第三十四話
一刀は雪蓮たちとの再会を果たした。すべては一刀の杞憂だったのだ。雪蓮たちが一刀の事を煩わしいなんて思うわけない。彼女たちだって一刀とずっと会いたかったのだから。
雪蓮は一刀との再会を果たし、今までの事を清算するかのように一刀に甘え切っていた。一刀もまた雪蓮に甘えていた。雪蓮は一刀が戻ってきた事をみんなに伝えるべく、一刀の手を引いて、満面の笑みで一刀を城に迎え入れたのである。
その時のみんなの反応はみんな似たような感じであった。最初は信じられないような顔をして、そして、徐々に一刀だと認識していく。最後には涙を流し、一刀の元へと駆け寄っていく。意外な事に冥琳も泣きそうな顔をしながら一刀のことを歓迎してくれた。
本当なら彼女たちと一刀の感動の再会シーンはこんな事では完全に表現できない。まだまだ、言いたい事がたくさんあるのだが、それをするのは野暮というものだろう。一刀と雪蓮たちは感動的に再開した。それでいいではないか。
「ご主人様、ご無事で……何よりです。」
「月!?………月なの?」
「は、はい。………グス。」
感動的な再会を果たしたのは雪蓮たちではない。今では劉備軍であるもののかつては一刀の仲間であった月たちもまた、一刀との再会に心を喜ばせていた。
「あんたがそう簡単にくたばらないとは思っていたけどね!でも………無事でよかったわ。」
「詠も……ありがとな。」
月と詠がいた事には驚いたが、彼女たちが一刀に出会った驚きに比べれば大したことはないだろう。彼女たちは何も変わっていなかった。本当に……本当に良かった。
「…………ご主人様。」
「恋?恋なのか?」
「ご主人様!」
恋は思いっきり、一刀に抱きついてきた。今にも泣きそうな彼女を一刀は優しく頭を撫でてあげた。
「心配掛けて悪かったな。恋。」
「…………フルフル。」
一刀の胸の中で、必死に首を横に振っている。その動作だけで、恋が今まで一刀を心配していたことが良く分かる。
タタタタタタ!
何やら軽やかな足音が聞こえてくる。
(ん?あれは………ねね?)
そう、ねねがこっちに向かって走ってきたのだ。今でも泣きそうになりながら。
(そうか……ねねにも心配かけちゃったみたいだな。)
よし。思いっきり抱きしめてやろう。さあ、俺の胸に飛び込んでこい!と、一刀は両腕を大きく広げ、ねねの突貫に備えた。しかし、どういうわけか、なかなかスピードが落とさない。それどころか、どんどん速くなってきた。そして、一刀ととの一定の距離を詰め、思いっきり飛び上がったのだ。その身長からは考えられないほどの跳躍力だ。
「え?」
一刀の反応が一瞬、遅れた。
「ちんきゅうキーーーック!!」
ドガーン!
「ひでぶ!」
ねねを迎えようと、大きく広げた胸が、皮肉にもねねのとび蹴りをさらに強力にする要因の一つになってしまった。
「ぎゃおおおおおああああ!!!」
ゴロゴロとのたまう一刀をねねは冷ややかな目で見ていた。一刀はすぐに起き上がり、ねねに一瞥した。
「お、おい!ねね!何しやがる!?」
「ふん!これはねねたちに無駄な心配をかけさせた罰なのです!本当ならこんなものではすまないのです!」
まるで謝る気配を見せないねね。恋はのたまう一刀に近づき、ねねの本意を代弁をするかのように言った。
「………ねね。本当はご主人様の事、すごく……すごく心配していた。」
「れ、恋殿!」
「………本当の事なのだから、仕方がない。」
「む、む~………」
ねねは少し、顔を赤くしながら言い訳していた。今の『ちんきゅうキック』はねねの本当の想いの裏返しなのかもしれない。でも、他にやり方はなかったのだろうか?
