北郷一刀。
幼い頃に両親と死別し、荒んだ時期もあったが農業を営んでいた祖父に引き取られたことが転機となる。祖父の手伝いをしている内に農業の楽しさを覚え、将来祖父の畑を継ぐ為に勉強を始める。
祖父の家の周りには一刀に近しい年代の人はなく、年下か一回り以上年上の人しかいなかった。その為、一刀は地元の子供達の世話を焼くことになり、ひどく懐かれるようになった。
自然と面倒見が良くなり、子供達の親からも厚い信頼を得る。
高校入学と同時に祖父家から学園の寮へと引越し、新しい生活を始めるも同年代と接したことが少なかった為、周りの同級生達よりも達観した態度になってしまい、クラスの纏め役を任されるようになる。
元来の面倒見の良さと子供達の世話をしていた時に培った統率力、さらに農業で鍛えた基礎体力により大抵のことは解決できた。そして、大抵のことが解決出来てしまうことから、余計なことまでに首をつっこむ余裕が出来てしまう。
余計なことに首をつっこみ、問題を解決する。
そんなことばかり繰り返している内に自他共に認める『 おせっかい』になっていた。
これはある踊り子の頼みで三国志の世界に降り立った『おせっかい』の物語である。
「ここは・・・」
一刀が目を開くとそこは森に囲まれた村の中心だった。が、家はあるのに人の気配が感じられない。また、その家も何ヶ月もほったらかしにされているように寂れていた。突然、コンクリートで出来た町から大自然の中の木製の家の村に移動させられた現状に呆然と立ち尽くす一刀。そんな一刀に後ろから声がかけられる。
「どうしちゃったのん?ぼうっとしちゃって」
「ああ、ちょっといきなりのことに呆然としちゃ・・・ってなんだ!?その格好は!!」
かけられた声は先ほどまで聞いていた貂蝉の声だった。一刀は振り返ってみると先ほどは普通に服を着ていたはずが、今はヒモパン一枚姿になっていたので思わず声を上げてしまう。そんな一刀の反応に理解を示す様子を貂蝉は見せない。
「あなたの疑問に答えてあげるわ。ここはさっきも説明した通り、漢王朝の時代の中国よ。それと確認するけど、あなたは三国志についてどれだけ知識があるの?」
「武将の名前と時代の顛末、戦の内容くらいなら細かいものじゃなければ知っているよ」
「そう、なら黄巾の乱が起こる前と言えばわかるかしら?」
「わかるよ。それと、ここはどこなんだ?」
「ここは豫州(よしゅう)汝南郡ね」
「汝南か・・・今は有力な太守はいなかったよな?」
「ええ、その通りよ。それほどわかっているなら知識のほうは心配ないわね」
黄巾の乱はもうしばらくは起こらないが、予兆はあるとのこと。各地で野党が発生していて、反乱を起こすまでの規模ではないものの、少なくない数になっているという。さらに、管理者である貂蝉は力を貸すことが出来ないというのだ。つまり、一刀一人でこの時代を生き抜かなくてはならない。しかし、それでは一刀が生き残るのは難しい。そこで、外史に間もない今なら多少手助けをしても問題ないとの判断で一刀に何か必要なものがあるかを聞きたいのだという。
「そういえば、ここは中国だろ?言葉とか通じるのか?」
「それは大丈夫よん。ちゃんと通じるわ」
このとき、勘違いしてしまった。言葉も通じるなら文字も読んだり書けたりするだろうと。でも、この勘違いをしたおかげで後に楽しく勉強出来たのだからいいだろう。
「なら、まずは金だな・・・それがなきゃ生けて行けない」
「それは考えてあるわ。ここの村を見た?」
「ああ、かなり寂れているって感じたけど」
「ここはね。野党に襲われて滅んだ廃村なのよ。だから、今は誰もいないの。だから、ここにあるものならあなたの好きにしていいわ」
一刀は他人の物を好き勝手するのに戸惑いを感じたものの、すでに持ち主はいないのと道具は使ってこそ意義があると思いありがたく使わせてもらうことにした。
「あと・・・作物の種なんて家の中にあるかな?」
「たぶんあるわね。農家の村だったし」
「だったら、三つ欲しい。当面の食料と女王蜂とアイガモが」
「あら?珍しいものを欲しがるのねん。わかったわ」
俺は気づいた。ここは随分と荒れてしまっているが、畑が存在していることに。しかも、ここは誰もいない村だ。つまり現代ではお金がかかる土地がただで手に入ったのだ。その事実が、これはもう畑を耕して作物を育てるしかないだろうと一刀の農業魂に火をつけた。
作物が育てばいずれば鶏や牛を買って、卵や牛乳を生産するという今後の展望も考えてしまっていたり。そんな思考も貂蝉によってとめられた。
「ふんぬぅううう!!」
「腰を振るな!腰を!!」
変な掛け声とともに腰をふり始める貂蝉に心からのツッコミをする一刀。何せ今の貂蝉はヒモパン一丁姿である。視覚的にも精神的にも有害にしかならない。
