No.130617

真・恋姫無双 蒼天の御遣い17

0157さん

今回は雫たちの活躍がメインになります。

ですので、本編的には全然進んでいないことをお許しください。

それとまた新たにオリキャラが追加されることになりました。

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2010-03-17 20:55:31 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:47310   閲覧ユーザー数:29195

あの虎牢関での戦いを未然に防いだ一刀たちは、あの後、汜水関から撤収した雫たち、北郷軍本隊と合流した。

 

「ただいま、雫、菖蒲」

 

「お帰りなさいませ、一刀様。それに華佗さんもお疲れ様です」

 

「おう、ありがとな、雫」

 

「お二人とも、ご無事で何よりです」

 

「それはこっちのセリフだよ。菖蒲は汜水関を占拠するときに戦ってたんだろ?そういう菖蒲こそ怪我はないのか?」

 

一刀の気遣いのこもった言葉に菖蒲は慌てて首を横に振った。

 

「い、いえっ、怪我などありません!わ、わたくしなんかの為に心配をしてくださるなんて・・・!」」

 

「菖蒲は『なんか』ではないさ。俺にとって菖蒲はかけがえの無い人なんだから」

 

「ご、ご主人様・・・・・・そ、そんなもったいないお言葉・・・////」

 

一刀の無自覚タラシ発言に菖蒲が顔を真っ赤にしていると、雫がいつもと変わらない平坦な声・・・・・・よりかはわずかに硬い声音で口を挟んだ。

 

「・・・・・・一刀様、ご報告したいことがございます」

 

「ん?」

 

「実は汜水関での戦いのおりに、相手の将を捕らえたのですが・・・」

 

「相手の将?」

 

「はい。その者が一刀様にお会いしたいと強く希望しております・・・いかがなさいますか?」

 

雫は一刀に判断を任すように聞いているが、このことにはあまり乗り気でないように見えた。

 

「その将の名は?」

 

「・・・張郃、と申します」

 

「張郃・・・」

 

知ってる。何でも才色兼備で名高い将であったとか・・・

 

「その張郃っていうのはいったいどんな奴なんだ?」

 

華佗が尋ねると、菖蒲がどう言えばいいかといった風に答えた。

 

「その・・・油断のならない方です・・・・・・色々と・・・」

 

どうやら一筋縄ではいかない相手らしい。

 

「そうだな、別に会わない理由もないだろうし・・・会ってみるよ。連れてきてくれるかな?」

 

「・・・・・・分かりました」

 

どこか諦めた風な声を出して、その場所へ向かおうとする雫を一刀は呼び止めた。

 

「あっ、雫、ちょっと待って」

 

「・・・なんでしょうか?」

 

「・・・ありがとな。雫たちの働きもあってこの戦いを食い止めることが出来た。それと雫が無事でいてくれて俺は嬉しいよ」

 

「・・・・・・・・・いえ、これも臣下の務めですので。・・・・・・それでは」

 

雫は礼をしてそのまま行ってしまった。ちなみに彼女の足取りがほんの僅かに軽くなっていたのは誰も気づかなかった。

 

しばらくすると、雫が二人の兵士と縄を打たれている一人の女性をともなって戻ってきた。

 

兵士の間に挟まれるようにして歩いている女性が張郃なのだろう。

 

「お連れしました、一刀様」

 

「うん、ご苦労様」

 

「おー、あんたが噂の『天の御遣い』か?いったいどんな奴かと思ってたけど案外普通だな」

 

「お、おいっ!」

 

明らかに捕虜とは思えない不遜な態度に兵士の一人が注意しようとするが、一刀はそれを止めた。

 

「いや、構わないよ。それよりも君が張郃なのか?」

 

「そうだ。あたしが張郃、字が儁乂(しゅんがい)。あんたが『天の御遣い』北郷一刀なんだろ?」

 

「ああ。でも、出来れば『天の御遣い』ではなくて、北郷か一刀って呼んでくれると助かる」

 

