍の中でも猛将で知られ、兵士の士気も高い方です。・・・
かなりの強敵だと言って良いと思います」
「猛将にして良将か。・・・難儀なものだな」
「猛将でも弱点くらいあるんじゃないか?」
「・・・弱点かどうかは分かりませんが、華雄将軍は己の武に誇りを持っているそうです。
その辺りを攻めてみると良いかもです」
雛里が自信なさげに言う。
「ふむ。自らの武に誇りを持っている人間ならば、それを穢されることを嫌うはず。・・・
彼奴らを罵って関より引きずり出す、というものありかもしれん」
確かにその作戦もいいかもしれないが、
「一軍の将がそんな挑発に乗ってくれるかな?」
「乗ると思います。・・・なぁ鈴々?」
「にゃ?何で二人して鈴々を見るのだ?なんで星はクスクス笑っているのだ?」
・・・ちょっと失礼だが鈴々を見てなんか納得してしまった。
まだわかっていない鈴々に失礼したお詫びに頭を撫でておく。
「朱里、雛里。愛紗の作戦は効果ありそう?」
「そうですね。・・・単純な策ですが、案外いけるかもしれません。ただ・・・」
朱里が話を区切り、雛里が続きを話す。
「作戦が成功して華雄将軍が関を出たとしても、それを受け止めるのは私たちの役目ですから・・・」
「全軍火の玉になって攻め立ててくる華雄将軍を、どういなすか・・・それが問題かと」
「・・・たしかにな」
バカにされ罵られ怒りが有頂天!・・・もとい怒髪天を衝く勢いで向かってくる軍を相手に、
どこまで耐えられるか・・・。こっちは人数少ないからうまくやらないと無駄に兵が傷ついてしまう。
華雄も俺より力が下と決め付けられない。仲間の命が掛かっているんだから慎重なくらいがちょうどいい。
「でもでも、関に籠っていられるよりは、やりようがあるんじゃないのかな?」
「それはそうですね。・・・城や砦に籠っている敵には、普通、その三倍の兵力もってして当たらなければ勝てないと言われていますから」
「ふむ・・・ならばやはりこの手しかないな」
「相手が出てきたときの対処法はどうする?」
「突撃、粉砕、勝利なのだ!」
鈴々がどこかの社長みたいなことを言い出した。
「そう簡単に行ったら楽なんだけど・・・そうも行かないだろうし。何か腹案、ある?」
「基本的な作戦としては、突出してくる華雄将軍の部隊を半包囲して出血を強いる・・・というくらいでしょうか」
「もう一つの方法として・・・華雄さんの部隊を袁紹さんになすりつけるとか」
「それはどうやるの?」
後者の作戦につい反応してしまった。軍儀のときの事を思い出したら、ねぇ。わかってくれるよね?
「私たちの部隊の後ろには、中軍として袁紹さんの大部隊が控えています。・・・押し込まれたふりをして後退すれば可能かと」
なかなか黒い作戦を考えるな雛里は。
「ふむ・・・それもありか」
「ああ、ありだな」
「ありだねぇ~」
「ありなのだ!」
立場の弱さをつかれて先陣を押し付けられた恨みがあるからか、皆が皆、袁紹を巻き込むことに
賛同の意を表明する。みんなの心が一つになった瞬間だった。
「・・・よし。んじゃこの機会に意趣返しをさせてもらおう。雛里。具体的な作戦を説明してくれる?」
「御意です。ええと・・・こほん」
皆の視線が集まったためか、少し怯んだ様子を見せた雛里だったが勇気を振り絞るように、声を出す。
・・・雛里も成長したな。
「華雄さんが突出した際、私たちはその攻撃を一度だけ正面で受け止め、押し返します」
「その後、再度押し出してくる華雄さんの攻撃を受け止めるふりをして・・・」
「なるほど、そこで後退するってわけか」
「はい。でもただの後退では華雄さんも乗ってこないと思います。華雄さんを釣るためにも、
本気で戦線を崩さないと」
「ふーむ・・・戦線が崩れれば、そのまま一気に瓦解する可能性もある。危険な賭になるな」
「・・・ううん。そうでもありません。だって連合軍ですから」
「つまり他の諸侯が助け舟を出すと?」
「はい。皆さん、こんなところで負けてられない人たちばかりですし・・・」
「自分たちの思惑を達成させるためにも、助け舟を出さざるを得ないってわけか・・・」
これはうまくいけばパニック状態だな。
「えーっと・・・つまり、袁紹さんだけを巻き込むんじゃなくて、みんな巻き込んじゃえってこと?」
「有り体に言えばそんな感じですね」
「・・・よし。俺たちだけで激戦を担当させられるんじゃこの先やってられない。この際、巻き込める軍は巻き込んでしまおう」
華琳や孫策さんには悪いが、弱小は弱小なりにやらせてもらう。
「これはまた。なかなか乱暴な方針ですな」
「星は反対か?」
「いいえ。大賛成です。乱暴大いに結構。弱小の我らが生き残るために他者を利用するのは、正義というものです」
「俺たちだけの正義だけどね。・・・桃香、愛紗、鈴々・・・異存はないかな?」
「ええ。今の状況では、雛里の作戦しか、我らに勝利の道は無いように思えます」
「そうだね。今はとにかく生き残ることを考えないと・・・」
「じゃあ決定なのだ!」
「決定だな。・・・愛紗、星。二人には先陣の中の先陣を任せる。うまく戦線を崩せるように頑張ってくれ」
「ふっ・・・やってみせましょう」
