No.126980

ナンバーズ No.07 セッテ 沈黙の陰

リリカルなのはのナンバーズが主役の小説の7編目です。

セッテが主役の本編。陰が薄く、言葉も少ない彼女を、あえて、彼女の視点で物語を書きました。

それはそれで面白かったですよ。

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2010-02-27 14:27:54 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1417   閲覧ユーザー数:1363

 私の脳内の記憶分野には。すでにあらゆる情報がインプットされており、それは、人が子供から大人にかけて学んでいく習慣や言葉などの情報。そして、博士達の元でこれまでに何が起こって来たか、更に自分と同じようにして誕生してきた、姉妹達についての情報。そして、自分がこの世に誕生させられた存在理由だった。

 

 人は自分が存在している理由を、何十年もかけてやって見つけ出し、それを見つけ出すだけのために生きていたりもするという。だが私は、それを脳の中にインプットされた状態のまま誕生させられたのだ。

 

 私はすでに言葉も習慣も全て入力された状態で誕生していた。だが、目覚めていたのではない。初めて生体ポッドの中から外に出るまでは、親の胎内にいる子供も同然で、肉体を動かす事も無い。意識も巨大な容量を持つサーバーに繋がれたままで、肉体は独立していない。

 

 それは非常に不明瞭な意識だった。

 

 初めて私が意識を持った時、それは不思議な感覚とも、何とも取る事ができなかった。

 

 ただ私は生まれるべくして生まれ、目的を持つべくして持っていた。私が現実での意識を持ち、感覚を感じる事ができるようになったという事は、いよいよ自分の意識がサーバーから切り離され、独立したものとなると言う事は分かっていた。

 

 生体ポッドの向こう側から誰かの話声が聞こえてくる。それが、私が初めて現実世界で感じた感覚だった。

 

「こいつが7番目の姉妹、セッテ? あたし達よりも遅れてやっと誕生させられるってのか?」

 

 その少女の声は、初めて感覚として聴くものであったが、私の中には既に情報としてあった。それは、9番目の姉妹であるノーヴェの声である事を私は認識した。

 

「ええそうよ。博士の計画がこれから最終段階に入るから、最終調節を終えた残りの姉妹を誕生させるの」

 

 と聞こえてきた声は、姉妹を統括する長であるウーノの声だった。彼女に対しては博士と同様に敬意を払わねばならない事を、私は再確認する。

 

「でかい体してるっスね。まるでトーレ姉みたいだ。いかにも戦闘タイプという感じがするッス」

 

 まるで少年のような話声をしているのは、11番目の姉妹のウェンディで、まだ目も開いた事が無いのに、私は彼女達の姿も何もかも全てを知っていた。

 

 やがて私の体を包んでいた薬液が抜かれていく。ゆっくりと排出されていく薬液からやっと私は解放された事になる。

 

 やがて生体ポッドのカプセルが上方へと持ち上げられ、私は外の空気を初めて吸った事になった。だが、その味も感覚も何もかも知っている。自分の体の動かし方も全て知っている。

 

 私は眼を開いた。初めて感じる事になる外の光景。私の目の前にはすでに姉妹達の内3人がおり、それぞれ誰であるかを認識する事ができる。

 

「もう立ち上がった良いわよ、セッテ。どこにも異常は無いわ。あなたは完璧な状態で誕生する事ができたわよ」

 

 その大人の女として落ち着き払った口調をしているのがウーノだ。彼女は操作パネルを持ったまま、生まれたばかりの私に、まるで何度も会話がした事があるかのように言って来た。

 

「おお、でかいな。とても、あたしらよりも後発組とは思えないぜ」

 

 という少年のような声をしているのは、ノーヴェで、物珍しそうに私の方を向いてきている。彼女は名前につけられた番号こそ後ろだが、私よりも先に誕生させられている。

 

 だが、彼女らが見てまず驚いたらしいのが私の体の大きさだったのだろう。モデルとしては人間の女性体をしている私だったが、小柄な男に比べればずっと背も高く、屈強な体をしているように見えるだろう。

 

 身長178cm。体重65kg。体脂肪率は10%以下。自分の体格もデータとして知っていた。人間の肉体としては運動機能に特化している。

 

 私の肉体は、最も戦闘型に特化している3番トーレに次いで強化されているものであり、更に今まで姉妹達が得てきたあらゆる任務の情報の利点も詰め込まれており、より完成されたものとして出来上がっている。