「分かった。なら北郷って呼ぼう」

 

打てば響くような二人の会話に、他の人たちは口を挟む間もなかった。そして、一刀は下がってもいいと告げて兵士たちを下がらせた。

 

「それで張郃?どうして俺に会いたがってたんだ?」

 

「んー・・・噂で気になっていたっていうのもあるけど、そこの二人が主と仰ぐ奴がいったいどんな奴かなって気になったからかな?」

 

そう言って張郃が雫と菖蒲に目をやると、二人・・・とりわけ雫が警戒心をあらわに身構えた。

 

「そう警戒すんなって。別に取って食いやしないよ。それにこうやって縛られてるんだから何にも出来やしないだろ?」

 

「・・・どうしたんだ、雫?張郃と何かあったのか?」

 

「・・・・・・・・・・・・いいえ。・・・・・・・・・何でもありません」

 

明らかに何かあったような雫の様子に、一刀は菖蒲に目を移したのだが、菖蒲は困ったように首を横に振った。

 

「わ、わたくしは途中で関の方へ行ってましたので・・・・・・雫さんに何があったのかは・・・」

 

「何だったらあたしが話そうか?」

 

張郃がそう言いだした。確かに雫が話さないとなれば、もう一人の当事者である張郃に聞くしかないだろう。しかし・・・

 

「・・・・・・雫?」

 

一刀は聞いてもいいかどうか、雫の機嫌をうかがうように尋ねた。

 

「・・・・・・一刀様が望むのであれば、私に異を唱えられるはずがありません・・・」

 

まるでこの世の終わりが訪れたかの様な声を出されては、さすがに聞くのをためらわれてしまう。

 

「それじゃあ、話すか」

 

しかし、張郃はそれにまったく気にすることなく話し出した。

 

 

連合軍が汜水関を落とし、虎牢関へと軍を進めてからしばらくの時が経過した今。汜水関では袁紹軍の部隊が汜水関の守りを任されていた。

 

とはいっても、敵対する勢力が董卓軍だけであるという今の状況では、連合軍が後退でもしてこない限り、この汜水関が戦闘になることなど皆無に等しかった。

 

そのため、彼らのやることといったら、運ばれてくる兵糧や物資などの確認ぐらいのもので、関の守りをしている兵士たちにもどこか弛緩(しかん)した空気がただよっている。

 

「あー・・・・・・どこかにいい女が転がってねえかなぁ・・・」

 

汜水関の守りを任された将、張郃はだらけきった態度を隠そうともせずに、関の上で遠くを眺めていた。

 

「・・・・・・張郃様。ここは戦場だった場所なのですから、女性が一人でこんなところを歩いているとは考えにくいかと・・・」

 

張郃のぼやきが聞こえたのか、見張りの兵の一人が真面目にそんなことを言ってくる。

 

「そんなのあたしにだって分かってるよ。だけどこんな男所帯で女の影すらなければそう言いたくもなるだろ?」

 

「はぁ・・・」

 

「あっちはいいよなぁ・・・。劉備とか曹操とか可愛い女の子がたくさんいるんだから・・・。あたしもあっちに行きたかった・・・」

 

「張郃様がここの守りを任されてしまったのは自業自得なのでは・・・?」

 

「えー、そうかぁ?袁紹の胸をもんで『うん、張りはもうないけど、でかくていい胸だ』って言っただけじゃないか」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「文醜も文醜だよなぁ。ちょっとばかし顔良の胸をもんだだけであんなに怒ることねえのに」

 

(・・・・・・よくそれだけのことをして生きていられるな、この人・・・)

 

本来ならどっちも殺されてもおかしくないほどの所業だというのに、こうやって後方に飛ばされるだけで済んでいるのはある意味すごすぎる。

 

「あー、駄目だ。胸の話をしてたら本当にもみたくなってきた・・・。どこか本当に可愛い娘が落ちていねえかな・・・」

 