「はい。アイガモの卵と女王蜂の入った籠よん」
貂蝉の手にはいつの間にか四つの卵と籠の二つが現れていた。
「ああ、すまん。あれ?どうして籠二つなんだ?」
「それはスズメバチとミツバチよ」
「それって、近くに置いたらヤバイだろ・・・」
「そうならないようにするのがあなたのし・ご・と。うふん♪」
一刀は吐き気を催したが、根性で耐え切った。一刀が卵と籠を受け取ると、貂蝉は案内したいところがあると一刀の返事を聞かずに歩きだしてしまう。慌てて貂蝉を追う一刀。
さて、貂蝉に連れてこられたのは村から出て数理歩いた場所であった。森から抜け出して見渡しの良い平原が広がっている。そこで貂蝉がいきなり一刀を地面に押し付けた。一刀は貂蝉に襲われると思い身を固くしたが、貂蝉の目的は違った。
「あれを見なさい」
「・・・!」
貂蝉が示した先を見ると、剣を持った男達が馬車に襲い掛かっているところだった。馬車を護衛していたのだろう軽装の男と戦っている。
「へへへ。積荷を頂くぜぇ!」
「野党か!そうはさせない」
剣と剣のぶつかり合い。しかし、野党の数が多く護衛は次々に斬られて行く。一刀は目にした。人が斬られる様を、飛び散る血肉、落ちる一瞬前まで腕や首だった肉塊、そして、失われる命を。
「あ、ああ・・・」
やがて、護衛が全滅し野党達は意気揚々と荷物を持ち帰っていく。それを声にならない声を零し呆然と見送る一刀。地面に伏せている一刀達に気づくことなく野党達は去っていった。それを見送った貂蝉はまだ呆然としている一刀に声をかける。
「これがこの世界の常識よ。力ないものは力あるものに蹂躙される」
「・・・」
「ごめんなさいね。いきなりあんなとこを見せてしまって。でも、知らなければならない。あなたがこれから生活する世界はこういうところだってことを」
「・・・」
「さて、私達も村に戻りましょ」
「・・・ああ」
なんとか最後の返事だけは返した一刀だが、まだ正気に戻ったとはいえない状態である。貂蝉は平和な世界に生きていた一刀にいきなりあんな場面を見せてしまった罪悪感を抱いていたが、これは必要なことである為に何も言わない。これによって、一刀が協力を拒否しても貂蝉は文句を言わず元の世界に帰すつもりであった。何せ、これは自分の単なる我侭。それに一刀が付き合う必要はないのだから。
「はい。川から組んできた水よ。飲みなさい」
「ああ、ありがとう」
村に戻った一刀だが、まだ先ほどのことが残っているのか目の焦点がぼやけている。貂蝉は一旦落ち着ける必要があると水を飲ませて、一刀が正気に戻るのを待つ。
水を飲み終えた一刀は、野党を見てから初めて口を開いた。
「これが三国志の世界か。ははっ、文字にすればあっけないけど、現実に見るとすごい衝撃だな」
「大丈夫?」
「ああ。ようやく頭が回ってきたよ。しかし、喧嘩で血は慣れてると思ってたけど、殺し合いに成ると桁違いの衝撃だな」
「これからはあなたが殺す立場になるかもしれないのよ」
「そうだよな。俺も死にたくないし、そうならざるを得ないこともあるよな」
貂蝉はまだ本調子に戻っていない一刀に畳み掛けるように残酷なことを口にする。これは乗り越えなければならない試練なのだ。少しでも躊躇すれば一刀が殺されてしまう。そんな世界だからこそ、貂蝉は心を鬼にして言う。それが、この世界に連れてきてしまった自分の義務であるから。一方、一刀のほうは水を飲んで落ち着いたこともあり、だんだんと周りが見えるようになり、頭も回転し始めていた。ここは今まで自分が生きていた時代とは違う。さきほどのように野党に襲われるかもしれない。斬られて死ぬかもしれない。でも、貂蝉との約束・・・。ふと、一刀の脳裏に浮かんできたのは高校に入学する前に他界してしまった祖父の言葉だった。
「一刀・・・お前が信頼した人との約束は絶対に破るな!それは時にはお前の心の支えになり、お前の助けになる」
祖父の言葉を改めて確認した一刀の中で決意が固まる。
「こんな世界だから・・・友人も余計疲れるよな?早く助けてあげないと」
「いいの?あなたが死ぬかもしれないのよ?」
「それは多かれ少なかれ、どこの世界も同じだろ」
「平和な世界に生きてきて、突然こんな世界に連れてこられてつらいでしょ?」
「つらいさ。でも、それは俺だけじゃない。この世界に生きている人々もそうだろ。なら、俺だけがへこたれてるわけにはいかない」
「あなたが、つらい思いまでしてやることじゃないでしょ!」
「そりゃ、そうだけど。約束したろ?お前の友人を助けるって。自分が信じた人との約束は決して破ってはならない。じいちゃんの教えだ」
さきほどまでの貂蝉の考えは一刀には通用しなかった。それは貂蝉が知らなかったからだ。
一刀の中で固まった決意と、一刀がどれほどまでに『おせっかい』かということに。
