「理樹」
鈴に名前を呼ばれ、振り返る
「鈴、どうしたんだい?」
「ちょっとお願いがある…」
歯切れの悪い鈴の声。めずらしいな、と思いつつぼくは平静を装う
「ぼくにできることなら何でもするよ」
「本当か!」
鈴の様子が一変する
もしかして言い過ぎたかも。少しの不安がよぎる
「ちょっと耳を貸してくれ」
長い髪を翻し、すっとぼくの耳元に近づいてくる鈴。まるで気高き猫がぼくに歩み寄るかのように
”ドキッ”
いつも見慣れているはずなのに、この気持ちは何だろう。最近のぼくは、鈴の行動が気になる。正確に言うと鈴が気になるといったほうが正しいかもしれない
”チリン”
鈴の髪留めの音で我に返る
「コレを恭介に・・・」
小さな紙袋をぼくに差し出す
「それってぼくじゃなくて鈴がやることじゃないの?」
「いやだ!」
鈴は拒絶反応を示す
「いやだ!っていわれても・・・。どうしていやなのさ」
「・・・は、はずかしい・・・」
顔を真っ赤にする鈴
「はずかしい気持ちはわかるけど、鈴自身が渡すことに意味があると思う」
「は、はずかしい。そ、それに・・・」
「それに?」
「そ、それにあたしが直接渡すとなんだか負けた気がする!」
「え、えー!勝ち負けとそれは別だよ」
「う、うるさい!あたしが渡すよりも理樹が渡した方が喜ぶはずだ!」
「そんなこといわれても・・・」
困惑するぼくにおかまいなしの鈴
「理樹は、あたしのお願いなら何でも聞くといったじゃないか!」
もともと自分の意見を曲げない鈴。こうなるとさらに自分の意見を通そうとする
「たしかにそういったけどさ・・・」
どんどん歯切れが悪くなるぼく
「じゃあ、あたしのいうことは何でも聞くのだな。聞かないなら理樹のこと嫌いになるぞ」
「え?鈴がぼくのことを嫌いになるって」
「そうだ」
それはそれで困る。元々押しに弱いぼくだが、今のぼくは鈴にはとことん弱い
しばらく考えた後、意を決する
「・・・わかった。ぼくの負けだよ」
「よし!さすがは理樹だ」
仕方ない、と思いつつ。満足そうな鈴から小さな紙袋を受け取る
「恭介にこれを渡せばいいんだね」
「そうだ」
「中身は何だろう?」
紙袋の中を確認しようとするぼく
中には可愛くラッピングされた箱とそれに合わせた封筒が入っている
「な、中を見るな!」
さっきまでニコニコしていた鈴の表情が一変する
「ご、ごめん」
鈴に確認してから中を開けるべきだったようだ
「理樹は、何も考えずに恭介にそれを渡せばいい」
「わかった。今から恭介に渡しに行ってくる」
こういったことはすぐにでも実行にうつすべきだ
「ま、待て!」
鈴に呼び止められるぼく
「え?」
「あたしからのお願いはまだ終わっていない」
「恭介にこれを渡すだけじゃないの?」
鈴から預かった小さな紙袋を目の前に差し出す
「最終目的はそうだが、物事には順番がある」
「順番?」
「そうだ!もう一度耳を貸せ・・・」
再度ぼくに近づく鈴
「恭介にそれを渡す前に・・・」
「え、えー!そんなことするの?ぼく」
「理樹ならできる!」
「いくら鈴のお願いでもそれはちょっと勘弁して欲しい・・・」
今のぼくなら、鈴にできる!といわれればどんな困難なことでもできるだろう。でもこれはさすがに・・・
「理樹ならできる!」
鈴のプッシュはいつにもまして強烈だ!