そう言って目を皿のようにして遠くを眺めていると、彼女の視界にあるものがかすめた。

 

「ん?」

 

目を細めてその場所を注視すると、遠くの物陰から良家の子女と見紛うばかりの整った顔立ちの娘がこちらをうかがっていた。

 

「・・・・・・いた・・・」

 

「えっ?何か見つけましたか、張郃様?」

 

張郃ほど目の良くない兵士はそう言って遠くを眺めるが、何も見当たらなかった。

 

「・・・いや、何でもない。それよりもあたしは少しの間ここを空ける。だから後のことは任せたぞ」

 

「えっ!?ど、どういうことですか!?お待ちください張郃様!?張郃様っ!?」

 

もはや兵士の声など聞いていない張郃は、スキップでもしそうな足取りでその場を後にした。

 

 

菖蒲は一人、遠くの物陰から汜水関をのぞき見ていた。

 

どうやら雫の読みどおり、汜水関を守る兵士たちは油断しきっているようだ。関は開け放たれたままだし、関の上で見張りをしている兵士たちはいかにもやる気を感じられない。

 

この様子なら菖蒲以下、少数の精鋭でも十分に制圧できるかもしれない。

 

しかし、それでも相手の数が多いことは明白だ。長引かせるのは良くない。『兵は神速を貴ぶ』。つまり迅速に相手の関を強襲して混乱を引き起こし、後からやってくる雫の本隊と合流して作戦を実行させたほうがいいだろう。

 

ちなみに菖蒲以外の兵士たちは別の物陰に隠れていた。理由は明白。複数人が物陰に隠れるということは身を寄せ合わせなければならなくなり、男性恐怖症である菖蒲がそんな状態でいられるわけないからだ。

 

だから他の兵士たちは別の物陰で菖蒲の動向を見守っている。

 

菖蒲がそろそろだろうと、兵士たちに合図を出すために片手を肩の高さまで上げ、そしてそれを前に振ろうとしたその瞬間、菖蒲の頭上から声をかけられた。

 

「お嬢さん。何してんだい?」

 

「ひゃっ!?」

 

驚きのあまりに小さい悲鳴を漏らしてしまった菖蒲は慌てて頭上を見上げると、がけの上には張郃が菖蒲を見下ろしていた。

 

張郃はすでに近くにあった岩に縛り付けていた縄をがけの下におろすと、それをつたってスルスルと身軽にがけを降りていった。

 

地面に降り立った張郃はそのままジッと菖蒲を見つめる。

 

「ふむ・・・」

 

関の上で見たとおり、良家の子女かと見紛うばかりの整った顔立ち、透き通るほどの白い肌、腰まで届くほど長くつややかな髪、鎧と服の上からでも分かる均整のとれた体つき、不安げに揺れる濡れた瞳・・・

 

「・・・・・・・・・いい・・・」

 

張郃の心の中では喝采(かっさい)の声がわきあがっていた。普段は信じてないが、この時ばかりは神仙(神様)の存在を信じてみようかと思ったくらいだ。

 

「・・・・・・あの・・・何か?」

 

菖蒲が警戒した様子でいるのを感じ取った張郃は、まるで待ちに待った獲物を見つけた狩人みたいに、慎重に慎重に言葉を選んで話し出した。

 

「あ、いや、ちょっと気になってな。君がここで何をしてんのかなって。ここはもう終わったとはいえ戦場だった場所なんだ。君のような子がこんな所で一人でいるのは危険だよ?」

 

「いえ・・・・・・その、実はわたくし、あの関に用がありまして・・・」

 

それを聞いた瞬間、張郃は確信した。これは天命だと。天がこのあたしの為に用意してくれた絶好の機会なのだと。

 

「そうか、それはちょうどいい。実はあたしはあそこの責任者なんだ。だからあたしに付いてくれば問題なく関に入れるぜ」

 

「・・・それは、あなたがあの関の守りを任されている将だということなのですか?」

 