「大任ですね。やってみせます」
「頼む。朱里と雛里は二人の補佐を。桃香と俺は本陣にいて、崩れてくる愛紗たちを援護できるようにしておくよ」
「お兄ちゃん!鈴々はーっ?」
「鈴々は俺や桃香と一緒に本陣に居て」
「イヤなのだ!鈴々も先陣が良い!」
即答!?いや、言うと思ったけどね・・・。
「こら、鈴々!我ら存亡の危機のこんなときに、そんな我が侭を言うな」
「イヤイヤ!鈴々だって暴れたいのだ!本陣で待機なんてつまんないのだ!」
おおう!?虎が、虎が暴れているように見える。・・・ここは説得しないと、
「・・・鈴々。間違えたらダメだ。鈴々に本陣に居てもらうのには訳がある。それもとっても重要な訳が」
「訳・・・があるの?」
「当然。だってよく考えてみろ。撤退してくる愛紗たちを援護するのに、俺と桃香だけじゃ、役不足だろ?」
「そのときの切り札が鈴々なんだよ。・・・敵の追撃を何とか防ぎながら撤退してくる愛紗と星。
そこに本陣を率いて颯爽と登場する鈴々・・・どう?」
「か、かっくいいのだー・・・」
・・・俺だけでもできると思うから鈴々を先陣にさせてもいいかもしれないが、
ここは戦える愛紗、星。俺、鈴々に分けたほうが何かあっても安心だろ。
「だろ?だから鈴々は本陣に居てくれないと困るんだ。・・・良いよね?」
「うん!鈴々ね、愛紗たちの前に颯爽と登場するのだ!」
「うんうん。頼りにしているよ、鈴々」
「任せろなのだ!」
すっかり上機嫌になった鈴々にちょっと罪悪感を感じるがこれは仕方がないと割り切る。そうしていると、
「・・・お見事です、ご主人様」
愛紗から労いの言葉をかけられた。
「・・・なんか自分がペテン師にでもなったような気もするけどね」
「まぁ・・・この作戦、愛紗や星たちの重要性もさることながら、その撤退をしっかり援護できるか否かで、成否が決まる。そう思うからさ」
「よく分かっていらっしゃる。ならば主。鈴々の手綱はお任せしますぞ?」
「ああ、わかってる。・・・けど鈴々自体、戦いの勘ってのはズバ抜けているし、俺がとやかく言うことは無いとおもうけどね」
「しかしあやつはたまに暴走しますからね。ご主人様、鈴々のこと・・・宜しく頼みます」
「うん。二人も危険な役目だけど・・・宜しく頼む。気をつけてな」
俺は前から二人の首に腕を回し、抱きしめる。二人は少し驚いたが、
「御意」
「主・・・武運を」
二人は言い残し先陣へと駆けて行った。
「・・・・」
「心配?」
「そりゃあ、ね・・・」
「大丈夫。きっと元気な姿で戻ってきてくれるよ」
「ん。・・・そうだな、信じよう、二人を」
俺も自分の役割果たさなくちゃな。
「うん。私たちは私たちのできることを。私は直接戦う力は持ってないけど、でも、
だからこそ他の事でみんなを助けないと」
桃香は自分に言い聞かせるように言う。
「よし!行こう」
「うん!」
それぞれが心を決め、持ち場につくなか、連合軍の本陣より諸侯の陣に伝令が走る。
「いよいよ攻撃開始か・・・」
連合軍の中でジリジリと高まっていく緊張感が、肌を通して伝わってくる。
一対一とはまた違う緊張感。あちらの世界では絶対に味わうことのできないものだ。
「この瞬間って、いつまでたっても慣れないなー」
「深呼吸でもしたらどうだ?」
「・・・うーん。そうだね。・・・ひっ、ひっ、ふーっ。ひっ、ひっ、ふーっ」
・・・おーい。それ出る方なんだけど・・・。ここで突っ込んだらまた緊張してしまうかもしれないから
言わないでおこう。うんうん。
「鈴々は結構、こういうドキドキは好きなのだ」
「さすが鈴々だな。よしよし」
「にゃー、お兄ちゃんの手、あったかくて落ち着いちゃうのだ」
「・・・じーーっ」
「うっ・・・《ナデナデ》」
「・・・あ。・・・本当だ」
鈴々を撫でていた手を桃香の頭に乗せ撫でていると、表情が少し適度に解れているのがみてとれた。
とその時、連合軍の本陣から激しい銅鑼の音が聞こえてきた。
「ご主人様。合図だよ」
「ああ。・・・全軍全身!作戦通り、敵軍の前で罵倒の限りを尽くして、大物を釣り上げよう!」
「「「「「応っ!!!!」」」」」
「みんな!無理せず頑張ろうね!・・・じゃあ出発進行!」
桃香の号令に答え、兵たちがゆっくりと前進をはじめた。
〝華雄軍〟
「華雄将軍。連合の先陣が進軍を開始しました」
「ああ。しかし小勢のようだな。・・・将は誰だ?」
「斥候の報告では、平原の相、劉備と名乗るものだそうです」
華雄は腕を組み、顎に手を置き、
「劉備・・・聞いたことの無い名だ」
「最近売り出し中の人間のようですが、百戦錬磨たる我らの敵では無いかと」
「そうか。ならば鎧袖一触、敵の先陣を殲滅し、連合の総大将に目にものみせてやろうではないか」
その言葉に返事をする兵士。その後、
「全軍、出撃準備!先陣の劉備なるものを粉砕し、敵軍中央にそびえる袁家の牙門旗を墜とすぞ!」
その命令にまたも返事をする兵士だが、それを止める者が現れた。
「ちょ・・・待ちぃや華雄!賈駆っちの命令は汜水関の死守やで!?出撃してどないすんねん!」
羽織袴に胸に晒しを巻いた関西弁の将が華雄を止める。
「ふん・・・。亀のように甲羅に縮こまるのは性に合わん」
