No.125095

こっち向いてよ!猫耳軍師様! 13

komanariさん

お久しぶりです。またも、間があいてしまいました。

なんとか13話が出来ました。やっと赤壁に入ったと思ったら……
あと、今回はお話の後半で、いつもと違った書き方をしているので、少し読みづらいかもしれません。

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2010-02-18 03:11:44 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:27924   閲覧ユーザー数:23739

 出立前日の朝、私は華琳さまの執務室にいた。

「桂花。昨日は休んでいたようだけど、もう具合は大丈夫なの?」

「あ。……はい。大丈夫です」

 私はずる休みをしたという罪悪感からか、すんなりと答えることが出来ないでいた。

「気をつけてね。あなたは我が子房。あなたがいなければ私の覇道は成らないの」

「はっ。ありがとうございます」

 このときの私にはその言葉にただ喜ぶことが出来なかった。

「桂花、まだ具合が悪いの?」

 いつもとは違う返答に、華琳さまはそう心配してくださった。

「い、いえ。大丈夫です!」

「そう……あまり無理をしないでね。桂花は孫呉との戦いのために、色々と準備をしてくれていたのだから、出立までは休んでいても大丈夫よ?」

「ほ、本当に大丈夫です」

 私がそう言うと、華琳さまは少しため息をついた後に、私の頭をなでてくださった。

「桂花、自分の体を大事にしなさい。あなたは私のものなのだから」

 これがこんな時期でなければ、一刀の事がなければ、私はその言葉に素直に幸せを感じていただろう。けれど、今は赤壁の戦いの前で、一刀は滅んでしまうかもしれないのだ。

「……」

 一刀を助けるためには、華琳さまを裏切らなければならない。その思いが、一層私を困らせた。でも、今この場でそのことを話すわけにはいかない。

「……はい」

 私はなんとか笑顔をつくり、華琳さまに答えた。

 けれど、華琳さまには私が無理をして笑っているのがお見通しだった。

「やはりまだ少し疲れているみたいね。……いいわ。桂花、あなたは今日も休みなさい」

 そう言われた時、私はとっさに声を大きくしてしまった。

「本当に大丈夫なんです! 疲れてなんかいません!」

 

 このときの私はなんで大きな声を上げてしまったのか。今になって思えば、きっと休みになってしまったら、仕事を理由に一刀に会いに行けなくなってしまうと、思ったからなんだと思う。

 一刀の部屋で泣いてしまってから、まだ顔を合わせていなかった私は、どんな顔で一刀に会えばいいのかわからなくなっていた。それでも、赤壁の戦いの前に、一刀と会っておきたいと思っていた。それは今までのような、戦いの詳細を確認するためではなくて、もう会えなくなってしまうかも知れない一刀に、会っておきたいと思ったからだった。

 きっとそれだけじゃない。まだ揺れ動いている私の気持ちに、決断をするきっかけを得ようともしていたのかも知れない。

 どちらにせよ、私は一刀に会いたかった。けれど、ただそれだけのために会いに行くのはまだ出来ない。そんな自分を納得させるための一番の方法が、“仕事”だったのだ。

(仕事だから仕方がない)

 そう言って自分を納得させなければ、一刀に会いに行くこともできないほど、このときの私は意気地なしだった。

 

 だから、このときの私は大きな声を上げてしまった。

 けれど、その抗議は華琳さまには受け入れてもらえなかった。

「いえ、駄目よ。今日は休みなさい」

 私が大きな声を出したことに、少し驚いたような顔をされた華琳さまはそう言って、私を見つめた。

「……」

 それ以上、抵抗は出来なかった。

「……はい」

 

 

 

 

 華琳さまから休むように言われて、仕事を理由に一刀に会いに行けなくなった私は、城内を歩きまわっていた。

 確かに華琳さまには休むように言われたけれど、休み方にも色々ある。部屋の寝台で眠ることも、中庭で読書をすることも、私はあまりしないけど体を動かすことも、精神的休養になることがあるのだ。

