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真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版17

 こんばんわ、アンドレカンドレです。

 今週から大学が始まりました。桜が綺麗に咲き誇っていて綺麗だな・・・、と見とれながらも再編集完全版を投稿します。

 さて、正和党編が完結する第十七章。改訂前は補完として別個で書いた完結編をまとめて編集。戦闘描写も大きく書き直しました。伏義との戦い(戦闘の中での一刀君の覚醒シーンなど)は改訂前とだいぶ変わったと思います。

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2010-04-07 20:12:56 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:3316   閲覧ユーザー数:3017

第十七章~悲劇と喜劇は終幕へ~

 

 

 

  五丈原で五胡を退けた俺達は、本陣にて華琳の話を聞く。

  「私はこのまま成都に行く事にしたわ」

  突然の方針の転換に驚く皆。俺は華琳の傍らでその話を黙って聞いていた・・・。

 だが、華琳にも何か考えがあるのだと、皆がそれぞれに納得し、その方針に従ってくれた。

 とはいえ、国の方を空けておく訳にはいかない。そこで軍を2手に分ける事となった。

 蜀には華琳と俺、俺が来ると言う意味で部下の三羽烏、霞と以前の成都に行けなかった留守番組が行く事と

 なった。そして軍師として、稟と風・・・、華琳はこれといった理由は言わなかったが、趙雲さんの事での

 考慮なのだろう。・・・五胡と戦っていた最中に、蜀に放っていた斥候から得られた新しい情報の中に、

 趙雲さん、呂布が行方不明になっているというのがあった。2人は平然とした様子だったが、それは表向きの話。

 さすがの鈍感な俺でも2人の心境が穏やかなものではない事ぐらいは分かる・・・。

  で、春蘭、秋蘭、季衣、流琉、桂花が留守番組として国に残る事となったのだけど、春蘭は最後まで私も行く

 と言って聞かなかった。俺と華琳と秋蘭の3人でなだめてようやく納得してくれた。きっと春蘭も関羽さんの事が

 気掛かりだったのだとは思うけど、戦力的に考えれば、あまり留守番組を減らすわけにはいかない。そういう事で、

 俺達は急ぎ蜀、成都へと向かった。

 

  ・・・そして俺達が成都に到着した時、すでに手遅れとなっていた。

  「戦いが・・・、起きている」

  成都より数里先にて待機していた俺達の元に、先行していた凪達から成都の様子を聞いた。すでに成都の

 街の中で蜀軍と正和党が戦闘を始めているらしい。まるで俺達の行動を見据えての展開。事態はもう俺達が

 介入できる状態でなくなっていた・・・。

  「一足遅かった、という事ね・・・」

  そう言って、華琳の顔に影が入る・・・。

  「華琳様、今からでも戦いを中止させる事はできないのでしょうか?」

  凪が華琳に戦いを終わらせる事が出来ないか、聞く。

  「恐らく・・・、無理でしょうね。私達が出て行ったら、それこそ火に油を注ぐのと同じ事。

  さらに戦いを激化させかねないわ」

  「・・・・・・」

  そして口を閉ざし、黙ってしまう凪。一方で、沙和が俺の元に駆け寄って来る。

  「ねぇ、隊長!何とかならないの?」

  「沙和・・・」

  沙和の表情はとても悔しそうな顔をしている・・・。きっと街の中で逃げ惑う街の人達の姿を見て、何も

 しないで戻って来た事に憤りを感じているのだろう。そんな彼女の顔を見て、俺は胸が痛く締め付けられる。

  「・・・難しいだろうな」

  「隊長・・・!」

  今にも泣きだしそうな沙和から目を背け、俺は残酷な事を言う。

  「戦いを、途中で終わらせる事は・・・始める事よりもずっと難しい。どちらかが負けを認める

  まで終わらない・・・、それは、今までの事を振り返れば、分かる事だろ・・・?」

  そうだ。俺達は敵という敵を全てを打ち負かして来た。だからこそ、この大陸を統一する事ができた。

 ・・・そんな俺達に、この戦いを途中で終わらせる術なんて持っているはずもない。

  「この戦いを・・・止める事が出来るのは、この戦いを引き起こした人物のみ。蜀の劉備か正和党の廖化だけ」

  「うぅ・・・、そんなの・・・、あんまりなの~。何もできないなんて~・・・、そんなのないの~」

  「・・・・・・・・・」

  俺の胸に頭を預けて来る沙和。俺は彼女の頭をぽんぽんと叩いて撫でてやる事しか出来ずにいた。

  「華琳様~、西方にて砂塵が見えました~」

  そこにいつものマイペースで風がやって来る。どうやら、砂塵を確認できたからそれを報告に来たようだ。

  「旗印は・・・?」

  「赤地に孫の文字・・・、恐らく孫策さんかと・・・」

  孫策が・・・、どうして彼女達がここに?俺達は孫策と合流するべく軍を進めた。呉軍から一人突出して

 来た孫策。華琳もそれに合わせて前方に出て行く。俺も一緒に前に出て行くと・・・。

  「久し振り・・・という程、日は経っていないかしら。華琳?」

  「そうね、そしてまたここで鉢合わせになるとは思ってもみなかったわ。ここへは何用かしら?」

  「ちょっとした野暮用でね・・・。それを言うなら、あなた達だってここに何しに来たのかしら?」

  「ちょっとした野暮用・・・、といった所かしら」

  華琳と一通り言葉を交わすと、孫策は俺の方を興味深そうに見る。

  「あなたが・・・、北郷一刀?私の事は・・・知っているかしら?」

  「孫策伯符・・・、でしょ?」

  そう答えると、孫策はニヤっと笑う。

  「あら、どうやら自己紹介の必要はないようね」

  ちょっと怖い感じの気難しい人かと思ったが、意外にフランクな人なのかもしないな・・・。

  「・・・・・・」

  「・・・・・・?」

  そんな事を考えていると、もう一つ別の視線を感じる。孫策の後ろに隠れる位置から俺をじっと見ている

 彼女は・・・、確か彼女は孫権だったはず。俺を警戒している・・・のもあるんだろうけど、どうもそれとは

 少し違う感じで、その目は俺の事を何か不思議そうに見ていた。

  「・・・あの、俺に何か?」

  「え・・・っ?」

  俺は孫権の無言の視線に我慢出来ず、思わず声をかけてしまった。彼女もまさか声を掛けられるとは思って

 いなかったようで、細め気味だった目を丸くして、咄嗟に視線を俺からは外した。それを見ていた孫策はにやり

 と口端を上げる。

  「あら、どうしたの蓮華?もしかして彼にひとめぼれでも?」

  「雪蓮姉様っ!」

  孫策の冗談に顔を赤面させる孫権。

  「あ、でも彼は止めた方がいいかもねぇ・・・。魏の種馬に手を出したら、後で怖い目を見るわよ」

  「姉様っっ!!!」

  孫策の冗談に今度は怒る孫権。ついでに孫策の言葉が俺の胸を抉る・・・。

  「ふぅん・・・、うちの種馬に手を出そうだなんて・・・、あなたも大した女ね、蓮華?」

  「だから!違うと言うにっ!!」

  孫策に合わせて、今度は華琳が孫権をからかい始める。全く、状況が分かっているのか・・・この2人。

 そんな事も思いながら、やれやれと呆れていた・・・。

 

―――や・・・、いや・・・・!!・・・めて・・・。

 

  「ん?」

  俺の耳に声が入り込んでくる・・・。空耳か、とも思ったが・・・。

    

―――やめてええええええええええええええええ!!!

 

  「え・・・!?」

  今度は、トンネルの中で反響した時のような声が聞こえてくる。この声・・・、聞き憶えがある?

  「どうしたの、一刀?」

  俺の様子が変だと思ったのか、華琳が声をかけて来た。

  「華琳・・・、今、やめてって言ったか?」

  「・・・?何をやめろって言うのよ?」

  華琳は首を傾げながら、頭に?を浮かべているかのような顔をする。どうやら、俺の聞き違いだったの・・・。

 

―――・・・はははッ!!!・・・泣けぇ!!そして自分を恨め!何もできない、ただ見ている

  しかない愚かな自分をぉッ!!

 

  今度は男の声が聞こえてくる。この声も・・・、俺には聞き憶えがあった。

  「華琳達には・・・、聞こえないのか?」

  「聞こえるって何が聞こえるのかしら・・・?」

  そう言いながら、孫策は周囲を見回す。華琳と孫権もそれにつられて周囲を見渡す。皆には・・・、聞こえて

 いないのか?街の向こうから聞こえるって言うのに・・・、街の・・・?何を言っているんだ、俺?どうして

 そんな遠くの声を聞けるんだ・・・?俺は成都の街の様子をうかがう・・・。幸い街の城門は開いていたので、

 様子がうかがえた。そこから街の中央の通りで、蜀軍と正和党と思しき兵達が入り混じって戦っている・・・って

 何を言っているんだ?こんな遠くからそんな事が分かるわけないだろうが・・・でも、俺の目にはそれがはっきり

 と映っていて・・・。もしかしてこれもあの力の影響なのか?

 

―――あっははははははははは・・・、・・・はははははは!!!