 

 私は自分が戦闘に特化したモデルだと言う事を既に知っており、博士の為であったら、いかなる戦闘にも参加し、それを疑問に思うと言う感情も無かった。

 

 私は何も言わずに、ただ生体ポッドの中から降り立ち、ウーノの目の前に立った。彼女から渡されたタオルを手にとって、それで体に残っている粘液質を取り除いた。

 

「セッテ。あなたは稼働までに時間がかかったけれども、現状は理解しているわね」

 

 ウーノは私に向かってそう言ってくる。私は彼女の方を見ながら答えた。

 

「はい、承知しております」

 

 それ以上は言葉を発さない。それ以上の言葉は無意味だからだ。

 

「そう。じゃあ、ついて来なさい。あなたには訓練と言うほどの訓練もいらないんだろうけれども、外の世界に身を投じないと分からない事もあるからね」

 

 ウーノがそう言ったので、私は彼女に従ってついて行く事にした。誕生したばかりの私に何が待ち受けているのか、私はそれを知っていたが、実際に体でどのようなものかを体験するのは初めてだった。

 

 体験というのは私にとって初めて感じるものとなる。今まで私が得てきたものはあくまで情報であり、体をもって感じる事では無かったからだ。

 

 生まれたばかりの私には何が待ち受けているのだろう。

 

 私の妹であるが、私よりも先に稼働し始めた、ノーヴェとウェンディが、物珍しそうな表情で私の方を向いてきている。彼女達の表情は、その心の中が読み取れてしまうほどはっきりとしたものだった。つまり彼女達は私よりもずっと子供のような感情を持ち、態度にもそれが現れている。

 

 稼働したばかりの私を物珍しい姿で見てくるのも、それは子供故の好奇心と言うものだ。彼女達にはそうした感情があるが、私にはそれが無い。

 

 何故か、それは私にとってそうした感情が不必要であるからだ。

 

 私に渡された武器は、巨大な兵器とも呼べるほどのもので、その大きさは私の身長ほどの物があった。武器は二組でできており、それはただ巨大な刃を持っているだけではなく、電子回路が内蔵されており、私の脳内にインプットされている端末とリンクしていた。

 

 私はその二組の巨大な刃を、脳内で操作する事ができる。その操作方法も、まるで何十年もその武器の道に長けた人物であるかのように熟知していた。

 

 私にその二振りの巨大な刃を与えてきたのは、3番トーレで、私にとってはずっと上の姉に当たる。そして、もっとも敬愛すべき姉であると私は認識していた。

 

 何しろ、戦闘に特化したモデルでは先輩に当たり、直接戦闘の分野ではこの私を上回っている。生体ポッドの外の世界は、彼女が身を持って教えてくれるのだ。

 

「セッテよ。これを渡す前に言っておく。お前の脳内にある端末は、この武器の電子回路とリンクしていて、機械的な操作をする事ができる。しかし、機械的になるな。人間的な感覚で動いてみせろ」

 

 トーレはそのように言いながら私へとその武器を渡してきた。

 

 ここは地下に設けられた戦闘訓練施設で、戦闘スーツに着替えた私は、稼働して1時間もしない内にいきなりここに連れて来られた。だが不満は無い。むしろそれが私にとってすべき事なのだ。

 

 トーレに渡された巨大な二振りの刃は、並大抵の人間には持つ事も出来ないだろう。それは重く、普通の人間が私と同じくらいの体格を持っていても操る事はできない。だが、私の強化された骨格と筋繊維はその刃を持つ事に適していた。

 

 これは私の腕の延長であり、脚の延長でもあるのだ。

 

「だが、稼働したばかりのお前に、機械的になるなと言っても、それは無理だろうな」

 

 トーレはそう言うなり、私と一定の間隔を保った場所に立った。私に背を向けたままの彼女は、その両腕両足から、レーザー状の刃を出現させた。それが、トーレの肉体に最も適合した武器である事は、私も良く知っていた。

 

「まずは、お前の力を試したい。動けるように動いてみろ」

 

 と言うなり、トーレは自分の力を発動させた。彼女の力がどのようなものであるか、セッテは良く知っていたし、私はその能力に対してどのように対処をしたらよいのか把握していた。

 

 トーレの接近速度は普通の人間にとっては見る事はできないものであるらしいが、私は素早く彼女の動きに対処した。私の両腕に持たれた刃が、トーレの接近してくる刃を受け止める。