「だからって、総大将の命令を無視して突っ走ってええんか?・・・そりゃ料簡が違いすぎるやろ」
「違わん。現場の判断だ。・・・それに敵を殲滅すれば軍規など何ほどのものでもない。・・・何よりな、張遼」
「なんや?」
「戦に逸る兵の気持ちを抑えることなどできん。その戦意こそ、我が軍の力になっているのだからな」
張遼はもう一度確認する。
「・・・どうしても出撃するんか?」
「くどい。貴様は後生大事に命令を守り、功名の場を逃せば良い。私は私で好きにやる」
「・・・わかった。ならウチは虎牢関に退く。それでもええな?」
「勝手にしろ」
その言葉を言った後、スタスタと歩いていく華雄。その背中を見ながら張遼は一つ、嘆息を漏らす。
「・・・猪、ここに極まれりやな。戦は戦意だけでやるもんやない。現実を見んあんたには、
多分明日はこーへんやろ」
「さらば華雄。先にあの世で待っとき。ウチもいつかそっちに行くから。・・・誰かおるか!」
張遼の呼びかけに兵士が駆けつける。
「ウチの部隊は虎牢関に退く。・・・残念やが汜水関で連合軍を止められんようになったからな」
「華雄部隊の暴走、ですか・・・?」
張遼は表情を曇らせながら、
「せや。・・・ただし、一方的に華雄を責め立てることはできん。・・・暴走を止められんかった
ウチにも責任はあるからな」
「ただ、その責任を果たすために華雄と共に戦うよりも、ウチは虎牢関に退き、月・・・董卓を
守ることでその責を全うしたいと思う」
「・・・みんな、ついてきてくれるか?」
「無論です。我ら張遼隊、どこへなりとも将軍にお供いたします」
「・・・あんがとな。ほんならすぐに退こか!部隊の移動準備、ちゃっちゃっと済ますで!」
〝愛紗・星〟
「んむ?・・・なぁ、愛紗よ。汜水関の方で何か動きがあるようだが」
「動き?・・・ふむ。まさか華雄が突出してくるというのだろうか」
そのまさかということを二人は想像だにしていなかった。
「そうなれば楽なんだがな。砦という絶対的に有利な条件を捨てて突出してくるなど、
まさかそこまでの愚行を犯すまい」
ところがどっこい、その愚を犯しているとは二人は想像だにしていない。
「それはそれで難儀なことだがな。・・・とりあえず様子を見るか」
「ああ。・・・と言っている間に開門したな。旗は・・・華、の一文字か。華雄だな」
「・・・なぁ、星よ」
「なんだ?」
愛紗は今、目の前で起こっている現実を見ながら、
「我らが頭を捻って考えた作戦が、こうも無駄になると空しく無いか?」
「贅沢なことを言うな。敵が突出してくれるなら、それこそ大助かりでは無いか」
「・・・ふっ。それもそうか。・・・では子龍殿。私の背中、お主に預ける」
「我が背中も同様だ、雲長殿。・・・では参ろうか」
「ああ!」
愛紗は返事とともに青龍偃月刀を構え、
「・・・聞け!勇敢なる兵士たちよ!」
それに続き星が声を上げる。
「いよいよ戦いの鐘が鳴る!この戦いこそ、圧制に苦しむ庶人を開放する、義の戦い!」
「恐れるな!勇気を示せ!皆の心にある思い、皆が持つ力・・・その全てを振り絞り、
勝利の栄光を勝ち取るために!」
「我らに勝利を!」
「「「「勝利を!!!」」」」
「我らに栄光を!」
「「「「栄光を!!!」」」」
「全軍、抜刀せよ!」
「位置に付け!」
言葉で士気を高め最後に二人が同時に、
「「皆の命、私が預かる!!」」
〝華雄軍〟
「敵の先発部隊が吶喊しています!」
「うむ!全軍抜刀!猪の鼻っ面に拳骨をたたき込んでやるぞ!」
「応っ!」
「怯んだところをさらに追い詰め、一気に殲滅する!我らの恐ろしさを存分に思い知れせてやれ!」
「「「「応っ!!!」」」」
「全軍、突撃せよ!」
〝愛紗・星〟
「来た!・・・愛紗!」
「ああっ!全軍魚鱗の陣に移行!敵の突撃に真正面からぶち当たり、その勢いをもって敵を後退させる!」
「その後すぐに後退する!時機を見失うな!合図を聞き漏らすな!一瞬の油断が命取りになることを忘れるな!」
二人が自分の勇気を。魂を。皆に分け与えるように声を張り上げる。
「我らの旗に付き従えば勝利は間違いなし!勇を奮え!名を惜しめ!勝利の栄光を掴むために!」
「全軍・・・突撃ぃぃぃぃぃーーーーーっ!!」
それを合図に兵士たちは駆け出す。
「「「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!」」」」
鉄と鉄がぶつかり合う鋭い音と共に、肉体がぶつかり合う鈍い音が、戦場に不協和音を奏でる。
嗅覚には火花の匂いが染み渡り、死の恐怖に面した男たちの汗の匂いが、兵士達の
絶望をさらに加速させていく。
「「「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」」」
「「「殺すぅぅぅぅぅ!!!」」」
その絶望や恐怖に飲まれないように、心が蝕れないように声を張り上げ勇を奮う。
「皆、離れるな!三人一組になって敵の兵に当たるんだ!」
「友を守れ!守れば友がお前を守ってくれる!そう信じて突き進め!」
「このまま一気に押し返すぞ!」
〝華雄軍〟
「ほお。なかなか頑強に抵抗しているな。・・・良い将が率いていると見える」