 

  今度は男の声が、笑い声が聞こえてくる・・・、まるで悪魔が笑い声のような。その笑い声を・・・俺は

 知っていた。俺の目はその声を元にその主を追いかける。声の主は簡単に見つけられた。何故なら、奴は・・・、

 城の展望台で劉備さんと一緒にいたのだから。

  「ふっ・・・ぎ・・・」

  その瞬間、俺の思考が一瞬止まる・・・。ただその目に入ってくる情報だけを脳で処理していく。

  「一刀・・・、あなた話を聞いているの?」

  華琳が俺に何か話しかけているようだが、今の俺には届いていない。俺の耳に届くのは、奴の笑い声だけ・・・。

  「伏義・・・」

  もう一度、奴の名を呼ぶ。

  「伏義・・・?ちょっと一刀、何を言って」

  俺の体をあの時と同じ感覚が支配する。そして、俺の中で何かが切れ、自分の中の何かが弾けて飛んだ。

  「伏義ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」

  「な・・・っ!?」

  「「・・・っ!!」」

  腹の底から大声を出す。自分が自分でなくなっていく。

  どうすることも出来ない衝動に身を任せるしかなくて、体の奥から溢れる何かを吐き出した。

  「ウガァアアアアアアッ!!!」

  「待ちなさい、一刀!!勝手な行動は許さ・・!!」

  華琳の静止を振り払い、俺は奴の元へと駆け出していた。

  「一刀っ!!」

  「ねぇ、華琳・・・、彼どうしちゃったの?」

  「私に聞かないで頂戴!」

  「華琳!今、一刀が街の方に走っていったのが見えたが、どないしたんや!?」

  「霞!あなたは足の早い兵を数名連れて、一刀の後を追いかけなさい!!凪達も好きに使っていいわ!」

  「応よ!!まぁかしときーっ!!」

  

  「・・・ッ!?」

  気が付いた時には、俺は伏義の顔面に真正面から堂々と俺の全体重をかけた蹴りを放っていた。

 一体どうやってここまで来たのか・・・、疑問であったが今はそんな事は大した問題では無かった。

 そして伏義の視線と俺の視線が重なった。

  「・・・!」

  「ほ、北郷・・・!」

  伏義は俺の名前を呼ぶ、と同時に勢いよく、後ろへと吹き飛んでいった。その体はまるで水面を跳ね返る

 石のように、地面に何度もぶつかり、何度も跳ね返る。そして後ろの壁に激突。壁は激突した衝撃で破壊されて、

 伏義はその崩れた壁の下敷きになった。俺は劉備さんの手前に身を屈めて着地する。

  「伏義・・・、お前に・・・、これ以上好き勝手な事はさせない。悲劇と喜劇は・・・、これで終幕だッ!!!」

  自分でも俺が北郷一刀なのかと疑ってしまう・・・。それほどまでに俺は怒っている事が感覚的に、第三者

 から見た感じに理解出来ていた。

  「ほ、北郷・・・さん?」

  後ろでよろけ倒れていた劉備。彼女の目は少し虚ろな目をしていた・・・。

  「劉備さん・・・、ここは俺に任せて、一刻も早くこの戦いを止めるんだ」

  「・・・・・・、無理です。私にはできません・・・」

  「何を言っているんだ、あなたは?」

  こんな時に何を言い出すんだ、この人・・・。

  「弱音を吐いている場合は無いだろ?早く戦いを止めないと・・・」

  「駄目なんです!私は、私には・・・もうどうする事も出来ないんです・・・。私一人では・・・、

  何もできない・・・」

  両腕で上半身を支え、項垂れる劉備は涙をぼろぼろと流しながらに、涙声で喋る。

  「私は頑張った・・・。王様として、皆のために・・・頑張った!でも、正和党の人達が戦を始めて

  ・・・、愛紗ちゃんも・・・いなくなって、そして星ちゃんと恋ちゃんも・・・!私が守ろうとした

  もの皆が私の前から無くなっていく・・・!私を支えてくれる人達が居なくなっていくの!!そんな

  中で・・・私にこれ以上、何が出来るって言うのよ!!」

  「・・・・・・」

  俺はそんな彼女を見ろしながら、黙って聞いていた。

  「華琳さんの言うとおりだったんだ・・・!私は、私は・・・王様になるべきじゃなかったんだ!!」

 

  パシィッ!!!

 

  気が付けば、俺は劉備の左頬を引っ叩いていた。

  「甘ったれるもいい加減にしろ、劉備玄徳!!」

  俺は彼女のその態度が酷く腹が立っていた。彼女の左頬はみるみる赤くなり、彼女は左手で押さえる。

 彼女は涙で真っ赤になった目を丸くして、俺を見ているが、俺は喋ることを止めない。

  「王になるべきじゃなかったっ!?今更そんな事言って、この現実から逃げるのか!?それで解決するのか!

  何も変わらないじゃないか!!」

  俺はバッと勢いよく立ち上がると、彼女を上から見下ろす。

  「あなたは何のために王になったんだ!!皆が笑って暮らせる優しい国を作るためじゃないのか!

  俺は覚えているぞ!!2年前に、華琳にそう言った事を!それなのに今のあんたは何だ!華琳の言葉を

  言い訳にして、自分に都合の悪い現実から目を逸らして・・・、あんたを信じて付いて来てくれた人達だけ

  じゃなく自分自身からも逃げようとして、あんたは無責任だ!!」

  「・・・・・・!」

  「あんたが王に相応しいかどうかは、俺には分からない!だが、今あんたがするべき事は逃げる事じゃない

  って事は分かる!!王として、あんたは責任を全うするべきなんじゃないのか!?それがあんたを慕い、

  ついて来てくれた人達の信頼に応えるって事じゃないのかぁ!?」

  「ほんごう・・・さん」

  「責任を全うするまで・・・あんたは蜀の王だ、あんたが何を言おうが!逃げようとしようがだ!

  そのためにも立つんだ、立って・・・、あんたの手でこの戦いを終わらせるんだ!!」

  俺は彼女に手を貸す。彼女は自分の前に差し出された俺の手を取ろうと恐る恐る手を伸ばしていく。

 そして、俺の指と彼女の指が重なろうとした瞬間・・・。

 

  ドゴォオオッッ!!!

 

  「ぐぉあッ!!!」

  「北郷さんっ!!」

  俺の背後に強烈な衝撃がぶつかる。その衝撃に耐えきれず、俺の体は面白いくらいいとも容易く吹き飛ばされる。

  その瞬間、俺にぶつかって来たのが伏義だった事が分かった。

  吹き飛ばされた俺は、展望台の手すりから外へと放り出され、背中から下へと落ちる。

  そして俺の目にもう一度伏義の姿が映る。

  それと同時に、俺の腹にもう一蹴りを放った。

  「ごぶッ!!」

  蹴りの衝撃で、俺の体は垂直に落下し、そのままある家の屋根を突き破ってしまった。

  「ぐ、がはぁ・・・ッ!」

  家の居間であろう所に大の字で仰向けに倒れる。

  俺の顔に屋根に空いた穴から太陽の光が差し込む。

  落下した衝撃で家の中は地震でもあったかのようにあらゆるモノが倒れて埃が舞い、その埃が陽の光を反射する。

  体を起こそうとすると痛みが走り、俺は腹を見る。

  真桜に新調してもらったばかりの鎧に、早くもひびが入り割れている。

  もし鎧を着ていなかったらもっと痛かったに違いない。

  あと、俺の手の中にはまだ剣が、刃があるのを確認する。

  「北郷・・・、やっぱりお前はあの時確実に殺しておくべきだったな!!」

  「!?」

  屋根の穴から伏義は覗き込むように俺を見下ろしている。

  「ぐ・・・、そうか、よ。俺も、お前を仕留め損なったこと・・・後悔している!」

  俺は起き上がり刃を構える。

  先程まで俺の頭を支配していた衝動はいつの間にか消えていて、正直これからどうするべきなのか戸惑い、混乱していた。

  だけど、それでも!

  あいつをこのままにしておくわけにはいかなかった。

  「ハンッ!!だったらどうするよ?」

  「当然・・・ここで決着をつける!!」

  「いいぜ、望むところだよ!俺もテメェを殺したくて」

  「・・・!」

  まただ。屋根の方にいたはずの伏義は俺の目の前に現れて、逆手にもった鉈で襲い掛かってきた。

  「しょうがないからなァアアアッ!!!」

 

  ガンッ!!!ギィンッ!!!ギィンッ!!!

 

  奴が放った連続攻撃を何とか刃で受け止める。あまりに速い攻撃に俺は手も足も出ない。

  鉈による攻撃を受け止める度に火花が勢いよく散る。

  刃と刃が高速でぶつかると本当に火花が散るんだな、と呑気に感心してしまっていた。

  「はっはぁ!!どうやらあの時はまぐれだったようだな、北郷!!」

  そして、また俺の前から姿を消す。一体どうなっているんだ、加速装置でも付いているのかよ!?

 

  ドガァアッ!!!

 

  「ぐぁああッ!!!」

  死角から現れた伏義の体当たりで俺はまたも吹き飛び、今度は家の壁を、更に隣の家の壁も突き破ってしまった。

  「くそぉ・・・!俺もあいつのように・・・!!」

  痛みを耐えながら起き上がる。

  瞬間、直感ようなものを感じとると俺は前に転がる。

  その直後、俺が倒れていた所に2つの鉈が振り下ろされた。

  先程まで一本しかなかったはずの片手用鉈を伏義は両手に持っていた。

  「良い反応だなァ。お前じゃなかったら、今のでくたばっているぞ」

  「何だそれ、ほめ言葉か?」

  軽くテンパっているにもかかわらず、俺は伏義に軽口で返していた。

  でも、どうしたらいいんだ?

  あの異常なまでのスピードについて行くにはどうしたらいい!!

  奴の動きにかろうじて俺の目で捉える事が出来ている。だから何とか致命傷を免れている。

  「まぁ、俺に一撃も与えらないんじゃお前に勝ち目は無いだろうがな!!」

  「くそ・・・!」

  俺は突進してくる伏義にカウンター気味の攻撃を放つがそれは空を切った。

 

  ザシュッ!!!