「ああそうだ。あたしの名は張郃。こう見えて結構強いんだぜ?だからあたしと一緒に来れば君の安全は保障されたも同然だな」

 

別の意味での安全はまったく保障されてないのにも関わらず、張郃は平然とそんなことをのたまう。

 

「・・・・・・・・・そうですか・・・」

 

その時、菖蒲はかすかにうつむいた。片ヒザを立てて座っている彼女がうつむけば、途端に表情が見えなくなり、張郃はそれが怖がっているのだと思った。

 

「あっ、そんなに怖がらなくてもいいんだ!別にヒドイことをするってわけじゃないんだから!ただ、ちょっと関にある一室で一緒にお茶でも飲んでくれれば――――」

 

「・・・ごめんなさいっ!」

 

菖蒲は地面に置いてあった『鬼斬』を手に取り、張郃に向かって立ち上がると同時に切り上げた。

 

「うわっ!?」

 

張郃は不意をつかれたにもかかわらず、さっと後ろに跳んでその攻撃をかわした。

 

「な、なんだっ・・・?」

 

いきなり戦斧で切りつけられた張郃はどういうこと理解できずに菖蒲を見た。(ちなみに張郃は菖蒲に目を奪われていたので武器には気づかなかった)

 

すると、別の物陰から多数の兵が現れた。

 

「徐晃様!我々もあなた様の援護を・・・!」

 

「いけません!この方はわたくしが相手をいたしますので、あなた方は急いで関の制圧に向かってください!」

 

「わ、分かりました!」

 

いつになく真剣な菖蒲に気おされながら、兵士たちは急いで関へと向かって行った。

 

「・・・なるほど。そういうことか」

 

張郃もやっと状況を理解したらしく、両手に鉤爪(かぎづめ)の付いた手甲『風月』を装着した。

 

「何もんだお前ら?董卓軍・・・にしては兵の鎧が違うようだが・・・」

 

「わたくし達の主はご主人様・・・北郷一刀さまです」

 

「北郷一刀?・・・・・・ああ、あの『天の御遣い』か」

 

なるほど、と思った。聞いた限りでは連合軍にも董卓軍にも姿を現さない『天の御遣い』が何をしているのかという話が、連合軍内にそこかしこでささやかれていたからだ。

 

「はい。申し訳ありませんが、主の命により汜水関は奪わせていただきます」

 

「君みたいな可愛い娘の頼みなら喜んで聞いてあげたいところなんだけど・・・あいにく、あたしは一応雇われの身なんでね。もらった俸給分の働きはしなくちゃならないんだ」

 

菖蒲も張郃も共に武器を構え、臨戦態勢に入った。

 

「では・・・徐公明、参ります!」

 

宣言と同時に菖蒲は張郃に向けて駆け出した。

 

戦斧の柄を短く持ち、戦斧の重量と遠心力を利用した、強力な縦による斬撃を繰り出そうとする。

 

無論、張郃はそんな真っ正直な攻撃を受けるつもりはなく、軽く横に跳んでそれを避けるつもりでいた。しかし・・・

 

「っ!?」

 

振り落とされようとした間際、突然、戦斧が横に倒れ、横になぎ払うような斬撃へと変わっていった。

 

ガキンッ

 

避け切れなかった張郃は手甲の部分でそれを受け止めると同時に、戦斧の振りぬく方向へと跳ぶことで衝撃を最小限のものにした。

 

ズシャァァァァァッ

 

地面をすべりながら着地すると、張郃は受け止めた手を軽く振りながら体勢を整えた。

 

「おー、痛ってー・・・。ははっ、やるじゃないか、あんた。よーっし、次はあたしからいくぜっ!」

 

そう言って張郃は駆け出した。その体勢は地面に倒れるかと思うくらい低く、そして速かった。

 

急速に接近してくる張郃に、菖蒲は慌ててそれを迎撃しようと、戦斧を振り落とす。

 