「は。しかし兵たちの動きはぎこちなく、このまま押し切ることは可能かと」
その言葉に華雄は鼻を鳴らし、
「当然だ。こんなところで時間を浪費してたまるか。・・・さっさと突き崩すぞ!」
「はっ!では前線の兵士をまとめ、吶喊します!」
「よし。そのまま一気に連合の本陣を突くぞ!」
「応っ!」
〝愛紗・星〟
「敵が後退する・・・?いや、違うな。距離をとって吶喊(とっかん)するのか」
「ならば頃合は良し!敵の吶喊の直前で退くぞ星!」
「承知した。・・・皆の者、秩序を守りつつ、作戦通りに後退する。我が旗に続け!」
「「「応っ!」」」
〝華雄軍〟
「華雄将軍!敵の前線が我が軍の吶喊を受け、敗走を始めているようです!今が好機かと!」
「よし!鋒矢の陣を敷け!このまま一気に連合の本陣まで押し込む!」
華雄は何も気にせずただただ突っ走るだけだった。
〝一刀〟
「ご主人様!前線の部隊が動き出したよ!」
俺は桃香の言葉を聞き、前方に集中する。
「・・・どうやら今のところはうまくってるみたいだな」
「ええ!?ご主人様、そこまで分かるの・・・。私、そこまで分からなかったよぉ~・・・」
前線を見ながら、情け無さそうな声を出す桃香の下に、
「ご主人様、桃香さまー!」
「作戦は、成功ですー!」
息を切らせながら朱里と雛里が戻ってきた。
「華雄将軍は鋒矢の陣を敷き、私たちを突破して袁紹さんの居る本陣に迫ろうとしているようです!」
「このまま突っ込んできますよぉ。早く兵を纏めて道を空けないとぉ!」
雛里が少し慌てていた。
「・・・落ち着いて雛里。今はとにかく、愛紗と星と無事合流することが先決だろ?」
「あ、あわわ・・・そうでした・・・」
「合流してから、ちゃんと作戦通り動くからね。・・・鈴々、二人の撤退の援護、頼んだよ?」
「任せろなのだ!」
「よし!・・・桃香は朱里、雛里と一緒に、愛紗たちと合流したあとの兵の指揮をお願い」
「まっかせーなさーい♪」
「御意です。でも、あの・・・ご主人様は?」
朱里が不安そうに俺を見てきた。
「俺はここで愛紗たちを待ってる」
腰に差してある刀の鞘に手を掛けるとカシャンと澄んだ音が鳴る。
「え、でもここは危険ですよぉ!」
「分かってる。だけど俺は二人をここで出迎えてあげたいんだ」
「・・・分かったよ。なら愛紗ちゃんたちの出迎えはご主人様にお願いするね」
俺の意思の覚悟を理解してくれたのか、桃香は詮索するようなこともせず、ただ黙って頷いてくれた。
「ああ。任せとけ」
「うん。任せた。じゃあご主人様。またあとで」
「ああ。・・・またあとで」
短い言葉を交わした、俺は朱里たちを連れて兵の指揮に向かった桃香の背を見送った。
「お兄ちゃんは鈴々が守ってあげるから、たくさん安心していればいいのだ」
「・・・ありがとう。なら俺も鈴々をたくさん守ってあげるよ」
瞳を見つめ、言葉を交わす。
「あ・・・にゃははー」
「ん?どうした?」
「・・・前、言われたことを思い出してしまったのだ」
前?・・・前・・・前・・・ああ。あの時のか。
「好きだから守るのだ!」
「・・・ああ、その通りだ」
恥ずかしさは感じられない。感じられるのは俺の心がやさしい気持ちになっていくことだけだ。
「よし!二人で愛紗、星の帰りを待とう」
「おう、なのだ!」
鈴々の元気な返事を聞きながら、
「二人とも・・・無事で居てくれよ」
俺は前線で頑張ってくれている二人の無事を祈った。
〝愛紗・星〟
「ふむ・・・いい感じで食いついてくるな。付かず離れず、質の良い膏薬のようにべったりと張り付いてくる。
・・・猛将にして良将とは良くいったものだ」
「だがこうも張り付かれていては、いらぬ損害が増えるばかりだな。・・・逆撃するか」
「やめておこう。今は本陣に合流するのが先決だ。相手にせず、一気に走り抜けるぞ」
「分かった。・・・皆のもの!あと少しで本陣と合流できる。気を抜くな!」
「「「応っ!!」」」
〝華雄軍〟
「よし、良いぞ。このまま敵の殿をジリジリと削っていけ。混乱状態のまま、先陣の指揮系統を粉砕し、
一気に連合軍本陣へと突入する!」
「しかし連合軍の先陣はもろすぎですな。あれで売り出し中とは笑わせる」
兵士たちも華雄も完全になめきっていた。
「それだけ我らに力があるということだ。・・・このまま奴らを飲み干すぞ。全軍に攻撃の手を休めるなと厳命しておけ!」
そして自身の力を過信していた。
〝一刀〟
「来た!お兄ちゃん、砂塵が見える!愛紗たちが帰ってきたのだ!」
「ああ、見えてる。・・・よし。すぐに合流の準備を!誰か桃香に伝令を!」
「はっ!」
一人の兵士が返事をし駆けて行った。
「お兄ちゃん!愛紗たちの後ろに敵の軍勢が張り付いているのだ!」
「・・・やっぱり一筋縄ではいかないか」
「どうするの?鈴々が行こうか?」
「だな。・・・頼んだぞ、鈴々」
「合点なのだ!みんな!鈴々についてくるのだ!これから愛紗たちを助けに行くよ!」
「「「応っ!!」」」
「弓兵のみんなはひたすら矢を放つのだ!歩兵のみんなは鈴々と一緒は突撃なのだ!」
「「「応っ!」」」
「退却してくる愛紗たちをやりすごしたあと、全力で華雄の軍にぶつかるのだ!