 だから、こうして城内を歩きまわっているのも、立派な休養なのだ。と、もし華琳さまに見つかった時のための言い訳をつくりながら、自分に対しては、自室にいても暇だから、と言い訳しながら、私は歩いた。

 周りでは、明日の出立の準備のためにあわただしく人びとが動いている。その中に、あいつはいないかと、注意をしながら歩いた。

 先ほどは、仕事を理由にしないとあいつに会えないからと、華琳さまに対して大きな声を上げてしまったのに、私はどこまであいつに会いたいのだろうか。

 こうして、ぶらぶらと城内を歩いているのも、もしかしたらあいつに会えるかも知れないと、心の奥の方で思っているからだ。仕事ではなくても、偶然出会ってしまったのならそれは仕方ないことだ。

 

 そうして城内を歩いていた私だけど、結局あいつを見つけることは出来なかった。

(まったく、本当に見つけようと思うと見つからないんだから)

 そう思いながら、そう言えば一刀が馬にひかれた日も、町であいつを探していたことをふと思い出した。

(確かあの時は、なかなか諦めないあいつに、ガツンと断りの言葉を言ってやろうと思っていたのよね)

 その時のことが思い出されて、自然と顔が綻んだ。

(あの時の私が今の私を見たら、きっと軽蔑するでしょうね。あろうことか、華琳さまと男を天秤にかけようとしているんだから)

 華琳さまと一刀を天秤にかけてしまうなんて、あの時の私は思っていただろうか。いつもの私からすれば、それは考えられないことだし、第一、華琳さまと男を同列に置くなんて、ありえないことだ。いや、ありえないことのはずだった。

「……今の私には、どちらも大切なのよ」

 そう小さくつぶやいた言葉は、昔の自分へと向かって行ったのか。余韻を残すことなく、すぐに消えてしまった。

 

「はぁ。部屋に帰ろうかしら」

 しばらく城内を歩き回った後、私はそう声を漏らした。

 これだけ歩き回っても出会えないのなら、後は直接一刀の部屋に行くか、政策決定局の執務室に行くぐらいしかあいつに会う方法がない。けれど、仕事だとか偶然だとかって言う言い訳がなければ、あいつに会いに行けなかった。

(もしあいつに会えていれば、私は決断することが出来たのかしら……)

 その場合の決断では、いったいどちらを選んでいたのだろうか。実際に起こっていないことを想像するのは、特に自分の気持ちについて想像することは、その時の私には出来なかった。

 

 

 

 

 自分の部屋の近くまで来ると、部屋の前に誰かがいるのが見えた。

(誰かしら?)

 そんなことを考えているうちに、その人物の顔が見えてきた。

「っ!」

 そこにいたのは、ずっと探していた北郷一刀だった。

(か、一刀!? なんで私の部屋の前に)

 私がそう驚いていると、一刀が口を開いた。

「じゅ……」

 しかし、開いた口から出た言葉は意味をなさない音のままで終わった。

 その後も何度も口を開いたり閉じたりしている一刀を見て、私はつい数日前の自分を思い出した。

(一刀…………)

 さっきまであいつの姿を探していたはずなのに、私はすぐそこにいる一刀に、話しかけることが出来なかった。

 話しかけることが出来なかった私は、柱の陰から一刀の様子を窺った。

 一刀は何度も口をパクパクとさせた後、少しはにかんだような顔をした。

「ごめんな。泣かしちゃって」

 小さな声ではあったけど、それでも私はそう漏らす一刀の声をしっかりと聞いた。

「かず――」

 それを聞いた私は、思わずあいつの名前を呼んで、一刀のところに駆け寄りそうになった。そうしようとした時、ふと一刀が目を閉じた。そして、そっと扉に手を触れてから、静かに口を開いた。

「…………」

 音は聞こえてこなかったけど、その口の動きを見ていた私には、こう言っているように思えた。

 

“愛してるよ、桂花。……さようなら”

 

 動けなかった。

 私がそう思っただけで、本当に一刀がそう言ったのかはわからない。けど、一刀の口が、私の真名、そして“さようなら”という言葉と同じ動きをしたのは、ほぼ間違いなかった。