 

 その時の衝撃で私の体は大きく後退した。衝撃は、私の足が地面の床を抉ってしまうほど強烈なものだった。

 

 トーレは更に脚も繰り出してきた。私の武器とトーレの武器の違いは、彼女の場合脚にも武器が付いていると言う点だ。

 

 その足蹴りには刃が付随し、蹴られようものならば、同時に脚についている3本の刃によって斬りつけられる事になる。

 

 だが私は自分の持っている武器を軸にし、その場でトーレの体へと体重をかけながら飛び上がった。そうする事が最良の判断であると、私の脳内の戦闘プログラムが言って来たからだ。

 

 自分の武器を軸にして体重をかけながら飛びあがった私は、そのままトーレの体を持飛び越えて彼女の体の反対側に着地した。そして素早く彼女に向かって刃を繰り出した。

 

 しかし飛び上がったと思ったトーレの体はそこにはいない。彼女の体は私の背後にやって来ていたのだ。

 

 トーレは腕についた刃を私の首にかけていた。彼女が引こう思えば刃を走らせる事もできるのだろうが、トーレはそのままの姿勢で私に言って来た。

 

「力の方は申し分ない。攻撃の対処も妹達よりもずっと的確だ。ただ、スピードが無いのと、機械的過ぎる」

 

 彼女はそのように言って来た。

 

「申し訳ございません」

 

 私がそのようにトーレに答えると、彼女は私の体を離しながら言って来た。

 

「謝れって言ったんじゃあないぞ。動き出したばかりにしては上出来だ。だがな、機械的過ぎると言う事が、どういう事か分かるか?」

 

 トーレはそのように言ってくるが、私の頭の中には、彼女の言葉に答えうるだけの回答が用意されていなかった。

 

「私には、トーレ姉様のその質問に答えるだけの知識がありません」

 

 だから私は自分の頭の中に用意されている言葉に従ってそのように答えた。

 

「それだ。それが、機械的過ぎるという事だ。今のお前は、人間よりもずっと機械に近い。お前がもっと人間的にならなければ、ロボットと変わらん。

 

 結局のところ、同一能力を持つもの同士では、人間とロボットと戦わせれば人間の方が勝つ。何故か。それはロボットは不確定要素に勝つ事ができないからだ。予期せぬ事をロボットは対処する事はできん。今のお前のようにな」

 

 トーレの言ってくる言葉が、私には何となく理解できたような気がした。要約すれば、今の私はまだ経験不足で、あらかじめ入力されたプログラムに従っているだけに過ぎない。そう言う事なのだろう。

 

「まあ、すぐにできるようになれとは言わん。私も、初めのころはお前と同じだったんだからな。しかし、博士の計画の最終段階は迫って来ている。それまでに、どこまでお前の人間性を引き出せるかだ」

 

 トーレはそう言うなり、再び、自分の両手両足から出ている刃を構えた。

 

「まだやるぞ。お前の人間性がどこまで出せるか、試してやる」

 

 トーレは攻撃的な口調で私にそう言い、私もトーレに向かって間合いを取って構えた。

 

「はい、お姉様」

 

 

 

「7番セッテっスか、凄いっスね…。あいつがあたし達の姉妹だなんてちょっと信じられないっスよ。まるで別物みたいだわ」

 

 地下の訓練施設で起こっている出来事を、強化ガラス越しに見ながら11番ウェンディは思わず言葉を発していた。

 

 同じように食い入るように強化ガラス越しに中の様子を見ている姉妹達がいる。11番ウェンディと、9番ノーヴェは仲が良く、共に行動する事も多かったが、彼女と更に6番セインを加えた姉妹が、中で起こっている様子に感心した様子で見つめていた。

 

「やっぱり、トーレ姉には勝てねえと思っていたけど、あんなのが生まれて来ちゃあ、あたしらの出番はねえんじゃないのか?」

 

 ノーヴェが中で起こっている様子に、若干の恐ろしさを感じながらもそう言っていた。訓練室の中でぶつかり合っている衝撃によって、強化ガラスも振動し、音を立てている。衝撃波が激しくぶつかり合っているのだ。

 

 もし訓練室の中に不用意に入り込もうならば、衝撃波だけでも怪我をするかもしれない。それだけ凄まじい戦いが起こっていた。

 

 だが、中で行われている事は訓練に過ぎない。訓練なのに、中にいる彼女達はどうやら本気の力を出しているようだ。

 