「あ……あはは。」
一刀はあきれ顔で、苦笑いをした。
「何を笑っているのですか!」
そうして、先ほどと同じやり取りが繰り返される。みんなほのぼのしくその光景を見ていた。ねねを止めずに。まあ、これが彼女なりの一刀に対するコミュニケーションなのだろう。一刀にとってはいい迷惑だが。
そんなこんなで一刀と雪蓮たちの感動的な再会が終わった。積もる話は山ほどあるが、それは後にし、見慣れない者たちが一刀に取り巻いている。いや、見覚えのある者たちなのだが、いかんせんどうして一刀といるのか分からない。
「一刀、どうしてこいつ等がここにいるの?」
雪蓮の問いはみんなの問いである。ある者は、その者たちを敵意ある目で見て、ある者はその者から月を隠そうと必死に月を庇っている。
「あ、ああ。こいつらね。」
一刀は横目でその者たちの姿を見ていた。
「ふ~ん、ここが孫策さんのお城ですの?ずいぶんとみみっちいですわね。」
「れ、麗羽様!ここでそんな事を言っては……」
「そうだぜ、姫。」
もうお分かりであろう。その者たちとはこいつら、麗羽たちの事である。自分たちはあくまで雪蓮たちに保護を求めてきたというのに、好き勝手言ってくれる。
「その……い、いろいろあってさ………」
一刀はみんなの前でたじたじであった。ほとんどの者たちは麗羽を敵意ある目で見ていた。特に詠や雪蓮が。
「一刀、あんた何を考えるの!?」
月を麗羽に見せないように詠は一刀に迫った。
「あいつは僕たちを……」
滅ぼした。
そう、麗羽……もとい袁紹は月たちを滅ぼしたのだ。その恨みはとてもじゃないが計り知れないだろう。特に月に忠誠を誓っていた詠にとっては。
「分かってるさ。」
「だったら……!」
だったら……その後に言葉が続く前に、一刀は詠の口を人差し指でふさいだ。
「分かってるんだ。お前の気持ちも……でも……」
一刀は、麗羽たちとは短い間ではあるが、旅をしてきたのだ。そりゃあ、最初のころは麗羽の事がとても疎ましかったし、恨んでもいた。でも、一緒に旅をしているうちに、彼女の事が少しずつ分かってきたのだ。麗羽という一人の人間が……。
あの連合を設立したのは確かに麗羽だ。それは疑いようのない事実であり、一刀、そして月たちは麗羽に滅ぼされた。でも……だからと言って、彼女だけにそのすべての恨みをぶつけるのは間違いではないか?
あの連合は、麗羽の言葉に賛同して集まったものだ。麗羽は月の事が妬ましいという理由で各諸侯に檄を飛ばしたが、そんな私情で諸侯が動くはずがない。それなのに、麗羽の元に諸侯が集まって行った。これは、他の諸侯が麗羽と同じ考えであった証拠に他ならない。仮に麗羽がそんな檄を出さなくても、他の諸侯や豪族が出していたかもしれない。そういう未来があったのかもしれないのだ。
麗羽一人にそのすべての責任があるのだとしたら他の諸侯たちは一体どうなのだ?確かに連合の設立は彼女の案だ。でも、それに便乗した他の者たちにはなんの責任も無いのか?もう一度、問おう。本当に彼女だけにすべての恨みをぶつけてもよいのか?
