序・『逃走』
走る。
全身のしならせ、弾くように地を蹴り、深緑の道を無我夢中で駆け抜ける。
(チィっ! しつこいでござるな)
追われる様に走る。
否、様にと言う言葉は正しくない。
自分は今正に、文字通り追われているのだから。
(この速さで駆けているのに一向に振り切れないでござ ッ!?)
突然の横っ飛び、その刹那に空を切裂くと音と共に矢が突き刺さる。
(ヒっ!?)
一瞬、もうコンマ一秒でも判断が遅ければ、確実にその矢は地面ではなく体を貫いていた。
その事実に体が震える。
「いたぞっ! こっちだッ」
しかし相手は待ってはくれない。
怯える体を奮い立たせ、折れそうになる心を必死でつなぎ止める。
「化け物め、絶対に逃がすな!!」
聞こえてくる声が、容赦なく心を斬りつけてくる。
(何で……)
前足の傷が痛む。
この傷さえ無ければ、こんな追っ手とっくに振り切れている。
(何で、こんな事に)
なぜ追われなくてはならないのか、先ずそれが分からない。
(そもそも……)
気が付けば、手に凶器を持った者達が自分を狙い。
(そもそも、ここは……)
そして、自分はそれらから必死に逃げ回っている。
(ここは……)
うっそうと茂る木々、まるで見たこと無い景色。
故郷の山とも、見親しんだ郊外の森とも違う。
空気も臭いも気配も、感じる全てがまったく知らない場所。
「ここは何処でござるかぁぁぁあああああああっ!?」
森の静寂を裂き、"一人"の狼の絶叫が木霊した。
事の始まりは今より数刻前……。
『狼と王様』
~魏狼演義~
「つ、疲れたでござる……やはり拙者には人に交ざり学問を学ぶより、野山を駆け巡り業を磨く方が性に合ってるでござる」
聖フランチェスカ学園、その男子生寮の一室。
そのベッドの上に身を投げ出し、北郷一刀は誰に言うでもなく一人呟く。
「故郷の山里が恋しいでござるなぁ……都会は臭い、鼻が曲がりそうでござるよ」
彼、北郷一刀は人間では無い。
こう言ってしまうと苗字的(字は違うが)に、人知れず悪の組織と戦う某改造人間を思い浮かべてしまうが、そう言う存在と言う訳でもない。
彼らの場合は後天的に人間で無くなった者達だが、北郷一刀は先天的に……つまり生まれながらにして人間では無い。
人狼。
分類すると、北郷一刀はこの種族になる。
狼としての本能と能力、人としての知能と性質を併せ持つ誇り高き血族。
北郷家は、その人狼の中でもっとも気高いと称される人狼族が侍の一族。
かつての戦乱の世に置いては、その俊足で戦場を駆け巡っては数多の敵を切り裂き、敵には恐怖を味方には鼓舞を与え続けた一騎当千の兵、それが人狼族が侍の一族
しかし、移ろいゆく時代の流れの中で彼等はいつしか忘れ去られ、現代に置いては人々の記憶からもその存在は消え御伽噺の中に怪物として登場するのみである。
そんな時の流により、次第に数を減らしていった人狼族。
僅かに生き残った彼等は、あるものは山の奥深くに身を隠し、また在るものは人の中に紛れ込み、細々のその血と業を伝えて生きてきた。
北郷一刀も、そんな現代に人中に紛れ込み生きる人狼族の一人である。
「と、いかんいかん。この程度で愚痴愚痴と弱音を吐いていては、草葉の陰より見守って下さっている父上や母上に申し訳が立たんでござる……」
ベットから僅かに顔を起こし、首をブンブンを振りその頬を手で叩く。
「父上、母上……拙者は頑張るでござるよ、安心して見守っていてくだされ。」
事故で亡くなってしまった両親、人に紛れ世情を学ぼうとしたその日の出来事だった。
色々な事を学び、のびのびと生きて欲しい願ってくれた両親。
この聖フランチェスカ学園への入学も、両親の思いを無駄したくない一心から、あえて選んだ全寮制の学校だった。
『人の世に生きてこそ、学べることがある』、両親のその言葉を信じて。
(……おろ? なんで、ござろう…………急に眠気が……)
眼を閉じ両親のことを思っている一刀に、急な眠気が襲う。
(いかんでござる……戸締りを確認せねば……寝起きの、時、もし……も……狼の……姿に……zzz)
彼の意識は現世(うつしよ)より閉ざされ―――――――――――――― 外史の突端が開かれる。
舞台は移り、場所は最初の森。
「おっかしいなぁ……たしかたにこの辺りの筈なんだが」
「本当に見たのかよ? 正直、信じらんねぇなあ」
「夢でも見たんじゃねえのか?」
数人の男が、その森の草木をかき分けながら進んでいく。
「本当だって、おらぁ確かにこの目で見た。真っ白い流れ星がこの辺りに落ちるのを……」
男たちは猟師だった、近くの邑からこの森に入り獣を狩るのを生業とする者達である。
「流れ星がねぇ……まぁ化生の類だったたまんねぇしな」
「そうだな、まぁ見るだけ見て何も無かったら、そん時は今晩の肴にでもしようや」
