湖の先には大きな川が流れており、一直線に海に向かっていた。
その両脇には白壁の城下が見える。
クズハの民自慢の白亜の王宮の窓辺から、アオイはぼんやりと風景を見ている。
美しいと少年は思う。
湖も、城下も、遠く見える海も、青々と茂る草原や森も、控えめに点在する町や村も。
だが、美しい風景は見慣れると飽きるものだ。
肘をついて顔をもたせながら、小さなため息をついた。
美しい国、美しい人々、美しい白亜の王宮。
美しい父、美しい母、美しい姉、美しい叔父。
腹一杯だ。整い過ぎて逆に嫌悪を感じてしまう。
まるで子供の頃に姉に付き合わされた人形遊びのような。
もしくは城で上演された旅芸人の嘘くさい芝居のように、各々の役割をみな演じているような。
まあ、役割は必要だよな。
フワフワした水色の髪を指に巻き付けながら、自嘲気味にアオイは笑う。
ぼくだって、求められている人格を演じているに過ぎない。無邪気な十四歳の少年を。
本性を知っているのは、女官たちだ。主の機嫌を損ねないよう、一生懸命にへつらう可哀そうな女官たちは、アオイにとって格好の玩具だった。
当たり前だろう、それが彼女らの仕事だ。恨むなら女官になった己らの選択を恨むがいい。
後ろから声がした。アオイを呼んでいる。
美しい王子は美しい声で返事をして振り返った。
その姿が消えた窓辺の外、鈍色の雲間から降り注いだ光が静かに大地を照らしていた。
イーストエンド大陸の東に位置するクズハは、城と美形が多い事で有名な国だった。
海から流れる運河は真っ直ぐに陸地を突っ切り、その先に円形の大きな湖があった。
天空から見ると丁度、鍵穴のような形である。
湖上に浮かぶのは、まるで白鷺のように優雅な白亜の王宮だ。
大陸の南に位置するティエンランの厳めしい宮廷とも、東に位置するジンの無骨な城とも、北のチャルカの軽薄な桃色の宮殿とも違った可憐な城を、クズハの民は誇りに思っていた。
城への出入りは主に船で行う。もしくは裏手の橋を下ろして出入りする。
美を善とする国民は、とにかく美しいことを好んだ。衣装、化粧。身を飾る工芸品は他国でも人気がある。
そんな国が崇拝するのは、月神ランジェ。美貌の女神の像は、町や城内のいたるところに設置され敬愛を一心に受けていた。
夕暮れ時。太陽は沈む刹那に、紅梅色の残像を空に残す。分厚い曇天すらも阻むことはできずに西は明るく燃え、そして消えていった。
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ティエンランシリーズ第五巻。
クズハの王子アオイたちの物語。
まあ、役割は必要だよな。
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