否だ。
もし、誰かを恨まなければならないのだとしたら、それは麗羽個人では無いはずだ。断じて。俺はそう思う。
「詠。分かってくれとは言わない。でも俺は……」
その後の一刀の言葉は詠を落胆させる。
「俺は、麗羽たちを許すよ。」
と、
一刀は言い切った。
麗羽たちを許す。滅ぼされたのに許す。一体、どれだけお人よしなのだろうか?詠は一刀に激高した。いや、しようとした。とっさに月が一刀の前に出たのだ。
「月!」
「………月?」
詠も一刀も月の行動に若干驚いた。
「ご主人様は……」
月は何か躊躇うかのように言葉を濁していた。でも決心がついたのか、とうとう口を開けた。
「ご主人様は、袁紹様たちをお許しになるのですか?」
おそらくは意志の確認であろう。月の目は、普段と変わりなく真っ直ぐであった。下手な言い訳は出来る筈がない。いや、そもそも言い訳なんて必要ない。すでに答えは出しているのだから。
「ああ。許すよ。」
即答。即答であった。一刀もまた、自分の意思を再確認した。これでいいのだ……と。
「………………」
「………………」
「………………」
周りは不気味に静まり返っていた。自分の覚悟は見せた、後は月の回答次第である。月に同意を求めるわけではない。かといって同意を強要するつもりもない。ただ、流れるがまま……月の考えを待つ。
「………………」
「………………」
「………………」
雪蓮たちもまた何も話さない。さすが部を弁えている。これはあくまで月たちと一刀の問題であって、決して雪蓮たちが口を出していいような事ではない。
「ご主人様……私は……」
一体、どんな答えを言ってくれるのか?どんな結果だっていい。こんなにも考えて導き出した答えだ。こんなにも自問自答してきたのだ。そして、出した答えが『麗羽たちを許す』だ。たとえ、月たちが同意しなくても、嫌われても後悔はしないだろう。自分で出した答えなのだから。
「私は……袁紹様たちを許します。」
許す。彼女は確かにそう言った。聞き間違いではない。決して。
「ゆ、月!ど、どうして……。」
「……詠ちゃん。」
「どうして………?こいつ等は僕たちを……」
詠は月の出した答えが信じられないようであった。
「詠ちゃん。私はご主人様の気持ちが分かるの。確かに、袁紹さんだけを恨むのは筋違いなんだと思う。」
何も思わないわけではない。ただ、それでも誰かにすべての責任を押し付けるのは間違っている。
「仮に、何かを恨まなくちゃいけないのなら、それは袁紹さんじゃないよ。」
それじゃあ、誰? 誰を恨めばいいの? 何を恨めばいいの?
詠は目で月に語りかけた。
「この時代。」
「時代?」
「うん。私たちが滅ぼされたのも、袁紹さんが、私たちを襲ったのも………すべてはこの時代……乱世の時代が悪いんだよ。」
時代、環境、世界。何とも曖昧で抽象的な存在。でも確かにそこにいる存在。それこそが諸悪の根源。常に争いが絶えず、貧困や飢餓が横行し、大規模な伝染病が流行る……そんな時代。月はそんな時代が諸悪の根源だと言う。
地獄だ。
諸悪の根源はこの『地獄』にあるのだ。だからこそ、この『地獄』をなんとかしなくてはならないのだ。
「もし、この世界が乱世じゃなかったら、みんな仲良くなれたかもしれない。だから、早く乱世を鎮めなきゃならないの。そのためには………こういう憎しみの連鎖を断たなきゃ。だから、私は袁紹さんの事を許すことにしたの。後の世のために。」
「………月。」
それは理想だよ……なんて、誰にも言えなかった。詠は理想主義者ではなく現実主義者だ。月の事が言っている事は、すべて理想。甘すぎる理想なのだ。そんな事、分かっているのに………
なぜだろうか?
どうしてなのか?
月に反論できない。詠は月に何も言えなかった。もしかしたら、自分も心のどこかで月と同じ考えだったのかもしれない。そんな理想を願っていたのかもしれない。そんな事を考えていた。
「………月。うん。月がそういうのなら僕もあいつらを許すよ。」
何も思わないわけではない。完全に麗羽たちを許すわけでもない。それでも……それでも、今のこの乱世を鎮めるには過去のいざこざは消さなくちゃいけない。口で言うのは簡単だが、実践するのはとても難しい。だけど、それを月はやったのだ。やり遂げたのだ。ならば、どうして従者である詠が反対なんか出来る?