「でも…、どことなくあのセッテって子、あたしらと違う雰囲気だよ」

 

 セインが、高速で動きまわる自分の一つ下の妹を指差し、そう言った。彼女も、トーレと訓練中の彼女の姿には恐れさえ感じているようだ。

 

「そりゃあ、あたしらと違って、ずっと戦闘向きのモデルなんスから、仕方無いんじゃあないっスかね? 体もでかいし、雰囲気も全然違って当然っスよ」

 

 ウェンディはそれほどの恐れも抱いていないかの様子でそう言って来た。だが、彼女とは反し、ノーヴェは中で起こっている様子に、一種の疑問を抱いているようだった。

 

「いやあ、そういうわけじゃあなくって。あいつ、やっぱりあたしらとは全然違う感じだぜ。そりゃあ、トーレ姉とあたしらも全然違うけど、あいつはあたしらより、もっと何か、全然違う感じだ」

 

 ノーヴェは首をかしげながら、振動する強化ガラス越しに中の様子を見ていた。

 

 

 

 私の体を思い切り後方へと押しやるトーレの攻撃は凄まじいものだった。私の体格と強化された力を持ってしても押さえる事が出来ない。お陰で私は、両足で地面を抉りながら、後退させられ、さらによろめいた。

 

「よし、今日はここまでだ」

 

 トーレがそう言ってくる。どうやら彼女の今の攻撃は攻撃では無く、私と一定の距離を離し、訓練終了の宣言をしたかっただけらしい。

 

 私は武器の構えを解いた。訓練時間3時間12分。この時間が長いか短いかと言えば、短い方だ。博士がこれから行おうとしている壮大な計画の事を考えれば、一日中訓練をし、自分の戦闘能力を高めなければならない。

 

 だが、トーレとの訓練は、私の肉体の節々に至るまで、かなりの疲労をもたらしていた。その疲労は、これ以上彼女と訓練を続けようならば、関節や筋肉に損傷を及ぼしてしまうほど。普通の人間にとっては耐えられるものではない。

 

「ありがとうございました」

 

 セッテはトーレに向かって深々と頭を下げ、そのように言った。私は疲労の色を全く浮かべない。多少息が切れていたがその程度だ。

 

「うむ。悪くない。だが、動きが機械的すぎる所がまだ多い。それは、実戦を積み重ねる事で、より知識を得ていく事ができるだろう」

 

 トーレはそう言うなり、自分の武器である、それぞれ3枚のレーザーのブレードが付いた両手両脚の武器の電源を切りしまった。

 

「明日も、同じ時間にやる。何しろ博士の計画の予定日までそう時間が無いのでな」

 

「承知しております」

 

 私はトーレに、機械的だと言われたそのままの口調でそう答えた。

 

「機械的だ、というのは、そういう所だ。それを直せ。まあ、そうした事に関しては、私よりも他の姉妹達に習った方がいいかもしれんな」

 

 トーレはそれだけ言うと、私より早く訓練施設から出ていった。

 

 その時、彼女は訓練施設の強化ガラス越しに見ている、セイン、ノーヴェ、ウェンディの姿をちらっと見て言った。

 

「次はお前達の番だぞ」

 

 別に自分の訓練の様子が見られていた事に、驚く様子もなく、トーレは妹達にそう言った。

 

「あっ、は、はい!」

 

 セイン達はそのように言われ、思わずはっとしたように、訓練施設の中へと入っていった。

 

 私にとって食事というものが果たして必要なものであるのか、そうでないのか、決定する権利は無かったのだろうが、恐らくそれは必要の無い物であると思う。

 

 なぜならば、私が生命活動上において必要としているものは、全て生体ポッドの中に繋がれているときに補給する事ができるようになっているからだ。それは、時間も必要しないし、不純物さえも必要としない。

 

 ビニール袋に入れられている栄養剤を、体に点滴するだけで良い。それだけで、食事と言う行為の無駄を減らす事ができる。

 

 だが、私は食事と言うものをする事が必要とされていた。

 

 私はそれに対して反論する事はできない。何しろ、博士の意向でそれが決められているのだ。

 

 博士の意向に逆らうと言う事は、機能停止になってでも、人間の言葉で言えば、死んででも免れなければならない事だった。

 

 私がついた席の前に、トーレが持ってきたトレイに乗っている食事が置かれた。それは人間達が食しているのと全く同じもので、人造生命体である私達であっても、それを食し、消化するだけの機能を有している。