そのあと、すぐに後ろに向かって前進なのだ!分かったかー?」
後ろに向かって前進か、鈴々らしくていいや。
「行くよー!突撃、粉砕、勝利なのだ!」
鈴々は声を上げ、兵を率いて全力前進して行った。
〝愛紗・星〟
「愛紗。前方に砂塵が見える。鈴々の援軍が来てくれたようだぞ」
「よし!ならば星。このまま一気に駆け抜けて桃香さまたちに合流しよう!」
「ふっ、素直に主に合流しようと言えば良いのに」
愛紗は頬を赤く染めながら、
「う、ううううるさい!桃香さまとご主人様に合流だ!」
「くくっ、了解したよ、愛紗殿」
「・・・ふんっ!」
「では皆のもの。我らは援軍の後ろに駆け抜ける。その後に主達の居る本陣に合流するぞ!」
「「「応っ!!」」」
「ここが正念場だ!気張れよ、勇者たち!」
〝華雄軍〟
「華雄将軍。敵前方に砂塵を確認!どうやら敵の援軍のようです!」
「ふんっ。吹けば飛ぶような寡勢に援軍が来たところで、何ほどのものでもない。
同じように粉砕してしまえっ!」
「「「はっ!」」」」
〝鈴々〟
「弓兵のみんなー、射撃準備なのだ!」
「「「はっ!!」」」
「愛紗たちの後方にたくさん矢を放つのだ!それで愛紗たちがきたら合流して後ろに前進
なのだ!。分かったかー?」
「「「はっ!!」」」
「なら鈴々の命令で矢を放つのだ!いくよー!いーち、にー、さんー、ダーッ!」
鈴々はどこかの顎の人の言葉で合図する。
〝愛紗・星〟
「ちょ・・・早いぞ鈴々!」
「いや、速度を上げて駆け抜けるならドンピシャだ。皆、更に早く駆けよ!あともう少しだぞ!」
「「「応っ!!」」」
「くっ、もう少し加減して欲しいぞ、鈴々め」
「確かにな。だがさすがというか意外と言うか。戦場の機微を良く心得ているな、鈴々は」
姉が妹を誇るように、
「当然だ。鈴々は天性の戦上手だからな」
「・・・なんとまぁ。姉バカにもほどがあるな」
「・・・放っておけ」
少しは自覚があるようだった。
「ふふっ、気持ちは良く分かるがな。・・・さて。そろそろ合流だ。姉バカ殿よ、自慢の妹に
見惚れて不覚を取るなよ?」
星は完全に愛紗をからかっていた。
「くっ・・・あとで覚えていろよ、星」
「ふっ・・・生憎、最近もの忘れがひどくてな」
「言っていろ!」
そこへ、
「関羽様!趙雲様!後方に援護射撃命中!敵の速度が落ちています!」
「よし。ならばこの隙に一気に引き離すぞ!」
「各員駆け足!あと少し、気合いで乗り切れ!」
「「「応っ!!」」」
〝華雄軍〟
「くっ・・・吹けば飛ぶような寡勢相手に、何を手こずっているのだ!我が軍の質はそこまで落ちているのか!」
「申し訳ございません!敵の抵抗が思ったよりも激しく、また敵援軍の射撃により、前線の兵士が慎重になっておりまして・・・」
「言い訳などいらん!さっさと突破しろ!」
「は、はっ!」
〝鈴々・愛紗・星・一刀〟
「愛紗ーーー!」
「鈴々!良い援護だったぞ。助かった」
鈴々は手を頭の後ろに回し、
「えへへ、こんなの当然なのだ!えっへん!」
「こら。あんまり調子に乗るなよ?」
「はーい」
仲睦まじく話す二人に和みながら、
「二人ともご苦労様。・・・無事でよかったよ」
作戦通り事を進めてくれた二人を労った。
「しかし主。作戦はいよいよ正念場。・・・気を抜いては居られませんぞ」
「星の言う通り。すぐに桃香様と合流して・・・そういえば桃香様は?」
「今は朱里と雛里、二人と一緒に後ろに控えてくれているよ。俺たちと合流したあとの
全軍の指揮を頼んでる」
「なろほど。ならばすぐにでも合流致しましょう」
「そうだな。・・・鈴々。殿は頼むぞ?」
「合点なのだ!」
「よし。じゃあ愛紗と星は先行して桃香と合流。俺は鈴々と一緒に、その後ろからついていくよ」
「何を仰るのですか。ご主人様こそ、先行して桃香さまたちと合流してください」
「いや、でも――――」
俺が喋ろうとしたが、星が、
「言い訳無用。主よ。あなたこそが、我らの玉だと言う事がまだ分からんのですか」
「・・・星」
その星の言葉に少し怯んだが、俺は、
「・・・ありがとう。でも俺は戦える力もあるのに、ただ指を咥えて見ていることなんてできない」
「・・・ご主人様」
「愛紗も星もここまで頑張ってくれた。だから、俺も殿だけでもみんなと共に頑張りたいんだ。・・・頼む」
これは俺の我が侭だってことくらい分かる。けど・・・、
「分かりました。そこまでの覚悟が主にあるのならば、もう言いません。しかし・・・」
「絶対無事に帰ってきてくださいよ、ご主人様」
二人が微笑みながら認めてくれた。
「ああ。・・・二人も無事に帰ってきてくれたし、その約束ちゃんと守るよ」
「それでは。・・・星!」