「詠ちゃん、ありがとう。」
月は満面の笑みで詠に礼を言った。あまりにも眩しい笑顔であったためか、詠は少しだけ顔を紅く染めた。
これにて、雪蓮たちと月たちの麗羽に対する恨みは消えてなくなった。いや、完全には消えていないが、それでも逆恨みはしなくてもよくなった。
「ところで、一刀。その子は……」
雪蓮が一刀に聞いてきた、隅っこで身を縮めている女の子がいる。誰も彼女の事は知らなかった。
「ああ。彼女は……お~い。亞莎。こっちに来て、挨拶しようぜ。」
「は、はい!」
一刀が亞莎を手招きして、雪蓮たちの前に連れてきた。
「紹介するよ。俺の大切な仲間の呂蒙だ。」
「りょ、呂蒙と言います。字は子明。よ、よろしく、お願いします!!」
何を緊張しているのか?一刀は疑問であったが、本当なら亞莎の態度の方が正しいのだ。ここにいるのは呉という国の王とその重臣たちである。一般人だった亞莎が気軽に声をかけられるような相手ではないのだ。
「私は孫策。この城の主よ。よろしくね。」
そんな亞莎の態度を察してか、雪蓮はとてもフレンドリーに接してくれる。
「亞莎は、俺が虎牢関で傷を負って死にそうになった所を助けてくれたんだよ。 亞莎がいなかったら俺は間違いなく死んでいたよ。」
「そんな……わ、私は大したことなんか……」
口下手な亞莎に変わって、一刀が亞莎の紹介をしていた。まるで優秀な友人を自慢するかのように。
「へえ、そうなの。それなら貴方は私たちにとっても恩人って事になるわね。」
とても一介の王が一般人に接するような態度ではない。あまりにもフレンドリーだ。雪蓮は亞莎と対等に話していた。まるで友人のように……
「わ、私はそんな……私だって一刀様にいろいろ助けられました。」
ピク
何か、城内の空気が変わった。 亞莎は何も変な事を言っていないのに……
「そんな事はないよ。本当に感謝してるよ。」
「………一刀様。」
何か不思議な雰囲気が一刀を亞莎を包んでいる。
「ありがとう、亞莎。」
「………一刀様。」
見つめ合う二人。そんな中、
ゴッホン!
突然、大きな咳ばらいが城内に響いたのだ。やったのは雪蓮の妹の蓮華。
「一刀。貴方はこの子とどういう関係なの!?」
いきなり、一刀に迫って行った蓮華。
「関係って………大切な人だよ。」
一刀は仲間として。という意味だったのだろうが、他の者が聞けばどんな意味に聞こえるか簡単に想像がつく。
その後、 亞莎は顔を真っ赤にして俯き、蓮華と小連はギャーギャーと騒ぎだし、冥琳はため息をついて、雪蓮はその場を笑いながら見学していた。
騒がしい再会は終わり、その日の夜は宴会で締めくくった。
「みんな変わらないな。」
「一刀も変わってないわよ。」
一刀は雪蓮と共に呑んでいた。かつての事を懐かしんでいるのだろう。とても幸福な時間であった。
「あ、そうだ。ねえ、一刀。」
「うん?」
雪蓮が何か思い出したようだ。
「貴方に会わせたい人がいるの。すっかり忘れていたわ。」
「会わせたい人?」
一体誰だろう。ここには孫呉のみんなが集結している。一刀の知っている人物なのだろうか?
「うん。そいつには今、近くの盗賊の殲滅を命じているから、ここには居ないけど……明日の朝には帰ってくると思うわ。」
「へえ、一体だれ?」
「うふふ。会ってからのお楽しみよ。きっとあいつも驚くわ。貴方に会ったら。」
「なんか、気になるな。」
一体誰?と聞いても答えをはぐらかされる。まあ、明日になれば分かるのだから、いいか。などと一刀は考えていた。
そして、次の日。
一刀は用意された部屋で長旅の疲れを癒し、雪蓮の元へと行った。
「おはよう、一刀、眠れた?」
「ああ。もうぐっすりだったよ。」
とても気持ちのいい朝であった。今までこんなにもゆっくり出来なかったから。
「一刀、昨日の事覚えている?」
「ああ、覚えてるよ。」
会わせたい人がいる。雪蓮は昨日の夜、そう言ったのだ。雪蓮は一刀を城門の前まで連れて行った。どうやらその者を迎えるためなのだろう。雪蓮の予想通り、その者は現れた。馬に乗りながら。
「うん?……あれは……」
太陽の逆光でよく見えない。でも何か、懐かしいような感じだ。だんだん近づいてくる。
「あれは……まさか!」
こっちに来るやつは大きな戦斧を持っている。そのシルエットは一刀も知っている。かつて、洛陽で共に戦った仲間のうちの一人。