 

 私の食事をするという行為は、姉妹達から見て見れば、さぞかしぎこちなく、不慣れな行為に見えただろう。

 

 何しろ食事をするという一連の動作を、一度もした事が無いからだ。その動作こそ、私の中にプログラムとして存在してはいたが、その行為を実際に行った事は無いのだ。

 

 だが私は目の前に並べられた食事を、私はプログラムで決められていた通りに行い、食事を行った。

 

 その姿を見て、私の向かいの席に座っているトーレが言って来た。彼女は私よりも遥かに昔に誕生しているから、食事の動作は人間がするのとほとんど変わらない。

 

「不満か? セッテ? 食事をするという行為が」

 

 彼女がそう言って来たので、私はすぐに答えた。

 

「いえ、そのような事はありません」

 

 と、一旦食事を中断し、私は答え、再び食事に戻った。

 

「もしお前がただの機械であるならば、食事などせず、電気を充電し、動力を蓄えればいいだけだ。だがお前はただの機械じゃあない。だからこの行為をする。そうでなければ、私達が生まれてきた意味が無いからだ」

 

 トーレの言葉を私は自分の記憶の中に入れていく。彼女の言ってくる言葉は全て理解するようにと、私の脳内にはインプットされている。

 

「はい、承知しております」

 

 その言葉に、トーレは何かを言いたげだったが、彼女は私に対しては何も言わなかった。

 

「セイン。何かを話してやれ」

 

 突然、トーレは話の矛先をセインの方に向けた。

 

「え? あ、あたしが?」

 

 セインはその水色の瞳を持つ目を見開き、驚いたかのように言ったが、すぐに私の方を向いてきた。

 

 セインはどうやら私の事に対して、畏怖か恐怖のような感情を抱いているらしい。私の方が後に生まれ、セインの方もナンバリングによれば姉に当たるのだから、そのような態度を取る必要も無いものを。

 

 彼女は私とは違って、より人間的な感情を持つモデルだと言う。しかも博士が生み出してきた人造生命体の中では最初に、より情緒的な感情を持つモデルとして生まれたのだと言う。

 

 彼女は、まるで人間の子供がするかのように、緊張と、恥じらいのようなものを見せながら、私の方を見上げて言って来た。

 

「あ、あの…? セッテはどの食べ物が好き?」

 

 その質問を理解したが、私のできる限りの答えは物足りないものだっただろう。

 

「私はその質問に答えられるだけ、まだ味覚を感じた事がありません」

 

 その私の答えに、セインは顔をこわばらせた。何やら触れてはならぬものに触れてしまったかのような顔だ。だが、彼女は次の質問を私にしてきた。

 

「じゃあ、椎茸は、嫌い?」

 

 と言って、フォークの先に指した椎茸を私に見せ、セインは尋ねてきた。

 

 残念ながら、椎茸の味覚と言う者を、私は実際に感じた事が無いので答えられない。代わりに、このような答えしか私には出せなかった。

 

「椎茸には栄養価としては炭水化物、食物繊維、ミネラルが含まれており、貧血や高血圧に効きます、人間の癌に対して、抗がん作用があるとも言われています」

 

 すると、セインは少し口元を緩ませた。

 

「ああ、そう。それは私も知ってる。百科事典もインプットされているからね、あたし達。でもそうじゃないの。あたし、椎茸は嫌いなの。何でかな? でも、セインは好きになれる?」

 

 と言いつつ、フォークの先についた椎茸を私の方に突き出してくるセイン。食べるように言いたいのだろうか?

 

 私に注目しているのはセインだけでは無い。他の姉妹達、特にノーヴェやウェンディは私に対して興味深々のようだ。

 

 私は姉妹達の満足に答えるべく、セインのフォークの先に付いている椎茸をそのまま食べて咀嚼した。そして、自分の味覚を使い、舌から脳に感じる。

 

 なるほど、人間が行う、食べ物を味わうとはこのような事なのか。私は実際にそれを体感する。ここで感じられるのはデータでも何でもない。それは感覚と言うものなのだ。

 

 私はその椎茸の味覚をじっくりと感じた。

 

「どう? 好きになれそう? それとも嫌い?」

 

 セインがそう促してくるので、私は答える事にした。

 

「癖のある味のように私には感じられました。好みは分かれるかもしれません。しかし、人体や私達に対しての毒素は全く含まれておりませんので、食べる分には問題ないでしょう。好きか嫌いかというだけの判断を下すデータが、私の中にはまだありません」