 

 一刀は、触れた時と同じようにそっと扉から手を放し、ゆっくりと目を開けた。

 その表情は、何かを決意したような、覚悟を決めたようなものだった。

 そんな顔をした後、一刀は大きく息を吸ってから、私がいる方とは逆側に歩いて行った。

 

「……」

 私は何も言えないまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 真名の意味を解っていて、それでもなお“桂花”と呼んだ意味。“さようなら”と言った意味。覚悟を決めたような顔の意味。そして、“愛している”と言った意味。それらのことをしばらく考えていた。

 その後、私はある決断をした。

 

(華琳さまには、私の力で大陸を平定していただく。他の誰でもない、私の力で! だから……)

 

 その日は、1日中城内を歩き回った疲れと、決断をしたことによる一種の安堵感から、とてもよく眠ることが出来た。

 

 

 

 

 翌日。出立は粛々と行われた。

 ずっと前から準備されてきたことだけに、兵士たちに動揺はなく、物資の運搬や、華琳さまがいない間の国政についてなども、滞りなく動くようになっていた。

 私はというと、一刀から聞いた情報通り、南方での病気に備えて多くの薬剤を準備させていたし、後は移動をするだけだった。

 呉に放った細作からの情報を逐一聞きながら、私は経路の地理に注意を払っていた。

 地図で得られる情報もあるけれど、細部が違っていたり、地図に成っていない地域もあったため、私は出来うる限りの地理情報を集めようとしていた。

(こんなことになるのなら、早めに地理情報を集めておくべきだったわね)

 そんなことも思ったりしたが、何しろ決断をしたのがつい先日なのだから、今更そんなことを思っても仕方のないことだった。それでも、赤壁に着く前に、陸路での江陵から赤壁まで向かう場合の経路の地理を、斥候に調べさせた。

 

 そうして、一月半ほどかけて私たちは赤壁に到着した。

 途中、小さな戦闘はあったけれど、決戦に備えるためか呉の兵力はそこまで多くなく、城攻めであっても、そこまで時間をかけることもなかった。江陵からは船で川を下ったことも、行軍時間を短縮することを助けた。

 赤壁に到着した後は、長江を挟んで北側に陣を築き、孫呉からの攻撃に備えた。また、軍としては、風土病に関しては薬で対応が出来ていたし、船の上での行動に慣れるために、多くの船上訓練が行われていた。

 陣を築いた後、私は斥候が集めてきた地理に関する情報を分析したり、相手の行動の予測、そしてどの経路をたどるかということや、その後の武将の配置などについて考えていた。

 

 そんなある日の夜、秋蘭が私の天幕を訪ねてきた。

「すまん、桂花。私だ」

 そう言って天幕に入ってきた秋蘭は、手に何か持っていた。

「どうしたのよ、こんな夜更けに。敵に何か動きでもあったの?」

 私がそう聞くと、秋蘭は少しバツが悪そうに首を横に振った。

「いや。そう言うわけではないのだ……」

 そう言った後、少し考え込んだ秋蘭は、ふと顔を上げて、手に持っていたものを私に差し出した。

「手紙を桂花に渡すようにと、頼まれたのだ」

 私は、そう言って差し出された手紙を受け取った。見慣れた字で“荀彧さまへ”と書かれた封書の裏側には“北郷一刀”と書かれていた。

「本当は、戦いが終わった後に渡してくれと頼まれていたのだが、そう頼む北郷が、あまりにも思い詰めた顔をしていたから、すこし心配になってな」

 秋蘭は少し困ったような顔でそう言った。

 私は、何も言わずにただその手紙を眺めていた。

「いつそれを読むかは、桂花に任せる。お前たちの間の細かいことは解らないからな、緊急のことがあったのか、それとも違うのかは私には解らない。だが……、なぜだろうな、早めに渡した方がいいような気がしたのだ」