「ああ。中軍は我らで取ろう。鈴々・・・主を頼んだぞ」
「応なのだ!」
それを機にそれぞれの持ち場に移動した。
〝袁紹軍〟
「あれぇ~・・・?」
「どうしたんだよ斗詩ぃ。変な声出して」
斗詩こと顔良が前線を見ながら、頭のハテナマークをうかべていた。
「・・・えっとね、何だか前線がすごく混乱しているような気がするの」
「前線が?・・・んーどれどれ?」
前線を凝らすように見ているのが名は文醜、真名は猪々子。
「砂塵の舞いかたが異常じゃない気がしない?」
「んー・・・ありゃ?マジだ。めちゃくちゃ砂塵が舞ってるなぁ」
「先陣は劉備さんだっけ?押されてるのかな?」
「弱小だからなー、劉備ってお姉ちゃんとこ。・・・こりゃこっちにまで流れてくるな」
「だよねぇ?・・・私、各部署に行って戦闘準備の指示を出しておくから、文ちゃんは姫への報告、お願いね?」
「姫に報告ぅ~?そんなのしなくても、あたいたちでチャチャッとやっちゃったら良いんじゃない?」
ちなみに姫は袁紹。
顔良はジト目をしながら、
「またそんなこと言って~。のけ者にされたってあとで怒られるよぉ?」
「大丈夫大丈夫。どうせ戦況を姫に伝えたって、ちゃんとした指示なんてこないって」
「まぁ・・・それはそうかもだけどぉ」
二人は何気にひどかった。
「雄雄しく、勇ましく、華麗に反撃しなさい。・・・って言われるだけなんだから、報告したって無駄無駄」
部下にまで諦められている袁紹だった。
「もぉ~。仕方ないなぁ~。じゃあ姫には私から伝えておくから、文ちゃんは戦闘準備の指示、出しておいてね?」
「ほいよー」
返事を聞き顔良は袁紹のところに向かう。
「姫ぇ~。姫ぇ~、どこですかー?」
「あら。なんですの顔良さん。情けない声を出して」
「うっ・・・そんなに情けないですか、私の声」
「ええ。苦労しても報われず、涙を流すしかない庶人のように情けない声でしたわ」
的確に当たっているなぁと思った顔良だった。
「何か仰いまして?」
「・・・ううん、何でもないです。それよりも姫。前線の方で動きがあったみたいですよ」
「前線で動き?」
「はい。砂塵の舞い方からして、多分先陣が押されているんじゃないかと思いますけど・・・」
「・・・はぁ。まったく。何て役に立たないのでしょう、劉備さんとあの男は」
袁紹は心底呆れたような顔をしていた。
「(自分でむりやり先陣をやらせておいて、良く言うよぉ・・・)」
顔良の思っていることはもっともだった。
「なんですの、斗詩さん。何か言いたそうな目をしてますわね」
「あ、あはは、気のせいですよー。・・・とりあえず、前線の動きにどう対応します?一応、
各部隊に戦闘準備を取らせてますけど」
「それで良いんじゃないかしら?」
「・・・良いんですかね?」
「良いですわ。名門袁家に所属する兵士は、一を聞いて十を知る精兵ぞろいなのですから、あとはうまくやるでしょう」
部下を信じている、というより、無関心って感じで袁紹は言う。
「はぁ・・・」
「何ですの、その『そんなことで本当に大丈夫なのかなぁ』的な返事は。あなたも名門袁家の将なのですから、
もっとシャキッとしなさい、シャキッと」
「・・・・・」
さっきからそういうところだけは、鋭いなぁと思う顔良だった。
「お返事は?」
「はぁ~い・・・」
「・・・顔良さん。あなた、お仕置き決定ですわ」
「えーっ!なんでそうなるんですかぁ!」
「袁家の将として、覇気というものが無さ過ぎです。今日の夜、閨でその身体にたーっぷり、覇気
というものを教えて差し上げますわ」
「ううー・・・全然説明になってないぃ~・・・」
「だまらっしゃい。その無駄に大きなおっぱいは何のためについているのです。そこに覇気を
詰め込みなさい、覇気を」
顔良はジト目で、
「・・・袁紹さまだっておっぱい大きなくせに」
「私の胸には、愛と勇気と希望が詰まっているのですわ。顔良さんのように無駄な大きさでは
ありませんのよ。一緒にしないで頂きたいですわね」
手を口元にあて、おーっほっほっほ、と笑う袁紹。・・・ちなみに顔がパンでアンコが詰まっている
ヒーローを思い出した人はアンパンを食べよう。
「はぁ・・・」
「そんなことよりも、顔良さんはさっさと部隊の指揮にお戻りなさい」
「はぁ~い。・・・あ、姫。本陣の指揮はどうします?文ちゃんか私が居ておきましょうか?」
「結構です。袁家本陣の指揮ぐらい、この私が執って差し上げますわ」
「・・・分かりました。じゃあ私たちは前曲の指揮を執りますから、姫は本陣の方をお願いしますね。
危なくなったら逃げてくださいよ?」
「逃げるなどと言う言葉は、名門袁家の辞書にはありませんわ!」