華雄だ。
「華雄!」
向こうも、こちらに気が付いたのだろうか?華雄は信じられないような顔でこちらに向かってきた。
「し、雪蓮。そ、その人は……」
「本物よ。」
華雄は信じられなかった。かつて、自分の愚行によって滅ぼされた、かつての自分の主。北郷一刀が目の前にいるのだから。
「華雄、華雄なのか?」
一刀もまた、信じられなかった。虎牢関での戦いのときに死んだとばかり思っていた。だけどここにいるのは自分が良く知っている顔だ。見間違えるはずがない。かつての仲間を見間違えるはずがないのだ。
「か、一刀様……一刀様なのですか!?」
華雄は一刀に聞いた、お前は一刀なのか? と。勿論答えは、
「そうだよ。華雄。」
Yesだ。
「一刀様……一刀様!」
華雄は馬から飛び降りて、一刀の元へと行き、思いっきり抱きついた。
「うわ~……」
あまりにも華雄らしくない行動に雪蓮はただただ、それしか言えなかった。
「一刀様!ご無事で……ご無事で何よりです!」
「華雄。お前もな。無事でよかったよ。」
感動的な再会はまだ終わっていなかったのだ。一刀と華雄。この二人の再会が残っていたのだから。
それにしてもだ。華雄が生きていた事はともかくとして、華雄が雪蓮の世話になっている事は意外だ。言っちゃ悪いが、この二人は犬猿の仲だったはずなのに……
「雪蓮と仲良くなったんだね。華雄。」
一刀は呟き程度の言葉だったのだが、二人はこれに猛反対した。
「一刀様!そんな事はありません!こいつは何かと言えば、私に仕事を押し付けてくるずぼらな女です!こんな奴と仲良しと言われるのは心外です!」
たいして、雪蓮もまたこの言葉に反論してくる。
「あら。私の看護を受けておいて、それはないんじゃないの?それにうちはタダ飯食らいを置いておけるほど裕福じゃないの。ここに置いてもらっている以上、それなりの仕事をするのは当たり前じゃないの?」
なんだと! やるの!? などと、言葉をぶつけあっている二人。一刀は、あはは。と笑うしかなかった。
「それにしても、華雄。」
「はい?なんでしょうか?一刀様。」
「い、いや、なんて言うか………」
少し、雰囲気が変わった?などと言おうとした。昔の華雄はものすごく短絡的であり、単純であり、短気でもあった。それが、なぜか、華雄がとても冷静に見える、先ほどのやり取りでもそうだ。昔の彼女は、本気で雪蓮に向かって怒りだしていた。先ほどのやり取りでは、冗談半分に受け答えていた。何か垢ぬけた感じだ。
「いや、なんでもないよ。」
まあ、それを口にすれば彼女はさらに否定するだろう。それが分からないほど一刀は愚かではない。空気を読む点においては一刀はさすがと言えるだろう。
「さてと、こんな所で油を売ってないで城に戻りましょう。」
雪蓮がそう提案し、一刀と華雄は城へと戻って行った。積もる話はたくさんあるが別にここで話す事はないからな。
「うむ、分かった。」
「うん。」
こうして、一刀はまた一人、かつての友との再会を果たしたのだ。
一刀がこの建業について、数日が経過した。さすがにいつまでもお祭り気分ではいられない。こんな事をしている間にも曹操軍は力を蓄え、いつここに攻めてきてもおかしくない状況にあるのだ。
「~こういうわけで、力をかしてもらいたいんだ。雪蓮。」
今、一刀たちは軍議をしていた。一刀は美羽が今どういう状況にあるのかを雪蓮たちに説明した。そして、彼女たちの力で美羽を助けるために。
「事情は分かったわ。一刀。美羽ちゃんを助けましょう。」
「ありがとう!雪蓮。」
「いいわよ。それにどの道、曹操を倒さなくちゃいけないのだから。」
曹操は近いうちに必ずここに攻め入る。それを防ぐには曹操を倒さなくてはならないのだ。美羽を助けることと曹操を倒す事。この二つは決して相反してなどはいない。同義なのだ。
「曹操を倒すって言っても……どうやって?とてもじゃないが戦力が違いすぎるぜ?」
向こうは最大百万近い大軍団。たいしてこちらは五万にも満たない。あまりにも違いすぎる戦力だ。しかも向こうには神楽がいる。神楽が向こうにいる限り、大義はすべて曹操のものと行っても過言ではないだろう。
「あはは。一刀は私たちの事情の事をよく知らないみたいね。」
「事情?」
何か策でもあるのだろうか?