「もしかしてできないのか?できないのなら理樹のこと嫌いになるぞ?」
それだけは勘弁してほしい。鈴に嫌われるのだけはごめんだ。もうこなったらやけである
「わかった。鈴のいうとおりにするよ」
「さすがは理樹!真人達とは違って頼りになる」
うれしそうな鈴の表情と言葉にドキっとするぼく
チリン
鈴の音にまた我に返る
「そういえば、衣装とかどうするのさ?」
「ちょっと小さいかもしれないけど、あたしのを使ってくれ」
「いいの?それで」
「理樹だったらかまわない」
鈴の言葉に思わず喜んでしまうぼく
「理樹、なんだか嬉しそうだな」
「そ、そんなことないって」
2月12日。僕と鈴は朝早く、学校へ向かう。目指す場所は、恭介のクラスの下駄箱
「さすがにまだ誰もいないね」
朝練に励んでいる生徒たちの声は聞こえるが、下駄箱にはだれもいない
鈴は、恭介の下駄箱に封筒をおく
「よし。これでいいだろう」
「あ!誰かくる」
すぐにその場を立ち去るぼくたち
時間は早いが、やることを終えたぼくたちは教室へ向かう
「こんなので恭介ひっかかるのかな。。。」
「あたしの考えた作戦は完璧だ!」
鈴は自慢げな顔をしている
「そうかな・・・。そういえば、恭介は手紙をもらったときってその場所へ行くのかな?」
「恭介は来る!」
鈴は相変わらず自信満々
「こんな文面で恭介現れるのかな」
でも、あの文面だと果たし状と勘違いするかもしれない
ぼくらが教室に到着し一息ついた頃、恭介は下駄箱にいた
「なんだ、この封筒は?」
封筒の中には一枚の便せんが入っている
”恭介様
お話ししたいことがあります。今度の日曜日14時、体育館裏でお待ちしております”
「ほう。こいつは面白そうだ。今度の日曜日か、行ってみるとするか」
2月14日14時前
校舎裏で恭介を待つぼく
鈴はどこかに隠れているようで姿が見えない
ぼくの片手には鈴に託された小さな紙袋
「恭介、まだかな。。。」
胸の鼓動が高まっていく。どうしてこんなに気持ちが高まっていくのだろう。鈴ならわかるけど、恭介のことを考えてドキドキするっておかしい。きっとこんな服着ているからドキドキしているのだろう
「いくら鈴の頼みとはいえ、こんな格好させられるとは・・・」
鈴に似合っているといわれても素直に喜べない。なぜならうちの学校の女子の制服を着ているからだ。正確に言うと鈴の制服を着ている
「やっぱり、恥ずかしいよ。。。」
自然と顔が赤くなる
恭介まだかな・・・
「おう、待たせたな」
ぼくの背後から聞き慣れた声がする。恭介だ!
「ん?もっと大人数で待っていると思ったがおまえ一人か」
恭介の声に反応し、くるっと後ろを振り向く
そのとき、制服のスカートがふわっと舞う
「!(やばい!)」
ぼくは下を向き、真っ赤を顔でスカートを押さえる
「どうした?俺に何か用があるんだろう?」
「・・・(パクパク)」
あれ?声が出ない!
「黙っているだけでは俺にはわからないぜ」
「・・・」
恭介の言葉にドキドキするぼく。いつ心臓が爆発してもおかしくないくらいにドキドキしている
「いつもまでもうつむいてないで顔をあげて、君の気持ちを俺に伝えるんだ」
どうして恭介はそんなに冷静にいられるんだ。恭介の言葉につられ顔をあげようとするぼく
チリン
鈴の音にはっとする
「あの、これ・・・」
うつむいたまま、鈴に託された小さな紙袋を恭介に渡す
「あぁ。ありがとう」
恭介がどんな表情をしているかわからない。結局は顔を上げることができずにうつむいたままのぼく
「・・・」
無言のまま、恭介の横を抜け走り去ろるぼく。走り去るときにちらっと恭介の顔を見る
表情までは見えないが、頬が赤い
(あれ?)
恭介が頬を赤らめるという話は今まで聞いたことがない。もしかして風邪引いているのかな?