「・・・はいはい。それじゃ本陣は姫に任せますね。私は文ちゃんのところに戻りまーす」
「ええ。袁家の将として恥ずかしくないように、しっかりと戦いなさい」
「はーい」
返事をした顔良は自分の持ち場に移動する。
〝桃香・朱里・雛里〟
「桃香さま、愛紗さんたちの部隊が見えてきました!」
「りょーかい♪、状況はどうなっているの?」
「報告によると、殿に食らいついている華雄さんの部隊を、何とかうまくいなしているそうです」
「なら愛紗ちゃんたちと合流した後、私たちの部隊で華雄さんを押し返えそっか」
「そうですね。その隙を突いて反転すれば、うまく袁紹さんの本陣になだれ込めると思います」
「よし。じゃあその作戦でいこう。・・・朱里ちゃん、諸侯の動きはどうなってる?」
「殆どの諸侯の陣営が本陣救援の動きがあります。多少の混乱が見受けられますけど。でも曹操さん、
孫策さんの陣だけは未だ何も動きを見せていませんね」
「私たちの思惑に気づき、静観しているか・・・。それとも、思惑を見抜いた上で、最も効果的な
参戦時機を量っているか、ですかね・・・」
・・・やっぱりすごいなぁ華琳さんと思う桃香。
「・・・どちらにしても、袁紹さんを巻き込んだら、向こうの思惑も読めるかと」
「そうだね。でも今は愛紗ちゃんたちと合流するのが先決だよ」
「はい。・・・では、兵の皆さん。まずは部隊を前曲、後曲の二つに大きく分けてください」
「前曲には槍兵さんを、後曲には弓兵さんを配置しましょう。弓兵さんは合図と共に斉射を」
「斉射が終わった後、槍兵さんたちは穂先を揃えて突撃してください。敵の前線を押し返した後は
あとはすぐに反転、後退しましょう」
「その後退と一緒に袁紹さんの本陣に乱入・・・って感じでいいのかな?」
「それで宜しいかと」
「了解♪それじゃいきますかー!」
朱里、雛里は同時に返事をする。
〝愛紗・星・鈴々・一刀〟
「星!前方に桃香さまの牙門旗だ!」
「ああ。こちらでも確認した。・・・あとは合流し、袁紹の本陣に殴り込むのみだ」
「色々と世話になった意趣をかえさせてもらおう。・・・鈴々!」
「分かってるのだ!みんなあと少しだぞー!頑張るのだ!」
俺と鈴々で殿を務めなんとかここまでやってこられた、あともう少しだ。
〝桃香・朱里・雛里〟
「来た!朱里ちゃん、雛里ちゃん!」
「はいっ!弓兵さん、斉射です!」
合図と共に矢を放つ弓兵達。
「もう一回!」
さらに矢を放つ弓兵達。
「続いて槍兵さん、突撃してくださ~い!」
雛里が大声で声をかける。
「「「応っ!!」」」
〝愛紗・星・鈴々・一刀・桃香・朱里・雛里〟
「愛紗、鈴々、星!前方から味方の突撃だ!兵を二つに分けて後方にやり過ごすぞ!」
「はい!各々、我らの旗について来い!」
「「「応っ!!!」」」
話している間にもどんどんと近づいてくる。
「来たぞ!」
「愛紗ちゃん!鈴々ちゃん!星ちゃん!・・・ご主人様!」
桃香が大声で俺たちのことを呼んでいた。
「桃香さま!」
「四人とも、このまま後方に駆け抜けて!私たちの部隊で一度押し返した後、そのまま袁紹さんの
ところに向かっちゃおう!」
「了解なのだ!」
「では我らはすぐに後方に向かいます。桃香さまもお早く」
「うん!朱里ちゃん、雛里ちゃん!」
「はい!弓兵さんは、更に斉射二回!突撃した槍兵さんたちの後退を援護します!」
「槍兵さんたちはすぐに後退してくださーい!」
「突撃部隊の帰還を確認したら、すぐに後退するからね!準備よろしく!」
二人が返事をする。
〝袁紹軍〟
「おいおいおいおい・・・!もう目の前にまで迫ってきてるじゃんか!劉備のおねーちゃんは何やってるんだよ!」
「袁紹軍はすぐに臨戦態勢を!敵の本陣乱入を防ぐからね!」
「「「応っ!!」」」
「斗詩ぃ!あたいたちも出るぞ!」
「うんっ!」
〝華雄軍〟
「くっ、結局先陣を粉砕することはできなかったか。・・・まぁ良い。敵の本陣は目の前だ。
このまま突入してくれよう。・・・誰かある!」
「はっ!」
「敵を押し込み押し込み、そのまま本陣に突入したあとは連合の牙門旗に向かう!
先陣の奴らに構うな!狙うは大将の頸のみだ!」
「はっ!」
「この戦、拙速こそが重要だと思え!・・・皆の命、この私に捧げよ!」
「おおおおおぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!!!!」
「いくぞ!全軍突撃ぃぃぃぃぃーーーーーっ!!!!」
〝袁紹軍〟
「きたーーーーーーっ!斗詩ぃ!背中は任せるからな!」
文醜は足をばたすかせうれしそうに言う。
「うん!文ちゃん、気をつけて!」
「おうよっ!・・・勇敢なる戦士たちよ!成り上がりの董卓軍なんざ、名門袁家に勝てるはずがねぇ!