「どうして月たちが今、ここにいると思う?」
「月?……あれ?そういえばどうして……」
月たちが生きている事は七乃に聞いたから、何も不思議はない。でも、確か月たちは劉備軍に保護されているはずだ。なのにここにいるなんて……どうしてだ?
「ご主人様、実は私たちは同盟を組むためにここへ来たのです。」
「ど、同盟?」
月が説明してくれた。続いて詠が説明してくれる。
「そうよ。とてもじゃないけど、私たちは曹操に敵わない。けど、同盟を組めばなんとかなるかもしれない。」
劉備軍と孫策軍が手を組む。反曹操の一位と二位を争う勢力が曹操打倒のために手を組む。確かに良い作戦である。しかし、良い作戦には違いないのだが、それでも戦力が足りない。それが分からないような雪蓮たちではないはずだ。
「確かにそれでも足りないでしょうね。」
雪蓮が言う。その通りなのだ。足りない。何もかもが。
「でも、だからと言って、曹操のしている事を許すわけにはいかないわ。」
彼女ははっきりと言った。曹操のやり方は許せないと。
「だから、私は劉備と手を組む。曹操を討つために。」
そのために劉備と手を組み、曹操を討つと。はっきりと言ったのだ。理屈では無い。おそらくは覚悟なのだろう。曹操には屈さないという彼女の覚悟。それはとても堅いものであった。
「それで月。今後の事を教えて頂戴。」
雪蓮は月に言った。月もかつての仲間としてではなく、劉備軍の使者として説明をした。
「はい。では説明します。桃香様……いえ、劉備様は雪蓮さんと実際にお会いしたいそうなのです。その上で同盟を組みたいと。」
「いいわよ。私もあの子に会ってみたいと思っていたから。」
使者のやり取りでの同盟ではなく、実際に王様同士で同盟を組む。確かにそちらの方が結束力が強まるだろう。
「それで、その事なのですが……雪蓮さんに益州に来て頂きたいのです。」
月がそう言った瞬間、軍議室にどよめきが走った。そして、真っ先にこの提案に反対したのは蓮華だ。
「お姉さまを益州に!?ふざけるな!どうしてこちらが向かわなければならないのだ!」
蓮華は激高していた。それもそのはずだろう。どうして、こちらから同盟を結びに行かなければならないのだ?これではまるで同盟を結ばせてくださいと、こっちが言っているみたいだ。完全にこちらをなめているとしか思えない。
そうとしか思えないのだが……
「いいわよ。」
雪蓮はあっさりいいと言った。
「お姉さま!どうしてですか!?何もお姉さまが自ら行く必要など……」
「この同盟は私が提案したのよ。ならこっちからお願いに行くのが礼儀ってもんじゃないかしら?」
こっちから行くのが礼儀。雪蓮はそう言った。雪蓮は体面やメンツよりも利を選んだのだ。とても冷静な王になった。
「ありがとうございます。雪蓮さま。」
「別にいいわよ。それで、日時は?」
「はい、それは……」
……………………………
………………
……
日時が決まった。雪蓮はここ数日の間に劉備のいる益州に向かう。そこで同盟を結ぶのだ。
「~という事でどうですか?」
「異論はないわ。」
月たちの提案もすべて終わり、これで軍議は終わりになった。と、そこへ雪蓮が一刀の元へとやってきた。
「一刀。」
「雪蓮?何か用?」
「ええ。ちょっとお願いがあるの。」
雪蓮が頼みごとなんて珍しい。一体どんな要件なのだろうか?
「私たちと一緒に益州まで来てほしいの。」
「は、はい?」
益州に?雪蓮たちと?それはつまり……自分も同盟締結の場に立ち会えという事だ。
「別にいいけど……なんで?」
別に行ってもいいのだが、どうして自分を連れていくのだろうか?