 

  そして俺の死角から鉈の二枚の刃が俺に襲いかかり、俺の皮膚を容赦なく切り裂いた。

  傷口から血が吹き出し、学生服を汚していく。

  奴の能力。以前、伏義は俺達を油断させるために華奢な体の女に姿を変えていた。

 そもそも、そんな芸当が出来ること自体おかしな話だ。人間がそう易々と別の人間になれる訳がないんだ!

  「オラオラオラオラァアッ!!!」

 

  ガギィイイッ!!!ガギィイイッ!!!ガギィィイイッ!!!

 

  「ぐっ!!」

  伏義の攻撃でまたも俺は吹き飛ばされ、背中から壁にぶつかり、その場で崩れ落ちてしまった。

  正直もう立っているのがつらい・・・。

  このままじゃ、やられる・・・!どうしたらいい!俺は、どうしたらいいんだ!!

 このまま俺は何も守ることも出来ずに・・・!

  「苦しそうだなぁ、北郷・・・。下手に抵抗しなけりゃ、楽に死ねるぜ?」

  俺の視界に伏義の足が入って来る。奴の声には余裕があり、俺とは正反対だ。

  「・・・それとも、俺に殺されるのがそんなに嫌なのか?だったら・・・」

  伏義はそこで一息を入れる。

  「私が、殺してあげる・・・」

  「っ!?」

  突然奴の声が変わった。

  そしてその声に俺は聞き覚えがあった。俺は顔を上げてその声の主を確認する。

  「な・・・っ!お、お前、は・・・」

  血の気が一気に引いた。どういう訳か、そこにいるはずのない華琳がそこにいる。

  伏義が立っていたはずの場所に、華琳の顔に瓜二つの女性が、そこに立っているんだ。

  「あら?もしかして私が分らないのかしら?あなたが、心から会いたいと望んで止まなかったというのに・・・」

  優しく俺を抱擁するような言葉で俺に囁きかける彼女がゆっくりと俺に近づいて来る。

  俺の前で腰を下ろすと彼女は俺の両頬をその小さな手で取り、俺の顔を自分の顔まで近づける。

  「あなたはもう十分に頑張った。だから・・・もう何も考えず、ゆっくりと眠りなさい」

  俺の視界には彼女の顔しか映らない。その大きな瞳に吸い込まれる様な感覚に襲われる。

  このままほの甘美な言葉に身を委ねても、良いような気がしてきた・・・。

  「ねぇ、一刀・・・」

  その声を聞いた俺は堪らず項垂れる。

  「その顔で・・・」

  「え?」

  刃の柄を一層、強く握り締めた。

  歯軋りを立てながら、俺は項垂れていた顔を上げた。

  「・・・、俺の名前を呼ぶなぁああああああああああああああっ!!!」

  腹の底から声を出す。この声と一緒に、俺は何かを解き放った。

 

  ガッゴォッ!!!

 

  「何ぃッ!?」

  初めて俺の一撃が華琳、いや・・・華琳に姿を変えていた伏義を捉えた。伏義は俺の一撃を二刀の鉈で受け止める。

  この時、一瞬だったが奴から余裕の笑顔が消えていた。

  「・・・へッ、まぐれだろ?」

  俺の刃を撥ね退けると、伏義は外見を華琳から一瞬にして本来の姿へと変え、俺の首に鉈の刃を飛ばした。

  俺は伏義の鉈を刃の刀身で払って蹴りを放つ。

  伏義はそれを難なく躱すと、ぐるりと一回転、その流れから回し蹴りを俺の延髄に放つ。

  その蹴りを俺は真桜が作った籠手で受け止め、そのまま押し返す。

  体勢を崩した伏義に右袈裟斬りを放つ。

  だが、そこに伏義の姿はなく、その斬撃は空を切る。

  伏義は俺の背後へと移動し、二本の鉈で俺の両肩を狙う。

  俺はその場で半回転、2本の鉈を刃で弾くと、全体重を乗せた突進を伏義に喰らわせた。

 

  ドガァッ!!!

  

  「ぐぉおおおッ!!!」

  低姿勢からの勢いづいた体当たりが決まり、伏義ひ堪らず吹き飛ばされた。

  吹き飛ばされた伏義は家の壁を破る。俺も急ぎ後を追いかけた。

 

  壁に出来た穴から飛び出すと、外は砂埃が立って周りが良く分からない。

  俺は奴の姿を探していると、砂煙の向こうから気配を感じた俺は前方に転がり突然の攻撃を回避する。

  「・・・!?こ、ここは!」

  砂埃が落ち着き視界が広がっていく。

  俺がいるこの場所、もしかしなくても蜀軍と正和党がぶつかっている戦場のど真ん中じゃないか!!

 慌てふためく俺に後ろからいきなり蜀軍の兵が切りかかって来たので、俺はそれをかろうじて躱した。

  「のわ!ちょ・・・待って!俺、敵じゃないって!!」

  そんな事を言ったところで聞いてくれる状況でない訳で、蜀軍兵士、正和党の党員が容赦なく次々と俺に襲いかかって来る。

  これじゃ伏義どころでは無いぞ!!

  「わッ!おッ!ほッ!のわッ!」

  敵味方関係なく、俺に襲いかかる二勢力の兵士達。その連携は恐ろしいくらいに完璧なものだった。

  ちょ、お前等、仲良過ぎだからッ!

  俺の心の叫びなど彼等が知るはずもなく、俺はいつしか壁際まで追い詰められていた。

  「てしゃあああっ!!」

  剣を振り上げて突っ込んでくる蜀軍兵士。

  2つの勢力が入り乱れた攻撃をかいくぐり、俺は止むを得ないと内心で割り切って彼らに峰打ちを叩き込んだ。

  「どりゃあああっ!!」

  今度は長槍の切っ先が俺に襲いかかる。

  俺は片足を軸にして切っ先を避けると、長槍の間合いの内側へと一気に入り込む。

  長槍を持っている兵士を殴り倒すと、俺は長槍を取り上げる。 

  左手に長槍を取り、ブンブンと適当に振り回した周囲の兵士達を片っ端から地面に叩き伏せていく。

  「ぐわぁ!」

  「ぐべぇ!」

  「がはぁ!」

  そうして一通り片づけたかと思った瞬間。 

  「はっはぁっ!!!」

  「・・・ッ!?」

  どこからともなく現れた伏義。俺は長槍で交戦しようとするが、二本の鉈で槍は微塵斬りにされ無惨な姿と化す。

  刃より短くなってしまった槍を伏義に投げつける。

  当然、奴は難なく避けて、俺との間合いを一気に詰める。

  鉈による斬撃を放つ体勢は俺に対して前のめりだ。

  俺は鉈の斬撃を飛び越えると、伏義の背中を踏み台にして、家の屋根へと飛び移った。

  さすがの伏義も踏み台にされるとは思いもしないだろう。

  俺を踏み台にしたぁ!?とでも内心で思っているに違いない。

 

  屋根の上に着地し、後ろを振り返るとそこには伏義がいた。

  「けッ!やってくれるじゃねぇか。たがよぉッ!!」

  伏義が放った鉈の一撃を刃で受け止めたが、その衝撃で俺の足元の瓦は砕け散った。

  「っしゃあ!」

  奴の連続攻撃を躱している間、気づいたことがあった。

  伏義は自分の足、特に瞬発力に関係する筋肉を一瞬巨大化、強化することで異常なまでに速く動けるんだ。

  さっき、奴の太腿の部分が一瞬太くなるのが見えた。

  「だったら!」

  手足に力を込める。溜めた力を瞬間解き放つ、そんな感じを意識して前に踏み込む。

 

  ガッゴォオオッ!!!

 

  「な、テメエ!?」

  「でやぁあああ!!!」

  伏義に連続して斬撃を繰り出す。攻撃する度に体が軽くなった感じがする。

  伏義の攻撃を躱して反撃する。先程まで防戦一方だったが、奴の動きについていけているんだ。

  「俺の、動きについて来ているだと!?舐めんじゃねぇえええ!!!」

  憤怒する伏義の猛攻に怯んだが、臆する必要はない。

  後退はしない、ただ前に踏み込む。凪のように前へ前へと突き進む。

  俺の中から力が沸き上がり続けている限り、こいつには絶対に負けない。

  それは何の根拠もない自信だったが俺には確信があった。

  「うおおおおおおおおおッ!!!」

  「はあああああああああッ!!!」

  俺と伏義の間で壮絶な剣戟が展開する。

  放った刃と鉈の斬撃が衝突する度に、衝撃波が周辺に拡散する。

  互いに相手の死角に入って攻撃を繰り出し、躱してから反撃する。

  成都の街を縦横無尽に駆け巡りながら、俺は伏義に攻め続ける。

  「はぁあッ!!!」

 

  ガッコォオッ!!!