 

「なるほど、クアットロの言う通り、感情が無いというわけだ」

 

私がそう答えると、トーレが独り言のようにそう言った。実際、独り言であるらしかったので、私はトーレの方には注意を払わない事にした。

 

「じゃあ、あたしの椎茸、全部あげる。あと、あたし、茄子も嫌いだから…」

 

 と言うなり、セインはトレイごと私の方に差し出してきた。彼女がそう言うのならば私にはそれを全て食するだけの準備はあったが、突然、手が伸びてきて、それを遮った。

 

「こら。駄目よセイン。好き嫌いは。あなたの為にならないわ」

 

 それはウーノの手だった。彼女の手は、セインと私の間に入り、セインが私の方に移そうとしたトレイを止めている。

 

「だって、ウー姉。この椎茸と茄子、不味いんだもん…」

 

 セインは本当に不味そうな顔をしてそう訴えた。しかし、

 

「あなたは、この私が作ったものを不味いと言うのね。それに何? その呼び方は? ウー姉? ウェンディの悪い癖が移ったわね? 私の事はウーノお姉様と言いなさい」

 

 ウーノは姉妹達の食べる物を全て調理する。そして同時に教育係でもあり、姉妹の長だ。誰も彼女には逆らえない。トーレであっても同じだ。

 

「はい、ウーノお姉様…」

 

「椎茸と茄子はどうしたの? 食べなさい。もし食べれないようならば、トーレに無理矢理食べさせてもらうわ」

 

 その言葉にセインはびくついたようだった。ウーノは戦闘モデルではないから、腕力などでセインに無理矢理食べさせる事はできないだろう。だが、トーレならば妹達も抵抗する事が出来まい。

 

 セインに嫌いだと言う椎茸と茄子を無理矢理食べさせるならば、トーレに任せるのが手っ取り早く、確実だ。

 

 だが、トーレの次に言った言葉は、無理矢理それらを食べさせるよりももっと効果的だった。

 

「無様な姿になるぞ、セイン。お前の妹達の見ている前で、そんな姿をさらす気か?」

 

 セインと同じ食卓を囲んでいるのは、姉だけではない。彼女にとっては妹に当たる、ノーヴェ、ウェンディ、ディエチもそこにいたし、そしてセッテもセインにとっては妹に当たる存在だったのだ。

 

「はい…」

 

 セインはとても答えにくそうにそのように言うと、仕方なくセッテに渡そうとしていた茄子と椎茸を口の中に含み始めた。

 

 セインにとってはとても辛く、そして不満な事だったのだろう。だが彼女のお陰で私は理解した。これが、食べ物が嫌いという感情なのだと言う事を。

 

「お前の前に生まれたモデルの中でも、セイン、ノーヴェ、ウェンディは特に感情が豊かでな。どちらかと言えば人間の子供に近いくらいだ。だが、クアットロの方針で、お前から後に誕生するモデルは、余計な感情を排除する事に決まった。戦闘には子供のような考えなど不要だ」

 

 私の武器のメンテナンスを、トーレは自分から引き受け、今は訓練施設に設けた台座の上で、私の武器を解体し、私が動かしやすいように、巨大な刃のグリップの部分を調節している所だった。

 

 私は隣に立ち、じっとトーレの手の動きを見ていた。

 

「だが、私はそのようなクアットロの方針に疑問を思う。

 

 人間のような感情を持たないのなら、それはただのロボットと変わりない。そんな存在が誕生して何になる? セインにはあんな風に当たる事もあるがな、時々彼女のような感情がうらやましくなる事もある」

 

 トーレの動きは機械のように動き、私の持つ刃にグリップを取り付けた。そして、完成した武器、二振りの刃を私に渡してくる。

 

 その刃を受け取りつつ、私はトーレに尋ねた。

 

「椎茸や、茄子が嫌いと言う感情ですか?」

 

「それも含めてだ。食べ物の好き嫌いがあるというのも、やはり人間らしい感情だと言える。せっかく人間に近い感情があるモデルが生まれたと言うのに、何故、博士は、元に戻そうとしたのか…」

 

 トーレの言葉を聞きつつ、私は、刃のグリップを握りながら、その武器の感触を確かめる。なるほど、確かに先程よりもずっと握りやすくなっている。度重なるトーレとの訓練で、私の武器にはかなり負担がかかっており、グリップの部分が緩んでいたのだ。