みんな、気張っていくぜー!」
「おおおおぉぉぉぉぉぅぅぅぅーーーーーっ!!!!」
「良い返事だ!んじゃ全軍突撃ぃぃぃぃぃーーーっ!!」
〝曹操軍〟
「華琳さま。袁紹の本陣に華雄が乱入。両者がっぷり四つに組んで乱戦を始めました。
・・・呆れて開いた口が塞がりません」
「全くね。・・・諸侯の動きは?」
「慌てて救援に向かっているようですが・・・孫策は逆方向にうごいています」
「空き家を掠めるか。・・・この状況ではそれが最善の策のようね」
「どうします?我らも汜水関に向かいますか?」
「ふむ・・・。秋蘭、貴方の意見は?」
「桂花と同意見ですな。乱戦に巻き込まれるほど、ばからしいことは無いでしょう」
「・・・春蘭の意見は?」
「はぁ・・・」
「あら?どうかしたの?珍しく躊躇して」
「いえ。・・・戦略的に見て秋蘭や桂花の意見が正しいと思うのですが、ただ・・・」
「ただ?」
「天下の風評を得るには、逆に本陣へ救援に向かい、華雄を蹴散らすほうが良いのでは
と思うのです・・・」
「・・・空き家を落としたところで、何の自慢にもならない、か」
「はっ。それよりも友軍の苦境を救う方が、世間への聞こえも良いでしょう。義軍としての
風評を得られれば、今後、何かと役に立つかなぁと・・・」
春蘭の言葉に少し驚いたせいか、無言になる華琳。
「な、なんですか華琳様。ああ・・・私はまたバカなことを言ってしまったのでしょうか・・・」
「ふふっ・・・姉者。華琳様は驚いていらっしゃるのだよ」
「私もかなりびっくりしているけどね。・・・槍でも降ってくるんじゃないかしら」
「なんだとー!桂花!きさまはまた私をバカにして!」
「落ち着きなさい春蘭。・・・見直したわよ、春蘭」
「は、はいっ!」
「ふふっ・・・じゃあ春蘭の意見を採用しましょうか。秋蘭。桂花。すぐに行動を起こしなさい。
凪たちにも伝えるように」
「御意」
「春蘭は先陣を切って本陣に乱入し、敵の大将の頸を上げなさい」
「はっ!お任せを!」
「ただし。一刀や桃香の思惑に乗せられ、必要以上に戦を長引かせないこと。華雄を討ち取った
あとは素早く兵を退きなさい」
「それは了解しましたが・・・北郷や劉備の思惑、とはどういったもので?」
「そんなことも分からないの?・・・兵の損失を抑えるために、諸侯を巻き込むつもりなのよ」
「それと・・・半ば脅しに屈しざろう得なかったことに対する、意趣返しだろうな」
「そういうこと。・・・一刀も桃香もなかなかおもしろい作戦をやるわね」
「ふふっ、そうですね。・・・では華琳さま、そろそろ」
「ええ。手土産は華雄の頸を所望するわ」
「お任せください!ではっ!」
〝孫策軍〟
「ふむ・・・曹操は本陣の救援を選んだか。実より名を取るとは少し意外だったな」
「良いじゃない?そのお陰で、私たちは労せずして、実を手に入れることが出来るんだから」
「まぁそうだがな・・・それよりも雪蓮。あまり熱くなりすぎないでよ?汜水関はまだ前哨戦なんだから」
「んー・・・分かんない。気をつけるけど」
「はぁ・・・頭に血が上って、敵兵全て虐殺とかしないでね。後の風評に関わるんだから」
「案外、虐殺しちゃったほうが、私たちにとって都合の良い風評が立つんじゃない?」
笑顔でさらっと、とんでもないことを言う孫策。
「恐怖という風評は確かに役に立つときもあるけれど・・・今の私たちにはまだ
不必要なものよ。それぐらいわかっているでしょ?」
「分かっているけどね。・・・でも熱くなれない戦って面白くないんだものぉ」
「気持ちは分かるけれど、今は私の指示に従ってちょうだい。・・・良いわね?」
「はぁ~い・・・」
〝袁術軍〟
「袁術様~。華雄軍が本陣に突入し、混戦状態になってるようですよー」
バスガイドのような格好をした張勲が報告する。ちなみに真名は七乃。
「なんじゃと?・・・麗羽は何をやっとるのだ?下賤の輩を袁家の旗に近寄らせるとは、呆れてものも言えんわ」
「まぁ、袁紹さんの下に居るのは、文醜ちゃんと顔良ちゃんですからねー。二人してバカだから仕方ありませんよー」
人差し指をピンと立て、張勲は言う。
「全く・・・良い将を揃えるのも、名門当主の仕事であろうに。嘆かわしいのぉ」
「その点、袁術様には私が居ますからね♪」
「その通りじゃ・・・で、七乃。わらわはどうすればよいのじゃ?」
「そうですねー。このまま放っておきましょうー♪」
「ほっ?それで良いのか?」
「だって彼我戦力差を見れば本陣が負けるなんてあり得ないですもん。わざわざ助けに行って乱戦に巻き込まれるより
先に氾水関を落とした方がお得ですよー?」
「なるほどの。それもそうじゃな。じゃあわらわたちはこのまま汜水関攻めを続けることにするかの」
袁紹のように口元に手を当てて笑っている袁術。
「はーい♪ってことで袁術様ぁ~。総攻撃の号令をお願いしますね♪」
「うむ!ではわらわに忠義をつくす兵達よ!いざ汜水関に討ち入りなのじゃ!わらわは
蜂蜜水を飲みながら吉報を待っておるぞよ!」
号令をした袁術に蜂蜜水が届けられた。士気が下がるようなことを言ったことに気づいていない袁術だった。
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