 

  俺が放った振り下ろしを伏義は2本の鉈で受け止める。

  「調子に、乗るんじゃねぇえええッ!!!」

  「ぐぁッ!」

  伏義の右足が刃の刀身を蹴り上げる。

  蹴り上げられた刃に両腕が持っていかれ、俺の体勢が崩されてしまった。

  瞬間、伏義の両腕と両肩が一瞬太くなるのが見えた。

  その直後、高速で放たれた2本の鉈による斬撃が繰り出され、俺はなす術もなく喰らってしまった。

  「がぁ・・・、あッ!」

  ひびが入った鎧は完全に砕かれ、俺は下へと落ちていく。

  地面に叩きつけられ、俺は二度三度と転がっていく。

  すでに満身創痍の体。それでも俺は刃を杖代わりに立ち上がる。

  「・・・負けられないんだよ、お前に。俺は・・・!」

  「負けられないだぁ?はッ、何を言っているんだか・・・」

  俺を追って、地上に降りてきた伏義が俺の独り言に返事を返してくる。

  そして二本の鉈を逆手に持ち換えて身を屈めると、まるで鳥が羽場立つ時の恰好に似た体勢を取る。

  「これで終わりだ、お前の・・・死を以ってなぁっ!!!」

  「・・・・・」

  俺は何も言わず、ただ刃を両手に持ち振り上げる。いわゆる上段の構え。

  奴が俺の間合いに入り込んできた時が勝負だ。じりじりと間合いを詰めてながら、伏義の動きを窺う。

  「覚悟はいいかぁ、北郷っ!!」

  伏義は地面を蹴り放った。突風の如き突進で、一気に俺との間合いを潰していく。

  そして、俺は刃に渾身の力を込めて振り下ろした。

 

  ガッゴォオオッ!!!

 

  振り下ろした刃は俺の手を離れ、空に弾き飛ばされる。

  身を守るものを失った俺に、伏義の鉈が襲いかかる。

  「くたばりやがれぇッ!!!」

  回転を加えた奴の会心の斬撃が俺の首へ振り落とされる。

  「・・・ッ!!!」

  もうダメだ、そう諦めかけた瞬間。

  俺は無意識に左拳に力が込めていた。

 

 

  ザシュッ!!!

 

  「「・・・・・・・・・」」

  時が一瞬停止する。

  弾き飛ばされた刃が地面に突き刺さった瞬間に再び時が動き出す。

  「・・・、ぐぅ・・・!」

  俺の首が奴の鉈で裂かれる、皮一枚のところまで。

  「・・・、がぁ・・・!?」

  伏義の胸の中央には俺の左拳。

  咄嗟に放った俺の左拳が奴の胸の中心にめり込んでいる。

  「ごふぅ!ほ、北郷・・・、貴様ぁ・・・!な、何を、しやガッ、テ・・・ッ!!!」

  口から血を吐きだしながら、伏義は俺に問いかけてくる。

  正直、俺も何をしたのかは分からなかったけど、ここは敢えてこう答えてやる。

  「あの世で露仁の爺ちゃんに、土下座の一つでも入れてこい・・・」

  そう言い終えた瞬間、俺の左拳から強烈な突風が生まれ、伏義は後ろへとに吹き飛ばされた。

  突風に巻き込まれた伏義は街の建物を次々と破壊していくが、

 その勢いは止まらない。

  そして、奴の身体のあらゆる箇所から青白い光が溢れ出す。

  突風が止んだのは伏義が街の城壁に激突した時だった。

  奴は壁にめり込んでいき、体が青白い光で包まれていく。

 

 

  光は伏義の周囲の地面、壁を飲み込んでいく。そして、球体状に集約、空に向かって光の柱が伸びていった。

  光の柱は城壁をも飲み込んで、そして雲をかき消して天へと昇っていく。

  柱はみるみる太くなり、一層周囲を飲み込んでいくのだった。

  「・・・もっともお前は、地獄行き・・・だろうが・・・、な」

  俺はそこで意識を失い倒れてしまった。

 

 「ん、んん・・・」

  顔に光を浴びた刺激で、重い瞼をゆっくりと開く。焦点が定まらず、ぼやける景色・・・。

 ゆっくりと、その景色がはっきりとしていく。それは天井だった。俺は自分の体が横になっている事が

 ようやく分かった。全身が倦怠感に支配される。

  「・・・ここは・・・?」

  自分の置かれた状況を整理しようと記憶を辿るが、目が覚めたばかりで上手く思いだせない。

  「気が付いたようね?」

  左の方から声が掛かる。俺は視線を左にずらすと、そこには椅子に腰を掛けて、俺を見る華琳の姿があった。

 その膝の上には、読書をしていたのか、両手で広げられた本が乗っていた。

  「・・・華琳」

  ぼーっとする意識の中、俺はようやく彼女の名前を呼ぶ。

  「ここは・・・」

  「ここは成都の城の来客用の部屋よ。街の中で倒れていたあなたを霞達が見つけて、桃香が用意してくれたのよ。

  後で彼女達に礼を言っておきなさい」

  そうだ・・・、俺は伏義と戦っていて・・・、それで倒れて・・・、意識を失って・・・俺はどれだけ気を

 失っていたんだ?

  「華琳・・・、俺はどれくらい寝ていたんだ?」

  「今日で三日目よ」

  「3日・・・?3日だって・・・!?あれからどうなったんだ?劉備さん達は!正和党は!伏義は!・・・っ!」

  驚きのあまり上半身を無理に起こして、華琳に俺が知りたい事を述べる。が、頭に痛みが走り、頭を抱える。

  「起きがけで興奮するものでもないでしょう・・・?少し横になりなさい」

  そう言って、華琳は俺の両肩を包み込むように掴み、俺に横になるよう促す。俺は為すがままに再び横になる。

  「・・・私としては、あなたが何をしたのかを聞きたい所だけど・・・。まぁいいわ。

  先にあなたが知りたい事から教えてあげる・・・」

  「頼む・・・。結局、蜀軍と正和党の戦いは・・・どうなった?」

 

  「止めろーー!!止めるのだーーー!!!」

  蜀軍と正和党が成都の街中で、正面から激突・・・。陣形など作れるはずもなく、二勢力の混戦状態が

 展開されていた。兵士達の気合や叫び、悲鳴、剣と剣がぶつかり合う金属音、肉を切る音が、砂埃が舞う度に、

 至る所で聞こえ・・・、その度に血が流れ・・・、人が地面に倒れる・・・。

  そんな中、戦いを止めようと声が枯れるまで叫ぶ鈴々。

  「戦いを止めんか、馬鹿者共がっ!ここが何処か分かっておるのか!!」

  白兵戦を展開している兵士と党員の間に割って入り、双方の顔を殴り倒して強引に仲裁する桔梗。

 だが、二人のしている事は、焼け石に水・・・、この戦いを止める所か一層激しさを増していた。誰も彼女達の

 言葉に耳を傾けようとする者はここにはいなかったのだ。なお、この時一刀はここより少し離れた戦場にて、

 蜀軍兵士と正和党党員の両方から思わぬ攻撃にさらされていた。

  「桔梗、駄目なのだ~!皆、鈴々の話を聞いてくれないのだ~!」

  鈴々と桔梗は互いに背中を預け合う。二人の顔に、もはや余裕はなくなっていた。

  「いかんのう・・・。皆、戦う事で頭が一杯になっておる。これではあの男の思う壺じゃ!」

  伏義の計画を水泡にしようとした自分達の行動が、逆に奴の計画の助力となってしまった事に悔しさ

 が顔に滲む桔梗。

  「駄目じゃのう・・・、わしは戦うのは得意じゃが、戦いを止めるのは苦手の様じゃ」

  半ば諦めかける桔梗。

  「何を言っているのだ、桔梗!!鈴々たちがやらなきゃ、誰がやるのだ!!」

  そんな彼女に喝を入れる鈴々。まさか自分の半分も生きていない様な小娘に説教されるとは思っても

 おらず桔梗は驚く。

  「・・・そうじゃのう!その通りぞ、鈴々!」

  桔梗の顔から諦めが消える。そして、もう一度・・・と思った時であった。

  「ぎゃあああっ!!!」

  「ぐぎゃああっ!!!」

  二人の蜀軍兵士が鈴々と桔梗の前に吹き飛ばされてくる。その体は身に付けていた鎧ごと斬られていた。

  「何処だ・・・!劉備はっ!劉備は何処にいる!!隠れていないで出てきやがれ!!」

  現れたのは姜維だった。目の前の敵を片端から斬り捨て、ここまで進んできたのだ。彼の姿を目視する

 鈴々と桔梗。そして対峙する三人・・・。

  「皆!戦いを止めて下さい!!劉備玄徳は・・・ここにいます!!!」

  背後のはるか先から聞こえる声。鈴々、桔梗、他の蜀軍兵士、正和党党員・・・関係なく声の主に目を向ける。

 その瞬間、雑音が消えた・・・。戦いが止まったのだ、彼女の一声によって。ただ一人を除いて・・・。

  「ようやくお出ましの様だな、劉備!!蜀の王様は潔さが肝心だよなぁあああっ!!!」

  姜維は手に持っていた大剣を振り上げ、右肩に乗せるとそのまま劉備へと向かって駆け出していく。

  「お姉ちゃんはやらせないのだ!桔梗!!」

  「応さ!!」

  桃香の前に、鈴々と桔梗が武器を構えて立ちはだかる。

  「邪魔だ、どけぇええっ!!」

  その瞬間、姜維の上着の内ポケットが青白く輝き出す。それは伏義の力を憑依する瞬間でもある。

  ガギィィイッ!!!

  ガギィィイッ!!!

  「んにゃぁああっ!!!」

  「ぐうぅっ!!!」

  一瞬の出来事だった・・・。二人の間合いのはるか外にいたはずの姜維が、一瞬にして二人の間合いの

 内側へと入り込んでいたのだ。一気に距離を詰めた姜維は二人に横薙ぎの一撃を放つ。そしてその一撃を

 まともに喰らった二人は吹き飛ばされてしまう。姜維はその常人とは思えない、俊敏な動きを駆使し、

 入り乱れた人の間を掻い潜っていき、桃香との距離を一気に詰めていく。

  「お姉ちゃん、逃げるのだーーー!!」

  叫ぶ鈴々。だが、桃香の耳にその叫びが届いた時、桃香の頭上を飛び上がった姜維が捉えていた。

 逃げようにも、桃香に姜維の振り上げられた大剣の一撃が襲いかかる。

  「死ねぇぇぇええええええっ!!!劉備ぃぃいいいっ!!!」

  「・・・っ!?」

  「おねえちゃーーーん!!!」

  「桃香様ぁあああっ!!!」

  そこにいた者誰もが、桃香の死を直感した。ある者は絶望を、またある者は歓喜を顔に描いた。

  ブォウンッ!!!