 その言葉を聞いて、私は秋蘭を見た。秋蘭は先ほどまでの少し困ったような顔から、いつもの余裕をもった穏やかな顔に戻っていた。

「……そう。わかったわ」

 私がそう答えると、秋蘭は少し微笑んでから、天幕を出て行こうとした。

「秋蘭、ちょっと待って」

 私がそう呼びとめると、秋蘭はゆっくりと振り返った。

「なんだ?」

「今後のことについて、話しておきたいことがあるの」

 秋蘭から受け取った手紙を、大切に握りしめながら、私は話を続けた。

「春蘭は私の言うことは聞かないだろうから、出来れば秋蘭から言ってちょうだい――」

 秋蘭にその話をした後、私は一刀からの手紙を読んだ。

 

 

 

 

 数日後、呉の宿将黄蓋が魏に降ってきた。一刀から聞いた流れとは少し違うけど、大まかな流れは聞いていたものと同じだった。

“荀彧さまへ”

 

 黄蓋の連れが話した、船と船を鎖でつないで揺れを抑えると言う策を華琳さまが採用して、船と船とが鎖で繋がれた。そのおかげか、船の揺れは少なくなり、船酔いをする兵士の数は大幅に減った。

 私はそうした作業の合間を縫っては、魏の武将たちに会いに行った。

 

“君がこの手紙を読むのはいつごろになるのだろうか。三国を平定して魏に戻ってきた時か、それとも戦いが終わった後か。その辺は、この手紙をどうするかで違ってくるだろうけど、きっと曹魏が戦いに勝った後だろう。”

 

「いい? もし風向きが変わって、それで相手が火計を使ってきたら――」

 霞や凪たち、それに流琉たちにそう言ったことを話して回っているうちに、船を鎖でつなぎとめる作業が終わった。

 

“と言うことは、俺はたぶんもう滅んでしまっている時だと思う。赤壁で勝利した時か、または三国を平定した時か、それは解らないけど、とにかく俺の知っている歴史の流れが変わってしまえば、俺は滅んでしまうらしいから。”

 

 数日後の夜。案の定風向きが変わった。東南の風が吹き、相手が火計を用いて攻め込んできた。黄蓋も孫呉につき、船団の先頭に位置していた黄蓋の部隊が放った炎は、風に煽られて、燃え広がった。

 

“そのことについて、色々と考えた時期もあった。荀彧は俺なんかのことはただの駒としか考えていないんじゃないかとか、俺が滅んでも荀彧は悲しんでくれないんじゃないかとか。色々と悩んだ。けど、それも今では解決したんだ。”

 

「華琳さま! 風向きが変わり、黄蓋が火計を仕掛けてきました!」

 私はそう言って、華琳さまの天幕に飛び込んだ。

「我が軍の状況は!?」

「各軍、消火を行ってはいますが、船団が鎖によって連結されているため、炎を防ぐ手立てがありません。このままでは、本陣まで炎が届くのに、そう時間が掛からないでしょう」

 

“荀彧が俺の部屋に来た日、どうしてかはわからないけど、荀彧は泣いてくれただろう? あの涙を見た時にさ。不謹慎だけど、少しうれしかったんだ。荀彧が俺のことで涙を流してくれているんだってことが、荀彧が俺に感情をぶつけて来てくれていることが、うれしかった。”

 

「くっ! 孫呉の動きは!?」

「黄蓋の動きに合わせて、奇襲を仕掛けてきています。最前線はすでに火の海となっているため、目立った戦闘はまだ起こっていませんが、炎の後ろにいるのはほぼ間違いありません!」

 華琳さまは苦虫をかみつぶしたようなお顔になった。

「……まだ天下を取るには早すぎたというの?」

 華琳さまはそう言うと、天を仰いだ。

 

“それで、俺は自分が滅んでもいいように思えたんだ。荀彧が泣いてくれるのなら、滅んでもいいかな? ってさ。本当の気持ちを言えば、もっと荀彧のそばにいたいし、真名も呼んでみたい、なんて言うか、抱きしめてみたりもしてみたい。まだ滅びたくなんてないけど、荀彧のためならそれでもいいと思えたんだよ。”