だが、なんと張郃はそのスピードをゆるめずにして真横へ跳んだのだ。

 

かわされた戦斧は地面に突き刺さってしまい、張郃はその隙を逃さすにあいた脇腹へ抉(えぐ)り取るように爪を突き出した。

 

「っ!?たぁっ!」

 

しかし、それは当たらなかった。菖蒲は地面に突き刺さった戦斧を支点として、軽業(かるわざ)のごとく跳び上がったのだ。

 

菖蒲は空中で戦斧を引き抜き、地面に着地して距離を取ると、二人は再び武器を構えた。

 

(おいおい・・・あんな重そうな斧と鎧着けてあんな動きが出来るもんなのかよ・・・)

 

(この人・・・速い。何とか目で追うことは出来るけど・・・)

 

お互い相手が並々ならぬ強さだということが分かり、初手で互いの戦闘スタイルを知ってしまった二人はうかつに手が出せなくなってしまった。

 

「菖蒲さんっ!」

 

その時、二人のもとに小隊規模の兵を引き連れた雫がやって来た。

 

「雫さんっ!?あなたがどうしてここに!?」

 

「斥候から報告を受けました!それよりあなたも早く関に向かってください!この方は私たちが引き受けます!」

 

「し、しかし、この方は並大抵の者では・・・!」

 

「あなたが向かわなければ関は落とすことは出来ません!それに足止め程度なら私たちでも出来ます!ですから早く!一刀様の為にも・・・!」

 

最後の一言が効いたのか、菖蒲は幾分、迷う素振りを見せたもののうなずいた。

 

「・・・分かりました。・・・雫さん、お気をつけて・・・!」

 

菖蒲が汜水関へ向かって行ったのを見て、張郃は気が抜けたように構えを解いた。

 

「・・・あーあ、行っちまった。えっと・・・そこのお嬢さん?」

 

「私は徐庶といいます」

 

「なら徐庶。本気でその程度の兵であたしを止められると思っているのか?」

 

「はい。止めてみせます」

 

「・・・そっか。・・・だけどそれは――」

 

唐突に張郃が加速した。兵士たちは慌てて応戦しようとするが、攻撃は当たらず、攻撃は避けられず、瞬く間にその数を減らしていった。

 

そして最後の兵士を打ち倒した張郃は雫の目前へと迫っていた。

 

「――過小評価のし過ぎだとあたしは思うな」

 

目の前に迫られていても雫は動じることなく淡々と答える。

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ、それに詰めも甘い。あたしがそこら辺の物陰に潜んでいる兵に気づいていないとでも思ったのかい?」

 

それを聞いて雫はわずかに息を呑んだ。

 

「恐らく弓兵でも配置してるんだろうが、来る方向さえ分かっていれば矢を避けきることなんて造作もないことだ。それにこうやって近づけばあんたに当たるかもしれないぜ?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「万事休すだな。どうする?今すぐ関に向かった兵の攻撃を止めさせるようにすれば、あんたの命は助けてやっても――――」

 

「それは出来ません」

 

張郃の言葉をさえぎって雫は断言した。その瞳からはゆるぎない意思が見て取れる。

 

「私は一刀様に汜水関の占拠を命じられました。あの方の期待に応える為、そしてあの方がこれからすることの為にも、この場で兵を退くことは出来ません」

 

ふと雫は思い出す。一刀たちと分かれる時、一刀が心配そうな顔をして雫たちを見送っていたことを。

 

あの方はいつも変わらない。誰よりも他人を優先し、そして自分をおろそかにする。だからこそ周りがそれを支えなければいけないのだ。

 

そして、そんな人の力になれることを誇りに思える雫は微かに微笑んだ。張郃はそれを見て思わず見入ってしまう。

 

「それにこの状況は万事急すなどではありません。だってこうすれば・・・」

 

そう言って雫はそっと自然に近づき、張郃を強く抱きしめた。こうすれば素早く動くことなど出来ないだろう。

 

「今ですっ!私のことは構いませんからやってくださいっ!」

 

(こいつっ!?心中するつもりかっ!?)

