No.127525

ビューティフル 2

まめごさん

戦国時代からミニマムになってタイムスリップしてきた松本四朗直隆くん。
テレビ相手に格闘中。

2010-03-01 21:25:07 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:630   閲覧ユーザー数:612

妙に静かだった。

壁の一面、うらうらとした日が布の隙間から射しており、烏の鳴き声が遠く聞こえる。

外の様子を伺いたくて、直隆は台から降りた。蒲団の上を滑るように下る(この奇妙な台は炬燵というものだと後に知った)。

天井からかかっている布をめくると、珍妙といっていいほどの景色が見えた。

大きな箱がたくさん並んでいる。その間に申し訳程度に木々がちょこちょこと立っていた。

屋根瓦でも藁ぶきでもない、本当にただの箱だった。巨大なもののあれば、小さなものもある。奇抜な色もあれば、くすんだ灰色もあった。

手を伸ばそうとすると、透明の壁に阻まれた。叩くとドン、と音がする。

その壁を動かそうと押したり引いたりがんばってみたが、うんともすんとも動かない。

すぐ真下に見えるのは、道なのだろうか。しかし黒い何かに覆われていて、真中に白い点線が行儀よく並んでいる。

サァァと音がして、赤い箱が道を滑って行った。

猪まで箱か。

この国の住人はよほど箱が好きだと見える。

室内も、箱だらけだ。

箪笥らしきものの上にある薄っぺらい箱。その横にある銀色の箱。奥の廊下(と呼ぶにはあまりにも短い)の途中にある大きな白い箱。

 

直隆はため息をついた。

混乱が収まってしまえば、やってきたのは焦燥だった。

自分はこんなところでこんなことをしている場合ではない。

織田家と朝倉家の板挟みになっている主のそばを離れて、なぜこんなところで途方にくれなければならないのか。

小谷の城はどうなっているのだろうか。長政さまは。再び透明な壁を叩いた。

それは、ただドン、と籠ったような音を鳴らすだけだ。

 

絶対に帰ってやる。苛立ちにも近い感情で直隆は壁を叩き続ける。どうやってここに来たのかさえも分からない、館に帰る途中に真っ白な光に包まれた。

どうしたら元の時代に帰れるか、その術も分からない。

 

だが、木村初音という女がこの世界との唯一の繋がりだった。

あの小生意気で無礼で破廉恥な女。

 

再び台の上によじ登った直隆は、ふと長方形の箱に気が付いた。色とりどりの丸が並んでいる箱。

「暇ならテレビでも見ときな。電源ここ」

初音がそう言って指差した緑色の丸を押してみる。

ヴン、と音がして、箪笥の上の箱が明るくなった。

 

「曲者にござる~」「出会え~出会え~」

 

「あっ!!」

 

直隆の世界がその中にあった。

同じ髪型をして同じ服装をして、しかも直隆よりも小さな男たちが、こちらを見向きもせずに騒いでいる。若干小奇麗に見えるのは気のせいだろう。

「そこの者!これ、ここじゃ!!」

大声で叫んでみても、手を振ってみても、同輩は直隆に気が付かない。

どうやら城内で騒ぎがあったようだ。

 

そうだ、あの中に入れば元いた世界に帰ることができる!

 

湧き上がる歓喜を抑えつけて、直隆は箪笥を登りはじめた。取っ手に足と手をかけ何度か落ちそうになりながらも、息絶え絶えに頂上に着いた。

 

彼らは畳の上で、剣を交え戦闘中だった。こんなに近くにいるのに、直隆なぞ眼中にない。

がむしゃらな曲が流れるこれは、お神楽なのか。祭囃子なのだろうか。

「ぐわっ!」

男の一人が、人相悪そうな輩に切られた。

「助太刀いたす!」

腰の剣を抜き構えた瞬間、彼らは消え

「は~~~~い、テレフォンショッピングのお時間です!」

代りにどん、と中年女の顔が前面に押し出された。

「うわ!!」

思わず後ずさった直隆に構わず、丸い顔の女はいかに蒲団が軽くて温かいか、ぺらぺらと紹介しだす。一方的に、うっとおしいほどの熱意と共に。

小袖ではなく、どちらかといえば、初音が来ていたものと同じ着物を着ていた。

「布団などどうでもいい、さきほどの男らを出せ!」

中年女はそれがいかにお得かをくどいほど念を押して、直隆に向かって丁寧な礼をした。

つられて礼をする。

今度は女が消えて、頭の悪そうな娘が奇抜な衣装をまとい、身体をぐねぐねと動かし踊っている。

「わしは松本四朗直隆と申すが…」

恐る恐る名乗っても娘は答えない。嘲るように笑うだけだ。

無礼にもほどがある。こやつらは。

目の前にいるのに、誰一人直隆を眼中にもかけない。

一方的に内輪で騒いでいるだけだ。騒々しい祭囃子は拍子を変えてずっと鳴り続けている。

手を伸ばしてみても、例の透明の壁に阻まれる。

頭にきて切りつけると、箱はプツ、と音を立てて暗闇になった。

 

やっと恐れ入ったか。

わしをないがしろにするからじゃ。

 

鼻を鳴らして刃を収めた。

 


 
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