 

 

 

 

「華琳さま。ここは一度退却するのが良いかと思います」

 私がそう言うと、華琳さまは目を吊り上げて叫んだ。

「一度も矛を交わさず、尻尾を巻いて逃げ帰れというの!? この私に!?」

 その剣幕に圧されないように、息を整えてから私は話した。

「このままここで戦ったとしても、我らが不利です。孫呉だけでなく、炎と風がわれらを追い立て、なおかつ大軍を展開するにしても、時間が足りません。船上から後退させた各軍を展開させているうちに、孫呉に急襲されてしまいます」

 華琳さまの目を見つめながら、私はゆっくりと続けた。

「しかし、火計によって混乱しているとは言え、我が軍の総数はなおも敵軍を圧倒しています。ただ、先ほど述べたように、ここで戦っては勝てません。かといって、このまま軍を移動し、他の場所で決戦に持ち込むには、兵の動揺が大きすぎます」

「だから退却をして、体制を立て直せというの? ここで無駄に兵士を散らせるのではなく、再戦にかけろと」

 私の説明を聞いていた華琳さまが、悔しそうにそう漏らした。

「はい。それが今出来る最善の策かと思います。ここで無駄に兵を失っては、今後天下を狙うことが難しくなってしまいます。しかし、すぐに退却すれば、まだ十分に天下を狙うことが出来ます」

「……是非もないわ」

 華琳さまはそう言ってから、全軍に退却命令を出した。

 きっと、いつもの華琳さまならこんなに早く退却命令は出さなかっただろうけど、予期していなかったことに対する動揺と、私が華琳さまを説得する準備をしていたことが、それを実現させていた。

 

“文官になる時に、もう荀彧に迷惑をかけるのはやめようと決めたから、文官になってからはあまり伝えてなかったけど、俺はまだ荀彧の事が好きなんだ。きっと、滅んでしまった後も、ずっと君のことを好きでいると思う。「滅ぶ」って言うのがどうなることを指しているのかわからないけどさ。”

 

 華琳さまからの退却命令を受けて、各軍が退却を始めた。本陣近くにいた各軍師配下の軍は多少時間がかかったけど、もっとも急ぐべき船上の部隊は、事前に私が将軍たちに話をしていたおかげか、敵との本格的な戦闘になる前に退却できそうだった。

 殿を務めてもらっていた秋蘭と春蘭の部隊には多少の被害が出ているようだけれど、それでも火計と奇襲を受けたにしては、少なすぎる損害だった。

「桂花ちゃん。退却は良いですが、どの道を通るんですかー?」

「来た道を戻るのが最善でしょうが、戻ろうにも船を焼かれてしまっては、戻りようがありません……。どうしますか?」

 風と稟がそう聞いてきたので、私は答えた。

「陸路を行くしかないわ。江陵までは伏兵がいる可能性もあるけど、それでもそこを突破しないと戻りようがないもの」

 伏兵がいそうな場所は、斥候に調べさせていた地理の情報から、ある程度予想が出来ていた。場所さえ解っていれば、伏兵は伏兵ではなく、ただの的になる。

 

“今、荀彧の事を好きだと言ったら、君はなんて答える? 出来れば、優しい言葉であれば良いなって思うよ。まぁ、その答えを俺が聞くことは出来ないだろうけど。”

 

 

 

 

「前方の茂みに向かって一斉射。その後茂みの横を突っ切るわ」

 私がそう言うと、近くにいた秋蘭が自分の部隊に指示を出した。

「目標は、前方の茂みだ。放て!」

 そうして放たれた矢が茂みの中に落ちると、茂みの中から幾人かの兵士が走り出てきた。

「あれは、呉の兵隊さんじゃありませんねー」

 馬上でそう言う風に、流琉が答えた。

「蜀の兵ですね。でも、なんで蜀の兵がこんなところに?」

「恐らく、呉と蜀は同盟を組んでいたのでしょう」

 流琉の言葉に稟がそう答えた。

 そんなやりとりの中で、華琳さまは何かを考え込むように、ずっと黙っていた。

「次の分かれ道は左に。右側は近道だけど、渓谷になっているから伏兵の可能性が高いわ」

 そんな華琳さまを少し気にしつつも、私は指示を出し続けた。

 