 

  ガッゴォオオオッ!!!

 

  だが、それは直感でしかすぎなかった・・・結果は、誰一人予想だにしなかったものだった。

  「お、お前・・・!?」

  姜維の渾身の一撃。

  「何と、あれは・・・」

  それは、青き龍の刃が受け止め、そして力強く弾き返す。

  「・・・あ、愛・・・」

  そこにいた誰しもが、目を疑った。何故なら、桃香の前には・・・。

  「お怪我はありませんか、桃香様」

  「・・・愛紗・・・ちゃん?」

  桃香も最初は目を疑った。だが、今は信じられる、自分の目に映る自分が一番よく知っている後ろ姿。

 夢なら一生覚めないでと、心の中で何度も祈った桃香の目の前に仁王立ちする人物・・・。

  「お前は・・・、関羽雲長!!!」

  その人物の名は姜維の口から出た。

  「深手の傷を負い、帰還が遅くなりました事、今ここでお詫びいたします・・・」

  そう言って、愛紗は桃香に簡単ながらも謝罪する。

  「愛紗ちゃん・・・、良かった・・・。本当に良かった・・・」

  桃香は口を押さえながら、両目から大粒の涙を流す。その涙は彼女が無事だった事による喜びから流れた

 ものだった・・・。だがその一方で、それをよく思わない者がいた。

  「懲りもせず、また英雄気取りで俺の前に立つのかよ!あんたはもう英雄でも軍神でも何でもないんだ!!

  ここに何しに来たんだよ!馬鹿の一つ覚えみたいに、劉備のために・・・とでも言う気か!?」

  大剣を両手で握り、その切っ先を愛紗に向け、挑発する姜維。事実、愛紗は姜維との一騎打ちに敗れた。

 この時点で、愛紗の武は失墜したも同然。その上、その身に今だ癒え切らぬ傷を残した状態でありながら、

 それでも彼女は再び戦場へと舞い戻ってきたのだ。一体、何が彼女をそこまで突き動かすのか、姜維には

 理解が出来なかった。

  「如何にもその通りだ、姜維。私はそのためにここに戻って来た。・・・桃香様を守るため、そして何より、

  お前の手をこれ以上、無駄に血で染めさせぬために」

  「何だと・・・!?」

  自分のためだと?何を言っているんだ、という眼差しで愛紗を見る姜維。

  「最初は何の事か皆目見当がつかなかった。一体何がお前をそこまで桃香様を憎ませるのか・・・」

  そう言いながら、愛紗は自分の手に握られた青龍偃月刀に目を向ける。よく見ると、偃月刀は本来の半分の長さ。

 そう・・・青龍偃月刀は以前、姜維に折られたままだったのだ。

  「そして、思い出した・・・。二年前の八珂村の出来事。」

  愛紗の口から八珂村という単語が出た時、姜維の眉が動く。そしてみるみると不快そうな顔になる。

  「だったらどうした・・・。今更思い出したからって、それが何だって言うんだ?まさかこの場で、

  ごめんなさい・・・なんて言う気じゃないだろ?」

  「・・・・・・」

  姜維の言葉に何も返せなくなる愛紗。それを見た姜維はやっぱりと割り切った態度でなお話を続ける。

  「言っておくが・・・、俺が今求めているのは村の事を思い出す事でも、まして謝罪でもない。

  俺が求めるものはなぁ・・・」

  そして、大剣を握り締め直す。

  「お前等の首をこの手で跳ね飛ばす事だぁあああああああああああああああああああっ!!!」

  怒声と共に大剣を愛紗に振り下ろす。

  ガギィィイイイッ!!!

  「くっ・・・!」

  「愛紗ちゃん!!」

  間合いを一気に詰め、大剣の一撃を偃月刀で受け流すと愛紗と姜維の肩がぶつかり合う。

  「どけ、この死に損ない!!先にお前の首を跳ね飛ばすぞ!!」

  「やれるものならやってみろ!」

  愛紗は姜維の動きを制限しながら、彼を引き連れて桃香から離れる。

  キィインッ!!!

  二人の得物の切っ先を擦らせながら、再び距離を取る愛紗と姜維。

  「うぉおおおおおおっ!!!」

  「でやぁあああああっ!!!」

  ガギィィイッ!!!

  ガギィィイイッ!!!

  ガギィィイイインッ!!!

  二人の斬撃がぶつかりあう度に、鋭い金属音が響き鳴り、火花が散る。

  「はぁあああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  愛紗の姜維に放ったはずの振り下ろしの斬撃は空を切る。姜維はすでに愛紗の後ろに回り込んでいた。

  ブォウンッ!!!

  姜維の振り降ろした一撃は地面を叩き割るが、肝心の愛紗は間一髪の所でその一撃を回避する。

  「関羽殿ー!頑張ってください!!」

  「姜維ぃい!いいぞ!その調子でぶちのめしてやれぇえ!!」

  蜀軍兵士、正和党党員達はすでに戦いを止め、声援を送りながらこの二人の戦いの行方を見ていた。

 一つの事件から始まった蜀と正和党の戦いは今、愛紗と姜維によって決着がつこうとしていた・・・。

   ガギィイイインッ!!!

  愛紗の短くなった青龍偃月刀と姜維の大剣がぶつかり、一攻一防の攻防戦が展開されていく。

  「・・・結局暴力じゃないか・・・」

  「・・・っ!」

  刃と刃が競り合う最中、姜維の口から言葉が零れる。

  「お前達がしている事は、暴力で相手を脅して・・・!!自分達の前に屈服させているだけじゃないか!!

  そんなの・・・、他の連中と何も変わらないじゃないか!」

  姜維が発した言葉が発端として、腹の内に溜めこまれた言葉達が次々と吐き出されていく。

  「それともお前達は、それすらも理想のためだと片づけるのか!そして、八珂村の事も・・・!

  俺達、正和党の事も・・・!自分達の理想のためだと片づけるのか!!」

  姜維は愛紗に向かって直蹴りを放つが、それを寸前で察知した愛紗は競り合う大剣を押し返し、後ろに

 引き下がる。

  「逃がすかぁあああっ!!」

  その瞬間、姜維の上着の内ポケットが再び青白く輝き出す。

  「んにゃ!?あの兄ちゃん・・・、体が光ってるのだ!」

  姜維の体が青白い光を発している事に、鈴々は驚く。それは他の兵士達も同様であった。彼の身に何が起きて

 いるのか・・・、愛紗以外、知る由も無かった。その光の意味を理解する愛紗は一層警戒を強める。

  ブォウンッ!!!

  「はっ!?」

  右真横からの横薙ぎが愛紗を襲う。

  「愛紗ちゃんっ!!」

  桃香の叫びが愛紗の耳に届く。

  ザシュッ!!!

  横薙ぎの一撃は愛紗の右頬をかすり、一筋の血が頬を伝る・・・。

  「まさかあの小僧にこれ程の実力を持っていようとは・・・。愛紗が敗北したのも、頷けるのう」

  姜維の力に、驚きを越え感服する桔梗。

  「お前達は卑怯だ!自分達に都合の悪い過去を偽るだけじゃなく、後ろから廖化さんを撃った!」

  横薙ぎを放った姜維の攻勢はまだ緩まない。姜維が動くたびに、青白い残像がその場に残り、それと彼を

 見間違えてしまいそうになる。この青白い光が彼に力を与えている。それは五胡の妖術なのか、または妖の仕業

 なのか、それとも神の力なのか、愛紗にも理解しえない現象ではあったが、彼のそれは言うなれば『縮地』。

 短時間で長距離を移動するとされる、仙人の技によく似ている・・・。言葉通り、地を縮めたかの様に、一瞬

 にして移動するそれは常人に為せる業では無かった。この少年が一体何処でそのような術を体得したのか?

 そんな疑問を解く間も与えまいと、絶え間なく大剣の斬撃が愛紗を襲う。

  ブォウンッ!!!

  「それともお前達の言う理想ってのはそうでもしなければ守れない・・・、嘘偽りで張り付けただけの

  薄っぺらいものなのか!?」

  ブゥオンッ!!!

  「お前達は・・・、そんな薄っぺらい理想のために、俺から村や家族を奪うだけじゃなく、正和党まで

  奪う気なのか!?そんな事はさせない!!」

  ブゥオンッ!!!

  「奪うって言うなら、俺はお前達をぶった斬る!!優しい国だなんて上辺だけの言葉しかほざかない偽善者

  なんか・・・、俺達には必要ないっ!!」

  その怒りの込められた斬撃を紙一重でかろうじて避ける愛紗であったが、斬撃が彼女の体をかすめていく。

 愛紗は反撃もまともに出来ず、ただ避ける事しか出来なかった。しかしそんな中でも、愛紗は機会を待っていた。

 反撃の機会を、一撃で決着つけられる絶対的な機会を、言葉を発する事無く、待ち続けた。青龍偃月刀を握る手に

 力が込められる。そして・・・。

  「うぉおおおおおおっ!!!死ねぇえええっ!!過ちの元凶!!」

  愛紗が姜維の姿を次に捉えたのは、自分の真正面。あの時と同様、自分の間合いの内側に入った彼が高く

 掲げた大剣を自分に振り下ろす。愛紗は待っていた、この時を。

  「はぁぁぁあああああああああああああああああっ!!!」

  ブゥオンッ!!!