「ふふっ、まさかここまで頑固だとはね」
「頑固じゃないさ。単なるおせっかいだよ」
「優しいのね。じゃ、友人のことをよろしく頼むわね」
「おう」
貂蝉は一刀の言葉を信じることにした。
一刀の目を見て、さきほどまでの焦点のあわない目ではなくなっていたことと、力強い光を湛えた目になっていたこと、それと貂蝉の漢女としての勘が信頼できると言っているから。
「それじゃ、住む家を決めて補修しましょう?廃村だからどこに欠陥があるかわからないもの」
一刀達はそれから家を見て回り住む場所を決めた。そこは唯一補修する必要のないほどしっかりとしている家だった。この家が村の最後まで人が住んでいたのだろう。服と作物の種、生活用具は一通り揃っていることも確認し、さすがに食料の方は腐っていて食べられるものではなかったが、貂蝉がさきほどのように用意してくれたので問題は解決した。
「これで、普通に生活出来るわね」
「そうだな。当分は大丈夫だ。でも、お前はいいのか?家を決めてないだろ?まさか、俺と一緒の家に住むなんて言うつもりか?」
「そういうわけじゃないわ」
恐ろしい可能性を言葉にした一刀だが、それは違うと言われて安堵する。だが、それでは疑問が残るのも事実。では、どういうつもりなのかと問いかける。
「私もいろいろと動いてみようと思うのよ。あなただけに頼るのでは情けないじゃない。少しでもあなたの力になれるようにするつもりよ」
一刀だけに頼るのではなく、自分も出来ることをする。その為に別行動をしようとのことらしい。幸いにも貂蝉には他に仲間がいるらしく、彼らと協力していろいろと動く算段を立てていた。
「だから、ここでお別れね。大丈夫よ。また、会えるわ」
「そうだな。必ず、お前の友人を助けよう!」
「ええ。お互いに頑張りましょう!」
貂蝉はすぐにここから移動するつもりらしい。一刀はここから去ってしまう前に気になっていたことを聞いてみた。
「そういえば、お前は大丈夫だったのか?友人は絶望したことについて、何か思うことがあるんじゃないのか?」
「全くないって言ったら嘘になるけどね。でも、私は気にしてはいないわよん」
「なんでだ?」
「私は管理者としての仕事に真面目ってわけじゃないのよ。私には極めたい道がある。管理者としての仕事は二の次だった・・・これが理由かしらね」
「そうか。お前には目標があったからか」
貂蝉の言葉に一刀は納得した。友人が絶望してしまった事実にはショックを受けたのだろうが、それよりも大事な、自分の一番の目標があったから乗り越えることが出来たのだと。
「じゃ、そろそろ行くわね。いい加減に旅立たないと未練が残っちゃうわ」
「俺としては一人だけってのは不安だから、残ってくれてもいいんだけど。お互いやることがあるしな」
「ええ、約束よ」
「ああ」
二人は拳を軽くぶつけあう。そして、貂蝉はそのまま無言で村から去っていった。一刀もそんな貂蝉に声をかけることなく、無言で見送る。こうして、三国志に降り立った一刀の新たな生活が始まるのだった。固い決意を胸に秘めて。
どうだったでしょうか?
おせっかいが行く。第一話でございました。
今回も少し短いですかね?
前話よりは長く書いたつもりですが、よく見たらそんな変わっていなかったという驚愕の事実。
無念・・・。
次回こそはもっと長く・・・。
これでは読み応えがなくなってしまう。さくさく読めるという利点もあるかもしれないですが、
これはあまりにあっさりしすぎている気がしますしね。
精進します。
あと、ヒロインを早く出してあげないと・・・
このままでは皆さんの印象に『この作品のヒロインって貂蝉じゃね?』って思われちゃう。
それはそれで面しろ・・・げふんげふん。
さすがに不本意なので、なんとか早く出せるように努力します。
ちょうどよく、貂蝉は旅立ったのでこの時期を活かして一気に!!
全軍突撃~~!っと出来たらいいですねw
さて、今回の話で出てきたアイガモと蜂のことについて少し触れてみましょう。
なんでアイガモと蜂?と思われた方はいらっしゃると思いますが。
両方とも農業で使います。
蜂は養蜂と考えた方もいらっしゃるでしょう。もちろん、その意味も含んでいますよ?
では、今回はこのへんで。
次回も早くあげられるように頑張ります。
最後の締めに何か一言ないかな~?と思いつつ、次回にまたお会いしましょうw
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前話を読んでいただいた皆様。こんばんわ。
今回、初めて読む方はじめまして。
おせっかいが行く。続話です。
今回もヒロイン未登場。
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