「ははは、酒の肴が笑い話か、そいつぁいいや」
笑い声を上げながら、足を進めていく男達。
彼等は普段は一人で狩りに出るのだが、昨晩一人の男が見た流れ星、その流れ星が自分たちの狩場に落ちたと聞きこの人数での捜索と相成った訳である。
「お、おい! あれ……」
と、いきなり一人の男が震えた声を上げる。
「あぁんどした? 熊でも出たの……!?」
男が指差す先、はたしてその先にあったものは。
(母上~……待ってくだされ……うにゅにゅ……zzz)
その先にあったもの、それは一匹の大きな白狼
体を丸め、何かに抉り取られたように円状に広がる跡地に眠る、普通の狼より一回りも二回りも大きい白き狼。
どこか畏れを抱かせる雄々しき白狼……北郷一刀の狼としての姿が、そこにあった。
「すげぇ……」
男の一人が、思わず感嘆の言葉を漏らす。
この辺りでは滅多に見ない白狼、しかもとびっきり上等のその姿に獣など見慣れた筈の男達が全員釘付けになる。
どれ位のときが流れただろう、全員がその狼に見とれる中、唐突に狼の方動きが起きた。
「んッ……」
丸めた体を僅かに身じろがせる。
もし、本人にこの時の記憶があったのなら、彼はその迂闊さを死ぬほど後悔した筈である。
冒頭にあった逃亡劇、それは正しくここに端を発したと言っても過言ではない。
本人しては無意識上での出来事ゆえに、仕方が無いと言えば仕方が無いことである。
だがあえてこう言わせていただこう……迂闊なり、北郷一刀、と。
身動ぎ、僅かに唸り、その後に彼は発した。
発してしまった。
タイミング悪く……本当にタイミング悪く。
滅多に発しないそれを、わざわざこの場所、この時に限って。
運が悪いと言わざる得ないだろう、まさかよりにもよって……
「うぅ~んん……もう食べられないでござるよぉ母上~……」
こんな時に、『寝言』を発してしまうなんて。
『ッ!?』
それを聞いた瞬間、男たちの顔に驚愕が走る。
言葉だけ聞けば、あまりにベタな間の抜けた寝言。
しかし、それを発したのは目の前に居る"狼"
その事実が、男たちを戦慄させる。
目の前の狼が喋った。
しかも発した言葉は、『もう食べられない』。
「物の怪……」
一人の男が、僅かに聞き取れる程度の小さい声言う。
狼が言葉を喋り、なおかつその言葉はもう食べられない。
男たちの中で、そこから導かれる答えは一つ。
人を喰らう物の怪……化け物、妖怪。
自分たちの狩場に、物の怪が入り込んだ。
その事実に、男たちの中に言いようのない恐怖が宿る。
恐怖に限ったことではないが、あまりの衝撃を受けた時、人間の頭の中は真っ白になる。
何も考えてないのではなく、ただ真っ白に何も頭に浮かばず呆然と立ち尽くすことになる。
そんな時、立った一言、たった一つの行動が、数百の集団をまったく同時に動かす事がある。
これは正に、そんな現象なのだろう。
一人の男が、その手に持った弓を引く。
「お、俺たちの縄張りから……」
彼の思いは単純だ、自分たちの狩場に化け物が入り込んだ、だからそいつを追っ払う。
だがもし彼が、彼以外の誰かが「逃げろ」とでも叫んでいたら。
確実に、別の結果になっていただろう。
しかし、ここでそれを論じても意味は無い。
賽は投げられ、斯くして道は決す。
「出て行けえーっ!!」
震える手より矢は放たれ、一刀にむけ一直線に疾走。
突如として響く大声と感じる危機に飛び起きるが、完全回避には僅かに遅い。
頭を狙って放たれた矢は、しかして一刀が間一髪で飛び起きた事によりその狙いを逸れ前足へと突き刺さることになる。
「ッッゥ!?」
寝起きに走る激痛と、感じる殺気にとっさに叫びならぬ叫びを上げ駆け出す一刀。
「逃がすな! 追えーー!」
男の声が響き、その声に呼応して狩人たちの雄叫びが上がる。
「物の怪を逃がすなぁ!」
「殺せぇえッ!!」
狂気に満ちた声が森に響き、かくして深緑の追っかけっこが始まった
「ハァ……ハァ……ゥッ!?」
乱れた呼吸を整え、足に刺さった矢を口で引き抜く。
(何とか振り切ったでござるか?)
痛む傷口、流れ出る血、そこを丁寧に舐めながら一刀はあたりを警戒する。
(血を流しすぎたか、頭がふら付くでござる)
人狼特有の回復力により何とか血は止まってきてはいるが、既に多くの血を逃げる最中に流してしまっている。
(そうか、拙者の流した血痕を追ってきた故に振り切れなかったでござるか……なんという間抜け)
逃げるのに夢中で気がつかなかって事実、自分は手傷を負いそこから真新しい血が流れ落ちていた。
これでは道に印しを残しながら逃げ回っていた様なものだ、全くもって振り切れる道理もなし。
(となると、ここも何れは見つかるか……クソッ! なぜ拙者が人狼だとバレているでござるか!?)