  ブォウンッ!!!

  

  ガッゴォオオオオオオッ!!!

  そして、鈍い金属音が鳴り響く。

  「な・・・っ、そんなぁっ!?」

  姜維は致命的な過ちを犯した。熱くなった頭のせいで冷静さを欠いた事で、間合いを誤ったのだ。麦城で

 だったならば、通用したその攻撃・・・。だが、現状はあの時は違う。愛紗が持っている得物は、あの時に

 叩き折られ、短くなった青龍偃月刀。彼女の間合いはあの時より若干ながら狭まっていた。微妙な間合いの

 変化・・・、これが愛紗に会心の反撃を許してしまったのだった。

  鈍い金属音・・・、叩き折られたのは、姜維の大剣。折れた剣先が宙を舞う。

 それと同時に、愛紗の背後・・・、ここより少し離れた街の端の城壁で、光の柱が昇った。

  「おい!見ろよあれ!!」

  「何だぁっ!!、ありゃあ!?」

  「光が・・・、空に昇っていく・・・!?」

  光の柱を目撃した蜀軍、正和党にざわめきが起こる。そしてそれは成都の外で待機していた華琳達にも見えていた。

 しかし、その光の柱はすぐに中心へと収束していき、自然消失していった。その瞬間、姜維上着の内ポケットに

 しまっていた水晶玉が粉々に砕け、跡形もなく消えて無くなる。その事に、姜維は気が付かなかった・・・。

  「ぐわぁ・・・っ!」

  大剣を叩き折られた反動で、後ろに倒れ、尻餅をつく姜維。宙を舞っていた砕かれた大剣の切っ先が彼の

 手前に突き刺さり、そして、周囲は騒然とする。

  「うむ、文句のない見事な一撃だった・・・」

  「愛紗の、勝ちなのだ!!」

  「愛紗ちゃん・・・」

  愛紗の勝利に喜ぶ鈴々と桔梗。もちろん、桃香も喜んではいたが、その顔は何処か複雑だった。

 

  「・・・・・・・・・」

  絶句する姜維に愛紗は近づく。

  「もう、終わりにしよう姜維。これ以上、戦っても何の意味も無い」

  「・・・っ!!!」

  そう言った愛紗に、姜維は歯軋りを立て、睨みつける。

  「意味が無い!無いだとっ・・・ぬぐぅ!」

  勢いよく立ちあがろうとする姜維。だが、右足がもつれ、また尻餅をつく。折れていたのだ・・・、姜維自身

 も気が付かないうちに、彼の右足は折れていたのだった。

  「姜維っ!!」

  「姜維ぃい!」

  二人の党員が彼の傍に駆け寄る。そして彼の右足が折れている事に気が付き、それを本人に教える。

  「どちらにせよ、そんな足では立つ事すら出来ないだろう・・・。医療班をこちらで用意させるので彼を

  そちらに」

  「すまない・・・、感謝する」

  愛紗の申し出に礼を言う党員。

  「ふ、ふざけるな!!こいつ等は・・・、こいつ等は、廖化さんを後ろから撃った卑怯な連中なんだぞ!?

  そんな連中の手を借りるなんて・・・!!」

  だが、姜維はその申し出を頑なに拒む。そして右足を庇うように立ち上がるが、すぐに倒れそうになる所を

 党員の一人に支えられる。

  「廖化さんは後ろの方で、華陀という医者に治療してもらっている。・・・それに、もう・・・」

  「もうってなんだ!俺達はまだ戦える!!こいつ等の歪んだもの全てを叩き潰すために、俺達はここまで

  来たんだぞ!ここで・・・、ここで負けを認めたら、死んでいった皆が浮かばれないじゃないか!!!」

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  姜維の言葉を聞いて、下を俯く党員二人。

  「俺達は負けない・・・!こんな・・・、こんな奴ら・・・!」

  

  パシィッ!!!

 

  「・・・っ!」

  姜維の頬を平手打ちで叩いた愛紗。突然の事で、二人の党員も、姜維本人も目を丸くした。

  「いい加減にしろ!お前が戦って来たのは、正和党の威信のためか!それとも昔を自分達を守ってくれなかった、

  我々への腹いせか!?今のお前は、過去と現在(いま)を混同させ、自分の怒りに任せて力を振っているだけに

  過ぎんではないか!!」

  「う、うるさい・・・」

  「自分が悲劇の主人公とでも思っているのか・・・?もしそうならば、勘違いも甚だしいぞ!

  皆が皆、それぞれに苦しみながらも、それでも前を向いて歩んでいるというのに・・・!それだけの力を

  持ちながら、お前はどうしてその力を前へと向けようとしない!!」

  「うるさい!知った風な口で・・・!お前に俺の何が分かるって言うんだ!!分かるはずないくせに!!

  力を前に向けろ?・・・ふざけるな!俺は力なんて欲しくなかった!望んでもいなかったんだ!!」

  愛紗の説教に盾突く姜維だったが、顔を俯かせる。

  「俺は何も望んでいなかった・・・!ただ・・・、おれはただ、あの村で・・・、父さんと、母さんと、

  静奈と・・・、村の皆がいて・・・、貧しくても・・・、平穏な日々を過ごせれば・・・!俺は・・・

  それで、良かったんだ・・・!でも・・・、でも・・・!」

  「・・・!」

  姜維は泣いていた、両目から溢れる涙が両方の頬を伝って下へと落ちる。

  「全部俺の前で奪われた・・・。村は火に包まれて、皆が殺されて・・・!!全部奪われたんだ!!

  ・・・お前達が!お前達が来たせいで・・・!お前達が益州に来たせいで!!お前達が争いを持ち込ん

  だせいで!皆死んだんだ!!」

  「・・・・・・っ!!」

  姜維の言葉が、桃香の心に刃となって貫く。桃香の顔はみるみる青ざめていく・・・、姜維の言葉全てを

 理解出来なかったが、彼が何を言おうとしているのか、はかとなく心で理解出来たのだ・・・。彼が何故に

 自分を恨むのか。それは、彼から大切な何かを奪ってしまったのだと・・・。

  「皆が笑って暮らせる、優しい国をって言っているお前達が・・・!俺から全てを奪って行った!

  だから、俺はお前達を憎んだ!矛盾だらけのお前達がいたずらに戦って!理想のためだと言って!

  建前だらけのお前達を・・・憎むしか、俺には出来なくなっていた・・・!」

  「姜維・・・」

  愛紗にはもうどんな言葉を掛けていいのか・・・、分からなかった。

  「・・・うぁぁぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁああああああああああああ

  ぁぁぁっぁぁあぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

  空に向かって泣き叫ぶ姜維・・・。彼の叫びは成都の街を駆け抜けていった・・・。どこの誰に向けられた

 ものなのか・・・、それは彼しか知らなかった。

 

  戦いは終わった・・・、たった一人の男の手の上で踊らされてきた、この無意味な争いにようやく終止符が

 打たれた。しかし、だからと言って、全ての者達が救われたわけでは無い・・・。この戦いで多くの命が散った

 事に何ら変わりは無い。友を、仲間を殺された者の怒り憎しみは、一体何処へ向かうのか?そして姜維の行き場

 の失ったこの想いは、何処へと向かうのか?恐らく、『全ては伏義という男の仕業だった』という言葉では、

 解決しない事だろう・・・。戦いが終われば、それで全てが終わるわけでは無い・・・。何故なら、人間とは

 単純な生き物では無く、そして心とは単純なものでは無いからだ。それらはあまりにも複雑で、入り組んだもの

 であり、現代に至ってもそれを完全に解明出来たという者は今だに現れていない。そして恐らくこれからも・・・。

  桃香はこれから蜀の王としてその責任を負い、全うする事となる・・・。果たして、彼女は蜀の王として

 その役割を果たす事が出来るのであろうか?今、劉備玄徳は試されているのだ。

 

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  事の顛末を華琳から聞き終えた俺は、沈黙してしまう。それは華琳も同じだった。

 何を言えばいいのか、俺には分からなかったから・・・。綺麗に丸く収まるはずもない、それが戦いであって、

 殺し合いなのだから。先に口を開いたのは、華琳の方だった。

  「今、凪や真桜達は桃香達と一緒に街の壊れた箇所を修理しているわ。正和党もそれに協力しているみたいね」

  街のど真ん中で戦っていたんだから、街が壊れるのは当然か・・・。まぁ、その中には俺が壊したモノもある

 だろうな、きっと・・・。そう考えると、もう少し考えて戦うべきだったかもしれない。

  「それと、北で五胡の侵攻を食い止めていた隊も昨日方戻って来たわ」

  「・・・趙雲さん達は?」

  俺の問いに、無言で首を横に振る華琳。

  「雪蓮の話では、ここに来る途中で、彼女達が引き連れていたと思われる隊の兵士達の変死体を見つけた

  らしいわ。どうやら、行軍の際に襲われたみたいね・・・」

  「ッ!?じゃあ・・・!」

  「幸か不幸か、彼女達の遺体は見つからなかったらしいわ。まだ何処かで生きているのか、それとも

  別の所で・・・。」

  「その事は・・・、風と稟は?」

  「その情報はあの二人にも届いているはずよ」

  「・・・そうか」

  なら、二人の前で趙雲さんに関する話題は控えた方がいいな・・・。

  「さてと・・・。こちらの話すべき事は話したのだから、今度はあなたが話す番よ、一刀?」

  「分かった・・・」

  俺は両腕を使って上半身を起こすと、俺は・・・伏義との事について話した。華琳には、俺の能力(ちから)