“この世界に来て、長いようで短い時間だったけど、この世界ではじめに会ったのが荀彧で良かったよ。そのおかげでたくさんの人とも出会えたし、たくさんの経験も出来た。それに、君を好きになれた。”

 

「桂花! 殿に敵軍が追いついてきたみたいや!」

 後方にいた霞が、そう叫びながら近づいてきた。

「慌てないで。追いついてきたとは言っても、まだそう多くはないはずよ。霞は部隊をつれて殿の応援に向かって、弓矢でけん制しつつ、距離をとって対応するように伝えて。あと、殿の部隊は時間ごとに交代させて、霞の部隊はその際の援護をやってちょうだい。」

「わかった!」

 

“悔いがないと言えばうそになるけど、君を好きになれたことが、俺にとっては一番の宝物になったよ。ありがとう、それとさようなら。大好きな荀彧が、ずっと幸せでいられることを願っているよ。

北郷一刀より  ”

 

(何が“さようなら”よ! 私を泣かせておいて、私の真名を勝手に呼んでおいて、ただで済むと思ってるの!?)

 伏兵への対応と軍全体への指示を出しながら、私は一刀に向かって悪態をついた。

(“ずっと幸せでいられることを願ってる”? あんたが滅んでしまったら、それもかなわなくなるのよ!)

 一刀が少し悲しそうな顔で決意していたのは、自分が滅びることを受け入れると言うものだった。そんな決意、私が認めない。

(華琳さまには天下を取って頂く、けどあんたを滅ぼさせなんかしない)

 それが私の決意だった。赤壁の戦いで天下を取れなくても、軍を大きく削られなければ、相対的な魏の優位性は変わらない。そうなれば、赤壁の戦いで負けても、曹魏が天下をとることは十分に可能になる。

(一刀の知識に頼って、一刀の知る歴史を変えて、華琳さまに天下をとっていただかなくても、私自身の力で華琳さまの覇道を実現させてみせる)

 私はその決意を実現させるために、江陵へと向かう。

「あの岩の陰に注意をして! 騎馬部隊は先行して岩影を確認。もし伏兵がいた場合はすぐに知らせて」

 馬の手綱をしっかりと握り直しながら、私は自分に気合を入れ直した。

(もう後戻りはできないわ。後は自分の信じた道を進むのみよ……)

 

 

 

 

あとがき

 

 どうもkomanariです。

 またも間があいてしまいました。お待ち頂いた方々には申し訳なく思っています。

 

 さて、やっと赤壁に行ったと思ったら、なんかたった数ページの中で戦いが終わってしまいました。しかも、今回は間に一刀くんからの手紙を挿んでいたので、読みにくいうえに、内容ないまま赤壁が終わって行ってしまいました。

 もっとちゃんとした赤壁の戦いを期待していてくださった方々には、重ねてお詫びを申し上げます。

 

 そんな感じで、赤壁が終わってしまいましたが、『こっち向いてよ!猫耳軍師様!』自体はもう少し続きます。僕としては、20話以内では終わらせたいなと思っていますが、書いていて話が進まなかったり、またいつもの一人語りとかが多くなってしまうと、20話を超えてしまうかもです。

 僕としては、それはどうにかして避けたいと思っています。

 

 今回は、赤壁だけでなく、桂花さんの心情変化でも、少し急展開だったような気がしますが、少しでも皆さんのご期待に添えていれば、うれしいです。

 

追伸。

 今回は誤字脱字チェックに、文章の読み上げソフト(SofTalk)を使ってみました。

 ゆっくりボイスによる癒し効果とともに、誤字脱字を耳で発見することが出来たので、意外に良かったです。誤字脱字チャックなどをする際には、一度お試ししてみてはいかがでしょうか?


 
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