 

今から徐庶を振りほどいて飛んでくる矢をすべて避けきるのは不可能だ。張郃は飛んでくるだろう矢を警戒して身構えた。

 

しかし飛んできたのは矢ではなく網。漁などで使う投網だった。

 

網は二人の上にいくつも降り注ぎ、たちまち二人は網に絡め取られてしまった。

 

「・・・・・・網・・・?」

 

「はい、言ったはずです。足止めなら私たちでも出来る・・・と」

 

つまりそれ以上のことは出来ないというわけだ。

 

「・・・ははっ。なるほど、そういうことか。・・・あたしの負けだな」

 

張郃が納得したように力を抜くと、物陰から数人の兵士が姿を現した。網を投げた者たちだ。

 

「徐庶様!お待ちください、今すぐお助けいたします!」

 

「いいえ、私のことは構いません。あなた方もすぐに関の制圧へと向かってください」

 

「し、しかし・・・!」

 

「この者にはもう戦う意思がありませんので私に危害を加えたりはしないでしょう。ですから私はここで本隊の到着を待ちます。私は大丈夫ですので行ってください」

 

兵士たちは迷ったものの、微かにうなずいて汜水関の方へと向かって行った。

 

(・・・汜水関にはあたし以外にあの徐晃っていう娘を止められる奴はいないだろうし・・・・・・こりゃ落ちたかな)

 

それに汜水関を押さえられてしまえば連合軍に勝ち目はない。そこでふと、張郃は気になったことを雫に尋ねた。

 

「・・・なぁ徐庶。どうしてあんたのご主人様は董卓軍についたんだ?『天の御遣い』っていうのは弱い奴をいじめるのは許さない正義の味方なんじゃなかったっけ?」

 

「その質問は半分正しくて半分間違っています。一刀様が力なき人々の味方であるということは合っていますが、董卓軍の方についたというわけではありません」

 

「あん?いったいどういうことだ?汜水関を占拠したのは連合軍の補給路を封鎖する為なんだろ?それにその『天の御遣い』がいい奴だっていうならなおさら・・・・・・ああ、そういうことか・・・」

 

そこで張郃は何かに気づいたかのようにつぶやいた。

 

「はい、一刀様は知っているのです。董卓は悪政をするような方ではないと。そして連合軍の補給路を封鎖することはあくまで連合軍を戦えない状態にする為であり、董卓軍を勝たせるためのものではありません」

 

「へぇ・・・じゃあ、あんたらの目的っていったい何なんだ?」

 

「この戦争を止めることです」

 

張郃が驚きで目を見張った。

 

「・・・・・・マジで言ってるのか?」

 

「大マジです」

 

雫も律儀にそう返す。

 

「もう分かっているかとは思いますが、あの連合に大義はありません。ですので、両軍に争う理由がないのなら戦争を止めてしまえ・・・というのが一刀様の考えなのです」

 

「本当にそんなことが出来ると思っているのか?」

 

何せ、連合軍の総大将は『あの』袁紹なんだぞ?

 

「一刀様なら成し遂げてくださると私は信じています」

 

一寸(いっすん)の迷いもなく言い切る雫に張郃は思わず感嘆する。こんな肝の据わった頭の良い娘にここまでの信頼を得られるとは、その北郷一刀とはいったい何者なんだろう?