 の事は説明していた事もあって、割りとすんなりと進んだ。でも、話の最後で、問題が起こった・・・。

  「光の柱・・・ねぇ」

  「華琳達は見なかったの?」

  「街の外から雪蓮と一緒に見たわ。霞達も、桃香達も目撃してたし・・・、その上その場所となって

  いる城壁は綺麗に無くなっていた。でも、ねぇ・・・」

  あからさまな疑いの眼差し・・・、どんな目で見られようが、これが事実である以上俺にはどうする事も

 できないわけで・・・。

  「はぁ・・・、まるで三流作家の小説を読んでいる気分だわ・・・。もう慣れたけど」

  そう言って、華琳は席を立って、本を椅子の上に置く。

  「・・・何処に行くんだ?」

  「あら?まだ一緒にいて欲しいの?」

  突然、意地悪な顔になる華琳・・・。

  「・・・華琳」

  「冗談よ。皆の様子を見に街に降りるのよ」

  「なら俺も・・・」

  「あなたはここで体をちゃんと休めておきなさい」

  俺の言葉を最後まで聞く事無く、華琳は先に喋る。

  「あなたは知らないでしょうが、霞が見つけた時、あなたはひどく衰弱していたのよ」

  「う・・・うん」

  「あなたは街の復旧の前に、まず自分の体の復旧に専念しなさい。いいわね」

  「・・・分かったよ」

  俺は華琳の言われたとおりに、まずは自分の体を万全にする事を優先させた・・・。

 

  その頃・・・、成都の街。

 そこでは蜀軍、呉軍、魏軍、正和党が入り混じった状態で街の修繕が進められていた。

 ・・・とはいえ、街の至る所で蜀軍と正和党が衝突する事がしばしばあった。彼等の間に一度出来た溝は、

 そう簡単に埋まる事は無かった。そんな事もあり、蜀の武将達が交替で街の警羅に回っていた。

 そして、蜀北部から帰還したばかりの翠、蒲公英が今、街の警羅へと出ていたのであった。

  「しっかし、不思議な感じだな。ついこの間まで敵同士だった奴等とこうして街の修理をするって

  いうのも・・・」

  「あ・・・」

  翠の横を歩いていた蒲公英が何かを見つけ、足を止める。

  「どうした、蒲公英?」

  急に足を止めた蒲公英に呼びかける翠。そして蒲公英が見ている先を見ると、そこは一軒家の壁に街の子供達が

 わいわいとごった返していた。そしてその中心には、姜維が居た。子供達の相手をしている彼はとても優しく、

 大剣を構えた時の彼の姿など、そこにはなかった。彼は小さな木箱の上に腰を掛け、石膏で固定された右足は

 まっすぐに伸ばされ、地面には松葉杖が横に置かれていた。

  「あいつが・・・、確か姜維なんだよな?愛紗を打ち負かした奴って言うからどんな豪傑かと思ったけど、

  どう見てもそんな感じはしないよな・・・」

  姜維を眺めながら、ぶつぶつと言う翠。

  「ん・・・?」

  姜維は翠と蒲公英に気が付いた。

  「何だ・・・、いつか会ったちびっ子か」

  蒲公英に向かって、嫌味っぽく話しかける姜維。

  「ちょっとぉ!誰がちびっ子よ!誰が!」

  ちびっ子と言われ、頭にきた蒲公英。

  「そりゃあ、蒲公英の事だろ?」

  「姉様は一言多いのっ!」

  横に立っていた翠の一言に突っ込む蒲公英を無視して、翠は姜維の方を見る。

  「よっ、姜維!お前、もう寝ていなくていいのか?」

  「え?ああ・・・、まぁ寝ていても退屈だし。だからと言って、こんな足じゃあ修理を手伝えないし・・・」

  「そっか・・・。ん?それは・・・あやとりか?」

  視線の降ろした翠の目に映ったのは、両手の指と指の間に紐が絡まって、手と手の間で紐と紐が何度も

 交差する事で、形を作っていた・・・。姜維だけでなく、周りにいた子供達も同様にあやとりをしていた。

  「ふん、お子様な遊び・・・」

  少し小馬鹿にしたような態度で言う蒲公英。そんな彼女を見た姜維は・・・。

  「何だ、出来ないのか」

  と蒲公英に向かって言った。すると、蒲公英は面喰った顔をすると、たちまちその眉を吊り上げる。

  「誰もそんな事言っていないでしょうが!!姉様、こんな奴ほっといて警羅に・・・!」

  「ほ~ら、ちょうちょの出来上がりっと♪」

  「わー!おねえちゃんじょうずー♪」

  「へぇ~、やるじゃないか」

  「へへぇ、こう見えても手先は器用な方ですってな♪」

  蒲公英が振り向いた先では、翠が子供達に混ざって楽しそうにあやとりに参加していた。

  「ちょっと姉様~!」

  そんな三人を見て、面白おかしく笑う子供達。それにつられて三人も笑った。

  「ははははっ!・・・」

  笑っていた姜維の顔から笑みが消える。彼の視線の先にいたのは・・・。

  「・・・劉備」

  姜維はボソッと口からその名を漏らした・・・。

 

  正和党完結編~荒れ果てた大地、それでも花は咲き誇る~

 