「お、おい!」
その場を走る去るぼくを尻目に、その場に立ちつくす恭介
「おかしいな、いつもならすぐに追いかけるのだが、体が動かなかった。俺としたことが・・・チッ。それにしてもあの子可愛かったな。また会えるだろうか。ってなんで俺そんなこと考えているんだ?」」
頬を赤く染めながら恭介は自分らしからぬ言葉を吐く
「ふぅ」
恭介は天を仰ぎ、大きくため息をつく。空は晴れていたが、今の気持ちを表すかのようにところどころ曇っていた
「もしかして、さっきのあれは告白か?この袋の中身を見ればわかるだろう」
恭介は袋の中を確認する
「ん?手紙か。もしかしてラブレターか?」
手紙の内容を確かめる
「なになに・・・。ふふふ、なるほど・・・。相変わらずわかりやすいヤツだな、アイツは」
ぼくは無我夢中で走っていた。恭介に追いつかれないように
「はぁ、はぁ・・・」
「理樹!ちょっと待て!理樹」
鈴のかけ声に気づかないぼく
「理樹、止まれ!えいっ!」
パコーン!
「あいたっ!」
鈴の蹴った靴がぼくの背中に命中する
「あいたた・・・。鈴いきなり何するんだよ」
「いくら声をかけても気がつかない理樹が悪い」
声をかけても気がつかないぼくに対し強硬手段に出たようだ
「それにしても腹立つくらいにかわいいな。おまえ」
「そ、そうかな?」
改めて自分の格好を見直す
「そんなことよりさっさと着替えろ」
「あ、そっか」
いつまでもこの格好でいるのはまずい。空いている教室でさくっと着替えるぼく
「おまたせ」
鈴の姿が見えない
「あれ?」
教室の窓から廊下を見渡すが、鈴の姿が見えない
怒って帰ったのかな。。。
どこに行ったかわからないけど、鈴を追いかけることにする
「まずはグラウンドに行ってみよう」
そう思い教室のドアを開け、廊下に出ようとする
コツン
「いて!」
ドアを開けると上から小さな箱がが降ってくる
「誰だよ、こんなことしたのは・・・あれ?」
よく見ると恭介に渡した紙袋の中身と同じ物
「これってもしかして鈴?」
ピロリ~ン
携帯の着信音が流れる
「鈴からメール?しかも2件も。なになに・・・ふふふ」
ぼくはメールを見て思わずニヤニヤする
”いつもありがとう。きみとぼくはいつもいっしょだ。いままでもそしてこれからも”
”チョコたいせつにくえ!”
鈴はぼくに直接渡したかったのだろうけど、恥ずかしくなって逃げたのだろう
鈴の行動に心地よい安堵の気持ちで、メールを返す
「ぼくらはこれからもいっしょ。そしてよろしく・・・ってよし」
携帯の送信ボタンを押す
外は、冷たい北風は吹いているけどぼくの心の中には鈴という名の春一番が吹いていた
・おまけ
「恭介」
「・・・」
「恭介!」
「ん?どうした。真人」
「やっと気がついたみたいだぜ。おまえどうしたんだ?さっきから物思いにふけって」
「いやなに、ちょっと考え事をしていてな」
「考え事?めずらしいな。さては筋肉のことでも考えていたのか?」
「おいおい、おまえと一緒にするなよ」
「それは残念だ。筋肉のことを考えるとこんなに楽しいのに・・・。ん?」
真人は恭介の持っている何かに気がつく
「おい、恭介。その箱はなんだよ?」
「あ、これか。さっき謎の美少女からもらったんだよ」
「へぇ。おまえそういったものに興味ないと思ったんだが受け取るんだな」
「まぁな。気まぐれだよ」
「ふーん。まぁいい、今の俺にはチョコよりも筋肉しか興味ないから関係ない話だ」
「今思い出しても可愛かったな・・・」
手紙の内容からすると差出人は鈴。ただ俺に手渡しした子は誰だかわからない
「ふ、謎の美少女か。またどこかで会えないだろうか・・・」
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バレンタイン用SSです 最近、鈴が気になり始めた理樹。恋をまだきちんと理解できていないながらも理樹を頼りにし、特別な感情を持ち始める鈴 今回の話は、素直になれない鈴が恭介に(義理)チョコを渡す話です。実際渡しているのは別の人間ですが この話が終わったときに、理樹を中心とした新たな三角関係が始まるのかも・・・しれません
■余談
クドネタが出てこなくて思い悩んでいて出てきました。
”女装した理樹が、恭介にチョコを渡す。そのときなぜか恭介の顔が赤くなる”
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