言わぬが華。
彼自身が憶えてないとは言え、自業自得と言う以外に適語が見当たらない。
(そもそも拙者、何故にこの様な場所に居るでござるか。昨晩は確かに自分の部屋へと帰宅した筈……)
追っ手の言葉から察するに、人狼だと知られた故に化け物とした追いまわされていると言う事は分かる。
だが、そもそも何故自分がこんな見知らぬ森の中にいるのかが一刀には分からない。
(ぬぅ、帰宅してから先の記憶が無いでござる。何か……誰かに会ったような気がするのだが)
思いだそうとするも、霞がかかった様に何も見えてこない。
(兎にも角にも現状を何とかせねば、血痕と追ってきたのであれば何れここも見つかる。この様な何処とも知れぬ場所で人狼族の血を絶やすわけには…………ん? 『人狼』ぉ?)
唐突だが、北郷一刀は結構な天然(うっかり)である。
平静の時はいいのだが、一度テンパるとそれさえやって置けば解決する簡単な問題でさえも、遠回りし紆余曲折へて漸くその解決方法を思い浮かぶ。
そう言った類の、テンパり系天然(うっかり)属性持ちなのである。
とどつまり、何が言いたいのかと言うと。
「あぁ~! そうであった、拙者は人狼族! 何も狼の姿で逃げ回らずとも、どこぞに隠れて人の姿になれば良かったのでござる!」
こう言う事である。
彼は今の今まで自分が人狼族、狼の姿にも人の姿にもなれると言う事実に全く気が付かなかったのだ。
誤解しないで頂きたいのだが、全ての人狼族が皆"こう"なのでは無い。
あくまで彼個人が、間抜けでテンパり君で単純思考な天然(うっかり)狼なのである。
(そうと決まれば話は早い。幸いにも月齢は未だに新月には遠い、完全な人の姿になるには何の問題もないでござる)
思い至るやいなや、即座に実行に移す。
また何時、先の男たちが追いついてくるかも分からない以上、のんびりしている暇は無い。
僅かな集中、狼から人に転ずるのに必要なのは明確なイメージ、想像力。
特別な事は何も要らない、自分がそう言う種族である以上、姿を思い浮かべ変われと念じるだけいい。
時間して僅か数秒。
そこには既に白狼の姿は無く、白く輝くフランチェスカの制服に身を包み、腰には刀を入れた竹刀袋を下げた黒髪の青年、北郷一刀の姿があった。
(ッ!? やはり血を流しすぎたでござる、変じるだけでここまでふら付くとは……)
腰を落とし、膝を地に付け、頭を抱える一刀
人の姿になったは良いが、矢を刺したまま走り回った代償から既に多くの血が流れ出てしまっている。
おまけに未だに塞がらぬのであれば、追っ手が無くなっても今度は森の獣たちの餌となってしまう可能性がある。
(先ずはここから離れるのが先決、倒れるのはそれからでも)
「動かない事ね」
「!?」
響く少女の声、首筋に当たる冷ややかな感触。
一刀の首に絶命の鎌が付きつけられた。
『続』
あとがき
どうもどうも、始めましてです。
この度初投稿となりました、三月と申します。
突然ですが、先日友人と恋姫妄想電波トークをしていた時の事…
「なぁ、北郷一刀って動物に例えると何かな。やっぱり馬か? 種馬だけに」
「狼」
「!?」
「盛りの付いた狼だろ」
「……男は狼なのよ~ってか?」
「うむ、それで首輪付けられたり矯正されそうになったりするんだよ」
「なんと!?」
とまぁこれが、この作品を書く切欠でございます。(笑)
突如として舞い降りた電波、それはもう脳天直撃セガ◆ターン張りの衝撃でございました。
もうそれからは、ネタ(と言う名の電波)が私と友人の間にガンガン降り注ぐ始末。
狼一刀、つまりは人狼一刀だな。OKバチコイ
人狼と言ったらござる口調で侍だろ。JK
ござる口調、となれば刀に剣術=『おろ』が無いと始まらんね。異論は認めない
おろろ武将……だと。
侍な人狼一刀、口調は流浪人と申したか。なんと言うカオス
うぉぉぉぉぉぉ! み・な・ぎっ・て・キタぁぁぁぁあ!!!
以上により、この作品は完成いたしました(イミフ
この様な電波と妄想の産物の作品ですが、どうか見捨てずにやって下さい。
少しでも楽しんでいただければ、私と致しましたはこれ幸いです。
ご意見・感想などが在りましたドンドンいってやって下さい。
皆様の一文は、筆者にとってディステニィドローした時ほどの大きな活力となります。
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初投稿になります。
寛大な心見て下さりますよ、切にお願い申し上げます。
注意
・この作品は真・恋姫の魏ルート再構成SSになります
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