「劉備に貴方の事を紹介しておきたくてね。これからいろいろと会う事になるかもしれないから丁度いいと思ってね。」
「ふ~ん……」
その程度の事か。ならなんの問題も無いだろう。
「それに、劉備に貴方の事を自慢したいの♪」
「俺はそんな大した人間なんかじゃ……」
相手はあの三国志の主人公ともいえるような人物だ。あった事はないけど、おそらくはものすごく徳が高そうな雰囲気を持っているに違いない。
「まあ、そういうわけだから。貴方も準備をしておきなさい。」
「了解したよ。」
こうして、一刀と雪蓮は劉備のいる益州へと向かうのだった。
場所は移り、ここは洛陽。
「華琳様。間諜からの情報が届きました!やはり、孫策と劉備が手を組むと言う話は本当だったようです。」
曹操の軍師の桂花。彼女は今軍議の中で最重要議題の話をしていた。議題は勿論劉備と孫策の話だ。
「そう。」
自分たちに反抗する勢力の中でも指折りの者たちが手を組む。さすがに無視できない情報に違いないのだが、曹操は焦りも驚きもしない。ただ、一つの情報としか捕らえていなかった。
「劉備を追い込んだ事が逆に仇となったみたいね。稟。」
「申し訳ありませんでした。まさか、孫策が簡単に益州を手放すとは思いもよりませんでした。」
「別にいいわよ。私だって分からなかったのだから。」
孫策軍が益州を狙っている事はすでに知っていた。しかし、狙っていた土地を簡単に他者に譲るなんて、誰が考えられるだろうか?
「まあ、もう過ぎた事はいいわ。桂花。続けて頂戴。」
「はい。」
曹操軍の間諜はとても優秀である。すでに孫策軍の情報は筒抜けとまでは言わないが、それに近い状態にされていた。
「情報によりますと、孫策は同盟締結のために益州に赴くらしいです。」
「孫策が?」
普通なら、力のない劉備の方が孫策を訪れるのが筋と言うものだが、やはり孫策である。義理がたい。曹操は雪蓮をそのように評価していた。
「これは好機です。孫策のいない呉など、砂上の城も同然です。すぐにでも軍を動かし、呉に攻め入れば…………!!」
勝てる……桂花はそう言葉を続けようとした。続けようとしたのだ。しかし、曹操は言葉を続けられる前に桂花を睨みつけた。途轍もない殺気を放ちながら。
「桂花。貴方は私に主のいない城を落とせというの?まるで盗賊のように。」
「そ、そんな事は………申し訳ありませんでした。」
「分かればいいわ。」
ただ滅ぼすのは簡単。しかし、それでは意味がないのだ。ただ勝つだけでは。全力の敵を真正面から正々堂々と戦い、そして勝つ。そうでなくては何が覇王だ。曹操は自分にそういう縛りを付けていたのだ。何事においても正面から。卑怯な手を使わずに。だからこそ彼女は覇王でいられるのだ。完全な勝利を願う桂花の気持ちが分からないでもないが、それでは駄目なのだ。曹操は覇王なのだから。
「では、華琳様。孫策軍はどうされるのでしょうか?」
曹操に尋ねてきたのは稟だ。彼女も桂花の策が一番だと思っているのだが、それはもう考えない事にしている。稟にとって最も大切なのは、勝つために策ではなく曹操の望む戦いの舞台を整える事にあるのだ。
「劉備と同盟を結ぶまで待っていましょう。」
曹操の出した答えは、『待つ』だった。
「し、しかし、それでは奴らはますます力を付けてしまいます。そうなっては……」
反論したのはまたしても桂花だ。ある意味彼女はとても純粋だ。純粋に曹操の勝利を願っている。
「勝てない。と言いたいのかしら?桂花。」
「い、いいえ!」
まるで心を見透かすかのような曹操の言葉に、桂花は取り乱しそうになった。
「貴方の気持ちは分かるわ。でもね、桂花。私はあの子たちと戦いたいの。全力の彼女たちと。そして、圧倒的な勝利を収め、あの子たちの考えは所詮理想なんだと教えてやりたいのよ。」
劉備もいる徐州を攻める際、劉備は曹操に言った。『貴方は間違っている』と。あの時の言葉がどうしても頭に残ってしまっている。しかし、自分は間違ってなどいない。それを証明するために。曹操は全力で劉備と孫策をねじ伏せる。そして、彼女たちの考えが浅はかな理想である事を教えるために……
「分かりました、華琳様。では決戦に向けての準備を進めておく事にしましょう。」
決戦。
劉備と孫策の同盟軍か、曹操軍か。どちらが勝つにしても、この決戦で大陸の命運が分かれるのは間違いないだろう。