 

「私には、分かりかねますが…」

 

 トーレの発していた言葉に関して、私は答えるだけの語彙と何より権限を持っていなかった。博士や姉達の方針には従わなければならない。

 

「だが、これだけは教えておく。これから博士が行おうとしている、壮大な計画の前で、最も必要とされるのは、人間性だ。機械にはできない事を、私達が代わってやるのだ。余計な感情はいらないかもしれないが、やはり私達は人間らしくなければならない。

 

 これからやろうとしている事は、ロボットにはできない事であるし、最終的に博士の壮大な計画はロボットのような人造生命体を作るのではない」

 

 と言うなり、トーレと私は訓練施設の真中に立ち、再び戦闘訓練を始めようとするのだった。

 

 トーレはその両手両足から、3枚ずつのレーザーブレードを出現させ、私と距離を開けて構えた。

 

「さあ、来い。お前の人間性を見せて見ろ」

 

 私を武器を構え、トーレの元へと飛び込んで行った。

 

 

 

 私が誕生してから、数週間もしない内だった。トーレとの訓練が幾度となく行われ、私はあたかも自分が彼女の訓練の為だけに誕生させられたのではないかと思うほど、彼女との訓練に明け暮れていた。

 

 私の戦闘技術はその訓練の度に向上していき、今では度重なるアップロードも加えて、誕生時の私の戦闘能力から比べて大きく力は向上していた。

 

 巨大な刃を備えた武器も、私の手となり足となって動かす事ができるようになっていた。今ではトーレにも匹敵するだけの戦闘能力が私の中にはあると言う。

 

 だがまだ私の中には決定的に足りないものがあった。それは私の中でもはっきりと自覚をしている。それは人間性と言うものだった。人間性が私の中にはまだ足りない。ここ数週間の訓練上において、それが決定的に足りないと言う事を私は理解していた。

 

 しかし、どんな存在でも、それが例えコンピュータであったとしても、止める事が出来ず、そして確実にやって来てしまうもの、限られているものが時間だ。

 

 私はより完全な存在になるよりも前に、ついにその時間がやって来てしまっていたのだ。

 

「行くぞ、セッテ。決行時間までもう間が無い」

 

 トーレのその言葉に従い、私は、定められた日程の通りに、博士の任務に赴く事になった。

 

 私は他の妹達と違って、今まで何かしらの任務をしてこなかった。トーレとの訓練に明け暮れていただけだ。

 

 だが私は、突然、博士の行おうとしている大きな計画の、第一歩とも言うべき大きな計画に赴く事になっていた。それは、私が誕生させられた時からすでに予定として組み込まれていたものであり、私もその時まであまり時間が無い事は知っていた。

 

「はい、トーレお姉様」

 

 私はすでに戦闘スーツを身に付け、装備も整えたトーレに従った。すでに博士の研究所では準備が進んでいる。今回の任務は、大きなものとなる。だからこの研究所で動く事ができる全ての姉妹達が動き出そうとしていた。

 

 博士は今回のこの計画の事を宴と言っていた。その言葉は、私も誕生させられる前からすでに知っていた言葉だ。

 

 私も、他の妹達と同じように、この宴に参加する。

 

 果たして、まだ人間性と言うものが欠けている私にとって、この宴に参加する資格はあるだろうか?

 

 そう疑問を思いつつも、私は二振りの巨大な刃を手に取った。

 

 私達姉妹達は、この場で全線に立つ者は、全部で10人。トーレが前線での指揮を取り、ウーノは研究所に残りバックアップにつく。

 

「トーレ。先方は予定通りに動いているわ。問題なく、シミュレーション通りに行く事ができる」

 

 姉妹達の戦闘に立つトーレの手元に、光学画面が現れ、そこに現れたウーノの顔がそう言った。

 

「分かりました」

 

 トーレはそれだけ答えると、姉妹達の方を振り向き、その厳しい顔を向けて言った。

 

「良いか、妹達よ。今回の任務は、今まで行って来たどんな任務よりも重要なものだ。必ず成功させろ。今回の任務を成功させる事が、博士の大いなる計画を推し進めるためには必要なのだ!」

 

「はい!」

 

 トーレがそう言うと、妹達は一斉に答えた。

 

「よし、行くぞ!」

 

 というトーレの声と共に、私達は一斉に研究所を飛び出して行くのだった。


 
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