 

(・・・こいつらに捕まるならそう酷い扱いも受けなさそうだし。一度、そいつに会ってみるのもいいかもしれないな。・・・・・・ま、今は『そんなこと』より・・・)

 

「・・・・・・・・・っ!?な、何をするんですか!?」

 

「んー?いや、ほら。こうやってくっついてるんだし、せっかくの機会ってことで」

 

「やめてくださいっ!私にそんな趣味はありませんっ!」

 

「ふふっ、このあたしと二人っきりになってしまったのが運の尽きだったな」

 

「本当っ・・・にっ!・・・やめてくだっ・・・さいっ!」

 

必死に抵抗する雫を、張郃はそれを楽しむかのように笑っていた。

 

「ふふふっ、良いではないか~良いではないか~」

 

・・・この後、本隊が到着するまでの間に、雫の身に何が起こったのかについては触れないでおこう・・・・・・。

 

 

「――とまぁ、そういうわけだ」

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

張郃の話を聞いた一刀たちは一様に、気まずそうな顔で口を閉ざしていた。

 

雫は顔を蒼白にしてうつむいていた。その姿を見ていると、まるで、身内のお通夜にでも行っているかのような印象を受ける。

 

「・・・・・・雫さん、お可哀そうに・・・。わたくしが雫さんを残して関へ行ってしまったばっかりに・・・」

 

菖蒲がホロリと涙を流しながら、同情のこもった目で雫を見ていた。

 

「・・・・・・雫、本当にすまない。俺が汜水関の占拠を命じてしまったせいで雫の貞操が・・・」

 

「ち、違いますっ!誤解しないでください、一刀様っ!私の貞操は無事ですっ!唇すら奪われていませんっ!」

 

「本当なのか、張郃?」

 

雫が顔を赤くして必死になって一刀に弁明すると、華佗が張郃に尋ねた。

 

「ああ、それは本当のことだよ。あたしはどっちかっていうと和姦派なんだ。まぁ、それも時と場合によるけど・・・」

 

そう言って張郃は菖蒲に目を移すと、菖蒲は大げさなくらい後ずさって張郃から距離をとった。

 

「だからそう露骨に警戒すんなって。お姉さん、傷ついちゃうじゃないか」

 

「・・・・・・あれだけのことをしておいてよくそんなことが言えますね・・・」

 

雫が恨みがましく張郃を見る。正直、こんなに感情が表立っている雫を見るのは始めてかもしれない。

 

「悪かったって。最後の一線は越えなかったんだから許してくれよ。それに可愛い子を見かけたら胸やお尻をなでておくのは一つの礼儀だろ?」

 

「・・・・・・どこのセクハラ親父だよそれは・・・」

 

「せくはら?」

 

思わず口について出てしまった一刀の言葉に張郃が尋ねた。

 

「えっと・・・俺の世界の言葉だよ。セクシャルハラスメントっていう言葉を略したやつで、意味は『性的いやがらせ』」

 

「へー、そうなんだ」

 

「性的ないやがらせ・・・・・・言いえて妙ですね」

 

張郃と雫が関心したように聞いていた。

 

「それで一刀。このセクハラが大好きなお姉さんはいったいどうするんだ?」

 

語呂(ごろ)がいいからなのか、華佗が早速その言葉を使い出した。

 

「そうだね・・・・・・戦いはもう終わったんだから、袁紹の所に返したほうがいいかもしれないな」

 

「あー・・・そのことなんだけどさ。良ければあたしをここに置いといてもらえないかな?」

 

突然の提案に一刀たちは軽く驚いたが、雫は比較的冷静になって尋ねた。

 

「どうしてですか?」

 

「実はあたし、汜水関をあんた達に攻められる直前、勝手に関を空けて出て行っちゃったんだ。だからあいつ等はあたしが敵前逃亡したと思っているかもしれない。そうなると良くて厳罰、悪けりゃ斬首だ」

 

そう言って張郃は自分の首に手刀を当てて、首を切るジェスチャーをした。

 

「だから私たちの所でかくまって欲しい・・・というわけですか」

 

「な?頼むよ。それなりに役に立ってはみせるからさ」

 

「・・・いかがなさいますか、一刀様?」

 

雫がものすっごーく嫌そうな雰囲気を出して尋ねた。それでも一刀に判断をゆだねる辺りがいかにも雫らしい。

 

「うーん・・・いいんじゃないかな?元はといえば、俺が汜水関を占拠するように命じたのが原因なわけだし」

 

