「無関心の災厄」 -- 第一章 シラネアオイ
第16話 無関心ともう一つの花言葉
白根は何も言わなかったし、もちろん夙夜も黙っていた。
あの二人が黙っているのだから、オレが口を開くわけにはいかない。
だから、シリウスだけがなかったことになった。
そして、一番後ろの端の席は学校が再開してもずっと空席のままで、オレたちの教室からは二人の人間が減り、転校生の白根が増えた。
犯人がこの世から消えてしまった以上、警察の捜査に何の意味もない。
あれから平和に学校生活を送っているオレの与り知らぬうち、いつの間にかフェイドアウトした事件は、きっと、たぶん、夙夜の叔母だとかいう国家権力によって鎮静されたのではないかと邪推する。
時折、街の中であの若い刑事を見る事もあるが、特に何も言ってこないところからも、珂清さんの権力の強さは伺い知れる。
いったい何者だ。
でも、本当に?
本当になかった事になるのか?
なあ、夙夜。
アイツが無関心なことは分かっている。
今回だって、気まぐれでオレに手を貸し、気まぐれで転校生に興味のあるフリをし、過去の梨鈴への興味からシリウスにも興味を示した。
人間である事を継続するためにああやって行動しただけだ。
アイツの中に、特別なんてものはない。
分かっているけれども、オレもその無関心の対象で、あのネコもその対象で、実はキツネも先輩も白根も、アイツの周囲に存在する何もかもがそうだっていうことに、オレは悲しんでもいいだろうか。
どうして悲しいのかはわからねえ。
でも、もし昔の偉いヒトが言ってたように『好きの反対が無関心』だっていうんなら、オレはいっちょまえにアイツに好かれたがってるってことなんだろう。
そんなこと、認めたくもねえよ。
オレがアイツに興味を持っていて、さらにアイツがオレに興味を持つ事を望んでいるだなんて、滑稽にもほどがある。
ああ、本当に滑稽だ。
この話を先輩にしたら、いつものようにくすくすと笑ってくれるだろうか。
――ああ、なんてくだらねえ。
桜崎通りの一本奥の道、ひっそり佇む花屋『アルカンシエル』。
オレはその花屋の扉を開けた。
「いらっしゃいませ、ですぅ」
相変わらず可愛らしい声がオレを出迎えてくれる。
「あっ、マモルちゃんです!」
花の国のアリスと化した文芸部の先輩は、嬉しそうにオレに向かってたたっと駆け寄ると、いつものように腰の辺りにタックルをかました。
い、いてえ……いつもにもまして威力が……!
「元気そうでよかったのです」
にこにこと笑う先輩に、オレは文句を引っ込めてため息一つ。
そして、つられて笑い返しながら告げた。
「笑われにきました」
事の顛末と事件の真相を話し終えたオレは、全身を酷い脱力感に襲われていた。
「悲しいのです。シリウスくん、消えちゃったのです」
梨鈴の時と同じ言葉を口にして、先輩は悲しそうな顔をした。
「すみません。今度も、オレには何も出来なかった」
オレも、一年前とまるで同じ台詞を吐いた。
「先輩。コトバは魔法になるなんて、ウソなんですか? オレの言葉じゃ、シリウスを救えないんですか? 萩原も、梨鈴も、シリウスも、誰ひとり救えないんですか?」
とんでもなく我儘な言葉を続けたオレに、先輩は優しく笑う。
「それは違うのです」
「何も違わない!」
ここでこうやって声を荒げられるのは、オレが先輩に頼りきって、甘えているからだと分かっている。
それでも、胸の底にたまった思いを吐き出したかった。
「夙夜は、アイツは何でも出来る。でも、何もしようとしない。あれだけの能力を持っていながら、活用する事を知らない。オレが何か言わないと、きっとアイツはずっと何もしない。なにが起ころうと、に関心を持つ事もなくただそこにいるだけだ」
「それはアノ子が『無関心』だからなのです。何もしようとしないのではなく、何も出来ないのです」
分かってる。
アイツがああやって生きているのがわざとじゃない事、それはずっと隣にいたオレが一番よく分かっている。
「それでもオレにはなんの力もない……!」
「違うのですよ、マモルちゃん。マモルちゃんが認めようとしないだけなのです。マモルちゃんの中にケモノはいないのですが、その代わり、ケモノの対局のモノが在るのです」
先輩。
オレにはそんな力はないよ。
「ピエロさんは、ケモノを従える事も出来るのです。そして、みんなを喜ばせる事も出来るのです。コトバは魔法、それはウソではないのです。でも、ホントウでもないのです。コトバを武器にして相手を傷つけるのは簡単ですが、それを治すのはとっても難しいのです。躰についた傷も同じです。そして、そのコトバの使い方を決めるのは、マモルちゃん自身なのです」
誰ひとりだって救えやしないよ。
「シュクヤくんはすでに『無関心の災厄』として完成してますです。でも、マモルちゃんは『口先道化師』としては未熟なのです」
先輩は、細い腕をいっぱいに伸ばして、オレの頭を抱き込んだ。
それに合わせて腰を折ると、ふわりと甘い匂いがした。
これは、花の匂いだ。
「もっといっぱい悩んで、いっぱい勉強して、マモルちゃんは素敵な魔法使いになってほしいのです。それがワタシとシュクヤくんのお願いなのです」
ああもう、そんな事言わないでよ、先輩。
そんなこと言われたら、またオレは過ちを繰り返しちまう。
そっち側の世界に入りたいと、思ってしまう。
「先輩……」
「なんですぅ?」
「オレ……もっと、アイツに近づきたい。アイツだけじゃない、白根や、先輩の近くに行きたい」
オレははっきりと自覚した。
自分だけがモノガタリに関われない事が悔しいと。アイツらと同じ目線に立って、様々な出来事を迎えてやりたいと。
「ワタシも、そう思いますですよ?」
そう言って、優しい花の国のアリスはオレの頭をそっと撫でた。
やべえ。ほんとにやべえ。
これ、奥で珂清《かすみ》さんが聞いてたとかいう最低のオチはねえよな?
さっきまでのカッコ悪い姿はなかった事にしたいのだが。
先輩に弱音を吐きまくって、励まされまくって、ようやく落ち着いたオレは、ばつ悪く鼻の頭なんて擦りながら、誤魔化すように言った。
「『イベリス』の花言葉、オレも調べたんですよ」
「そうなのですか?」
「はい」
珍しく図書館へ足を運んで、そしてぺらぺらとページをめくって。
でも、それだけの手間をかけた価値はあった。
「イベリスの花言葉は『無関心』。それから、もう一つ――『心を惹きつける』。二つ、あったんですね」
「ふふふ、正解なのです」
にっこりと笑った先輩は、また花を差し出した。
「これは正解のご褒美です」
今度の花は鉢植えで、薄い花弁が大きくぱっと開いているのが印象的だった。淡い桃色の花は、先輩の来ているユニフォームと同じ色。
ああ、そうだ。夙夜の叔母の国家権力でもある花屋の店長にコスチュームのお礼を言い忘れていたのだった。
まあ、それは今度でいいか。
「また来ますよ、先輩」
「いつでも待ってるのです」
店を出て、花の鉢を抱え、学校に向かって坂を登る。
仕方がない、もう一回図書館まで足を運ぶか。
それとも、ヤマザクラとシラネアオイの花言葉を即答したマイペースなオレの同級生は、この花の花言葉も知っているだろうか?
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
次→http://www.tinami.com/view/130042
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