  桃香と姜維が対面するすこし前・・・、成都の街の一角にある、仮設診療所にて・・・。

  「具合の程は如何ですか?」

  「ええ、幾分と良好で」

  仮設診療所の一部屋で、桃香は愛紗、鈴々と共に傷の療養していた廖化の元に訪問していた。

  「おっちゃん、背中の傷はもういいのか?」

  そういいながら、鈴々はまるで廖化の娘の様に彼の横に駆け寄っていく。

  「こら、鈴々!申し訳ない、廖化殿・・・」

  礼儀もなにも無い鈴々の態度に代わって謝る愛紗。それを見て、廖化は愛想笑いをする。

  「いえ、構いません・・・。それより、今日は何用でしょうか?私が思うに・・・、見舞とは

  また別の目的があるではないでしょうか?」

  廖化は愛紗から桃香に視線をずらしそう言うと、桃香は気まずそうな表情に変える。

 彼の指摘通り、彼女が彼の元に赴いた目的は見舞い以外にもう一つあったのだった。

  「え、えぇ・・・と、ですね」

  口ごもる桃香。そんな彼女を見て廖化は一つ思い当たる節があった。

  「姜維の事・・・、ですかな?」

  「・・・はい」

  「そうですか」

  廖化の言葉に、苦笑いで肯定する桃香。

  「姜維君の・・・、彼の村の事は・・・、愛紗ちゃんと朱里ちゃんから本当の事を聞きました。私は当時、

  八珂村の件は山火事による焼失と報告で聞いていました。だからそれを聞いた時、ようやく彼が私を憎んで

  いる理由が分かりました・・・」

  「あの時、八珂村での出来事は入蜀して間も無かった我々にとって、致命的な不祥事だった。それが明る

  みになる事は、益州の民達の信用を著しく損なう恐れがあった・・・。そのため、表上は山火事として事実

  を伏せる事とした。そして情報漏洩を防ぐため、様々な工作もした・・・」

  桃香に代わって愛紗が当時の状況を説明した。廖化はこれといって驚くわけもなく聞いていた。

 恐らく、彼自身もその事には気付いていたのであろう。

  「でしょうな・・・。当時、私も八珂村について耳にした覚えがありません。あいつの村がそれだと知った

  のは、それからしばらく経った後でした」

  桃香と廖化の間に少しの沈黙が生じる・・・。先に口を開いたのは桃香だった。

  「・・・私は、これから彼に会いに行こうと思っています」

  「・・・今更、あいつに会って如何なさるつもりですか?」

  「八珂村の件は・・・、私には蜀の王として責任を果たさなくていけない。そのために・・・」

  「蜀の王として・・・ですか。それは立派な事だとは思いますが、それで奴をどうするつもりだろうか?」

  桃香の話に遮り、問い詰める廖化。その目は獲物を狙う獣のような、威嚇的な目をしていた。

  「そ、それは・・・」

  その廖化の目に、桃香はすくんでしまう。

  「蜀の王として・・・そう言うのであれば、他にもするべき事は多々あるはず。にもかかわらず、何故に

  あいつに拘るですか?」

  「・・・・・・・・・」

  「そもそも本当にそう蜀の王としての責任を果たそうと言うなら、ここに来る必要は無いはず。すぐにでも

  姜維に会いに行けばいい。でもそうしないのは、他にもならぬ・・・、あなたが姜維に会う事を躊躇している、

  いや・・・恐れているからだ」

  「廖化殿・・・」

  廖化の度の超えた発言に、愛紗は二人の間に割って入ろうとしたが、それを桃香の手によって未遂に終わる。

  「劉備殿・・・、奴は武においては、正和党の中でも上位に入る実力を持っている。それは実際に剣を交えた

  関羽殿なら分かるでしょう」

  「・・・・・・」

  愛紗は黙っている。

  「しかし、それでも奴は如何せんまだ子供です。その無垢な心に負った、決して消える事のない傷を抱え

  ながら今までずっと生きてきた。その傷を癒す術を持たない奴がどれだけ苦しんできたか・・・」

  廖化の拳に力込められる・・・。

  「我々も我々なりに奴の心を救おうとした。しかし我々では、本当に意味で奴の心を救う事は出来なかった

  ・・・。奴の心を救えるのは、他でもないその心に傷を負わせた張本人、劉備、あなたしかいないのだ。

  もし、あなたが生半可な覚悟で奴の心を救おうと思っているのならば、それこそただの偽善者の自己満足で

  終わってしまう。いたずらに奴の心の傷を抉るだけだ・・・」

  直接の原因が桃香達にない事は廖化も分かっていた。しかし、国を治め、人の上に立つ者として、桃香には

 その責任があるのだ。だが、桃香にはその責任を全うする術を持っていなかったのだ。額を地面につけて土下座

 して謝罪の意を示したとしても、それで必ず解決するとは限らない。例え生涯をかけ、心血を注いだとしても・・・。

 桃香もここに来るまでに色々と考えていたに違いない。だが、廖化がそれを打ち砕いてしまったのだ。

 そしてその状態で、桃香は口を開く。

  「・・・正直に言えば、私は彼に会うのが怖いです。私を憎んでいる彼の目が怖い・・・。

  でもだからと言って、彼から逃げては、今までと何も変わらない。知らなかったとはいえ、彼を放って置いた

  自分と・・・何も変わらない。だからこそ、私は彼に会いに行こうと決めたんです。愛紗ちゃんでも朱里ちゃん

 でもない・・・この私が、そう決めたんです」

  自分の心の内を吐き出すように、言葉を紡ぐ桃香。彼女の大きな瞳に不思議と迷いは無かった。

  「彼に会う事は、蜀の王としてだけでなく、自分自身のために私は会いに行きます。彼から憎まれようとも、

  罵られようとも、つばを吐きかけられようとも、私は彼の憎しみ全てを背負って行く・・・その覚悟は

  出来ています!」

  「・・・・・・」

  「・・・・・・。」

  再び二人の間に沈黙が生じる・・・。廖化は桃香の瞳の奥を見ていた・・・。桃香は決して臆する事無く、

 凛とした態度で立っていた。

  「劉備殿。最後に一つだけ・・・」

  確認するように、廖化が沈黙を破る。

  「姜維の事、お願いいたします・・・」

  そして廖化は桃香に向かって、深く頭を下げた。桃香はそれに首を縦に振る事で答えるのであった。

 

  「・・・・・・」

  「・・・・・・」

  子供達の姿はなく、そこには姜維と桃香が数歩分の距離を取っていた。大事な話があるからと桃香に言われ、

 翠と蒲公英が子供達を連れてその場を離れたせいで、先程までの賑やかさは消え、沈黙が流れる・・・。

 桃香が現れてから、姜維は不快そうな顔をしている。

  そんな二人の様子を家の角からうかがう愛紗、鈴々の二人の姿があった。

  「あの二人、さっきからずっとだまっているのだ・・・」

  「桃香様・・・」

  桃香を心配する二人。本当なら、すぐにでも彼女の傍に行きたい・・・、しかし彼女が一人で行くと言った

 以上、それを反故する事は彼女の信頼を裏切る事になる。そして何より、桃香自身のためにもここは彼女が一人

 でやらなくてはいけない事なのである。

  「・・・こうして、面と向かって会うのは初めてだよね?」

  先に口を開いたのは桃香だった。

  「・・・えぇ。こうやって言葉を交わすのは今日が初めて・・・です」

  姜維は桃香に会わせるように会話をするが、やはりと言うべきかどこかぎこちない。

  「最初、会った時・・・君が私に言った言葉・・・」

  「え・・・?」

  「・・・流石は蜀の王様!奇麗事だけは一丁前だな!!って言われた時、私、どきっとしちゃったよ・・・。

  まさか、あんな事を言われるとは・・・、思ってもみなかったから」

  「あ、あぁ・・・、それは、その・・・、すいません」

  申し訳なさそうに答える姜維。

  「ううん・・・、謝らなくていいよ。君からすれば、私の言っている事はただの綺麗事・・・怒るのも

  無理ないよね・・・」

  「・・・・・・」

  「君の村の事・・・、愛紗ちゃん達から聞いたの。君が私を憎んでいる理由も・・・」

  「・・・・・・」

  「私は、自分がしてきた事は間違っていなかったって思っていた・・・。たくさんの人達が私に力を

  貸してくれた。皆で築いてきたこの国を守り、そしてこの大陸を平和するために・・・」

  「頬笑みながら他の相手を力でねじ伏せてきた」

  桃香の言葉を遮って、姜維が喋る。

  「どんな建前を作ったって、綺麗な言葉を吐いたって、あんたがして来た事は結局、それなんだ・・・。

  相手をさんざん傷つけた後、自分にとって都合のいい綺麗事を並べて、傷ついた相手をあんたの言葉で

  洗脳して、自分の理想の糧にする・・・」

  桃香のやり方を批難する姜維。

  「今回だってそうだ。最初は俺達を助けようとか言って来て、偽善者の戯言を言いながら近づいて来て、

  それで俺達があんたに戦を仕掛けたら、今度は手のひらを返すように、戦いで対応した・・・。戦う以外

  にも方法はあったはずだし、その機会もたくさんあった。でも、あんたは戦うという選択を選び続けた」

  姜維の言っている事は一方的なものであったが、確かに一理ある。

  「・・・そうだね。君の言う事には一理ある。戦わないっていう選択は確かにあった。あったはずなのに

  私はそれを選ぼうとはしなかった・・・。皆仲良くって言っているくせに、自分でその仲を壊しているんだ

  もの。笑っちゃうよね・・・」

  そう言って、桃香は自分自身を自虐的に笑った。

  「今までだってそう・・・。話合えば、いくらでも違う道があっただろうに。でもそれが出来なかった。

  自分は何もできないって思って・・・、皆に甘えて・・・、皆にやってもらって・・・、結局の所、私は

  ただ理想を追い求めていただけだった・・・。ううん、違うね・・・。追い求めていたんじゃない、逃げ

  ていたんだ、自分が見たくない現実から・・・。見たくない現実を朱里ちゃんや雛里ちゃんに押し付けて

  私は自分で掲げた理想を追い求める振りをして、逃げていたんだ。だから、私は君の存在に気が付く事が

  出来なかった」

  「ぁ・・・」

  「私が皆に甘えてばかりいないで、少しでも現実を見ようとしていたら、君をここまで苦しめる事は無

  かったのかもしれない・・・。と言っても、こんな事言った所で何の意味もないけれど・・・」

  姜維は気まずそうに、桃香から視線を逸らす・・・。

  「仕方が無かったって事は俺だって分かっている。あんた達はただこの国の人間に受け入れられて、それで

  この国のためにって事も・・・。でもあんた達は村で起きた出来事を偽って隠した。俺にはそれが耐えられ

  なかった。自分達の存在が否定されたような気分で、だから許せなかったんだ」

  「分かってる・・・。私は、あなたに許してもらえるとは思っていないし・・・、許して貰おうとも思って

  いない・・・。私が憎いのなら、憎んでくれても良い」 

  「え・・・っ」

  桃香の言葉に、視線を戻す姜維。どうしてこの人はそんな事が言えるんだ、彼はそう思った。

  「もう逃げない・・・って決めたから。あなたからも、現実からも、自分からも・・・。私はこの国の王

  として、その責任を全うする」

  この言葉・・・、桃香自身のものではない。あの時、一刀が桃香に言った言葉である。

  「私はきっとこれからも理想のためと言って、誰かを傷つけていくと思う。あなたの様な人をまた現れる

  かもしれない・・・。だからせめて、私はその人から逃げず、あなたの様に怒り憎しみ悲しみ全部を受け

  入れる。その人とちゃんと向き合って行きたいから」

  「・・・・・・・・・」

  そう言い切った桃香の目に戸惑いは無く、凛としたその姿はまさに一国を担う王の姿そのものだった。

 そんな彼女の姿を見た姜維は項垂れてしまった・・・。

  「・・・あんたは本当にすごい人だ・・・」

  「え・・・っ?」

  「最初会った時は、綺麗事しか言えない様な甘ちゃんだと思ったのに。今は人の上に立つ王様になって

  いるんだ・・・。俺には無理だ。怒りにまかせて剣を振るうしか出来ない俺には・・・あんたみたいに

  器用に生きていけない」

  「それは違うよ」

  「・・・?」

  姜維が言った事をはっきりと否定する桃香。姜維には少し怒っているように見えた。

  「私だってただの人間だよ。何処にでもいるような小娘だもん。あなたと何も違わない。それに今の私が

  ここにいるのは、皆がいたから・・・」

  「皆・・・?」

  「そう、皆・・・。私が関わった人達、皆がいたから、私は今こうしてここにいる。姜維君もその皆の

  一人なんだよ?」

  「俺も?」

  そう言って、自分を指でさす。

  「うん!もし誰かが一人でも欠けていたら、今の私はきっといなかった。そして、私がこうして君の前に

  立てるのは、皆が私を導いてくれたから。良い意味でも、悪い意味でも・・・、だから私はそんな皆の

  ために頑張る事が出来るんだよ」

  そう言って、桃香は初めて満面の笑みを見せる。姜維はその笑顔に魅了される・・・。そして悟った。

 言葉では言い表せない何かを心で悟った・・・。

  「・・・そっか」

  「・・・?」

  「何であんたの周りに色んな人間がたくさん集まってくるのか・・・。何となく分かった気がするよ。

  やっぱりあんたはすごい人だよ・・・」

  一人で納得する姜維・・・。桃香は何々?と言いながら、彼の顔を窺っている。

  「劉備さん、一つ聞いてもいいかな?」

  「何かな?」

  「俺も・・・、劉備さんみたいになれるかな?」

  「うん!」

  即答だった、屈託のない笑みで迷う事無く答えた。

 二人の間にあったはずの見えない壁が、崩れ始めた・・・瞬間だった。

 それは少し離れた家の角から様子を窺っていた愛紗と鈴々、そしていつの間に来ていたのか、他の蜀の武将達

 にも・・・、それが見て分かった。


 
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