「おっ、本当か!?さっすが『天の御遣い』、話が分かる!」

 

「・・・ただし言っておくことがある。確かに俺は『天の御遣い』などと祭り上げられてはいるが、実際は官位も領地も持っていないただの風来坊だ。ここにいる人たちは全員、俺への純粋な善意でもって協力してもらっている。正直な話、俸給などは期待しないで欲しい。・・・・・・そして、これだけは絶対に守ってもらう」

 

最後にそう前置きすると、一刀は真剣な光を宿した目で張郃を射抜いた。

 

「居づらくなったのなら、いつここを出て行ってもかまわない。だけど俺の仲間を、無辜の民たちを傷つけるような行為は絶対に許さない。もしそれをやったら、それ相応の報いは受けてもらう」

 

一刀の殺気とも覇気とも違う何かに呑まれかけた張郃は頭の中で密かに納得した。なるほど、この二人が忠誠を誓うだけのことはあると。

 

それに聞いた話だと、北郷は本当にあの戦いを止めてしまったらしい。しばらくはこの男に付き従ってみるのも面白そうだ。

 

「・・・・・・悠(ゆう)だ」

 

「え?」

 

「あたしの真名、悠っていうんだ。あんたなら特別にそう呼んでもいいぜ」

 

張郃――悠の言葉の言外の意味を悟った一刀は聖天を抜き、悠の背後に回って縄を切った。

 

「歓迎するよ、悠。これからよろしく頼む」

 

「こちらこそよろしくな、主」

 

そんなあっさりした二人のやり取りを見ていた雫は軽くため息を吐いた。

 

「・・・・・・まったく、あの方という人は・・・」

 

「まぁ、いいんじゃないか?心強い仲間が増えたんだし」

 

「で、ですが大丈夫なんでしょうか?・・・・・・その・・・色々と・・・」

 

そんな菖蒲の声が聞こえたのか、悠はそちらに振り向いた。

 

「ああ。そのことなら心配しなくてもいいぜ」

 

そう言って悠は雫と菖蒲を手招きした。二人は怪訝そうにしながら近づくと、悠は二人の耳元でささやいた。

 

(あたしは好きな奴がいる場合は無理やり迫らないことにしてるんだ。あんた達は好きなんだろ?あいつのことが)

 

(っ!?////) (ええっ!?////)

 

顔を真っ赤にした二人を見て、悠は満足したかのように笑い出した。

 

「はははははっ!やっぱ面白いなここは!しばらくは退屈しなくて済みそうだ!」

 

悠はそのまま華佗の方へと行き、二人で何やら話し出した。

 

「・・・・・・どうなってしまうのでしょうか?わたくし達・・・」

 

「・・・・・・・・・さぁ、分かりません・・・」

 

雫は疲れた声で半ば投げやりにそう答えた。

 

ちなみに一刀はそんな二人を見て・・・

 

(なんだか大変そうだなぁ・・・)

 

・・・と、他人事のように思っていた。

 

 

 

人物紹介

 

 

 

『張郃儁乂』

 

 

真名は悠(ゆう)。元々は袁紹軍にいたが、汜水関での戦いのおりに捕まり、そのまま一刀たちの仲間になる。

 

 

美しいもの(主に女体)を求めてさまよい歩くという、享楽的というか奔放的というか色々とフリーダムな考えの人。

 

 

そのため袁紹軍(特に麗羽と猪々子)では煙たがれていた。

 

 

能力的には、才色兼備で文武共に高い水準を誇り、非常に優秀な将であるのだが、持ち前の性格が災いしてあまりそのようには思われていない。

 

 

隙を見てはセクハラ行為を働こうとするのだが、あまりに行き過ぎると一刀や雫から説教を受けるはめになる。

 

 

無節操にも見えるが、相手に好きな人がいる場合は手を出さない(それでもセクハラ行為だけはする)という律儀な一面も持っている。

 

 

 

 

 


 
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