軍議はもうすぐ、終わりを迎える、そして最後の報告だ。
「最後に、もうひとつ気になる情報が………」
「気になる情報?」
「はい。うわさ程度の信憑性のない情報なのです。」
「構わないわ。言ってみなさい。」
「はい。」
桂花が何か、戸惑うような表情を見せた。なぜか、稟や風。そして霞の王を向いて、心配そうに曹操に報告した。
「実は、『天の御使い』の北郷一刀が呉に保護されたという情報なのです。」
その瞬間、稟、風、霞の三人が驚きの顔を見せた事は言うまでもない。でも七乃だけは妙に落ち着いている。
「一刀は生きてたんか!?」
一番先に声を出したのは霞。その顔はとてもほっと安心したような安らかな顔であった。稟と風も似たような顔だった。
「ちょっと、霞!何を喜んでいるのよ!これが本当だったら、向こうに人心が集まってしまうかもしれないのよ!」
実際に、桂花が危惧している事はそんな事ではない。本当に危ないと思っているのは、この稟と風と霞の三人だ。この三人はもともと北郷一刀の部下でだった者たちだ。北郷一刀の安否を知った今、曹操を裏切りでもしないかどうか不安であったのだ。
「……霞。」
「ん?なんや、華琳。」
曹操が霞に聞いてきた。
「北郷一刀が生きていたと聞いて………貴方はどうするの?」
「どうするって……?」
「私を裏切って、あちらに行ってもいいのよ。」
まるで試すかのような軽い挑発。そんな言葉に霞は、
「へっ!行くわけないやろ。ウチをなめんなや、華琳。」
他の二人、稟と風も同じだった。
「今の我らは華琳様の物です。」
「そういう事です~。」
一刀が生きていてくれた事はうれしい。でも、それは私情である。生きていた事はうれしいのだが、今の自分たちは曹操軍。もし、一刀が呉軍に協力するのであるならば、一刀は立派な敵である。
ようは、生きていてくれた事はうれしい。でもそれはソレ。これはコレ、と言った感じなのだ。
「うふふふ♪ うれしいわ。」
霞たちの覚悟が聞けたのか、華琳様がとてもご満悦であった。でも、彼女たちと同じ答えを出してくれない者が一人だけいる。
「七乃は?どうなの?」
そう、七乃だ。
「私は………秘密です♪」
などと、答えをはぐらかした。
「ちょっと!あんた、華琳様に向かってなんて口のきき方を……!」
桂花の激高を曹操が止める。
「桂花、よしなさい。」
「しかし……!」
曹操がよせと言ったのだから、これ以上口を開くのは無粋と言うものだ。
「七乃。今は答えを出す事はないわ。」
曹操は自信たっぷりに言う。
「後ろで私の戦いを見ていなさい。その上で返事をもらうわ。」
自分を見ろ。自分の戦いを見ろ。そして、その上で判断しろ。そして、目に叶うのなら忠誠を誓え。曹操はそう言っている。恐ろしい自信だ。彼女の自信は以上と言ってもいい。でも、だからこそ、彼女の部下たちは彼女を崇拝し、奉っているのだろう。
「……………………」
珍しい。七乃が口を閉じるのは。彼女は一体、何を思い、何を考えているのかはまだ誰にも分からなかった。誰にも………
続く
あとがき
こんばんは、ファンネルです。
大好きだった先輩が卒業してしまった。とても悲しいです。そんな悲しみを紛らわすように最近、読書をするようになりました。読書はいいです。優雅に紅茶を飲みながら読むと何ともエレガントな気分を味わえます。
話が妙に変わってしまいましたが、もうすぐ決戦の時です。雪蓮暗殺をなんとかして防ぐには、こうするしかなかった。戦い自体、なかった。そういう流れに持っていくしかなかったのです。
曹操は、桃香と雪蓮が手を組むまで、呉には攻め入らない。という感じにしました。
あと少しですべてが終わる。あと少しで……もうすぐだ。
5月からこのサイトに登録し、早10ヶ月。長かった……
もうすぐ、終わりを迎えるので、皆さん、どうか僕に付きあってください。お願いします。
では、次回もゆっくりしていってね
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こんばんわ、ファンネルです。
テストが終わり、最近暇になったので調子がいいです。
投稿は相変わらず不安定ですが、よろしくお願いします。
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